守護霊への祈り方

コメント欄にてご質問を頂きました。

本来は質疑応答募集時において回答するという方針ではありますが、ご質問頂いた内容が読者共通の回答となりえると判断したため、今回はイレギュラーではありますが、回答してみたいと思います。

質問内容としては、守護霊様へのお祈りの際に声に出してお祈りすべきか、それとも無言で心で語りかければよいかという趣旨の内容でありました。

もしかしたら、以前の記事で回答となるようなお話をしていたかも知れませんが、今回、改めてお祈りの方法について少しお話してみたいと思います。

守護霊に限らず神仏にお祈りする際も実際に祈りの言葉をどのように扱うかについては、三つのパターンがあります。

一つは、無言のうちに思念にて伝えるパターン。

二つ目は、言葉に出すけれど、つぶやくように、囁くように小声で祈り言葉を口にするパターン。

最後は、しっかりと言葉に出して奏上するパターンです。

このうち守護霊様に日々お祈りする際にはどのパターンが当てはまるかと言いますと二つ目のパターンです。

これは神仏に祈りをささげる際も基本は二つ目の言葉に出すけれど、つぶやくように囁くように祈り言葉を口にするが最もお祈りで多く使われる方法です。

このパターンは、まず、守護霊にしても神仏にしても、言霊の力が霊力に転嫁されるという法則があるからです。

ですから、一つ目の無言のうちに思念にて伝えるパターンよりもより、守護霊に伝わりやすくなるのです。

無言で語りかけても、守護霊に伝わらないことはないのですが、問題点として、無言による語りかけは非常に雑念が湧きやすく、守護霊に向ける意識がぼやけやすいという難点があります。

なので、二つ目のつぶやき祈りが一番、内的な祈りをする場合には優れています。

もちろん、口に出さない方が良い秘伝の祈りというパターンもあるので、その場合は無言の祈りをする場合もあります。

ケースバイケースなので、あくまで基本は二つ目だということを覚えておくとよいでしょう。

三つ目のはっきりと祈り言葉を奏上するパターンについては、例えば、神主さんの祝詞奏上やお坊さんの読経をする時の祈りに該当しますね。

この三つ目のお祈りは、外に向かって霊力を転化してゆく時、私の場合ですと取次をして取次対象者に対して何らかの霊力転化を行う際には、このパターンになります。

しかし、三つめのパターンは、言霊をはっきりと口にしてお祈りするため、言霊という音声に囚われてしまう可能性の高い祈りなのです。

祈りとは本来は真心をきわめてその愛の念が霊波動となって神霊に届くメカニズムを言います。

形だけどんなに麗しく祝詞を奏上しても、どれだけ有難い経典を読みあげたとしても、そのメカニズムを無視して祈りは成り立ちません。

ここが非常に誤解されやすいポイントでもあります。

このことから、特別、取次などの方法で声を出して奏上する必要性のあるケース以外には、二つ目のつぶやき祈りが一番有効であり優れたお祈りの方法であると言えるでしょう。

言霊に出してもつぶやき、ささやき声だけだと言霊に囚われることは少なくなりますし、また、傍から観ても、やたらと大声で祈るよりもシンプルで清楚な感じに見えることでしょう(笑)

ですから、まずは二つ目のつぶやき、ささやき祈りが基本だということです。

ご質問者ならびに読者様の参考になれば幸いです。


天心 拝


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苦しみの乗り越え方

私達は現世を生きる中で、様々な感情を抱くことで、幸せを感じたり、不幸に感じたりしています。

概ね、私達は、幸せになりたいと感じているはずですよね。

感情としては、「嬉しい」「楽しい」「面白い」「愛おしい」等ナド色々あります。

一方で、私達ができれば味わいたくないと想っている感情は「苦しい」「辛い」「痛い」「怒り」「妬ましい」「哀しい」等があります。

できれば、幸せな感情だけを味わいたいと願うものですが、中々、それは現世に生きる上では難しかったりします。

幸せな感情の時は、問題ないのですが、不幸な感情に支配された時、問題が生じます。

得てしてこの不幸な感情は力が強く、人の心を下部霊界の方に引っ張ってゆくからです。

私達の人生での大きな課題は、この不幸な感情に対して、対処していくことにもあることでしょう。

私達の人生でさけえない苦しみの感情をどのようにして乗り越えてゆくのか。

このことについて今回はお話してみたいと思います。

大きく分けて、苦しみを乗り越える方法は三つあります。

一つは、苦しみを発生させている問題を解決するという方法です。

いわずもがな、皆、この方法を真っ先に試すことでしょう。

歯が痛いと思えば、歯医者に行って治療を受ければ、その苦痛から逃れることができるかもしれません。

あるいは、大切なお仕事の商談の前に交渉が纏められるかドキドキと不安で眠れないでいるなんて方もいるかもしれませんよね。

これだって、色々と準備して計画を立てて、商談に向かうことで、仕事を成し遂げることができ、結果的に笑顔で幸せな感情を迎えられるような結果になることができるかも知れません。

とても、当たり前のことですが、一番基本となるのは、不安や苦痛を一時的に感じてもその対処法をこうじるということが、苦しみからの解放に繋がる可能性は高いのです。

しかし、対策を講じたからと言って対象できる問題ばかりではありません。

例えば、結果の出てしまった問題に関しては、対処しようがない、手の施しようがないというケースも多々あります。

好きな人がいて悶々と苦しんでいる人が、この苦しみを解決する方法としては、最善を尽くして、その意中の人にアタックするというのが問題解決による苦しみを乗り越える方法になります。

しかし、どんな時でもうまくいくとは限りません。

告白してみたものの、失敗してしまい、振られてしまうことだってあることでしょう。

振られてしまっても諦めないという選択もありますが、現実的に考えて、難しいケースもあるでしょう。

例えば、意中の人は他の人と結婚してしまっている等があります。

そのような場合、問題の解決という方法では苦しみを乗り越えられないことも多くあります。

では、どうしたら良いのでしょうか。

二つ目の方法は、執着をなくすという方法です。

これは、別の言い方をすると苦しみを発生させている問題から距離をとり、霊線を薄める、切るということを意味します。

現世には必ずしも綺麗な形で決着をつけられない問題も多く存在します。

問題は解決されるためにあるなんていう言葉もありますが、そうはいっても、私達が完全に納得できる形の解決が訪れるとは限らないのが現実です。

そのような場合には、問題に意識を集中すること自体が苦しみを発生させているわけなので、そこから距離を取る以外に方法はないのです。

丁度、ツボの中にあるダイヤモンドを手を突っ込み取りだそうとして手を抜こうとすると手が抜けない。

このような状態を想定してみてください。

もちろん、ダイヤを取るためにツボをたたき割ろうとしたり、色々試しましたが、手が抜けません。

手を抜くためには、ダイヤを離すしかないのですが、ツボの中のダイヤはとても魅力的です。

どうしても欲しいので無理やり手を引き抜こうとするのですが、絶対に手は抜けないのです。

この状態をデッドロックといいます。

いわば死の施錠ですね。

どうやっても、苦しみから抜けられない無限ループにはまっている状態で、この状態を救うのは至難の業でもあります。

さて、執着を捨てて手を抜くことができれば、当面の苦しみからは解放されるわけなので、執着を捨てるかあるいは緩めることが肝要になるわけですが、でも、なかなかそれは難しかったりします。

そう簡単に執着が捨てられるくらいならば、初めから、苦労はしないものです。

私達は現世に生きてゆく限り、多かれ少なかれ執着を持って生きています。

これがないともう、浮世離れした、特殊な存在になる以外にはないでしょう。

社会生活はまともに送れなくなります。

ご飯を食べたい、生きたい、子孫を残したい、お仕事で成功したい、こららは一つの執着ではありますが、これがなければ発展向上も見込めなくなってしまいます。

出家して、すべてから自由になる解脱の道を歩み、山中にこもる一生を送るというのでもなければ、解脱という道は選択できません。

ですから、私は解脱したいとは思いません(笑)

あくまで社会に身をおくことで、発展向上しながら、霊界の真実を探求していく道を選びます。

もちろん、いろんな道の選択があってよいのですが、私は社会性のある道を選んでいこうと決めているということです。

さて、では、完全に執着を捨てる道は難しくとも、執着を緩める、少し離すというのでも、苦しみを緩和する方法としては有効であるかと思います。

最後に三番目の方法についてです。

これは問題を「昇華」するということです。

別の言い方をすると問題の見方捉え方、向き合い方を変えるということです。

例えば、仕事でへまをして上司にこっぴどく怒られたとします。

仕事で失敗しないために頑張ることが問題解決という苦しみの超え方とするならば、次の執着を捨てるという解決の方法は、これらの失敗に意識を向けずに次の仕事に向かってゆくということになります。

では、昇華するとはどういうことなのでしょうか。

自分が怒られたこと、仕事に失敗したことに対する解釈、評価を変えてみるということです。

怒られた直後は自分は本当にどうしょうもない人間だと思ってしまっているかも知れません。

ところが、もうひとつ上の視点で見てみると、実は、仕事の失敗といっても会社にそれほど損失も出ていないし、よくある失敗の一つに過ぎないということが見えてくるかも知れません。

それに、一見、失敗に見えても、考え方を変えるとチャンスになる場合もよくあることです。

上司も怒っていたかも知れませんが、本当に侮蔑していたわけではなく、立場上、喝を入れて発破をかけようとしていたのかも知れません。

そうなると、もしかしたら、本当は凄く期待されているからこそ、真剣に怒りをあらわにしているという解釈も成り立つことでしょう。

どうでもいい部下ならば、無視して諦めるかも知れません。

このように視点を変えて、より大きな視点や抽象性の高い(高次元な)考え方でものを観てゆくことが昇華という苦しみからの脱却方法になります。

以上が苦しみを乗り越える三つの方法になります。

いずれもわきまえておくべき方法でありますので、よく吟味して頂ければと思います。


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【守護霊問答】才能を伸ばす方法

久しぶりに【守護霊問答】を行ってみたいと思います。

今回のテーマとしては、「才能を伸ばす方法」についてお伺いしてみました。

誰しも自分にある才能を発見して、磨きをかけたい、その才能を使って成功を収めたいと思うものですよね。

自分にはどんな才能があるのかを知るために何をすべきなのか。

この点について【守護霊問答】を行ってみたいと思います。


天心:「今回は才能を伸ばす方法についてお伺いしたいのですが」

守護霊:「才能は伸ばすものではなく授かるものです」

※今回は、女性の守護霊様のようで、薄いベージュのギリシャ神話に出てきそうなベールをまとった方のようです。

天心:「授かるものというと?」

守護霊:「皆故なくして才能を授かる人はいません。ただ授かりし才は人生の中で活かされてきます」

天心:「う~ん、でも普通は才能というのは、自分の中に眠っていてそれを伸ばしてゆくイメージがありますが」

守護霊:「才能には二種類あるのです。一つは人才、一つは天才です」

天心:「人才と天才ですか?どのように違うのでしょうか」

守護霊:「人才とは人から観て優れていると認められるもの。天才とは神霊界よりみてすぐれているところをいうのです」

天心:「なるほど。つまり私がおたずねしているのは人才の方ですね。天才も気になりますが、まずは人才の伸ばし方というか授かり方?を教えて頂けないでしょうか」

守護霊:「人才はどこまでも対象を愛し抜くことで授かります」

天心:「対象を愛し抜く?」

守護霊:「肉体における才能は肉体において表現される対象を愛せること。話芸に優れた人才は、話すということ、話芸そのものとそれにより幸を得られる人への愛の絶対量で決まります」

天心:「つまり、才能として発揮される対象を好きになること、またその才能によって幸せになるであろう人に対しても愛を向けなさいということで宜しいでしょうか?」

守護霊:「概ね問題ありません」

天心:「では、天才とはどのようすれば授かることができるのでしょうか」

守護霊:「真心を持って、神霊界の加護を得ることで授かることができるのです」

天心:「ちょっと、わかりずらいのですが、具体的にはどのような才能なのでしょうか」

守護霊:「既存の観念を越えてゆく心、真実に気づく悟覚力、どこまでも純な心で向かう気質をいいます」

天心:「なるほど、少し、現世の人間のいう才能とは違うようですね」

守護霊:「人才を求める人は多いけれど、天才を求める人は少ないのです」

天心:「確かにどうしても才能というと即物的にメリットのある能力を求めますからね」

守護霊:「すべての人才のもとになっているのが天才なのです。本来は天才を求めるのが結果として現世における幸に繋がることになるのですよ」

天心:「なるほど。心しておきます」


以上が守護霊問答でのやり取りです。

まとめると、才能には二種類あって、人才と天才があるけれど、私たちが普段、意識しているのは、人才の方であり、人才を(伸ばすのではなく)授かるためには、その対象となるモノ、人に対する愛をきわめてゆくことが才能を授かる条件になるということでした。

天才の方は、まだまだ謎が多いですね。

どうすれば神霊界の加護が得られるようになるのでしょうか。

いつかまた、突っ込んで聞いてみたいと思います。(笑)

しかし、今回は、女性の守護霊様ということで、とても軽く柔らかい感じの気を放っていました。

ちょっと、感性重視の感覚で掴みどころがない問答になりましたが(笑)、ここから少しでも学んでいこうと思います。


天心 拝


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変化を怖れる心

不幸の渦中にある人は、その状況を何とか変えてゆきたいと思うものです。

なんとか状況を打破して、苦境を脱したい、あるいは、自分自身が変わらなければと成長しなければと真剣に考えるようになります。

ところが、状況を変えたいと思っても変えられないでいることも多いのではないのでしょうか。

状況にかぎらず自分自身の考え方や発想を変えようとしても変えられない。

このような状態に陥ることがあることは、誰しも心に一つは思うところはあるのではないでしょうか。

お金に窮している人は、なんとか工面して資金繰りに奔走しなければならないのに、その行動に移せない。

恋人が欲しいと想っているし、独り身から脱したいとおもっているけれど、なかなか出不精で、人と会うのを避けてしまう。

仕事で出世したいと願っているのになぜか、仕事でへまばかりする。

例をあげればきりがありませんが、人は想っている方向になかなか進めない生き物であるのかも知れません。

なぜ、自分が願う方向へと一歩進むことができないのでしょうか。

人間の心には相矛盾する性質が宿っています。

もっと進歩向上したい、より大きな幸せを手にしたいという欲求がまず一つあります。

これは、各々が持つ魂の特性の一つでもあります。

進歩発展はどのような動物でもそれなりに性質としてもって生まれてきています。

いかなる動物も成長しますし、植物だって天に向かって成長しのびてゆき、枝葉をつけたり、実を実らせたりするわけです。

人間においては、もっと高度な魂を持っていますから、さらに進化して新しいものを創造し、新しい息吹としてのモノの考え方、捉え方などを開拓してゆきます。

しかし、同時に私達の心の中には現状を維持したい、リスクを冒したくない、安定したいという欲求も存在しています。

有名なマズローの欲望の五段階説でも、人が最初に求める欲求は、安全、安心であると説かれています。

ところがこの安全、安心というものは、維持しようとすればするほど、進歩向上からは遠ざかってしまうという性質があります。

なぜならば、進歩向上とは、自分の作り上げた安全圏を崩していくことと、ほとんどニアリーイコール(≒)であるからにほかなりません。

今よりももっと幸せになるということは、今の自分の受け取り方、考え方を変えてゆくことであり、自分のライフスタイルも変わってゆくことを意味しています。

お金を得なければならない状況であっても、お金がなくてもなんとか自分がどこか安心、安全と感じてしまっている(たとえそれが錯覚であったとしても)場合には、人はその状況を変えたくないと願ってしまうものなのです。

恋人が欲しいと願っていても、どこかで孤独の時間と気楽さを愛しているならば、その気楽さや心地よさを人は手放せません。

だからこそ、恋人が欲しいと願ってもなかなか成就出来ない結果になることもあるのです。

仕事においても、出世したら今より忙しくなり、趣味に費やす時間もなくなるかも知れないし、責任も増えてしまい余計なプレッシャーを感じなければならなくなってしまうわけです。

こう考えると「平社員の方が気楽」と無意識的に思ってしまうことが多いのではないでしょうか。

このことから、私達が進歩向上しようと本気で思うならば、今の現状を肯定し続けているだけでは解決にならない場合もあることをまず知ることが大事になります。

現状を維持したいという気持ちを越えてゆくしか、本当の意味での進歩向上はありえないのです。

では、どうすればこの現状維持の気持ちを越えてゆくことができるのでしょうか。

自分にとって本当に素晴らしく感じる、本当に幸せに感じる、楽しく感じる、状態とは一体なんであるのか。

ここを考える必要があるといえます。

考えるだけではだめなのですが、まずは、しっかりと真剣に向き合うところから入ります。

そして、これから自分が向かおうと想っている目標を立てるわけですが、その目標を本当の意味で愛せるか。

ここも重要になってきます。

その目標が本当にあなたが望むだけの幸せを感じさせてくれる(この場合、考えただけでもワクワクしてしまう)レベルのものであるのか。

しっかりと見極めてゆく必要があるでしょう。

現状の自分を越えてゆくためには現状の維持以上の魅力を持つ目標を持つ以外に方法はないのです。

これが現実思考からの視点で考える私達が進歩向上していくための考え方となります。

これを踏まえた上で、霊界思考における霊界転換などの実践を行ってゆくことが結果的に自分自身の進歩向上に繋がってゆくことになることでしょう。


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水星のエネルギーを引く

私達が社会で暮らしていくために必要となる能力の一つとしてコミュニケーション能力というものがあります。

人と人とが意思を伝達しあい相互扶助の関係を築くことで社会は成り立っています。

ですから、コミュニケーションが苦手で口下手という場合、中々、社会の中で何かを築いてゆくことが難しくなってしまう傾向があります。

そこで、コミュニケーション能力を高めるために、現実思考による修練や工夫は、前提としてあるものの、どのような霊界と感応し霊波動を受けるのが良いのかについて調査してみました。

結論から言いますと水星から来る(厳密にいえば水星を象徴としてリンクされている上部霊界)エネルギーを引くことで、コミュニケーション能力を高めることができそうです。

水星には、霊人達の交流の場となるサロンのようなブースがいくつかある霊界が存在しています。

その霊界に属する霊人達は常に何かしらコミュニケーションを取りながら活動を続けています。

通常の100倍くらいはコミュニケーションを取り、いつも何かしらのエネルギー交換を行っているようです。

霊人のコミュニケーションと現世に生きる人間のコミュニケーションでは少しやり方は違うのですが、その根源は同じです。

霊人達は、自分の霊体から醸し出す霊波動によってコミュニケーションを取るのですが、その本質は「気」にあります。

私達は言葉を解してコミュニケーションを取っているように感じているかも知れませんが、実際には私達もまた、「気」を介して意思の伝達を行っているのです。

例えば、言葉では喜んでいるように表現し、ふるまいも楽しげにしているけれど、どこか、そうではない感情が隠れているのではないかと感じることはないでしょうか。

この感覚こそが気による意思の伝達になるわけですが、コミュニケーションべたな人は、この気の働きが閉じているか、ネガティブな方向に向かってしまっていることが多いといえます。

一生懸命、話をしよう、意思を伝えようと思っても、気がついてかない。

ここに一つのコミュニケーションが苦手となる要因があるわけです。

もちろん、他にも要因はあるでしょうし、コミュニケーションの質的な問題によっては、全く別の解釈も成り立ちます。

ですから、ここでは、話下手でうまく相手と意思疎通が図るのが苦手という状況を想定してのことと受け止めて頂ければと思います。

このような場合に役に立つのが水星のエネルギーなのです。

水星のエネルギーすなわち水星とリンクする霊界の霊波動を引くことで、自分の中のコミュニケーションに必要な気が活発になってくることになります。

水星のエネルギーを引くためには、まず、水星をイメージしてみましょう。

といっても、水星ってどんな星だっけ?という方もいらっしゃることでしょう。(笑)

一応、画像などがないかネットで調べてみました。

☆『 惑星写真 』
http://kunisan.jp/planets/mercury.html

あくまで象徴として水星を入り口にして霊界に感応するのが目的です。

水星をイメージ出来たら次は以下のようにお祈りしてみてください。

「水星を主催する上部霊界より霊流を引くことを許可頂きますようにお願い致します」

何度か、呟きながら、水星からエネルギーが引かれて流れ込んできているとイメージします。

これを毎日繰り返していると霊界と感応し、自分の中のコミュニケーションのための気が整えられてくるはずです。

以上、ご参考まで


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セキュリティ警告画面の調査報告

こんにちは。

天心です。

昨夜、発生していた「遠隔浄霊について」のリンクをクリックするとセキュリティ警告画面が出てしまうという件について調査しましたことをご報告させて頂きます。

結論から言いますと原因は不明です。(汗)

現在はクリックしてもセキュリティ警告の画面は出ておりません。

また、当該ページのHTMLソースなども見てみましたが、特段、問題ありそうなスクリプトはなさそうです。(もちろん、そんな問題なスクリプトを埋め込んだ覚えはないのですが。。)

パソコンのウィルス検索も行いましたが、問題のあるウィルスは見つかりませんでした。

セキュリティ状態もすべて良好です。

また、原因についても類似の報告がないかネット情報を探してみましたが報告は見つかっていません。

ですので、今言えることは現在はサイトは問題なしとみなされて通常通りの運営がなされているので、リンクをクリックしても問題はないかと想われます。

もし、今後、リンククリックにより何がしかの警告画面が出るようなことがあれば、お手数ですがメールにてお知らせ頂けると幸いです。

tensin.session〇gmail.com ※〇は@に変更してお使いください。

現在、警告画面の表示が再現できないため、問い合わせもできな状況なので、ご協力頂けると幸いです。

さて、警告画面の中には、「個人情報やクレジットカード情報などを抜きとられる危険性がある」なんていう恐ろしげなメッセージが表示されていました。

クリックして警告画面が出た人はさぞ、驚いてしまったことでしょう。

当該サイトの内容は遠隔浄霊の意義や条件、心構え、そして、申込にあたり記載する項目が書かれているだけの平文サイトなので、警告画面を見た時には「そんなわけないでしょ~(汗)」とツッコミたくなりました。

たまたま見た人に、「危険なサイトだ!天心とかいう奴はサイバーテロリストか!?」なんて思われてしまったら哀しすぎます(苦笑)

どうにか、原因を突き止めたい気持ちがあるのですが、サイバーセキュリティーの専門家でもない私では、やれることは限られています。

なので、もし詳しい方がいて、アドバイス等がありましたら、教えて頂ければと思います。

それでは、お騒がせ致しましたが、セキュリティ警告の件についての御報告としては以上とさせていただきます。



天心 拝

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遠隔浄霊のページが現在危険性のあるサイトと認識されている件

こんにちは。

天心です。

現在、「遠隔浄霊について」のページをクリックしてサイト移動するとセキュリティソフトにより危険性のあるサイトであると警告の表示が現れてしまう現象が出ています。

当該ページは、特に今まで何ら問題も発生せずに運営されてきた実績のあるサイトです。

特に更新もしていないため、何故、危険性のあるサイトと判断されたのかは不明です。

原因はこれから調査してゆく予定ですが、なんらかのウィルス感染、サイトに対する攻撃なども考えられるので、しばらくの間は、クリックしないようにしておいてください。

原因が判明、あるいは現象改善された後には、またお知らせしたいと思います。

ご迷惑をかけますがよろしくお願いいたします。


天心 拝

霊界から観た現世

今回のお話は、「霊界から観た現世」というテーマでお話してみたいと思います。

私達は現世に生き、現世から霊界を仰ぐように想いを馳せることは多いように思いますが、霊界から観た場合の現世はどのように見られているのでしょうか。

つまり、霊人から見たら、現世はどのように映っているのかということです。

霊界から現世をみると、さながら映画を見ているような感覚になると守護霊の一人が話していたことがあります。

なぜならば、現世は霊界の影響を受けて、その反映の世界であるから、ある程度のシナリオを理解した上でどこか達観してみているところがあるとのことです。

もちろん、現世がどのように変わってゆくのかは不確定なところが沢山あるのですが、ただ、未来の可能性としてのヒナ型は霊界には存在しているわけです。

守護霊はある程度、それを垣間見ることができます。

だから、時には未来に何が待ちうけているのかがわかったりするわけですが、それをダイレクトに伝えるのはやはり躊躇があるようです。

なぜならば、それを伝えることで、現世で学び研鑽する当人の魂の向上を阻害してしまう可能性があるからです。

それは、さながら、映画を見てしまった人が見ていない人に話のオチや展開を予め教えてしまうのはタブーであるのと似ています。

なので、守護霊が教えてくれる未来像というものは、得てしてかなりのフィルターが掛かっています。

丁度、映画のパンフレットに書かれたあらすじがあいまいに書かれているのと同じです。

私は、未来ヴィジョンによる霊視鑑定は久しくしていませんし、今後もやる予定はありませんが、すべては守護霊によってこの未来の可能性としての霊界の姿を見せてもらっていたわけです。

可能性は可能性であり、どんどん、変わってゆくのが霊界の本質です。

変わらないのは成長していないのと同じなので、時折、霊界をチェックしてみると自分の成長度合いがわかるので面白かったりします。

現世は映画のようだとするならば、霊界はその筋書き、企画段階のネタが詰まっている世界であるともいえます。

もちろん、現世は映画のようにかっちりとシナリオにはまって展開しているわけではありませんが、少なくとも映画のお話をより感動的に展開させて、素晴らしいストーリーを紡ぎだすためには、企画(霊界)、と実際の撮影時の演技(現世)の両方を吟味してみる必要があるのではないでしょうか。

霊界と現世の両輪にて、物事を考えてゆく習慣を身につけることが結果的により素晴らし人生を歩むための原則になるのかも知れません。


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差別と観念

「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」

福沢諭吉「学問のすすめ」に書かれた有名な言葉ですね。

この言葉は、人を上下や貴賎などによって差別することに対する批判的な精神が込められているように感じます。

スピリチュアルな視点においても、人は皆、尊い霊性、神性を持っていることから、何人も公平な視点で見る必要があることが説かれています。

しかしながら、世の中を見渡してみれば、なかなか福沢諭吉がいうように身分の別や貴賎の別が全くない世の中にはなっていませんよね。

いくら万人に霊性、神性があるといっても、皆同じではありません。

少なくともこの現実において、皆が全く一緒で同列であると言い切れるものは何もありません。

例えば、会社にいけば、そこには、階級があり、それぞれの役職があり、役割があります。

もし、自分が平の社員であるとするならば、どうしても部長や課長などには頭が上がらなかったり、相手が社長であれば、どうしても自分より上の人だと感じてしまうことがあるでしょう。

このような現実の世の中の仕組みをみているとどうしても、万人がすべて同じく霊性、神性のある存在であると言われても虚しく思えてしまう方もいるかもしれませんね。

まず、ここで認識しておくべきことは、私達の社会で様々な階級的なものがあったり、差があるように感じるのは、役割の違いを格差と勘違いしてしまうことにあるということです。

社長はすべてを大局的に達観して会社の業務や方向性を決めていくことが求められています。

これが社長の役割です。

社長が毎日、自分の会社が運営するどこかの支店の窓口で事務仕事ばかりをこなしていたとしたならば、その社長は社長としての使命、役割を果たしていません。

逆に窓口の担当者が自分に与えられた作業を全くせずに会社の方向性だとか、理念だとかばかりを気にしていたならば、それはそれで役割を果たしていません。

やっている仕事、与えられている使命は違えども、それを果たすことで、私達は自らを向上させていき、社会やコミュニティに対して還元してゆくことになるわけです。

もちろん、窓口の担当者もずっとその役割でいることはないかも知れません。

出世したり、あるいは自分で会社を興し、社長という役割に収まることもあるでしょう。

しかし、大事なことは、たとえ役割が変わろうとも、いかなる肩書きが増えようとも、人としての霊性、神性においてなんら差別されるいわれはないという点です。

ともすると人は役職が変わったり、自分の置かれた環境や状況が変わってくると他人と自分との差異を意識するようになってきます。

自分が窓口の担当事務員であり、毎日、せっせとルーチンワークをこなすかたわら、社長が接待ゴルフなんかにいく姿を見かければ、「なんて優雅で楽な仕事をしているんだ。自分はこんなに地味で大変な作業に追われるだけだというのに。。」なんて思ってしまいがちです。

逆に社長となり、会社の責任を双肩に背負い、いつも難しい判断を迫られている人は、「ああ、普通のサラリーマンは気楽でいいな。会社に来て仕事さえしていれば、お給料がもらえるのだから。。」なんてぼやく人もいます。

あるいは、自分は社長にまでなったのだから偉いんだ!と思ってしまう人もいます。

しかし、それは勘違いなのです。

先ほどから言うように社長にせよ平の社員にせよ、課長にせよ、部長にせよ、有名人にせよ、無名の市井の人にせよ、自らにある役割の違いはあれど、それによって偉くなったり、卑しくなったりするものではないのです。

すべての差別は観念から始まります。

ヒエラルキーというものも、本来は人間が作り上げてしまった観念なのです。

貴賎の別というものは本来ないのです。

あるのは、役割の違いと個性だけです。

私達が唯一求められているものは、自分に託された使命、役割を全うし、自分の個性と全体との調和なのですね。

誰かが誰かを差別することで、満足してしまうような考え方が差別的なヒエラルキーを生みだし、いつの間にかその観念の中で幸せを求めてしまっているのが現状の世の中ではないかと感じます。

本当に幸せになるためには、この観念を超えて、すべてを差別的に見る習慣を改めていく必要があるのではないでしょうか。

人にはそれぞれ夢や希望、理想や目標があると思います。

そこに向かってゆくことが素晴らしいことであります。

でも、時には少し、考えてみて欲しいのです。

その夢や希望は、どこか自分の観念で作り上げてしまった差別的な世界での幸せでしかないのではないかと。

本当の幸せとはどこにあるのか。

それは観念を越えた真実の世界を観ることでしか気づくことはできないのかも知れません。


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パワーストーンについて

世の中には様々なスピリチュアルグッズが存在していますが、その中でも根強い人気があるのがパワーストーンですね。

いろんな方のブログを拝見することがありますが、パワーストーンについて触れている記事を多く見かけたことがあります。

私自身はあまりパワーストーンにはこだわりはなく、以前、タイガーアイなんかの石を身につけていたことはあります。

現在は、小さなアメジストを所有していますが、キーホルダー代わりにつけている程度であまり重要視はしていません。

ただ、多くの方が興味を持ち、パワーストーンの助けを借りて、力を得ているという点は見逃せないかなと思いまして、ちょっと守護霊様にパワーストーンについて伺ってみました。

実際、パワーストーについては、巷で詳しい効能や種類、扱い方などが紹介されたりしています。

門外漢の私がそのことを改めてブログ記事でお話してもあまり意義はないと思うので、一般にあまり知られていないパワーストーンについてのスピリチュアル的背景はないものか、その点について守護霊に回答を頂きました。

答えてくれたのは、私の守護霊の中でも、生前、道教系のまじないなどを行っていた方で、ご霊名は明かせませんが、全体、赤いベールで頭から包まれているようなお姿でお出まし頂きました。

その守護霊様が申し上げるには、一般的にパワーストーンは五行の中でも土の気を多く受け、地のエネルギーを吸収しているものが多いとのことです。(次に多いのが水の気だそうです。その次が火の気、木の気、金の気ですが、これは石の種類によってバランスが変わることがあるそうです)

石というものは、本来は何万年のも間、土中に埋まり、気を吸収してきたために大地のパワーを止めているとのことです。

大地のパワーの霊験の出方としては、止める力として働くことが多く、凝結力となって現れることが多いようです。

例えば、タイガーズアイであれば、仕事運上昇ということが巷では言われていますが、その人の中の勇猛心や積極性というものを引き出すと同時に霧散しないように凝結させるという働きがあるとのことです。

止める力が働くので、自分の中にある潜在能力の発現が引き出された後に止めてくれるようになるわけです。

あくまで自分の中にあるものが引き出されて止まるので、パワーストーンを身につけるだけで仕事運が上昇するわけではないようです。

さて、パワーストーンの種類の中でも水晶は、守護霊の力を凝結させ強めてくれる働きがあるということも教えてくださいました。

パワーストーンごとに実はパワーの源を統括する神様がいらっしゃり、それを知ってパワーストーンを身につけているとよりパワーの顕現化が促進されるとのことでした。

ちなみに水晶は、天照大神(あまてらすおおみかみ)様が統括していて、タイガーアイは国常立大神(くにのとこたちのおおかみ)様が統括されているとのことです。

あまりパワーストーンには詳しくないのでこのあたりにしておこうと思いますが、パワーストーンを愛用されている方のために参考までご紹介してみました。

何かの参考になれば幸いです。


天心 拝


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【2012年1月度】神田明神への参拝

こんにちは!


天心です。

昨日、今年度に入り、1月度神田明神への参拝に行ってまいりました。

実は、昨日以外にも何度か参詣はしているのですが、お正月ということで、通常日以上の参詣客でにぎわっておりまして、その関係上、あまりしっかりとお祈りができなかったのです。

神社サイドもお正月モードで気ぜわしく、参詣客の対応に追われておりました。

その気ぜわしい気と大量の参詣客が祓い落してゆく邪気によってお祈りに集中できなくなってしまったのです。

もちろん、神田明神に降りておられる神様方は大いに力をふるい神力は力強く感じていました。

大己貴大神(オオナムジのおおかみ)様のお姿もいつもよりも大きめになっておられましたので、参拝された方は大きな神徳を頂けたのではないかなと思います。

ただ、どうしても人が多く集まると穢れが溜まりやすくなるものです。

少し沈静化してからにしようと、その時は、邪気を綺麗にしつつ、神様への御挨拶だけにとどめました。

そして、松の内の明けた昨日、漸く、落ち着いてお参りをすることができました。

清々しい気持ちと昨年の感謝や今年もブログの読者の方が大いなる飛躍の年になりますようにとご祈願させて頂くと同時に、お賽銭箱に皆様のご寄付の一部から玉串を納めさせて頂きました。

また、義援金箱にも募金をして、最期は献灯のための申込もさせて頂きました。

他の神社、仏閣にても様々なこうした活動はさせて頂いているのですが、毎月、神田明神においての御参拝は定期的にご報告させて頂いております。

他のものも随時上げてゆくとブログが神社、仏閣参拝報告だらけになってしまうので(笑)、一応、すべてを代表して神田明神での参詣をブログでご報告させて頂いているわけです。

その他の神社でもしっかりとご祈願とご寄付に込められし真心を神仏へ取次しております。

ですから、きっと今年もブログ読者やFGSの会メンバー、道名を授与された方などに良き追い風が吹くことを信じています。

とりわけ、昨年度は、道名授与者に対するサポートを強化せよとのことでしたので、今回の御祈願の中心は道名授与者の方に焦点を当てた内容とさせて頂きました。

様々な課題や問題を抱える方も多い中、天命を意識して生きようと決意されたその志をくみなさいということなのでしょう。

もちろん、他の方のご祈願もしっかりさせて頂きました。

あまりにも長時間お祈りしたために、あしが痺れ、手を合わせた指まで痺れてしまいました(笑)

そんなこんなで、今年度の始めての月参りが滞りなく終わりましたことご報告させて頂きたいと思います。


最後に神田明神メッセージを掲載させて頂きます。


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経世済民(けいせいさいみん)

流浪の徒を生まぬこと

その責は己がひとりひとりの双肩にかかるなり

生業を大事とせよ

生業とは世を救い民救う

大いなる業と知る


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以上がメッセージになります。

少し説明を加えさせて頂ければと思います。

神田明神様は、経済というものについてもっとよく考えてみなさいとおっしゃれているようです。

経済というとなんだかお金儲けだとか、すぐに金銭を思い浮かべてしまいがちですが、お金ばかりを追いかけるといつしか、何もかも失ってしまうことになるということです。

本当の意味で生業とはなんであるかを考えなさいともおっしゃられています。

お金を儲けることももちろん、経済を盛り上げてゆくためには必要なことではありますが、その志はお金儲けだけで終わってはならないということみたいです。

本当は生業というものは、すべての人間を救うための方法に繋がっているものなのだとお諭し頂いているわけです。

簡単に説明してしまうと以上のような感じですが、本来、メッセージには様々な解釈が成り立つ場合が多いものです。

メッセージを浅く受け止めずに自分の中でよく噛みしめて吟味する時に新しい意義を受け取ることがあります。

そのような意味でもご活用頂けると幸いです。


天心 拝


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満ちれば欠ける~月のおしえ~

私達は日々、幸せを感じたいと願いながら生きています。

幸せとは、突き詰めれば感情の産物です。

幸せの形は色々とありますが、結果的に私達の得たいものは、形ではなく幸せと感じている自分ではないでしょうか。

どんなに、立派なお屋敷を構えた資産家であっても、いつも、資産を奪われる懸念に怯えながら生きていたならば、決して幸せは感じることはないでしょう。

念願の結婚を果たしても、いつも家庭内で夫の浮気を気にしながら、生きていたならば、これも幸せからは程遠い状態であるといえます。

一方、お金はそれほど持っていなくとも、独身で家庭を持っていなくとも、幸せいっぱいに生きている人は沢山いらっしゃいます。

このことからも幸せとは形ではなく感情によってもたらされることがわかるはずです。

このように、感情が幸せになれば皆幸せになれるとするならば、感情を幸せにすることだけを考えれば皆幸せになれるのではという考えにいきつくのは当然の帰結かもしれません。

ところが、なかなかこれが上手くいかななかったりします。

お金を持っていなくて、欲しいものが買えないという状況が生まれた時に「やっぱりお金が欲しい~、貧乏は嫌だ」と不幸を感じてしまうわけです。

独身でも幸せな生活を送っている人がいる事実を知りつつも、周囲の人間がどんどん家庭に収まっていく姿をみるとなんだか自分が取り残されて寂しい孤独な人間になってしまったかのような感覚に陥ることもあるでしょう。

このことから、ある程度の幸せな形というものも、人間には必要であったりもするわけです。

しかしながら、幸せの形を先に追い求めてしまうとどうしても心根が貧しくなってしまいます。

心根に貧しく不幸なイメージが付き従っている状態では、絶対に幸せの形へと帰結される道は見つからないというのがスピリチュアル的な観点で見た時の現実のルールであるようにも思えます。

ですから、まずは、心根に幸せイメージを作ることが大事になってくるわけです。

ここで一つ疑問が浮かぶかたもいらっしゃることと想います。

心根に幸せイメージを持つことで幸せの形を得ることができるとするならば、なぜ世の中に幸せの形であるお金持ちになったり、結婚して家庭を持ったりすることを手に入れながら不幸になる人がいるのだろう。。

幸せイメージからつくられた幸せの形の先に不幸な感情へと帰結される状態が発生してしまうのには、理由があります。

それは、幸せイメージで作られた正のエネルギーというものは、形に顕現化すると消滅してしまうという法則があるからです。

別の言い方をすれば、人が幸せで満たされると、その幸せを与えてくれていたエネルギーが消えてしまうため、今度は負のエネルギーが動き始めてしまうということです。

丁度、月が満月となった時、次の日からは少しずつ月の姿が欠けてゆくのにも似ています。

幸せの感情は幸せの形を得た時点でそのエネルギーを失うのです。

易経ではこれを「陽極まりて陰」という言葉で現わされています。

物事は発展して極まると今度は収縮していく傾向があるというのがこの言葉の意義です。

もちろん、収縮したならば、いずれはまた、発展していく陽の働きが出てきます。

これを「陰極まりて陽」と表しています。

私達が幸不幸で一喜一憂してしまうのは、まさに幸せの形が訪れたならば、その元となった幸せの感情は失われてしまい、それに伴い、幸せの形もまた失われていくことになるのです

そして、また新たな幸せの感情を探して旅が始まることになります。

人生とはこの繰り返しとなります。

このサイクルの行われるスピードや規模は人によって異なりますが、サイクルがあることに違いはありません。

でも、幸せと不幸が入れ替わり立ち替わりして一喜一憂するのは正直、しんどいですよね。

できればいつも幸せを感じていたいというのが人情であり本音でもあるかと想います。

では、どうしたらこの幸不幸の循環サイクルから抜け出して、ずっと幸せでいることができるのでしょうか。

一つには、まず、自分を満たし過ぎないということがあります。

自分を幸せで満たし過ぎると正のエネルギーが消失して負のエネルギーが動き始めます。

ですから、ある程度、腹八分目といいますか、ハングリーな精神をどこかに持っておく必要があるということです。

もうひとつは、常に新たな目標を据え続けるということです。

人が幸せを感じるのは必ずしも幸せの形を手にした時だけではありません。

むしろ希望を持って、目標や理想に向かうその道すがらに幸せを感じるわけです。

逆に、夢も希望も理想も目標もないという状態は、常に幸せの感情を喚起しないことになるため、正のエネルギーの発現不足となり、幸せを感じにくくなります。

また、一つの夢や理想に安住してしまうと今度は、満月から欠けてゆく月のように正のエネルギーが消失して不幸の始まりに転じてしまいます。

なので、新しい目標を立て続けるというものが結果的に幸せ状態を長く続けるコツになるわけです。

私達の世界は常に動き続けています。

正負のエネルギーも幸せの感情も形も常に逆転を続けるサイクルの中にあります。

そのサイクルをよく理解して、うまくそのサイクルの中で幸せを持続していく工夫をすることが末永い幸せに繋がってゆくことになるでしょう。



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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-青天明界2】

☆初めて読む方はコチラからお読みくださいね!
☆前回の新説・霊界ストーリーはコチラをクリックしてくださいね!


初めてこの記事を読まれる方は、一番上のリンクをクリックすれば、一番最初の記事を読むことができます。

前回記事は二番目のリンクをクリックでページが切り替わります。


<前回までのおさらい>


青天明界と呼ばれる清々しい軽やかさ、透明感と大きな広がりにつつまれた霊界にたどり着いた私と守護霊は、そこでヨーロッパの古城のような場所を発見しました。

そこには青天龍王(せいてんりゅうおう)という名の守護龍王が鎮座されていたのです。

しかし、龍王といいつつ姿は霊人の姿と変わりません。

龍王様はご龍体と人の姿と両方を使い分けておられるようでした。


<続き>

私と守護霊は本当に透明感のある草原を駆け抜ける風に吹かれるような感覚で空を舞っていました。

古城にて青天龍王(せいてんりゅうおう)様との謁見を終えた後は、本当にあらゆる物事に対する考え方が変わってゆくのがわかります。

なんといいますか、今までこだわっていたこと、執着とか思い込みとかで目に見えなくなっていたものが見えてくるという感じです。

情熱的なエネルギーとは違って、何か、すべてのものを客観的に冷静にみていくこと。

緻密さが身についてくるような感覚を受けました。

古城を抜けるとグラスグリーンにちょっと淡いベージュ色の光を帯びた平野が広がっています。

その平野には何かミステリーサークルのような、あるいはナスカの地上絵とでもいうような象徴的な図形が描かれています。

丸、三角、四角、いろんな幾何学模様が描かれているのです。

天心:「あの図形のようなものは何なのでしょうか?」

守護霊:「霊界の回路。仕組みを現わしておる」

天心:「霊界の回路ですか?なんだか機械みたいですね。。?」

守護霊:「物事に理屈があるように霊界にも法則がある。霊界の法則のもとが描かれている」

天心:「ここの霊界に住む霊人達は皆、あの図形の意味がわかっているのですか?」

守護霊:「図形の意味は問題にあらず。ただ、物事の理を追求し、本来のいらぬ感情を落としたもの、あるいは落そうとするものがこの霊界の住人たる資格がある」

天心:「いらぬ感情ですか。人間は感情を持つ生き物ですが、いらぬ感情とはなんでしょう?」

守護霊:「偽りを正と思いこむ感情。無を有と思いこむ感情。有を無と思いこむ感情である」

天心:「つまり、あるべきことをあるべきように素直にとらえることを邪魔する感情すべてを指していると思ってよいでしょうか」

守護霊:「その通り」

図形の意味は問題ではないと言われ、守護霊は答えてはくれませんでしたが、おそらく推測するに、図形には霊界のメカニズムや法則の設計図のようなものになっているのではないかと想います。

そして、この図形を本当の意味で活用する時、何か大きな霊界の秘密にたどり着くような気が致します。

それからしばらく、光る草原をスイスイと空を飛びながら、通り過ぎてゆくと大きな渦のような白い光が広がっているところに出ました。

その渦からは常に何か強力な磁場のようなものが出ているのでしょうか。

渦に近づけば近づくほどにどんどん、頭脳が明晰になってくるような気が致します。

頭の回転が速くなるような感覚です。

白い金粉のような粉が渦によって喚起される風によって舞い散る様子がなんともオーロラのように見えたりします。

この粉は頭脳を明晰にして、理性に強く働きかける力を持っているとの守護霊の解説がありました。

いっぱい浴びて帰ろうかと想います。(笑)


☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-陽天宮】へ続く


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縁起過去世調査について

2012年から鑑定取次の体系に変更が生じていることは周知した通りでありますが、今回、新たな体系として加わった取次の一つとして縁起過去世調査があります。

今までは、天命・過去世調査として取次は、天命を知らせることと、それに付随する関連性の深い過去世のみをお知らせするという方式をとっていました。

といいますのは、過去世というものは、様々な再生転生を繰り返す中に多くの人生が含まれています。

素敵な人生を送った時代もあれば、悲惨極まりない人生であった場合もあります。

いろんなパターンがあり、必ずしも一定はしていないものです。

性別も入れ替わったり、立場や生まれた国なども異なる場合があります。

ですから、過去世を調査するにしても、なるべく調査する意義の深いものをピックアップしないと過去に囚われてしまい今生を真剣に生きれなくなってしまうことになってしまいます。

そのような理由から天命をまずは導き出し、それに付随するものならば、天命をより深く実感することができ、天命成就の後押しになることになるわけです。

過去世も素晴らしい意義深い一生を送ったものを調査しお伝えすることで、その時の持っていた良い魂の長所が顕現化してくることになります。

なので、今までは過去世を単独でお知らせすることはしておりませんでした。

しかし、何度かご要望として、自分と今生で関係性の深い人物との過去世でのご縁についてご質問を受けるケースがありました。

本来は天命とセットでの過去世調査とさせて頂いていたのですが、どうしても、気になるという方向けにイレギュラーで特定の人物との繋がりのある過去世を調査させて頂くことがあったのです。

あくまでイレギュラーとして行っていたことではありましたが、意外に要望される方が多いことから、今回は、正式に鑑定取次の体系としてくわえさせて頂いた次第です。

縁起過去世調査はあくまでも今生で関係性の深い方に限ります。

あまり関係性が深くない方との過去世での繋がりは調査不可能な場合が多いですし、あまり意義のある過去世調査とはならない可能性が高いからです。

それとあくまで過去世調査はその過去世を知ることで一喜一憂することではなく、良き時代の過去世をお知らせすることで本来持っていた良き要素を顕現化して頂くために行うものであります。

ですから、なるべく意義の薄い過去世ではなく、今生、ご縁のある人と良い関係性を持っていた時代をメインに調査をさせて頂くことになります。

その点をご理解の上、縁起過去世調査をご活用頂ければと想います。


天心 拝


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何気ない言動行動を改める

人間は自分を成長させ今抱えている問題点を解決してゆこうと色々と努力するものです。

読者の皆様も何かしら目標や目的を持って、努力をされていることと想います。

目標というような具体的な大きな眼目はなくとも、こうなりたい、ああなりたいというようなぼんやりとした夢は持っているのではないでしょうか。

そして、時に、一念奮起して自分の行動や言動を変えてゆくことで、新しい自分へと生まれ変わろうと試みることもありますよね。

誰でも時には今の自分を振り返り、より理想に近づくために努力をしようと想ったり、実際に動いたりしてみることがあると思います。

その努力をしようという心根や行動は素晴らしいのですが、その時に注意してほしい点があります。

それは、人間には意識的に行う行動、言動と無意識的に行う行動、言動があるということです。

私達は得てして普段、記憶に残り改めようと思う行動や言動というのは、意識的に行っていることに対してのものが多いのではないでしょうか。

意識的に行ったことは記憶に残りやすく、だからこそ、その言動、行動に含まれる問題点を見つけやすいという特徴があります。

だから、人間はいつも自分の記憶に残る、あるいは常に自分が意識してしまっている点に関心が向きやすいということがいえるでしょう。

「それが何か問題なのか?」といぶかしむ人もいるかと思います。

これは、意識と無意識の関係を考えてみると問題点があることがわかるかと想います。

人間は、意識的に行っている行動、言動の量と無意識の何気ない行動、言動の量を比較した時に圧倒的に無意識での行動、言動が多いという事実があります。

ちょっと自分の一日を振り返ってみてください。

記憶に鮮明に残っている出来事はどんなことでしょうか?

「取引先との交渉がうまくいった!」
「上司に怒られた~」
「今日は特売で素敵なバックを手に入れた♪」
「クラスメイトと学校帰りにカラオケにいき楽しかった♪」


等ナド色々と思い起こすことはあるとは思いますが、一日24時間ある中のほんの一部に過ぎないのではないでしょうか。

自分が意識を向けて頑張ったり、あるいはショックなことがあったり、嬉しいことがあったり、楽しかったりという記憶は残っていますが、そうでない記憶はぼんやりと曖昧だったりしますよね。

「三日前に食べた夕飯は何ですか?」

と聞かれても大抵、覚えていません。

これは無意識的に行っていることは記憶に残り難いという傾向があることを意味し、そして想い出せることが少ないというのは、無意識的な行動、言動の方が量が多いことを意味しています。

さて、ここで、少し例え話をさせて頂きたいと思います。

私達の未来の目標や理想を選挙に譬えてみましょう。

それぞれの理想や目標が立候補者だとします。

私達が行う行動や言動の一つが選挙で投票する一票に当たると想像してみてください。

私達の未来や理想の形が実現されるためには、多くの票を獲得する必要があるわけです。

逆にいうと有権者である私達が行動、言動という形で票を沢山投じなければならないということがいえるでしょう。

もちろん、実際の選挙とは違い、表を入れるのは自分自身だけではあります。

私達が行動、言動を理想の未来につなげるためのものに変えてゆく時、私達は、自分の理想の未来に一票を投じていることになります。

しかし、一票を投じても、その一票だけで理想の未来が当選確実になることはないですよね?

いくら一票を投じても当選確実になるまでは、死票になってしまう可能性を含んでいるわけです。

ですから、沢山の票を集める必要があるわけです。

では、ここで最初の意識的な行動、言動と無意識的な行動、言動のお話に戻ることにしましょう。

意識的な場合、無意識的な場合では、後者の方が圧倒的に量が多いという事実は先にお話しました。

であるならば、多くの票を獲得するためには、無意識的な行動、言動に注意することが大事であることがわかるのではないでしょうか。

何気なく行っていること、口にしていること。

一度、これに焦点を当ててみてください。

一日の自分の行動、言動をしっかりとトレースしながら、霊界法則から観て、現世のルールから観て、どのような影響が見込まれることなのかをチェックしてみましょう。

ここで、どんな行動、言動でも些細なことと流さないことが大切です。

なぜならば、その些細な行動、言動はたった一票の投票に過ぎないかもしれませんが、無意識で行っている場合はとてつもない票へとつながる可能性があることを忘れてはならないでしょう。

些細なことでも無意識に行っていることは非常にインパクトがあります。

ここに気づけるかどうかで、大分、自分の将来をコントロールするための術を悟る大切なポイントとなるはずです。

何気ない行動言動を一度棚のろししてみるのも良いのかと想います。


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守護霊の華麗なる?生活(その4)

以前、ブログ記事にて、守護霊は功績に応じて霊功(れいこう)を授かることをお話したことがあります。

守護霊は不眠不休で活動をされているわけですが、何が楽しくて?そんなに頑張っているのだろうと不思議に思っていたところ、システムがあることを教えて頂きました。

霊功を授かるためのシステムです。

功績があった場合に神界からの霊功が授かるわけなので、守護霊だからといって何もせずに無条件で授かるわけではないようです。

ほんの少しだけ守護霊が霊功を授かるためのポイントについてお聞きしたことを纏めてみたいと思います。

題して「守護霊の霊功授かりポイント」であります。


1.守護管理している当人に気付きを与えし時

2.守護管理している当人の霊層が上がった時

3.守護管理している当人が現世にて功績(正のエネルギーを蓄える)を立てた時

4.守護管理している当人と合一して現世にて功績を立てた時(霊格、霊覚極まりともに大きな功を立てた時)

5.守護管理している当人が神界に近づくことが出来た時


あくまでざっくりとしたポイントであり、これ以外にも色々ポイントはあるようですが、お許しを得て発表できることができるのは以上になります。

ちかみに後の番号にゆくほど、霊功の授かる度合いは高くなってゆくようです。

それでは少し、それぞれのポイントについて解説してみましょう。


1.守護管理している当人に気付きを与えし時

これはもう基本中の基本ですね。

守護霊は常日頃からヒントとなるサインや証を出しまくっています。

しかし、それに気づいてくれる人は少ないといえます。

守護霊としてはともかく、守護を担当する人間の魂の教育のためにいろんな導きを行って気付かせようとしているわけです。

守護霊がいくら頑張っていても、守護されている当人が気づいてくれず、なんの内省もないまま日々を送っていると守護霊としては、霊功を授かるチャンスが消えてしまうわけですね。

もちろん、守護霊は単に霊功欲しさで守護しているわけではなく、基本は愛の気持ちで行っているわけなので、どんなに当人が知らぬ存ぜぬ、何が起ころうとどこ吹く風という態度であったとしても、腹を立てたりはしません。

ただ、守護霊自身のより一層の霊格、霊覚の向上のためには、霊功が必要なので、自分の霊界での活動で補うわけですね。

でも、使命を持って守護霊となっているわけなので、やはり、一番は守護している人間の魂の向上を一番気にかけていることは確かでしょう。


2.守護管理している当人の霊層が上がった時

これはある程度、守護している人間が内的な向上心を持って努力する時、霊層が上がることになります。

ある程度は、向上心を持って頑張ろうという気持ちがあって生きるように守護霊の導きが成就し始めると一々、守護霊がサインや証を与え続けなくても当人が霊層向上し始めます。

そうなると自動的に守護霊にも霊功が授かるようになります。

ですから、私達が「成長するぞ!」とか「頑張ろう」という気持ちで自分と向き合い、霊層を向上させてゆくことは守護霊にとっても喜ばしいことに繋がっているわけですね。

守護霊は霊功が授からなくても当人の成長を喜んではいるのですが、ちゃんと霊界では報われているわけです。


3.守護管理している当人が現世にて功績(正のエネルギーを蓄える)を立てた時

これは守護している人間が内的な霊層向上に止まらず、現実にも愛と真心からの行動を起こし、大きな正のエネルギーを蓄える時には、守護霊にも同時に霊功が授かっているということになります。

ですから、具体的に世の中で活躍して善なることを推進していくことで、守護霊も報われるわけですね。


4.守護管理している当人と合一して現世にて功績を立てた時(霊格、霊覚極まりともに大きな功を立てた時)

守護霊と当人との間で本当に肉薄するぐらいの霊格、霊覚に近づいた時に合一状態が訪れます。

そして、合一状態の時に行った現世での活動というものは、大変な正のエネルギーを蓄える行為にもなっています。

それだけ、守護霊合一という状態は素晴らしい結果を世にもたらすことになるものであるといえるのです。

大抵の世の中で大きな功績を立てて社会的使命を持って活動している方などは、守護霊と合一されている方も多いと見受けられます。

この合一状態の時には、守護霊も一体となって活動しているので、霊功も絶大なものがあります。


5.守護管理している当人が神界に近づくことが出来た時

私達の生きる本当の目的は日々、魂の進歩向上にありますが、その究極の姿は神界に入ることにあります。

このことに関してはFGSの会で今現在、お話させて頂いているテーマにもなっています。

守護霊は最終的には共に神界に近づくために守護している人間とコラボレーションしているといえるのかも知れません。

この段階までくると守護霊と守護される人間との関係性が変わってきます。

もはや、守護する守護されるという単純な関係ではなくなってきます。

守護霊が授かる霊功も絶大なものになります。


以上が5つのポイントの簡単な解説になります。

あくまである程度、単純化してご紹介していますので、これがすべてではありませんが、何かの参考になれば幸いです。


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継続は力なりというけれど・・・

このブログでは様々な開運のための方法論やスピリチュアル的な見解、それから守護霊との交流などの方法をご紹介させて頂いています。

霊界を転換していくことで、幸せなフィードバックを受ける霊的な土壌を作る方法や、霊障の個人的な解決方法、考え方、それから守護霊との交流で自分の霊格や霊覚を高めてゆくという方法など様々な視点からご紹介をしているわけです。

いろんな方がいろんなアプローチでご自分の開運をして、幸せをつかんだり、霊的向上の糸口にして頂くためにブログでのお話を続けさせて頂いているのですが、一つ問題点があります。

それは、結局のところ、読まれた方が実践し、それを継続しておられるのかという点にあります。

ブログ記事でも何度となく継続の重要性をお話させて頂いたり、また、如何に中途で挫折してしまう可能性が高いかの警鐘をならせて頂いたりしてきました。

ところが、おそらく継続の重要性は多くの方の理解するところとはなったものの、そうは言っても継続ができない難しいというところの本音が浮上してきているのではないかと考えられます。

継続は力なり!とご説ごもっともなことを聞いたりする機会は多いかと想います。

それに対して「それができないんだぁ~!」という痛切な叫びが聞こえてきそうです。

どうしたら継続してやってゆけるのか。

これは、スピリチュアルな事柄に限らずあらゆる物事を極めてゆくための共通するポイントではないかとも思います。

そこで、今回はどうしたら継続性を保てるのか、あるいはなぜ、継続できないのか?ということにスポットライトを当ててお話してみたいと思います。

さて、継続性のお話をするに当たり、ダイエットを例題として取り上げてみようと思います。

先日、ウェブサイトを閲覧していた時にたまたま、最近の売れ筋本のランキングサイトを見かけました。

最近、購入者が多い本のベスト10に入っていたのが、美容関係の本、とりわけダイエット関係の書籍であったのです。

それだけ、皆さんダイエットを意識されている方が多いということなのでしょうか。

確かにデスクワークが多い方は、運動不足から余分な贅肉が気になったりしてきますよね。

「夏に向けて5キロは痩せる!」と素敵な水着を着て海に出かけたいと願う女性の方や「最近、メタボ気味で健康が気になる」なんていう中年男性もいるかも知れません。

人それぞれに理由はあれど、気持ちとして「なんとか痩せたい!」という想いが本の売り上げに関係しているということなのでしょう。(笑)

しかし、同時にダイエットにいえることは、大抵失敗する場合が多いということもあります。

痩せるためには、基本的には余分な栄養を取り過ぎず、運動をしてカロリーを燃焼、それから、筋肉をつけて代謝機能を上げるなどがあるわけですが、これがわかっていても続けられないからダイエットに失敗するわけです。

そこで、様々な権威ある著者がいろんなダイエット方法を提案している本が売れているわけですね。

「りんごで痩せるダイエット」「豆腐ダイエット」「大豆」「お酢を飲む」「食べてもやせる低カロリーダイエット」「トウガラシ燃焼ダイエット」「キトサンによる脂肪除去」思いつくまま書いてみましたが、上げてゆくときりがありませんね。(笑)

これらの本を読んでダイエットに成功した方もいらっしゃるのでしょうけれど、未だに新しいダイエットが考案され続けて本が出版されているということは、なかなかダイエットに成功できない人が多いのが現状だということを物語っているのではないでしょうか。

また、一時的に痩せることができても、また、元の体重に戻るといったいわゆるリバウンドという現象もダイエット失敗の大きな原因の一つであります。

本当にいろんな方法論が世に上奏されていますが、どうしてダイエット成功者が続出してこないのでしょうか。

ここには一つの共通する原因があるのです。

まず、スピリチュアル的な見解でいえば、その方が痩せられない霊界を背後に持っているからであります。

痩せられない霊界というのは、どのようなものかといいますと、「太っている自分」というものを強く認識させる作用があります。

つまり、自分は太っているのが当たり前という認識がこの霊界を作り出しています。

そして、その霊界には、常に大食いをしたり、不規則な生活をしたり、運動せずゴロゴロしたくなるような霊波動が満ちています。

その霊界のフィードバックを受けている以上、常に太る方向に自分の心が動きますので、ダイエットの活動そのものが出来にくくなるのです。

もちろん、これは一つの原因であり、すべてが霊界による影響とは限りませんが、このようなケースもあるということです。

このような痩せられない霊界を打ち消してゆくというのが、スピリチュアル的なダイエット方法になるわけですが、ただ、これも霊界転換の努力の継続が求めらてきます。

継続性を維持できない場合には難しいわけです。

ちょっと脱線したので、話を元に戻しますと、ダイエットに成功できないのは、どのようなダイエット方法であれ継続性を持って行ってゆけないことにあります。

そこには、一つの考え方のねじれが存在しているのです。

それは、「ともかく痩せるために何か特別なことをしよう」という発想のねじれです。

「痩せるためには何か努力をしなきゃダメなんだから当然でしょ?」

とこのように思うかも知れませんね。

確かに今まで通りの食生活を送っていたり、運動しないでゴロゴロを続けたら当然、痩せることはできないでしょう。

問題は、特別な行為ではなく、その発想にあるのです。

考えてもみてください。

痩せるといってもプロボクサーのように試合前に減量して、ウェイト検査に合格すればOKというレベルのお話であれば、特別な減量を行って一時的に痩せればよいのでしょう。

しかし、一般的には理想の体重をキープして、体型維持しなければならないわけです。

それがダイエットとして成功したといえる状態ではないでしょうか。

つまり、ある一定期間、何か特別なことをして一時的に痩せるようなことをしても、リバウンドするのは当たり前のことなのです。

なぜならば、特別なことをしようとする発想の裏側には、目的があり、目的が達成された場合には、人は元の通常の状態に戻ろうとする傾向があるわけです。

70キロの体重の人が頑張って60キロになることを目指して特別なダイエット方法を試みて、仮に減量に成功できたとしても、その目標を達成した瞬間に元の体重に戻るべく、食生活や生活態度が通常モードに戻ってしまうわけです。

なので、「ダイエットのために特別なことをしよう」という発想は必ず失敗するのです。

では、どのような発想を持つべきなのでしょうか。

それは、自分の中で定義されている普通の状態、当たり前の状態を変えるという発想をしていく必要があるのです。

いつも大盛りご飯を食べることが普通だと思っている方は、自分の中の普通を小さな茶碗に一杯分だけのご飯を食べている自分が普通なのだという認識を自分の中に作ってゆく必要があります。

これは、実際に行っている行動は全く変わらないかも知れません。

「そんなの何か大きな違いはあるの?」と想われるかも知れません。

しかし、人は必ず、自分の中の「当たり前」という認識の中に帰ってゆく傾向があるのです。

このことを考えれば、ダイエットを真に成功させるためには、ダイエットのために特別に規則正しい生活をするとか、運動をする、食生活を正すという発想ではだめなのです。

そのような規則正しい生活が自分にとって当たり前なんだということを自分の魂に言い聞かせる必要があるということです。

いかなるダイエット方法論もなぜ真の成功に繋がらないのか。

それはこの自分の中の当たり前を変えてゆくという発想がないからなんですね。

これはダイエットにかぎらずすべてに共通していえます。

スピリチュアルなことも何か特別なことを目的達成のためにしようと考えると続かないのです。

守護霊との交流は日常であり、当たり前のこと。

お祈りすることは当たり前のこと。

霊界を変えてゆこうとする努力をすることは特別じゃなく、いつもの日常の中にあるものだという認識をまず持つことが大事なのです。

自分の中のあたり前になってしまったことは、努力しなくても続けられるようになるのですね。

朝起きて、顔洗ったり、歯を磨いたりすることは誰でも毎日行っていることと想います。

これを特別な想いで、「継続せねば」と意気込んで行う人はあまりいないと思います。

守護霊への交流も霊界転換も、お祈りも全部そのように当たり前に組み込んでいく。

ここに継続性をつけてゆくポイントがあるのです。

継続力がないと思ってしまう方は、まず自分の当たり前を見直してみることをお勧めします。



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孤独と人間関係

私が守護霊アドバイスなどの鑑定でよく御依頼を受ける内容に人間関係についてのお悩みというものがあります。

この世の中はいかなるシチュエーションにおいても人と人との関係において成り立っている以上は、どうしても避けて通れないのがこの人間関係というものでしょう。

職場にせよ、家庭にせよ、学校にせよ、どこに行っても人間関係は存在します。

悩みの詳細は人それぞれではありますが、その悩みの大部分にはある共通点があります。

それは、人間関係がうまくいっていないと感じるその問題の陰には、「孤独」というキーワードが浮上してくることが多いのです。

つまり、ある人間同士のコミュニティの中で自分が浮いてしまっていると感じる時、人は孤独を感じ、そして、人間関係がうまくいっていないと認識する傾向があるということです。

「孤独」といいますと何か無人島などで独りぼっちでいる状態を指しているかのように思えるかも知れませんが、現代に横たわる孤独とは、得てして、そのような状況を指してはいないようです。

確かに独りぼっちで無人の孤島におかれたら寂しく孤独に感じるかもしれません。

ところが、こういった孤独感とういうのはそのうち慣れてしまうもので、独りぼっちでも平気でいられるようになったりもするものです。

むしろ、人間関係に煩わしさを感じてしまう傾向の強い現代人の感覚からすると、孤独なスペースはむしろ必要である場合もあるのかも知れません。

ですから、大抵の場合、独りぼっちの孤独感はあまり問題にはなりません。

苦しみとして認識される孤独感とはむしろ、大勢いの人間に囲まれながらも自分がその中に溶け込めないことを認識した時に起こるものであるといえるのではないでしょうか。

職場においても、学校においても、趣味の集いにおいても、多くの人に囲まれながらも溶け込めないでいること。

これが一番、苦痛に感じる孤独な状態であると感じる次第です。

では、この孤独感を癒すためにはどのような解決策が考えらるのでしょうか。

様々な守護霊のご意見を取次する中、一つの共通する回答が浮上してきています。

その回答をご紹介する前に「醜いあひるの子現象」ということを少しお話してみたいと思います。

「醜いあひるの子」とは、皆さんもほとんどの方が一度は触れたことのある童話であるかと想います。

知らない人はいないのではないかと思われるくらいメジャーな童話でありますが、ざっとストーリーをおさらいしてみましょう。

ある時、アヒルの兄弟がいまして、その中に一匹の他の兄弟と毛色の違うアヒルの子がいました。

兄弟達は毛色の違うアヒルが大層醜く見えて、いじめたりします。

母親のアヒルもなんとか励ますものの、どうしてこの子だけ他の子と違うのかしら?といぶかしみます。

結果的にその醜いアヒルの子は、アヒルではなく白鳥の子どもであり、成長して最後は美しい白鳥となって飛びたってゆくというのがざっくりとした物語の筋書きですよね。

さて、このお話は、単純にアヒルの子が、実は美しい白鳥であったということで、メデタシ!ということを伝えたいのではありません。

もちろん、作者の意図は作者にしかわかりませんが、私は少なくともそうではないと受け止めています。

アヒルより白鳥の方が美しい。いじめられていたけれど、実は白鳥の子供でありハッピーエンドでよかったねというお話ではないと思うのです。

本来、アヒルと白鳥に差はありません。

生物上の個性とみる人の考え方認識によって、優劣を感じることはあっても、どちらが良くてどちらが醜いということをいえるものではないでしょう。

アヒルはアヒルの良さがあり、白鳥には白鳥の良さがあります。

この物語の肝となるのは、どんなに美しい白鳥も居場所を間違えると「醜いあひるの子」になってしまうというところにあります。

白鳥は白鳥の居場所があり、その良さを発揮できる群れの社会というものがあります。

アヒルにもアヒルの居場所があるものです。

そういう意味ではもし、アヒルの子が白鳥の群れに紛れ込んだならば、これは「醜い白鳥の子」になってしまうわけです。

この物語の肝となる居場所を選ぶというところに人間関係の解決の糸口があったりします。

私達は得てして今ある人間関係の中ですべてを判断してしまうとう癖があります。

会社の部署の仲間達、学校のクラスメイト、あるいはたまたま入った趣味の会合、近所の方々、人間関係といいますが、大抵は非常に狭い範疇でのお話になるわけです。

その狭い狭い範囲の人間関係で自分が溶け込めない、浮いていると認識した時に孤独を感じ、自分がダメな人間なんじゃないか、自分が未熟だから溶け込めないのではないかと考えてしまいがちなのです。

確かに、できるだけ、関わり合いのある方達とは仲良くした方がよいでしょうし、いらぬ軋轢を生まないようにはした方が無難であるとはいえます。

しかし、やはり、自分を無理やり合わないコミュニティに溶け込ませようとする行為は、本来は白鳥である子供が「醜いあひるの子」を演じることになってしまう可能性が高いといえます。

本来の居場所をみないで、目先の人間関係に囚われてしまえば、自分の本来の良さも忘れて「醜いあひるの子」になってしまうわけです。

これが「醜いあひるの子現象」です。

ですから、人間関係に悩み始めた時に一度、自問してほしいと思います。

今悩んでいる人達との関係は自分にとって必要なものなのかな?

このように自問をして、明らかに価値観や考えが合わない人であると思ったならば、どうか、忘れないで欲しいことがあります。

世界には70億人近い人がいて、日本人だけでも1億2千五百万人くらいの人がいます。

その中の数人、数十人がたとえ自分を認めてくれなかったとしても、潜在的にはものすごい多くの同士が世の中にはいるはずなのです。

だから、目先の人間関係よりも、もっと自分の同士となりえる人達との出会いを求めることに積極的になるべきですし、そうでない人との関係に心を砕き過ぎて、精神を病まないようにしてほしいと私は願っています。

人にはそれぞれの居場所があり、仲間が必ずいるものです。

そこに目を向ける時、人間関係の悩みは実は小さなことであると気づける日がくると信じています。

この記事がすべての人間関係と孤独に悩む人のヒントになれば幸いです。


天心 拝



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【初詣】箱根神社にて新春祈祷

ご報告が遅くなりましたが、元旦の初日は神奈川県の箱根神社に初詣に行って参りました。

元旦の日に道すがら携帯より参拝にゆく報告はさせて頂いておりましたが、今回は、その後の報告になります。

2012年度の始めての神社参拝ということもあり、特別にお祈りも極まってお参りさせて頂くことができました。

元旦というのは、本来、易経でいうところの陰が極まって陽に転じる日でもあり、新たに生まれ変わるという意味合いがあります。

丁度、易経に記されている地雷復(ちらいふく)というがこれを意味しています。

上卦に坤(こん)、下卦に震(しん)の卦が合わさっているのがこの地雷復の卦であるわけです。

卦は爻(こう)と言われる陰と陽を現わす記号のようなもので記述されているのですが、この卦の形を観察すると丁度、海の地平線上から太陽が昇ってくる様にも見えたりします。

そんなわけで、元旦もまた新たな誓いを胸に神社にてお祈りをさせて頂きました。

箱根神社に関する詳しいスピリチュアル的な解説はFGSの会の会報メルマガでお伝えしていますので詳しくは述べませんが、関東の中でも本当に幻想的というか神気が澄み切った感じのする神域であります。

当日は地元以外の遠くからの参詣客もはるばると足を運ぶ方々でにぎわっておりました。

それだけ、強い霊験もあるということなのでしょう。

神社の近くには芦ノ湖があり、そのほとりには九頭龍大神様が祀られています。

こちらの神社も非常に有名で、縁結び祈願などで訪れる方も多いと聞きます。

ただ、本来のところでいえば、箱根神社は天下太平、日本国の国民の幸福を祈る時に一番力を発揮されたりもします。

もちろん、個人の祈りも受け止めてくださってはいますが、大きな志で向かった方がより、霊験も大きく感得することができるはずなのです。

ですから、今回は、日本国のこと、国民のこと、日本経済や政治的な方向性について、すべての国民が幸せに今年一年も暮らしてゆけますようにとご祈願と取次をさせて頂きました。

また、新年ということもあり、きちんと昇殿参拝という形で正式なお玉串の添え方をして、祈祷に向かったわけです。

宮司が祝詞を奏上し、祓い幣でお祓いをし、巫女様が豊栄の舞いという舞いを奉納されている際も、ずっと箱根神社に降りておられる神霊に語り方、祈りをささげておりました。

思えば、拍車のかかり止まらない経済不況、海外においても欧州の金融危機、地震による活断層の活発化、隣国の北朝鮮の首長が亡くなり交代したことによる政治情勢の懸念、原発の放射能、色々上げてゆけばきりがありませんが、不安要素というものは沢山あります。

しかし、これらの不安に負けてしまえば、益々、凶事に状況が転じるように負のエネルギーが動いてしまいます。

ですから、これ以上、国民の皆が苦しんだり、不安になったりすることがなるべく小さくなってゆくようにお祈りいたしました。

それから、不安や怖れに負けないように神様の息吹が魂に吹いてくるように祈願したわけです。

もちろん、FGSの会メンバーの開運祈願、それから、読者の方々の開運祈願も同時に行っています。

そして、なによりも今後のブログを通しての活動、FGSの会の活動の方向性についてヒントを頂けるようにお祈りを致しました。

その結果、大きなテーマが与えられたわけです。

先日のブログでもお話しましたが、「霊性開拓の飛躍」というテーマです。

今までの活動は、どちらかというと個人の悩みや葛藤にどれだけヒントを授けられるかということが大きな割合をしめてきたように思います。

しかし、本年度としては、そこに止まらずにどうしたら「本当の幸せ」につながり、多くの人の霊性を開拓してゆくことができるのか。

このことが大きなテーマとなってくるようです。

現実的な課題や悩みに対するスピリチュアル的な回答という手法も残っては行きますが、より本質に近づくためにいかなることをしてゆくべきかを紹介していく。

そうすることが飛躍的に霊性開拓を進めることになり、その結果、現実面での苦しみにも終止符が打たれることになるというのが、箱根神社のご神霊からのお諭しとなったわけです。

以上が初詣祈祷にて得られたことのあらましの御報告になります。

最後に読者向けに対する箱根神社の御神霊からのメッセージをご紹介して終わりたいと思います。


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気をつけるべし

新たな息吹あれど

俗の気がそれを塞ぐ

神仙の妙気とは

どこまでも純粋に向かう

賢しらなき心根に宿る

妙気なくさば魂(たま)光なきこと悟認すべし


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天心 拝


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【2012年度】新しい鑑定体系のお話

予告通り、2012年の新しい方向性を受けての鑑定体系を発表してみたいと思います。

まず、基本は以下のURL記事を加筆修正致しましたので、ご覧頂ければと思います。

霊視鑑定について
霊視・霊感鑑定のルールの改定
鑑定種別について

上記記事を読めば鑑定取次のお申し込みについて、条件変更部分などの詳細がわかるようになっています。

ただ、記事も分散化されて、加筆修正という形を取ったためにちょっとわかりずらいのではないかという点もいなめません。

そこで、一応、今回の大きな変更点とその経緯について再度、纏めてお話させて頂ければと思います。

まず、大きくわかりましたのは、鑑定種別になります。

具体的に言いますと、まず三つに分かれていた鑑定種別の中で「霊障判定・簡易修祓」の取次を2012年度を持って一度休止とさせていただくことになりました。

この理由に致しましては、まず、霊障判定というものの持つ問題点にあります。

この取次は本来、簡易な霊障に悩まされる方に少しでも安心して頂くためにはじめた取次でありました。

しかしながら、お申し込みになられる方の八割方はなかなかの霊的な問題を抱えている方であることが多い事実に気がつかされました。

実際に簡単なお祓いとしての簡易修祓では対応できないケースもあり、中途半端な取次になってしまうことが多々ありました。

霊障を判定する際に審神(さにわ)を行うことになるわけですが、審神には原則があるのです。

それは、審神して霊障に光を当ててしまうかぎりには、必ず、その霊障を解決しなければならないというものです。

例えば、家に泥棒が侵入していると致しましょう。

たまたま、家主は寝ていて気付かないでいるという状況を考えてみましょう。

泥棒は様々、家の中を物色しながらも、寝ている住人を起こさないように静かに仕事?を済まそうとするはずです。

もちろん、寝静まっていれば、泥棒にやりたい放題にされてしまいますが、泥棒の侵入に気づいてしまったとしたらどうでしょう。

泥棒の姿を見たあなたは「ドロボー!!」っと叫ぶかも知れません。

でも、考えてみてください。

その後、泥棒だって見つかってしまって焦り始めます。

下手をしたら危害を加えてこないとも限りません。

きちんとした対応ができないならば、泥棒を見つけても下手な動きをするのは危険である場合もあるということです。

霊障も同じところがあります。

審神により光を当ててしまうと、自分の企みがばれることを嫌がり、暴れ出す可能性もあるのです。

ですから、審神をしたならば、必ず、なんらかの処置を行わなければならないという原則があるわけです。

よく、「あなたには祟りの霊が憑いている」とか言いっぱなしで、どうにも処置しない霊能者の方がいらっしゃいますが、それは、あまりにも無責任というものです。

せめて無害化するための方策を授けるか、何らかの施しをして対処すべきところです。

私としてはその対処として簡易修祓をセットで行っていたわけです。

しかし、霊障がハッキリしている方は、簡易修祓だけでは追いつかない場合もあり、私の方で黙って、浄霊をしていたこともありました。

ただこれだと、遠隔浄霊ほど正式ではないにせよ、変わらない取次を負担することになり、少し体力的にキツイ状態に追い込まれることもあります。

また、遠隔浄霊を正式に申込まれている方に対しても不公平な対応となってしまうため、このたびは、霊障判定・簡易修祓は休止にさせて頂くことになりました。

今後は、遠隔浄霊で霊障関連は纏めることになりますので、そちらの方で宜しくお願い致します。

さて、霊障判定・簡易修祓のお話が長引いてしまいましたが、次に大きな変更があったのは、守護霊アドバイスです。

具体的には、守護霊アドバイスを三段階に分けさせて頂きました。

これは、今までの鑑定ニーズや御相談内容の傾向を分析した結果、ある傾向が浮き彫りになってきてしまったことに理由があります。

同じ守護霊アドバイスでも、基本は守護霊のコメントとその解説を天心がするというスタンスではあるのですが、時折、お姿を知りたいという方もいらっしゃたりするので、その時にはお姿を解説してお伝えしたりしていました。

私は何の気なしに取次を行っていたのですが、守護霊からすると「軽率」であり「不公平」であるという指摘を受けたのです。

まず、本当に守護霊との交流を図り、真心をきわめて求める人以外にやたらと守護霊の姿を明かすべきではないというお叱りです。

また、お姿を知る人と知らぬ人との間に不公平が発生していることも問題であると指摘されました。

確かに気軽に伝えすぎたかもしれませんが、守護霊と仲良くなり交流を深めてゆく手段として、守護霊のお姿をお伝えすることは非常に有効なことでもあるのです。

そこで、その旨を守護霊に投げかけながら、どうすべきかお伺いを立てつつ決めたのがこの段階別にする鑑定種別の体系であるわけです。

守護霊のコメントと解説のみの場合は、今まで通りの条件とする代わり、もっと霊界を知り、守護霊との真剣な交流を求める方には、それなりの誠を示す代償となる基準を作らせて頂きました。

それは、一般の神社、仏閣にて行われているお祓いのお玉串金額の段階をヒントにして、ある程度、ご寄付金額の基準を設けるという形になりました。

これは、本気で求めるならば、それなりの真心と誠を現わすことが条件であるという守護霊のお諭しにもよります。

本来はあまり杓子定規な基準を作りたくないのですが、「軽率」「不公平」にならないためにも、このような対応とさせていただくことになりました。

御理解頂けると嬉しく思います。

それから、天命・過去世調査も三つの段階に分けさせて頂きました。

理由は守護霊アドバイスと同様でありますが、基本は天命を伝えるところにあり、過去世はさらに探求心がある方だけお伝えすればよいという守護霊からの御指摘から天命のみと過去世付きの鑑定、それから、親、兄弟、友人、恋人等との過去世での繋がりを調査する取次の三段階とさせて頂いています。

詳しくは上記の記事をご参照ください。


最後にご寄付についてお話させて頂きたいと思います。

過去にも何度かお話させて頂いておりますが、ご寄付とはビジネスライクな料金としてやり取りされるお金のことをいうのではありません。

守護霊や神仏に対する真心とそれから自分の魂の向上に向き合うための意気込みがあって、はじめて意味のあるご寄付となるものです。

単なる料金を支払うという気持ちは、ビジネスライクな重い気を私も受けてしまいますし、神仏への真心の取次が困難になってしまいます。

ある程度、ご寄付の基準を設けさせて頂きましたが、どのように鑑定体系が変わろうとも、その原則は永遠に変わらないところであります。

ですから、まずはその点はお忘れなきようお願い致したく思います。

また、ご寄付をされる方にお願いがございます。

様々な方からのご寄付の御入金を独りで確認を取りこなしています。

混乱をさけて御入金の確認をスムーズにさせて頂くためにも以下のガイドラインをお願いしたいと思います。

・御入金は取次完了メールの到着後5日以内(土日祝日除く)にして頂けると助かります。これは絶対的なお願いとは言いませんが、あまりにも長い期間を置かれてしまいますと、確認漏れなどが発生する可能性が高いので、あくまで一つの基準として受け止めて頂ければと思います。(強制とかではありませんが、あくまでお願いです)
また、御入金が随分先になりそうな場合はあらかじめお知らせ頂けるとありがたく思います。


・御入金がお済になった場合は、メールにて一方頂けるとありがたく思います。また振り込み名が鑑定時の名前と一致しない方の場合は、振り込み名も記載して頂けると確認がスムーズに行えます。

・ご寄付は、一つの鑑定種別の中で1件の取次に対して御奉納頂くようにお願い致します。時折、複数件を一時に納めてしまわれる方がいらっしゃいます。
本来は事を分けて守護霊や神仏に取次をお願いするのが筋となっています。
しかし、どうしても一括にしたい場合は、お手数ですがどの取次に対するものがどれだけのご寄付に該当するのかをお伝え頂ければと思います。(一口あたりの金額を提示して頂くということも可能です)
これも毎回、きちんと事を分けてご寄付を納めておられる方との条件的な差異がないようにとの守護霊のお諭しによるところでもあります。


以上、を持って新しい方向性に基ずく鑑定体系の発表とさせていただきたいと思います。



天心 拝


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霊視・霊感鑑定のルールの改定

※2015年1月19日に加筆・修正をしています。

こんにちは!

天心です。

2012年度を迎えて新たに鑑定種別等の改定がございます。

旧来ルールと変更点などがありますので、必ず鑑定依頼の際は当該記事をご確認頂ければと思います。

今までネット上の掲示板やこのブログにおいて、無償の霊視・霊感鑑定による御相談を実施してまいりました。

本当に多くの方にお申し込み頂き、喜びや感謝のお言葉を頂いたりも致しました。

私自身も試行錯誤しながら少しでも相談者の方の心が安らぎ、こらからの未来を歩む上でのヒントとなって頂ければよいという思いだけで、続けて参りました。

当初は純粋な霊視のヴィジョンを守護霊様に見せて頂き鑑定アドバイスをさせて頂くということをさせて頂いておりました。

しかし、段々とご相談に対して、どうすべきか、相談者の守護霊様にお伺いしても、ヴィジョンを見せて頂けなかったり、あまり回答を頂けないケースが多くなってきています。

これは、あまりに多くの方が鑑定のお申し込みをされるために、私自身が疲弊してきているということもあります。

でも、それよりも何よりも守護霊様が何も応えてくれない理由として考えられるのは、あまりにヴィジョンを伝えすぎ、守護霊のコメントなども簡単に提示してしまうために、ご相談者の方の成長の妨げになっているということでした。

時々、守護霊は戒告をしてきます。

「あまりに情に流されて、助言を与え過ぎれば、当人の魂の成長や気づきを奪うなり」

このように厳しい指摘を受けることもありました。

私としては、当時、少しでもヒントを受け取り、ご相談者の方が人生をよりよく生きるための糧になればいいという思いだけで取次を行っておりましたが、守護霊様の立場からすると、少し軽挙であると思われているフシがあったようです。

個人個人の悩みに一つ一つ答える前に前提となる心構え、生きる道筋をお話するべきという守護霊様の指導により、現在はブログを通じて少しずつお話をして頂いています。

こうした主旨を理解し、単なる悩みを聞いて欲しい、解決してほしいという気持ちを離れて、自分を向上させるキッカケとしたいという願いから申込まれる方ばかりならば問題なかったのですが、どうしても、単にブログの無償鑑定記事のみを偶々見かけただけで申込をする方もいらっしゃるというのが現実です。

そうなると、どうしても本来の霊視・霊感鑑定の前提となる心構えができていない状態で、鑑定をすることになりその意義が伝わりづらくなるという問題点が浮上して参りました。

そのため、まず当該ブログをお読みになり、主旨を理解された方を対象として霊視・霊感鑑定をしてゆくように条件を設定させて頂くことになりました。

これが一つ目のルールの改定になります。

これに続き、もうひとつの条件は、未来ヴィジョンによる鑑定を廃止したいと思います。

今まで、多くの方の現時点での未来の可能性のヴィジョンを守護霊様に垣間見せて頂くことで、その未来の可能性をお伝えすることを行ってまいりました。

未来の可能性を知り、それをヒントに現在すべきことを一生懸命に取り組んで頂くことを目的としていました。

しかし、現実には、「未来を知って安心したい」「なんとか楽をして正解にたどり着きたい」という念が強く飛び交い、守護霊様からの未来ヴィジョンが見えてこないことが多くなってきたのです。

あくまで、本人の成長に繋がることが前提であれば、守護霊様は少しだけ未来の可能性を明かしてくれます。

その前提が崩れてくると守護霊様は、何も答えず、何も見せないのです。

かねてから未来ヴィジョンは、多くの人を惑わせる結果になっているという守護霊からの指摘もありました。

真に運用できない霊視は、当人を混乱させるだけで、有害になってしまうことがあります。

ご相談の中で一番多く寄せられる質問が未来に関することであるので、未来ヴィジョンを廃止にするのは、忍びない想いがあるのですが、上記のような理由から廃止にする決断に至りました。

何卒、ご理解頂ければと思います。

そして、装いも新たに、霊視・霊感鑑定をリニューアル致します。

まず、霊視・霊感鑑定と大きな枠組みの中で行ってきた鑑定ではありますが、以下の種類に分類したいと思います。


【1】守護霊アドバイス

また、2012年度から守護霊アドバイスは三つの段階に分けさせて頂くことになりました。

第一段階:守護霊アドバイス(基本)・・・初回のみ無償(FGS入門メンバーのみ対象)、次回よりお志による任意金額にてご寄付頂ける方が申込可能。

・守護霊からのコメントをお伝えします。
・守護霊からのコメントの解説を天心が致します。

第二段階:守護霊アドバイス(基本+お姿解説)・・・五千円以上の真心からのご寄付ありの方がお申し込み頂くことが可能です。

・守護霊からのコメントをお伝えします。
・守護霊からのコメントの解説を天心が致します。
・守護霊アドバイスの時にお出ましになった守護霊のお姿を解説致します。

第三段階:守護霊アドバイス(基本+お姿解説+霊名開示)・・・一万円以上の真心からのご寄付ありの方がお申し込み頂くことが可能です。

・守護霊からのコメントをお伝えします。
・守護霊からのコメントの解説を天心が致します。
・守護霊アドバイスの時にお出ましになった守護霊のお姿を解説致します。
・守護霊アドバイスの時にお出ましになった守護霊の御霊名(霊界でのお名前)をお尋ねいたします。

お申し込みの際には、「鑑定種別について」の記事をご確認の上、自分の申込したい段階を鑑定種別に記載するようにしてください。


【2】霊障判定・簡易修祓

霊障が気になる方向けに、簡単な霊障の審神(さにわ)を行い、判定します。

場合によっては、簡単な修祓(しゅばつ)を遠隔にて行います。

但し、あまりに強い霊障の場合は、対応できない場合もあります。


※2012年より一度、この取次は休止致したいと思います。霊障関連での御相談に関しては、遠隔浄霊にて対応させて頂くことになります。


【3】天命・過去世調査

また、2012年度から天命・過去世調査は三つの段階に分けさせて頂くことになりました。

第一段階:天命調査・・・五千円以上の真心からのご寄付ありの方がお申し込み頂くことが可能です。(2015年より変更)

・複数あるうちの天命を一つ調査しお伝えします。

第二段階:天命・過去世調査・・・1万円以上の真心からのご寄付ありの方がお申し込み頂くことが可能です。(2015年より変更)

・複数あるうちの天命を一つ調査しお伝えします。
・天命と関連のある過去世を一つお伝えします。

第三段階:縁起過去世調査・・・(ご縁のある方一人の調査に対して)五千円以上の真心からのご寄付ありの方がお申し込み頂くことが可能です。

・自分と気になる方との過去世での縁起について調査しお伝えします。


お申し込みの際には、「鑑定種別について」の記事をご確認の上、自分の申込したい段階を鑑定種別に記載するようにしてください。

以上になります。

2012年度から当面の間はこの鑑定ルールで行ってゆきますので宜しくお願い致します。

鑑定申込方法は当面は今までと同じでよいのですが、相談内容がどれに該当するのかメールに記載してもらえればと思います。リニューアル後の申込方法の記事を更新しました。「取次鑑定について」をご参照ください。

取り急ぎ、報告まで。

また、変更点がある場合には、お知らせ記事にて随時発表していきます。


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新たな方向性について

新年を迎え三が日が終わりましたが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

私は元旦の箱根神社の初詣をかわぎりに、二日目は川崎大師、三日目は以前、お世話になっている大宮八幡宮へ参拝しています。

まだ、ご挨拶できていない神社が多くありますが、ゆっくり廻っていきたいと思います。

さて、また本日も携帯からの更新ではありますが、少しお話をさせて頂きたいと思います。

年末あたりにお話させて頂いた今年からの方向性についてです。

まず、鑑定種別を少し変更してゆきたいと思います。

これは、今年度に入り新たな霊法の玉を授かり受けて、新しく取次の体系が加わったことにもあります。

今年から益々、霊性開拓をしてゆく必要性が増してくることもありまして、新しい体系にマッチした鑑定体系を整理し直すことになりました。

また、現在の鑑定種別の体系や条件では、不公平な側面や守護霊や神霊から見て、お心に叶わない部分があるとの指摘もあります。

ですから、年も明けて心新たに方向性を但し、その意味において、まずは、鑑定種別の改訂を実施してゆこうと思います。

具体的な改定版の発表は明日以降に行いたいと考えています。

最後に今年の方向性を示すスローガンを発表します。


「霊性開拓の飛躍」


よりスピリチュアルな世界に深く根差した生き方、考え方を飛躍させるための方法や学びの在り方を推進してゆく次第です。

日常に埋没することなく、脱皮の年にしてゆければ幸いです。


天心 拝


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新年おめでとうございます

皆様。


新年明けましておめでとうございます。

無事に新たな朝日子を迎えることができましたことに感謝致します。

今は携帯からブログ記事にてご挨拶させて頂いております。

新年の初詣に箱根神社の神域に向かっている道すがらであります。

正月とは正す月と書きますが、まさしく誓いを新たに己の心根を正すわけです。

初詣とは、その誓いを立てるためにいくのが本当です。

また朔日の日は神様も一番、神徳を漲らせている日でもあります。

さらに元旦となれば新たな息吹を与えてくれるターニングポイントとなる日でもあるわけです。

皆様方におかれましても、そのような気持ちで、是非、初詣にいかれますとより一層、意義深いお参りができるのではないかなと思います。

さて、私は箱根神社にて参拝させて頂きますが、私個人のことを超えて、読者の方や鑑定、取次を受けられた方、FGSの会メンバーの方々の今年一年の発展祈願も取次させて頂く予定です。

皆様方に神徳の追い風が吹きますこと願っています。

また、参拝が終わりましたら、後日にでも、改めてご報告できればなと思います。


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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