心に残った守護霊からのメッセージ19

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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ほれ

そこにあるぞ

目の前にあるぞ

見えぬのか?

見えぬのじゃろう

虚心なくさば

見えども見えず

聞こえども聞こえずじゃ

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冷静さを失い、何かに囚われている時には、目の前にあることすらも気づかない。

守護霊は自分を見失う原因は常に「虚心」でなくなった時に起こるとおっしゃられています。

どうしても生きていく最中には囚われることもありますが、いつでもニュートラルな状態に戻るという訓練をしなければダメだと守護霊に諫められた時のひとコマです。

難しいですね。


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守護霊と仲良くする -約束を守る-

守護霊と仲良くする -本音で話す-でお話したように守護霊と仲良くなるためにはまず、素直な気持ちで本音で語りかけることが大事になります。

自分を偽らず、さらけ出すことで守護霊との間に深い感応を得ることができるわけです。

取り繕ってばかりだと守護霊との間に見えない壁ができてしまいます。

そして、段々と距離ができてくるのですね。

なので、自分に素直になるという意味でも本音をさらけ出すことが必要となってくるのです。

そして、本音を出して守護霊との付き合いができてきたら、今度は守護霊に誓いを立てるというフェーズに入っていきます。

今までは、一方的にこちらから言いたいことをいう、言わばお願いするだけ、こちらの言い分だけを伝えることに終始していました。

しかし、本当に仲の良いもの同士は決して、片方ばかりが与えて、片方ばかりが受け取る関係ではありません。

常にお互いに与え合う、受取合う関係が本当の意味での仲の良い間柄というものではないでしょうか。

私達は守護霊からサインや証という形で何かを受け取りたいと思うことが多いと思います。

守護霊という存在がいるならば、何をしてくれるのかということばかりが気になってしまいがちです。

でも、このシリーズの最初の方の記事でもお話したように守護霊にも願いがあり希望があります。

ということは、守護霊も与えたいと思うと同時に受け取りたいものがあるということでもあるのです。

もちろん、受け取りたいといっても守護霊は自己中心的な願望を享受したがっているわけではありません。

あくまで守護している者の魂の向上であり、真の幸せでもあります。

これを守護者として望んでいるわけです。

このことを考えるならば、私達は、守護霊に対して、魂の向上につながる志や目標を掲げて誓う、真の意味で幸せになることを目指すことを誓うことが守護霊に対して、私達が与えることができる唯一のものなのです。

もちろん、誓うだけでなく、その誓いの約束を守ることが大切でもあります。

約束を守ることで守護霊との間に信頼感が出来上がります。

信頼感がなければ、いかなる誓いも約束も意味はありませんし、守護霊との仲も本当の意味で深まらないのです。

お互いの信頼感こそが、守護霊と私達の間の絆を深めてくれます。

そのためには、守護霊に誓を立てて、その約束を守るということをしていく必要があるといえるでしょう。


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守護霊と仲良くする -本音で話す-

余所余所しさは、それだけ心の距離を表しています。

仲良くなってくると人は段々と本音で話をするようになってきます。

建前と本音が逆転してくると本当の意味でのコミュニケーションが進むようになるのです。

守護霊と仲良くするためにも、守護霊には本音でぶつかっていきましょう。

神霊だから、霊覚、霊格の高い存在だからといって、最初はどうしても難しく考えてしまうため余所余所しくなります。

どうやってお祈りしたらいいのか。

どう語りかけるべきか。

色々考えてしまいがちです。

色々考えてしまうと本音の話は中々できません。

本音が隠されてしまうと守護霊との間に距離ができます。

だから、基本的には自分の思うところ、少々わがままと思うような内容でも思い切ってぶつけていくことが大切です。

もちろん、それを受け入れて動いてくださるかどうかは守護霊次第ではあります。

それでも、何も言わないで自分の心に蓋をして語りかけるよりは、何十倍も意味のあることになります。

どうしても人間であれば、建前や表現に気を使わなければならないこともあるかと思います。

その点で言えば、守護霊に関して言えば、無用のことなのです。

無用というと言い過ぎかも知れませんが、それでも、本音でぶつかる事以上には、意味はないのです。

守護霊に本音で語りかけることに関しては、自分の中に秘め置かれている念を解放するという意味もあります。

やたらと外部に解放するよりは、守護霊に受け止めていただいた方が、自分自身にとってもプラスの事柄でそのサインや証をいただくことができるのです。

人に向けて解放してしまうとその人との間に問題や齟齬が生まれることがあります。

しかし、守護霊が相手であれば、こういったことにはならないのですね。

ですから、まずは、守護霊に遠慮せずにぶつかっていきましょう。


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守護霊と仲良くする -意識と距離-

守護霊と仲良くするためには、守護霊との距離を縮める必要があります。

人と人との間柄でも、仲が良くなるほど二人の間に距離がなくなってきます。

見ず知らずの他人や親しくない人間同士の間には物理的にも心理的にも距離がありますよね。

守護霊との親密さも同じように距離によって測ることができます。

とはいえ、守護霊は霊的存在であるがゆえに人間のように物理的に近づいたり遠のいたりすることはできません。

どのように距離感を掴むのかといえば、それは守護霊と意識が近いか遠いかによって測ることができます。

少し昔話をしてみましょう。

私が二十歳そこそこの時代のことです。

霊的感受性がMAXに到達しているかと思しき時期がありました。

神社や神域に詣でれば、まるで本当に何か物理的に発射されているかのように神気を感じていました。

本当にその感覚は現実のものと混同してしまうくらいです。

戦前の霊学家の松本道別という方は、霊学講座という書物の中で人体ラジウムという言葉で、様々な人体から発せられる放射線のようなものがあるという説を唱えておられました。

まさにそんな感じなのです。

当時、日々、スピリチュアルな事柄を探求して実践して休む間もないくらい没頭していた時期でもありました。

だから相当、スピリチュアルな世界との距離は近かったと思います。

もちろん、守護霊との距離も近すぎるくらいで、少し意識を向けただけでもすぐに守護霊と感応するくらいであったのです。

しかし、一時期、ぱったりとその霊感が消えた時期があったのです。

それは、就職したばかりの社会人一年生の頃でした。

何もかもが学生時代とは違う感覚で、本当に現実世界における修行をさせられている時期であったなと今でも思います。

家に帰っても、職場にいても、どこにいても仕事、仕事、仕事です。

そんな忙しい最中、時間を作り、神社に言ってお参りしても、今まで感じていた、あのはっきりとした神気が何も感じられないのです。

何かスッカスカという感じで、本当に何も感じなくなったのです。

アレレ・・・?

おかしいなと思いつつ、時間をかけてお祈りしながら少しずつ意識を向け続けるとようやくうっすらと感覚が蘇ってきます。

この時、私は、意識の法則を悟ったのです。

スピリチュアル空間、守護霊、神社や神域、いずれにせよ、意識を向けなくなると距離ができてしまい、感応が難しくなるものです。

霊感というものは誰にでもあるものですが、どこに意識が向けられているか、どの程度の距離があるのかによって、鈍い鋭いが決まってくる。

このことを理解してからは、守護霊やスピリチュアル空間との距離ができないように、あるいは、コントロールできるようにするための訓練をしてきたのです。

意識と距離。

守護霊と仲良くするためには意識して距離を縮めていくことが肝要なことでもあるということです。



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守護霊と仲良くする -心と言葉と行動-

守護霊と仲良くするためには、守護霊の願いを知ることが肝要だというお話を前回させていただきました。

守護霊の願いを知ることで、私達に対してどのようなことを期待しているのかがわかってくるからです。

相手の期待に応えることは、好意を得るための一つの要素になるかと思います。

もちろん、守護霊に媚を売れといっているわけではありません。

ただ、何事も調和の精神はまずは相手を知ることから始まることにあります。

相手を理解しようと務めることこそが、次のステップに映るための最初の関門であるかと思います。

では、最初の関門を突破した暁には次のステップに何があるのでしょうか。

少し考えて見て欲しいと思います。

守護霊の願いを知ったとして、それだけでは何も関係性は変わらないとうことです。

守護霊の願いを知ってどう行動していくのかが今度は問われてくるのです。

しかも、それは単なる行動だけを指しているのではありません。

表面的な行動だけを守護霊は見ているわけではないのです。

心の底にある本音の部分はどうなのか。

その人の心の内外の言動、発言内容も守護霊は見ています。

心根が革(あらた)まれば、言葉も革まります。

言葉が変わってくると行動も変わってくるものです。

この心と言葉と行動が一致していない場合には、それは表面的なものであり、本物の境地とはいえません。

守護霊の願いを知って、それを汲み取るような行動をと思うならば、まずは、心の底からその願いの本質を理解しなければなりません。

本質が理解できたならば、必ず、それは言葉となって現れてくるはずなのです。

本質を理解しているのに今までどおりの心のつぶやき、外へ向かっての発言内容に変化がないというのは、本来的にはありえないことなのです。

守護霊というものは常に心と言葉と行動を見ています。

全てが一致したものを「誠意」として受け取るのです。

この誠意を示すことがもっとも守護霊が喜ぶことであり、守護されるものの魂の向上につながる基本となるのです。

心と言葉と行動を守護霊の願いを反映する形に三位一体で心がけてゆくと守護霊との仲はより深まってくることでしょう。


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守護霊と仲良くする -よく知ること2-

守護霊と仲良くする -よく知ること-の続きになります。

守護霊と仲良くするためには、守護霊のことをよく知ることが大事だということを前回はお話しましたね。

姿や形を知ることも大事ではありますが、その中でも守護霊の願いを知ることが仲良くするためには必要なことでもあります。

この点について過去記事でお話したのが、守護霊メッセージのお話です。

この記事で守護霊が思っている願いの10ヶ条にして紹介しています。

私達はついつい、守護霊という存在に対してお願いばかりをぶつけてしまいがちですが、本当は守護霊にも願いがあるわけです。

その願いを受け止めてくれる人に守護霊も好感を持つものです。

それは、私達が私達の心の内を受け止めてくれる人に好感を抱くのと全く一緒なのです。

守護霊の願いを知ろうとすることは、それは、すなわち相手を慮ること、思いやりの心を培うことにも繋がります。

思いやりの心は他心通力にも通じていて、人の心がわかるようになってくるのです。

人の心のみならず守護霊の心もわかるようになってくれば、守護霊とのコミュニケーションはもっと進むと思います。

守護霊はいつも何を考えているのかな。

守護霊は何を望んでいるのかな。

守護霊だったらどう行動するのだろう。

このように慮る心が、自分自身の魂、すなわち幸魂(さちみたま)を成長させます。

よく知ることとして、まずは守護霊の願いを知る努力をしてみると良いかも知れません。


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守護霊と仲良くする -よく知ること-

よく知らないものは愛せない。

逆に言えばよく知らないものは、どうしても奇異の目で見てしまいがちだし、素直に心に響かないといえます。

人と仲良くなろうと思えば、よりその人をよく知らないとご縁も深まらないものだと思います。

「守護霊と仲良くする」というテーマで少し連載してみたいと考えています。

その第一弾としては、やはり、何はなくとも守護霊のことをよく知るということが挙げられるかなと思います。

守護霊といっても漠然としてしましますが、それぞれに守護霊の個性もあれば、方針もあります。

もちろん、共通する部分も多々ありますが、そういった固有の内容を知ることで、守護霊とのご縁や仲も深まるものです。

例えば、守護霊アドバイスお姿解説をさせていただくことがありますが、やはり、こういった情報が少しでもあると守護霊への親しみが大分違うものになります。

親しむが深まれば、そこには情感が生まれ、守護霊への語りかけもより深くできるようになるものです。

理屈ではなく、人の持つ心の特性でもあります。

もちろん、霊名がわかればなおさら深く感応することは言うまでもないでしょう。

守護霊への語りかけ、お祈りを続けていくと、その気配や感覚も強くなってくることが多いのですが、こういった感覚も守護霊を知る上での助けになります。

語りかけ、お祈りに対する応答のサインを得ることももちろん、同じです。

様々な事柄を通して、自分の守護霊のことをよく知るプロセスで守護霊との仲も深まってきます。

守護霊との交流を続けていくということは、守護霊をよく知り仲良くなる一番スタンダードな方法だといえるでしょう。


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天駆宮2】

☆初めて読む方はコチラからお読みくださいね!
☆前回の新説・霊界ストーリーはコチラをクリックしてくださいね!


初めてこの記事を読まれる方は、一番上のリンクをクリックすれば、一番最初の記事を読むことができます。

前回記事は二番目のリンクをクリックでページが切り替わります。


<前回までのおさらい>


陽天宮(ひのあめのみや)を抜けてたどり着いたのは、天駆宮(あまかけるみや)。

そこには玉守地蔵菩薩(たまもりじぞうぼさつ)がいらっしゃり子供の魂の面倒をみているようです。

静かな歌声と安心の気がみちる霊界。

果たしてこの霊界は、いかなるところなのでしょうか。


<続き>


天心:「この霊界は子供が集まるところという以外に何か意味があるでしょうか?」

守護霊:「まず、一つは幼くして帰幽した霊人などの再生の場なり」

天心:「再生ということは、子供が亡くなった場合には、この霊界に集まり、再び生まれ変わるということでしょうか?」

守護霊:「その通り。それゆえ、童心を司る霊波動にて満ちる」


天心:「なるほど。だから、なんだか懐かしい気がしたのですね。確かに子供の頃感じていた何かがあります。うまく言えませんが、どんなものにも興味をもって楽しかった感覚が蘇るようです」

守護霊:「心の底にある想いもまた童心なり。純なる心に戻す働きがある」

天心:「この霊界に感応すると自分の心の奥底にある童心というか純粋な気持ちが蘇るということですね。」


守護霊からの説明を受けているとそのうちに大きな微笑みをたたえた玉守地蔵菩薩のお顔が浮かび上がってきました。

そのお顔を見ていると、何か保護されている自分は守られていて安全だという心地がしてきます。

玉守地蔵菩薩に少しお話を伺ってみることにしました。

天心:「ここで子供達の霊人を守っていらっしゃること、ご苦労様です。」

玉守地蔵菩薩:「再びまっさらな御魂となって旅立つお手伝いをしております」

天心:「ここに集まってくる子供達は皆、幼くして亡くなられた方ばかりなのでしょうか?」

玉守地蔵菩薩:「いいえ。自分を見失った御魂も導かれてきます」

ニッコリと笑いながら玉守地蔵菩薩は答えてくれました。

天心:「自分を見失った魂?」

玉守地蔵菩薩:「自らの童心をうまく成長させられなかった御魂のことです」

玉守地蔵菩薩がおっしゃられるには、童心だけでしっかりとした大人に成長を遂げられなかった人もここにきて再教育されるということです。

天心:「そのような魂はここでどんな活動をしているのでしょうか?」

玉守地蔵菩薩:「少しだけ見てゆかれるがよろしいかと思います」

そう促されると少しだけ景色がかわり、何か小屋のようなものが見えてきました。

小屋からは灯りが漏れていて、中には霊人がいる気配がします。

一体ここはなんなのでしょうか?


☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天駆宮3】へ続く


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人と人とが調和するために

嫌いな人がいたっていい


気に食わないと思うことがあってもかまわない


でも、嫌いな人も気に食わないことも


世の中には存在し続けるだろう


そのことを理解し受け入れられるかどうか


そこに裁きの心を手放すヒントがある


何かを気に食わないと思うことも


誰かを嫌いだと思うことも


人に与えられた感情と


価値観から生まれたものならば


それはきっと尊重されるべきだろう


しかし


それは同時に


いかなる相手


いかなることに対しても


存在を認める度量がなければ


狭量な心をもって


物事や人を推し量る


裁きの心となるだろう


裁きの心は


いつかは自分自身に


刃となって


向けられるものだと


知る人は幸いです



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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天駆宮】

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<前回までのおさらい>


陽天宮(ひのあめのみや)にてグランドデザインの一端を垣間見せていただきくことができました。

その内容は想像を絶するものであり、あまり知りすぎるのもプラスにはならないということでした。

これ以上は陽天宮にて現時点で得られるものはないということで、次なる霊界へと旅立つことになります。

守護霊が言うには、次にゆくべきところは決まっているとのことでした。

果たして次に待ち受けているのは、いかなる霊界なのでしょうか。


<続き>

急に視界が開けた時のようなパーっと青白いモヤのようなものが晴れていく。

そんな感覚に近い、どこか甘い綿菓子のような風味も口の中に広がってきます。

いつかどこかで見たような光景のような気もするのですが、それがいつのことなのか何であったのかは思い出せない。

ちょっと切ないような、それでいて、どこか安心感のある心地が全身を包んでいます。

段々と視界は薄い白い光のベールの中に青い色のどこまでも広がる空間が広がり始めます。

そこには、小さな白い点、丁度、雪のような点々が沢山、舞っています。

ふわふわと風の吹くまま揺れている綿毛のようにそれは浮かんでいて、それを見ているととても穏やかな気持ちとなってきます。

どこかから静かな音色が響いてきます。

何か歌を歌っているような声もあります。


ああ、愛しや愛しや

たまの子ら

清し清し、罪なき子

夢見るときよ

さあ、眠れ

胸いっぱいに幸せつめて

さあ、眠れ



・・・

こんな歌声が微かに聞こえてくるのです。


天心:「先ほどから何か聴こえてきているような気がしますがこれはなんでしょうか?」

守護霊:「玉守地蔵菩薩(たまもりじぞうぼさつ)が歌っておられる」

天心:「地蔵菩薩様ですか?」

守護霊:「いかにも。あれを見てみるがよい。」

守護霊が言うとパッとその場に現れたのは少し、ふくよかな感じの見た目は三四十代くらいにも見える笑顔の女性といった感じで、白っぽい服装を着ていました。

かなり、地蔵菩薩のイメージと違います。

いつか見た寺院に祀られている地蔵菩薩様は、もっとアンパンマンのような顔をした方ではありましたが、目の前の方はそうではありません。

天心:「随分と私の中の地蔵菩薩様のイメージと違うのですが。。」

守護霊:「地蔵菩薩もまた変化仏身(へんげぶっしん)なり。幼き魂を育て守る時の姿が今あるとおりなのだ」

天心:「なるほど。。」


どうやら、地蔵菩薩様にも色々なタイプの方がいらっしゃるようです。

みんなツルツルの頭で少年のような顔をしているわけではないようです。

この玉守地蔵菩薩様は、子供の魂などを育てたり、守ったりする方であるようです。

天心:「ここはどういった霊界なのでしょうか?」

守護霊:「天駆宮(あまかけるみや 又は、てんくきゅう)と申す。幼き魂のよりどころとなる」

天心:「子供の霊が集まる場所?という認識でよろしいでしょうか。」

守護霊:「正しいが、それだけではない。」

天心:「そうなのですか?では、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか」

私が問いかけると守護霊は少しずつ説明を始めてくれました。


☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天駆宮2】へ続く


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心に残った守護霊からのメッセージ18

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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静かなる調べ

無粋なるを捨て

ただ、美にて感得する

その境地をば

理屈にあらず


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現実を生きていくためには、様々な論理や荒波を超える逞しい精神性が必要です。

しかし、いつもいつも、そうした荒い波動ばかりでは、本来の御魂の感受性を養うことはできません。

時には美しいもの、芸術性、高度な品性を備えたものに触れる、ただ味わうということを行っていくことが大事だという守護霊様からのお諭をいただいたことがあります。

どうしても、理屈を追いかけていくと理屈で全てを解決してしまいたくなります。

理屈では永遠に理解できない感受性というものも人の魂の大切な要素だということです。


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取次鑑定のご感想 Part1

守護霊アドバイス、天命・過去世調査などの取次鑑定のフィードバック、ご感想などを日々いただいております。

なかなか、ご紹介できないものも多い中(プライバシーに関する部分も多いので)、いただいたものから、ご紹介可能なものを少し発表してみたいと思います。


☆守護霊アドバイス


~~~~~~~~~

こんにちは。
守護霊様よりのあたたかいお言葉しっかりと受け止めました。

守護霊様よりいただきましたアドバイスを
知人にも本日いただいたばかりです。
その方も、もう自分で責任がとれる年齢に達しているし、
あと先考えず今まで苦労した分、自由に好きに生きたらいいと
言ってくれました。
今までの自分とは真逆のみちなので
戸惑い、受け入れられない思いがありましたが
進んでしまうと抑制しつつも楽しんでいる自分がいて本来の
私とはどれが本当なのだろうと分からなくなってしまっていたところです。

茨のみちだと思いますが、結果をすべて受け止める覚悟でとのことですので
今は気持のままに進んでいきたいと思います。

天心様、○○様*1、誠にありがとうございます。


30代 女性

*1 天心註釈:守護霊アドバイス第三段階によるご霊名。公開はできないため伏字にしました。

~~~~~~~~~


☆天命・過去世調査


~~~~~~~~~

今回、天命と過去世についてのお話を伺って感じたことは、
守護霊さまにいただいたメッセージと同じだなあということです。

恋愛に悩んでいる私に守護霊さまは以前、
自分の想いを追いかけないで、他人が笑顔になるために真心からの笑顔を向けよ、と
アドバイスをくださいました。
そして今回教えていただいた天命の
自分が得ようと思わず与える、というポイントに、それと通じるものを感じました。

・・・(中略)・・・ *1

幸いにして、他者の喜びが自分の喜びになる感覚や
他者に自分を与えることで
むしろ自分が生かされているような感覚は、よくわかります。

私は生まれるときにずいぶんいろいろ忘れてきてしまったようですが、
とりあえずそこだけは覚えておいてくれて、よかったです。

また、私とご縁のあった方たちが
みんな、とてもいい人ばかりだったことも幸いだったと思います。

・・・(中略)・・・ *1

天心さまのおかげで、有意義な30代を迎えられそうです。

前回の守護霊さまのメッセージもそうですが、
鑑定をお願いして本当によかったです。
ありがとうございました。

いつか、もし、また機会がありましたら、そのときはよろしくお願いいたします。

天心さまのブログ、これからも更新を楽しみにさせていただきますね。
天心さまのご活躍を陰ながら応援しております。

本当に、本当に、ありがとうございました!


30代 女性

*1 天心註釈:プライバシーに関わる具体的な内容部分であることと、長めのご感想であるため省略いたしました。



他にも沢山のフィードバックをいただいておりますが、今後、折を見て発表できればと思います。


天心 拝


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人間に情動がある理由(続き)

人間に情動がある理由の続きになります。

前回の記事では、人間には論理性、直観、知性などを司る奇魂(くしみたま)と感情、情動などを司る幸魂(さちみたま)があるというお話をいたしました。

人間が高度な文明を築いてこれたのは、奇魂の働きのおかげということもできます。

そして、いかなる動物よりも深い感性と情緒で世の有り様を咀嚼して、情動のエネルギーを原動力として奇魂の高度な叡智を実行に移してきた結果が今までの発展、向上の歴史を作ってきたといっても良いでしょう。
(もちろん、歴史には裏側の人間の負の一面もありますが、ここでは割愛します)

さて、今回の記事は、幸魂に重点を移してお話を進めていきたいと思います。

前回の記事でもお話しましたが、奇魂がいくら高度な知恵を受け止めて、素晴らしいものを発明したとしても、それを動かすためにはエネルギーが絶対に必要です。

そのエネルギー源となっているのが幸魂だといえます。

幸魂すなわち、情動こそが私達を動かしているエネルギー源だということです。
(もちろん、他にもエネルギー源はあるのですが、ここでは省略します)

では、情動がエネルギー源だとするならば、私達はどのようにこのエネルギー源を活性化させて活用していくことができるのでしょうか。

どのようにして幸魂を活性化させていくのかが、私達が高度な奇魂で受け止めた内容を現世に顕現していくポイントになるわけです。

そのポイントを一言で言ってしまえば、「情熱」を持つということです。

物事をなし得るポイントとして昔から言われている格言を紹介すれば「好きこそものの上手なれ」という言葉があります。

有名な言葉ですから、皆さんご存知だとは思いますが、この言葉の意味はどんなものでも好きになってしまえば、上達が早いという意味合いですよね。

確かに好きになれば、嫌いなことよりも圧倒的に積極性がでるし、好きであれば、言われなくても皆、そのことをやろうとしますよね。

だから、この言葉はある程度、真をついた言葉だといえます。

しかし、あえて言えば、好きになるだけでは足りないといえます。

「好き」というレベルを超えて「情熱」をたぎらせて「大恋愛」すなわち恋焦がれるというレベルにまで達すると幸魂はものすごく活性化し始めます。

恋愛というと異性間に起こる感情のことだけを思い浮かべてしまうかも知れませんがそうではありません。

自分のやっている仕事に夢中になる、寝ても覚めても自分の持つ夢のことばかりを考えている。

スピリチュアルなことにしても、ちょっと興味があるというレベルではなくて、もう守護霊や神霊と大恋愛するような気持ちで向き合っていくと幸魂は活性化していくのです。

そして、幸魂が活性化すればそれだけ大きく霊界が動きます。

そして、霊界共有も半端じゃなく起こります。

丁度、大恋愛をしているカップルの間にものすごい共有、共感が起こるのと同じように守護霊や霊界に対しても起こるのです。

どうしてもこの情動がないと霊界だ守護霊だと言ってみても、絵に描いた餅、いや、単に設計図となる青写真を垣間見たに過ぎないことになります。

情熱をもって恋愛するかのようにスピリチュアル世界に没頭するとき、大きく霊界、守護霊は動きます。

もちろん、仕事や趣味や自分の天命においても、同様です。

情熱があれば、その分、エネルギーが充填されて大きく顕現化に向うことでしょう。

何故に古来より伝わるスピリチュアルな伝承などは物語形式が多いのんか。

何故にあまり論理的に語られるよりも情緒に語りかける要素が多いのか。

聖書にしても古事記、日本書紀にしても他文献もどちらかというと情動に訴える形式の方が多いといえます。

もちろん、そうでないものもありますが、私達は知性、理性だけでは、本当の意味で叡智を受け止めて活かすことができないのです。

だから、私達はいつだって理屈には合わなくとも、情熱をもって向き合うことが必要なのですね。

大恋愛をして止むにやまれぬ気持ちになって取り組む時、物事は大きく動き出します。

これこそが幸魂の意義でもあり、人間に情動がある理由でもあるということなのです。



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人間に情動がある理由

私達人間には、理性に裏打ちされた論理的な思考と筋道など関係なく物事に触れたときに発揚する感情に基づく思考する能力が備わっています。

これをスピリチュアル的な言葉で表すならば、奇魂(くしみたま)、幸魂(さちみたま)という言葉で示すことができます。

奇魂は、直感的なもの、霊的なアンテナともいうべき機能を持っていますが、同時に理性に基づく論理的な思考などをする働きも表しています。

論理的思考が優位の場合は、ある意味奇魂が活性化している状態であるといえます。

但し、より次元の高い思考になってくるとそれは瞬間的な思考であり、私達が通常、順を追ってロジックを組み立てるような形ではなく、あたかも一瞬で何もかも理解し体得し受け止めているかのように見える、直感的な働きになります。

元々、直感とは論理とは正反対のものと思われがちではありますが、そうではありません。

ロジックが目に見える形ではっきりとしていないだけで、そこには人知を超えた無数のロジックを一瞬で構築し理解するメカニズムが働いているといえるのです。

あまりにも高度で高次元におけるメカニズムであるため、通常、私達はそれを明快に説明できません。

なので、直感、直観という名詞をあてがって、定義しているわけです。

次元が下がってくるとロジックは具体的になり、きめも荒くなり、わかりやすくなる分、不完全性が高くなります。

よく直観に従う方がより正しい場合が多いという感想を抱く方は多いと思います。

その理由は直観は単なるデタラメなあて推量ということではなく、本来はより高度な論理を瞬間に体得するメカニズムであるためからです。

理屈は説明できなくとも、そこには綿密なる筋道が隠されているため、直観の方が明示化された理論よりも正しい場合があるのです。

霊法の玉を受け取る場合もこの直観的な感覚で受け取ることが多いのです。

そして、それをより明快でわかりやすく具象化していくプロセスのことを取次といい、取次して具象化することで、低次元層の物理空間に生きる人間にも理解可能な状態しているわけです。

このように奇魂は理性、知性、叡智といったものを受け止め、組み立てる働きをいたします。

しかし、奇魂にて受け止めたり組み立てたりした体系やメソッド、筋道というものは、それだけでは何も動きません。

言ってみれば、私達の身の回りのある電気製品などが良い例になるかと思います。

ハイスペックのパソコンやプラズマTV、スマートフォンなどの小型端末、エアコン、冷蔵庫、洗濯機等など、私達の身の回りにはとても便利で高度な技術によって作られた人類の叡智ともいうべき道具が揃っています。

活用すれば生活は飛躍的に便利になり、効率が上がったり、快適な状態で活動をすることができることでしょう。

このことに疑いはありません。

しかし、これらの製品を十二分に活用するためにはいずれにせよ必要となる共通の要素があります。

それは、電力がなければ動かないということです。

いかなるハイスペックなパソコンも電力がなければただのオブジェです。

その他、電気製品も右に同じとなるはずです。

奇魂で如何に高度なものを受け止めて組み立てられたとしても、それだけでは、十分な働きをすることはできないということです。

では、どのようにすれば奇魂が受け取った高度なメカニズムを利用して働かせることができるのでしょうか。

そのために必要となってくるのが幸魂の働きでもあるのです。

幸魂は感情、情動を司り、私達が何かを実行に移そうとするときのエネルギー源としての役割を持っています。

丁度、電気製品を動かすための電力のような役割だと思えば良いでしょう。

私達は何か行動を起こす時には、ロジックでは動かないのです。

もちろん、行動する上での判断基準などにはロジックも関与することは間違いないでしょう。

しかしながら、実際にそのロジックに従うかどうかを決めているのは、私達の情動の働きなのです。

すなわち幸魂の働きです。

なぜ、幸魂が人間に授けられているのか。

それは、高度な愛を咀嚼し受け止めて、育む力を生成するためでもありますが、別の言い方をすれば、私達を走らせるある意味、電力を供給するための一種の装置でもあるということです。

人間が正しく、また霊長類のトップたる働き、神性、霊性を兼ね備えた存在として働くために必要となる感受性を培うために幸魂があり、情動があるのです。

まずは、ここを踏まえた上で次回は、幸魂を上手く活用して、奇魂の良き直観を行動に移していく方法についてお話していきたいと思います。


つづく


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湯島天神にて参拝

東京メトロ湯島駅徒歩2分。

都心ではあるけれど、喧騒からは少しだけ距離をおいた場所に湯島天神斎庭(ゆにわ)は佇んでいます。

奇しくも神田明神からもそう遠くない場所なので、少し足を伸ばせばたどり着く場所にあります。

ただ、神田明神の近くには湯島聖堂という孔子をはじめとする中国の聖人を祀る社がありますが、そことは違うので、混乱しないように注意が必要です。


yushima_tori.jpg
湯島天神 鳥居


湯島天神は、天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)菅原道真公(すがわらみちざねこう)をお祀りしています。

天之手力雄命といえば、古事記に描かれる天の岩戸開きの神事にて、岩戸に引きこもった天照大神(あまてらすおおみかみ)をチカラで引っ張り出した神様として有名ですね。

それから、菅原道真公は実在した人物でもありますが、学問の神様としても有名です。

元は人間でありましたが、すでに神格化して、全国各地の天神様としてお祀りされているというわけです。

この神社は決して大きくはないのですが、なぜか非常に大きなおおらかな霊波動を感じます。

ご神霊のお姿は、朱色の和装であり、頭には烏帽子のようなものをかぶった方がお出ましになりました。


yushima_haiden2.jpg
拝殿


拝殿に佇み、お祈りをしていると以下のようなメッセージを受け取ることができました。


学するもの

益を求めてするもの多し

義のためにするもの甚だすくなし

真の学びとは

己が益を超えて

真の自己を見出すものをいう

これ忘れじ



天神様といえば学業成就の神様ということで受験合格などを意識してしまいがちですが、本当はこのような自分の利益になるから勉強するという志では、湯島天神の神様は動いてはくださらないというお諭のようです。

世の中をよくしよう、社会のために一肌脱ごう、そんな気概で勉強する人には喜んで力を貸しますよということみたいです。

それから、本当の学問というのは、知識や知恵を身に付けることというよりは、本当の自分を知るための探究心のことであり、あくまで知識や知恵というものは、その媒体に過ぎないということです。

こういう心持ちで勉強をしていくことが湯島天神の大御心に叶う生き方ができるということです。

お参りさせていただいたお礼も兼ねて、お神酒の奉納を一ヶ月申込させていただきました。

yushima_omiki.jpg
お神酒徳利


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【公開質疑応答】人生に耐えられない試練はない?

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、灯り様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


天心様

いつも楽しくブログを拝見しています。
期限ギリギリですが、気になっていることがあり、質問を送らせていただきました。


「人生に耐えられない試練はない」というのは本当なのか?
というのが私の質問です。

「人生に耐えられない試練はない」という言葉はスピリチュアル関連の書籍やブログでしばしば目にします。
その理由として「人は生まれる際に魂の成長やカルマの精算のために様々な試練を設定するが、その際自分が耐えきれないような試練は設定しない」と説明されることが多いようです。

しかし、実際にはひどい苦痛に耐えきれず体や精神のバランスを崩したり、自ら命を絶つ方は大勢いらっしゃいます。
世界を見渡せば、信じられないような理不尽な出来事はたくさん起きていますし、そもそも感受性というのは人それぞれですよね。Aさんがそれほど苦痛に感じないことでもBさんは違うかもしれません。その人の心の内にどのような葛藤や苦しみがあるのかは、他人には分からないことです。

「人生に耐えられない試練はない」という言葉には「今は辛くても頑張ればきっと乗りきれますよ」という慰めや励ましの意味がこめられているのだと思いますが、この言葉をかけた相手を救えなかったとき、人生の難関を乗り越えられなかった方に対して「忍耐や努力が足りなかったのだ」と言える権利がある人は、本当は誰もいないはずです。

もちろん、生かされているうちは全力で生きるべきだと思いますし、困難を乗り越えたとき、自分が大きく成長するのも実感としてわかります。
しかし、だからといって「人生に耐えられない試練はない」と言えるでしょうか?


以上が私の質問です。お答えいただけると嬉しいです。


【回答】


灯り様

ご質問ありがとうございます。

>「人生に耐えられない試練はない」というのは本当なのか?

確かによく聞く言葉であり、灯り様のおっしゃられているように、その人を励ますための言葉でもあるかと思います。

但し、自分で設定した試練だから、耐えられない試練はないという言葉は、少し誤解があるように思います。

自らのテーマとして天命を持っていること。

その天命を真に自覚し邁進するときには、いかなる試練をも乗り越えていくことができる。

これが、本来の意図するところかと思います。

耐えられない試練はないというところだけクローズアップしてしまうと、いかなる試練も不運なる出来事も単純に堪え忍べるはずだというような意味に聞こえてしまいますが、そうではないのです。

自分自身の中にしっかりとした軸があり、本当の意味で志が定まったときには、困難、苦難をも超えていく力が出てくるということなのであって、ただ、苦痛を耐え忍べるということではないのです。

酷い不幸や痛み、苦境から命を絶ったり、体調や精神の均衡を崩してしまう原因は、自分の中の軸がまだ、定まりきれていないことにも原因があるのです。

不運や困窮が発生することを単純にカルマの精算や経験としての不運を味わうためとするスピリチュアル的な解釈もあるようですが、私自身としては、少し無理があるように感じています。

もちろん、そういった意味も確かにありますが、だからといってそれだけの理由だけでは試練としての困窮、苦難に耐えられるという理屈にはならないはずです。

いくら自分が計画してきたことであろうと、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛いのです。

泣き叫びたいくらいの悲劇、顔を歪めて悶絶するほどの怒りと憤慨。

消えてしまいたいくらいの悲哀と寂しさ。

人生には、単に「自分が設定した計画だからどんなことも受け入れるべき」というような単純な言葉で片付けられるものばかりではないはずです。

全てを理屈で推し量ることはできないのが人生です。

筋道だった論理ももちろん、必要なことではありますが、同時にロジックではない心のひだを理解しながら人生は進んでいきます。

人生に起こりうることは、単純な言葉では推し量れないということを理解しておくことは大切なことだと思います。

起こること全てに一律の正しい答えはありません。

試練だと思えるような出来事も、心の向く先によっては、単なる苦痛でしかないかも知れません。

しかし、自らの生きる筋を見つけることができれば、苦痛もまた自分のさらなる先を見つめるための光となることもあるということです。

人生において、いかなることが起こるのか。

正確に逐一、わかる人はいません。

ある程度、霊的な情報を得て先を予測したり、知恵によって転ばぬ先の杖を用意することで苦難を回避したり、減算して被害を小さくすることなどはできることでしょう。

それでも、全てをわかったつもりになるのは、全くの思い違いだと言わざるを得ないでしょう。

霊界の法則も原理も有り様も私達が見ているのはその一端であり、わかっていることよりもわからないことの方が多いはずなのです。

このことが理解できていれば、自ずと「人生に耐えられない試練はない」という言葉も単純に受け止めると見誤る恐れがあるということがわかると思います。

世の中には様々な論理や言葉が溢れていますが、その言葉だけを追いかけるとその本質を見失ってしまうことがあります。

私達の生きてる人生というものは、常に動き変化し、誰一人として同じ道ではありません。

そして、その道を照らす真理というものも様々に変化していくものでもあります。

「人生に耐えられない試練はない」という言葉もある人には光となりますが、常にいかなる場合も光となるとは限らないということです。

自分の道を照らすものは、常に本質を理解しながら、探していく必要があるといえるでしょう。


以上が回答になります。



天心 拝


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【2013年8月度】神田明神への参拝

2013年8月度神田明神月参りをしてまいりました。

毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

夏真っ盛りで、大変かとは思いますが、今月も頑張っていきましょう!

例え小さな一念といえど、さざれ石のように凝結すれば大きな力となります。

守護霊様との交流を深めつつ、皆様にも大きな力が宿りますことを願っています。


FGSの会メンバー、ブログ読者様ともに発展・繁栄に月となりますことをお祈り申し上げます。


神田さざれ石
神田神社 細石


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【公開質疑応答】神域とのご縁について

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、由紀子様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


初めて行く土地で偶然神社に出会うことが多々あります
私が気付かず出会うことがなくとも同行している方が教えてくれる場合もあります
これらは偶然なのでしょうか?それとも何かご縁や神様などに呼ばれているのでしょうか?
特にご縁がある神社は湖の近くだったり、湧き水があったりと水が関連している場所が多いです
こうした水が関連しているのは意味があるのでしょうか?

知らない土地の神社に入らせて頂く際には必ず神様や自然に(木や水)にご挨拶をしてから入らせて頂いていますがこうした場合特別なしきたりと言うか礼儀と言いますか何かありますか?
もし、ありましたら教えて頂けたら幸いです

質問が長くなってしまいましたがご回答頂けると嬉しいです
どうぞよろしくお願い致します


【回答】


由紀子様

ご質問ありがとうございます。

神社との出会いというのは、一見すれば偶然の要素も多々ありますよね。

有名な寺社などであれば、そこに参詣するのも目的意識を持っていることと思いますが、そうではなく、行くとはなしに偶然にたどり着く神域というものもあるかと思います。


>初めて行く土地で偶然神社に出会うことが多々あります
>私が気付かず出会うことがなくとも同行している方が教えてくれる場合もあります
>これらは偶然なのでしょうか?それとも何かご縁や神様などに呼ばれているのでしょうか?


との質問に対しての答えとしては、様々なケースがあるかと思うので一概には言えません。

全てに偶然はないと考えればなんらなかのご縁が引き合わせたものと考えられます。

しかし、そのご縁には濃いご縁もあれば、薄いご縁もあり、プラスになるご縁もあれば、マイナスになるご縁もあるでしょう。

もっとも、きちんと神霊が鎮座されている寺社であれば、マイナスのご縁になるということはないはずなので、ご縁があるかないかの前にその寺社の審神(さにわ ※正邪の判別)をする必要があるかと思います。

この点に関しては、質問の趣旨から外れてしまうので詳細は割愛いたします。

元の質問に戻ると、ご縁が濃いか薄いかに関しては、その後、大きく関わり合うことになるか、何度も足を運ぶことになるか等で判断できるかと思います。

偶然、出会う寺社が全て濃いご縁とは限りませんし、袖すり合うも他生の縁とばかり、出会う神社全てからお呼びがかかっているというわけではないと思います。

ただ、

>特にご縁がある神社は湖の近くだったり、湧き水があったりと水が関連している場所が多いです
>こうした水が関連しているのは意味があるのでしょうか?


というようにご縁のある寺社の共通点や繰り返される部分は何かしらのサインとして示されているという可能性は高いといえます。

良く出会う主祭神がある系統のものが多かったり、寺社の雰囲気が似ていたりということであれば、その神様と濃いご縁があると考えても良いと思います。

ですから、まず、一つ目の答えとしては、寺社との出会いは単なる偶然ではないといえますが、その全てに濃い縁があるとは限らない。

濃い縁があるものには、何かしらのサインが現れることが多いといえるでしょう。

>知らない土地の神社に入らせて頂く際には必ず神様や自然に(木や水)にご挨拶をしてから入らせて頂いています>がこうした場合特別なしきたりと言うか礼儀と言いますか何かありますか?


特別なしきたりというよりも、真心を持って挨拶し、できれば、お気持ちで結構なので、お賽銭、お玉串などを寺社の方にされると良いかと思います。

厳密な形式を守るというよりも、そこに敬神の情があり、その心がしっかりと本物であることを何らかの形で表すことが大事です。

単に真心だけあるから、形はどうでも良いというのは、本当の真心ではありません。

本当に真心があるならば、それは自然と形を伴って現れるはずです。

また、形だけ礼節、礼儀を表してみても、そこに真心がこもらなければ意味がないということも事実です。

ですから、心と形を揃えて、ご挨拶をすれば、特に詳細な伝統や作法にこだわり過ぎなくても良いと思います。


以上、回答になっておれば幸いです。



天心 拝


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次元の話

私達は物事を論じる場合に次元高さ低さという言葉で推し量ろうとすることがあります。

平たく言ってしまえば、次元の高いものは素晴らしいもので、次元の低いものは、何か良くないものという見方をしてしまいがちだということです。

しかし、この見方はかなり問題があると思います。

私も時折、次元という概念を使ってお話をさせていただくことがあります。

高次元、低次元。

一見、何かを明確に表しているように見えて、その実、よくわからない言葉の一つでもあります。

なので、今一度、次元の定義をしてみたいと思います。

私がブログなどで次元という言葉を使った場合には以下の意味合いがあります。


○高次元

より抽象性が高まっている世界、層。それゆえに繊細で微妙な混沌としたものへ、原初に近い層。

スピリチュアル的には神界に近い場所を指すこともある。



○低次元

より具象化が進んだ世界、層。物事の詳細がはっきりとしていて、波動としては荒く濃い感覚のある世界。

私達の住む現世も低次元の部類に入る。

なぜならば、あらゆるものが具象化されて、はっきりとされているのが現世だからです。



あくまで非常に荒っぽい定義でありますので厳密性を欠くところはありますが、イメージはしやすいと思います。

また、大切なことなので言っておきますと高次元だから素晴らしく、低次元だから問題だということではありません。

私達の高次元の存在です。

魂とは主体的意志のことであり、主体的意志というのは、非常に抽象的なものですよね。

主体的意志はどのような形をしていますか?と問われても誰も答えることはできません。

私達の住む街の中をどれだけ探し回ったとしても、「こんなところに魂(主体的意志)がありました!」という発見をすることは絶対にないのです。

しかし、それが霊界次元へと次元下降すると光る玉に見えたり、何かの形をもって見えるようになります。

あくまで霊界次元で表現されたメタファーとしての魂の形に過ぎませんが、そういったものを感得される方もいるでしょう。

あえて言えば、魂が霊界次元で霊体を形作り、その霊体の形が私達の肉体を形作っているということです。

だから、肉体とは魂の一部であるともいえるため、荒魂(あらみたま)と呼ぶのですね。

さて、私達という存在は実は高次元でもあり、低次元でもあります。

肉体自身は低次元であるといえますし、誰もが持つ魂は高次元の存在であるといえます。

ですから、ある人を指して単純に「この人は高次元だけど、あの人は低次元」などと言えるものではありません。

人は誰しも高次元でもあり、低次元でもあるのです。

ただ、自分自身の意識のカーソル、スポットライトともいうべきものが、どの次元層に主にあたっているのかによって、その人のその時点での次元意識が異なるというだけのことです。

高次元層に意識カーソルがあれば、高次元の意識状態に今自分はいると定義することはできるでしょう。

あるいは、低次元層に意識カーソルがあれば、低次元の意識状態に今の自分はあると定義できるのです。

では、高次元層に常に意識カーソルがある人は高次元の意識状態になるのだから素晴らしい人で低次元層に常に意識カーソルがある人は低次元の意識状態であるがゆえに良くない人といえるのではないか?と思ってしまう方もいることでしょう。

しかし、これは、必ずしもそうとは限らないのです。

確かに低次元層に意識カーソルがずっとあたり続けている状態というのは、わかりやすくいうと現世の本能的な欲求、エゴイズムのような自分という自我の狭い範囲でしか物事を見れない(見ない)状態にあるといえます。

なので、あまり良い状態とはいえないでしょう。

では、高次元層に意識カーソルが常時当たり続けていれば良いのかというと、必ずしもそうとは限らないと思います。

少なくとも現世で生きている間は、高次元意識だけだと現世における具象化された社会生活を送れなくなる可能性もあるからです。

いつもいつも抽象性のある次元の高いことばかりでは、日々の細かい生きるための活動は難しくなるでしょう。

ですから本当は現世にある時は、高次元から低次元まで常に意識カーソルを自由に動かし、必要な時に必要な次元層に以降することが重要になってくるといえるでしょう。

高次元から低次元までの様々な次元層のあり方を学びながら、柔軟に対応していくことができるようになることも一つの霊覚向上の道であるといえます。

なので、高次元、低次元という言葉に惑わされずにその本質を理解することが大事なことかと思います。


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大國魂神社にて参拝

京王線府中駅から徒歩8分くらいのところにどっしりとした存在感で鎮座する神社があります。

大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)です。

府中の町並みは明るく駅を降りた瞬間からなんだかウキウキしてきます。

商店の立ち並ぶメインストリートを真っ直ぐゆくと、街を象徴する存在であるかのように大國魂神社の神域は佇んでいます。

府中一体は元々、遺跡古代の遺物が多く出土された歴史的に意義の深い街でもあります。

古銭が沢山詰まった状態の大きな瓶も出土されたり、土師器、須恵器などの破片なども見つかっているようです。

そういった様々なものが出土した場所というものは、何か力強い霊力を感じることも多いですね。

まだ、はっきりとしたことはわかりませんが、この神社も何か秘密がありそうです。


okunitama_tori.jpg
大國魂神社 鳥居


参道を歩きながら意識は主祭神へと向けていきます。

神社が発行しているパンフレットによれば、主祭神は、大國魂大神(おおくにたまおおかみ)と申し上げる神様です。

霊統としては出雲大國主大神(おおくにぬしのおおかみ)からの系譜であるようです。

世辞万端、様々な日常でのご縁を結んでくれたり、福神として幸をさずけて下さるような神様として親しまれているようです。

一般的に唱えられている神社に関する情報は神社などの公式ホームページを参照いただくとして、私自身が参拝時に感じたことを少しお話してみたいと思います。


拝殿にたどり着いて、まず、感得したこととしては、何か4つの大きな玉が上空に星のように並んでいました。

もちろん、これは霊的なヴィジョンなので、通常は見えていないものです。

丁度、北斗七星の頭の四つの部分の星の配列に少し似ていました。


okunitama_haiden.jpg
大國魂神社 拝殿手前


それから何か中国の四神獣のような存在に守られているのも感じるのです。

なんだか不思議な感じです。

理由はわかりませんが、道教の神と何か深く関係があるような感じもするのです。

ここで受け止めたメッセージを紹介してみたいと思います。


時定めて種をまく

豊かなる作物と

実りを得る法を定めたる神人あり

海を経だてここに鎮りたり


メッセージからわかるのは、作物、農耕の方法やどうすれば収穫を得られるのかというシステムを定めた神霊がいらっしゃるようです。

海を経てこちらの地域に静まったということなので、もしかすると中国の方の神様が八百万の神様と合流、合一して鎮まったということなのかも知れません。

まだ、よくはわかりません。

その後にまた、別のメッセージが降りてきました。


府中とは

中孚(ちゅうふ)なり

誠なり

義心(ぎのこころ)なり

義のある魂が

大国を支える魂となる

義のある魂を育つなり


こちらのメッセージは、道教系の神の気配とは違う、純日本的な神霊からのものでした。

平安時代の武将のような格好をして鎧を付けた出で立ちの方で、お顔は白く公家のような御顔立ちです。

なんだか源義経(あくまでイメージです)のような少し少年のような雰囲気を持つ方からでした。

このメッセージは、府中の持つエネルギーの功徳のようなものを教えてくれているようです。

大国魂神社で一心に祈れば、自分自身の中に義侠心が芽生えて、大きな器となるように導かれるとのことです。

大きな器をもった人がいつでも国をしょって立つ人材となるので、そういった人材を育てるという導きもあるようです。


まだまだ、多くの謎が残っている神社でもありますが、東京における数少ない素晴らしい神域の一つだといえるでしょう。


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【公開質疑応答】ペットとの縁について

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、うーろん茶様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


現在犬を飼っているのですが、犬や猫などペットは霊線のようなつながりはあるのでしょうか?
過去の記事を読んでいると、先祖霊についての記事には「人には先祖霊との霊線での絆があります」とありました。
他にも結婚や養子で霊線が繋がるとか…。
犬猫は人間ではないですが、霊線でなければ何かの縁?みたいなのがあってやってくるのでしょうか?


よろしくお願いいたします。




【回答】


うーろん茶様

ご質問ありがとうございます。

>現在犬を飼っているのですが、犬や猫などペットは霊線のようなつながりはあるのでしょうか?

霊線という意味でいうと、つながりはあると思います。

しかしながら、やはり人間と動物とでは、やはり生きている霊界が異なります。

ですから、人間と同じ霊界原則がそのまま当てはまるとは限りませんが、影響は受け合っています。

よく、ペットの性格は飼い主に影響するとか、顔がなんとなく似てしまうというのも影響が出ているケースかなと思います。

ペットの場合は人間のような複雑な関係ではなく、ある意味で環境の一部という形でのご縁になります。

その人の今ある霊界環境にとって、そのペットが必要であるかどうかによって変わってくるといえます。

人と人とのつながりと違い、ペットの場合は何年も間の再生転生のサイクルでご縁があるというわけではないようです。

その点が人と動物との縁起の違いでもあるかと思います。

以上、簡単ではありますが回答とさせていただきたと思います。



天心 拝


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伊勢山皇大神宮を参拝

実に4~5年ぶりくらいになろうかと思いますが、何かに導かれるように伊勢山皇大神宮(いせやまこうたいじんぐう)に参詣を果たさせていただきました。

この神社は、JR桜木町駅から徒歩10分程度のところに鎮座し、駅周辺は賑やかな場所ですが、それとは裏腹に閑静な空間を保ったところでもあります。

「伊勢山」「皇大神宮」という名称から想像できるように伊勢神宮とゆかりのある神社であり、もちろん、主祭神天照大神(あまてらすおおみかみ)様です。

関東のお伊勢様としても親しまれて、神奈川の総鎮守でもあるこの神域にもう出たのは、もう4,5年ほど前になります。

とても、不思議なのですが、その時は、あまり、この神域に詣でたものの、あまり神気も神霊の気配も感じなかったのです。

社名からも祭神も社格も申し分のない神社なのにどこか寂しい気配が漂っていたのです。

そのため、それ以降はあまり参詣することもなく、ご無沙汰になっていたのです。

しかし、最近、妙に伊勢山皇大神宮のことが気になり始めて、やむにやまれず参拝を敢行しました。

また、寂しい雰囲気だったらどうしようと密かに心配だったのですが、予想とは裏腹に数年前とは全く違った、神気を放っているのです。

それも、伊勢神宮と同じ気であり、明らかに伊勢神宮とのエネルギーの繋がりを取り戻している感じでもありました。

そこに居るだけで、伊勢神宮との霊空間に身を置いているような錯覚を覚えるほどの感覚です。

一体何があったのか。

ずっと、境内に留まり、審神(さにわ)タイムです。

いろいろと、調べていますとあるメッセージが心をよぎります。


あなめでたし 式年の 魂栄えたる 良き年なれば

いまこそは 新たな息吹 もりたてて あらたなるとき きざみたるかな



伊勢山皇大神宮の拝殿



おそらく、今年は式年遷宮の年ということで、今一度、伊勢神宮がパワーアップする年でもあります。

その影響を受けてゆかりのある同系の神社(全ての社が対象かはわかりませんが)もパワーを回復ないしアップしているようです。

伊勢山皇大神宮もこの影響を受けてパワーを盛り返したのかも知れません。

今回はとりあえず、久方ぶりの参拝となってしまったこともあるため、ご祈願としては、この社の益々の弥栄(いやさか)と地域の発展などをお祈りさせていただきました。




伊勢山皇大神宮の鳥居


伊勢山皇大神宮 鳥居


天心 拝


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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