歩いて気を巡らせる

歩くことはとても重要です。

人間は植物のように止まっている存在ではありません。

人間も動物である以上、動くことで生命を成立させています。

なぜ人間が歩くのかといえば、何かに向かうためです。

意志が霊界を作り、霊界が顕現化する時、必ず私達の肉体は動き始めます。

その一つが歩くという行為なのですね。

歩くと全てのサイクルが動き始めます。

歩くと気がめぐり始めます。

霊波動というものも歩くことで循環が良くなっていきます。

シンプルな行動である分、見過ごされがちですが、歩くということはとても重要だということです。


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何かが伝わってくる?

こんにちは!

天心です。

今年も夏がカレンダー的には終わりに差し掛かりつつありますね。

残暑お見舞い申し上げます!なんて言いますが、残暑というより、まだまだ現役の暑さです。(笑)

でも、やはり、夏は終わりに近づいているのか、我が家のベランダにはセミさんの亡骸がありました。

去年も二匹ほどベランダでセミさんがお亡くなりになっていましたが、今年も我が家を終生の地と定めたご様子。

周りには木々がそれなりにあるのに、何故、我が家の小さなベランダを選んだのかは不明です。

このままにしておくのもと思いまして、弔いの想いをこめて、ティッシュ越しにつまむと少しだけ動きました。(驚)

虫だけに虫の息?ではありますが、まだ、完全にはお亡くなりになっていなかったようです。

う~ん、なんだか切ないねえ・・と思いながら、とりあえず、どうすることも出来ないので、静かに霊界へと旅立たれるのを待つことにいたしました。。

さて、そんな夏の終わりにふさわしいかどうかは分かりませんが、ちょっと霊能力カテゴリの範疇になるお話をしてみたいと思います。

題して「何かが伝わってくる」です。

私は良く妙な情報を意図せずに拾ってしまうことがあります。

この場合の情報とは、目に見えない系の情報のことなんですが、時々、人が発している思念のようなものを無意識に拾ってしまうことがあります。

これは取次鑑定の時のように守護霊が仲介して与えられる形の何らかのお諭しとは異なり本当にノイズ的な情報です。

あまり、この情報に関しては人に話したことはなく、また、話しても気持ち悪がられるだけなので、通常は黙っています。

でも、時々、思いがけなく口にしてしまうことがあります。

ある時、私は友人と駅に向かい歩いていました。

お出かけ日和のことで、どこかで食事をしようということになったのです。

駅にたどり着き、改札を通り、プラットホームへと続くエスカレーターに乗ったその時でした。

前を歩く友人が「今度の電車は間に合いそうにないな。次のにしようか」と口にした声が聴こえたのです。

友人は前を向いたまま振り向かずに言ったので、私も「そうだね。次でいいんじゃない?」と答えたのです。

すると友人が私の方を振るかえり変なものを見るような顔をしていったのです。

「何一人でぶつぶつ言ってんだよ!気持ち悪いな」

私は、ビックリして「えっ!?だって、さっき、今度の電車は間に合わないから次にしようって言ったじゃん?」と言い返しました。

「いや、いってないよ!」と友人。

「いやいや、絶対いったよ。俺しっかりと聞いたし」と私も折れずに言い返します。

しかし、友人は言ってないの一点張りです。

その後、よく話を聞いてみると口にはしていないけど、そのようなことを考えてはいたようです。

なので、尚更気持ち悪いと感じたようなのでした。(汗)

通常、意識の法則にのっとり情報を掴むことが多いので滅多にこのような形で人の思念が入ってくることはないのですが、偶にノイズ的に拾ってしまうことがあるようです。

こういうことがあると霊波長ってある意味で電磁波に似ている部分があるなと感じます。

実際には電磁波とは違いますが、意識の法則を飛び越えて無意識レベルで霊波長を拾ってしまうケースもあるということですね。

しかも、思いっきり低次元層の波長だと物理的な音声なのか、霊的な音霊なのか区別がつかない場合もあります。

中々、厄介なことでもあります。

なので、しっかりと霊的感性もコントロールしていかないとダメだなと感じることがあります。

この記事を読んでくれている読者の方においても、もし、あり得ない情報を拾っている場合には、もしかしたら無意識レベルで霊波長を受信してしまっているのかも知れませんよ。

ということで、今回は少し緩めのテイストの記事でお送りいたしました!


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霊眼が開くとき

霊的ヴィジョンを見たり、霊的な存在を視覚的に捉えたりすることに関して、今までもいくつかの記事でお話したことがあります。

昔からの読者の方にはもう耳にタコができていることと思いますが、私はあまり霊能力というものについて語るのは好きではありません。

あまりにも霊能力のこだわり過ぎると百害はあっても一利もないからです。

とはいえ、それでも、興味を持たれる方も多く、あまり頑固に口を閉ざしているのも却って柔軟性に欠けるということもあります。

なので、少しだけバランスを取りながら許される範囲でお話しています。

今回は、冒頭でもお話したように霊眼(れいげん or れいがん)が開くときについてお話してみたいと思います。

実は霊眼なんていうと特別なことのように思えるかも知れませんが、それほど特別なことではないのです。

かくいう私自身、はじめから霊眼が開いていたわけではないからです。

霊能者と呼ばれる方達は幼少期より霊眼が開いているケースが多いようですが、私は毛色が違います。

というか私自身、自分を霊能者だと思ったことはありませんし、今でもそうではないと考えています。

そもそも、霊能者という言葉自体がおかしなものでもあります。

誰にだって視力や嗅覚、聴覚もあれば筋力もあります。(病気や障害などの理由で失ってしまった場合は除きますが)

肩書に「視力者」とか「嗅覚者」あるいは「力持ち」とか(笑)書かないですよね?

書いている人がいたらちょっと痛いですよね(笑)

これと同じで、霊能者とかそういう言葉はナンセンスなような気がするのです。

しかし、それでも、「いやいや、そういった能力とは違い、霊能力は特別でしょ?」と思われている方が圧倒的に多いと思います。

確かに一般的、社会通念上、そういった感覚能力は否定される傾向にあります。

だから、一般的、社会通念上はそんなものは存在しないということになっています。

このことから、霊能力なんてものがあるということ自体、特別だという考え方になりがちです。

しかしながら、私もブログやFGSの会などを通して、様々な方と接する中で、それは事実と違うという思いが強くなっていきました。

何が事実と違うのかといえば、霊的な感性を持っている方、極端な話を言えば、霊能力を持っているけれど、全くそれを自覚していない方などが、かなりの数、いらっしゃるのではないかということです。

意外と特別だと思われている霊能力ではありますが、多くの方を見ていると単に気づいていないだけというケースが多いように思います。

なので、真実はいわゆる霊能者は潜在的には多数いるということなのかな?と思っています。

ちょっと横道にそれましたので元に話を戻しますと霊眼が開いている人、開いているけど気づいていない人は潜在的に多数いると考えられます。

私が自身の霊眼が開いていることに気づいたのは、大学生の時でありました。(守護霊の姿を確認したのはもう少し先の社会人になってからですが)

大学1年生の夏休みのことです。

学友である友達10人ばかしと山中湖の山荘を貸し切りバーベキューを楽しんだ時のことです。

大学時代ということもあり、かなり無茶もしましたが、この時も飲めや歌えの大騒ぎです。(笑)

それはともかく、山中湖の山荘にて二日目の夜のこと、なんとなくの流れで、湖畔で花火をしようという話になりました。

花火といってもコンビニなどで売っている家庭用のものですが、沢山買い集めて、湖畔で花火大会です。

ひとしきり遊び倒してから、夜も遅いし、山荘に帰ろうと私達はぞろぞろと湖畔から山荘に向けて山道を歩き始めました。

私は、山荘に遊びに来ていたメンバーの一人と談笑しながら多分、行列の後方を歩いていました。

ただ、最後尾ではなく、まだ、メンバーの中の2名ほど、後から遅れてついて来ている状況でした。

そのうちの一人が私と談笑していた友達に合流する形でこちらに向かってくるのが見えます。

その時にふと、その向かってくるメンバーの一人の背後にうっすらと半透明の存在が近づいて来ているのが見えたのです。

私は、自分の勘違いか見間違えかな?と思い、隣の友人の顔を見ましたが、友人も私と同じく半透明の何かを見たようです。

二人で顔を合わせて、「アレは何だ?」とキョトンとした面持ちでもう一度、半透明の存在へと目線を向けました。

すると半透明の存在は横にそれて、近くのコテージに消えてゆきました。

コテージに入ったのではありません。

消えていったのです。。

しかし、少し距離もあったこともあり、半透明に見えたのも、消えたように見えたのも、外灯などの光の関係か気のせいではないかと考えなおしました。

少しすると後から向かってきていたメンバーの一人と合流を果たしたので、「なあ、さっき途中で人がいたよね?誰か他に客がいるのかな?」と聞いてみることにんしました。

すると「えっ?何言ってんの?誰もいねーよ。この時期誰もこんなとこ旅行先に選ばねーよ」という返事が返ってきました。

「いやいや、さっきいたじゃん!人が途中のコテージに入っていったろ?」となおも問い詰めます。

「おい、やめろよそういうの・・・誰もいなかったぞ・・?」、合流したメンバーの一人はちょっと不安気です。

私も隣の友人とまた顔を見合わせます。

「アレはなんだったの?」

そして、少しすると最後のメンバーが全力で駆け上がって私と隣の友人、そして合流したメンバーのもとへやってきました。

私と隣の友人は、きっとこいつのイタズラだ!こいつが犯人に違いない(←あまりの不気味さゆえ既に犯人扱い(笑))と思い、最後に駆け寄ってきたメンバーに詰め寄ります。

「お前、さっき途中のコテージに隠れてたろ?バレてるぞ!白状しろ!」

「ええっ!?しらねーよ。お前らが俺を置いていくから、全力で走って追いついて来たんだぞ!」と真っ向から否定します。

確かにその最後のメンバーがこちらに向かっている姿を確認したのは、半透明の存在が消えてからでした。

それに途中のコテージより少し手前から駆け上がってくる姿を確認しています。

結局、その後、議論はしたものの、結論を得ず、「見てはいけないものを見たかもね」という真夏の怪談話のようなオチでこの件は終わりを告げました。

この話のポイントは私だけでなく隣の友人も同じ物を見ていたという点にあるかと思います。

だからこそ、私の見間違えや勘違いではないということが担保されているわけです。

私はおそらくは、この件がある以前から何か捉えようのないものは見えていたように思います。

しかし、気づけなかったのです。

隣の友人も元々、霊眼が開いていたのか、あるいは、私と隣で歩いていたことにより、霊波長の同調作用が起こって見えたのかはわかりませんが、何か同じものを見ていたことになります。

他のメンバーは見ていないのでこの時は霊眼が閉じていたのかも知れません。

しかしながら、霊眼というものは、気づくか気づかないかの差で見えているか見えていないかに大きな差異があるように思います。

ピントが合っているか合っていないかという表現もできるかも知れません。

いずれにせよ、何かをきっかけに見えざる世界を垣間見ていることに気づく時、霊眼は自然と開くのかも知れません。


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コックリさんはなぜ危険か(おしまい)

コックリさんはなぜ危険か(その4)からの続きになります。

前回は、帰神術の表面的条件、ソフト面を踏まえながら、再度、何故、コックリさんの交霊術が危険であるのかについてお話させて頂きました。

簡略にまとめておくと、コックリさんには、帰神術のような安全に交霊を執り行うためのシステムがないということ、それから交霊を行う人間の霊格や経験、知識的な未熟さ、そのために高次元の神霊を降ろすことは困難であるということなどを理由として説明させて頂きました。

前回までで一応の今回の「コックリさんはなぜ危険か」シリーズの主要なテーマはお話できたと思っています。

ただ、最後に総括として、正しい霊的存在との交わり方や安全な交流の方法について少しだけ触れておきたいと思います。

このブログを最初からお読みいただいている読者の方はよく理解されていると思いますが、私はこのブログの記事でいたるところで守護霊との交流を勧めています。

守護霊とは「霊」という文字が語尾についているように霊的存在であります。

守護霊との交流というのは、ある意味で守護霊との交霊だということもできるかと思います。

そうなると、コックリさんが危険である理由で述べたようなことが、守護霊交流にも当てはまるのではないかと思われるかも知れませんね。

確かにある意味で同じように霊と交流するので、同じような危険がやはりあることは否めません。

但し、守護霊交流に関しては私は、全く心配はしていませんし、問題が起こったこともありません。

何故、守護霊交流は心配なく、問題が起こらないのか理由を説明してみたいと思います。

まず、私のブログでは守護霊とはいかなる存在であるのか、どういった心構えで守護霊と交流すれば良いのかかなり詳細に具体的にお話させて頂いています。

コックリさんのようにやたらとどんな霊でもいいから交流しようという話ではありません。

明確に次元の高い神霊とはいかなる存在かを明示した上で、意識カーソルが高次元層に向かうように仕向けているのがこのブログの使命の一つでもあります。

闇雲に霊と交わろうとすれば、確かに危険かも知れませんが、明確にいかなる存在であるのか、その存在の肝となる意志がいかなるものかが理解できていれば、少なくともあまりにも酷い低次元層に意識が向くことはないのです。

だから、まずはこのブログをよく読んで守護霊とはいかなる存在であるのかをしっかりと理解し学んだ後ならば問題がないのです。

「でも、本当の守護霊かどうか判別する審神者がいないから騙される可能性があるのでは?」

このように思う方もいらっしゃると思います。

しかし、これも大丈夫です。

なぜならば、これもまたブログで語ってきたことでもありますが、いかなるメッセージを受け取ったとしても、それを鵜呑みにしないという原則を守れば、そうそう、振り回されることはないからです。

詳しいことは過去ブログを読み返して頂ければわかると思いますが、守護霊からのメッセージをどれだけ受け取ろうとも主体的意志を持って人生を生きている人ならば、決して道を踏み外すことはないのです。

守護霊と交流をしていて、例え低次元層の霊が降りてきたとしても、主体的意志さえブレずにいることができれば、問題が起きることはないのです。

もちろん、安全に守護霊との交流を図っていくためには、より多くのことを学んでいく必要はあります。

そのためにFGSの会などを設立して深い学びの場も作っているわけです。

遊び半分、興味本位とは違う、しっかりとした霊界、霊的存在との交わり方を学びながら、自分自身の霊格、霊覚を向上させていき、魂の成長を促していく。

これこそが本当の高次元層の神霊たちが望むことでもあります。

そういった正しい志を持って交流を行い、いつでも謙虚に学ぶ姿勢をなくさなければ、決して危険なことは何もないのですね。

以上のことを持って、今回のシリーズの総括とさせて頂きます。

長々とまたお付き合い頂きましてありがとうございました!


天心 拝


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コックリさんはなぜ危険か(その4)

コックリさんはなぜ危険か(その3)からの続きになります。

前回は、帰神術の三人の神職の役割について、ソフト面から何が求められているのかについてお話させて頂きました。

単純に三人よれば文殊の智慧とばかりに、人数だけ集まっていれば帰神術を行えるわけではないということを理解して頂けたかと思います。

ひもろぎ役、降神を行う役を担う神職には、それ相応の霊格が求められること、審神者(さにわ)には霊格もさる事ながら、百般の知識、経験に精髄していることが求められることなどをお話しました。

こららのお話を通して細々としたことはともかく、帰神術についての概要はほぼ説明できたと思っています。

これを踏まえた上で、今一度、コックリさんの交霊術について考えてみましょう。

帰神術においても三人で執り行うことをお話しましたが、この点はコックリさんにも共通しているように見えます。

しかしながら、コックリさんの場合は、特に役割があるわけではありません。

ただ、友達同士で興味のある者が集まり、行うだけです。

つまり、帰神術における安全に交霊を行うというシステムがコックリさんにはありません。

帰神術においては、全てに役割があり、それを行う者は、それぞれに使命を心得ています。

帰神術を執り行う者は万全を期して、交霊に当たるのに対して、コックリさんをするときには単に霊を呼び出して何か聞き出そうということしか考えられていないのです。

だから、何か問題が生じた時にこれを解決する手段も仕組みもないのです。

まず、この点がコックリさんが危険であるという理由の一つです。

もう一つは、ソフト面からの理由です。

帰神術においては、三人のそれぞれの役割を担う人間にはそれなりの資質が必要でありました。

神霊は見合った波動を持つ神籬(ひもろぎ)にしか降りてこない。

これが交霊における重要なファクトであります。

面白半分、興味本位でどんなに高次元なあるいは、霊格の高い神霊を呼ぼうと思ってもそれは不可能だと言えます。

ましてや聞きたい内容が「クラスの○○ちゃんは誰が好きか?」とか「△△が欲しいけど手に入れられますか?」とか、内容が自分本位、興味本位、次元性の高さも気品もあったものではない質問をすることがほとんどです。

こうなってくると正しく神霊が降りてくるはずもないわけです。

これが第二のコックリさんが危険な理由です。

第三は察しが良い方はお気づきだと思いますが、もしもの場合に対処できる知識、経験があるものがいないという点です。

厄介なのは、霊感が強いと呼ばれる霊感少年、霊感少女がコックリさんの音頭を取って行っている場合です。

大抵、そういった霊感があるというものが自分の拙い経験だけで、霊界の有り様を判断し、勝手に思い込んでいるケースが多いものです。

そうなると本当に問題が起こったときに対処できるどころか、余計に事態を悪化させてしまいかねないという点があります。

そもそも本当に霊界の知識と経験があるならば、決して霊界をおもちゃにしたり、面白半分で交霊を試みるなんてことはしないはずなのです。

何事も正しくその意義を理解し、周到な準備をして執り行うのが本当に霊格が高く、知識や経験が豊富であるという証でもあるわけです。

中途半端な霊感を頼りに霊界や霊的存在に間違った方法で干渉することほど危険なことはないのです。

これがコックリさんが危険である第三の理由です。

他にも危険な理由がないわけではりませんが、大きなポイントはこの三つかと思います。

ここまで、コックリさんが危険な理由についてお話してきました。

では、危険だから一切、霊界や霊的存在には干渉せず交流しないほうがよいのか?

と思ってしまった方もいらっしゃるかと思います。

しかし、このシリーズの記事中でもお話した通り、私は霊界や霊的存在との交流自体を否定していません。

むしろ、正しく交流していくことが私たち自身の霊格や霊覚の向上にはとても重要なことでもあります。

次回はその点のことも含めて、当該シリーズの総括をしていきたいと思います。


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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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