新説・霊界ストーリー 【霊界探索-現幽界3】

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<前回までのおさらい>

現幽界を見聞する私と守護霊は、この霊界の中でひと際、長くそびえたつタマシズメ之霊宮にたどり着きました。

その搭のような建物の最上階には神霊園と呼ばれる場所があり、私はそこで現幽界の霊人達の教育担当の統括をしている神霊と出会うことができました。

そこで、この霊界での教育や教えていることをお聴きすることができたのです。


<続き>

神霊園での神霊との歓談を終えると私はタマシズメ之霊宮の霊人達の教育の場に居合わせてもらえることになりました。

搭のさらに上の階があり、そこにオレンジ色の光が導いてくれました。

なんと表現したらようのでしょうか。

その場所は少し、プラネタリウムにも似た静かな雰囲気で、ドーム状に広がる空間であります。

なんだか宇宙空間に自分が浮かび上がっているような感覚です。

他の霊人達も中央を取り囲むように存在しています。

中央の場所に何か澄みわたるような光明が現れると、眩い神霊が現れました。

守護霊:「如意輪観音におわします」

そうぽつりと守護霊はつぶやくと現れた神霊に深々と頭を下げています。

私もつられて頭を下げました。

とても尊い暖かく知恵に満ちた波動を感じます。

慈悲慈愛が込められた光です。

胸のあたりがジーンとこみあげてきて、本当にありがたいという素直な気持にさせられます。

これから、何か講義が始まるのでしょうか。

私は、ドキドキしながらも、かたずをのむように静かに見守っていました。

すると、如意輪観音様の周囲から光の玉が沢山、浮かびあがり、霊人達や私の方にその玉が飛んできます。

シャボン玉のように美しく輝く玉は、赤や紫、黄金やプラチナ、瑠璃色といった様々な色彩を持っています。

その玉を胸のあたりで受け止めると瞬間にメッセージを受けました。

「己を縛るのは己という意識なり」
「好きも嫌いも己がとらわれる先入観であると知れ」
「観方が自在となれば、霊妙な働きがいずるものかな」


これらのメッセージを受けた瞬間、私の霊体が一瞬輝きをますのを感じます。

他の霊人達も玉を受け取って次々に霊体を輝かせています。

どうやら、この玉を受け渡すことが、この霊界における教育のやり方みたいです。

私は、何か講義か何かをするのかと思っていましたが、そうではないようです。

玉を受け取ることで、その霊人に必要なことを悟らされるという仕組みになっているようです。

私も玉を受け取ったことにより、霊覚が少しだけ向上させて頂けたようです。

ありがたいことです。

他の霊人達も霊体を輝かしながら、中には、瞬間に霊体を輝かすとともに、その場からいなくなる霊人もいました。

なんでかな?と疑問におもっていると守護霊が「霊覚が向上したことにより、さらに上の霊界に異動したのだ」と教えてくれました。

天心:「他の霊人は異動しないのですか?」

守護霊:「強い心の意識のこわばりがあるものは、一度や二度の説法では上に移動はできないのだよ」

天心:「なるほど、だから定期的に教育の場が開かれているのですね。」

私は、納得して、しばらく自分が受け取った玉に込められたメッセージについて深く味わっていました。

「己を縛るのは己という意識なり」

このメッセージは、自分が自分がという意識を強めれば強まるほど、自分の自由を縛ってしまうという諭しでした。

本当に霊界を自由自在に動き、伸縮自在に霊体を操るためには、自分という意識すらも解放されなければならないということです。

このメッセージは活きている人間にも言えることかも知れません。

自分のことばかり考えて、自分の未来や生活ばかりを不安に想い、不平をならしてばかりいれば、不自由なことばかりが増えてゆくということも言えるのではないでしょうか。


「好きも嫌いも己がとらわれる先入観であると知れ」

これは、好き嫌いで判断するのは、判断を過てる原因となるということを教えています。

人は何でも自分の好きか嫌いかで影響を受けてしまいます。

好きだと思っていることであるならば、積極性もでるというものですが、嫌いだとか苦手という意識があるとどうしても消極的になってしまいがちです。

好き嫌いを超えて、真理による判断をすることができれば、間違うことはないということなのかも知れません。


「観方が自在となれば、霊妙な働きがいずるものかな」

霊妙で素晴らしい働きをするためには、先入観や固定観念を捨てて、自由な発想が必要です。

霊界を自由に動き異動することができるためにも、自由な観方をするイメージ力を身につけることも大切なことであるようです。

これもよく考えてみると現実社会に生きる上でも必要なことかも知れません。

現世においても、自由な発想やアイデアを受け取れる人は、成功したり、幸運をつかんだりする可能性が高いですよね。

霊界で必要となってくる知恵や霊法は実は、現世でもとても役に立つものなのかも知れませんね。

霊界見聞の途中で、このような素晴らしい霊法の玉を授かることができましたことは、大変、幸運なことではありました。

今回は、このあたりで一度、締めて次回に続きたいと思います。


☆新説・霊界ストーリー【ティータイム-番外編】へ続く


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-現幽界2】

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<前回までのおさらい>

ゲートを通り抜けて、降り立った先は、現世のありようと酷似する場所であった。

とても、気持ちのよい波動を感じるその場所は天国のように感じたのだが、守護霊はそれを否定。

守護霊が現幽界と呼ぶ、この霊界にますます興味を持つのでありました。



<続き>

通りを歩いて観て、周りを見渡せば見渡すほど、現世と瓜二つの霊界。

スーツを着ている霊、普段着のラフな格好の霊、若い人、年寄り、子供、まさに老若男女が行き交っている。

現世と全く同じ光景なのだけれど、ひとつ違うところは、皆、笑顔で血色というか、顔のおでこのあたりが輝いているところである。

守護霊によれば、この霊界はとても安定していて、不安や不満とは無縁の世界らしい。

守護霊と私は、通りをまっすぐ歩いて進むことにした。

瞬間に異動してしまう方法もあるが、霊界見聞を進めるにあたっては一つ一つの景色をじっくり見てみたかったからです。

通り過ぎる霊達は、なぜか、私たちの横を通りするぎる時には皆、会釈をして笑顔で通り過ぎてゆく。

なんでだろう?

と不思議に思っているとどうやら、私に会釈しているというよりも、守護霊に向かって会釈しているようなのである。

皆知り合いなのだろうか。

疑問に思ったが、守護霊は特に何も教えてはくれなかった。

通りは公園のような雰囲気であった。

丁度、皇居外苑あたりの雰囲気に似ていた。

真中に噴水のようなものがある。

その向こう側には、細長いタワーのような建物が見えていました。

タワーは丸い筒状の形をしていて、まさに搭といった感じで、上のフロアの部分が輪のように広がっている。

東京都庁を思わせる建物ですが、でも、少し違うような・・

守護霊:「この建物の中に現幽界を管理している神霊園がある」

天心:「神霊園?なんですかそれは?」

守護霊:「主に現幽界の霊人達の教育方針の企画と施行を行っている」

天心:「霊界を統治している組織かなんかでしょうか?」

守護霊:「少し違う。基本的に霊人たちは、皆、自由に行動しているし、彼らを統治することも統治する必要もない。」

天心:「では教育だけ?何を教えているのですか?」

守護霊:「主には現世への未練の立ち入り方。執着の越え方になる。」

天心:「なるほど、どうやって教えているのですか?」

守護霊:「定期的にタマシズメ之霊宮(たましずめのれいぐう)にて菩薩や如来の話を聞くことになる」

天心:「タマシズメ之霊宮?」

守護霊:「あの建物のことだ」

天心:「なるほど、あの建物で時々、説法みたいなのがあるということですね」

いよいよ、私は、タマシズメ霊宮へと足を踏み入れることになりました。

中は、暖かいオレンジ色の光で満たされている以外は、普通の都会的なビルと変わらない印象でした。

またも中には、霊達が沢山、行き来していました。

そして、皆、守護霊に向かって会釈しています。

光のエレベータとでもいいましょうか。

オレンジ色の光に導かれて上のフロアへと導かれていきます。

このあたりは、完全に現世とはかけはなれた世界です。

ここが霊界であることを再確認させられます。

最上階の部屋にいきつくとそこには、またまた見知らぬ神霊が待っていました。

見知らぬ神霊は、守護霊にまず、丁寧に挨拶をした後、私に向かって頬笑みかけてきました。

神霊:「ようこそタマシズメの霊宮へいらっしゃいましたね」

天心:「ご丁寧にありがとうございます。」

神霊:「私はここで、現幽界の教育担当の統括をしています。」

天心:「具体的には何を教えているのですか?」

神霊:「主には自らの霊の波長を変えてゆく霊法です」

天心:「霊法?」

神霊:「霊界は自由な世界ですが、とらわれの心があるとたちまちに縛られてしまうのです。例えば、現世の人は運動したり歩いたりすると疲れたり、ご飯を食べないとお腹がすいたりしますね。でも、霊界では本来、そういた感覚とは無縁の世界でもあるのです。」

天心:「なるほど」

神霊:「霊法を知ることで、そういった心の束縛を解いたり、自由に動くことができるようになるわけです」

天心:「確かに霊になってまで、現世のルールに従う必要はないですよね」

神霊:「でも、意識は活きていた頃の意識が非常の強く霊界に影響を与えてしまいます。だから、霊界に辿りつけても、まだ、現世の頃の習慣をもとに暮らしてしまう霊が多いのですよ」

天心:「う~ん、習慣ってなかなか変わらないですからね」

神霊:「その通りです。だから、霊界の法則、すなわち霊法を勉強してもらって少しでも自由な霊界へ異動してもらいたいというのが私どもの願いなのです」

天心:「あなたは、この霊界に常駐されているのですか?」

神霊:「いえ、普段は私は自分の霊界に帰っています。でも、いつでもこの場所に戻ることは可能なんですよ」

天心:「それは便利ですね」

神霊:「ふふっ、でも、私にも自分の霊界での修行がありますので、いつまでも、ここで活動してばかりもいられないのですよ」

天心:「なかなか大変なお役目なんですね」

神霊:「この霊界の霊人が一人でも上に移動してくれるのであれば、これに勝る喜びはないです。全ては喜びで行っています。」


こうして、タマシズメの霊宮で霊界の教育を統括している神霊と出会うことができました。

まだまだ、謎が多いのがこの現幽界です。

次回に続きます。



☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-現幽界3】へ続く



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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-現幽界】

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<前回までのおさらい>

光で輝く透明な管の中、天空に向かって緩やかに伸びるエスカレーターに乗って登ってゆくと、たどり着いたのは空港のような場所でした。

そこで待っていたのは、亡くなった親戚縁者ではなく、なんと私の守護霊であった!?

私は守護霊とともに霊界探索の旅へと出ることになったのでした。


<続き>

私は、守護霊に連れられて、ラウンジを出ると霊界へ旅立つゲート付近に立っていました。

とても不思議なのですが、沢山の霊達が行きかう建物内ですが、一度も霊とぶつかったり、狭い想いをすることがないのです。

異動もなんだか、ふわふわと浮かんでいるような感じで、地に足がついてないような感覚なのです。

どうやら、ここも霊界の一部であるために心で思い浮かべた瞬間に行動となって現れてしまうようです。

つまり、異動しようと思ったらもう、異動しているというわけです。

ならば、このような建物をつくる必要があるのかな・・?

私が疑問に思っているとそれを察知した守護霊が「一度、霊界に入ればこのような建物に来る必要はなくなる。亡くなったばかりや霊界を知らない人のために一時的に作られたのがこの場所なのだよ」と教えてくれました。

ここは、疑問に思ったこともすぐに伝わってしまうようです。

確かに、守護霊のいうとおり、私も霊界探索をどのように始めたらよいか最初はわかりませんでした。

この場所にきてはじめて、守護霊の導きを得て、私も見聞すべき霊界を定めることができたわけです。

これから行く霊界は、守護霊によれば、下部霊界と上部霊界の中間のような場所だということ。

一番、現実に近いということも言っていました。

果たしてどんなところなのでしょうか。

そんな疑問をよそに私は、沢山ならんだゲートの入り口に圧倒されていました。

なんていうのでしょうかね。

とてもSFチックな作りなんですよね。

横並びにゲートの入り口が並んでいて、霊達は皆、ゲートの前に列を作って並んでいるのです。

ゲート以外にも受付のようなところもあるようです。

迷った際にもそこで聞けば、自分が使うべきゲートの番号を教えてくれる仕組みになっているみたいです。

でも、大抵はお迎えが来るので、迎えの人にアテンドしてもらって、手続き的なものは行うようです。

とても賑やかです。

これからどうなるのだろう。

私は、守護霊の導きのまま、ゲートの列に並んでいます。

飛行機に乗ってゆくのかな?

そんなことを考えていたのですが、どうやらそうではないようなのです。

ゲートの向こう側は、こちらからは良く見えません。

少し光が漏れているような感じで、景色ははっきりしていません。

あの先に何があるのかな?

私は好奇心でワクワクする心を静めるのに必死でした。

守護霊に念をあまり出すなと釘を刺されていたからです。

そんなこんなで、しばらくすると遂に私がゲートに入ってゆく番となりました。

恐る恐る、守護霊の後をついてゲートに足を踏み入れると、ものすごい光のシャワーが全身をつつみこみます。

滑り台をすべるように自動的にゲート内の通路にそってすすんでゆきます。

気がつくとゴンドラのようなものに乗せられて、どんどん、中へと進んでいました。

乗り物は飛行機ではなく、よく遊園地などのアトラクションであるような異動する椅子のようなものだったのです。

なかなか快適です。

しばらくすると、視界が開けてきて、景色が見えてきました。

そこは、現実の世界とほとんど変わらないくらいの高層ビルや道路が敷き詰められた世界でありました。

本当に現実と見間違えるほどの酷似した世界です。

霊達はスーツを着ている人が多く、ビジネスマン風の霊をまずは見かけました。

でも、やっぱり良く見ると現実とは違うのですね。

森や川、谷などの自然の中に超高層ビルが建っていたり、単なる無機質な都会の姿とは少し違った光景でありました。

空を見上げると龍や鳳凰が飛んでいたりします。

やっぱり、ここは現実とは違う。

ようやく心が霊界に来たとうことを認識し始めてきました。

霊達は、普通に道を二本脚で歩いています。

守護霊の話によると本来は霊体は空も飛べるが、この霊界の霊達は、現実世界での感覚が根強く残っているために生きていた時と同じように二本の足で歩くことしか、まだできないとのこと。

天心:「でも、なんだかとても明るくて気持ちのよい感じがします」

守護霊:「この霊界には争いがない。資源が不足することもない。皆満ち足りた生活をしている。そういう波動で満ちているのだよ」

天心:「だからこんなに気持ちいいんですね!ここは天国ですね♪」

守護霊:「いや、ここは、まだランクの低い霊界の部類に位置する。もちろん、さらに下の霊界もあるが決して高いタンクとはいえない。」

天心:「そうなんですか?なんでも満ち足りているなら私からすると天国に見えてしまいます」

守護霊:「確かに満ち足りているが、まだまだ現世を引きずっている。よく周りを視てみよ。現実を引きずっている象徴が沢山あるであろう。」

そういわれて、周りを観察してみると確かに建物や道路や人が来ている服、霊達の行動パターンは生きている人と変わらないように見えます。

守護霊:「この霊界の住人は、皆、働きに出て会社に出勤したり、家庭を営み、まさに現世のような暮らしばかりしている。より高度な知恵や力をつけたり魂の向上を目指す気概が足らない。だから、現世的な欲望が満たされるだけで満足してしまっておるのだ。」

守護霊は、どことなく厳しい顔をしています。

天心:「ところで、この霊界は何という名前ですか?何か呼び名があったりしますか?」

守護霊:「人によって呼び名は異なる。下部霊界と上部霊界の中間だから中霊界、中有界などと呼ぶものもおる。しかし、私は現実と幽玄の狭間で迷う世界であるがゆえに【現幽界】と呼んでいる」

天心:「【現幽界】ですか。もっとこの霊界のことが知りたいのですが、アテンドして頂けますか?」

守護霊:「焦らずじっくり見聞するがいい。広い世界ゆえ己の理解の容量を超えては知ることはできないが、できるかぎりの知識は与えよう」

天心:「ありがとうございます」

こうして、私は、現幽界での見聞を開始することになりました。

現実界と幽玄界の狭間の霊界。

いったいどうなっているのでしょうか。

次回はさらに探索していきたいと思います。


☆新説・霊界ストーリー 【霊界探索-現幽界2】へ続く


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-入口】

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こんにちは!

天心です。

いよいよ、新説・霊界ストーリー序章を終えて新章に入ってまいりたいと思います。

サブタイトルは霊界探索編入口です。

まず、霊界に旅立つ前の入口にあたる最初の部分についてお話していきたいと思います。

もちろん、私はまだ、生きています。

死んだわけでもないのにどうして霊界のことがわかるの?

こう思われる方もいらっしゃいますよね。

以前の序章の中でも少し触れましたが、生きながらにして、霊界のありようを視る技術が実はあります。

霊感旅行と私は呼んでいますが、霊的な感性をつかさどる魂の一部に奇魂(くしみたま)と呼ばれるものがあります。

主に直感、霊感、センス、感性をつかさどっていますが、この奇魂だけを霊界に飛ばして、見聞をするという方法が霊感旅行というものです。

実はこの霊感旅行は、結構、昔からなされている技術でもあります。

有名なところを申し上げますと、イギリスのスピリチュアリズムの祖ともいわれるエマニュエル・スウェデンボルグなどもこの霊感旅行をして霊界のありようを見聞し、霊界日記という形で世に発表したりしています。

また、日本人においても、宮地水位という神仙道と呼ばれる仙術を極めた方がいらっしゃいまして、肉体を持ったまま霊界を行き来していたといわれています。

ただ、よく勘違いをされる方がいらっしゃるのですが、幽体離脱臨死体験とは少し違います。

これらの方法でも霊界見聞はできますが、かぎりなく死の状態に近くなってしまうので、これらの方法はとても危険なのです。

それとは異なり、霊感旅行は、奇魂のみを飛ばして、霊界を見聞する方法であるので、現実界の意識もシャットダウンされません。

半分意識が現実に止まり、半分、霊界に旅立つようなイメージです。

口で説明してもわかりずらいと思いますが、感覚的なことなので、そんなもんだと思って頂ければ結構です。

さて、それでは、早速、霊感旅行によって、得られた霊界情報をお伝えしていきたいと思います。

まず、深く意識を霊的な世界に向けていきます。

守護霊様にもよくお願いして、霊的な世界へのいざないを依頼致します。

段々と現実の感覚が薄れてきて、ほんのりと淡い光。眩しいほどではない。優しい光が当たりを包みはじめます。

意識もまだまどろんでいるようなはっきりとしてない状態です。

少しずつ霧が晴れるように視界が浮きあがってくると、ひとつの光沢を帯びた筒状のものが天空に向かって緩やかに伸びています。

エスカレーターのような感じです。

いうなれば現実から霊界へ入る前のバイパスの通路といったところでしょうか。

私は、そのエスカレーターに乗りこむとゆっくりと光の管の中を天空に向かって異動していきます。

管は透明度のある管です。窓から外を視るように、外部の景色が映し出されています。

同じような光の管は他にも沢山、天空に向かって伸びているのが見えました。

どうやら、この管は一人一人に用意されているものであるようです。

少しすると光のエスカレーターは建物の中へ続いてゆき、そこで終点となりました。

とても大きな建物です。

そこには、大勢の霊達が行き来していました。

まるで、空港のエントランスのような感じです。

様々な霊達がこれから各々の世界へ旅立つ準備をしているようです。

なんか旅行気分でワクワクしてまいりました。

しかし、私はこれからどうしていいのかわかりません。

何せ、こちらの事情は全て把握しているわけではありません。

どうしたら霊界に行けるのか、そもそもどうやって?飛行機で空を飛んでいくのか?

皆目見当がつきません。

ボー然と立ち尽くしていると、一柱の神霊が私の前に現れました。

なんというのでしょうか。オーラというかその神霊からは色彩が豊かな光がほとばしっています。

かといってまぶしくて見えないというレベルではありません。

月並みな言葉でいうと美しいコントラスト?輝いて見えるのです。

神霊は、私を迎えにきた守護霊でありました。

これから、霊界を案内してくれるために現れてきてくれたわけです。

そうしないと自分で勝手に動き回るのは危険ですからね。

折角なので、私は空港のラウンジのような場所で守護霊から色々と話を聞くことに致しました。

天心:「霊界に迎えにきてくれるのはご先祖様や先に亡くなった親戚の方だと聞いたことがあるのですがどうなのでしょうか?」

守護霊:「以前はそういうケースも多かったのだが、最近は親戚付き合いが薄れているものも多いゆえ、その場合は守護霊や守護霊団の一人が迎えにくることも多いのです。」

天心:「なるほど。あとここはどこですか?空港みたいに見えますが。三途の川とかないのでしょうか?」

守護霊:「ここは、霊界に旅立つ前の心つもりをするための場所。三途の川もあるにはあるが、今の時代の者たちは、遠くに旅立つ時、空港をイメージすることが多いので、このような場所が作られたのです。」

天心:「確かに何か大きな旅行をする時は飛行機を使いますからね。ところで三途の川はどこにあるのでしょうか。」

守護霊:「気になるのか?ならば見せてやろう」

こういわれた瞬間に私は、グランドキャニオンのような絶壁に囲まれたものすごい、急流な川のほとりに移動していました。

少しイメージが違います。

もう少し穏やかで、緩やかな川の流れを想定していたのですが、なんか凄い急激です。

その川をボートのような乗り物で下ってゆく霊達がいます。

う~ん、これだったら空港の方がいいな。。なんて思っていたら、一瞬で空港のもとのラウンジに戻っていました。

守護霊:「どうであった?満足したか?」

天心:「はい(笑)。私はこっちのほうが合っているようです(笑)」

守護霊:「うむ。では、そろそろ参ろうか」

天心:「えっと、どこへ。。?どこへ行くべきかわからないんですよね」

守護霊:「お前が今回、霊界へ行く目的は永遠の旅立ちではなく見聞を広めるためであろう?」

天心:「そのとおりです」

守護霊:「では、まず、もっとも多くの霊達が集う場所へと案内しよう」

天心:「ありがとうございます。ちなみにそこはどんなところですか?」

守護霊:「いうならば現世にもっとも近い場所だ。下部霊界と上部霊界の中間どころの場所になる」

天心:「なるほど。なんだかワクワクしてきました」

守護霊:「あまり念を発すると異動が難しくなるから、私の波長に合わせて受け身でいなさい」

天心:「わかりました」


このようなやり取りを霊界の入り口の空港のような場所にあるラウンジで行った後、私は、いよいよ霊界への旅立ちへと向かうのでありました。

今回は、このあたりで締めたいと思います。

続きをお楽しみに!


☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-現幽界】へ続く



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新説・霊界ストーリー 【序章3】

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前回記事は二番目のリンクをクリックでページが切り替わります。

さて、前回の続きを早速、お話していきたいと思います。

前回は、霊界の基本的な構造についてお話させて頂きました。

簡単に説明すると霊界は地獄方面(下部霊界)と天国方面(上部霊界)に層が分かれているということ、神様が住む世界は、その次元を超えたところに鎮座していらっしゃるということをお話させて頂いたわけです。

凄く単純化してお話しているので、本当はもっと複雑です。

序章では、詳細をお話していく上で基本になる霊界常識や基礎知識を述べていきたいと思っています。

そうしておかないと、詳細を聞けばきくほど、疑問符が沢山頭の上に浮かんでしまうことになりますからね。(笑)

霊界の詳細イメージは霊界探索編で、詳しく触れていきますので、しばらくは序章をお付き合いして頂ければと思います。

さて、また、前回の話に戻りますが、天国方面の霊界に住む霊達は、地獄方面に住む霊達を救済しようと日々、動いているということをお話したかと思います。

これらの天国の神霊達は具体的にどんな活動をしていると思いますか?

まず、ひとつは、地獄方面の霊界へ神霊が異動して、彼らにどういう心根を持てば、天国方面の霊界に移動ができるのかを諭します。

前回も説明しましたが、神霊だけは、下部霊界に移動することも可能であるので、このようなことができるのです。

そもそも、なぜ異動できるのかといえば、彼ら神霊も人として生きた時の経験や記憶がわずかではあるけれど、残っているからです。

自分のことが気になってしかたなかったり、自我にとらわれたり、暗い気持ちになって苦しんだ経験を神霊達も持っているわけです。

そういう地獄方面の心根を払しょくして魂を浄化して、心根を明るく前向きに変えてゆく努力をしたからこそ、彼ら神霊は天国方面の霊界に属することができているわけです。

逆にいうと心根を変えることもおなく、魂の浄化もせずにいたからこそ、地獄方面の霊達は、亡くなった後もそのまま暗く苦しい霊界に逝くことになったわけです。

このことからも、心根を以下に浄化してゆくのかということが大事であることがわかります。

さて、天国方面に済む神霊達は、どうやって地獄方面に移動するのでしょうか。

それは簡単です。

地獄方面の波長に一時的に自らの霊波動を合わせてゆくことで、異動することができるのです。

一時的とはいえ、地獄方面に波長を合わせるのは、神霊にとって苦痛以外の何物でもありません。

例えるならば、火事で炎上している建物の中に、乗り込んでいく消防隊員のようなものです。

彼らだって熱いし、死ぬかも知れない恐怖や苦痛を持って職務に励んでいるはずです。

使命感があるからできる仕事ですね。

同じように神霊も、苦痛と気持ち悪い波動で満ちている地獄に慈悲の心で飛び込んでいくわけです。

有難いことですよね。

これが、霊界における神霊が地獄方面の霊達を救う姿の一つです。

しかし、実はこれだけが、救済する方法の全てではありません。

神霊達も色々考えています。

そもそも、地獄方面の霊界に逝ってしまう霊達が多いのは、現世での心の持ち方、行い、態度、生き方の結果として、誤った心根を持ち続けてしまったがゆえに起こってしまった悲劇であるということもいえます。

だから、いくら地獄方面の霊界に異動して霊達を諭しても、現世での行いや心根を改めてもらわないと、救済してもきりがないわけです。

それに、一度、霊界に入ってしまうとその霊界から抜け出すのは非常に困難を極めます。

なぜなら、霊界は心の世界であるために、その人の心根にあったものしか存在していないからです。

現世においては、レベルの高い人もいれば、素晴らしい哲学、思想、芸術が存在しています。

これらに触れ学び体験することで、心根を浄化して向上することは比較的に容易であります。

しかし、霊界ではこれができないのです。

霊界において救う唯一の方法は、神霊に出向いてもらい諭してもらう以外にはないのです。

そういうわけで、現世の生活から心根を正してもらおうというムーブメントが神霊達の間で起こってきたわけです。

そのムーブメントの一つが守護霊という制度です。

よく疑問に思われるかたがいらっしゃるかと思いますが、守護霊はなぜ守護してくれているのか。

この答えが実は、こういう霊界事情から発生したものであることを知っている方は少ないのではないかなと思います。

生きている人間を霊界からサポートして、心根をできるかぎり明るく前向きで高いランクに持っていくために教育係として守護霊が守ってくれているわけです。

それは、できるかぎり、地獄方面の霊界に多くの魂を堕することを防ぐ、神霊達の知恵の結晶なのです。

これがもう一つの救済方法です。

守護霊という形以外にも様々な救済方法が神霊達の間で考案されました。

現世に直接常駐して、人を導くという方法もあります。

もちろん、神霊は現世に本来は止まることはできません。

なぜかといえば、肉体がないからです。

ではどうするのかというと、依代(よりしろ)が必要になってきます。

先祖供養のテーマにて少しお話しましたけれど、ご先祖様が現世に戻ってきた場合には、基本的には仏壇の位牌を依代としておかかりになります。

位牌がない場合には子孫の身体につくことになります。

実は神霊も基本的には同じなのです。

依代を使って現世に常駐します。

その依代とは、神社であったり仏閣であったり、祠であったりするわけです。

神社や仏閣に詣でるということは、実は、これらの神霊と交流するという意味があるわけです。

交流することで心根が変化して清められるために現世での救済につながるわけです。

神社で現世利益を願う人もいらっしゃることとは思いますが、実は、本当の神社仏閣の存在意義はここにあるのです。

そのあたりの事情を知って、感謝して真心から祈り、自分の心根を向上させていく誓いを神社で立てることが実はもっとも神社におられる神霊を喜ばすことになるのです。

最近では、現世利益ばかりの願いに神霊達は顔をしかめている神社もあります。

少しは神霊達の苦労を知っておくことは大事なことなのではないかと思います。

神社仏閣が依代であると同時に、神霊は人間の身体にかかることもあります。

もちろん、誰にでもかかるわけではありません。

心根が神霊に近い人でないと無理なのです。

波長が違いますからね。

肉体を持つ心根が素晴らしい人に神霊はかかって、より現世に善なる影響を及ぼそうとしているわけです。

これも救済の一環なのです。

このように様々な方法を神霊達は試行錯誤して実践してくれているわけです。

もちろん、他にも様々なプロジェクトが立ち上がっているのですが、例によって天界の機密になりますので、詳細は控えたいと思います。

我々の生活を人生を支えてくれる神霊である守護霊様には、特に我々はお世話になっているので、一層の感謝の念を持つ必要があるでしょう。

今回は、ここまでとさせていただこうと思います。

次回を楽しみに待っていてくださいね!



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新説・霊界ストーリー 【序章2】

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霊界ストーリーも序章2に進みます。

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さて、それでは、序章2に進む前に例によって、前回のおさらいをしておきたいと思います。

前回は、霊界は心の世界であると同時に、人は皆、共有意識によって心を共有することによって、霊界も共有するということをお話致しました。

つまり、共通の考え方や性分、価値観、文化、習慣などを持つ人達が集まって霊界というコミュニティを形成しているということをお話したわけです。

では、具体的には霊界にはどんなコミュニティが存在しているのでしょうか。

このあたりを今回は少し掘り下げてお話させて頂きたいと思います。

まず、基本的な霊界法則について説明致しますと、上から下へ向かうのは容易であるけれど、下から上へあがるのは難しいという法則があります。

これだけでは何のことかさっぱり分からないと思うので、順を追って説明したいと思います。

霊界には様々なランクやレベルが存在しています。

簡単にランクやレベルを表現すると光の眩しさ、霊体の大きさ、知性や霊覚の深さなどで変化するものを指します。

でも、この説明では少し抽象的でイメージがし辛いと思いますので、現実界のありようにあてはめてお話したいと思います。

すごく卑近な例で恐縮ですが、世の中にはお金持ちとあまり裕福でない方がいらっしゃいますよね。

お金を沢山持っている方は、様々な事柄を現実界で経験したり、実現したり、お金を使って世界中どこでも行き来することができます。

美味しいものも食べ放題です(笑)

でも、残念なことにあまりお金を持っていない裕福ではない方は、なかなかこうはいきません。

さだめられた家計や予算を考慮しながら、行動せざるを得ないのが実情でしょう。

裕福でない状態からお金持ちになるためには、なかなか容易ではなかったりしますし、時間もかかることでしょう。

しかし、お金持ちの場合は、お金を使ってどこまでもリッチな生活をすることもできますが、お金を使わずに裕福でない方と同じような生活をすることだってできるはずです。

つまり、お金持ちの方は、リッチな生活(上)も貧乏な生活(下)も両方、選択することが可能であるということです。

もちろん、好き好んで貧乏な生活をする人は現実には少ないでしょうけれども、条件的な側面のみを考えた場合は、このようなことが言えるのではないでしょうか。

さて、これを踏まえて霊界法則を今一度、鑑みてみると、ランクやレベルの高い霊は、低い霊界へも行き来することができるということ、低い霊界にいる霊は上には上がり難いという法則が存在することが言えるわけです。

これを昔の霊界を表す言葉でいえば地獄(下)と天国(上)という表現で表すことができます。

実際には、幾層も、また複数のコミュニティに分かれる霊界を単純に地獄、天国と分けることはできません。

ただ、便宜上、霊界のランク、レベルを表すレッテルとしては、わかりやすくていいのではないかなと思います。

つまり、辛くて重くて暗い、寒い冷たい、苦しいといった波動で満ちている霊界は地獄であると言えますし、軽やかで、明るくて、暖かくて、楽しい、気持ちいいといえる霊界は天国であるといえるわけです。

霊界法則を照らしてみると地獄のような霊界にいる霊達は、上の天国方面の霊界に移動することは難しいといえます。

なぜならば、心根を表したのが霊界の姿ですので、明るい心や軽い心、向上心といったものを持っていなければ、上の天国方面には異動できないからです。

もともと地獄の霊界にいる霊達は向上心もないですし、暖かい愛の心も希薄なので、なかなか上に逝くことができないのが実情です。

もともと、自分の心根を清めて、魂を向上させてこなかったツケを霊界で払っているわけなので自業自得ではあります。

しかし、それでもやはり、なんだかかわいそうではありますよね?

地獄のような苦しいところで、ずっと浮かばれないなんて、救いがなさすぎますよね。

そこで、天国の霊界に住む霊達は、なんとかこの地獄の霊達を救いたいと願っています。

本来、天国の霊達は、大変、楽しい、幸せな霊界に身を置いていますので、幸せいっぱいなのです。

わざわざ、地獄になんて関心を持つ必要はないはずです。

でも、天国の霊達は、とても暖かい慈悲と愛の心を持っています。

苦しんでいる霊達をほってはおけないのです。

地獄の霊達とは、大違いです。

地獄の霊達は基本的に自分のことしか考えていませんし、人を助けてあげようなんていう気持ちすらないのです。

天国の霊達は、わざわざ義侠心や愛と慈悲の心で持って、地獄に降りてゆき、地獄の霊達の心根が清まるように諭したり、霊力で浄化したりしながら、救おうとしています。

もちろん、天国の霊達も苦しいのです。

何しろ地獄は辛くて、気持ち悪いし、苦しいのです。

愛と慈悲があるからこそ、できるわざなのです。

このような天国の霊達を神霊と呼びます。

心根が素晴らしく神様に近い魂にまで昇華されている霊達であります。

仏教の経典などに登場する菩薩様や如来様や天部の仏様は実は、これら神霊の姿を現しているのです。

実際には、菩薩は菩薩界、如来は如来界と霊界のコミュニティは分化されていますが、皆、慈悲の心を持って、迷える諸々霊達を救おうとしているのです。

現実世界でも、暖かい愛や慈悲を持っている人は、人を救おうとしたり、自分ばかりの生活を考えるだけでなく、義侠心を持って、利他の心で行動したりしますよね。

一方、好き放題、自分勝手に活きている人は、他人を救おうなんて思わない場合が多いのではないでしょうか。

全く持って、霊界の姿も現実界のそれと瓜二つだったりするわけです。

この霊界法則を知り、現実を生きる中で心根と魂の浄化を進めておくことが、自分の霊界を高めることに繋がることが理解できると思います。

霊界法則を知らない人は、ついこの世の物質的な世界だけが全てであると思いこんでしまう傾向があります。

しかし、実際には、心根で霊界が決まってしまうことを考えるならば、以下に心根を明るく楽しく暖かく持つことが大事であるかが、わかるはずです。

さて、霊界にランク、レベルがあることはわかりましたよね。

そして、それは心根次第で決まってくるということも理解できたと思います。

ところで、霊界には神様はいないのでしょうか?

疑問に思いませんか?

私たちは、多かれ少なかれ、この世の倫理、道徳を教わる際に神様という存在がいるということをどこかで教えられてきました。

宗教団体に所属する人は、そこで教わったかも知れませんし、別にそういう組織に属していなくとも、神社や仏閣には初詣や七五三、結婚式などでお世話になったりすることもあるでしょう。

もちろん、信じる信じないはそれぞれの方の心情次第ではありますが、どこか人は、超越した神様の存在を意識しながら現実を生きていたりすることも多いのではないでしょうか。

とはいえ、さすがに現実のどこかに神様が隠れ住んでいると考えている人は少ないのではないかと思います。

現実にいないのなら、あるいは霊界にいらっしゃるのではないか。

こう考える方もいらっしゃるかも知れませんね。

しかし、結論からいうと霊界には神様はいらっしゃいません。

霊界にいらっしゃるのは、菩薩様や如来様といった仏様と呼ばれる霊覚の高い霊はいますが、神様はいません。

では、どこに神様はいらっしゃるのでしょうか。

それはさらに次元を超えた神界と呼ばれるフィールドに鎮座されています。

この神界とは、霊界とは全く異なる世界です。

心が反映した世界が霊界であるとすれば、神界は魂そのものが集う世界です。

非常に繊細で、現実や霊界のように複雑な世界ではありません。

情緒と感性の織りなす世界で、音楽や色彩が漂う、究極の歓喜と元気のあふれる世界です。

この世界は霊が入ることができない世界です。

言うなれば、肉体を脱ぎ捨てることで霊の存在になるように、霊体を脱ぎ捨てなければ神界には入ることができないのです。

神様は、この神界でご活動をされているわけです。

具体的にどんな活動をしているかは、機密事項になりますので、今は明かすことができませんが、もし許されることがあった場合には、その都度、開示していこうと思います。

すごくざっくりとした表現になってしまいますが、霊界の実相としては、地獄から天国があり、その上の次元を超えた場所に神様のいる神界があるというのが基本構造となっているということは覚えておいてください。

それでは、今回はこのくらいにして、つづきは次回にゆだねたいと思います。



☆新説・霊界ストーリー【序章3】へ続く




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新説・霊界ストーリー 【序章1】

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さて、前回は「はしがき」的な霊界の基本的なありようについてお話させて頂きました。

まだ、読んでいない方は、是非、上記のリンクをクリックして読んでから、今回の記事を読まれると良いと思います。

かいつまんで前回のポイントをおさらいしてみますと以下の2点に集約されます。

①霊界は時代とともに変化している
②霊界は人の心が反映して作られたものである


大まかにお話するとこのようなことについて言及させて頂いたわけです。

もちろん、繰り返しになりますが、霊界は広大無辺にして、とらえどころがないほどに深く大きく、かつ広がりを持つ世界です。

私のするお話が全てではありませんので、他の霊能者のお話や宗教で教えている世界が間違いであるということではありませんので、ご理解頂ければと思います。

それでは、早速、霊界事情について少しずつお話していきたいと思います。

霊界は心の世界であるということをお話させて頂きましたが、心というものは人の数だけ存在します。

では、霊界は人の数だけ存在するということになるのでしょうか。

これはYesであると同時にNoであるともいえます。

どういうことかというと、基本的に心の世界は皆、それぞれに異なるために、それぞれの霊界があるという風に考えれば、確かに人の数だけ存在するといえなくもないでしょう。

しかし、実際には、多くの人は共通の価値観や文化、習慣、メンタリティ、知識、情報、感覚といったものを共有しながら生きています。

もし、皆さんの考えていることがテンでバラバラで、価値観も習慣も知識も情報も異なり、共有することができないのであるならば、とても社会生活を送ることはできませんよね。

ある程度、考え方や文化、習慣など、また常識という名の知識や感覚の共有する部分があるからこそ、コミュニケーションも成り立ちますし、協調しあることで何か一つの物事を作り上げたり、コミュニティを形成したりできるわけです。

実は霊界も同じように、共有している心の世界が大きな一つの霊の住む世界を形成していたりします。

心理学者のユングも人は共有意識というものが存在して、人の心は通いあっていると定義しています。

一人一人の心の世界が霊界であるならば、霊界は独りぼっちな寂しい世界であると勘違いしてしまうかもしれませせん。

でも、実際には、心を共有する人達が、お互いに感応しあって霊界を形成せいているために、多くの霊達が集まってコミュニティを作っているというのが霊界の実情であるといえます。

だから、必然的に霊達の世界は、心の共有ができる霊達の集まりになるために似た者通しが集まることになります。

この現実界に比べるととても自由で気心の知れた仲間達が集まってくるために大変楽しい生活が待っているというわけです。

しかし、ひとつだけ釘を指しておかなければならない霊界の事実があります。

それは、霊界は心の真実の世界があらわになる世界であるということです。

現実世界のように表面的なとりつくろいができないために、心の状態がそのまま世界のありように反映されてしまうというやっかいな側面があります。

ですから、いくら霊界が楽しそうな世界であるからといって、この現実から逃避するような形で、霊界へ逃げ込もうとした場合どうなると思いますか?

そのような現実逃避の心は、とても暗く消極的な心根であります。

そのような心根の状態でいる時に、その人の魂がいる霊界を霊視してみると常に物事から逃げ回る、落ち着く間もない、いつも不安におののいているような霊界にいるのです。

その霊界にいる霊達は、同じように物事に直面できずに何かから逃げています。

似た者同士が集まるわけです。

そんなに霊達が集まっているのであるのなら協力しあって仲良く、不安を解消し逃げなくても良い世界を作ればいいと思うかもしれませんね。

でも、そもそも現実から逃避して、いつも不安から逃げ回っている人は、人を助けようとか、協力しあって状況を打破しようという心根を持っていません。

今一度、思い出してください。

霊界は心の世界です。

人を助けてあげようとか、協力して頑張ろうという意欲のない人は、そのような心根を持つ人と交流することもできませんし、頑張ることもできないのです。

だから、死んだら楽になると思って自殺することがいかに愚かで、悲惨な末路にたどりつくのかということも、霊界事情を知ることで理解できるはずです。

死ぬほど苦しいという形で、霊界に旅立てば、行く先は死ぬほど苦しいという霊界に逝くほかに道はないのです。

しかし、生きていれば、様々なレベルやランクの人と交流することができます。

本を読み、インターネットやブログ、人のお話を聞いたり、助けてもらったり、助けたりしながら、自分の心の状態を明るく楽しい幸せな状態に持ってゆくこともできるわけです。

これは、考えてみれば大変、ありがたいことです。

こんな有難い世界から逃げ出して進んで、大変な世界にいくのは、愚かなことだと言わざるを得ないのです。

もちろん、現実には苦しい辛い、死んでしまいたくなるほどの苦痛もあることでしょう。

しかし、それでも、そこから逃げ出すことは結局は、良い結果には繋がらないということになってしまいます。

それよりも、現実の世界で学び研鑽して、自分の心根を明るく楽しく幸せでいられるためには、どうすればよいのかを習得する機会とすることができるならば、真に現実の辛いことも苦しいことも後の世の幸せに繋がることになるのです。

だから私は、常に霊的なことばかりに気を取られるのではなく、現実的な努力をして幸せを築いてゆくようにしましょうと事あるごとにお伝えしているのは、このような理由からなのです。

今回の霊界事情をお話するのも、単に興味本位や面白おかしい話をしたいからではないのです。

霊界事情を知った上で、現実を強くたくましく生きて、幸せをつかんで欲しいからにほかなりません。

少し話が脱線してきましたので、元に戻しましょう。

霊界は心根が同じ霊達が集まってコミュニティを作っているということはお話致しました。

昔はこのコミュニティを単純に地獄、極楽、天国などの表現でざっくりと分けて表していました。

しかし、実際には、もっともっと細かく数多くのコミュニティに別れて存在しているのが実情です。

例えば、非常に驚かれるかも知れませんが、霊界には超高層ビルや自動車、パソコンなどの現代的な設備も存在していたりします。

「うそ~!?」って思われるかも知れませんが事実です。

通常は、死ぬと白装束で頭に三角の頭巾みたいなものをつけてさまよっているようなイメージがあるかも知れませんが、意外と近代文明が反映されていたりします。

以前、霊間旅行をした際に、宇宙ステーションみたいな場所を見せて頂いたことがあります。

霊間旅行とは、霊的な存在の部分だけ霊界に飛ばして、霊界を垣間見て回る旅行のことです。

詳細は別に譲りますが、このような方法で、いろんな霊界を視て回るわけです。

さて、宇宙ステーションのようなところには、NASAもびっくりなコンピューターの設備がそろっていて、オペレーター的な方々もいらっしゃって忙しく働いておられました。

何をしているのか聴くと現実の世界に顕現させるべき現象のコントロールをしているのだとか。

そこでは、霊界で生まれた技術や製品の中核をなすアイデアを生成して、現実にどの程度、反映させるのかを決めているということでした。

なんだかダムの開け閉めの仕事観たいだな(笑)という感想を持ったのを覚えています。

ここがどこであるのかは、天界の機密事項なので発表することはできませんが、霊界にはそんな場所もあるということです。

このようなお話をすると、「では、昔から言われている死に装束や三途の川やお花畑は存在していないの?」と思われるかも知れませんね。

結論からいうと存在はしています。

今でも臨死体験をされた方がお花畑を視たり、三途の川を渡りそうになったりしたというお話をされる方はいらっしゃいます。

これは、皆さんの心の中に昔から伝えられる霊界イメージというものがあるために、そのような世界に感応することで見えたりする場合があります。

今もなお信じている方も多くいらっしゃるために霊界は以前として現存しています。

霊界は心を共有している者たちで作り上げているというお話をしました通り、長年にわたりお花畑や三途の川を強く霊界イメージを持っている方がいらっしゃるかぎりは、存在し続けることでしょう。

分かりやすいイメージですし、長年親しまれてきた霊界の姿です。

これからも存在しつづけることでしょう。

しかし、中には、これらの霊界イメージを持たず、霊界なんか存在しないと思ってらっしゃる方もいらっしゃいますよね?

そういう方が亡くなった場合どうなるかというと、最初は真っ暗闇か、あるいはぼんやりとした霧の中にいるような心地になるか、とにかくファジーな感覚に陥ることになります。

何しろ、霊界イメージが存在しないか、あいまいであるからです。

とはいえ、魂は必ず自分の心根にあった精神性から霊界イメージを作り出します。

その場合は、三途の川ではなく、お花畑でもない可能性はあります。

現実的なイメージの強い人ならば、どこかのビルの中にある役所のようなところに異動して手続きを行い、自分の心根にあった霊界に移動するといったプロセスをたどるようになるわけです。

このあたりの霊界事情もあまり知らない方が多いと思います。

死んだらお花畑や三途の川に直行すると思っている方が多いと思いますが、そうとばかりは限らないということです。

少し、長くなってしまったので、今回はこのあたりで終わりにしたいと思います。

何かコメントや質問があれば、お気軽にどうぞ!

でも、冷やかしいたずらは、ご勘弁を(笑)

では、次回をお楽しみに!


☆新説・霊界ストーリー【序章2】へ続く



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新説・霊界ストーリー 【はしがき】

こんにちは!

天心です。

寒さが厳しい毎日ではありますが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

私は、元来、寒さより暑さのほうが苦手な性質ではありますが、最近の冷え込みようは、さすがに身体にこたえますね。

などと少し年寄り地味たことを申しましたが、私はまだ三十代後半です。

まだ、弱音を吐くには早計な歳ではありますね。

とはいえ、本当に寒くなってきましたので、皆さまもくれぐれも風邪や体調不良には気をつけて頂きたいと思います。

特に乾燥してまいりますとインフルエンザなどのウィルス性の疾患も増えてまいります。

守護霊様からのお諭しによれば、インフルエンザなどのウィルスに負けてしまう時というのは、気力がなえている時と油断をしている時だということです。

どこか、ボーっして気を抜いている時や、病気なんかなるわけないさとばかりに生活習慣が乱れ出すと、通常は天空に向かって伸びて、また、太く広がりを持つオーラがしぼんでしまうために、様々な外部的妨害から守りきれなくなるために、現実においては、風邪をひいたり体調を壊したり、ウィルス感染をしてしまうようなことになってしまうことになるそうです。

そう思うと私自身も今まで風邪をひいたり、病気でふせっている時は、気力がなえている時やどこか油断がある時であったような気も致します。

これからもできるかぎり、このスピリチュアルな活動を続けてゆきたいので、体調には気をつけて参りたいと思っています。

さて、前置きが長くなりましたが、今回のテーマについてお話したいと思います。

「新説・霊界ストーリー」と題しておりますが、今回は霊界についてお話してみたいと思います。

霊界とは読んで字のごとく霊の世界を意味する言葉です。

この言葉は、結構、昔から使われていたりしますよね。

私の十代の時に、故・丹波哲郎氏が「大霊界」という映画を発表されました。

この映画は「死んだらどうなるの?」ということをテーマにストーリーが展開されていく大変、わかりやすい内容のものでした。

他にも宗教書や様々な霊能者の方が霊界について語られています。

少しスピリチュアル系の本を読めば、色んな霊界についての話を得ることができることでしょう。

しかし、最近、思うのはこれら過去に出された霊界に関する情報が少し古いのではないかなと感じることがあります。

どういうことかといいますと、霊界というものは常に変化し続けている世界であるために、今の現状と昔から言われている霊界の事情とが、かなりギャップがあるような気がしているからです。

他、記事でもお話しましたが、霊界というのはこの世以上に複雑で、様々な広がりを持った世界になっています。

到底、一言では語りつくせぬほどの世界がそこにはあるわけです。

戦前に隆盛を極めた神道系の宗教教団である「大本」の開祖・出口ナオの婿養子として支えた聖師・出口王仁三郎という方がいらっしゃいましたが、このお方が霊界について口述された「霊界物語」は文庫本サイズで80巻を超える大長編になっています。

それぐらい、霊界というものは、語っても語りつくせぬほどの世界の広がりを持っているのです。

また、時間がたつにつれて霊界も進化しています。

それは、100年前の日本と現代の日本は、まるで違う様相を呈しているのと同じです。

昔の霊界観というのは、実は、戦国時代あたりに相当する古い霊界事情を反映したものであり、その時々で表される霊界事情は、その時代背景に影響を受けた霊界観となっている場合がほとんどです。

例えば、よく地獄絵巻などには、悪い行いをすると地獄で閻魔大王に裁かれて、嘘をつくと舌を抜かれる。そして血の池地獄や針の山に落とされるなんて言われたりしますよね。

また、良い行いをすると極楽浄土に生まれ変わり、穏やかな日々を送れるみたいなこともいいますね。

あれは、まさしく戦国時代などに生まれた霊界風景そのものなのです。

どういうことかといえば、霊界とはすなわち心の世界です。

心の中にある世界が、基本的にはそのまま霊界に反映されています。

戦国時代は、血で血を洗う合戦の世の中です。

ひとたび戦が起これば、死体が転がり、ある時にはその死体が池に落ちて、血に染めてしまうような光景を目にしてしまうこともあったことでしょう。

これら悲惨な風景こそが、地獄を作りだした正体でもあるのです。

悪行を続けていれば、心が穢れ、穢れた心の奥に眠る魂の良心がうずきます。

そうすると自分の心にある恐ろしい光景と合致する世界を作り出し、その世界に自ら近づいていくことになるわけです。

この世界こそ霊界の一部であるわけです。

嘘をつくと舌を抜かれる、針の山を歩かせるという地獄の姿も実は、この過酷な時代には、実際に存在した出来事であったはずです。

現代では人権問題などで禁止されているような拷問や公開処刑などの光景がこのような地獄を作った元であったわけです。

極楽浄土のイメージも戦国時代という騒乱の時代であれば、必然として心安らかで穏やかな世界を皆望んだはずです。

そのイメージがそのまま霊界を形づくることになったといえるでしょう。

現に善行を施し、いつもニコニコ笑顔で人に接している人の心は穏やかで、安らかな気持ちであるはずです。

そういう心根を持つ方ならば、必然的に霊界もそのような世界になりますので、死んでも幸せな霊界に逝くということになるわけです。

このように霊界は心のあり方と密接に関係があるわけです。

それゆえに、時代とともに心のありようや価値観、時代背景のイメージが変化してくれば、当然、霊界の姿も変化してくるというのが真実なのです。

あまりこのようなことをお話する霊能者やスピリチュアルカウンセラーの方はお見かけしません。

大抵は昔のままの霊界観を語ることが多いので、相変わらず、昔ながらの天国、極楽、地獄といったイメージの世界が語られ続けることになっているというわけです。

これから私、天心が垣間見た霊界について新しい現代風の霊界観をお話していこうというのが今回の試みです。

今回は、プロローグのまえの「はしがき」として、霊界についての前提をお話させて頂きました。

次回からは、「新説・霊界ストーリー」を展開、お話させて頂きたいと思います。


☆新説・霊界ストーリー【序章1】へ続く


天心 拝



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先祖供養について

霊的な事柄のことで、一番、気になる部分が多いのが、先祖供養ではないかと思います。

とりわけ、日本人はご先祖様あっての自分であるという意識が強い民族であるといえるのではないでしょうか。

日本の中核をなすスピリチュアル的なものに神道があります。

この神道は、八百万の神々が神話の時代より現在に至るまで連綿と続く、日本人のルーツとして考えられています。

日本の歴史を知る上で重要な古典資料として古事記日本書紀といったものがあります。

これらの書物は、日本に古来より伝わる神話や伝承がしるされています。

天地が創造されて、神々が生まれてきました。

そして、イザナギ、イザナミの二柱の神様が、国土を生み地上をおつくりになられたという神話や、私たちに恵みを与えてくれる太陽の神様である天照大神が弟神であるスサノオの尊に自らがしろ示す地域を破壊するような行為をされたため、嘆き悲しんで岩屋戸にこもられて、世の中が暗黒の闇に閉ざされた話など、一度は耳にしたお話がこれら文献には記されているわけです。

神話が実際に起こったことなのかどうかはとこかく、これらの神話には、ひとつのテーマが浮かび上がってきます。

それは、人類というものは、連綿と続く、継承する命のリレーのなかで続いてきたということです。

古事記や日本書記に出てくる神様は、実は私たち日本人にとっては、遠きはるかなルーツとなるご先祖様であるというふうにとらえることもできるわけです。

先祖というと仏教やお寺を真っ先に思い浮かべる方も多いと思いますが、実は、先祖崇敬という思想は、日本の古来から受けつがれてきた思想であったりします。

先祖を大切にしたいという気持ちは、このような歴史的、神話的な背景も関係していることは間違いないでしょう。

さて、先祖といえば、思い浮かぶのが先祖供養という言葉です。

多くの家庭に仏壇が一つはあったりするのではないでしょうか。

仏壇の種類は宗派や信仰によって異なるかも知れませんし、作法もそれぞれの宗派の教えで違う部分もあるかと思います。

それゆえに、正しい先祖供養というものが何であるのかという点が非常にわかりずらくなっているのではないかなと思います。

特に特定の宗派に属するわけでもなく、ただ、なんとなく仏壇は祀っているという状態の方も最近では増えてきているのではないかと思います。

まず、先祖供養とは何かという点についてお話したいと思います。

先祖供養の一つの意義としては、私たちのルーツである先祖に対する意識と感謝の念を持つことです。

その感謝の念を形に表す行為が先祖供養であるわけです。

基本は、仏壇にお供えものを致します。

特に特定の故人を供養する場合には、生前、好きだったものをお供えするのがよいでしょう。

その場合、ちゃんと調理して、お皿に乗せて箸もつけて食べやすいようにしてお供えすることが大事です。

よく、買ってきたものを調理もせず、パッケージもあけることなく、箱ごとそのままお供えしてしまう方がいらっしゃいます。

これは、よく考えたらご先祖様に対して失礼に当たります。

あなたがもし、久しぶりに小さい頃かわいがってあげた孫のところに遊びに行った時に、調理もせずパッケージのまま素材をそのまま差し出されて、「勝手に食べたら?」みたいな態度をとられたらどう思いますか?

おそらく、折角、遠くから久しぶりに遊びにきたのに、ずいぶんな扱いをするものだと少し顔をしかめてしまうかもしれませんよね。

だから、お供えものをする時には、ご先祖様の気持ちになって、お供えすることが大事です。

これは、先祖代々の御供養をされる時も基本的に同じです。

なにより大切なのは、ご先祖様に対する感謝の念を真心のこもった形で表してゆくことが大切なのです。

よく、心さえあれば、形は何でもよいといわれる方もいらっしゃいますが、本来、心が込められているのであれば、自然と形に現れてくるはずなのです。

さて、次にお話したいのは、先祖供養を行うタイミングです。

よく宗教団体や霊能者によっては、毎日供養することが大事であるかのように教えているところもあります。

それは一つの考え方ではあるのかも知れませんが、私としては、あまりお勧めしません。

なぜかというと、人間が今生、生まれてきた理由と意義は、魂の向上であり、学びのためであるからです。

先祖供養をするために生まれてきたわけではありません。

もちろん、先祖に対する崇敬の念は持ってしかるべきかもしれませんが、だからといって、毎日が先祖供養ばかりして終わってしまうというのでは、本末転倒といわざるを得ないでしょう。

それに、ご先祖様を供養することには、実は問題点もあるからです。

それは、何かといえば、ご先祖様にも大きくわけて三種類の方がいらっしゃいます。

一つ目のケースは、生前、魂の向上も進み、霊格も霊的ランクも上の世界に住まわれているご先祖様です。

このようなご先祖様は、すでに神仏に近い位置にいますから、ご先祖供養などにもあまりこだわりを持ってはいません。

先祖供養で感謝の念をささげられるとニコニコとほほ笑んでおられるだけです。

また、これらのご先祖様は、守護霊の一員として頑張られているか、正守護霊になられているケースも非常に多いのです。

実は、守護霊団の大半は、このランクの高いご先祖様である場合がほとんどなのです。

二つ目のケースは、中間に位置する修行中のご先祖様です。

これらのご先祖様は、日頃は霊会で修行に明け暮れていますが、命日とお盆の時期には、現世に帰って子孫に会うことが許されています。

とはいえ、肉体を持っていないために臨時の頼代(よりしろ)として仏壇の位牌におかかりになって、子孫との再会を果たすわけです。

ですから、仏壇になぜ位牌があるのかというと肉体の代わりになる代用品としての意味があるわけです。

仏壇がなかったり位牌がなかったりすると、代用品がないために子孫にかかることになります。

そのため、お盆の時期や命日に身体がだるくなったり、重く感じたりすることが発生するようになります。

仏壇が汚かったり、掃除が生き届いていないと、ご先祖様もかかるのが嫌なので、同様なことが起こります。

これが、先祖の戒告の正体です。

三つめのケースは、あまり生前、よい行いをしてこなくて、人から恨まれたり罪をつくるような行いをしてきたご先祖様がいます。

こういったご先祖様は、非常に霊界でご苦労をされています。

そのため、命日やお盆の時期を心待ちにしています。

辛い霊界でのお務めも、命日やお盆の時期には、許されて現世に帰ることができるのです。

この時だけが、唯一の楽しみであり、苦しみから解放される時期でもあるわけです。


さて、三種類のご先祖様についてお話してきました。

毎日、ご先祖供養を行うことに問題点があるとお話しましたが、その理由を説明するのに先の先祖の種類についてお話する必要があったのです。

まず、基本的にご先祖様が帰ってくるのが許されているのは、命日とお盆の時期だけだということです。

それ以外は、皆、霊界での修行が待っています。

修行に集中しなければならない時期に、先祖供養をしますと、ご先祖様が修行に専念できなくなってしまいます。

ですから、毎日毎日、ご供養をしているとご先祖様の修行の妨げとなってしまうわけです。

また、もうひとつの理由としては、先祖供養を毎日、行っているとあまりランクの高くない場所にいるご先祖様がこぞって寄ってくることになることです。

ランクの高いご先祖様は、先祖供養にはさほど、関心を示さないのですが、ランクが低くなればなるほど、執着心や我利我欲が強い傾向があり、先祖供養を求めて頼ってくる可能性が高くなるわけです。

そうすると、常にランクの低いご先祖様が仏壇や子孫の身体に常駐することになるので、いつも重い身体を引きずって生活することになります。

また、重い波動は、凶を呼び寄せてしまいますので、なぜか不運を引き寄せてしまうという結果になってしまうケースがあるわけです。

だから、やたらと毎日、先祖供養をすることが良いとはかぎらないということです。

あくまで一つの考え方ではありますが、何かの参考になれば幸いです。



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守護霊メッセージ

私たちを日頃から守護してくれている守護霊様ですが、実は私たちに様々なメッセージを送ってきてくれています。

「そんなこと信じられない!」
「守護霊のメッセージなんかきいたことがない」


こんなふうに思われるかも知れませんね。

でも、本当は、実に様々なメッセージを守護霊様は本人に伝えようと必死に活動されていたりまします。

本来であれば、霊的な感性が優れてくると、ダイレクトに守護霊様のメッセージを受け取ることができるのですが、物質社会偏重気味の現代では、なかなかキャッチできなかったりしますね。

守護霊様も折角、人生を有意義に過ごしてもらいたいと様々な励ましやお言葉をおかけておられるのですが、受け取る本人がどこ吹く風といった感じで日々を過ごしているのを少しさみしい思いで、見守っておられるようです。

守護霊には霊力が強い方がいらっしゃるので、メッセージをそのまま伝えることができない場合には、他人に神懸りして、伝えてきたり、現象を通して伝えてきたりするものです。

いわゆるサインと呼ばれるものです。

たまたま、飛行機に乗るためにチケットを購入しようとしたけれど、予約がいっぱいで取れなくて残念に思っていたら、その飛行機は乱気流に巻き込まれて、臨時着陸するという事態になったとします。

これは、守護霊様が事前にトラブルに巻き込まれないようにお働きになったサインである可能性が高いです。

また、なんとなく、手に取った本の中に自分を応援するような言葉が見つかったり、探していた答えがあったりする場合も守護霊からのサインであるといえます。

こういう些細なサインを見逃さずにキャッチしてゆくと守護霊様の存在がはっきりとして、より深い感謝の念を覚えることになります。

守護霊メッセージを受け取ることは非常に意義深いことです。

なぜならば、事前にこれからの人生に必要になること、今、心しなければならないことをこっそり教えてくれているからです。

事前にヒントがあるのと、ぶっつけ本番で人生の局面に立たされるのとでは、その後の展開が違ってきます。

ですから、守護霊様とは日頃から仲良くしておく方が、人生において「お得」であるということです。

守護霊というくらいなので、私たちを守護してくれる存在には間違いないのですが、以前にもお話しましたが、守護霊は基本的に人霊です。

人としての心を持ち、また、品格と知性、霊性が優れた方なので、礼節や筋というものに厳しい存在でもあります。

こまった時だけ、助けて欲しいという我がままは、あまり好まれないのが現実です。

もちろん、助けてはくれますが、力の入れ加減が違ってきます。

少し考えるとわかると思いますが、普段から礼儀正しく、感謝の心を持って接している人と、普段は、疎遠で、ろくに感謝もしないのに、困った時だけ頼ってくる人とどちらを、より強く助けたいと願うでしょうか。

このことを意識すれば、おのずと答えはでてくるのかと思います。

さて、そんな我々の人生を見えない世界からバックアップしてくれている守護霊様ですが、どうすれば、守護霊様と仲良くなれるのでしょうか。

様々なスピリチュアルなことを扱った書物の中で、説かれていることとは思いますが、このたび、ダイレクトに守護霊様にお聴き致しました。

「守護霊様と仲良くするためにどうしたらいいですか?」

このように問いかけるといくつかの答えを頂くことができました。

これをご紹介したいと思います。


☆守護霊と仲良くするための十カ条

1.素直な心を持って欲しい

2.我らにもっと語りかけて欲しい

3.人生は魂を磨く場所であることを自覚してほしい

4.主体性を持って生きて欲しい

5.我らもともに苦悩しながら守護していることを忘れないで欲しい

6.真心を行動に移す勇気を持って欲しい

7.より深く学ぶ意欲を見せて欲しい

8.自分のことばかりではなく、人に優しさを示せる人であって欲しい

9.自分を助けてくれる人に対して感謝の心と行動を忘れないで欲しい

10.我々にも時には感謝の気持ちを向けて欲しいが、何よりも神仏への感謝を持って欲しい


・・・仲良くするにはということで、お聴きしたのですが、様々な守護霊様からの要望が集まってきてしまいました。

裏を返せば、これらの要望を満たしてくれる人を守護霊様は、好ましく思うということなのでしょう。

これを意識して行動に移せば、守護霊様はきっと親近感を覚えてくれるはずです。




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過去生と現生の関係

霊視・霊感鑑定で時々、お問い合わせがあるのが、自分の前世(過去生)を教えて欲しいというものがあります。

スピリチュアルな世界に興味のある方は、輪廻転生(りんねてんしょう)による生まれ変わりを意識する方も多くいらっしゃいます。

私、天心の基本的な考え方は、過去の生よりも、現生を懸命に生きることが大事であり、あまり過去を振り返るのはよい結果にならないと考えています。

それは、恋愛などにおいても過去のお付き合いしていた方への慕情をいつまでも抱えたままでは、新しい恋を見つけずらいように、人は過去にこだわり過ぎると現実を生きられなくなってしまう可能性があるからです。

ですから、一番大事なのは、今、この瞬間であり、生活であり、今生の人生こそ注目すべきことであることを忘れないで頂ければと思います。

また、過去生は当然、ひとつではありません。

無数にある中の一つの物語であって、その過去生だけで、全てを判断するわけにもいきません。

なので、要望がないかぎりは、私は、鑑定において、過去生に触れることはあまりないのです。

しかし、何事も例外ということはあります。

過去生を明らかにした方が、よい場合もあります。

それは、現実に起こっている問題の要因が過去生にある場合があるからです。

例えば、なぜか人間関係にめぐまれず、イジメられることが多い、とんでもないトラブルに巻き込まれてばかりいるなどの問題の背後に過去生から引き継いだ負のエネルギーの存在が原因である場合あります。

そういう場合、原因を明らかにして、しかるべき処置をした方が、改善が素早くいくケースもあるからです。

また、たび重なる不運に見舞われる原因を自覚することで、謙虚さが生まれて、反省をして現生を生きるきっかけになることもあるからです。

このように過去生を出すことで、現生を生きる糧とできる場合に過去生を知る意味がはじめて出てくるというものなのです。

単なる興味本位や自分を反省することのない状態で過去生を知ったところで、何も意味はないのです。

それに過去生がどうであれ、今生で努力して頑張ることで、運命は変えてゆくことができるものです。

どんなに素晴らしい過去生であっても、それで今生が保障されるわけでもないですし、あまり素敵とは言い難い過去生であったからといって、今生がそれに引っ張られる必要はないのです。

今を生きる。

このことこそが、一番重要なことなのです。

それをうまくサポートするために過去生の鑑定は、行うべきなのです。

最後に輪廻転生に対する誤解を解いておきます。

生まれ変わりという言葉から誤解しやすいのが、一つの魂が永遠に繰り返し、転生を繰り返すと思われがちです。

しかし、魂というのは、太く大きく成長すると、まるで細胞分裂のように分裂して数が増えてゆきます。

ですから、今生で修行されて成長した魂は、来世では、分裂して複数の人間に生まれ変わることがあるわけです。

そうしますと、どんどん、魂の兄弟は増えてゆくことになります。

いわゆるブラザーソウル、ソウルメイトと呼ばれるのは、同魂から派生していることからきています。

そういう意味では、単純に過去生の自分=今生の自分ではないことが、おわかり頂けると思います。

過去生の自分がどうであれ、今生の自分とは関係性はあっても、同一の人物ではないことを理解しておく必要はあるでしょう。

ここをきちんと理解しておくと、なぜ輪廻転生しているのに人口が増加し続けているのかが、わかるはずです。

今回は過去生とうテーマでお話させて頂きました。

まだ、伝えたいことはあるのですが、今回はこの程度にして、次の機会にゆずりたいと思います。




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お祓いについて

こんにちは!


天心です。


以前、霊障についてお話をさせて頂きましたが、その続きにあたるお話を少ししたいと思います。

霊視・霊感鑑定などでも明らかになることがあるように、問題の陰に霊障が潜んでいる可能性があります。

前回の記事でもお話しましたが、基本的な霊障に対する姿勢は、「意識を向けない」ことです。

しかし、どうしても、霊障から抜け出せない、気になってしまうという方がいらっしゃるのも事実です。

そういう場合にどうすればよいのかとお悩みの方もいらっしゃるかと思います。

今回、ご紹介したいのは、「お祓い」です。

お祓いは、日本人であれば意外となじみの深い言葉ではないかと思います。

神社で厄除け祈願や交通安全のために白幣を使って神職の方に車のお祓いをしてもらったりしたことがある方も多くいらっしゃるのではないかなと思います。

簡単な邪気にあてられた場合や、ごくごく軽い霊障の場合は、お祓いを受けるだけで十分、気分を一新して、清々しい心地になることも可能です。

ウジウジと霊障が気になってしょうがないという気持ちを抱えたまま、過ごすくらいならば、いっそ、お祓いをしてもらってスッキリした方が、日々の生活にとってはプラスになるはずです。

お祓いは信頼のおける神社で昇殿参拝や厄除け祈願を申込むことで、受けることをお勧めします。

何か雰囲気の暗い神社や仏閣、神主が常駐していないお社や、やたらと汚れていて気分が悪くなるような神社は避けたほうがよいでしょう。

都心部はどうしても鎮守の杜や玉砂利、清涼な気を保つのが難しいところが多く、ご神霊が天に帰ってしまわれている神域も多く見られます。

そういうところで、お祓いを受けるとむしろ逆効果になってしまうことがあるので注意が必要です。

さて、お祓いのことを正式には修祓(しゅばつ)と言いますが、時々、ご相談者の方が修祓(しゅばつ)を私にお願いできないかと相談されることがあります。

基本的に霊視・霊感鑑定は全て無償で行っておりますが、修祓(しゅばつ)や霊障解決に関しては、あまりにもリスクを追い、体力、時間もかかるためにお受けはしていません。

ただし、どうしてもという方には遠隔修祓(えんかくしゅばつ)によるお祓いを有料で実施しています。

どうしても、修祓(しゅばつ)に関しては無償で対応してしまうと、次から次へと依頼が殺到してしまうことが予想される関係上、致し方なく有料という措置を取らせて頂いている次第です。

ほとんど、お勧めすることもなく、どうしてもという方に対してのみ対応させて頂いておりました。

しかし、やはり霊障を気にして、悩まれている方を放っておくことも忍びないことも本音ではあります。

なんとか、少しでも、楽にしてあげられる方法はないものか。

思案して、守護霊や神様にもお祈りしていたところ、以下の方法ですれば、少しだけ霊障を祓うことができるというメソッドをおろして頂くことができました。

あくまでプチ修祓(しゅばつ)に過ぎず、完全ではありませんが、無償で私の負担も少なく行うことができる方法になっています。

それをご紹介したいと思います。

それは、音声に祓言葉を吹き込み、霊力を封じ込めて皆さまにお届けするという方法になります。

どういうことかといいますと、このブログ上からアクセス・ダウンロード可能な音源を設置しておきます。

それをダウンロードして頂き、お聴き頂くことで、少し邪気を祓うことができるというものです。

ただ漫然と聴くだけではダメなので、以下の注意点を守ってください。

【1】まず守護霊様にお祓いをして頂く感謝をしてください
【2】聴いている時は素直な心で耳を傾けてください
【3】気分が悪くなった場合は聴くのを一旦停止してください
【4】小川のせせらぎをイメージして、全身が清められていくとイメージしながら聴いてください
【5】時々、顔がほてったり、胸がジーンとしたり、お腹や背中がポカポカあったかくなったりしますが、ご神気ですので、怖がらなくて大丈夫です。


では、これを踏まえた上でお聴き頂ければと思います。

☆最初に聴いてください!

[VOON] プチ修祓の解説(最初に聴くこと)

☆プチ遠隔修祓

[VOON] プチ遠隔修祓(本番)



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霊視について

こんにちは!天心です。


私は、メールを通して霊視・霊感鑑定をさせて頂いております。
(※無償の霊視・霊感鑑定についてはコチラをご参照ください

一体、霊視とはどういうものであるのか、どんなものなのか疑問や不思議に思う方もいらっしゃると思いますので、少しだけお話させて頂ければと思います。

霊視というと何か、オドロオドロしい幽霊などを視たり、未来の予言をしたり、遠くにあるもの、人心の中、なくしてしまったものを探し当てる等ナド、色んなイメージを持たれている方が多いと思います。

私は、あまり霊視という言葉を鑑定メール本文では使わないようにしています。

なぜかと申しますと、私の行う霊視は、巷の霊能者様や占い師、スピリチュアルカウンセラーの方々とは異なる可能性が大きいからです。

仕組みというかメカニズムが違います。

私は、主にヴィジョン(ビジョン)という言葉で表現させて頂くことが多いです。

では、ヴィジョンとはどんなものであるのかをお話したいと思います。

まず、ヴィジョンの多くは映像で見えることが多いです。

脳裏にイマジネーションがヒラメキ、あるストーリーが描かれたり、瞼の裏側にフラッシュバックのように映像が映し出されたりすることがあります。

また、映像は見えなくても(ご相談者の)守護霊様が教えてくれる状況の説明などをもとにヴィジョンを組み立ててお伝えしたりしているわけです。

全ては守護霊様や神仏などの高次元の方の助けがあって初めて実現しています。

私が我力で何かをしているのではなく、守護霊様が映像として見せてくれたり教えてくれたりするわけです。

ですから、必ずしもヴィジョンと現実が附合するとは限りません。

鑑定の経験上、かなりの附合が見込まれているのですが、細部は異なっていたりしますし、ヴィジョンはあまいまいな形で見えてくる可能性もあるのです。

そういう場合は、相談者の方に質問をして、見せて頂いたヴィジョンの本質を探ることも行っています。

霊視というとなんでもわかり、万能であるかのように錯覚している方がいらっしゃいますが、必ずしも期待通りのものが得られるとはかぎらないのです。

なぜなら、守護霊様や神仏が許してくれたことのみ見せて頂けるのであり、お伝えできるのも許された範囲でのみになるからです。

守護霊様の判断によりヴィジョンは見せずに、今後の心構えや注意点をメッセージやコメントといった形で伝えられることがあります。

ご相談者は、ヴィジョンが伝えられると期待したのに・・・、守護霊様がコメントをくださると思ったのに・・・と少しがっかりされる方もいらっしゃいますが、これは先々のことや、教育係としての立場から自主規制や伝え方を変えたりするために起こることでありますので、ご理解頂ければと思います。

また、多くの方が関心を示す未来に対する予見についても、ヴィジョンは今現時点での可能性として守護霊様や神仏が見せてくださっているのであって、そのヴィジョンで未来が確定してしまっているわけではないのです。

そのため、たとえ良い未来が見えても、その通りになるかどうかは、努力もあり、状況の変化によっては、ヴィジョンと少し異なる方向に未来が動くことも十分にありえます。

ですから、悪い未来をヴィジョンとして見せられたとしても、悲しむのではなく、未来はきっと良い方向に向かってゆくという確信をして、日々を頑張ることが大事なのです。

霊視は未来の幸せに繋がるヒントをつかむためのキッカケとすることが一番の目的なのです。



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霊障について

よくご相談に寄せられるメールの中で、「霊障」についての質問がありますので、今回、この場を借りてお話したいと思います。

「霊障」とは、霊的な障害全般を示すことばで、目に見えない世界からの影響により、現実社会に不具合が発生していることを言います。

ご相談の中でも、霊障が原因で、自分の人生がうまくいかないのではないかと心配になって、ご質問されてくるケースがあります。

しかし、実際のところ、ほとんどのケースは、現実的なことが原因である場合であることの方が多いです。

何か不都合が起きると、人間は何かに原因を求めたくなります。

特に理由が理解できないものであれば、あるほど霊的な原因に意識が向かってしまうものです。

ですが、実際のところ、霊的なことが原因で、トラブルが起こることは稀だったりします。

ですから、何かトラブルがあった場合には、現実的な対処をまずは心がけることが大切なのです。

また、霊障と一口にいっても、軽いものから重いものまで、幅広く存在するものです。

ちょっと邪気に充てられて、気分がすぐれない程度のものから、人生全体に影響を及ぼすものまで多岐にわたります。

軽いものならば、修祓(しゅばつ)を行う程度で、解決する場合もあります。

根の深い問題は、霊的な力と知識を持つ霊能者などに霊障を除去してもらう方法をとる必要があるでしょう。

しかし、大抵の方は、軽い霊障は受けても、明るく前向きに日々を過ごしていれば、自然と邪気は祓われて、スッキリしてしまうケースもあるのです。

いたずらに霊障を誇張して、脅かす霊能者などが巷には存在するため、何か恐ろしいイメージを持ってしまっている方もいらっしゃいますが、あまり意識し過ぎたり、恐怖に感じたりすることは、返って霊障を深めてしまうことになりかねないことを理解しておく必要があります。

私も、鑑定をさせて頂く時に、相談者の方の霊的な背景が見えることがあります。

しかし、いたずらに恐怖を与えてしまうと判断した場合にはお伝えせずにスルーする場合もあります。

なぜならば、伝えてしまうと意識して返って霊障を深めてしまう結果になる恐れがあるからです。

ですから、伝える際には、申し添えておくのが、「あまり意識をし過ぎないでください」という一言なのです。

霊障の有無をお伝えする意味は、あくまで問題点の掌握であり、解決策を示すことができる時に、はじめて意義があります。

また、どうしても原因を知りたいという思いが強い人には、お伝えすることで、心のモヤモヤを晴らして頂くために伝えます。

それでも、やはり解決策がないものは、伝えない方が賢明である場合も多いのです。

さて、霊障にはいくつかの特徴があります。

何かの参考になるかもしれないので、少しだけご説明させて頂きたく思います。


【1】家代々の負の遺産

これは、家系全般に出てくる傾向です。

例えば、家系で同じ病気で苦しむ人が多い。なぜか結婚できない親族が多い。

性格が暗くていつもトラブルを起こす親族が多い。

あげてゆけばきりがないのですが、共通するのは親族や家系を通して同じ傾向を持っているという点です。

これは、家代々から引き継がれた負の霊的なエネルギーを継承してしまっているために起こってきてしまっている場合が多いです。

家代々の因縁という言い方をする場合もありますが、これは、基本的には意志の力を強めて、変えてゆく努力を続けることで、少しずつ解消されてゆきます。

ただ、家代々の負の遺産が存在することすら知らない人は、こういった努力すらもできないことがあります。

家代々の負の遺産を認識することで、はじめて、それを乗り越えてゆこうという動きがでてくることになるわけです。


【2】人から受ける生霊(念)

霊障というと死後の世界とか死んだ人間の霊の影響を思い浮かべる人が多いかと思いますが、実は、霊障で最も多いのがこの生きている人の念、すなわち生霊(いきりょう)であります。

なぜ一番、生霊の影響が多いのかといえば、普通に社会生活を送っていれば、様々な人との交流をしてゆくことになります。

そうすると多かれ少なかれ、人から様々な想いを送られることになります。

ちょっとした行き違いから恨まれたり、成功をねたまれたり、恋愛で相手を傷つけてしまったことで、想いを送られたり、恨まれたりすることがあります。

また、強い執着の念も生霊となって渦をまくことになります。

自分自身の生霊で自分を縛ってしまっている方もよくいらっしゃいます。

死んだ人の霊などは、滅多なこと(心霊スポットや邪気が溜まりやすい場所にいく)をしなければ、やたらとつくことはないのですが、生霊は、人間関係がこの世に存在する以上は永遠のテーマとして存在する霊障であるといえるのではないかと思います。

【3】死者の霊による障害

これは、最もイメージしやすい霊障ではないかと思います。

死者の霊がくっついてしまうケースですね。

死者の霊にも様々な分類ができます。

浮遊霊 - 単に成仏することができないで、フラフラとさまよっている霊。
自縛霊 - 土地や場所、何かに強い執着を持っているため、そこから離れなくなっている霊
怨念霊 - うらみを持って、仕返ししようとしている霊。
動物霊 - 主に眷族神の霊物。狐や狸がいたずらしたり、悪さをしている。人霊が変化している場合もある

他にも色々ありますが、基本的にはこんな感じです。

色々とお話をさせて頂きましたが、基本は明るく前向きに日々を生きることが、霊障の災いから遠のく一番の方法であることは忘れないでください。



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守護霊について

皆様、こんにちは!

天心です。

今回は、守護霊についてお話させて頂きたいと思います。

守護霊という言葉は、スピリチュアルブームのためか、よく耳にされる方も多いかと思います。

自分を守ってくれている存在というように認識されている方も多いかと思いますが、色々と誤解があるように思える今日この頃です。

よく聞く話には、「自分には守護霊はついていないのではないか」「守護霊がいるのになぜ私はこんなにも不幸なの?」といった感想があります。

多くのスピリチュアル系の方々が、それぞれに守護霊とは何かについてお話しています。

しかし、どれも様々な観点から観た守護霊様の側面を表しているだけで、全体像をしっかりと表現できているものは少ないのではないかと思います。

それは、ある意味仕方のないことではあります。

なぜなら、守護霊の存在する霊界(霊の住む世界)は、この現実よりもはるかに広く、幾層にも分かれて、複雑な形態をとって存在しているからです。

霊能者やスピリチュアルカウンセラーと呼ばれる人達が垣間見える霊界や守護霊などの神霊は、あくまで一部に過ぎず、それを持って、全てを語ることはできないのが実態です。

自分の垣間見た霊界観を持って、これが唯一無二の真実であるかのごとく語る人がいるので、誤解は益々、広がるばかりになっているようです。

かくいう私も全ての霊界や守護霊がわかるわけではありません。

これからお話する守護霊のお話は、あくまで私が体験、実習してきた中で、理解している事柄であり、全てではないことをまずは理解して頂ければと思います。

ここが理解できれば、様々な守護霊のお話を聞いて矛盾を感じたとしても、なぜ、そのような矛盾を感じたのかが理解できるはずです。

それでは、私の視点から観た守護霊についてお話していきたいと思います。


【1】守護霊は誰にでもついているのか

最初のテーマは守護霊は誰にでもついているのかということについてお話を致します。

結論からいうと守護霊は誰にでも必ず最低1名は付いています。

この最低1名を正守護霊と言います。

守護霊は大抵は複数のチームを組み、一人一人を守っています。

人数は人によって異なりますが、その複数の守護霊を守護霊団または、背後霊団と呼びます。

正守護霊は、そのチームの統括責任者という立場にあります。

ここで、ひとつ疑問が浮かぶことがあります。

よく霊能者の方で、守護霊はついていない人もいるという主張をされる方がいらっしゃるからです。

必ずいると言ったり、いない人もいると言ったり、一体どちらが正しいのだろうか。

このように疑問に思う方もきっといらっしゃるはずです。

このことについて少しお話をさせて頂きます。

まず、守護霊は誰にでもついて守護してくれていますが、必ずしも傍にいてつきっきりで、守ってくれているわけではないということです。

どういうことかといいますと、守護霊にも霊界での生活というものがあります。

よく誤解されているのは、守護霊は24時間、365日、つきっきりで守護してくれていると思われていることであります。

ですから、つきっきりの守護というのはなくて、普段は、離れて見守っています。

これは、丁度、現実世界におけるセキュリティシステムに似ているところがあります。

警備会社にセキュリティの加入をされている方は御存知かと思いますが、警備会社はマンションや家を24時間、365日、警備してくれています。

しかし、常にマンションや家の周りに警備の人が歩哨のように立っていて警備してくれているわけではありません。

遠隔で、セキュリティのシステムを監視して、もしもの時には、すぐに駆けつけてくれる仕組みになっているわけです。

これと同じで守護霊も通常は、遠隔より、あなたを見守り、緊急の時には、駆けつけて守護してくれているのです。

ですから、守護霊はやたらと、現れたりしないために霊能者の前にはいないように見えたりすることがあるわけです。

また、霊能者のレベルがまだ、その守護霊に拝謁するに足りていない場合も、観ることができない場合があります。

こういったことから、守護霊がいない人がいるという誤解が生まれたのではないかと思います。

また、守護霊は、現世に生きる人達の教育係という側面を持っています。

単に、守るだけでなく、ちゃんと魂の向上やその人が真に幸せになれるように導いてくれる存在であるわけです。

なので、時として、厳しい処遇を与えることがあるのも事実です。

あえて、ハードルを作り本人の自覚を促すことで、魂に気づきと悟りを与えようとしているわけです。

「守護霊がついているのになぜ私は不幸なの?」という疑問を持つ人は、よくよく考えてみる必要があります。

ただ助けてほしい、幸せにしてほしいと、願うだけでは、守護霊は力を貸してはくれません。

自ら努力して、頑張る時に、そっと近くにきて、力を与えてくれるのが守護霊の真実なのです。

このことがわからないと、「守護霊は自分にはついていない」などといった誤解をしてしまいかねないのです。


【2】守護霊は何人くらいいるのか

一度、私は霊眼で見せてもらったことがあるのですが、人によってまちまちです。

5~6人の人もいれば、何百人もついて人もいます。

これは、なんで差が出てくるのかといいますと、その人の持つ器や志に応じて人数が変わってくるという法則があるからです。

一般で平凡な生活を送っている人は、数人程度ですが、大企業の社長や政治家、あるいは何か志を持って、努力している人には何十人、何百人という守護霊団が結成されていることが多いです。

私の守護霊団を霊視した時には、本当にリアルタイムで入れ替わり立ち替わり、守護霊が行き来するのが見えたことがあります。

正守護霊の周りを小さな守護霊達がぐるぐると回転しながら、守護をしている姿がありました。

だから、今は、守護霊団が少ない人でも、考え方を改めて志を大きくすれば、人数を増やすことができるのです。

「少年よ大志を抱け」という言葉がありますが、大志を抱けば守護霊の力も増すということになるわけです。

【3】守護霊とお話する方法

守護霊がついているなら、是非、話をしてみたい!

こう思う方もいらっしゃると思いますが、実は、そんなに難しいことではありません。

ただ、素直に守護霊様に語りかけてみればよいのです。

姿も形も肉眼では見えない守護霊様ではありますが、素直な気持で語りかければ、必ずその言葉は通じます。

そして、ある時、ふっと心の中で守護霊様からの答えが返ってくることがあります。

直感が鋭いかたは、このケースが多いですが、まだ未発達の方は、現象や他人の言葉を通して教えてサインを送ってくる形で、答えがあることもあります。

また、一番、手っとりばやいのは、私のような守護霊と交流しなれた人間を媒体にしてコメントやメッセージを頂くことです。

以上のような方法で守護霊様と交流することができます。

【4】守護霊はずっと同じ人?

守護霊は時々、交代することがあります。

交代といっても、どっかにいなくなってしまうのではなく、正守護霊が別の守護霊に交代するというわけです。

交代した前任の守護霊はどうなってしまうのかといえば、守護霊団の一員として、働いてくれることになります。

なぜ、交代するのかというとその人の志に相応な人物が正守護霊になることで、より的確な守護を行うことができるようになるからです。

守護霊にも得意分野があるということです。

例えば、勉強をしなければならない時には頭の良い勉強のできる守護霊がきます。

体力をつけて身体を鍛えようと志せば、それにふさわしい、屈強な守護霊がくるわけです。

このように守護霊団も常に変化しながら、日々の守護を行ってくれているということです。


以上が簡単ではありますが、守護霊についてのあらましです。

まだまだ、守護霊については、様々な不思議なこともあります。

機会を改めて、またお話ができたらと思います。


また、皆さまからのご質問もブログを通してできるだけ回答をしてゆきたいと思っています。

コメントやメッセージを頂ければ幸いです。



天心 拝


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ご挨拶

※この記事は、2015.04.21に加筆修正を加えています。

はじめまして!

天心と申します。

「守護霊が導く!スピリチュアル世界」のブログでこれから、守護霊のことやスピリチュアルな世界について情報を提供してゆきたいと思います。

昨今ではインターネットを通じて出会った方々の霊視・霊感鑑定にてご相談に乗らせて頂き、幸いにも好評を頂いております。(2015.04.21現在は取次鑑定と名称を変更しています。また内容も条件やあり方も様々な経緯を踏まえて、変化しています。このご挨拶文を掲載した当時とは状況が異なっていますので、ご理解頂ければと思います。)

守護霊やスピリチュアルなどという言葉を聞くと不思議な気持になる方もいらっしゃるかと思いますが、こういった存在は何も不思議でも特別な存在でもありません。

ごく日常の中で皆さまに様々な影響を与えている存在といえます。

そういったスピリチュアルな存在や守護霊を通じて、多くの方の悩みや人生相談を請け負ってきたのが霊視・霊感鑑定です。

2011年1月現在は、一切、無償でご相談に乗らせて頂いています。
(2015.04.21現在は、一切、無償でのご相談ではなく、FGSの会メンバーであること、初回のみ無償と条件が変更になっています。)

時間と体力、状況が赦す限り、続けてゆきたいとは思っていますが、今現在でも相当数の方々のご相談が毎日、私のメールには寄せられています。

様々な悩みを持ち、すがる想いで相談をされた方々に少しでも心の安らぎや整理をつける手助けになればという思いで行っております。

もちろん、スピリチュアルや守護霊といっても、魔法のような存在ではありません。

全ての物事をそれらの要素だけで解決できるわけでも、万能で完全な存在というわけでもありません。

私、天心も同じ時代を生きる一人の人間に過ぎません。

できることはかぎられていますが、少しでも何かお役に立てれば幸いです。

まだ、このブログは始めたばかりで、どういう方向にしてゆくのかは、明確には決めていません。

少しでも守護霊の存在やスピリチュアル世界のことが世の中に理解されるようにご紹介していけたらと考えています。

一時期のスピリチュアルブームの影響もあってか、様々な人の関心を集めている分野であるともいえると同時に、これほど、誤解や曲解をされているものも珍しくないと感じています。

鑑定などを通して、できるかぎりの方に真実のスピリチュアルの世界を伝える努力はしていますが、何分、一期一会の出会いで、全てを伝えてゆくのは大変、困難なことです。

ですから、こういったブログという形式を使って、少しでも体系だったものを伝えてゆければなと思っています。

どれだけのことがお話できるか、皆目、まだ見えていない状態ではありますが、少しずつお話をアップしていけたらなと思います。

何卒、皆さま、宜しくお願い致します。



天心 拝



プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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