負のエネルギーを消し去るもう一つの方法

益々、気温があがり、ようやく春らしい香りが漂う今日この頃ではありますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私も、先ほど、2件ほど、天命・過去世調査の取次を終えたところであります。

まだまだ、ご依頼の方はいらっしゃいまして、結構、お待たせしてしまっている状況です。

申し訳ないという気持ちもありながらも、こればっかりは中々、思うようにはいかないものです。

天命や過去世を調査するというものは、思いのほか霊的集中力を使うのです。

その方の魂の記録を読みとり、何をテーマに持って生まれてきたのかを探るわけです。

その際に守護霊も加勢はしてくれますが、そう簡単には教えてくれません。

なぜなら、天命は、本来は生きている日々の中で、悟るものだからです。

一生懸命に日々の生活や仕事や勉強に打ち込んでいる時に、フッと心の中で、これこそ我が天命であると悟る瞬間が来るのです。

これが通常の場合です。

今回の取次は、本来のこのプロセスを短縮して天命の一つを明かしてしまうという、わりとウルトラCともいえることをやってしまっているわけです。

守護霊の立場からすると、プロセスというものは非常に大事であると考えているようです。

必要なプロセスを経て悟る。

このことによって、盤石な確信とともに天命を自覚することができるというわけです。

しかし、本当によくわからない、何がテーマなのか皆目見当もつかない。

こういう方も多いのではないかと思います。

何かヒントがあり、参考になるべく指標があれば頑張る気力が湧いてくるとうのも人間の心理の一つでもあります。

そういう意味で、今回の天命・過去世調査を受ける意味は大きなものではないかと思います。

大きな意義のあることというものは、取り次ぐのにも時間がかかるものなのです。

簡単なアドバイス程度のレベルならば、返信もさほど、時間はかからなかったりするのですが、重要なものになるほど、時間はかかるという傾向があります。

そんなわけで、待ち時間が長くなってしまうこともありますが、ご了承頂ければと思います。

さて、相変わらずの長い前置きはこのくらいにして、今回のテーマのお話に入りたいと思います。

テーマ:「負のエネルギーを消し去るもう一つの方法」

この正負のエネルギーに関しては、様々な記事においてもお話してまいりました。

全てのブログ記事に目を通していらっしゃる方は、概ね理解はされていることと思いますが、今一度、整理していみたいと思います。

まず、正のエネルギーとは、人を幸せにして、発展させていく力を持つエネルギーのことを指します。

よく神社仏閣などで神仏の功徳なんていう表現を見かける人も多いかと思いますが、これも正のエネルギーのことです。

これに反して、負のエネルギーというものは、人を不幸にしたり、退廃的な方向へ導いたりするエネルギーのことを指しています。

多くの方が悩んだり、不幸に感じたり、どうしても物事がうまく進まないなんて思う時には、この負のエネルギーが影響を与えている場合があります。

よくカルマ業、穢れという言葉で、この負のエネルギーは表現されることがあります。

負のエネルギーに対抗するためには正のエネルギーをより沢山、集めることで、中和されてゆくということは今までのブログ記事などでもお話させて頂いております。

しかし、これ以外にも実は、負のエネルギーを消し去る方法があります。

それは、負のエネルギーを受け入れるという方法です。

まず、正負のエネルギーには一定の法則があります。

それは、エネルギーが一度、顕現化して現世に形として現れるとそのエネルギーは力を失うという法則があるのです。

例えば、負のエネルギーが蓄えられていると様々な不幸に感じるような出来事や心の中にもストレスとなるようなものが発生してきます。

家庭内のトラブル、恋愛の破局、仕事が失敗するなどが起こったりします。

こういうことに遭遇して人は、不幸を感じるわけなんですが、こういうことが発生した時点で、負のエネルギーはその分減少しているといえるのです。

「それじゃあ、不幸になればなるほど負のエネルギーは消えるの?」

こう思われる人もいるでしょう。

これは半分は正しいといえます。

不幸な出来事が起こるということは、負のエネルギーが顕現化して、消失されることを意味しているからです。

では、なぜ半分、正しくないのでしょうか。

不幸になれば負のエネルギーは消えると考えてしまうと、自分が積極的に苦しめば、負のエネルギーは消えてゆくのではないかと思ってしまう可能性があるからです。

あくまで、負のエネルギーが顕現化するから消失するのであって、自分から不幸になるようなことをしたからといって、負のエネルギーが消えるわけではないのです。

むしろ、不幸の波動をいっぱい浴びて、より負のエネルギーが量産されることになってしまいかねません。

以前、某宗教団体がカルマを落とすと称して、大量殺人を犯した大事件が起こりました。

これは、天啓的な負のエネルギーの消失の論理を履き違えた恐るべき誤解から発生した事件であるともいえます。

よく、「あなたはカルマが大きい、業が深い」などと言って、人を不安にさせる霊能者や宗教団体などがありますが、正負のエネルギーの法則をきちんと踏まえて理解していれば、恐ろしいことは何もないということがわかります。

なぜなら対策が立てられるからです。

どんなにカルマや業があっても、法則を理解して、それを乗り越える努力をやめなければ道は開けてゆくのです。

少し、脱線しましたのでもとに戻します。

自ら苦労をしょいこんでも負のエネルギーは消失しないということでした。

では、どうすればいいのか。

それは、発生してくる不運や不幸に感じることをしっかりと受け止めて、そこから少しでも学びとること。

このような心構えで、どんな不運や不幸があっても、腐ったり、暗くなったりしないで受け入れることで、負のエネルギーは消えてゆくのです。

そして、大事なことは、新しい負のエネルギーを生みださないことです。

不幸なことがあるとどうしても、心が暗くなる、退廃的な気分になる、怒りに我を忘れる、悲しみにくれる、こういう感情に支配されて、新たな負のエネルギーを量産してしまう結果になりやすいといえます。

一度、どん底に落ちると次々、泣きっ面に蜂とばかりに、不運が襲うのは、この負のエネルギーの量産サイクルに陥ってしまうからなのです。

このサイクルを止めるためには、しっかりと不運や不幸を受け入れ、そこから学ぶこと、次の幸せにつなげる糧にすることを心がけることが大事なわけです。

人生には様々な大変な場面が沢山あるかと思います。

苦しく辛く、投げ出したり、誰かを呪いたくなる気持ちになることもあるでしょう。

しかし、そんな大変なことに遭遇しても、負のエネルギーが消えてなくなっていくと考えるならば、現実的には意義を見いだせない出来事も、霊的にはしっかりと意義があるということがわかるはずです。

負のエネルギーが消えてゆけば、いつしか、必ず正のエネルギーが輝く日が来ます。

それを信じて、今日の日を強く生きてゆきたいものです。



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運命学と積善

悩み相談というと定番は占いというものがあります。

占いには、様々な手法があり、それぞれに特性があります。

例えば占いの代表的なものに手相があります。

手相は誰しも手のひらにシワを持っていて、沢山の線や丘と呼ばれる肉厚のつき方具合などから、運命を紐解こう御という占いですね。

霊的な視点から観ると、手のひらには個人個人の先天運(生まれる前から持っている素養)と後天運(生まれてから外部の環境や生きてきた行動により発生した運命)が映し出されているといえます。

それを占い師が読みとるわけですが、ある程度、線や丘を体系化されていて、誰でもその体系を学べば、運命を読み解けるようにしたものが相学というものであります。

相学とは、手相だけでなく人相なども含む、個人個人の身体の部位や、住んでいる家の家相、お墓の形の墓相なども含めて、運命を読み解く手法を体系づけた学問であるといえます。

また、西洋占星術などに代表される、生まれた生年月日を元にその人のライフサイクル(運命のサイクル)を読み解き、運命傾向を探る算命学というものもあります。

これは、主に星から注がれている霊力を分析することで、その人が持つ才能やこれから人生を歩む上でどのような障害出てくるのか、あるいは追い風が吹いてくるのはいつごろなのかを予見しているわけです。

惑星や衛生など個別に霊力の種類や波動が違うために、人それぞれに性格の違い、運命の境遇の違いが現れてくるというわけです。

この算命学も体系があるために学ぶことで、ある程度、人生を予見することができます。

最後は、卜術と呼ばれる占いがあります。

タロットなどがこれにあたりますが、この占い方法は、かぎりなく体系化されずに主に霊感的な直感力により運命を読み解こうとする手法です。

タロットカードや筮竹を使い、それを媒体にして運命を垣間見ようという占術であるわけです。

大きくわけると相学、算命学、そして卜術と呼ばれる3系統の占いが存在することになります。

それぞれに個性があり、長所も短所もありますが、ロジックがしっかりとしているためにある程度は学び身につけることができることもできるのが最大の特徴なのかも知れません。

私が行っている霊視、霊感鑑定はこれら3つとは少し毛色が異なります。

占いは、体系だてたロジックにあてはめて判断することで、誰もがわかりやすく運命を探ることができるのですが、どうしても画一的な結果しか出ません。

なぜならば、ひとつの形にはめて考えるために、他の自由な発想は出てきずらいといえるからです。

霊視・霊感鑑定では、直接、守護霊様にお伺いを立てることで、様々な運命における助言を頂き、ある時はヴィジョンを見せて頂くことができます。

ロジックがないので、とても画一的には表現できない場合も多いのが欠点ではありますが、それでも一番、その人にとって良い道筋を照らしてくれているともいえます。

また、守護霊様が動かなければ何も得られないという弱点もあります。

しかし、その分、間違った方向には生きにくいといえるでしょう。

それは、占いでは、相談者の希望にそって方向性を探ろうとするために時には相談者のエゴを満たす形での占い結果を導いてしまう可能性があるのですが、霊視・霊感鑑定では、守護霊が大局的に観て判断をするので、結果的には正しい方向に進むことができるというわけです。

どうしても人は自分のエゴに囚われてしまうことが多いのが現実です。

一見、エゴを満たせれば、満足して幸せに感じることもあるかも知れませんが、霊的に観れば負のエネルギーをため込んでしまっている結果になっている場合も多いのです。

そういう意味では、目前の幸せを得ることが本当の幸せに繋がることとは限らないということがいえるのです。

こういう太極観に立った見方ができる占いは、中々存在しません。

目先の悩みを解決するという視点だけで、アドバイスをするケースが多いと思われます。

もちろん、例外はあるかも知れませんが、少なくとも私が知りうるかぎりの占いに関しては、こういう傾向が強いように感じます。

霊視・霊感鑑定で目的としているのは、個人のエゴから来る願望を満たすことではなく、その人の魂の向上であり、霊層、霊覚の向上であります。

一足飛びにそのような境地にたどり着くのは難しいと思いますが、目前の悩みという事柄をキッカケにして、少しずつでも本来のあるべき道に気づいて頂ければという思いで、行っているわけです。

ここが通常の占いとの違いです。

さて、思いっきり前置きが長くなってしまいましたが、「運命学と積善」ということについてお話をしたいと思います。

占いとセットで考えらるものに運命学というものがあります。

簡単にいうと運命とは何かということを考える学問ですね。

占いとは運命を解釈し、その傾向を探ることで、運命をよりよく改善してゆこうとしているわけです。

ですから、運命学とは、運命をどうしたら改善できるのかというのがテーマであるわけです。

よく運命は全て決まっていて変えることはできないと勘違いしている方がいらっしゃいますが、運命は改善してゆくことができます。

運命とはあくまで、運の流れであり、傾向であり、生まれた時点、あるいは現時点から予測しうる可能性に過ぎないわけです。

完全に確定して決まってしまっている運命などはないのです。

しかし、生まれた時点での運の流れのまま、傾向が変わらず、同じような進歩のない日々を送り続ければ、もともとの運命のまま時が流れてしまうということになります。

だから、占いを受けて、「言われた通りになった!」「当たった!」と喜ぶ方も多いと感じますが、必ずしもそれは喜ばしいこととは限らないのです。

なぜなら、運命は改善できるのに、改善しなかったために既存の運命に流されてしまったという見方もできるからです。

最近、霊視・霊感鑑定でも未来ヴィジョンによる鑑定を廃止に致しましたが、これも実はこういった運命の改善を阻害する可能性があるために廃止という決断をしたという経緯があります。

単なる未来予測は、そこに人間として生まれてきた意義も、価値も見いだせなくなってしまう可能性があります。

運命を乗り越えてゆくことこそ、人の生まれてきた意義の大切な一つでもあるのです。

では、どうしたら具体的に運命を改善してゆけるのでしょうか。

運命改善法は様々に存在していますが、もっとも基本的で、全ての開運のベースになるものがあります。

それは、正のエネルギーの充填を日々行ってゆくことです。

この正のエネルギーの充填するための行為を「積善」といいます。

積善は読んで字のごとく、善なることを積み重ねることを示しています。

中国古典の四書五経のうちの筆頭ともいえる「易経」の中に記された言葉に次のようなものがあります。

「積善の家には余慶あり。不積善の家には余殃あり」

この言葉の意味は、「善行を積み重ねてゆけば、その家系は子子孫孫まで、余りある慶び事が続くであろう。しかし、善行をせず、返って悪行をするものの家系は、栄えてゆかないし、その報いとなることが多くなるであろう」
となります。

少し意訳していますが、善行を行うことは自分自身だけでなく、家系を通じて子孫にまで正のエネルギーが継承されていくことを表しています。

逆に正のエネルギーの蓄えがなく、負のエネルギーが強ければ、あまりいい事が起こってこないということも同時に示しているわけです。

易経は数千年の歴史を持つ古典的書物でありますが、イニシエから既に正負のエネルギーの法則は言われ伝えていたことが伺えます。

正のエネルギーを蓄えるには、沢山人に喜ばれるようなことをすること。

今でしたら、節電に協力する(東北・関東)、義援金を贈るなんてのもいいかも知れません。

ボランティアなども積善になるでしょう。

もちろん、積善が目当てになりすぎて、愛と真心がなければ意味がありませんが、できることをやってゆくことが大切です。

お金がないという人なら、人に笑顔を振りまいて幸せな気分にさせてあげること、人を笑わせてあげること、こういうことでもエネルギーは少ないけれど、積善になります。

より大きい範囲で影響のあることを行うとより大きな正のエネルギーをため込むことになります。

だから、今回の震災時に率先して店舗の品を無償で提供したり、住居を失ったひとにホテルを開放したり、多くの義援金を私財をなげうって行っている人達は、本当に大きな正のエネルギーを蓄えています。

おそらく、これらの人達は、今後、益々栄えてゆくと思います。

しかし、なかなか大きな活動はできない方も多いとは思います。

大きなことができなくても、小さなことの積み重ねが大きな正のエネルギーを蓄える結果に繋がるのです。

些少であるからといって、がっかりすることなく、自分のできる積善を行ってゆくことが大切なのです。

でも、やっぱり、できるだけ大きな正のエネルギーを蓄えたい。

こう思う方もいらっしゃるかも知れませんね。

そこで、最期に個人で出来る、大きな積善の方法をご紹介いたします。

それは何かというと、真心で神霊を動かし、多くの人を幸せにする正のエネルギーを動かすことなのです。

具体的には、神社仏閣に赴き、日本の国民、他、世界の人達の幸せを祈願するという方法です。

お玉串を収め、大きな祈願をすることで、通常の積善の3倍以上は正のエネルギーを蓄えることになります。

これはなぜかというと、神霊や神仏は広範囲で動いています。

現実的には目に見えませんが、様々な現実の現象には神霊達の加護があって発生していることがほとんどなのです。

被災後に他に類を視ないほど、落ち着いて行動していると世界各国から称賛されて、支援などが次々、投入されているのは、神霊達の働きの御蔭という部分もあるのです。

もちろん、日本がODAなどで積善していた正のエネルギーの顕現化という側面もありますが、多くの人の祈りが神霊達を動かしているという霊的な背景もあるのです。

このように神霊を動かすと日本国全体に善なる影響がでるので、より多くの積善になるというわけです。

ですから、是非、神社仏閣に詣でてこれを行ってみてください。

また、私にご寄付を頂いた方には、私が代表して神社にて祈願をしています。

ご寄付のお玉串は、一部、寄付金よりねん出していますし、義援金もさせて頂いています。

これもまた、大きな積善になっています。

こうした方法で正のエネルギーをなるべく多く蓄えるという手段もあるということです。

少し、長いお話になりましたが、今回は以上になります。



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「名前」のお話

こんにちは!

天心です。

本日は気温も上昇して、暖かな一日になりそうですが、他の地域では相変わらず、寒いところもあるようですね。

本当に被災地においては、寒くならないで欲しいという気持ちでいっぱいです。

これ以上、被災者に苦難を与えることがなきようにという祈りを神仏にぶつけています。

さて、今回のお話のテーマは「名前」についてです。

皆様、どんな方にも名前があります。

山田花子さんとか田中次郎さんとか、いろんな名前がありますよね。

名前というものの意義は、ひとつは識別するためですね。

名前がないと、誰が誰だかわからなくなってしまいますよね。

だから、名前をつけることで、誰であるかを特定できるようにしているわけです。

では、名前は単なる識別のための記号なのでしょうか。

それだったら、単なる番号や記号などのIDでもかまわないということになってしまいますね。

実際に保険証やレンタルビデオの会員証などでは、番号やIDで識別されることもありますよね。

しかし、実は名前に関しては、霊的にはもっと重要な意味があったりするのです。

このあたりのことについて、今回はお話をしていきたいと思います。


【1】名前の意義その1 -名前には霊力が込められている-

名前には実は霊力が込められています。

こんなことをいきなりお話しても信じがたいと思われるかも知れませんが、事実です。

例えば昔からある占いの手法に姓名判断というものがあります。

姓名判断とはその人の名づけらた名前の画数を判断して、その人の持つ運勢を鑑定する占いであります。

名前が、運勢に影響を与えているという前提があればこそ、この占いの手法は成立するわけです。

つまり、暗に名前には霊力が存在しているということを言っているのと同じことです。

ですから、名前の霊力によって少しだけ運勢の流れに影響がもたらされているということがいえるのです。

もちろん、名前だけで全ての運勢が決まるわけではありませんが、少なくともなんらかの影響はあるということがいえるでしょう。


【2】名前の意義その2 -名前には働きが込められている-

名前には、名づけ方によって働きが異なります。

別の言い方をすると名前ごとに機能が異なるということがいえるのです。

例えば、花子さんという名前は、花のような明るい美しい子供に育つようにという願いが込められているとします。

「花のような明るい美しい子供に育つ」という部分が働きであり、機能なのであります。

この例えはあくまで、つける側の思惑に過ぎませんが、実際には名前によって、厳密に働きは異なってきます。

古事記や日本書紀を紐解けば、八百万の神様のお名前を目にすることができます。

天照大神(アマテラスオオミカミ)は、天空をあまねく照らす光の働きを持つ神様であることを意味しています。

光とはすなわち太陽ですね。

太陽は地球に光を与えて、生物をはぐくんでくれています。

この働きこそが、天照大神様の功徳であるともいえるわけです。

もちろん、他にも霊的な意義はあるのですが、このように名前というものは、働き、機能を意味しています。


【3】名前の意義その3 -名前には戒、誓、道が込められている-

最後に名前について、最も重要な意義をお話します。

それは、名前には、自らに対する戒め、誓い、行くべき道筋が込められています。

ただ、現在の一般的につけられている名前には、あまりこの要素はありません。

ある程度、姓名判断を基準にしたり、あるいは両親の思惑によって、名前をつけられることがほとんどではないかと思います。

この三番目の名前の意義を考慮してつけらている名前を「道名」とか「法名」といいます。

一般的に亡くなった方につけるとされている(本来は仏弟子になった時に与えられる)「戒名」も同じ意義があります。

但し、戒名の場合は、現在では形骸化が進み、本来の意義が失われつつあります。

戒名については、また別途、先祖供養のカテゴリでお話をしたいと思います。

私がハンドル名として使っている「天心」という名前も一つの道名であります。

働きとして分かりやすく説明すると「天の心を取り次ぐ者」という意味になります。

私はまさにこの働きを行っているというわけです。

もちろん、私にも俗名はあります。

しかし、こうしてブログを書いたり、霊視・霊感鑑定を行う際には、「天心」として名乗り、働きを全うすることにしているわけです。

道名は、天より付与されて、初めて意義を持ちます。

適当につけても、意義は薄いというわけです。

道名の付け方は、その人の天命を知り、その方向性によって、付与されるべきものなのです。

そうすることで、その人の生きるべき道筋がバックアップされて、天命を全うしやすくなるというわけです。

別の言い方をすると、天命からズレた生き方をしなくなります。


以上、3つの名前に関する意義についてお話してまいりました。

まだ、どうするのか決定はしていませんが、近いうちにこの天命に準じた道名を付与する取次を一般公開することになりそうです。

しかし、誰にでも付与すればいいというものではないので、誰にどういう基準で付与してゆくのかをこれから考えてゆきます。

名前のお話、皆さまの何かの参考になれば幸いです。



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神仏は天罰を与えない

こんにちは!

天心です。

今回は、急遽、コメントを頂きましたことに対する回答となる内容をお話していきたいと思います。

テーマは、「神仏は天罰を与えない」というものです。

昨夜、コメントを頂いたのですが、管理人のみが参照できる秘密コメントの設定での投稿でしたので、コメントの記載内容の掲載は控えさせて頂こうと思います。

ただ、この質問に対する返信は、他の方にも知っておいてもらいたい内容でもあると思われます。

ですから、私からの回答となるところだけを記事という形で掲載させて頂こうと思います。

あくまで、この話は一つの霊的な解釈であり、ひとつの見方に過ぎません。

絶対的な正しい解釈ではありませんので、必ずしも質問された方、そして、読まれている読者の方が納得できる内容となっているかどうかはわかりません。

しかし、大きな災害などに遭遇した際の一つの解釈のヒントとして受け止めて頂けるかと思います。

さて、回答に入る前に、どういった質問を受けたのかということをかいつまんでポイントのみをお話したいと思います。

御存知のようにこの度、3月11日の14時46分に東北・関東において大地震が発生致しました。

多くの方が被害にあわれて、お亡くなりになられた方もいらっしゃいます。

本当に恐ろしい、そして、深い慟哭を覚える出来事です。

今なお、余震が続いたり、福島県にある福島第一原発の核燃料棒の露出による放射能汚染、電力供給不足による大規模停電の可能性、深刻な被害を受けた被災地への物資の運送が遅れている、そして、地震災害に伴う風評被害など本当にいろんな意味でまだまだ現実的な問題を抱えたままです。

大津波により尋常でない被害を受けた宮城県の人達、原発の脅威にさらされて住みなれた街を断腸の思いで離脱して他県への避難をしなければならなかった福島県の人達、そして、今なお強めの余震が続く、茨城県、他の地域でも報道されたりニュースに取り上げられていないだけで、被害にあわれた地域やその人々は沢山いらっしゃることと思います。

被災者の方にはお見舞い申し上げますという言葉を沢山、見かけることが多いなか、実際はそんな軽い言葉で済ませられないほどに、深く被害を受け、心底、傷ついている方達が大勢います。

私自身も言いようのない暗い、深い悲しみの波動からしばらくは動けなくなるほどでありました。

そのようなまだ、地震災害の傷が癒えない現状の中、霊的にはああだとか、神様はこうおっしゃっているだとか、今回の地震の意味だとか、とてもではないけれど、話す気持ちにはなれなかったのです。

しかし、ふさぎこんでいても、何も変わってゆくことはありません。

私にこのブログで出来ることは、どうしたら被災者をこれ以上増やすことなくバックアップできるのか。

自衛官や消防庁でもない私ができることといえば、募金、節電くらいなものです。

もちろん、それだって大切な愛と真心からの行いであり、尊い行いです。

それはそれで行ってゆくべきことでしょう。

そして私は奇しくもブログという媒体を通して、霊的なお話をさせて頂いて参りました。

それならば、霊的な視点で被災を最小限度に抑えるための心構えをお話することも一つの方法ではないかなと思いいたったのです。

少なくとも地震の災害にあわれて、不安に思っている方、今後、災害に遭遇する可能性を最小限に抑えるためにどういう心構えが必要であるのか。

これがわかれば、少し、安心して頂けるのではないかなと思い、ブログでお話をする決心をしたわけです。

決して上から目線で地震災害の霊的な講釈を単なる知的好奇心を満たすためにお話したいわけではないのです。

出来る限り、誰にも被害にあって欲しくない。

これが本心です。

・・・前置きが長くなりました。すいません。。

ご質問頂いたのは、今回の地震でなぜ、罪もない人達も亡くなったり、尋常でない被災を受けて苦しまねばならないのか。

神様は悪い人だけでなく、良い人にまでこのような仕打ちをされるのはなぜか。


要約しますとこのような趣旨のコメントでありました。

このコメントには一つ大きな誤解があるように思えたので、まずはこの誤解を解いてゆきたいと思います。

まず、神様、神仏は人に天罰を与えたりはしないということです。

地震発生を受けて、石原都知事が、「今回の地震は天罰だ」というような発言をしたことが問題となりました。

この発言の真意は、おそらく別にあるのだとも感じるのですが、被災にあわれ、住居をなくし、家族や親類、友人を亡くした人達からすれば、「何が天罰か!」と憤りを覚えるのも無理はないことです。

言葉とういものは、時として、人の心をえぐってしまう場合があります。

状況をわきまえて発言する必要があるというものです。

さて、この言葉に象徴されているように人は大きな災難に遭遇すると、そのあまりに大きな代償から天を仰ぐ気持ちになります。

そのような時に、これは何か神仏の罰か何かなのかと考えてしまいがちになります。

しかし、繰り返しになりますが、神仏は決して人を裁いたり、罰を与えたりをしません。

もちろん、神霊と呼ばれる存在も同じです。

「天に唾を吐けば、唾を吐いた者に降りかかる」

このような例えが昔からあります。

これは、「天に唾を吐いたから無礼だと天が怒り、唾を吐いた本人に浴びせかけて罰を与えるのではない。天に向かい唾を吐けば、天地の法則に従って唾は自分の元へ返るだけだ」ということを表す例えです。

あくまで物事が発生するのは、大前提として法則が存在して、その法則通りに事が進むだけで、誰かが意図的に起こすわけでなないとうものがあります。

もちろん、世の中には人為的に発生させられている物事も多くあります。

特に人間はそれぞれ思惑を持って生きているために、その思惑により環境や状況に変化を与えようと行動して意図的に物事を発生させながら日々を生きています。

人間の意図には様々あって、大局に立ち、皆が幸せになれるようにという大きな思いを持って行動する人もあれば、自分の利益だけを優先して、愛や真心とは程遠い行動をとる人もいます。

残念ながら人間は完全からは程遠い生き物であると言わざるを得ないでしょう。

だから人間の行動はいつでもどこか、偏りがあるものであり、欠落しているものです。

そこを埋めてゆくように心がけて日々を生きることが、人生の意義でもあります。

神霊神仏というものは、この偏りが限りなくなくなり、愛と真心で満たされた存在であるともいえます。

そんな存在が恣意的に人に罰を与えたりすることはないのです。

なぜならば、裁きの心はエゴの一つだからです。

「あの人はいい人だ」「この人は嫌な人、悪人」

人は得てして物事を善悪をつけて考える癖があります。

世界には様々な思惑を抱えた人がいるために、それをうまく調整して仲良く暮らしてゆくためにはある程度のルールが必要です。

そして、ルールを破るような人には、ペナルティなどを課すことで、ルールを尊守させようとする仕組みになっています。

そのため、どうしてもルールというものを中心に裁きを行う必要がでてきます。

この世に生きる人達が全てエゴから解放されて、皆と調和することが自然とできるようになったならば、本来はこの裁きを行う機能は必要がないはずです。

しかし、現実には、エゴに囚われた人が多いために、裁判所などが代表してルールにのっとり裁きを行っているわけです。

そこで疑問に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、なぜ裁きの心がエゴであるのかという点についてお話したいと思います。

人間が不完全だというお話を先ほど致しましたが、不完全な人間がそもそも、公平で正しい判断による裁きができるのかという問題があります。

国家の法律等は、なるべく公平な判断を念頭にして作られているとは思いたいですが、それでも、やはり人間が作った法律であり、それに基づき判断し裁定をするのも、不完全である人間です。

不完全な人間が完全に公平な裁きを行えるはずはないのです。

だからこそ、人を裁くという発想は本来的にはエゴの産物だと言わざるをえないのです。

現実に裁きが存在するのは、嫌な言葉ではありますが「必要悪」以外の何物でもありません。

誰も人を裁けない。

もちろん、神霊も神仏もです。

だから我々が誰かを悪と決め付けたりすることも一つのエゴであるのです。

この観点に立つと神仏が良い人、悪い人を区別して裁いたりはしないことがわかるはずです。

良い人、悪い人と区別して考えるのは人の偏った視点から生まれたエゴに過ぎません。

このようなお話をしてもにわかには納得できない。

こう思われる方もいらっしゃることと思います。

今回の震災においても、健気に人を救うために尽力する人、一生懸命、復興に頑張る人もいる中で、火事場泥棒などを行ったり、この混乱に乗じて詐欺を働いたり、皆が頑張っている時に自分勝手な行動をとる人もいます。

頑張っている人は良い人だけど、迷惑かけて、非人道的な行動をとる人は悪人ではないか。

このように思われる方も多いでしょう。

私もそう思います。

未曾有の危機だからこそ、皆で手を組みながら、頑張って苦難を乗り越えなければならない時に、犯罪に走り、自己利益のみに走る姿を視えれば、悪人と感じてしまいます。

実際に自己利益のみを考える人はエゴにより悪想念の毒が蔓延しているのがわかります。

私だって憤りを感じます。

しかし、神仏の視点から観た場合、彼らこそ哀れむべき対象であったりします。

なぜなら、その悪想念の毒とそこから出た行動により、負のエネルギーを自らに蓄えてしまっています。

当然、背後の霊界も下部霊界の底の方になります。

今は生きながらえて、普通に幸せに暮らしているように見えても、必ずその負のエネルギーにより暗く重い方向へ引っ張られていくのです。

これは天罰ではありません。

法則なのです。

そして、このような負のエネルギーが蔓延して蓄積し始めると、災害という形や様々な大きなトラブルとなって噴出してくるのです。

神霊や神仏は全ての人を救おうとしています。

善人と悪人という裁きを行いません。

ただ、悪人と呼ばれる人達は負のエネルギーによっていつかその報いを受けることにはなるでしょう。

そのタイミングは、人によっても違うのです。

また、善人と思われている人も実は家系から来る負のエネルギーを引き継いでいる場合があります。

これは、家系という単位で蓄積されて継承されてきた負のエネルギーにより、大きな災害を引き起こそうとしている霊界と自分の背後にあった負のエネルギーを蓄えた霊界が感応しあうことで、災害に巻きこまれてしまうケースもあります。

負のエネルギーの顕現化のプロセスというものは、単純に考えれば単純なのですが、現実にあてはめると非常に複雑な現れ方をするので、一概にはいえないのです。

これが、善人、悪人ともに被害を被ってしまうことがある理由であり、一部の人が被害を受けているように見えてしまう理由でもあります。

今回の災害を逃れたとしても、負のエネルギーを浄化してゆかないかぎり、他の災業が顕現化していつしか巻きこまれる可能性もあるのです。

だから、大切なことは、善人とか悪人とか裁く心を捨てて、大愛による祈りにより、負のエネルギーを浄化してゆくことなのです。

そして、何より私は、もうこれ以上、誰も傷ついたり、亡くなられたり、苦しんだりして欲しくはありません。

いわゆる悪人であるならば、いち早く改心して悔いあらためて欲しいと願いますし、本当に健気に生きる善なる人が背後に持つ負のエネルギーにより災害に巻きこまれたり、思わぬアクシデントに遭遇しないで欲しいと切に願います。

そのための一つの方法をご紹介しているわけです。

もちろん、信じるか信じないか、受け入れるかどうかは、読者の皆様のご判断によるでしょう。

これ以上は私もどうすることもできないので、やれることをやっておこうと思うだけです。

長くなりましたが、以上になります。

まだ、伝えきれていないことが多々ありますが、このあたりで一度、締めておきたいと思います。



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【3/23】神田明神にて参拝

昨日、急遽、神田明神への参拝を行いました。

東北・関東大地震の余震が続く中、少しでも、この災害を霊的に封じ込めるために神田明神様にもご発動いただかなければならないという思いからのことです。

少しでも神霊にお働き頂くことで、被害の拡散を防ぐこと、そして、これ以上の災害が発生しないように楔を打ち込むという意味もあります。

もちろん、私、一人が頑張ったところで、全てをカバーしきれるわけではありません。

多くの人の愛と真心の祈りを集めなければ、未曾有の負のエネルギーには太刀打ちできないのです。

幸い私のブログ読者の方は被災からは無事な方が多いように見受けられます。

ご寄付を頂いた方には、神田明神にて一層の加護をして頂く祈願もさせて頂いております。

そういう意味でも、守られた方も多かったのかも知れません。

私も大事に至らず、今もこうしてブログを書くことができています。

本当に感謝してもしきれるものではありません。

神田明神に参拝する前に見えてきたヴィジョンがあります。

少し、それについてお伝えしたいと思います。

震災後に霊的にどうするべきかについて記事を書かせて頂いた影響なのか、祈りを実践されている方の姿がヴィジョンとして見えてきています。

しかし、人数はまばらで、本当にわずかです。

では、他の人はどうしているか、これもヴィジョンが見えてきました。

震災であまり被害がでなかったことからなのか、少し気持ちが緩んでいるような姿が見えます。

どこか対岸の火事を視るような感覚なのです。

ニュースを観ても、「ああ被災地の人はかわいそうだな」と思うだけで、祈りも行動もないといった人の姿が見えてきます。

残念なことですが、そういう傾向があるのかも知れません。

繰り返しになりますが、神霊は愛と真心の人にかかり、神と人とが合一して力を発揮されます。

その力が霊的には負のエネルギーを打ち消す力となるのです。

その力がないところに負のエネルギーの矛先が向かうことになるのです。

私は心配しています。

緩みきった心には、神仏の加勢が少なくなるからです。

今後の災業をなくしていくためには、愛と真心の祈りが必要、でも、実践している人は少ない。

ともかく、私だけでも、少しでも災害をこれ以上、起こさないための祈りを続けてゆかねば。

そう思っています。

さて、神田明神様にはいつもお世話になりぱなしです。

今までのご寄付から一部玉串もまたさせて頂きました。

この場を借りて、ご報告いたします。

また、震災の義援金も神社にて募っていましたので、そちらの方も募金させて頂きました。

どうかいち早い、被災地の復興を願います。



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地震・原発などについて

地震や原発についての質問をメールにて受けました。

メールにて返信をしたのですが、エラーで返ってきてしまったので、念のため記事に書いてお知らせします。

なお内容は普遍的な内容であり、メールを下さった個人的なことは書かれておりません。

他の皆さまにも当てはまる内容でもありますので、私の返信メールより抜粋したもののみを公開させて頂くことにしました。

以下が返信メール抜粋の内容です。


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私の鑑定を受けられた方の訃報はまだ、聞いていないので、ホッとはしていますが、まだまだ、問題はありますので、油断はできませんね。

十分、気をつけてくださいね。

原発については、予断は許さない状況ではありますが、少しずつ改善されてきていますね。

こういう事態に遭遇した場合には、まずは、落ち着くことが大事です。

不安や恐怖の感情は負のエネルギーになりますので、事態の改善に足止めをかけてしまいます。

私は震災直後からずっと、祈りながら正のエネルギーを拡散することを邁進しています。

ですから、こういう非常事態であるからこそ、まずは正のエネルギーの充填を心がけてください。

具体的には、私のブログ記事なども参考にしてほしいのですが、福島県、宮城県などの東北、関東を中心に全ての人達が心安らかになりますように、一切の災害を被ることなく幸せな日々でありますようにという祈りを行って欲しいと思います。

このような祈りの念は、正のエネルギーとなって、拡散します。

そうすることで、今回の震災や原発の問題などの原因になっている負のエネルギーが中和されることになるのです。

怖い怖いと思えば思う程、負のエネルギーは大きくなりますので、怖いと思うくらいならば、その気持ちを多くの人が幸せになれますようにという明るい祈りに変えてゆくほうがよいのです。

また、ブログにも書きましたが、大きな志を持つ人ほど、神霊の加護は強くなります。

なぜならば、多くの人を救い幸せに導くためには、大きな志や気持ちのある人でないと難しいからです。

自分のことばかり、不安と恐怖ばかりで行動する人は、神霊の加護が薄くなるので逆に危険なのです。

この法則をまずは覚えておいてください。

あなたの祈りが多くの人を救う一助となります。

是非、実践してみてください。

また、今回の原発に関しては、霊界的な解釈の一つとして「のろし」であるという意味があります。

人類の精神的な変革を促すようなムーブメントが活性化してくるという、サインの一つです。

もちろん、他にもいろんな意味を含んでいますが、そういった現実には見えないような意味もあるということです。

しかし、今は、霊的講釈を気にするよりも、自らの魂を静め、人々に対する愛と真心の深い祈りが必要な時です。

節電、義援金、ボランティアと現実的にやれることはやって、心の中としては、愛と真心の祈りに徹してみてください。

以上になります。

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複雑に絡み合う霊障

こんにちは!

天心です。

霊障というと何か霊がついていて、障りを行い、トラブルや障害になると考えている方が多いのではないかと思います。

霊がついて何か悪いことをしているというわけですね。

しかし、霊障と一口に言っても、その実態は複雑です。

よく、鑑定などでも、「過去に霊がついていると霊能者に言われたことがあるけれ大丈夫でしょうか?」というようなご相談を受けることもあります。

そもそも、その霊がどのような霊なのかが分からなければ、憑いているからといって、何かすぐに影響があるかどうかはわからないものです。

浮遊霊と呼ばれる、不成仏霊は意外にどこにでも存在していることが多く、以外とつけている人も多いのです。

こういうとコワイと思うかも知れませんが、それほど、気にする必要はありません。

一時的についても、その人が溌剌と何かに打ち込むと、魂の輝きとともにオーラが強化されますので、離れてゆきます。

仕事や趣味、勉強など、なんでもいいので熱意を持って打ち込む時、魂は輝きますので霊は離れてゆくのです。

だから、霊がついていると言われたからといって、やたらと怖がる必要はないのです。

これらの霊を一々怖がっているとキリがありません。

大切なことは、いつも明るく未来に希望を持って、情熱やワクワクした心持ちで頑張っていれば霊障の影響は少なくなるということです。

これを覚えておきましょう。

そもそも、やたらと霊眼に移った霊物を相談者に伝えるだけで、除霊や浄霊をするわけでもなく、対処方法を伝えるわけでもない霊能者がいるために、このように怖がる人がいるのです。

愛と真心があるならば、解決策のない怖がらせるだけの情報を相談者に与えるべきではないでしょう。

私も常に気をつけているのは、なるべく前向きなアドバイスを心がけていますが、時としてどうしても暗く重いテーマについてお話させて頂かなければならないこともあります。

そういう場合は、どうすべきか、どのような心を持ってことに当たるべきかを必ずお話するようにしています。

もちろん、未熟な点も多々あるため、完全ではありませんが、このように心がけているというわけです。

さて、霊障というと霊が障りを為すというような意味にとれる漢字に見えますよね。

では、霊が直接、何か物理的な現象を与えて、人に害を与えるのでしょうか。

特別な霊力を持った霊物は別として、通常はこのようなことはありえません。

よくホラー映画などで、霊が人に直接危害を与えているような描写がありますが、あれはあくまでフィクションです。

特殊な霊障は別ですが、大抵の場合は、まず霊障は心の状態に現れます。

以前、霊障は性格に現れるという記事を書かせて頂きましたが、まず霊物が影響を与えるのは心に対してなのです。

私たちは、日々、心の状態に従って生活を送っています。

お仕事をする際にどのような段取りで進めようか、どうすべきかの判断は心で行っています。

今日は何を食べようか、誰と遊ぼう、何を勉強しよう、どれ一つとっても心で判断せずに行動しているものはありません。

別の言い方をすれば、毎日の日常の中での数々の判断、選択が人生を作っているといっても過言ではないでしょう。

例えば、高血圧などの病気を持つ人は、毎日、塩っ辛いものを多く取っていたかもしれません。

それは、心がそれを欲したから、そういう偏った食事をする原因であったかも知れません。

そして、その心が作られた原因を霊的に探ると霊障に行きつくことがあります。

つまり、霊物は、偏った食事をするような判断をさせるような心になるような影響を与えていたということになります。

また、いつも同じような異性を好きになり、いつも恋愛に失敗して辛い思いをする人がいます。

これも、好きになる異性の特徴というものがあります。

気がつくと同じような人を選んでいるわけです。

失敗するような相性の合わない人を選んでしまう心を作ってしまっているのも、よくよく探ると霊障である場合があるのです。

このように霊障というものは、まず、心に影響を与えて、判断を誤らせて、そして現実に悪影響を及ぼしたりすることが多いといえます。

なので、まず、浄霊では、この心に影響を与える霊障を取り除くことで、少しでも本来の正常な魂の状態に近づけるために霊物を取り除いたり、元いた霊界に送霊したりするのです。

そうすることで、心を縛っていた霊障がなくなるので、心の状態を良い方向へ向けやすくなります。

浄霊の後は、自助努力による心の状態を改善することが比較的に容易になるというわけです。

霊障を取り除きさえすれば、全てがうまくいくと勘違いされている方がいらっしゃいますが、そうではありません。

あくまで、自分の努力を邪魔していた存在がなくなることで、努力を行いやすくなるということが浄霊を行う本当の意義なわけです。

先ほど、第一回目の浄霊の取次を終えたばかりではありますが、どのような効果があるか、まだ知らせはありません。

これから、調整しながらも浄霊の機会を増やしてゆけたらなと考えています。




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てっとりばやい霊界改善方法

こんにちは!

天心です。

今日は、冷え込む天気ではありますが、太陽の光も届いているので、あまり寒い感じはしていません。

今まで、霊界について、様々な角度からお話をさせて頂きました。

自分が遭遇している現実は、背後の霊界からのフィードバックを受けて顕現化しているということを繰り返しお話させて頂いたわけです。

誰でも、良い霊界を形作り、幸運な人生を送りたいと願われると思うわけですが、なかなか霊界を変えてゆくのは一足飛びにはできないものであります。

時間をかけて、心根を変えてゆく努力が不可欠であるわけです。

でも、時間をかけて頑張ろうと思っても、なかなか難しく途中で挫折して、元の心根に戻ってしまうという方もいらっしゃることと思います。

そこで、今回は、できるだけてっとりばやく霊界を改善していく方法についてお話したいと思います。

霊界を改善していく方法はいくつかあるのですが、一番、てっとりばやいのは、上部霊界を背後に持つ人と常に行動を共にするようにするというものがあります。

霊界というものは、個人の心根によって形つくられますが、とはいえ、個人の念や心がそのまま霊界であるというわけではありません。

類は友を呼ぶといいますが、必ず似た者同士の波長を持つ人達の念と心が合わさって、霊界を作っているのです。

だから、友達や仲の良い人とは、同じ霊界を共有している場合が多いのです。

現実的には気が合う、価値観が同じ、趣味が一緒などの類似傾向があることが特徴的であります。

大抵の仲の良いグループは、同じ霊界を共有していることが多い理由は、霊界には万有引力の法則のような感応の法則があるからです。

例えば、優しい性格の持ち主で、誰かの役に立ちたいといつも思っている人がいたとします。

その人は、ご縁があってボランティア団体に所属して、人のための慈善的活動に身を投じたりするかも知れません。

このことを霊的に解釈すると、ボランティア団体の背後の霊界に感応したことにより、霊界の共有現象が起きたからということがいえるのです。

この場合、人が個人的に持っている霊界よりも、団体や集団の持つ霊界の方が大きくて強い波動を持っていますので、引力に寄せられるようにご縁ができて霊界が一体化したりします。

これが霊界感応の法則です。

自分の背後の霊界よりも大きな霊界、強い霊界の波動に触れると自分の霊界が引き寄せられてしまうということがいえるのです。

ですから、自分の霊界を変えてしまう一番、早い方法は、この大きな霊界に感応してしまうことであるということになります。

現実的には、自分よりも運がよさそうな人といつも行動をとり、そういう運が良い団体などに属すること。

これが、霊界を変えるのにインパクトのある方法であったりします。

ですから、どんな学校にいくのか、誰とお付き合いするのか、どんな会社に入社するのかということは、非常に自分の霊界に影響を与える行為であるといえるわけです。

できるだけ、明るい心根を持ち、心もしっかりとした人と行動を共にすれば霊界も非常に良い影響を受けて、いつの間にか霊層が上がっているということになるのです。

どうしても、自分の努力だけで、心根を変えてゆけないと思われる方は、自分の身の回りの環境を変えてみてください。

そうすることで、背後の霊界も変えてゆきやすくなるはずです。



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顕現化のメカニズムと霊界

昨夜も静岡県が震源地となる震度6強の強い地震がありました。

皆さまにおかれましては、大丈夫でしたでしょうか。

何事もなく無事であることを祈りながら、昨夜は、しばらくは眠れませんでした。

連日のニュースを見るたびに日本全国からの深い慟哭と不安の気を感じます。

あまりにも重く、そして哀しい波動にテレビを見ていられないので、消すことにしました。

時折、地震情報や最新情報を取得するためにテレビをつけることはありますが、通常は消しています。

これは、節電という意味あいもありますが、あまりに深い悲しみに満ちたニュースばかりを観ていると、その重い波動に縛られてしまうという現象が起きてきます。

最新情報などをチェックすることは、大事なことではありますが、あまり、これらのニュースを見続けることは、良い影響を受けません。

今、具合が悪く、身体が重く感じる方がいらっしゃるならば、少し、テレビを消してみてください。

後、Twitterやネット情報源も必要最低限のチェックにした方がよいでしょう。

現在、日本の半分くらいが悲壮感、不安感、恐怖感の負のエネルギーが蔓延しています。

東北・関東大震災により、多くの方が亡くなられたり、今なお安否が確認できない人がいて、家族の方達も心配で心が暗くなっています。

断続的に続く余震や、原発の放射能漏れなど、心配ごとは尽きない状態です。

そして、必要以上にメディアの報じている情報を目にして耳に聞く人が増えれば増えるほど、益々の負のエネルギー増殖に拍車がかかることになります。

以前の記事でもお話していますが、この現世に現象として起こる物事は、一定のプロセスを経て形になります。

これを顕現化といいます。

この言葉も何度かお話させて頂いております。

顕現化が行われるのは、まずは、多くの念の結合体が霊界を形作り、霊界からの波動を受けて現実になるというプロセスを経ることになります。

これは、何も個人の事の話だけを指しているのではありません。

家系とういう単位、民族という単位、国家という単位、ひいては地球という単位でも同じプロセスをたどります。

つまり、背後の霊界を持っているのは、個人だけではないということです。

日本という国も背後の霊界があり、その波動を受けているのです。

日本の景気が今一つ開けなかったり、このたびのような災害が起こったりするのは、全てこの背後の霊界からのフィードバックを受けて、顕現化したことによるのです。

有史以来、日本国は様々な活動をして参りました。

戦争などの負の出来事もあれば、現在、国際協力などで、貢献している正の出来事もありました。

負のエネルギーは、災いやトラブルとなって顕現化が行われ、正のエネルギーは、幸運や福となって顕現化してきます。

今、このような大地震が起こってくるのは、過去蓄積されていた負のエネルギーの顕現化の一つであると考えられます。

逆に多くの国から支援や手助けをして頂けるのは、正のエネルギーの顕現化の一つです。

今回の地震で多くの国が立ち上がってくださいました。

これは、まさに日本の行ってきた正のエネルギーを蓄積する行為によるものだと思います。

とはいえ、今、日本の国が受けたダメージにより、再び、国民の不安や恐怖心、悲しみのエネルギーが蓄積されはじめると負のエネルギーが蓄積されて、霊界が形つくられるようになるため、再びの災害の顕現化が心配されます。

もちろん、すぐに顕現化したり霊界が作られることはないので、少しずつ人々の元気を取り戻し、明るく前向きな気持がでてくれば、問題はないでしょう。

大事なことは、いかなる災害や難事であっても、決して、暗く、ネガティブな気持を頂かないことです。

大災害時には、人は無力感に襲われて、不安や恐怖心から暗くなりやすくなります。

しかし、そんな時こそ、逆に明るくポジティブな心根を回復してゆくことが大切です。

そうすることで、これ以上の災害の発生元となる霊界を変えることができ、復興も早くなるのです。

現実的に何か出来ることがないかと思ってらっしゃる方は、是非、人の心が明るくなるようなことを考えて発信していって頂ければと思います。

テレビを見て不安になるのをやめて、皆さんが明るく元気に復興して幸せになるイメージを抱くように努めて頂ければと思います。


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地震災害と霊的な対策

天心です。

皆さまもご存知のことと思いますが、3月11日 14:46分頃に東北、関東にてマグニチュード9.0の大地震が発生致しました。

この大震災の被災にあわれた方には、お見舞い申し上げます。

また、沢山の方が亡くなられたというニューズが連日、報道されております。

亡くなられた方には、ご冥福をお祈り申し上げます。

また、家族を亡くされた方には、本当に本当にお悔やみを申し上げます。

今、行方不明の方や家族の安否が確認できずに不安と悲しみの方々もいらっしゃる中、私は家族の安否も確認でき今はなんとか自宅にも戻り、こうして私自身の無事を報告させて頂けることができています。

いち早く、行方不明者が発見されて、家族のもとへ帰れますように。

救助を待っている方に早く、救助隊の手が届きますように。

避難所にて、物資が足りないところには、いち早く物資が届き、空腹や冷え込みから、被災者の方が救われますように。

原発の爆発がこれ以上起こらずに、作業に取り組んでいる東京電力の作業員の方達も安全に無事に事態に対応できますように。

放射能のこれ以上の拡散が防がれますように。

そして、被爆してしまった方が、健康を損なわずに無事でありますように。

これ以上、被爆する方が拡大しませんように。

被害が甚大な街が一刻も早く、復興できますように。

本当に本当に連日、神仏に祈り続けています。

何かができればと思いながらも具体的にできることは募金をしたり、節電をしたりすることぐらい。

非力な自分に憤りを感じます。

何かできることはないだろうか。

考えに考えて、そして、気付いたのは、私には伝えることしかできない。

このブログ記事などを通して、今後の災害に対して霊的な対応についてです。

現実の具体的な情報発信は情報の精度が大事になります。

大局を視れていない状態の私が中途半端なことを発言すれば、混乱のもとになるかも知れません。

現実の情報はテレビやラジオ、公共機関のネット情報などを参考にした方が懸命です。

私が伝えられるのは、少しでも地震の恐怖を和らげるための霊的な対応方法くらいなものです。

何かの参考になればと思いこれからお話したいと思います。

私は、大地震があった時には、新宿にある三越百貨店の7階にある本屋にて資料を物色していました。

ある程度の資料を確認し終わって、そろそろ帰ろうとした時に微動な地震が発生したのです。

特に大きな揺れという程ではありませんでした。

しかし、なぜか、嫌な予感を覚えたのです。

なぜだかはわかりません。

おそらく霊的なアンテナで事態をキャッチしていたのかも知れません。

思えば、3月11日のブログ記事においても、譬え話ではありますが、地震について言及していたのです。

やはりどこかでキャッチしていたのでしょう。

私は、すぐに建物内から退去したほうがよいという感覚に襲われました。

本棚の傍から離れて、通路を移動している途中に段々と揺れが大きくなったのです。

必死で階段のある小さなスペースまで移動して、階段の手すりにつかまりました。

その瞬間、尋常じゃない揺れに襲われたのです。

本棚から本はぶちまけられて、今にも建物が崩壊するのではないかと思われる揺れです。

おそらく、そこにいた人達は、「死ぬかもしれない」「助けて!」とそう思ったと思います。

私も巨大な振動が襲ってきた時には、本当に一瞬、「ここまでか!」と最後の瞬間が脳裏に浮かびました。

しかし、ここからが大事です。

私は、必死で祈りを始めました。

地震災害を最小限度にとどめるための祈りです。

具体的には、災業を最小化するための秘義的なお祈りです。

もちろん、この祈りは単なる助命を願う祈りではありません。

地震災害を最小化して、一人でも多くの方が今、この地震によって怪我をしたり、命の危機に瀕することがないようにという愛と慈悲の祈りでなければ意味がないのです。

災害に襲われれば、人は、どうしても恐怖から自分の助命ばかりを願ってしまいがちです。

これは仕方のないことではあると思います。

誰でも、災害に見舞われたら、我を失ってしまうことが多いからです。

しかし、霊的な観点からいうと、諸天善神の加護を結集させるためには一つの法則があります。

それは、愛と慈悲の心、そして、多くの人を救うためという大志がある人を中心に神霊は集まるという傾向があるのです。

今回のような大災害が発生すると神霊達も多いに動いて、多くの人を守ろうとします。

でも、神霊の守護にも限界はあります。

全ての人を救いたいという気持ちが神霊にはありますが、どうしても手が届かないこともあるのです。

そうなった場合、神霊達は、愛と慈悲、真心が極まった大きな意志を持った人を通してさらなる力を発揮されようとするのです。

これを神人一体の境、あるいは神人合一といいます。

神人合一が起こるととても、強い力が発生されます。

私は一時、ダメかと思われるような地震の揺れにも関わらず、無事に虎口を逃れることができました。

私だけでなく、その建物にいた方々は皆、無事に脱出することができなたのです。

ですから、地震災害のような大きな災害の時には、特に、愛と慈悲の祈りが大事になってきます。

もし、この記事を読んでいる方が、今後、災害に遭遇するようなことがあれば、次の祈りを覚えておいてください。


「諸天善神(しょてんぜんじん)の大神達。何卒、この災業によりて被害にあわれる方がありませぬように、結集したまいて、必ずや皆皆様をお救いください。お救い頂きありがとうございます。」


この祈りを繰り返しつぶやきながら祈ってください。

皆を救い給えという愛と慈悲と真心の念が神霊達を結集させて力を発揮し始めます。

必ず覚えておいてください。

また、祈りは、必ずしも災害が起こってからするものではありません。

前回記事、「転ばぬ先の杖」のところでもお話したように、事前に災害が発生する前にそれを消し去るお祈りをしてほしいと思います。

今、お祈りのしてほしいことは、以下のことです。

・要救助者の発見が素早く行われて、いち早く救出されること
・救助に当たる救急隊の人が安全に救出作業ができますこと
・行方不明の方の安否が早く確認されて、家族が出会えますこと
・物資が不足している被災地に素早く、物資が運ばれますこと
・原発の爆発がこれ以上発生せずに、被爆が起こったり被害にあう方がありませんようにということ
・原発の処理をしている方々が無事に安全に作業を進められますこと
・電力供給の問題によって、混乱が生じないようにということ
・地震の余震が沈静化していくことで、これ以上の地震災害が起こらないこと
・甚大な被害にあわれた街の復興により、街の人々に笑顔が戻ること


他にも付け足してもかまいません。

どうか、この記事を読まれている方、祈りの方を宜しくお願い致します。

私も連日祈っています。

一人でも多くの神人合一した人の祈りが集まれば、きっとこれ以上の災害の被害は広がっていかなくなるはずです。

もちろん、現実的にできる支援をしながら行うのもいいと思います。

祈りは誰でもできるはず。

是非お願いしたいと思います。




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転ばぬ先の杖

今日も澄んだ空気で清々しい一日になりそうですが、私は今、少し重たい波動を受けています。

昨日、新たな試みとして遠隔浄霊の取次が開始したことに関係があります。

霊視・霊感鑑定と異なり、思いっきり深いところまで意識を向けなければならないため、ご相談者の背後の霊界の影響を強く受けるのです。

今は、浄霊の前段階の審神(さにわ)に入っているところで、概ね、霊障の種類は割り出せたものの、最期の決め手となる部分の判別のために最終調整を行っています。

かなり、今の段階でも浄化はされてきていると思うのですが、まだ表面的な部分になります。

このように浄霊は、あまりにも時間と手間がかかり過ぎて、現実的にも霊的にも負担が大きいので、避けていたわけなんですが、何事もチャレンジをして道を開いてゆかないと前に進めません。

鑑定で前向きになることを進めている私が、後ろ向きになっていてははじまらないのです。

そういう意味でも今回は無茶を承知で無償による遠隔浄霊の申込募集を行ったというわけです。

もう既に締切をしてしまいましたが、先ほど、お祈りをしながら審神をある程度終えて、最終調整に入っています。

今回は限定1名とさせて頂いていたわけですが、やはり今時点では1名が限界ですね。

本格的な浄霊に入る前にご相談者の方にはメールにて確認している事項がありますので、それを確認できてから最終的な浄霊の取次に入ることになります。

さて、少し、余談が長くなりましたが、今回のテーマについてお話していきたいと思います。

転ばぬ先の杖ということわざがありますが、これは、何事も災いが発生する前に対策をとることが大事であるということを意味しています。

もちろん、人生には対策が取りようもない災いや事態もあるかと思いますが、それでも、人生に起こりう8割くらいの出来事は発生する前に兆しがあるものです。

それは、大地震の前には気候の異常な変化があったり、余震が続いたり、動物が逃げ出したりという現象が起こったりしますね。

このように災いが起こる前には予兆がある場合もあります。

どんな災いもトラブルも最初の段階は小さな芽であり、取るに足らないと思えるようなことが多いのです。

タバコも一本二本吸ったところで、何か健康に具体的な害があるわけではないかも知れません。

しかし、その最初の一本二本が原因で、ヘビースモーカーになり、遂には健康を害してしまうケースもあるでしょう。

もし、最初の一本二本を吸わずにいたら、後でタバコがやめられないというようなことにはならなかったはずです。

ニコチン中毒になってから禁煙をするのは非常に苦痛を伴いますし、やめられるかどうかも難しいところで挫折しやすくもなってしまいます。

でも、最初から吸わないという選択は、以外と簡単にできるはずです。

あくまでこれは譬え話に過ぎませんが、霊障というものも、実は同じことがいえます。

普段から清々しい心根を保つ、想念を浄化する努力をしていれば、あまり霊障に苦しめられることはないのです。

現実にトラブルや不幸、不運が顕現化するほどに想念の毒を放置していたからこそ、霊障が顕現化することになってしまったわけです。

浄霊は不幸、不運の基となっている霊障を取り除くことを指しますが、顕現化してしまったものが、現実的に終息していくには時間がかかります。

必ずしも霊障を取り除けば、全て即座に解決するとはかぎらないのです。

以前の記事にも書きましたが、現実への顕現化には厳密なプロセスが存在しています。

そのプロセスを無視して、全てが即座に解決するわけではないのです。

だから、浄霊を受けて一番大切なことは、影響を与えていた霊障がなくなり、想念の自助浄化を妨げていた存在が消えているうちに、自らも心を入れ替える努力をすることが重要なわけです。

そうしないと、また再び、霊障の巣窟になってしまうことになり、元の黙阿弥に戻ってしまうことになります。

それは、折角、大掃除をしてきれいにした部屋でも、本人が整理整頓を心がけずに今まで通りの乱雑な生活を送ってしまえば、部屋はまた汚れて乱れてしまうのと同じです。

心がけを変えなければ、浄霊を行っても一時的なことであり意味がなくなってしまいます。

何はなくとも、まずは日々、大きなトラブルがない時こそ、自分の心根を浄化して、霊界を正常化していくことに努めるべきなのです。

転ばぬ先の杖。

それは、日常生活の中で麗しい心、言葉、行いをし続ける誠の実践にこそあります。

それを心がけるならば、困難苦難に遭遇することも少なくなってくるはずです。



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【申込締切】第一回遠隔浄霊を締切ります

こんにちは!

天心です。

無償の遠隔浄霊のお申し込みについて、締切をさせて頂きます。

お申し込み頂いた方、ありがとうございした。

抽選にて当選した方には、メールにてお知らせいたします。

次回の募集は、まだ未定です。

ブログ記事にて募集は行う予定ですので、希望の方はお見逃しのなきよう要ブログチェックです。

今回は、ご応募ありがとうございました。

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【人数限定(第一回)】遠隔浄霊のご案内

こんにちは!

天心です。

いつもブログを読んでくださいましてありがとうございます。

今回は、お知らせがございます。

この度、人数限定ではありますが、遠隔浄霊を実施してみたいと思います。

本来は、自助努力による浄化が基本ではありますが、当方からも浄化力を強化すべく、援護射撃をしていくようなイメージとなります。

具体的には、お申し込み頂いた方の背後の霊界にアクセスして、その人の問題となっている箇所に影響を与えている霊障を少し取り除くという方法で浄霊を行っていきます。

とても負担がかかる方法なので、基本、無償では行っていなかったものなのですが、今回は、人数を限定しての無償による浄霊を試みます。

なぜ、今回そのような試みを行うかと申しますと、霊視・霊感鑑定の御依頼で解決が難しいケースが出てきています。

霊視・霊感鑑定においても、微量に霊障を祓うことができるのですが、やはり限界があります。

しっかりと意識を切り替えて、集中する方法でないと難しいのが現実です。

なので、全ての人に必要かどうかは疑問ではありますので、まずは人数限定で行いたいと考えています。

人数を限定しないと私が倒れてしまう可能性があるので、そのあたりのことはご理解頂ければと思います。

また、遠隔にて浄霊なんてできるの?という疑問もあるかと思います。

確かにマンツーマンでの取次の方がやりやすい部分は多々ありますし、理想ではあります。

しかし、基本的には、背後の霊界は、現実的な物理的空間を超えた存在です。

本来は、あまり物理的接触に意味はないのです。

ただ、受けられる方や取次を行うものが、意識を向けやすい、臨場感を感じやすいという点で異なる部分があるだけです。

もちろん、背後の霊界に接続しなければできないことなので、霊視・霊感鑑定よりも詳細な情報が必要になりますが、接続さえしてしまえば、物理的空間にあまり意味はないのです。

ということで、今回は初めての試みなので、今後、どうしてゆくかは決まっていませんが一つの機会ではあると思うので、ご希望の方は、お申し込みを検討してみてください。


***お申し込みのルールについて***

1.冷やかし、おふざけ、真剣さを感じないご依頼はご遠慮ください。
2.今回の限定人数の枠は【1名】とさせていただきます。申込が殺到した場合は抽選になります。
3.お申し込み資格は、過去に私の霊視・霊感鑑定を受けたことがある方が対象となります。
4.浄霊で全ての問題が解決するわけではありません。自助努力を忘れないこと。
5.真心を持って神仏に感謝する気持ちがあること。
6.何か改善を保障をするものではありません。あくまで許された範囲での浄霊作用となります。



***お申し込み方法について***

以下の項目を記載の上、メールにてお申し込みください。

申込アドレス:tensin.session●gmail.com ※●はスパム対策です。@に変えてご使用ください。

件名:「無償遠隔浄霊の申込」と記載してください

本文:

1)お名前(実名)を記載してください
2)性別(男性 or 女性
3)年齢
4)生年月日
5)お住まいの都道府県
6)家族構成(両親の存命の有無、配偶者、子供
7)宗教有無(なし or 所属しているところ
8)仏壇・位牌(なし or 宗派が分かれば書いてください
9)ご寄付(基本無償なので通常は「なし」で結構ですが、希望する方は「あり」記載してください。ご寄付の方法についてお伝えいたします)
10)写真(添付ファイルで送れるならば送ってください。必須ではありません
11)気になっていること(何か特別気になることがあれば記載してください。


以上のことを記載した上で、お申し込み頂ければと思います。

後、基本的な注意事項などは、霊視・霊感鑑定の時と同様です。

限定人数を超えた場合は、抽選となります。

抽選に当たった方のみメールを返信させて頂きます。

締めきりを行う際には、もう一度、お知らせ記事にて、お知らせします。

以上になります。




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ジャンル : 心と身体

一念と霊界

こんにちは!

天心です。

最近は少しバタバタしていて、なかなかブログ更新もスムーズにできていない感もありました。

ようやく、落ち着いてきたのでこうして、ブログの執筆に手をつけることができています。

霊視・霊感鑑定の方もまだ、ご返信できていない方が多くいらっしゃいますが、少しずつ鑑定を行い、返事を送りますので、しばしお待ち頂ければと思います。

さて、今回のお話のテーマは「一念と霊界」ということについてお話させて頂きたいと思います。

私は度々、霊界についてブログでお話させて頂いています。

霊界の実相については、新説・霊界ストーリーなどで見聞したことを物語風に展開させて頂いています。

それ以外の記事においても人はそれぞれに背後に霊界を抱えているということをお伝えしたりしています。

霊界の本質は、人の心の状態が霊界の形を決めているということ、そして、霊界は同質の心根を持つ人達同士で運営されているということをお話させて頂いております。

また、霊界は決して死後の世界という位置づけだけでなく、今生の現世においても強く影響を与えている存在であるということもお話させて頂いています。

自分自身の心根が霊界を作り、その霊界の影響を受けるために人生に様々なことが発生してくるというわけです。

特に霊界の層(霊層)が下部霊界に位置している場合には、暗い性格やネガティブな方向に思考が向きやすくなったりします。

ネガティブな性格は、ネガティブな事柄を現実に引き起こしたりするのです。(顕現化)

最近よく耳にする引き寄せの法則は、思考を調えていけば、自分が理想としている状態を現実に引き寄せることができるという内容だそうです。

これは法則としては正しいと思います。

ただ、引き寄せの法則の書籍などを拝見すると、ともかく理想の状態を心に描いたり、そのような気持を維持していくことだけが重点的に説かれているキライがあるように思えます。

おそらく、素直に引き寄せの法則を実践できて、願望を成就したりされている方もおられるでしょうけれど、一方で、引き寄せの法則で解かれている心に理想を描いたり、心の波長を調整したりすることが全くできない、実行できないと感じてしまう方もいらっしゃると思うのです。

これは、引き寄せの法則において、明らかに欠落しているポイントではないかと思います。

「【引き寄せの法則】がうまく使えません。どうしたらいいですか?」

という問いに対して、「その心根が不調和を生みだしています。心の波長を整えましょう」

といった、わかったようでわからない禅問答のようなやり取りが描かれている引き寄せの法則の本を目にしたことがあります。

おそらく、これでは、引き寄せの法則があるということは理解できても、元々、下部霊界を背後に背負っている人には法則を活用できないという事態になってしまいます。

その心を調和することすらできなくさせているのが下部霊界の波動なのです。

この下部霊界の波動を受けながらいくら引き寄せの法則を実践しようとしても、なかなか難しいというのが現実ではないかと思います。

だからこそ、まず、自分自身の背後の霊界を少しずつでも変えてゆく努力をすることが先であったりするわけです。

これから、その背後の霊界を変えてゆくポイントをお話したいと思います。

それは、一念を完全に制御するという方法であります。

心というものは基本的に普段から発せられている念をベースに性質が決定されています。

毎日毎日、継続的に発している一念が積み重なって心の性質を作り、それが性格となり、ついには背後の霊界の性質や霊層を決めています。

つまり、どんなに大きく広い霊界もその構成要素を一つ一つばらしてゆくと、ひとつの念というものに行きつきます。

物質の構成要素をばらしてゆくと、細胞があり、核があり、遂には素粒子という単位にまで要素分解していくことができるように、霊界も要素分解をすると行きつくところは念という単位になるわけです。

背後の霊界を変えてゆくためには、この念を変えてゆく必要があります。

どうするればよいかというと、念には得てして言霊がセットでついてくることが多いので、この言霊を制御していくことで念を制御していく方法があります。

普段、何かを考える時には、大抵、言葉によって考えをまとめています。

「今日は楽しかった!」とか「ああ気分がいいな」なんていう言葉で自分の心の状態を心の中で表現し、それが念となって心を構成しています。

「疲れた」「もう嫌だ」「これから自分は大丈夫なんだろうか・・?」

このうような言葉もしっかりと念を作り出しています。

だからこそ、このような言葉を制御してゆくことで念を制御していくわけです。

例えば、「疲れた」という言葉が浮かんできそうになったなら、「今日も頑張った!」とか「充実した日になったな。今日は明日に備えてゆっくりやすもう」などという前向きなポジティブワードに変えてゆくようにします。

そうすることで、念は確実に変化していきます。

もちろん、念はあくまで心の構成要素の最小単位に過ぎません。

念を一回や二回制御したところで、心根が急に変わったり、劇的な変化は認められないかも知れません。

しかし、これらの念を一つ一つ、変えてゆく努力を1日、3日、一周間、一カ月、3カ月、半年、一年、三年という具合に続けてゆくと、ある時、心に変化を感じてくるはずです。

今までの自分とは違った発想や考えが浮かんでくることもあるでしょう。

そうして心根が変わってくると今度は背後の霊界も段々と霊層が上がってくるのです。

霊界の霊層が上がると今度は、霊界からのフィードバックも素晴らしい感覚や感情を与えてくれるような内容に変わってきます。

そうすると、顕現化の働きにより、現実にも素晴らしい事柄が現れてくるということになるわけです。

言葉を制御⇒一念を制御⇒心に変化⇒霊界に変化⇒霊界のフィードバックが変化⇒顕現化

このプロセスは誰でも共通のものであったりします。

このプロセスを無視して、何か一足飛びに物事を変えてゆこうとしたり、問題の解決を焦って画策しても徒労に終わることが多いのです。

今まで、自己啓発やスピリチュアルな本を読み実践しても何も変わらなかったという方は上記のプロセスをもう一度見直してみてください。

どこかに欠落する点があったはずです。

これらのプロセスを元に一念を制御してゆくことができるならば、必ず、良い方向み自分を導くことができるはずです。

一度、確認してみてはいかがかと思います。




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江ノ島神社について

こんにちは!

天心です。

役2日ぶり?の更新になりました。

私は、時折、江ノ島神社に詣でさせて頂くことがあります。

江ノ島神社は、江ノ島電鉄の江ノ島駅、または小田急線の片瀬江ノ島駅から役15分ほどのところに鎮座しています。

境内は島の中腹から頂のところにあります。

三つの社に分かれていて、辺津宮(へつみや)、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)と三種類です。

それぞれに女神様がご祭神として祀られています。

辺津宮は田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)、中津宮は市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)、奥津宮は多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)の女神様です。

三柱の神様が祭られているわけなのですが、霊界において仏様の姿となってお働き頂く時には、弁財天の姿となって霊力を発揮されます。

弁財天様は七福神の一柱としても有名ですね。

江ノ島には弁天窟と呼ばれる洞窟があり、そこは霊妙な空間が広がる異空間となっています。

その昔、弘法大師空海勧請という手法で弁天様をお招きして鎮まって頂いたという歴史があります。

もちろん、江ノ島という島そのものにも、特別の意味がある場所ではありますが、弘法大師が勧請して鎮めて頂いたからこそ、今なお霊力を発現する神域にもなっているわけです。

さて、弁財天様には、お働きがいくつかあります。

功徳や神徳と言い換えてもいいかもしれません。

ここからは、私の審神によるものなので、神社の来歴や説明とは異なる部分もあるかも知れません。

あくまで一つの説としてお聴き頂ければと思います。

まず、求道の士を助けるという働きです。

求道の士というのは、道を究めようと努力している人を指します。

例えば、昔だったならば仏道や修験道、あるいは武道でも何か道を志した人達を助けるということです。

現代であるならば、習い事をしたり、あるいは志があってそれを広めてゆこうとか、何かを得とくしようと努力する人は全て求道の士といえるでしょう。

弁財天様は、まず求道の士をサポートする働きがあるようです。

特に財政面において、求道を続けたり、広めたりする場合には、経済的な力が必要になります。

弘法大師も一私度僧という、ほとんど何のバックアップもない立場であるところから仏道を探求して、最期は真言宗という一大宗派を日本に確立することができました。

これも弁財天様のバックアップがあればこそ、できたことではないかと思われます。

弘法大師は、おそらく衆生を救うためには真言の法を広めなければならないという思いとしかし、それを広めてゆくためにはどうしても様々な財政的に厳しい面にも遭遇して葛藤もあったのではないでしょうか。

そんな衆生を導きたいという思いに感応した弁財天様がお力を表したことは間違いないでしょう。

さて、弁財天様は財政的なバックアップをしてくれるだけのお働きではありません。

弁舌の才も与えてくれる働きがあるようです。

これは、例えば人との交渉において、プレゼンテーションをしたり、相手を気持ちよく納得させてしまうような言霊をつぐむことができるようになるということです。

単純に相手を打ち負かすだけの弁術ではなく、あくまで愛嬌と優しさで、相手を引き込むトークを指します。

弁財天様には二つの姿があります。

一つは妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)、もうひとつは八臂弁財天(はっぴべんざいてん)です。

同じ弁財天様ではありますが、姿が違います。

姿が違うということは何を意味しているのかというと、働きが異なることを意味しているのです。

例えば、山田さんという方がいらっしゃったとします。

山田さんには家族がいて娘さんが一人います。

同時に山田さんの職業は医者であったとしましょう。

普段着で家にいて娘さんと遊んでいる時には「お父さん」という役割をしますよね。

優しくて娘さんに愛をそそぐのが山田さんの「お父さん」としての働きです。

一方、白衣を着て、病院にいる時の山田さんは「医者」としての役割です。

医術を使い、患者を癒し治療する働きをすることでしょう。

同じ山田さんでも姿と状況が異なれば、働きが全くことなることがわかると思います。

同じように弁財天様も名前と姿が異なれば、働かれる役割と働きが異なるのです。

妙音弁財天と申し上げた場合には、裸身の姿で現れて、財運と愛嬌の徳を授けてくれます。

八臂弁財天と申し上げれば、八つの手を持ち武将のような姿で現れて、どこまでも交渉し食らいつく弁舌の才と求道の道を邪魔するものを知りぞける退魔の力を発揮します。

このように弁財天には様々なお力を発揮される側面があるのです。

神社を詣でる際にはこれらの功徳を知って、詣でることでより深い感応と祈りをささげることができるというわけです。

まだまだ、江ノ島神社には様々な秘密があります。

少しずつお話してゆければと思います。

今回はこの程度にしておきます。




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神田明神にて参拝

こんにちは!


天心です。

先日、東京のお茶の水駅から5分くらいのところに鎮座まします神田明神へ参詣させて頂きました。

神田明神様は、私が日頃、霊視・霊感鑑定などでも非常に助けて頂いている神様であります。

江戸総鎮守と呼ばれるほど、歴史もあり、力強い存在です。

ご祭神は、大巳貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、平将門公(たいらのまさかどこう)です。

最後の一柱は、歴史上でも有名な武将ですね。

大巳貴命は、仏界においては、大黒天の姿となり世事万端全てを調えてくれる神様であります。

ちなみに少彦名命は、仏界においては戎天(えびすてん)ですね。

戎天様は、いつもおめでたい象徴である鯛(たい)をカゴに入れています。

釣り竿も持っていますね。

そしていつもニコニコ戎顔です。

これは、どんなに苦しくても愛嬌と笑顔を忘れずに忍耐で物事に向かえば、めでたい魚である鯛を釣ることができますよと教えてくれています。

鯛は魚釣りをされる方はおわかりだと思いますが、警戒心が強く釣り上げるのは、なかなか難しい魚であります。

釣り上げるには根気と忍耐を要求されるのです。

これは、大きな喜びや成功を手にするためには、忍耐や根気が必要であることを戎天様は諭していらっしゃるわけです。

また、忍耐や根気が大事だといっても、しかめっつらをしていたら、めでたいことも逃げてしまいます。

常に笑顔と愛嬌を忘れてはならないことも同時に教えてくれているわけです。

神様の姿というものは、得てして何かを教えていることが多く、探求してみると面白いかも知れませんね。

さて、先日、神田明神にお参りに行ったのは、単なる参拝ではありません。

このところ、多くの方から真心のこもったご寄付のお申し出を受けたため、そのご報告と、ご寄付の中から玉串をするためにこの神域へ足を運んだわけなのです。

「お願い」という記事にて、真心の大切さについて発信させて頂いてからは、私に向かってくる重い波動は少しだけ減少してきたように感じます。

参拝に向かう道すがら、見えてきたヴィジョンは、皆さまが各々、思うところがあったようで、深い感謝の祈りをささげる人の姿、何か友人にしてあげようと考えている姿、神社へ参拝する姿などが見えてきました。

まだ、全般的には、大きくは変化していないようではありますが、少しずつ、真心を持つことの大切さが浸透しつつあるのを感じました。

また、私のこの活動に対するご寄付に関しても大変、暖かく、真心を感じるお申し出が相次ぎました。

この場を借りてお礼をお申し上げたと思います。

誠にありがとうございました。

今回の神田明神参拝は、その暖かな真心を受けて、その感謝の思いを神様に捧ぐべく詣で来たわけです。

しっかりと、ご寄付を頂いた方には、神田明神様のご神徳が行きわたりますようにとお祈りをさせて頂いた次第です。

また、お玉串としては、献灯(けんとう)をさせて頂くことに致しました。

献灯とは、神田明神様のおひざ元である神域を提灯の光で照らすためのご寄付をすることです。

ご寄付をすることで提灯が足されて、神域の明るさが増すというわけです。

皆さまの真心の気持ちがどこまでも神様のおひざ元を煌々と照らし続けることで、大いに皆さまに功徳が行きわたりますことを祈念しての献灯とさせていただきました。

さて、真心からのご寄付は、大変ありがたいものであり、神様も非常に喜んでおられたご様子でした。

しかし、ひとつだけ、ご忠告といいますか、お諭しを頂きましたので、ここでお知らせしたいと思います。

それは、ご寄付をする際の真心の向け方についてです。

神様がおっしゃられていたのは、今回のご寄付はとても真心を感じるけれど、多くの人は、霊視・霊感鑑定の対価として考えている部分が多いということです。

つまり、何らかのサービスを受けた対価という意識が少し強いということでした。

また、真心の向け先も本来は守護霊や神仏に9割、取次者に1割くらいが妥当であるのに対し、今回は9割が私、天心に対するお礼という気持ちが強いそうです。

これは、私としては感謝以外の気持ちや言葉はありませんが、神様の視点からすると少し考え方がずれているということです。

本来は、霊視・霊感鑑定を受けることができた、あるいは出会えたことに対する守護霊や神仏への感謝がメインであるべきだそうです。

なぜならば、実際には多くの霊界からの神霊達の支援があってはじめて霊視・霊感鑑定が行われているからです。

私は、その取次に過ぎないからです。

また、私に対するお礼や感謝という気持ちが強すぎると、どうしても単なるサービス業の対価というビジネスライクな気持ちが強くなってしまい、いつの間にか真心という一番重要な気持が薄れて、単なる代金支払いという感覚になってしまうというわけです。

ということで、ご寄付をして頂ける場合は、どうか、まずは何はなくとも守護霊と神仏に対する感謝の念を強めるように心がけてみて欲しいと思います。

そうすると、真心からされたご寄付は、より一層の光り輝く正のエネルギーとなり、された方の背後の霊界を清め幸運の波動を放ち始めます。

同じ、ご寄付をするにしても、そのような気持ですると全く得られるフィードバックの度合いが違ってきます。

これが、神田明神で受け取った神様からのメッセージのあらましです。

少し物言いがついた感じはありますが、私としては、皆さまには感謝以外の言葉はありません。

最後に不思議な発見があったので、それをお伝えしたいと思います。

開運のスピードについてです。

通常、霊視・霊感鑑定を受けられる方は、一度や二度の鑑定で完全に悩みがなくなるケースは少なく、何度かのリピートを頂くことが多いです。

何度も様々な視点からアドバイスをさせて頂いたりしながら、少しずつ裏では霊的な祓いを行い、表では相談に乗っているわけです。

しかし、中々、前に進めない方と以外とすんなり解決して前に進み始める人と違いがあることに気づきました。

スピーディに解決している人は、まず自分にきちんと向き合うことができる、行動力がある、そして真心があるという特徴があります。

なかなか解決へ向けられない人は、なかなか自分に向き合うことができずらい、なかなか行動に移せない、どうしても悩みに心をとらわれ過ぎてしまう。

このような特徴があるように思えます。

もちろん、それぞれの事情はあるのでしょうが、多くの方を鑑定してきた結果からいえる一つの傾向であります。

アドバイスをしても、きちんとそれを咀嚼して自分なりに行動指針として実行しようと心がける人と、全てお任せで自分で向き合わない人では、守護霊の支援も変わってきます。

以前、こんなことがありました。

まだ、ブログを初めて間もない頃ですが、ある方からご寄付のお申し出を受けたのです。

大変、感謝して受けさせて頂いたわけですが、その数日後、再び、その方からお便りを頂きました。

なんとご相談頂いていた問題が、あっという間に解決してしまったというのです。

これには、私も驚きました。

大抵、そんなに早く問題は解決したりしないものです。

じっくりとゆっくりと問題に取り組み対処しながら、解決へと向かうのが通常の在り方であるからです。

そんなことは今までなかったことなので、驚いたわけなんですが、よくよく審神してみると守護霊が積極的に動いてくれていたことがわかりました。

今までくすぶっていたのは、全て何か外部や他人のせいにして、自分と向き合わなかったから守護霊も動かなかったのです。

しかし、真心からのご寄付が背後の霊界の曇りが少しとれたために、守護霊も積極的に動くことができるようになったというわけです。

私が、ブログ記事で真心を度々、強調してお話するのには、このようなエピソードがあったからなのです。

折角、霊視・霊感鑑定を受けてもらっても現状、何も変わらず、進歩もなければ意味がありませんからね。

今回は何かヒントになればと思い、このエピソードを紹介させて頂きました。

皆さまの人生がこれからも日々、楽しく過ごせますことを願っています。



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守護霊と祈り

私たちの人生を歩む上で、守護霊の存在はとても大切です。

なぜなら、見えない世界で人生を背後からアテンドしてナビゲートしてくれる存在が守護霊であるからです。

通常、日常生活を過ごす中では、様々な雑事に忙殺されて、霊界のことなど忘れてしまっていることの方が多いのではないでしょうか。

というより、霊界の存在すらも知らず意識しないほうが多いのかも知れませんね。

人間というのは、ある意味、非常に繊細な生き物です。

特に魂の部分はデリケートで、非常に影響を受けやすく傷つきやすい性質を持っています。

それゆえに魂が穢れてくると、現実世界においても正しい選択ができなくなったり、知らず知らずのうちに袋小路に迷いこむような行動をとってしまったりするのです。

表面的には、なぜそのような結果を招いてしまったのかわからなくても、霊界を覗いてみると得心がいくケースがあります。

なんでも合理的に考えて、リーズナブルな行動をとっているように見えても、知らず知らずのうちに魂の歪みが、おかしな方向へゆくような選択をしてしまっていることが多々あるのです。

例えば、どう考えても好きになったら不幸になるような異性を好きになってしまうような場合があります。

浮気性で、暴力をふるったり、あきらかに自分とは相性が合わないのになぜか惹かれてしまう。

このようなケースに思い当たるフシはないでしょうか。

そういう場合は、魂の歪みが、本来、あるべき道と違う道を選択するように仕向けられてしまっていることがあるのです。

魂の歪みは霊障も呼び込む温床となります。

歪んだ魂の隙間に霊障が入り込んでさらに、不正な方向に導いてゆこうとするわけです。

このようなことを書くと恐ろしいと思うかもしれませんね。

でも、安心してください。

こういう見えない脅威から守護してくれている存在がいます。

いわずもがな守護霊ですね。

私たちが通常、意識しない世界での脅威から魂を守ってくれているのが守護霊様の役目の一つです。

「な~んだ、では安心だね!」

なんて、油断してはいけません。

そう単純ではないのが霊界の複雑な事情なのです。

守護霊様はいつもその人をバックアップして守護してくれてはいますが、守護霊が手にあまるほどの霊障や魂の歪みにはいくら守護霊といえども、どうにもならないこともあるのです。

あまりにも魂の歪みがひどく、霊障が凄まじい場合は、守護霊が手いっぱいになる場合もあるわけです。

そうなってしまった場合には、お祓いをしたり、浄霊をする必要が出てきます。

でも、いつでもどこでも、お祓いや浄霊を受けられるわけではないのが現実でしょう。

信頼のおける霊能者などが傍にいればよいのですが、そうでない場合も多いことでしょう。

そこで、今回は、自分の守護霊様といつも一緒にいるための方法についてお話したいと思います。

実は守護霊には一つの約束事があります。

それは、守護している本人が真剣に人生に向き合わない場合には守護することができないというものがあります。

つまり、守護霊様にまかせっきりで、依存してみても、助けることはできないとうことなのです。

よく困った時の神頼みという言葉がありますが、困った時だけ守護霊に頼んでみても、普段からの努力や魂の歪みを正したり、定期的に禊祓いをして清々しい心根を保つような努力をしていなければ、守護はできないのです。

なので、守護霊様に強く守護してもらいたいと思うならば、常に日々、努力と誓願を行うことが大事になります。

努力とは先ほども言ったように魂の歪みをとったり、清々しい心を保つ工夫のことです。

そして、誓願というのは、何かというと常に誓いを立てるという意味になります。

どんな誓いを立てるかというと、なんでもいいのですが、できれば自分以外の人の役にも立てるような人になるための目標を立てて、そこに向かって日々、努力することを誓うのです。

そもそも、魂が歪む原因の最たるものは、エゴから来る自分への執着なのです。

誰でも自分はかわいいし、自分のことには関心が強いものです。

でも、自分のことばかりに意識を集中しているといつ間にか人の持つ暗黒面であるエゴの影響で、知らぬ間に歪んだ魂になっていることがあります。

そして、その歪んだ魂が気がつくと霊障を呼び込んでいたりします。

さらには、その影響から現実への不幸へとつながったりすることもあるわけです。

このような悪循環を断ち切るために、常に日頃から守護霊への祈りを実践されることをお勧めします。

祈りの内容は先ほど言ったように誓願です。

常に誓いを立て続けると守護霊は活発に守護をしてくれるようになります。

そうなることで、魂が歪む隙が段々と減少してくるのです。

魂の歪みが少しずつでも正されてくれば、徐々にでも霊障も魂の本来の輝きによりはねのけられてきます。

霊障が去ってゆけば、背後の霊界も変わってくるために性格も明るく改善されてりもするのです。

そして、いつの日か現実にもその良き影響は及び始めて、幸せが訪れてくることになるでしょう。



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成田山新勝寺にての参拝

こんにちは!

天心です。

東京に関しては、今日は少し、曇り空ではありますが、昨日に比べるとまた気温も上がり暖かくなっているようですね。

暖かな太陽の光が恋しくもありますが、たとえ、曇り空であろうとも、太陽はその向こう側で燦々と輝き続けています。

これと同じように人間の魂も、どんな穢れに覆われようとも、その奥では煌々と輝き続けているのです。

それを信じればこそ、人は穢れを怖れずに自らを輝かせるための努力が不可欠であるわけです。

どんな人にも魂があり、その魂は神様から頂いた分魂(わけみたま)であります。

人は神の子といいますが、本当に魂を分け合った存在であるのです。

だから、どんな人もそのことを忘れて欲しくはないと思います。

自分を卑下したり、必要以上に自信をなくしてしまうことは、魂の力を弱めてしまい、穢れの雲に覆われる原因ともなります。

常に明るく前向きに魂を輝かせて参りたいものです。

さて、今回の神社参拝カテゴリのテーマは、先日、参拝させて頂いた成田山新勝寺について、少しレポートさせて頂こうかと思います。

成田山新勝寺は、京成成田駅、またはJR成田駅から徒歩10分程度のところにあります。

電車を乗り継ぎ、片道、約2時間程度をかけて、参拝に行ってまいりました。

思えば、私ほど、不動明王様にお世話になっている人はいないかも知れません。(笑)

私が時に応じて、霊視・霊感鑑定のご相談者に霊法をご紹介することがあるのですが、圧倒的にお不動様系のものが多いのです。

なぜ、そうなるのかというとお悩みを抱えておられる方のほとんどのケースは、自分の魂の力が弱まってしまっている方が多いからなのです。

もちろん、意識的に気力を持ち直すだけでも、大分、元気を取り戻すことができますが、中には、それが困難である方もいらっしゃいます。

そういう場合は、不動尊の霊法をお伝えすることが多いのです。

まず、何はなくとも元気をなくすと問題を解決してゆこうという気力がなえてきます。

どこか受け身になり、行動も消極的になってくるのです。

得てして悩みが深くなると、問題自体はそんなに重いものでなくとも、受け取る本人の気力が弱くなるため、解決が長引く場合もあります。

そんな時は不動様にお願いして迷いの雲を祓い、問題の根っこを断ち切ってもらう必要があるわけです。

というわけで、多くのケースではこの根本の解決のために、お不動様にお力添えを頂くことが多くなるのは必然だったりします。

そこで、日頃の感謝の思いを込めて意義を但し、成田山新勝寺への参拝をさせて頂くことにしました。

ご本尊は大日大聖不動明王様です。

この仏様は、憤怒の形相(怒っている顔)をしています。

とても、怖い顔に見えますが、内心は優しい仏様であります。

なぜ、怖い顔をしているのかというと、何としてでも迷える衆生を救い、どんな手を使ってでも救おうとされる誓いを立てられている仏様であるからです。

例えば、人間でも必死になり、決意を固めて、不惜身命の気持ちで努力する人の顔はどこか怖い顔に見えたりしますよね。

あまり、ヘラヘラ笑いながら、本当に迷いの淵で絶叫し、助けを求めている人を救えるものではありません。

冬山で遭難している人を命がけで救おうとする救助隊の方の顔は、真剣で、必死で、どこか怖いような顔をしているはずです。

必死になればなるほど、真剣になればなるほど、人の顔つきは変わるものです。

不動明王様のお顔も単に怖がらせようとか、恫喝しようという意味ではなく、必死で衆生を救おうとされている時の真剣な表情を意味しているのではないかと思います。

また、どんな悩みや問題があろうとも、真剣に向き合えば解決しない問題はない、晴れない悩みもないということを不動明王様は教えてくれているのかも知れません。

成田山新勝寺の本殿にたどり着き、ご本尊を前にした時に、私はお腹の底から勇気が湧いてくるものを感じました。

ここで、日頃の感謝の祈りとともに様々な誓願を私自身させて頂きました。

どんなに苦しくとも皆さまの悩み苦しみを少しでも和らげて、幸せになるキッカケをつかんで頂こうという思い。

ともすると苦しさに負けてしまいそうになる気持ちを引き締めて、自分自身にも喝を入れて頑張ろうという誓いをさせて頂きました。

祈れば祈るほど、力が湧いてきます。

不動明王のご真言をお唱えしながら、少しでも多くの人の幸福の手助けができますようにと30分程度祈りを込めていました。

本当はもっと長くいたいところでしたが、参拝客も多く、あまり長いをすると邪魔になりそうなので、護摩木を書きお賽銭を添えて申し込むことで、真心を示し、退散することに致しました。

とても得るものが多い参拝となりました。

特に不動の信念は強化されたように感じます。

必ず真心で向かえば、それに必ずこたえてくれるのが、神仏や神霊の在り方です。

ご利益のみを求める心根による祈願だけでは、こうはいかないでしょう。

特に不動明王様は、心に強く働きかけてくる仏様です。

一番大事なメンタリティを鍛えてくれます。

少し、精神的に弱いなと感じる方は、一度、詣でてみてください。

きっと、あなたの心を強くしてくれる功徳を授けてくれることでしょう。



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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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