スピリチュアルライフについて考える

私達の人生の中味は日々の生活にあります。

一日一日、私達は生活を積み重ねて人生を描いているのです。

素敵な人生を送りたいと考えるとするならば、それは素敵な生活を送りたいという願いにパラフレーズすることが出来ます。

如何なる人生を送るにせよ全ては生活の中にその本質があるということです。

では、スピリチュアルな人生を送ることを願う場合には如何なる生活を送る必要があるのでしょうか。

スピリチュアリティとは本来誰にでも備わっているもので、信じる信じない、意識するしないに拘わらず、人生そのものがスピリチュアリティの発揮される舞台となっています。

それ故に、生活自体もどんな生活であれスピリチュアリティから離れることはありません。

こう考えれば、スピリチュアルを意識しなくても人生はスピリチュアルそのものだと言えますし、いかなる生活もスピリチュアリティに満ちているといえるでしょう。

しかしながら、即物的な考え方、唯物論的な発想が当たり前の世の中になってくると元々、当たり前であるはずのスピリチュアリティが陽炎のように揺らめき薄らいできます。

結果、自分の本質がどこにあるのかすらわからなくなり、しまいには「人間など死ねば単なる肉の塊」だとみなすような殺伐とした発想にすら陥る昨今です。

今一度、誰にも当たり前にあるスピリチュアリティを見直してみてみたいと思い立ちました。

そこで今回、着眼点として選んだのは「生活」です。

私達は様々な生活を営んでいますが、そこにスピリチュアリティを見出すとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

あるいは、スピリチュアルを意識した生活を営むとしたらどのような心構えが考えられるでしょうか。

本来は意識しなくても誰もがスピリチュアルな生活を営んでいるとういう前提に対し、あえて、分かりやすい原則的なスピリチュアル的な向き合い方を述べてみたいと思います。

スピリチュアルライフを送るためにはどうすれば良いかに興味がある方にも参考になれば幸いです。



◇◇  始まりの意義を考える  ◇◇



物事には始まりがあります。

何事も生じるとは始まることでもあります。

この文章を読まれているあなたもオギャーと泣いて生まれた瞬間から人生が始まりました。

人生の始まりがオギャーと泣いて生まれた瞬間であるならば、生活の始まりはどこからになるのでしょうか。

それは朝目覚めて一日をスタートさせるところではないでしょうか。

「私は夜勤なので夕方目覚めます」

という方もいるかも知れませんが、いずれにせよ、生活の一日がスタートする始まりを持っているわけです。

何事も何をもって始めるか。

そこが大事です。

初発の一念が物事の方向性を決めるのです。

スピリチュアルライフはこの一日の始まりに意識カーソルを当てることから始まります。

一日の始まりに自分が一日どいういう生き方をするのか願い、誓い、祈りましょう。

祈るというと宗教的なとらえ方をする人が多いとは思いますが、別段、儀式めいた何かをしなくても大丈夫です。

私は守護霊にお祈りするということをブログで勧めていますが、ピンとこないならばお天道様でも神棚でも、なんでも構いません。

ともかく霊性を持った存在に意識を合わせて、自分がどうありたいのかを宣言する。

このことから一日をスタートさせることが最初にすべきスピリチュアルライフの最初の一歩となります。

難しく考えなくても良いのです。

始まりを正して今日の一日をスタートすれば良いのです。


・・・次回に続く


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成功するための究極の言霊

世の中には人が忌避する事柄が幾つかあります。

その中の一つが「失敗」であると言えます。

人間だれしも失敗を経験するものであり、避けられないものであると言えるでしょう。

しかしながら、それでも人は失敗を恐れ、忌避します。

それは、動物にとっての本能でもあるのかも知れません。

動物にとって失敗は即、死に直結する場合があります。

失敗を忌避するのは、死を恐れる動物の生得的な本能であるといえるのかも知れません。

ところが、人間が失敗から遠ざかるためには、小さな失敗を繰り返し、大きな失敗、即ち死に近づくような失敗をしない技量を身に着ける必要があるのです。

小さな失敗を繰り返した先に成功が待っています。

成功するためには、小さな失敗を繰り返すしかありません。

しかし、生得的な本能としての失敗を忌避する反応というものは、大小を選ばず、表れてしまうものです。

とりわけ、失敗した直後は、極度に失敗を恐れて、次の行動に移せなくなりがちです。

先ほども言いましたが、成功するためには、小さな失敗を繰り返しながら技量を身に着ける必要があります。

小さな失敗の後、恐れをなして、行動が止まれば、技量を身に着ける前に成長が止まります。

成長が止まれば、技量が身につかず、結果として大きな失敗に見舞われるリスクを高めることになるでしょう。

では、小さな失敗の後も果敢に次のトライアルへと進めるようになるためにはどうすれば良いのでしょうか。

今回は一つの提案として「成功するための究極の言霊」をご紹介してみたいと思います。


「次はきっと成功する」


どうでしょうか。

この言霊は、感覚的にはあまり力まず、ふんわりとした軽めのノリで唱えると良いと思います。

お気楽な感じで「次はきっと成功する」と唱えながら、肩の力を抜いていくのです。

肩の力が入りすぎて、力み過ぎている方は、この言霊に対してこんな風に思うかも知れません。


「そんなこと言って、次に成功するとは限らないじゃないか!」


はい、その通りです。

確かに次に成功するかどうかなど誰にも保証出来ません。

同時に失敗するかどうかもわかりません。

一切は空であり、可能性です。

成功するかもしれないし、失敗するかも知れません。

失敗が恐くて前に進めなくなる人は、「失敗」の可能性を強く意識しています。

ですから、この意識状態を「成功」の可能性に転じていくことが重要になります。

このように説明してみてもやはり、こんなことを思うかも知れませんね。


「成功すると信じて、次をやってみて失敗したら、先ほどの言霊は嘘になるのではないか?」


「次はきっと成功する」 ⇒ 結果:失敗した( ;∀;) となれば、信じたことが嘘になると言いたくなるでしょう。

しかし、この言霊を良く見てください。

「次は」という未来志向の枕詞がついています。

つまり、この言霊は前を向かせる働きが込められています。

失敗しても、常に「次は」と前を向く。

前を向いている限り、この言霊に矛盾は表れません。

後ろを向いた瞬間に過去に囚われるようになり、歩みを止めてしまう働きが出てきます。

「次はきっと成功する」の言霊を唱え続けている限り、意識は前へ前へと向かっていきます。

意識が前へ前へと向かっていく限りは、人を走らせてくれるエネルギーが与えられるということです。

「次はきっと成功する」という言霊を唱えながら、止まることがなければ、本当に言霊の示す通り、次という名の未来前方に成功が待っていることでしょう。

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感謝すると幸せになる?

感謝する心。

宗教やスピリチュアル、あるいは自己啓発においても感謝する心の重要性が解かれています。

感謝しなさいそうすれば幸せがやってきますよ。

分かりやすく言えば、こんな風なメッセージがこの考えには込められています。

実際には感謝の言葉を何度も発すると良いというようなワークを推奨されている方もいらっしゃいますね。

感謝の心を持てば、幸せが引き寄せられてくる。

確かに間違いではありません。

しかし、この考えには重要な誤謬が含まれています。

というより、あえて分かりやすく感謝の心の重要性を伝えるために誤謬を黙認しているといった方が良いのかも知れません。

かくいう私自身、今までもこのような○○すれば△△が起こるという論理でお話しをしてきた部分もあります。

実際問題として感謝の心がない人に幸せは訪れないのも事実なのです。

しかしながら、やはり、誤解を解いておかないと永遠に真実がわからぬままになってしまいます。

今回は、感謝すると幸せになるという法則の真実を解説してみたいと思います。

感謝すると幸せになる。

この言葉は二元的な構成で論理が成り立っています。

つまり、「感謝する」という行為と「幸せになる」という結果の二元論です。

前提条件である「感謝する」が満たされると「幸せになる」という帰結を得られるという理解になります。

ところが、ここに誤謬があります。

「感謝する」ことで「幸せになる」あるいは引き寄せられるというのは、ある意味、間違いではありません。

ただ、誤解があるのは、幸せが形ある何かだという思い込みにあります。

幸せとは本来、感覚であり事柄ではないのです。

簡単に言えば、幸せとは「幸せな気持ち」のことなのですね。

幸せな気持ちにさせてくれる事柄というものは確かに存在しますが、それは絶対的なものではありません。

例えば、一般的に幸せと紐づいていると認識されている「結婚」という事柄があります。

結婚をすると多くの人は幸せを感じると言います。

好きな人と一緒に新たな人生を築いていく。

誠に幸せなことだと言いたいところですが、誰にとっても幸せな事柄とは言えません。

あまり気に進まない結婚や親同士が勝手に決めた政略結婚のようなケースであれば、幸せな気持ちになれるとは限りません。

つまり、「結婚」という事柄は本質的に幸せとは無関係なのです。

結婚に限らず、あらゆる事柄は本来、幸せとは無関係です。

というより事柄に紐づく感情は幸せ以外にも苦しみもあれば、不安、悲しみ、嫌悪や恐怖など様々にありえます。

このことを鑑みれば、事柄で幸せが決まるわけでもなければ、事柄が幸せであるはずもないのです。

幸せとはどこまで行っても、幸せの感覚であり、気持ちに過ぎないのですね。

さて、感謝すると幸せになるというのは、感謝すると幸せが成就するという二元的な考えがベースになっています。

しかし、本当は感謝と幸せとは一元的なものなのです。

ちょっと想像してみてください。

心から感謝の念を覚える時、同時に幸せな気持ちではありませんか?

感謝の念が湧き出ているのに不幸な気持ちでいるということは本来はありえません。

「感謝はしてるけど・・」と何か含みがあるときは、大抵は心から感謝はしていません。

逆に言えば、感謝の念を心の奥から引っ張り出すことが出来れば、自動的に私達は何があろうと幸せであることが出来るのです。

感謝と幸せは不即不離だと言えます。

これは、感謝というものと幸せというものがくっついて離れないという意味ではありません。

感謝と幸せは同じものなのですね。

感謝すると幸せになるは、幸せと感謝を入れ替えても成立します。

幸せであれば、心には感謝しかないということです。

常に感謝の心を持ちましょうというのは、常に幸せ感覚を想起して満たされましょうという意味です。

そういう心地であれば、知らぬ間に幸せに紐づきやすい現象も顕現化してくるということです。

これが感謝すると幸せになるの本当の意味なのです。

感謝するから幸せになるのではない。

感謝を想起する癖をつけると幸せ感覚を醸成できますよ。

幸せ感覚が醸成できれば、幸せ霊界が醸成されて、顕現化の法則によって、幸せが形作られていきますよというのが、この言葉の真意だということです。


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迷い人の法則

どうしたらいいかわからない。

自分の行くべき道が何であるのか。

世の中には迷い人が沢山います。

迷い人になってしまうケースにはいくつかの特徴的な法則があります。

今回はそれを少しご紹介してみましょう。


◇◇ 迷い人その1 -無目的な生き方- ◇◇


生きるのに目的が必要なのかといえば、Yes か No で割り切れるものではないかも知れません。

人生に絶対的な基準はないとすれば、目的を持つもたないは人の自由です。

しかしながら、目的、あるいは目指すべき方向性を持たないと人は、如何なる道を進むのかを決めにくくなります。

本能のままに生きるという動物的な方向もありますが、高度な知性として奇魂(くしみたま)を持つ人間にとっては、そのような生き方は究極的には苦しく感じる結果になるでしょう。

人生に自分なりの目的を掲げることが出来れば、少なくとも自分が進もうとしている道はハッキリとしてきます。

無目的な生き方は迷い人になる確率を挙げてしまうといえるでしょう。


◇◇ 迷い人その2 -結果に妄執を抱く- ◇◇


目的を持つことで、生きる方向性は定まりますが、目的を持っていても迷い人になってしまう可能性はあります。

それは結果に対して強い執着を持ちすぎることに原因があります。

私達の生きる現世というフィールドは、そもそもは魂の意志を反映させた霊界を顕現させるためにあると言えます。

ところが実際には、魂の意志とは大きくかけ離れたものが顕現化されています。

その理由は多くの人が魂の意志とは無関係なものに囚われて霊界を歪めてしまっていることにあります。

もちろん、神界はそういった事態も鑑みた上でグランドデザインを描き、魂の表現の肥やしとして霊界の歪みすらも組み込んでいます。

その結果、私達は必ずしも求める結果を一足飛びに得ることは出来ない状態になります。

そもそも、魂の本来の目的は結果を得ることではなく、結果に至る過程で魂の表現を行い、輝かすことです。

そこから外れて、結果ばかりを気にし始めると何を行うにも「自分の望む結果となるのか?」と疑念と損得勘定の念が沸き起こり、迷いが生まれてしまうのです。


◇◇ 迷い人その3 -絶対的な正しさの追求- ◇◇


目的を定めて、結果を気にし過ぎなければ迷い人になることはないのでしょうか?

いえ、まだまだ、迷い人になる危険はあります。

それは、この世にはありとあらゆることに絶対的な正しさがあると思い込んでしまうケースです。

つまり、自分は正しいのだろうか?という疑念です。

もちろん、相対的、部分的な意味合いにおいては、正しいか誤りかというものはあるでしょう。

例えば、テストの回答ということであれば、出題者の意図と定められた解を導きだすことが正しいと言えます。

交通ルールなど法律などで明確に定めれている規則に従うということも正しいか誤りかの違いは明確です。

しかしながら、もっと本質的、根源的なレベルにまで突き詰めれば、絶対的な正しさなどないということがわかります。

横断歩道を赤信号で渡るのは道路交通法としては正しくありませんが、途中で行き倒れている人がいて、その人を救出するために渡るのは正しくないのでしょうか。

あるいは道路交通法を順守してほっておくのが正しいのでしょうか。

これは単純には正しい誤りだということは言えないと思います。

というより、あらゆる正しさは規準が明確になり初めて生じる概念だと言えます。

だからこそ、正しい、誤りだということを絶対的に信じ込み、追及すると何が正しいか誤りかで迷うことになるのです。

絶対的な正しさはないということをわきまえると迷い人になることはないといえるでしょう。


以上、三つの迷い人の法則をご紹介しました。

これ以外にも迷う人になる要因はあるかと思いますが、私が携わってきた来たケースの中で特に多いものを取り上げてみました。

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惰眠をむさぼるのは悪?

時折、こんな質問を受けます。

「何もやる気が起きません。やりたこともないので、目標も立てられません。どうしたら良いのでしょうか?」

人生を歩む上で目標といったテーマがあった方が魂は輝きます。

このようなことを私がブログの中で何度か言及していることを受けての質問だと思われます。

私は、回答として「難しく考えないで、自分が今、純粋にしたいと思うことから始めたら良いと思いますよ」と返すことが多いです。

しかし、それでも「全然、思い当たりません。何かしたいとも思わないのです」と返事が却ってくることもあります。

上記のような感想を持つ人も少なからずいるのかなと思いますが、社会的圧力や何か抑圧的なものを心理的に抱えていると、このように無気力になりやすい傾向があります。

実は上記のような傾向を持つ人は、やりたいことがないわけではありません。

ご本人は気づいていないのですが、今一番やりたいことは、心身を休ませたいということなのです。

夢や目標をもって生きるためには、前提として十二分に気力やエネルギーが満ちていることが必須となります。

だから、やる気が起きない、何もしたくないと感じる時には思い切って好きなように惰眠をむさぼるのも一つの手です。

しかしながら、多くの人にとって惰眠をむさぼるのは悪という観念があります。

常に前向き積極的であることが大事だと思っているフシがあるようです。

もちろん、前向き積極的に人生を歩んでいくことは大事なことですが、それを行うためには、心身が健全な状態である必要があるということです。

何もしたくない、やりたくないの裏返しは心身を休ませたい疲れているという信号でもあるわけです。

思い切って、徹底的に休んでみる、悪びれず、惰眠をむさぼってみて、疲労と気持ちに余裕が出てくる時、一つの想いが湧き上がってきます。

「こんなことしてても退屈だから何かしたいな」

気持ちが前向きに自然と動くようになれば、自分自身が何を望んでいるのかも見えてくることがあるということです。


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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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