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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天使霊統編7】

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<前回までのおさらい>

フェイシェル大天使に導かれるまま、進んでいくと三つの光の柱が見えてきました。

真ん中は金色に光輝き、少し奥まったところに立っています。

両脇にある柱はそれぞれ淡い桜色、青っぽい色に光り輝いています。

この光の柱がどうやら霊界と神様とをつなぐところであり、フェイシェル大天使によれば、入り口でもあるというのです。

光の柱に近づいていくと天使たちが上へ下へと柱を伝って上り下りしている姿が見えます。

そして、さらに観察をしていくと複雑な迷路のようなつくりになっていることに気付きました。

フェイシェル大天使に促されるように真ん中の光の柱へと進み、さらなる上を目指すのですが、そこには少年のような天使が待っているのでした。


<続き>

同じような景色。

永遠に続くのかと思えるほどの光の道筋。

金色に光る柱は優しくて、排他的な雰囲気は微塵もありません。

それなのにどれだけ繰り返したのでしょうか。

どれだけ道を進んでいこうと、気が付くと同じ場所に戻っているのです。

まるで双六遊びをしているような、それでいて、正しい出目を出さないと前へ進めない。

そんな感覚なのです。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

もう聞き飽きるほど聞いたセリフを少年のような天使は繰り返しています。

一体、何なのでしょうか。

これでは、まるで一生抜け出せない無限○獄のようなものではないかと毒づきたくなります。

でも、それと決定的に違うのは、苦しくはないという点です。

疲労感のようなものは、何故かあるのですが、それは、十分に体を活かし切った後の心地よい充実感のようなものを含んでいるのです。

そして、何より霊波動がここにいるだけで高められているのがわかります。

しかし、それでも、全然、前へ進めていないという焦燥感のようなものを感じてしまいます。

フェイシェル大天使に助けを求めても、ただ微笑んでいるだけです。

ザキエル天使長は、いつの間にかどこかへ行ってしまったのか姿を見せません。(どこへ行った!?)

途方にくれながらも、何度も何度も同じことを繰り返して、道なりに進み、また戻る。

時々、小道のような場所を通って迂回路を見つけようとしますが、結局、同じところに戻されるのです。

そんなことを繰り返しているある瞬間、ふと横切るような直観、うちなる声のようなものが浮かんできます。

なんだろう?耳を澄ませてみてもよく聞こえません。

あくまで、もっと繊細なうちなる声で、訴えかけてくるようなものがあります。

そして、私は気付くと祈っていました。

何を祈るというわけでありませんが、ただ、手を合わせ祈ったのです。

神様!神様!神様!

特定の何かに御祈願するというのとはまた違った感覚です。

もっと根源的なものに対する慕情。

内側から迸る、祈り、祈り、祈り。

そうして、ただひたすらに祈りを行っているといつの間にか光の柱の前へ進んでいました。

とても綺麗な透き通った光、そこに金色の淡い色彩が加わり、中には気泡のようなサイダーの粟みたいな(もっと繊細な気泡ですが)ものが浮かんでいます。

色々と複雑に入り組んでいた小道、グネグネにくねり曲がっていたらせん状の階段なども消えて、ただ、透き通った感覚の空間に私は佇んでいました。

すると再び、少年のような天使が目の前に現れました。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

お決まりのセリフを少年のような天使は言いますが、今度は少しだけ重みがあり慎重な問いかけに聞こえます。

私は、その問いに答える代りにただ、ひたすら祈りを続けました。

すると、大きな教会にあるような鐘の音がカーン、カーンと鳴り響きます。

幾層にも重なりある鐘の音が協調的なコントラストのような音色を奏でています。

そして、音色とともにラメ色の光のシャワーが天より降り注ぎ、そこから、天使たちが舞い降りてきます。

多くの色んな天使がくるくると円を描きながら降りてくるのです。

少年のような天使:「めでたくも、あなたの真意が今ここに打ち立てられました。」

少年のような天使が初めて、違う言葉を発しました。

その言葉に感応するように舞い降りてきた天使たちも鈴の音のような音を響かせます。

祝福してくれているような感じです。

少年のような天使:「めでたくも、今、主のもとへの門戸は開き、その階(きざはし)は降ろされました」

少年のような天使がそのように高らかに宣言すると上空から梯子のようなものが下りてきました。

フェイシェル大天使:「真意とは基礎。基礎とは主への祈り。祈りとは心をささげること」

今まで微笑むだけであったフェイシェル大天使が語り掛けてきました。

天心:「どういうことなのでしょうか?」

フェイシェル大天使:「主なる神はいつでも門戸を開き待っています。全ての力を手放して、委ねることが出来なければ、主なる神の御心を知ることはできないのです」

天心:「つまり、理屈で神様を知ろうとするなということでしょうか?」

フェイシェル大天使:「今、あなたの中に主なる神との接点が出来ました。あなたの中の賢しらが消えて、通い路が開いたのです。」

フェイシェル大天使は直接的には答えはしませんでしたが、おそらくは、神様と接するための境地が出来上がるのを試されていたということなのでしょう。

自分で何とか道を選んでどうにかして神様に近づこうとしているうちは、結局、何も変わっていくことはないということを示しているのかも知れません。

理屈を捨てて、祈るという行為に徹したときに自分の中にあった賢しらが消えたということなのかも知れません。

何はともあれ道は開かれました。

ここまで来たら先に進むしかありません。

一体、この先には何が待ち構えているのでしょうか。

続く。

☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天使霊統編8】へ続く


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天使霊統編6】

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<前回までのおさらい>

フェイシェル大天使にこの霊界についてお話を聞いてみると小天使はこの霊界で遊ぶようにして学んでいるということでした。

そして、それは、神との順応を果たすために必要な学びだといいます。

霊界に神様はいないはずという疑問を持っているとまだ、私自身が主なる神についてわかっていないとフェイシェル大天使から指摘を受けました。

神様についてお話を詳しく教えてもらおうとしましたが、主なる神について教えるなどということはできないとフェイシェル大天使はいうのです。

さっぱりわからなくなってしまった私に対して、フェイシェル大天使は、この世界と神との接点を結ぶ場所に連れて行ってくれると申し出てくださったのでした。

果たしてその場所とは一体、どのようなところなのでしょうか。

<続き>

フェイシェル大天使に先導される形で霊界の街並みの上空を舞うように進んでいきます。

少しキラキラ輝くような丁度、ラメを空中に散布したら、そのような状態になるのかな?と想像できるような景色です。

そのラメの舞う下の方には、ハッキリとした近代的にも見える建物が立ち並んでいるのが見えます。

その景色が過ぎ去るとフェイシェル大天使の向かう先の視界には、大きな三本の光の柱が立っているのが見えます。

真ん中は黄金色と白色が混ざったような柱、向かって左側は少し淡い桜色に光る柱、右側には紫陽花の色を薄めたような青色を白色が包んでいるような光の柱です。

真ん中の金色の柱は少し奥まった場所に立っていて、三つの柱は三角形を描くようにそびえたっています。

ほのかな天然由来の蜜のような香りとミルクの甘い温かい味わいが口の中に広がってきます。

その三本の柱を見ているだけでも、穏やかで幸せな感じがします。

天心:「この光の柱は何でしょう?とても気持ちが良いですね」

フェイシェル大天使:「これは主なる神との通い路になっているのです」

そのように言われて、光の柱をよく観察してみると光の柱の周りには、様々な天使と思しき霊人たちが待っています。

柱を通じて上や下へと行き来しているようです。

天心:「ここが神様と霊界をつなげている場所なのでしょうか」

フェイシェル大天使:「そうともいえますが、ここは入り口に過ぎません」

天心:「入り口?ということは、さらに先に通じているということですね。」

フェイシェル大天使:「言葉で説明するよりも実際に体験してみるとよいでしょう」

そのように言うとフェイシェル大天使はさらに光の柱に近づいていきます。

近づけば近づくほど光度が増しているようで、まるで自分の中に光が流れ込んでくるかのような感覚になります。

フェイシェル大天使:「三つの光柱のどこから初めても構いません。どうするのです?」

急に促されて、三つの光の柱を見比べてみます。

色合いや輝きの違いはわかるのですが、この柱の意義がまだよくわかりません。

選べと言われても困るなと正直思いながら、ここは直観で選びます。

天心:「私は、真ん中の光の柱から始めたいと思います」

フェイシェル大天使:「わかりました。では参りましょう。」

そのように言うとぐんぐんと真ん中の金色に光る柱へと近づいていきます。

最初はただ光るだけの柱だというようにしか見えていませんでしが、実際に近づくともっと複雑な形をしています。

言葉では言い表しにくいのですが、あえていうならばハリーポッターに出てくる魔法使いの生徒たちが生活する寮のように階段や通路が沢山通っています。

時には上と下が逆転しているような通路もあります。

立体的な迷路のような感じです。

天心:「一体、これからどこへ進めばよいのでしょう・・?」

困ってしまった私はフェイシェル大天使の微笑む顔を覗き込むように見ましたが、大天使は微笑んでいるだけです。

先ほどと同じように好きな道を行けということなのでしょう。

とりあえず、複雑に枝分かれしている小道は避けて、光の柱の上部へと繋がっていそうな大きな通り道をまっすぐに進んでいきます。

するとそこには、またしても少年のような天使の姿がありました。

細い体つきで、翼は小さく折りたたんで背中にしまわれています。

顔つきは12~14歳くらいのあどけない表情をしています。

道の真ん中で道行く、霊人や精霊を迎えているようです。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

突然、少年のような天使が語り掛けてきました。

どういう意味だろう?ちょっと怖いなと思いながらも、とにかく進むしかないと腹を決めます。

天心:「私はこの道を進みたいと思います」

私はそう告げると少年をしり目にさらに先へと進みました。

その先はずっとずっと長い道が続いています。

途中でらせんのように上に登るようなくねった道もあります。

霊界なので現世のように体力的な消耗があるはずはないのですが、何だか疲労を感じます。

錯覚なのかも知れませんが、なんとなくハアハアと息切れをするような感じを覚えながら道なりに進むと目の前にまた少年のような天使が現れました。

よく見ると先ほどの天使とうり二つです。

というよりも、たぶん、先ほどの天使と同じ存在です。

気が付くと周囲の景色も先ほどの同じなのです。

これはどうなっているのだ!?

途方に暮れて、背後からついてきてくれていたフェイシェル大天使の方を振り返りました。

大天使は微笑んでいます。

そして、再び、少年のような天使の方を向き直すと、天使は言いました。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

どうやら振り出しに戻ってしまったようです。

一体、どうなっているのでしょうか。

続く。

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霊界に行けば全てはお見通し?

こんにちは!

天心です。

スピリチュアル的な発信をしておりますと様々なご質問を受けることが多々あります。

その都度、質問には出来る限り応えてきたわけですが、その中で多くの質問者の方が潜在的に持っていらっしゃると思しき誤解があります。

それは、霊界に旅立ち霊的存在になれば、全てのことが見通せるようになるという誤解です。

もう少し具体的に言えば、守護霊ならば全てのことをご存知のはず。

神霊ならば、宇宙、霊界全ての事を理解して、分かっているはずといった認識を持っている方が少なからずいるということです。

私、天心に関しても「全てわかってらっしゃるのですよね?」というような期待を持たれてご相談をされる方もいます。

ハッキリと申し上げなければならないのは、天心は宇宙や森羅万象、霊界の全てがわかっているわけではありません。

がっかりされるかも知れませんが、厳然たる事実なので、申し上げておく他はないのです。

度々、ブログ記事でもしつこいと思われるくらいに申し上げてきたことでもあります。

記事でお話していることは、霊界の一部であり、天心が感得、見聞した様々な事柄に過ぎないということです。

それでも、天心が全てを分かっていて、何でも言うことが正しいと思いこんでしまう方がいらっしゃる原因としては、他のスピリチュアル系の方などにおいて、「私は全てを見通している。霊界の全てを知っている」というような発言をされたりしている方がいたりすることにも原因があるのかも知れません。

どうしても、スピリチュアルに関心がある方は、色んな情報を得ようとされて様々な方の言及されることを耳にしています。

そのこと自体は、別に私がどうこう言うことではないのですが、色んな方の色んな言動をごちゃまぜにしてしまい、全てを一緒くたに考えてしまう場合が多いことが問題なのです。

いくら私が私のスタンスを明言していても、他の方の言動と一緒くたにして考えられてしまうと、誤解が生じることが多いのです。

正直、このことに関しては私個人が積極的に解決策を講じる術はありません。

私のブログ記事を良く読んで私のスタンスを理解してくださいねと言う他ないのです。

さて、霊界に行けば全てがお見通しという考え方についてですが、これは結論から言いますと間違っていると言わざるを得ません。

まず、霊界というものは、有限ではなく、無限に広がる可能性を持った世界です。

人が持つ認識が広がれば広がるほど、霊界の幅もどこまでも広がっていくものなのです。

守護霊にせよ他の神霊にせよ、自分の属する霊界というものがあります。

霊界の法則の一つとして高次元からは低次元のことが良く見通すことが出来ますが、低次元から高次元を見通すことは出来ないのです。

具体的な例を挙げれば、宇宙空間に飛び出てしまえば地球の全体像を見渡すことが出来ます。

しかし、地球の地表から空を眺めても、宇宙の全体像は掴むことは出来ないのです。

守護霊や神霊がわかる霊界の実相はその守護霊や神霊が属する霊界及び、把握可能な霊界の実相に限られるということなのですね。

つまり、自分の霊界を超えたところにある実相は、分からないし、未知の領域が沢山あります。

逆に言えば、その未知の領域を拓いていくことが霊性開拓でもあり、自分自身の霊界を広げることにもつながるのですね。

自分自身の霊界が広がった分、見えてくるものも、得られるものも多くなってくるわけです。

それこそが霊性開拓の醍醐味でもあり、面白さでもあるのかと思います。

完全なるものを求めるのではなく、より完全を目指して魂を向上させていくこと。

ここに本来の私たちのスピリチュアル的なあり方があるのではないかと愚考しています。

だからこそ、霊界に行けば全てが見通せるのではなく、私たちは守護霊や神霊とともにさらなる次元上昇をしていくことが求められていることでもあるのかも知れません。


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体外離脱と表層意識

こんにちは!

天心です。

今回は「体外離脱と表層意識」というテーマでお話してみたいと思います。

体外離脱(幽体離脱)という言葉はスピリチュアルの世界では良く知られたものではあります。

昔は一部の人だけが体験するとされる特別なものとして認識されていましたが、昨今では、この経験自体をされる方が増えてきたことで、特別という意識がなくなってきたように思います。

その顕著な例として、比較的知られたものをご紹介するならばヘミシングなどがあります。

実際、ヘミシングの技術や機器を利用して体外離脱を経験された方がその時の体験をレポートされている情報なども結構、世の中に広まってきているように思います。

体外離脱経験をすると、大きな共通点として、この世で大事にこだわってきたものに対する意識が大きく変わることが多いようで、最たるものは死というものの恐怖から解放されるなどがあるようです。

今までは死というものを概念的には理解をしている方は多くいました。

しかし、実感として、実体験として死を受け止める経験をすることは中々、難しいことでもありました。

頭では理解していても実感がない分、やはり不安と恐怖を覚えるわけです。

でも、体外離脱体験をすると、死んで向こう側にいくということがどんな感じなのかを理屈抜きで理解します。

すると、不安や恐怖に思っていた未知なるものに光が当たり不安や恐怖が和らぐということです。

このような体外離脱体験にはメリットなどもあることから、これからはスピリチュアルというものを超えて、科学的にも検証しようという方向へ向かいつつあるように思います。

それは、ある意味で良いことだと思います。

ただ、一つだけ懸念があるとすれば、体外離脱経験で得られた情報があの世すなわち霊界のすべてだと誤解されてしまう可能性があるということです。

体外離脱時というのは、実は意識カーソルは極めて現世次元に近いところに位置しています。

なので、体外離脱時に現世の自分の肉体を上から眺めたり、色々と移動して様々な景色が見えたりするのは、このことを現しています。

そして、その次にあるのが、現世ではないところの表層意識の部分が織りなす幽界の部分です。

幽界というのは、現世と霊界のはざかいにある位置といえますが、現世次元から霊界次元への移行時に現れる世界でもあります。

この段階でもガイドと呼ばれる存在と遭遇したり、亡くなった親族と思しき存在が現れたりします。

しかし、厳密にいうと幽界も霊界の一部ではあるといえますが、まだ先には、霊界が沢山、無数に層をなして存在しているということなのです。

神界というとさらに奥の次元になります。

ということで、実際には本当に奥深いものが広がっているもので、単純に体外離脱をしたからといって、全てを探索できるわけではないというのが実情なのです。

では、どうすれば霊界の奥の実相に辿りつくことが出来るのでしょうか。

それは、新しい霊界次元に感応してアクセスするということなのです。

体外離脱体験を通して感得出来るものは限界として自己の背後に持つ霊界だけです。

その霊界を探索して見つかるものは自己の持つモノだけだといえます。

なので、大抵は体外離脱体験後にたどり着く結論は、全ては自己に帰一するという発想であることが多いのです。

ハイヤーセルフやすべての現象の根源を自己に見出す発想というのは、自己の霊界を見つめているならばこそ、現れるものなのですね。

だから、自分以外の霊界については、分からずじまいになってしまいがちなのです。

では、どうすれば自分以外の霊界について知ることが出来るのか。

それは、謙虚に学んでいくしかありません。

色んな霊界と感応することで、その違いが理解出来てくるものです。

そして、その結果、自分の霊界もまた変化して広がり大きくなっていくものでもあります。

なので、単純に自己の経験のみに頼ることなく、広く学ぶことも大事だということですね。

この点を理解した上で、様々な世の中に現れる情報を咀嚼していくことがこれからは肝要なことなのかも知れません。


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家庭という霊的フィールド

こんにちは!

天心です。

夏場も本番、真っ盛りといったところで(2014.07.28現在)、熱気で心は熱くなる一方ですが、身体は暑さで今一つ円滑に動かないというギャップに苦しんでいます。(苦笑)

夏場では海難事故なども多く起こり、ちょっと水回りにおける注意事項などをお話しようかと考えていたのですが、先ほど、別途、指導霊より別の指示が下りてきて、このことを話しなさいということだったので急遽、話題を変更。

今回のテーマはずばり「家庭」についてです。

私はしばしば、結婚のスピリチュアル的な意味などを質問されたりするのですが、多くの方は結婚というと男と女が出会うということや、その後の二人の生活、あるいは子供が出来た後の事柄など個別にイメージされる方が多いように思います。

正直に言えば、男女が出会うことは結婚に限定しなくても、仕事で一緒に活動する関係、恋愛関係、あるいは友達としての関係など他にも色々なケースがあります。

子供だって別に結婚という制度があるから生まれてくるわけではなく、男と女が愛し合い結び付くことで、そこに子供が生まれる結果が生じるわけです。

結婚にまつわる個別の事柄を追いかけて行けば、良く考えると「結婚」って何だろう?何の意味があるのだろうと考え込んでしまうことにもなりかねません。

良くある勘違いに結婚は自分が幸せになりたいからするのだということがあります。

でも、良く考えてみてください。

結婚をすれば、自分自身の好きなようにはふるまえません。

伴侶のこと、子供が出来れば子供のことも考えなければなりません。

なので、結婚したら確実に自分自身の個人としての幸せからは単純に考えると遠のきます。

しかし、相手のことを想い、自分の自由を制限しても良いから相手を幸せにしたいと思うことが出来るのならば、初めて結婚して幸せになる可能性はあるのかと思います。

それはさておき、結婚をして一番に何を考えた方が良いのかということについてお話してみたいと思います。

実はこの結婚をして一番に考えるべきことについても多くの勘違いが潜んでいます。

さて、結婚後に一番大切なことは何であるのかわかるでしょうか?

二人の生活をするのに十分な広い家でしょうか。

子供が生まれてもちゃんと育てられるだけの財産の蓄えでしょうか。

「いやいや、お互いを想う気持ちが大事なことでしょ」という意見もあるかも知れません。


これらはどれも要素としては重要なことなのかも知れません。

しかしながら、実はポイントがずれています。

「ん?でも、家や財産はともかく二人がお互いを思いやることは一番重要な気がするけど?」

こう思う方もいるかも知れませんね。

でも、実は違います。

先ほども言いましたが、男と女が出会いお付き合いをするというお話であれば、確かにお互いを想う愛があればそれでよいといえます。

恋愛に必要なのは愛ある想いであって形ではないからです。

しかしながら、結婚後については少し違うのです。

二人が想い愛し合う以外に何が必須なのかと言えば、それは「家庭」を作るということなのです。

家庭というのは目に見えるものではありません。

スピリチュアル的な目線で言えば、霊的フィールドという表現も出来るかと思います。

どんなに家が広く立派であっても、どんなに財産の蓄えがあっても、子供が生まれてもそれだけで「家庭」にはならないのです。

家庭とはじっくりと時間をかけて、家族で意識しながら作っていくものなのです。

実際、持ち家もあり、子供もいるし、家族で住んでいるけれど、家庭は崩壊しているというケースは多々あります。

もう一度言いますが、家庭というものは意識して築いていかないと築けないのです。

特に個人主義が標準的になってしまっている現代においては尚更です。

鳥居に玉砂利、鎮守の森に拝殿、本殿、賽銭箱に社務所があれば神社という神域になるのかと言えばそうでないのと一緒です。

神社の神主さんが一生懸命にお勤めをして神社を神域足る状態にしてくれているから、こそ、神社は神域たる霊的フィールドになっているわけです。

家庭も同じなのです。

家族の絆を深めたり、心を一つにしたり、そういった創意工夫がなされて家庭が作られていくのですね。

そして、家庭という霊的フィールドを築くために結婚という一つの現世でのあり方があるわけです。

もちろん、結婚という選択だけが、人生のあり方ではありません。

霊的フィールドは他にもあるわけなので、結婚しないで別の生き方を選択するということもありえます。

そのような場合を除けば、結婚をするということは、家庭を作るということが何をおいても一番に考えていくべき事柄だということです。

どうしても、個別の要素ばかりを考えてしまうと家庭を作るという発想がなくなってしまいがちになるので、注意が必要なのかも知れません。


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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