守護霊~祈りの言葉~(奮い立つ勇猛心の祈り編)

~ 守護霊への祈りの言葉(奮い立つ勇猛心の祈り編) ~


荒御魂(あらみたま)守りたまえ幸(さき)はえたまえ


荒御魂(あらみたま)守りたまえ幸(さき)はえたまえ


荒御魂(あらみたま)守りたまえ幸(さき)はえたまえ


私は守護霊様とともにあります


私は守護霊様とともに歩みます


守護霊様とともにある時、私に不安な気持ちはありません


守護霊様とともにある時、私に消極的な怠惰な心はありません


守護霊様とともにある時、私にいかなる障害もありません


守護霊様とともにある時、私にいかなる困窮もありません


守護霊様とともに歩む時、私の心は勇気に満たされます


守護霊様とともに歩む時、私の心は成功を確信しています


守護霊様とともに歩む時、私にとっていかなる出来事も喜びに変わります


守護霊様とともに歩む時、私にとっていかなる出来事も学びに変わります


守護霊様とともに歩む時、私にとっていかなる出来事も追い風に変わります


今、私の心は勇気で満たされています。


今、私の荒御魂は、うち震えています


今、私の荒御魂は、成し遂げることに向かう波動でうち震えています


今、私の荒御魂は、目指すべきかの地だけを見つめています


今、私の荒御魂は、一切の雑念を打ち破る力で満ちています


守護霊様。私の荒御魂を導きたまえ


守護霊様。私の荒御魂を導きたまえ


私は一切を恐れず


私は一切から逃げず


私は一切のことに打ち勝ちます


私は不退転の覚悟で守護霊様とともに歩みます


私は勇猛心を奮い立たせて日々の修行に向き合います


私の勇猛心の誓いを受け取られますよう


私の不退転の覚悟を受け取られますよう


私の勇猛心の炎が消え失せぬよう


どこまでもどこまでもともに歩み、導きたまえ


ことごとく祈りをお請けいただきまして感謝いたします



~ 守護霊への祈りの言葉(奮い立つ勇猛心の祈り編)完 ~



天心 拝


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【時事ネタ】南海トラフ巨大地震

本日の時事ネタはこちらです。


★南海トラフ巨大地震、被害想定 対策とれば死者は激減
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/nankai_earthquake/?1346297726


東日本大震災が発生してから約1年半が経ちました。

被災地の復興支援や原発の問題という課題もまだまだ残っていますが、被災地ではない地域でもいつ大地震が起きてもおかしくない地質上の状態であります。

私も東京に住む人間として首都圏直下の地震や東南海地震などには注視しております。

もちろん、ただ、地震を不安がったり、恐れたりしてもはじまりません。

ニュース記事でも書かれているように耐震対策や様々な準備をすることで被害を減らすこともできるのです。

だから、これからもどんどん、地震や天災、風水災害などの対応を行政としては行っていっていただきたいと思います。

私に今できることは、被災者への義捐金をすることや祈ることだけです。

義捐金は、ブログ記事でご報告している通りですが、祈りとしてはいつも神社、仏閣にて参詣するときには地震のことをお祈りします。

特に江ノ島と箱根に詣でる時には、強くお祈りしています。

地震のエネルギーが小さい形で小出しに消化されますように、できれば、被災が起きないレベルでエネルギーが消化されるようにと祈っています。

それがどうしても無理な場合は、なるべく先延ばしにしてくださいとお祈りします。

先延ばしになれば、その間に人間の努力によって、被害を最小限に抑える対策がなされていく時間が得られるからです。

ともかく、今後も一人でも被災されたり、悲しい想いをされる方がないように今は祈るしかありません。

それにもまして、人として、やれるべき地震災害への対策を講じていくことは大切なことなのかも知れません。


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明治神宮

都内でおそらく最大の大きな神社はどこかと問われれば、やはり「明治神宮」ではないかと思います。

山の手線沿線の原宿駅という若者が多く集う場所すぐ近くに鎮座する社は、代々木と原宿をまたぐ広大な土地を神域として持っています。

原宿の街は絶えずにぎやかで、上京した際の観光地としても有名なところでもあるので、どちらかといえば、神社の鎮座する神域としては相いれない雰囲気を持っています。

ところが、ひとたび、明治神宮の大鳥居をくぐり、玉砂利のひかれた大きな参道へと足を踏み入れると全くの別空間に入ったことが肌でわかります。

ここは、都心でありながらも、力強く他の神社とは比べ物にならない霊威と働きを感じるのです。

それだけ特別なところでもあり、重要な神域でもあるようです。

さて、明治神宮といえば、明治天皇を主祭神とする神社であります。

というよりも、明治天皇をしたい敬う民衆の真心が結実して、作られた社であるわけです。

他の古社とは異なり、比較的、新しい神社であるといえます。

神社には様々なタイプがありまして、平安時代とかものすごく昔からある古社もあれば、もともと神社でなかった場所に社を作り、勧請という方法で神霊を鎮めて神域、霊域とする方法などがあります。

明治神宮はどちらかといえば、後者に近いですが、勧請というよりも、むしろ、明治天皇を祀るために顕現した社という感じです。

若干、土地柄、観光地の一つとなっているという部分はありますが、それでも、あの透き通った神気と光の筋が何本も降りている様は圧巻です。

龍神様も青龍紅龍が夫婦龍として、境内や明治神宮の神域を縦横無尽に駆け巡っています。

後、黄金龍、瑠璃龍、様々な龍神達がいます。

ちなみに拝殿の近くに青龍と紅龍、そして黄金龍の依代(よりしろ)となる御神木(ぼしんぼく)があります。

どの樹がそうなのか。

その辺はあえてお話しないでおきます。

もし、参拝する機会があったら、どれがそうなのか見つけてみましょう。(笑)

さて、玉砂利をかき分けながら参道を進むと、拝殿に向かう道を指し示す看板が見えます。

そこを道なりに行くと、手水舎が見えてきて、さらに鳥居をくぐると拝殿の前に進むことができます。

とにかく大きい神域なので、拝殿にたどりつくまでも結構、歩くことになります。

その歩く道すがら、段々と心が静まってくるのがわかります。

拝殿でお祈りをするとスーッと白い光のオーロラのような神気が降りてくるのがわかります。

残念ながら明治天皇様のご神霊ではなく、姿もはっきりはしないのですが、以下のメッセージを伝えてくださいました。


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大和の心

しらしめす

皇(すめら)の命(みこと)の道くだる

大らかにして

円徳円満(えんとくえんまん)

新しき世を迎える徳あり


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少し解説をさせていただきますと、この明治神宮の神域で発揮されている力としては、日本の伝統や文化、良き精神性を世の中に広めていくというものがあるそうです。

今、日本人の心や文化が失われつつありますが、明治神宮には、日本の良いところや素晴らしい習慣が栄えていくための御神力があるということです。

ただ、その力は決して人を屈服させたり、無理やり押さえつけるような形で発揮されるのではなく、円満な形で、誰も嫌がったり、傷つけられたりすることなく、皆万事、仲良くむつまじくなっていくような導きであるとのことです。

それから、大きな転換を起こす力もあり、その際も転換による衝撃や戸惑いを最小限度にして、円満な形で新しい方向に向かうことができるようになる神徳もあるということです。

まだまだ、明治神宮にはよくわかっていない秘密がありそうですが、今回は初めてのレポートということで、この程度にしておきたいと思います。


天心 拝


追伸

明治神宮にてもご寄付をして頂いたものの一部を玉串としてお賽銭箱に奉納しました。

それから、東日本大震災の義捐金ではないのですが、昭憲皇太后様の名前が冠された恵まれない方への募金がありましたので、そちらに寄付をさせていただきました。

神田明神、他神社、仏閣と同じように御寄付をしてくださった方の真心が伝わりますようにお祈りをさせていただきました。

以上、ご報告まで



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捨己従人の心

捨己従人(しゃきじゅうじん)

この言葉は、元は太極拳(たいきょくけん)を学ぶ上でのポイントとなる用語であります。

「己を捨てて、相手の力に抵抗せず柔らかく動くこと」

ネット上で調べられる概略としては、このような意味になるそうです。

さて、最近、この「己を捨てて、相手の力に抵抗せず柔らかく動くこと」は非常に重要な意義を持つのではないかと思っています。

実はこの言葉を最初に知るきっかけとなったのは、「拳児」という拳法修行がテーマの少年漫画でありました。(笑)

ざっと漫画のストーリーを説明いたしますと、拳児(けんじ)という少年がお祖父さんから八極拳(はっきょくけん)を教わりながら、段々と心と身体の強さを身につけていくというお話です。

序盤は、主に八極拳を拳児が修行していくお話なのですが、途中から、拳児の拳法の師でもあるお祖父さんが中国に渡り行方不明となり、拳児が祖父を探すため中国に渡り、その途上で八極拳以外の様々な拳法を学び修行を行うというストーリー展開になります。

拳児は様々な拳法を学ぶわけですが、その時に、師事する先生から言われた言葉が「捨己従人」なのです。

これは、新しい拳法を学ぶ上で、拳児がまず最初に心がけねばならないポイントとなる言葉でもありました。

なぜならば、新しい拳法を学ぶ上では、その拳法を身につけていくためのノウハウや修行方法があるわけです。

理論や体系も異なります。

まっさらな気持ちで取り組まなければ、到底、きちんと基礎から土台を作って身につけていくことはできないわけです。

拳児は八極拳の心得があるため、どうしても、他の拳法を学ぶ上でも八極拳での修行や理論と重ねてしまうことがあったのです。

「八極拳では、このように修行した」「お祖父さんからはこのように教えられた」

このようにいろんな知識があるとそれが邪魔をして、まっさらな気持ちで修行に打ち込めなくなってしまいます。

そこで、拳児は、新しい拳法を学ぶ上では、八極拳を封印して、使わず、修行もせず、これから学ぼうとする拳法の理論や体系を受け入れて、新たな気持ちで学ぶようになります。

これは、拳児が八極拳を捨てたわけでも、新しい拳法に浮気して、宗旨変えをしたわけでもありません。

ただ、学ぶ上でしっかりと身につけるためには、「己を捨てて、相手の力に抵抗せず柔らかく動くこと」すなわち、自分が身に付けた前提知識に拘泥したり、とらわれたりせずに、これから学ぼうとする対象に合わせて柔軟に対応するという捨己従人の心がどうしても必要であったわけです。

こうして、拳児は、修行を重ねて、さらに心身ともに成長し強くなっていきました。

漫画の概略は以上なんですが、私は、最近、捨己従人の心の重要性を非常に感じることがあります。

私は様々なことをブログやFGSの会のメルマガ、音声音源などでお話させていただいています。

いろんな方が読んでくださっていますし、実に様々な受け止め方をしてくださって活用されていることと思います。

しかし、本当に伝えたいことがきちんと伝えられているのかという意味で、少し不安になることがあります。

なぜならば、スピリチュアルな世界というものも、様々な方が様々なことをおっしゃられています。

もちろん、それはそれで個性であり、その方々の主張されたいことがあるわけなので良いのかと思っています。

ただ、どうしても、私のブログを読む時にもいろんな方の主張を頭の中にため込んで受け入れようとすると、様々な誤解や誤った解釈へとつながりかねない部分もあるのかなと思ったりもします。

なので、私からの読者の皆さまに提案してみたいこととしては、捨己従人の心でもって、ブログやFGSの会のメルマガを読んでいただければと思うのです。

それぞれの方のそれぞれの考え方、意志、発想を私は常に尊重しています。

いろんな考え方や主張があってよいのです。

様々な主張や個性が調和されるようになっていくことが大事だと思っているのです。

しかしながら、それでも、何かを学ぶ時には、捨己従人を心がけることで、間違ったり、勘違いをしたりする可能性が減少してくるのではないかと思います。

まずは、まっさらな気持ちでブログ記事もお読みいただけると幸いです。


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守護霊~祈りの言葉~

~守護霊への祈りの言葉(感謝の祈り編) ~


今日もこうして祈り向かうことができることに感謝いたします。


祈り向かうことのできる時間のあることに感謝いたします。


祈り向かうことのできる場所があることに感謝いたします。


祈り向かうことを可能とする健康があることに感謝いたします。


祈り向かうことを可能とする知性があることに感謝いたします。


祈り向かうことを可能とする財力があることに感謝いたします。


祈り向かう自分となる修行の場があることを感謝いたします。


祈り向かう自分となる学びの場があることを感謝いたします。


私が人生にてほがらかで楽しく幸せな日々をサポートしてくれる家族を与えてくださいましたことを感謝いたします。


私が人生にて愛を育み、表現し、実践するために必要なことを教えてくださる存在をつかわしていただきましたことを感謝いたします。


私が人生にてくじけそうになる時に叱咤、激励し、魂を奮い立たせてくれる存在をつかわしていただきましたことに感謝いたします。


私が人生にて傲慢不遜にいたらぬように、諌め、道を正し、導きを与えてくださりますことを感謝いたします。


私が人生にて苦難、困難から多くを学ぶ悟覚力(ごかくりょく)を与えてくださいますことを感謝いたします。


私が私らしく主体性を持って、魂を奮い立たせて日々、生きてゆけますことを感謝いたします。


私が私らしく生きる上で、関係する家族を幸せにすることができますことを感謝いたします。


私が私らしく生きる上で、関係する友人を幸せにすることができますことを感謝いたします。


私が日々の生業を通して、学び続けられますことを感謝いたします。


私が日々の生業を通して、徳を納め、人を助け、まい進努力できますことを感謝いたします。


私の日々、祈ることが全ての人の幸せと調和に貢献いたしますことを感謝いたします。


私の日々、言葉にすることが全ての人の幸せと調和に貢献いたしますことを感謝いたします。


私の日々、行動することが全ての人の幸せと調和に貢献いたしますことを感謝いたします。


私は一切の起こる全てに感謝いたします。


私は全てを守護霊様よりのお導きとして受け止めて、謹んで学ばせていただきます。


あらゆることを感謝の念で受け止める祈りの業(わざ)に代えさせて頂きますことをよろしくお願いいたします。


守護霊様、守護霊団の皆さま方。


私の感謝の祈りを受け止められますように謹んでお願い申し上げます。



~守護霊への祈りの言葉(感謝の祈り編) 完 ~


天心 拝


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愛とエゴの間

人間には魂と呼ばれる神界に通じる主体的な意志が存在しています。

その意志は常に全ての宇宙から具体的な現世での在り様一つひとつまで見通して、真善美、ひいては愛を表現し、育みたいと希望しています。

本来はそこには、寛大さ、広い想像力、知性、美、探究心・・・あらゆる成長と進化を遂げていきたいという意志が人間には存在しています。

しかし、この意志を覆い隠し、認識しずらくさせ、わからなくさせているものがあります。

それがエゴの存在です。

エゴとは、自我という縛りであり、自我を固定化させるための働きの一つでもあります。

私達が自分を自分と認識できるのは、エゴの働きの一つでもあります。

また、自分が自分であるために、あるいは自分という存在を守るためにもエゴは存在しています。

エゴというとスピリチュアルな世界ではまるで悪者のように扱われがちであるのですが、人間が人間として生きていく過程においては、エゴも必要不可欠な要素なのです。

エゴがあるから、なんとか保身を考えたり、厳しい現実に遭遇しても、頑張って乗り越えようといたします。

欲望があるのもエゴの働きの一つです。

食べたい、眠りたい、素敵な異性と結婚したいこれも私達が生きる上で必要な欲求でもあります。

もし、エゴがなく食べることも、眠ることも、あるいは素敵な伴侶と巡り合うことに対しても全く無関心になってしまえば、私達は生きていくことができません。

子孫も生まれず、人類は滅亡してしまうかも知れません。

だからこそ、最低限のエゴの働きは、私達が現世で生きる上では必要不可欠な要素でもあるのです。

しかしながら、問題なのは、エゴというものは、時としてどんどん肥大化していく傾向があることです。

仏教の言葉に渇愛(かつあい)というものがありますが、最初は小さくてもどんどんとエゴの欲求は大きくなっていくものでもあります。

大きくなりすぎたエゴはいつしか、人間から完全に神性、霊性として与えられた魂を失わせてしまいます。

魂なき人間は、畜生と変わらないのです。

そこで、多くのスピリチュアル系あるいは宗教などでは、エゴにとらわれずに本来の魂の意志に立ち返りましょうというニュアンスのことが叫ばれるわけです。

もちろん、表現方法、具体的主張、そのための方法論、指導に当たる神仏、あるいは霊的存在はそれぞれ異なったりしますが、煎じつめれば上記のようなニュアンスとして集約できるかと思います。

エゴにとらわれず魂のままに本来の自分らしく(あるいは天国に至る人のように、あるいは悟った人のように、あるいは神の思し召しの通りに)生きようとスピリチュアルやそういったことを学んだ方は思うわけです。

それはとても良い心がけであり、生まれ変わった心地で、あるべき姿を模索して頑張ろうとされることは尊いことだと思います。

しかしながら、ここで一つ注意してほしい点があります。

それは、多くの人は、究極の人生のテーマを知り、そのテーマにのっとって頑張ろうとされる陰で大きな落とし穴があることに気付いていない場合があるということです。

人生のテーマがわかり、そのように生きようと志すもそう簡単には、自分の心根というものは一変できるものではないということです。

今まで「お金持ちになりたい」とか「素敵な男性との出会いが欲しい」とか「社長になって仕事で成功して今まで馬鹿にしていた奴らを見返したい!」と思っていた人が突然、人類への愛とか宇宙の根本原理を学んだからといって、いきなりそこの位置まで霊層があがるわけではないのです。

どうしてもエゴの働きは心根に残っています。

そして、エゴはその働きにより、自分の心根をひいては霊層、霊界をエゴが働くのに気持ちの良いところまで引き戻そうと動くのです。

どんなに高尚な愛に気づきをえても、素晴らしい真理を聞いて理解できたとしても、このエゴの引き戻しがあるので段々と高尚な気持ちであった心根もいつしかエゴにそって生きていた自分に戻っていくのです。

この原理がわかっていないと、様々なことを学び、頑張ろうと決心しても、いつの間にか元に戻っているという事態になったりします。

なので、素晴らしいことを聞いたり見たり、感じたり、悟ったりして、自分が心根が一変して生まれ変わったかのように思えたとしても油断は禁物ということです。

目指すべき愛の状態とエゴとしての心根の間にギャップが大きくあればあるほど、エゴの引き戻しの作用は大きくなります。

無理やり愛と真心が大事なんだ!と意気込めば意気込むほど、本音の部分のエゴは納得しないまま、一時だけ霊層だけが上昇していきます。

そしてエゴと愛との間に大きな距離ができます。

この距離が大きければ大きいほど、伸びきったゴムが勢いよくひき戻ろうとするかのように、エゴの方に霊層を引き戻そうとします。

ではどうすればこのギャップによる引き戻しを解決してゆけるのでしょうか。

一つには、愛の原理原則を深く学び、本当に神界の意志に立ち返り、魂の意志に立ち返ることの素晴らしさを深く深く認識していくということがあります。

エゴの引き戻しの力よりも愛の引き上げの力が勝れば、引き戻される距離は縮むはずです。

もうひとつはしっかりとエゴと向き合い、解決していくということです。

この場合は、エゴをある程度満たすことも解決の一つですが、際限なく求め始めているエゴをなだめていくということが大事になってきます。

そして、神界の意志、魂の意志に生きることがエゴに生きることよりも本当は楽しく心地良く、真の意味で幸せに感じることができる状態なのだということをしっかりと体験し学んでいけるようにしていくこと。

これを怠るとどんなに理念や美しい思想を体現していこうと頑張ってみても、愛とエゴとの間での苦しみと葛藤だけの日々になってしまいます。

少しずつ日々の中で愛とエゴの間のギャップを縮めていき、いつしか間がなくなった時、私達が魂に回帰し神界に回帰し、そして神と人とが合一した状態となっているといえることでしょう。

そのためには焦らずに間を埋めるための学びと修行が必要なのかと思います。


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行き当たりばったりのススメ

私達は何がしかの行動をとる時に大抵の場合、計画を立てて準備をしてから始めようとすることが多いと思います。

それは子供のころから「なんでも計画的に行いなさい」「やみくもに行わず準備をしっかりしなさい」と教えられることが多いからです。

しっかりと計画を立てて、準備をして始めるのが理想であり、正しいあり方だと思われています。

「それの何がいけないのだ?」

と思われるかもしれませんが、もちろん、計画や準備をすることが悪いことだと言いたいわけではありません。

ただ、何事も行き過ぎると物事の真実をわからなくさせてしまうことがあります。

そんな真実の一つとして世の中はイレギュラーバウンドに満ちているということです。

イレギュラーバウンドとは、球技において、球筋が読めず、どこにボールが転がっていくのかまるでわからない状態のことを言います。

私達が歩んでいる人生というものも常に何が起こるかわからないイレギュラーバウンドの状態だといえるのではないでしょうか。

20代までに結婚したいと思っていたけれど、30代になった今も独身であったり、文系の大学に進んでジャーナリストを目指そうと思っていたのに気が付いたらITエンジニアになっていたなんてこともあるでしょう。

また、絶対うまくいくと万を辞して告白した相手に別のお付き合いをしている人がいて振られたり(苦笑)、男の子の赤ちゃんが欲しいと思っていたけれど、女の子が生まれたり。

ともかく、人の思い描く青写真通りに正確でビッチリとした筋書き通りの人生とはならないことが多いはずです。

人生はイレギュラーバウンドの連続です。

最初は右も左もわらかない状態から始まり、予想外のことにぶつかり、右往左往とするものです。

そのように揺さぶられながら、段々と人生で起こるイレギュラーバウンドをうまく受け止められるようになるのですね。

逆にいえばイレギュラーバウンドをうまくキャッチできるようになれば、人生は、ずいぶんと楽しいものとなってくると思うのです。

人は計画して準備をして事に当ろうとしますが、これは、ひとえにイレギュラーバウンドを恐れ、できれば、楽な気持ちで物事にかかわっていきたいという心の表れかと思います。

できるだけ痛くないように、できるだけ不安にならないように、計画をして準備をして、痛い目、怖い目にあうのを避けようとします。

しかし、私達に全てのイレギュラーバウンドを予測することも、未然に防ぐことも難しいといえます。

事細かに計画したり準備をしても、必ず予想外のことが起こるのが人生の不思議なのです。

イレギュラーバウンドを恐れすぎると、必ず一歩踏み出す勇気も衰えてくるものです。

では、どうすれば、どう生きればイレギュラーバウンドを恐れずに人生の未来を開いていくことができるのでしょうか。

そこで提案したいのは「行き当たりばったりのススメ」です。

行き当たりばったりというとなんだか不真面目でダメな人の典型的な発想であるかのように思われがちです。

もちろん、普段から行き当たりばったりすぎる人には、もっと準備と計画と思慮深さが必要となることでしょう。

でも、もし、準備が整わないと一歩踏み出す勇気がない、計画が完璧でないと自信が持てないというような気持ちに駆られることが多い場合には少し考えてみてください。

人生に完璧な計画は立てようがありません。

準備も完璧なものはないのです。

どんなに計画しても、準備してもイレギュラーバウンドは発生するものです。

逆に発生しないとしたら、それは、自分の今までやってきた慣れた内容だけを繰り返しているという証拠であり、チャレンジをしていないということです。

チャレンジの先には必ずイレギュラーバウンドが存在します。

そして、チャレンジとイレギュラーバウンドを受け止める覚悟がないところに成長はないのです。

だから、時には行き当たりばったりで行動してみるのも手だと思います。

行き当たりばったりだから、ほぼ行きつく先は、イレギュラーバウンドだらけのはずです。

痛い目、失敗、恥をかいたり、思いがけないことにぶつかることが多いでしょう。

しかし、必死になってそのイレギュラーを追いかけてゆくわけです。

そうしていくうちにいつしかイレギュラーバウンドに対応できる自分へと成長しているのを発見するはずです。

なんでも準備して、なんでも綿密に計画して、それでも自信が持てずやめました。

なんていう保留の人生よりも、めちゃくちゃで誉められたものではないけれど、決して及第点のあり方とはいえないけれど、必死になって、道を模索していく先に魂の向上もあるのかと思います。


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外国人の霊もお盆に帰る?

先日、面白いご質問が寄せられたので、そのことについて、お話してみたいと思います。

私はブログ内でお盆の時期にはご先祖様も帰ってきたり、特別な救済の時期でもあり、先祖の浄化を行うには良いということをお話しています。

でも考えてみるとお盆というのは通常、仏教の行事として認識されています。

外国人など、とりわけ欧米の方であれば、キリスト教の方が多いことは想像に難くありません。

はたして外国人の霊人もお盆に帰ってくるのでしょうか?というのがご質問の趣旨でありました。

結論からいえば、基本的にお盆に帰郷するのは、日本人だけです。

あるいは、仏教の思想を信奉していた方であれば、外国人の霊人でも帰ってくるかも知れません。

または、特別な霊法でお呼び立てすることをすれば別かも知れません。

私自身、先祖浄霊の際に外国人の霊人を見掛けたことはありませんし、私が係わる方々はほとんど日本人です。(霊人も現世の人も)

なので、特別、外国の霊界については今まで意識を向けたことはあまりないのです。

話を元に戻して外国人の霊人がなぜお盆に帰ってこないのかといえば、それは霊籍を置く霊界が異なるからです。

日本人の場合、大抵は仏教徒でありますし、具体的な宗派に属していなくとも、先祖崇拝という思想はいにしえからありますし、お盆の時期には先祖は現世に帰るという霊界が存在しています。

その霊界に霊籍を置く先祖は、お盆の時期になると許されて現世に戻るのです。

詳しくはわかりませんが、ハロウィーンなどでは死者の霊が家族を訪れたりするといわれているので、その時期に帰ったりするのかも知れませんが、現時点では不明です。

いずれ、時間ができたらその辺を調査してみたいと思います。(笑)

霊界というものは、なかなか複雑で幾層にもわかれています。

ご先祖様との関係もいろんな形があるのかと思います。

私は特に日本系の霊界が主なので、あまり外国系はわからないことも多いのですが、これから勉強を深めていきたいと思います。


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【第一弾】最低これは読んでほしい記事セレクション

こんにちは!


天心です。

「守護霊が導く!スピリチュアル世界」のブログいつの間にやら400を超える記事の数となっています。(2012.08.21時点

取次鑑定やFGSの会への入会を希望する方には、全ての記事に目を通してほしいという思いがあります。

しかし、日々のブログ記事アップを受けて、記事の数は増大する一方です。

いきなり全部を読んでくださいと言われても、げんなりしてしまうかも知れません。

はじめから「無理」と諦められてしまう可能性もあるかなと思います。

そこで一つの方策として、「守護霊が導く!スピリチュアル世界-エッセンシャルガイド-」というPDF電子ファイルによる小冊子を無償で提供させていただいております。

※詳しくは「【小冊子第一段完成!】エッセンシャルガイド」を参照してみてください。

ただ、この小冊子はエッセンシャルという言葉どおりかなり絞った内容となり、まとめてしまった分、いろいろ欠落してしまっている部分もあります。

やはり、どうしてもブログ記事を読んでいただくことが私の取次スタンスやどういった世界観でもってこの活動を行っているのかを理解していただくためには不可欠かなと感じます。

そこで、今回は、私が「最低これは読んでほしい」と思っている記事をチョイスして一覧化してみたいと思います。

あまり厳密に精査をしていないのですが、特に重要と思われるものをセレクトしていきます。

今回は第一段ということで、今後、第二弾、第三弾と続くかも知れませんが、まずは、初めてブログを訪れた方が取次鑑定依頼をしようと思ったり、何から読めばよいか迷った時の判断の参考となるリストを提供していきたいと思います。

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○【目次】守護霊が導く!スピリチュアル世界
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-41.html

まずは基本は目次ですね。
この記事に書かれているのは、ある程度カテゴライズされています。

なので、ある程度、どんな内容が書かれているのか漠然と判断する材料にはなるかと思います。

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○【2012年度】新しい鑑定体系のお話
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-279.html

○鑑定種別について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-103.html

○霊視鑑定について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-3.html

○【鑑定申込者必読】鑑定申込の際のお願い
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-178.html

○守護霊アドバイスについて
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-145.html

○鑑定後にホッとする感覚について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-30.html

以上の記事は取次鑑定をお申込みになりたい方は必読記事になります。
必ず、全てに目を通して理解してから申し込みお願いします。

以下の記事は天命・過去世調査をお申込みになる方は必読記事です。

○縁起過去世調査について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-285.html

○生まれ変わりの仕組み
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-134.html

○過去世を知る意義
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-63.html

○過去生と現生の関係
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-8.html


上記はいずれも基本となる記事ばかりなので、特に注目していただければと思います。

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○守護霊の視点と意図
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-326.html

○守護霊が与える方便と試練
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-319.html

○守護霊とのつながり
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-313.html

○守護霊への祈り方
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-298.html

○守護霊の得意分野
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-233.html

○守護霊の名前
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-226.html

○守護霊との合一状態について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-193.html

○なぜ守護霊は抽象的なことしか言わないのか
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-163.html

○【守護霊問答】人はなぜ苦しむのか
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-161.html

○他人の守護霊に語りかける
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-151.html

○守護霊とのギャップ
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-124.html

○守護霊との関係性
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-120.html

○守護霊との交流について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-97.html

○守護霊との交流について2
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-98.html

○守護霊との交流について3
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-99.html

○守護霊との交流について4
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-100.html

○守護霊と審神
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-76.html

○守護霊の交代について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-72.html

○守護霊が大発動するための秘訣
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-62.html

○守護霊と祈り
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-42.html

○守護霊メッセージ
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-9.html

○守護霊について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-2.html

上記の記事については、守護霊に関する理解を深めるのに役立ちます。

当該ブログは守護霊を中心にスピリチュアル世界を語っているため、不可欠の記事になるかと思います。

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○自分の霊界を広げよう
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-399.html

○新説・霊界ストーリー 【はしがき】
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-11.html

○霊波動とリズム
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-361.html

○負のエネルギーの連鎖を断ち切る
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-348.html

○霊界移動の基本
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-333.html

○霊界フィルターの不思議
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-331.html

○地上に天国をというけれど
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-320.html

○正負のバランスシート
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-306.html

○正のエネルギーの循環
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-269.html

○魂の向上プロセス(続き)
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-266.html

○魂の向上プロセス
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-264.html

○霊団と霊界
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-259.html

○霊界から観た「ご縁」とは(続き)
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-249.html

○霊界から観た「ご縁」とは
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-248.html

○霊界と霊層
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-242.html

○同魂異名について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-230.html

○念と気
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-224.html

○霊格と霊覚
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-182.html

○言霊と顕現化の関係
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-177.html

○霊界における万有引力の法則
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-173.html

○霊界は自由?
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-106.html

○現世思考と霊界思考
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-96.html

○霊界における時間について
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-94.html

○魂と心と身体の関係
http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-82.html

以上は霊界についての見聞について語っています。
当該ブログで伝える開運方法や生きる上で気をつけるべき霊界の法則や基礎となるお話になっています。

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以上が第一弾の「最低これは読んでほしい」ブログ記事のセレクションになります。

何から読み始めたらよいのか迷った時には、ご活用いただければと思います。


天心 拝


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霊眼ビジョン考察

久方ぶりに霊能力カテゴリのお話をしてみたいと思います。

あまり、霊能力とか摩訶不思議系のお話は控えめにしている所存です。

なぜかというと、あまりにも霊的で不可思議なことにばかり注力がいってしまうと、不可思議な世界にとらわれて本来の天命を成就するとか、社会的な役割、本当の意味での霊的な役割を担えなくなってしまう場合があるからです。

私達は現世での生活でしっかりとした社会性ある行動と、常識やマナーを欠落させないようにしつつ、霊界の実相を追及していく必要があります。

いつも不思議なことばかりを追求しすぎれば、いつも思考は霊界ばかりになり、現実感覚が薄れすぎてしまうわけです。

そうなるとかえって、霊界のダークサイドに感応してしまう、やたら霊的に敏感になりすぎたり、いつも霊が気になってしまう性質、体質になってしまうのです。

ここを理解したうえで、霊的な不可思議な現象なども学んでいくと、迷っておかしな方向に流されてしまうことはないはずです。

さて、前置きはこのくらいにして今回のテーマに入っていきたいと思います。

「霊眼(れいがん or れいげん)」、「ヴィジョン」ということについて少しお話してみたいと思います。

霊眼というのは、文字通り霊的なものを見据える眼のことですが、巷では霊眼で見えたものを判じて占いを行う霊視占いというものがありますね。

かくいう私もブログを始めた(始める前も)ころは霊視ということを行っていたことがあります。

今は、一切の霊視による鑑定は中止しています。

その代わりにその方の守護霊様と交流してコメントを頂き、その解説をさせていただくというスタイルになっています。

霊視は霊界の姿を見て、今後起こりえそうな事柄、後は過去にあったであろう霊界の残像を見ていくことにあります。

また、霊的な存在などとの霊線がつながっている場合は、その姿が見えたりもするわけです。

しかし、見えるのはあくまで霊界の残像であり、姿であるわけで、現世での姿そのものではありません。

霊界に存在している以上、それは、何かしかの形で現世にフィードバックされたか、これからされる可能性のあるものなのです。

だからこそ、あるときにはそれが未来予知につながったり過去の出来事のリーディングとなったりするわけです。

ただ、それでも霊界は心の動きに応じてあくまで変化し続けるものです。

霊界が変化するということは、現世へのフィードバックのあり方もまた変化するということです。

このことからわかるように決して確定して動かない未来というものはないのです。

霊視で見えた霊界だけで判別したり、見たことをそのまま伝えてしまうと、その内容に縛られてしまい本来の自由な主体的努力による未来創造が困難になる可能性があるため、相談者の行く末を考えるならば、各自の守護霊にご指導導きはお任せすべきという結論に至ったわけです。

また、霊界は非常にファンタスティックな世界でもあります。

現世ではできない、ありえないことでも霊界ではありえたりします。

人が空を飛んだり、現世では存在が確固として確認されていない龍や天狗、その他の形容しがたい霊物なども登場します。

そのような世界を垣間見るのが霊眼という人に備わった機能なのかと思います。

霊眼については、昔から諸説があり、良く言われるのが額の真中あたりにある第三の眼と呼ばれる霊的センターが開くと霊界の姿が見えてくるといわれています。

私は、そのあたりの説が巷で言われている以上の知識があるわけではありませんが、少なくとも経験上からいえば当たらずとも遠からずといったところだと思います。

といいますのは、まず霊的ビジョンが見えるときというのは、大抵、額の真中あたりに意識が集中している時だからです。

感覚的なお話なので、分かりにくいかもしれませんが、額をスクリーンにして映像が上映されているような感じです。

もうひとつの見え方としては、瞼の裏に比較的はっきりとした形でもって、霊的存在の姿やヴィジョンが見えてくるパターンです。

なぜ、見え方に違いがあるのかはわかりませんが、経験上、はっきりと見えるのは、霊位が低いか次元が低い、現世に近い波動の荒い霊的存在である場合が多いです。

もちろん、次元が低い=悪なる存在とは限りません。

次元の高い神霊が次元下降してわかりやすくお姿を現す場合もあるからです。

ただ、程度の低いあまり良い影響を与えてこない霊物も瞼の裏に出てくる率は高いので、この見え方は多少の注意が必要です。

最後に頭の真中でかすかに見えるケースがあります。

これは比較的、次元が高く高度な霊的存在であることが多いです。

次元が高くなればなるほど、抽象性が増すので見え方もかすかでぼんやりとしたものとなる傾向があります。

とりあえず大きく分けると霊眼の見え方は3つあるということですね。

もちろん、他のケースや異論もあると思いますが、一つの霊眼の種類として判別の助けになるかも知れません。

但し、厳密に霊物の正邪、次元の高低を見分けるのは霊眼の見え方だけで判断するのは危険です。

あくまで参考程度にとどめておいてほしいと思います。

今回、なぜ霊眼についてお話してみようと考えたのかといいますと、最近ではお問い合わせやご相談を受ける方の中には霊的に敏感な方も多くなってきています。

いたずらに霊的なお話をして混乱させるのは論外ではありますが、多少なりとも参考になる霊的感性におけるお話も少ししておく必要を感じてきた次第です。

なるべく興味本位に終わらない内容を選んで、今後も少しずつ開示していけらと思っています。


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言霊と霊界

私達は普段、何かを表現したり、あるいは意図を伝える場合には多くの言葉を使います。

私達が社会で生きる上で言葉というものは必要不可欠な道具でもあります。

言葉はうまく使えば、人を幸せにしたり、一歩間違えると人を傷つけたりします。

まず、現世と霊界との間には、様々な垣根が存在していますが、それを越えていくもっとも身近な手段は言葉であるといえます。

しかし、同時に言葉には多くの制約があるのも事実です。

私達が感じたり見たり、味わったりしている内容は言葉で表す以上の内容を含んでいます。

全てを言葉では表せませんし、言葉で表せるのは百分の一かあるいは千分の一か。

ともかく、非常に限られたものになるわけです。

なので、言葉の持つ意味だけにとらわれると言葉の背後にある霊界を感じることができなくなります。

私は言葉の背後に霊界を感じることができる言葉を言霊と呼ぶことがあります。

言霊の意味は非常に多岐にわたって解釈されるものですが、私にとって言霊は、言葉そのものではなく、その言葉の背後に幾層もの霊界の存在を感じられるものであるということです。

守護霊からのメッセージも言葉そのものだけでなく、その背後にある霊界と感応するつもりで取り次いでいます。

実際に守護霊が伝えてくるのは言葉ではなく、その意図であり霊界の波動であったりします。

その霊界の波動が一番、近しい言葉となって次元下降して適切に表れてくるという感じなのです。

ちょっとこのあたりのことは理解が難しいところではあるかも知れませんが、今一番伝えたいこととしては、言葉の背後にある霊界を感じ取るイメージで守護霊からのメッセージを受け取ってほしいということです。

守護霊にかかわらず、神仏も神霊も皆、原則は同じで、言葉を越えて、霊波動を伝えてくるので、それを味わうということも一つの学びであるといえるでしょう。


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【夏休み霊界開運講座】神霊から遠のく焦りの感情

スピリチュアルな世界において心の状態というものが非常に重要な意味を持ってきたりします。

心の状態が良い時には神霊と感応しやすくなりますが、悪い時には邪霊と感応しやすくなります。

これは一つの霊界の法則なのですが、今回、お話したいのは神霊から遠のく一番の原因になる「焦り」の感情についてです。

人にはいろんな感情がありますが、その中でも一番、全てをダメにしてしまう可能性が高い感情が「焦り」なのです。

「焦り」の感情がなぜよくないのかといいますと、全てのリズムを狂わせる働きがあるからなんですね。

試しにものすごい焦って行ったことで、何か大きな成功を収めたり、結果、良い方向に向かったというケースを思い浮かべてみてください。

あまり、思い当たらないのではないでしょうか。

焦りの感情とは、何事も急いで手早く成し遂げようと思ってしまう無精の心が生み出した感情なのですね。

道理をわきまえて、一つひとつ事に当たれば、どんなに窮地にあっても道は見つかるものです。

それは、守護霊や神霊が導きを与えてくださるからなんですね。

でも、焦りの感情があるとこれが見えてきません。聞こえてきません。

なので、ますますに状況が悪化したり(あるいは悪化しているようにみえたり)、突破口が見えなくなってしまうのです。

騒げば騒ぐほど、あわてればあわてるほど、焦りの感情は助長されて、全てをわからなくさせるのです。

じっくりじっくりと進もうとしているときに大きな間違いは少ないものです。

焦りの感情をまずは制することができれば、人生は大きく変わってくるのではないかと思います。


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【夏休み霊界開運講座】霊界の広がりとは

前回は、「何を祈り何を願うか」ということで、自分以外の人に対することに目を向けていきましょうということをお話させていただきました。

自分という殻の中だけでどれだけ幸せを願っても、私達は様々な人達やグループやコミュニティ、社会といったものの上で生活し、人生を営む以上、自分一人だけで幸せになることは難しいのですね。

なので、自分と関係している人をはじめ、社会や国、あるいは地球上の住む生き物たちといった様々な観点で物を見ていくということは幸せを実現するためには大切なことでもあるかと思います。

このことを霊界という視点で見てみるとその人の背後にある霊界の大きさということで表現することができるかと思います。

私は時折、ブログの中で霊界を広げていきましょうというような言葉を使うことがあります。

「霊界を広げるってどういうこと?」

という疑問を持たれている方もあるようなので、少しお話をしてみたいと思います。

霊界は心の世界ですが、それゆえにその人の心に反映されている状態が霊界そのものになっています。

たとえば、いつもいつも自分のことだけ、あるいは自分の小さな身の回りのことだけを意識して、身近な人とだけお付き合いをして、いつも同じようなことの繰り返しの日々を送っていたとしましょう。

そうなると心の中に反映されている世界というのはごく身近で範囲もせまく、情報も非常に限られたものになりがちです。

霊界は、心にあるもので構成されている世界であるため、その人が心に持つ内容を越えて大きくはならないという法則があります。

しかし、たとえばいつも自分の身の回りしか気にしていなかった人が、周囲の世界に目を向けたり、多くの人とかかわるなかで多くの人に興味を向けていくとき、その人の心の中には今までなかった世界が広がることになります。

これが霊界の広がりであるわけですね。

自分自身の心の教養を身につけていくことも同様です。

今まで知らなかったこと、わきまえていなかったことをわきまえ始めると自分の心の状態は大きく広がっていくはずです。

もうひとつたとえ話をさせていただきます。

一度、試してほしいことがあるのですが、最初は自分の身近なところでもいいので、自分が想像できること理解できることがどこまでなのか調べてみましょう。

まず、自分自身のことはよくわかると思います。

家族のことはどうでしょう。

これも比較的よくわかっている方かもしれません。

仲の良い友人、これも家族や自分ほどではなくてもよくわかっているかも知れません。

自分の働く職場はどうですか?

自分の部署のことは分かっているかもしれませんが、もしかしたら他の部署や会社全体のことはわからないことも、想像しようとしてもぼんやりとしか思い浮かばないかもしれませんね。

もし、想像が及ばないようならばそこが、自分の霊界の広がりの限界点です。

でも、役職が上の方はある程度上になると会社の全体のことを知らないと業務に支障がある方もいるので、大体分かるという方もいるでしょう。

そんな場合はさらに業界のことや日本の国内での自社の位置づけ、ひいては国際レベルでの状況などに容易に想像が及ぶでしょうか?

及ばないならばそこが霊界の広がりの限界点です。

会社のこと以外でも社会のこと政治のこと、芸術の世界、科学の世界、文学の世界いろいろありますが、それぞれに心で把握して想像の翼をはためかせてみてください。

よくわからない、想像すらできないと感じるポイントがでてくるはずです。

そこが霊界の広がりの限界点なのですね。

私が霊界を広げていきましょうということを言っているのは、多くを経験したり体験したり情報を得たり、様々なことを通して、自分自身の心がリアルに想像の翼をもって感じられるようになるということでもあります。

なので、巷のスピリチュアルで言われている瞑想したりヨガをやったりすることも霊覚をつけることの一つとはなりますが、あくまで自分の霊界の広がり以上のものは身に付かないことから、まず、霊界を広げていくのに有効なことを一つ一つやっていく必要があるということをブログではお話しているわけです。

そして、霊界が広がるということは、霊界が大きくなるということでもあるので、それだけ現実に強いフィードバックを与えてくることになります。

当然、霊界が大きい方が現実に顕現化して形になりやすいので、自分の持つ理想も現実になりやすいわけですね。

いくら瞑想やヨガや霊的な儀式を行っても、なかなか現実は思うようにいかないと思っている方がもしいらっしゃるとするならば、霊界の広がりということについて今一度、考えてみると良いかもしれません。


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【夏休み霊界開運講座】何を祈り何を願うか

【夏休み霊界開運講座】第五弾をお送りしたいと思います。

テーマは「何を祈り何を願うか」です。

皆さんもいろんな願いがあるでしょうし、お祈りをすることもあることでしょう。

そんな時にちょっとだけ気にしておくとよいことを今回はお話してみたいと思います。

願望の内容は人それぞれにあるかと思いますが、その願望はどのくらいまでの人を幸せにしますか?ということをちょっと考えてみてほしいと思います。

よくありがちなのは、自分だけが幸せになることを願っているパターンですね。

まず、自分のことが気になるものですし、願いの中心に自分がいることは、それは自然なことではあります。

でも、少しだけ、その願望の中に他人の幸せも絡めるようにしてみてほしいと思います。

一番簡単なのはあなたの願望にかかわるであろうと思しき人達です。

何かをしようと思えば、家族にも影響があるかも知れません。

友人や知人の手を借りることになるかも知れません。

あるいは仕事であれば職場の同僚や上司、あるいは後輩や先輩なども係わってくるのかも知れません。

もしくは、取引先やお客様も関係してくるかと思います。

地域の方やお隣さんにももしかしたら何らかの影響を与えるならば、その人達にとってもプラスの願望になれば幸せを分かちいあうことができますよね。

私達はともするとどうしても自分のことに意識が向き過ぎてしまうきらいがあります。

なので、お祈りするときも全て自分に対するものになりがちです。

自分というものの内的な想いの世界を人から人へと広げていくことで、自分自身の霊界も広がることになり、結果として自分自身のお祈りの次元も上昇させていくことができるようになります。

お祈りの次元が上昇してくると神霊達も願いを受け取りやすくなるので、結果的に願望成就に近づくことにもなります。

なので、是非、お祈りするときには、このように少しだけ試みていただければと思います。


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【夏休み霊界開運講座】相応の理

昨日は少し、心なしか涼しく感じ過ごしやすい一日でありました。

夏も八月に入りピークを迎えようとしていますね。

本日も引き続き【夏休み霊界開運講座】第四弾をお送りしていきたいと思います。

さて、テーマは「相応の理(ことわり)」についてです。

相応ずると書きまして、そうおうと読むわけですが、よく「分、相応」なんていいますよね。

自分自身にあったものの在り様を「相応の理」といいます。

よくスピリチュアルなことで誤解をされやすいこととして、高次元の存在や、あるいは高級霊とアクセスできれば、どんなことでも知りえると思ってらっしゃる方がいらっしゃるようです。

たとえば、宇宙の創造主のような存在とつながれば、全部、全てのことがわかってしまうといった誤解が結構見受けられます。

確かに全てを作った存在にもし仮にアクセスできれば、なんでも知っているのだから、全て教えてもらえばよいと思ってしまうのも無理もないかも知れません。

しかし、世の中(霊界においても)そう甘くはないのです。

霊界法則の重要な一つとして、その人の霊覚や霊格、または知性や教養を越えた次元の内容は、取り次ぐことはできないという法則があるからです。

たとえば、幼稚園児にどんなに面白いとベストセラーになっている小説を読ませても、大人のように受け止めることはできませんよね。

もも太郎とか浦島太郎とかの話を絵本で読んで聞かせれば理解できますが、村上春樹の1Q84とか読ませてもおおそらく「???」となってぽかんとしてしまうことでしょう。

次元の高いものにアクセスを仮にできたとしても、その人の咀嚼力、受容力がともなわないときちんと取次はできないのですね。

守護霊においても同じで、守護霊は沢山のことを教えてあげようと導きを与えようとされていますが、その守護する人の霊覚、霊格を越えては指導できないわけです。

それ「相応」のことしかできないということですね。

なので、私達は守護霊や様々な神仏や神霊の導きを受けるために何が必要かといえば、やはり勉強なんですね。

勉強は広く考えれば、どんなことでも勉強ですが、やはり一番、手っとりばやいのは、教養を身につけたり、知識を身につけたりしていくために本を読むことかと思います。

もちろん、頭でっかちで理屈ばかりではダメなのですが、それにしても、まず最初はある程度の知性や教養、咀嚼力というものを身につけていないと高次元からのメッセージやサインは全く理解できないということになってしまいます。

本を読んでいくとある程度、理解力、咀嚼力は身についてきます。

さらに、守護霊からのお諭しを真に理解するには、昔からある古典などで、孟子とか荘子、あるいは仏教などをある程度、勉強しておくと助けになる場合があります。

もちろん、守護霊は特定の思想や宗教にこだわらず霊界のありようから判断されることが多いのですが、それでも生前にそのような知識を持っていた方も多いので、ある程度、通じているところはあると思います。

自分自身が守護霊の次元に近づく努力をすることが、結果的に守護霊に近づくことにもなるので、一つの学びのあり方として、読書ということもあることを覚えておくとよいかも知れません。


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【夏休み霊界開運講座】お賽銭箱は何を語るか

さて、本日も夏休み企画の【夏休み霊界開運講座】第三弾を張りきっていきたいと思います。

今日のテーマは、神社や仏閣に詣でると拝殿の前に置いてある賽銭箱について、お話したいと思います。

でも、その前に前回の記事でご質問を受けたので、回答してみたいと思います。

ご質問の内容としては、名前や住所を細かく申し上げた方がよいことはわかったけれど、周りに人がいると恥ずかしいのでやりずらいということでした。

そうですね。

別に大きな声で奏上する必要はないのですよ。

お祈りの方法には3つありまして、一つは神主さんが祝詞を読むようにしっかりと声に出して祈る方法。

もうひとつは、言葉には出すけれど、自分に聞こえるくらいの声でぼそぼそとお祈りする方法。

黙って胸の中で祈りをする方法。

この中で私は二番目のぼそぼそと(笑)お祈りする方法を推奨いたします。

言葉に出した方がより気持ちもこもりますし、かといって大きな声は周囲の参詣客の迷惑にもなりかねません。

なので、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声でお祈りすれば、恥ずかしくないし迷惑にもならないと思います。

以上、回答になっていれば幸いです。


さて、ご質問にもお答えできたので、本日のテーマに入っていきたいと思います。

神社や仏閣に参拝すると必ず拝殿やあるいはその前の入り口付近などに賽銭箱が置いてありますね。

時々、観光地としてメジャーなところや資料館などの付属の施設の場合には入場料金や拝観料を設けているところもありますが、賽銭箱はそういったものとは意を異にする存在なのです。

入場料や拝観料ならば必ず一定額を支払うという決まりになっています。

しかし、賽銭箱は強制力はありません。

いくら納めるのかというのも決まっていません。

極端な話をすれば、お賽銭を入れずに帰ったとしても別にとがめられることもないのです。

もっとも、神社に詣でるような方は信心もある方が多いので、いくらかはお賽銭をされることが多いように思われます。

このようにお賽銭を納めるも、いくらするのかも自由である方式を「お志」といいます。

よく勘違いをされている方が多くいらっしゃるのですが、神社で御守りを頂いたり、破魔矢を頂いたり、昇殿での参拝をするときには、お金を納めるわけですが、これはそれぞれの物やサービスに対価を払っているわけではないのです。

全ては神仏への真心をお金という形で表しているにすぎません。

だから、「御守りを買って料金を払った」とか「神主さんにお祓いしてもらった料金を支払った」というビジネスライクな取引のような感覚は全て、本来の意義からはずれているといわざるを得ないのです。

たとえ、御守り一個500円などとある程度の金額が示されていたとしても、それは、一つ目安のためにつけられたものであり、決して物品に対する料金ではないのですね。

このことを踏まえてみるとなぜ、お賽銭箱が「お志」という方式をとっているのかがわかると思います。

物言わぬ賽銭箱のその向こうには神仏が祭られている神域、霊域が広がっています。

おそらくどの神社、仏閣もそのような構成になっているかと思います。

これは、「あなたの志を拝見しよう」という神仏の御心の表れでもあるのですね。

別に5円を放り込んでも、あるいは何も納めなくても神仏は罰を当てたり、怒ったりはしません。

「5円で願いをかなえろ?ずうずうしい!」と憤ったりはしないですし、「お布施がないとはけしからん!」と神仏が残念に思うことはないのです。

ただ、参詣している人の真心とその志を見ているのですね。

「いろいろと願いがあるようだけど、どれだけ真剣なのかな?」

という神仏からの問いに対して、自分の「志」を表明するからこそ、「お志」と呼ばれるゆえんなのですね。

「お金をあげるから願いをかなえてね」というのは間違いですし、「お金なんか神様なんだからいらないでしょ?」というのも間違いなのです。

全ては自分の志を表明するために静かに賽銭箱はたたずんでいるわけですね。

もちろん、賽銭箱に限らず、御守りを頂くのも、お祓いを受けるのも、昇殿参拝も、護摩木祈願も全部同じなんですね。

この自分自身がどれだけ神仏と向き合い真心をもって人生を生きていくつもりがあるのか。

その志を表すためにお賽銭箱は、いつも言葉になるぬ言葉で参詣客に語りかけているのかと思います。

この点を理解したうえで、神社、仏閣でお賽銭やお玉串、あるいは何かしらの神事、仏事でお金を納めるときには心を正して向かった方がよいのではないでしょうか。

その志の大きさに神仏は答えてくれるものなのかも知れません。


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【夏休み霊界開運講座】神様は住所を知らない?

夏真っ盛りですね♪

最近はちらほらと蝉の鳴き声を聞くようになって、本格的な夏の到来を感じています。

昨日も、江島神社の方に参詣いたしましたが、ヒグラシの鳴く声が涼しげに響いておりました。

涼しげにとはいったものの、かなりの炎天下であり、江島神社の辺津宮を経て、頂上にまします奥津宮に参るころには滝のような汗と格闘しながらの参詣となりました。

石段を一段一段あがる最中、江島神社の神霊との問答が繰り広げられていました。

今回は、集団の中心にあり、皆をほがらかに幸せにするためのポイントとは何かわかるかな?ということで、神霊からのお諭しがあったのです。

お諭しがあったといってもまだ、結論は棚上げ状態です。

ただ、教えては身に付かないということで、散々、考えさせて試行錯誤を私にさせたうえで、最後の究極の原理を霊法の玉として授けるということでした。

なので、宿題を頂いて帰ってきたというのが、現状です。(汗)

それはさておき、今回は第二弾【夏休み霊界開運講座】ということで、「神様は住所を知らない?」ということについてお話してみたいと思います。

さて、今を去ること十数年前、いやそれ以上になるかも知れませんが、初めて、神社で昇殿参拝を経験した時のことです。

昇殿参拝をされたことがある方は、わかると思うのですが、昇殿参拝は、神主さんが神様の御前にて、祝詞を奏上しながら祈願をしてくださいます。

祈願というよりも、私達、参詣者と神様の間を取り次いでくださるために祝詞を奏上してくださっているわけです。

さて、この祝詞は毎回、参拝のたびに神主様が作成をしてくださるわけですが、その祝詞の文面の中には名前と住所が記載されています。

神主様は、神様に取次をされる時に参詣者の名前と住所を奏上してくださるわけですね。

今では、昇殿参拝の時でなくても、私は神社で祈願をする時にはできるだけ詳しく自分のことを奏上するようにはしています。

名前、住所、時には年齢や今何をやっていてどういうことに取り組んで何を課題としているかなど、逐一奏上するのです。

こうすることには理由があるのですが、初期のころは、霊界法則がよくわかっていなかったので、昇殿参拝の時に神主さんがなぜ、あんなに詳しく名前やら住所を読み上げているのかが不思議でしょうがなかったのですね。

だって神様でしょ?

こうして私が御神前まできているのだから、わざわざ住所まで言わなくてもわかってくれるのではないのか?と思っていたわけです。

神様は住所を知らない?のだろうかと(笑)

この時は面白く思ったものです。

しかし、名前や住所を奏上するのには理由があったのですね。

一つには神様に対する礼節です。

いきなり来て、「よろしく!」と一言だけいう人と、「私、〇〇と申します。齢は□□になりまして、今は、△△県の☓☓というところにて暮らしています。日々は◎◎を生業として営んでおりまして、このたびはお世話りますので、何とぞよろしくお願いします」という人ではどちらが真心がこもる言霊の響きを持つでしょうか。

きちんと丁寧に奏上することで、礼節を醸し出すことができるわけです。

もうひとつは言霊の力を発揚するためです。

言霊の力は表現力や具体的な言葉を紡ぐことによって力を増すのです。

あいまいで適当にお祈りしても、言霊の力をうまく発揮できないのです。

なので、できるだけ具体的に丁寧に言葉に表すことで、顕現力を増していこうとするならば、なるべく具体的にお祈りした方がよい場合が多いのです。

そして、最後の理由ですが、取次者が取次を行う参詣者の霊界に感応しつつ、その参詣者に対して、より強い神徳を取り次ごうと思うならば、その取次者のある程度の詳細情報が必要になってくるのです。

私が守護霊アドバイスや天命・過去世調査を遠隔で行えるのは、メールにて記載していただいている、お名前や性別、年齢、それからご相談内容やメールアドレス全てをアクセスポイントとして霊界に接続していくからであります。

アクセスポイントが見つからないと霊界に感応ができなかったり、しずらい部分があるのです。

神主さんも参詣者への取次をする際に参詣者のことを何もわからず、ただ、神様に「よろしく!」とだけ伝えようとしても難しいはずです。

もちろん、神主さんが霊界のことまで考えてやっておられるかは不明ですが、参詣者の情報がないと少なくとも、参詣者に対する気持ちが凝結しないので、祈願の力は空振りに終わってしまします。

だからこそ、丁寧に言葉を選び、なるべく詳しく参詣者の情報を祝詞にこめて奏上するのですね。

神様なんだからなんでもわかるでしょ?

ではなく、神様に対する真心と礼節、そして、何より祈願する人の気持ちを深めていくためには、住所などの細かい情報も必要だということです。

ですから、皆さんも是非、神社に参拝する時には、詳しい自己紹介をしてみると良いかと思います。


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【夏休み霊界開運講座】柏手を打つ

学生さんは夏休み真っ盛り、社会人の方もそろそろお盆休みの時期ですね♪

皆さんはどんな夏休みを計画されているのでしょうか。

海や山に長期休暇は出かけたいところは沢山あることでしょうね。

海外に行かれる方も、近場で過ごす方もいろいろあるかと思います。

熱中症なんかも懸念される今年(2012年)の猛暑でございますが、そんな暑さにも負けずに素敵な夏の思い出を作っていただければと思います。

さて、私、天心もお盆の時期は何かと忙しくなってきますので、少しブログもペースダウンすることもあるかと思いますが、ご容赦いただければと思います。

取次鑑定の方も多少、滞り気味になる可能性もありますが、お許しください。。

とはいえ、はじめから忙しさに負けて、スピリチュアルな学びを怠るのは良くないと思いますので、今日から夏休み企画として【夏休み霊界開運講座】を開いていきたいと思います。

今回は、第一回目ということですが、テーマは「柏手(かしわで)を打つ」ということでお話してみたいと思います。

神社にお参りにいきますと拝殿の賽銭箱があるあたりよく「二礼二拍手一拝」の作法でお参りくださいと書かれていたりすることがありますね。

あれは神様に向かうための作法の一つなんですが、お辞儀をするのは、わかるのですが、なんで手を叩くのでしょうか。

通常は二拍手で行う作法が多いのですが、流儀が違うところでは、三拍手だったり、四拍手にして「し(四)あわせ」、つまり四回手を合わせるからシアワセなんだという解釈をする場合もあるようです。

そんなこんなで作法の流儀は若干異なっても、柏手を打つという行為は共通していますよね。

なぜ、柏手を打つのかということもおそらく、いろんな説があるのかと思います。

その中で私が柏手を打つ時には二つの意味を持ってしています。

一つは神霊や霊人を地に卸す時に柏手を打つということです。

ある意味太鼓みたいなものなんですね。

神社では昇殿参拝の時に太鼓をたたくことが多いですが、鳴り物というものは、神様が成る、おいでになるという意味が込められているのですが、実際に太鼓や柏手を叩くとお出ましになるのですね。

もちろん、やたらと無意味にパチパチ叩いたからといって降りてくるわけではありません。

真心をこめて柏手を打つから神霊も降りてくるわけです。

わかりやすくたとえるとアーチストのライブなどに行って、演目が終わりアンコールするときに皆、拍手をして手を叩きますよね?

熱心に熱心に拍手をしていると再び、アンコールに応えて、アーチストが戻ってきて演目を追加してくれますよね。

神霊も真心をこめて拍手するとその気持ちに応えて降りてきてくださるわけです。

柏手を叩く音にほだされて、神霊をお呼びすることが第一の意味なんですね。

もうひとつの意味は、邪気を祓うという意味もあります。

くさくさした気持ちになったり、なんか嫌な感じがした時には柏手を打つとパシンと邪気がはじけてしまうことがあります。

私も邪気にあてられた時には、よく柏手を打つことがあります。

一番、簡単な邪気祓いというわけです。


そんなわけで、第一回目の夏休み霊界開運講座は「柏手を打つ」というお話でありました。

何かの参考になれば幸いです。


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【2012年8月度】神田明神への参拝

昨日、2012年の8月度の神田明神の月参りをご奉仕してまいりました。

ご寄付の一部をお玉串として奉納し、献灯も継続いたしました。

それから祈願串の方も奉納しました。

ご寄付していただいた方の真心を神田明神様に取次して、穏やかな気持ちで参詣させていただくことができました。

猛暑の最中の参拝でしたが、拝殿付近はとても涼やかで、集中してお祈りさせていただくことができました。

読者の皆さま、取次を受けた方々、FGSの会、道名授与者、いろんな関係者に神田明神の追い風が吹きますように祈りをささげて参りました。

境内の中には神馬である仔馬がいましたが、さすがに神馬といえど生身の身体なので、猛暑に少しお疲れ気味でありました。(汗)

神様を乗せるヒモロギとしての神馬なので、体調を壊さないように管理してほしいと願います。

それでは、皆さまも夏バテには気をつけてお過ごしください。


天心 拝


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魂の旅路(過去世編 その2)

魂の旅路を重ねるごとに過去世の数も増えていくわけですが、それは過去世で作り上げた過去世霊界が増えていくということでもあります。

私達は生まれるたびに新たな境遇と荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)を授かっています。

だからこそ、常に新しい気持ちで現世における人生をやり直すことができるわけですね。

時々、過去世を覚えているという方もいらっしゃるようですが、それは、過去世を覚えているのではなく、過去世霊界に意識が向きやすくなっている方ではないかと考えられます。

奇魂(くしみたま)には過去世とのつながりを示す情報が残っていますので、霊的感性が鋭くなってくると過去世霊界のフィードバックを受けてあたかも自分の過去世を覚えているかのようになることがあるようです。

過去世は無数にありますが、その影響度合いは、どの過去世霊界と強くつながっている状態であるかによって、変わってきます。

天命・過去世調査でなぜ基本的に天命と関連性のある過去世を開示する取次としているかといえば、過去世を開示するとその過去世の影響が強く出てくるからです。

なので、あまり最悪な過去世を開示してしまうと、最悪な過去世霊界の影響を受けてしまいます。

だから、なるべく、比較的プラスの影響を与えてくれる過去世を守護霊や神様が選んで、開示しているわけです。

天命に関連するならば、天命成就の後押しになる可能性もあるからです。

過去世調査というものは、ただ過去世を知って納得するためだけのものではなく、本来はその活用方法まで考えないと開示することに意味はないと思います。

場合によっては意味がないどころか害になる場合もあるわけです。

基本は現在の人生を主流として自覚して、その後押しをするために過去世を開示していくことにあるかと思います。

魂の旅が進むごとに増えていく過去世を追いかけても仕方ありません。

現世と霊界帰幽した時のことを第一にして、魂の旅路をゆくことが大事かと思います。


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ヒラメキはどこから来るのか

直観的に物事を把握するヒラメキという現象は、割とどんな方でも一度は体験しているものかと思います。

ヒラメキは理屈ではなく、瞬時に全て理解することであるともいえます。

では、このヒラメキはどこから来るのかといえば、様々な諸説があるかと思います。

私の見解からいえば、一つのは守護霊からのメッセージである可能性が高いといえます。

霊的な存在がアプローチしてくる時は、ダイレクトに知らせる場合は直観的に来る場合が多いのです。

但し、霊的直観力ともいえるヒラメキは、心が曇っているときには、なかなか訪れません。

また、普段から理屈重視で生きている人の場合は、なかなかヒラメキが訪れにくい場合が多いのです。

その場合には、過去記事でも何度もお話しているように現象や人の話を通して知らせてくるという方法があります。

守護霊アドバイスで取次をさせていただいた時に時々、このようなご感想をいただくことがあります。

「アドバイス、非常にしっくりきました!よく、友達や親からも言われていることと一致しています」

守護霊も友達や親を通して教えようとしながらも、本人が気付けないでいるのを見かねて私のところに導いてこられてきたわけですね。

もっとも、友達や親のどの話が守護霊からのメッセージなのか見分けるのは難しい場合もあるでしょうから、守護霊もさっさと諦めて私のところに取次の申し込みをさせるという手段にダイレクトに行く場合もあるようです。(笑)

何気なく開いたブログももしかしたら守護霊様からのサインの可能性もあるわけですね。

でも、やっぱり霊的直観力が弱いと気づけないしわからないのですよね。

なので、少しずつでも霊的直観力を磨いていくことも大事なのかも知れません。

霊的直観力を磨くための方法はいろいろありますが、一番安全で弊害が少なく、誰でもできるのは、やはり守護霊交流なんですね。

守護霊交流というとすごく難しく特殊なことだと想っている方が多いのですが、実はとても簡単なことでもあります。

ポイントをいえば、守護霊に意識をむけている時間をなるべく多く作っていくということであります。

別の言い方をすれば守護霊に語りかける時間を習慣化していくことにあります。

語りかければかけるほど、守護霊との感応は深まり、霊的直観力はさえてきます。

基本であり、古参の読者の方からすれば、当たり前すぎて面白い話でも何でもないかもしれません。

ですが、基本からはずれれば全ては崩れてしまいます。

わかっていることと実行できていることは、全く違うことなのです。

今一度、基本に戻るために守護霊交流の大切さをお話させていただきました。

一つの参考にしていただければと思います。


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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