霊眼が開くとき

霊的ヴィジョンを見たり、霊的な存在を視覚的に捉えたりすることに関して、今までもいくつかの記事でお話したことがあります。

昔からの読者の方にはもう耳にタコができていることと思いますが、私はあまり霊能力というものについて語るのは好きではありません。

あまりにも霊能力のこだわり過ぎると百害はあっても一利もないからです。

とはいえ、それでも、興味を持たれる方も多く、あまり頑固に口を閉ざしているのも却って柔軟性に欠けるということもあります。

なので、少しだけバランスを取りながら許される範囲でお話しています。

今回は、冒頭でもお話したように霊眼(れいげん or れいがん)が開くときについてお話してみたいと思います。

実は霊眼なんていうと特別なことのように思えるかも知れませんが、それほど特別なことではないのです。

かくいう私自身、はじめから霊眼が開いていたわけではないからです。

霊能者と呼ばれる方達は幼少期より霊眼が開いているケースが多いようですが、私は毛色が違います。

というか私自身、自分を霊能者だと思ったことはありませんし、今でもそうではないと考えています。

そもそも、霊能者という言葉自体がおかしなものでもあります。

誰にだって視力や嗅覚、聴覚もあれば筋力もあります。(病気や障害などの理由で失ってしまった場合は除きますが)

肩書に「視力者」とか「嗅覚者」あるいは「力持ち」とか(笑)書かないですよね?

書いている人がいたらちょっと痛いですよね(笑)

これと同じで、霊能者とかそういう言葉はナンセンスなような気がするのです。

しかし、それでも、「いやいや、そういった能力とは違い、霊能力は特別でしょ?」と思われている方が圧倒的に多いと思います。

確かに一般的、社会通念上、そういった感覚能力は否定される傾向にあります。

だから、一般的、社会通念上はそんなものは存在しないということになっています。

このことから、霊能力なんてものがあるということ自体、特別だという考え方になりがちです。

しかしながら、私もブログやFGSの会などを通して、様々な方と接する中で、それは事実と違うという思いが強くなっていきました。

何が事実と違うのかといえば、霊的な感性を持っている方、極端な話を言えば、霊能力を持っているけれど、全くそれを自覚していない方などが、かなりの数、いらっしゃるのではないかということです。

意外と特別だと思われている霊能力ではありますが、多くの方を見ていると単に気づいていないだけというケースが多いように思います。

なので、真実はいわゆる霊能者は潜在的には多数いるということなのかな?と思っています。

ちょっと横道にそれましたので元に話を戻しますと霊眼が開いている人、開いているけど気づいていない人は潜在的に多数いると考えられます。

私が自身の霊眼が開いていることに気づいたのは、大学生の時でありました。(守護霊の姿を確認したのはもう少し先の社会人になってからですが)

大学1年生の夏休みのことです。

学友である友達10人ばかしと山中湖の山荘を貸し切りバーベキューを楽しんだ時のことです。

大学時代ということもあり、かなり無茶もしましたが、この時も飲めや歌えの大騒ぎです。(笑)

それはともかく、山中湖の山荘にて二日目の夜のこと、なんとなくの流れで、湖畔で花火をしようという話になりました。

花火といってもコンビニなどで売っている家庭用のものですが、沢山買い集めて、湖畔で花火大会です。

ひとしきり遊び倒してから、夜も遅いし、山荘に帰ろうと私達はぞろぞろと湖畔から山荘に向けて山道を歩き始めました。

私は、山荘に遊びに来ていたメンバーの一人と談笑しながら多分、行列の後方を歩いていました。

ただ、最後尾ではなく、まだ、メンバーの中の2名ほど、後から遅れてついて来ている状況でした。

そのうちの一人が私と談笑していた友達に合流する形でこちらに向かってくるのが見えます。

その時にふと、その向かってくるメンバーの一人の背後にうっすらと半透明の存在が近づいて来ているのが見えたのです。

私は、自分の勘違いか見間違えかな?と思い、隣の友人の顔を見ましたが、友人も私と同じく半透明の何かを見たようです。

二人で顔を合わせて、「アレは何だ?」とキョトンとした面持ちでもう一度、半透明の存在へと目線を向けました。

すると半透明の存在は横にそれて、近くのコテージに消えてゆきました。

コテージに入ったのではありません。

消えていったのです。。

しかし、少し距離もあったこともあり、半透明に見えたのも、消えたように見えたのも、外灯などの光の関係か気のせいではないかと考えなおしました。

少しすると後から向かってきていたメンバーの一人と合流を果たしたので、「なあ、さっき途中で人がいたよね?誰か他に客がいるのかな?」と聞いてみることにんしました。

すると「えっ?何言ってんの?誰もいねーよ。この時期誰もこんなとこ旅行先に選ばねーよ」という返事が返ってきました。

「いやいや、さっきいたじゃん!人が途中のコテージに入っていったろ?」となおも問い詰めます。

「おい、やめろよそういうの・・・誰もいなかったぞ・・?」、合流したメンバーの一人はちょっと不安気です。

私も隣の友人とまた顔を見合わせます。

「アレはなんだったの?」

そして、少しすると最後のメンバーが全力で駆け上がって私と隣の友人、そして合流したメンバーのもとへやってきました。

私と隣の友人は、きっとこいつのイタズラだ!こいつが犯人に違いない(←あまりの不気味さゆえ既に犯人扱い(笑))と思い、最後に駆け寄ってきたメンバーに詰め寄ります。

「お前、さっき途中のコテージに隠れてたろ?バレてるぞ!白状しろ!」

「ええっ!?しらねーよ。お前らが俺を置いていくから、全力で走って追いついて来たんだぞ!」と真っ向から否定します。

確かにその最後のメンバーがこちらに向かっている姿を確認したのは、半透明の存在が消えてからでした。

それに途中のコテージより少し手前から駆け上がってくる姿を確認しています。

結局、その後、議論はしたものの、結論を得ず、「見てはいけないものを見たかもね」という真夏の怪談話のようなオチでこの件は終わりを告げました。

この話のポイントは私だけでなく隣の友人も同じ物を見ていたという点にあるかと思います。

だからこそ、私の見間違えや勘違いではないということが担保されているわけです。

私はおそらくは、この件がある以前から何か捉えようのないものは見えていたように思います。

しかし、気づけなかったのです。

隣の友人も元々、霊眼が開いていたのか、あるいは、私と隣で歩いていたことにより、霊波長の同調作用が起こって見えたのかはわかりませんが、何か同じものを見ていたことになります。

他のメンバーは見ていないのでこの時は霊眼が閉じていたのかも知れません。

しかしながら、霊眼というものは、気づくか気づかないかの差で見えているか見えていないかに大きな差異があるように思います。

ピントが合っているか合っていないかという表現もできるかも知れません。

いずれにせよ、何かをきっかけに見えざる世界を垣間見ていることに気づく時、霊眼は自然と開くのかも知れません。


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慌てない慌てない

慌てない慌てない


慌てるとロクなことがない


慌てて良いことなんて


一つもないのだから


もっとゆったり構えたらいい


慌てて電車に飛び乗って


5分の時間の短縮に


どんな意味があるのだろう


人よりも早く出世したい


世の中は競争社会というけれど


競争の果てに何があるんだろう


慌てて急いで気がついたら


誰もいない荒野に


一人ポツンと佇んで


僕らは何を思うだろう


僕らの幸せはどこにあるのだろうね


慌てて慌てて


何をつかむ?


慌てていてはつかめない


それが幸せなのかも知れないよ


慌てない慌てない


一呼吸したら


ゆっくり歩き出そう


幸せは慌てなくても


逃げたりはしないのだから


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守護霊に罵詈雑言を吐いたら・・・

むかしなつかし、若かりし頃のお話です。

まだ、社会人になったばかりの頃、仕事も思うようにいかず、とても煮詰まっていたことがあります。

学生の頃はピュアな気持ちで何事も向かい入れていたものでありましたが、社会に出ると単なる綺麗事だけでは通らないことも多々あります。

誰でも一度は通る道ではありますが、私の場合、守護霊や神霊達、美しいスピリチュアル世界の有り様にばかり意識を向けていた学生時代から急にドロドロした欲と建前、魑魅魍魎の跋扈する(というと言い過ぎかも知れませんが(笑))、社会という名の世界に身を投じたわけです。

そのギャップたるやもはや、地獄か!?と思わんばかりです。

そんな大げさな(笑)と笑われるでしょうが(今の私なら確実に笑います)、その当時は本気でこの世は仏教で言うところの穢土であるなと感じたものでした。

利益しか考えない人、全く人を育てようとか考えない会社の体制、ありえない仕事量などに、社会の洗礼は容赦なく、浴びせられていきます。

そんな時、ふと「守護霊は何をやっとんじゃ!全然、守護してないじゃん!!」と憤りすら感じることがありました。

まあ、散々、それまでは助けてもらっていたわけですが、そういう記憶は、大変な渦中に身を投じるとどうやら忘却の彼方に旅立ってしまうようです。(笑)

もはや、どこにも愚痴のぶつけようもない私は、毎日、毎日、守護霊に罵詈雑言の嵐です。

それはもう、これでもかというくらいに愚痴ばかりを言っていたのです。

「守護霊なんて嘘だ!本当は存在しないんだ!!」

終いには言うに事欠いてこんなことも言いました。

そんな私の態度に守護霊がキレた?のかわかりませんが、突然、その日から様々なトラブルに見舞われるようになったのです。

今までうまくやれていた仕事もうまくいかなくなり、上司に叱られる、先輩にはいびられるはで、余計に大変になったのです。(汗)

なんでしょうか。寛容な守護霊もさすがに怒ったのでしょうか。

ヘタレな私は、顔を真っ青にして守護霊に必死でお詫びのお祈りをしました。

そうすると先ほど、問題となったトラブルは瞬く間に解決して、仕事の環境も今までどおりの大変さ?に戻っていました。

そこで、ハタと悟りました。

守護霊は守護していなかったんじゃない。

守護霊が守護しても守護しきれないくらいに自分の実力をはじめ何もかもが至らなく、不甲斐ないからこそ、こんなに大変なことになっているのだと気づいたのです。

学生時代まではどんなことでも守護霊に動いて貰えれば、大抵のことは乗り越えることができていましたき。

しかし、社会に出るとそれだけでは足りない。

もっと、学び、地に足をつけながら社会のことも人間のことも、より深いスピリチュアルなことも学んで行かなければ到底、自分の魂から来る意志に基づく天命などまっとうできようはずがないのです。

それがわかってからは、社会のことや仕事のこと、いろんな尺度から学ぶという姿勢を持つようになりました。

このことは、守護霊の守護に応えられていない自分を今一度鍛え直す良いきっかけになりました。

おそらく守護霊は精一杯、守護してくれていたのだと思います。

それを忘れた時に自分の不甲斐なさを棚に上げて、守護霊などのスピリチュアル世界にだけ文句をつけようなどという図々しい発想を諌めるために、一時的に守護をやめたのだと思います。

もしかしたら、キレただけかも知れませんが(笑)


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守護霊と恋愛と霊界の関係(その3)

守護霊と恋愛と霊界の関係(その2)からの続きです。

前回は恋愛の起点は幸魂(さちみたま)にあるというお話をさせて頂きました。

そして幸魂は愛するということで、育む力と働きを持っているということでした。

自分のエゴを起点とした恋愛は得てして、自分本位の感情だけで推し進めてしまうきらいがあります。

そうなるとエゴを起点としているため、守護霊も動きにくいという面があるということです。

守護霊が気持ちよく動くためには幸魂の発動と純然たる愛を起点とした恋愛である必要があると言えるでしょう。

そうはいっても、人間は常に幸魂から発する純然たる愛で生きているわけではありません。

どうしても自分の欲望もあれば、ある程度、性癖としての偏りというものはあるものです。

そういったものをすべて否定する必要はありませんが、守護霊が身を乗り出して動いてくれるような恋愛に昇華していくためには、常に幸魂を意識した恋愛をしていく必要があるのです。

なので、もし好きな人が出来た時、あるいはお付き合いしている人との幸せな恋愛を望むならば、どうあるべきかを考えた方が結果として守護霊からの加護を受けられるので吉なる方向に進める可能性が高くなるのです。

恋愛の悩みを分析すると得てして、自分が愛されているのか、相手が如何に振舞っているのかばかりを考えてしまっていることが多いように見えることがあります。

人それぞれに悩みに種類や状況は異なるのですが、突き詰めると自分が受け取るものばかりを考えてしまう傾向にあります。

そんな時、自分に問い直す必要があります。

幸魂からの愛を起点とした恋愛とはどういうものなのかと。

そして、愛される幸せを超えて、愛する幸せを知り、体得した時に守護霊も応援する恋愛となり、結果として幸せな恋愛を味わうことができるはずです。

同じ恋愛をするならば守護霊にも加勢してもらえるような恋愛をすることをオススメします。


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守護霊と恋愛と霊界の関係(その2)

守護霊と恋愛と霊界の関係からの続きになります。

さて、前回は少し恋愛というものについてネガティブベースな響きを持つお話をしてしまった感があります。

守護霊は恋愛にあまり興味を持たないということを聞いて現在、恋愛で悩み中の方はショックに感じたかも知れません。

しかし、少し補足すると決して守護霊は恋愛で悩んでいる方を冷たくあしらったりするわけではありません。

ただ積極性に欠けるというだけです。

それから、恋愛そのものが否定されるべきものでもありません。

守護霊が積極的に関与しないからといって、恋愛などくだらないと言いたいわけではないのです。

前回にも申し上げたように恋愛にも次元の高低があるのです。

折角、恋愛をしている、あるいはそのことで悩んでいるならば、次元の高い恋愛の悩みを持つ方が守護霊の加護を受けやすいということなのです。

では、次元の高い恋愛について考えてみるためにそもそも、恋愛とはスピリチュアル的に見た場合いかなる意味があるのかについてお話してみたいと思います。

元々、恋愛とは感情、感性を主体とした魂の発露でもあります。

つまり、人を好きになるという事は理屈ではなく、感情であり、感性も問題なのです。

言われなくてもそんなことはわかっていると思われるかも知れませんが、大事な点なので確認として定義しておきます。

さて、恋愛が感情、感性を主体とするということはスピリチュアル的には幸魂(さちみたま)が主体となることを意味しています。

幸魂とは何かといえば、私達の魂を構成する4つの要素の一つでもあります。

魂の構成に関しては、「魂と心と身体の関係」の記事にて詳しくお話していますので、そちらをご参照ください。

幸魂は、感情や愛情、幸せ、育みなどの働きを司っています。

恋愛というものも感情、感性に基づく以上、幸魂が司っているというわけです。

ですから、恋愛を考えていく上では、まず幸魂がいかなる意義を持っているかを考えてみることが肝要かと思います。

幸魂は人を愛するだけでなく、それを理屈を超えて捉えたり、愛のエネルギーで何かを育てる働きがあります。

つまり本来、愛とは何かを育むものであるとも言えるかと思います。

恋愛を考える場合にはまず、幸魂の働きを考えていく必要があると言えます。

ところが恋愛はいつも純粋な幸魂の働きからのものとは限らないことも多いのです。

それは前回も申し上げましたがエゴ(自我意識)からの恋愛感情であります。

エゴからの恋愛感情と幸魂からの恋愛感情とは何が違うのでしょうか。

エゴの場合は主に本来の幸魂の意志から乖離した方向に恋愛感情へと導きます。

それは自分自身の欲望、あるいは幸魂以外からの干渉による意志によるものである場合にはエゴからの恋愛感情になります。

といってもよくわからないと思いますので、少し噛み砕いて説明してみたいと思います。

例えば人を好きになるということを考えてみましょう。

一体なぜ、その人が好きなのでしょうか。

優しくしてくれるからでしょうか?

その人が魅力的な肉体的な魅力を持っているからでしょうか?

あるいは自分を幸せにしてくれそうだからでしょうか?


いろいろ、理由はあるかと思います。

しかし、これらは本来の幸魂からの恋愛感情から見るとエゴによる産物だと言えるのです。

なぜエゴの産物だと言えるのかといえば、幸魂からの恋愛感情とは、愛し育むという意志が起点になっているのに対し、エゴの場合は愛されたい、幸せになりたいという気持ちが起点になっている点にあります。

「そんなの皆そうじゃないの?誰だって幸せになりたいに決まってる!」

そんな声もあるかと思います。

確かに幸せになりたいと思うこと自体、悪いことではありません。

誰だって優しくされたいし、愛されたいと願う気持ちは多かれ少なかれあります。

しかし、本当の意味での恋愛の幸せとは、愛されることではなく、愛することにあるというのが幸魂から見た真相なのです。

ここに気づけないと守護霊が何を恋愛にもとめているのかがわからないのです。

逆にいえば、ここに気づけると守護霊に恋愛について動いてもらえるチャンスが大きく増えていくことになるのです。

少し長くなったので、次回に続きます。


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守護霊と恋愛と霊界の関係

今回は「守護霊と恋愛と霊界の関係」というテーマでお話してみたいと思います。

今までも少しずつ守護霊についての理解を深めて頂くために様々な切り口からお話してきました。

守護霊と言いましても人生において様々な関わり方があるものです。

今回は若干、取っ付き易いテーマとして恋愛について取り上げてみたいと考えています。

とはいっても、天心は百選練磨の恋愛の達人でもなければ、初々しいジュブナイルな年頃でもありません。(笑)

40代に入ったおじさんが恋愛について語るのも違和感もあります。

それでも守護霊や霊界との関係性を詳らかにしてみることで、恋愛という切り口でスピリチュアルを理解できるのではないかとも思います。

巷にあるような恋愛成就のためのアドバイスとは少し異なると思います。

恋愛というものを一体、スピリチュアル的にどのように受け止めたら良いのか。

このことを学んでゆけたらと思います。

それでは、早速、守護霊と恋愛と霊界の関係について考えていくことにいたしましょう。

まず、守護霊に恋愛について聞いてみると大抵はあまり熱意のある回答は返ってこないことが多いです。(笑)

どこかシラーっとしています。

やはり魂の成長に直接的に関係があること以外は興味がないのでしょうか。

それにしても、恋愛を通して学ぶことや魂の向上につながる場合だってあるはずです。

なのになぜか守護霊は恋愛に対してはあまり積極的な関心というか働きかけがないようなのですね。

そこで最初は守護霊は恋愛にあまり関わりたくないのかな?と思っていました。

ところが、守護霊が恋愛に関心を示さない、あるいは働きかけがないというのは理由があることがわかりました。

それが多くの人が捉えている恋愛というものの次元があまりにも低いからだということだったのです。

恋愛にも次元の高低があるのか!?と不思議に感じるかも知れませんが、守護霊から見て次元の高い恋愛であると判断される場合は積極的に動いてくださるけれど、そうでない場合は、どちらかと言うと傍観することが多いようです。

では、次元の高い恋愛とは何かというお話になるわけですが、その前に巷で一般に言われる恋愛について考えてみましょう。

大抵は男と女が惚れたはれたという(笑)お話であり、そこに付随する問題や課題に心を悩めるわけです。

もちろん、これはある程度、成長を遂げた人間にとっては当たり前のことでもあり、このこと自体何ら問題があるわけでもありません。

しかし、守護霊はこういった単なる男と女の恋愛については、あまり口を挟むことはしないようです。

好きにしたらいいと遠くから見守っているだけです。

正守護霊のような霊界の高次元層にいる存在はまず、関心を示しません。

但し、守護霊団の中の比較的に低次元層に位置する守護霊、あるいは祖先系の守護霊、背後霊などは関心を示し動いてくれることもあります。

なぜならば、ある程度、個人の幸せや満足度を与えてあげないとかわいそうという現世に近い人間の観点に立ってくれることが多いからです。

低次元層というとなんだか良くないことのように思われがちですが、私達の生活や具体的な利益に直結するような事柄に強いのは、低次元層にいる存在なのです。

つまり言い換えると守護霊においても低次元層に近い方は、こちらの現世における人間的な欲求もある程度理解してくれるというわけです。

祖先系の守護霊、背後霊は特に家系の繁栄などにも興味を持っているので、意外と動いてくださる部分もあるのですね。

子孫である現世に生きる私達のことを(現世的人間的視点で)可愛いと感じているからなのかと思います。

しかし、それでもやはり、積極的には関わらないことが多いのです。

守護霊はいかなる事象においても魂の向上に必要かどうかを第一に考えるからです。

その恋愛があるいは、その恋人(片思いも含む)との出会いが魂の向上に一役買うという場合のみ守護霊は動くわけです。

ところが実際の恋愛は、大抵はエゴの産物に過ぎない場合が多いという判断が守護霊にはあるようです。

現世に生きる人間サイドからすれば、何がいけないんだ!と言いたくなるかも知れませんが、守護霊から見ると魂の向上どころか後退につながってしまうケースもあるのが恋愛というものでもあるようです。

結局のところ守護霊から見た加護するに値する恋愛とは一体、いかなるものなのか。

このことを次回以降にお話してみたいと思います。


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自分の守護霊を知る方法

自分にはどんな守護霊がついているのだろう?

こんな疑問を抱くことは、少しでも守護霊という存在について学び始めると誰もが思う感想なのかも知れませんね。

自分についている守護霊のことがわかれば、それだけ親近感もわくというものかと思います。

ただなんとなく守護霊という存在がいると知っているのと、いかなる存在であるのかを知っているのとでは、守護霊との交流においても大分、感応、感得するものが異なってきます。

自分の守護霊を知る一番てっとり早いのは、信頼のおける方に霊視、霊眼的な感性を使って教えて頂くことでもありますが、なかなか信頼のおける方を探すことが難しい場合もあります。

私も守護霊アドバイス第二、第三段階において、お姿解説やご霊名をお伝えする取次鑑定を行ったりもしていますが、なかなかお申込みできない事情がある方もいらっしゃるかも知れません。

そんな時は自分の守護霊を知ることは全く不可能だと諦めるしかないのでしょうか。

いえ、実はそんなこともないのです。

意外と守護霊というものは、本人の魂の成長にプラスになると判断すれば様々なことを教えてくれます。

それは、守護霊自身のことも例外ではないのです。

とはいえ、守護霊に「あなたのことを色々教えてください」とだけお願いすれば教えてくれるというわけではありません。

大切なことは必然性です。

興味本位だけで教えてくれと頼むと守護霊は答えてくれないことが多いのです。

その代わり守護霊ではない他の霊物がなりすましたり、あるいは、良からぬ霊的存在とつながってしまう可能性もあります。

なので、大事なポイントは、愛と真心に基づく、魂の成長につながることをお願いする時に盛り込むことにあります。

例えば「守護霊様。私は守護霊様と一緒に日々を過ごしながら魂の成長を目指して生きてゆきます。そして、できるだけ人に対し愛を持ち、神仏に対しては真心を持って向き合っていきたいと思います。このように生きていく際により守護霊様との強いきずなを結ばせて頂きたいと願っています。こい願わくば、少しでも良いので許されるところで構いませんので、守護霊様のことを教えて頂けないのでしょうか」

最低限、このくらいのニュアンスを含むお祈り、語りかけを行うことで、守護霊も納得してくれます。

もちろん、ただ漫然と上記のような言葉を語りかければ良いというものではありません。

本当に心からそう念じ、実際にそのような生き方をすることが大事でもあります。

その上で、守護霊に願いを受け入れて貰えている場合には、様々なサインを通して教えていただけることがあります。

何度も同じような映像を眼にしたり、守護霊に近い姿をした方を何度も見かけたり、フッと心をヴィジョンがよぎる場合もあります。

守護霊の気配や気のようなものを感じさせて教えてくれる場合もあるでしょう。

何度も繰り返される現象の中に守護霊の回答が埋め込まれているわけですね。

自分の守護霊がどのような方なのかを知るということを通しても守護霊との交流を深める手立てになることもあるかと思います。

一つの参考として頂ければ幸いです。


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取次鑑定のご感想 Part5

守護霊アドバイス、天命・過去世調査などの取次鑑定のフィードバック、ご感想などを日々いただいております。

なかなか、ご紹介できないものも多い中(プライバシーに関する部分も多いので)、いただいたものから、ご紹介可能なものを少し発表してみたいと思います。

今回は守護霊アドバイス・遠隔浄霊のフィードバックを集めてみました。


☆守護霊アドバイス



~~~~~~~~~

天心さま


こんばんは。

このたびは、鑑定をしていただき、ありがとうございました。
改めまして、フィードバックをお送りさせていただきます。

「承認欲求」
という言葉に、ぐさりと来ました。

というのも、少し前に、
「世の中の意見等の対立の根底には
 満たされていない承認欲求があるんじゃないかなー」
なんてことを考えたりしていたのです。
他人事や自分の過去のことのようにとらえていましたが、
自分もまた承認欲求を多々抱えているがために、
見えるもの考えることの中で、そこへフォーカスしやすくなっていたんでしょうね。

さらに根っこの部分、承認欲求にとらわれてしまう原因は
なんとなく思い当たるフシがあるので、
まずは、自分の中の承認欲求の存在を意識してみようと思います。
それに振り回されていないか? と、ときどき立ち止まって考えられるように。

いい意味で、人の目を気にしないこと。
思い返してみると、
自分が熱中できることに関しては、
そこに人がどう言おうと、どう思われようと、平気でした。
同じものに興味を持つ人たちとの出会いもあり。

今はそういった対象がない、というかわからなくなっているので、
まずは、ワクワクして夢中になれること、
本心から魂の底からやりたいと思うこと などを
内と対話しながら探っていきたいと思います。

守護霊さまのお言葉、そして天心さまのご解説、
問題としている前提が違うんだということで、
えっなにどうして!? となりましたが、
読み進めていくうちに腑に落ちてゆき、
自分のことって、見えているようで見えていないのだなーと実感しました。


また、お言葉をくださった守護霊さまのお姿ですが、

・・・中略・・・*1

この部分で、雛人形の三人仕丁の右端、立傘を思い浮かべました。
地域や人形によって姿がいろいろありますが、
実家のものは、ニコニコと笑っている初老のおじ(い)さんといった風貌です。
職業や着ているものは違いますが、
とてもイメージがしやすくなりました。


取っ散らかった文章となってしまいましたが…
今回、貴重な機会をいただき、ありがとうございました。
自分の立っている場所や進もうとしている方向を
照らすための明かりを貸していただいたような気持ちです。
外にも内にも振り回されず、しなやかに強い芯を持っていけるよう、
心に留めて今後を創っていきたいと思っています。
ほんとうにありがとうございました。

・・・後略・・・*1


30代 女性

~~~~~~~~~


天心様

この度は守護霊アドバイスの鑑定をして頂きましてありがとうございました。

守護霊様からのコメントを拝見し、自分の置かれている状況であったり、考えていた事など、思い当たる節があり、
自分の中で素直に受け止める事ができました。

すぐに変えていく事は難しいかもしれませんが、少しずつ意識しながら改善していけるようにしたいと思います。

また今後ともどうぞよろしくお願い致します。

御礼の返事が遅くなりました事、心よりお詫び申し上げます。


30代 女性

~~~~~~~~~


・・・前略・・・*1

とても詳しくお姿を教えていただき、ありがとうございます。

お陰様で、具体的にイメージでき、いつもお側にいらっしゃるもの、と思えます。

アドバイスも頂き、今の自分に必要なことは何なのか、教えていただけて有難いです。
自分を変えたいと思いながらも、思うように習慣を正せず、理想の自分とは程遠いと思っていたのを、察していらしたのですね。

まず、見るもの、触れるものを吟味し、麗しいものに変えていくよう、努力します。

・・・中略・・・*1

今後は、決意と守護霊様へのお祈りをセットにする癖をつけ、質問は何度もしつこいぐらいにして、質問の内容を忘れないよう、答を頂けるまで他の質問はしないことにしようと思います。

また、楽しくブログ読ませて頂きます。

ありがとうございました。


30代 女性



~~~~~~~~~


鑑定ありがとうございます。

人生の使命という質問に対して、「○○○○・・・略・・・*1」というシンプルな答えが返ってきたのは、心当たりがあります。

今の私は、何かを成し遂げたい、という気持ちや、そうして、色んな人と関わることで自分を磨きたい、色んな知識を得たい、

また、人から認められたい。そして、そのような人生の成功の地平で幸せを実感してみたい、という気持ちが強くあります。

上昇志向は、昔からあったわけではなく、ある時期は、挫折を体験して、苦悩を味わっている人の気持ちも知りたい、と思ったこともあります。

でも、苦悩を知るだけでは、色んな人の気持ちが分からないことから、その対極にある成功・順風満帆な人生というのも、きっちり味わいたい、と思いました。

そんな経緯で、今は、成功したい、という気持ちが強くあります。

そして、物事がうまく運んだり、人間関係が豊かになってきている今の自分に、少しばかりの誇りも感じています。

ですが、質問の答えは、そんな社会的な評価が伴うものではありませんでした。

霊的な視点から言うと、人や社会から喜ばれること、人様のために働くこと、人に施すこと・・・、これらのことは、過程でしかないのかもしれないと感じています。

私は、人に喜ばれたり、誰かを助けたりすることが好きです。

人に喜ばれて、役に立ちたいがために働きます。

それは、お金のためや我欲を満たすために嫌々働くよりも、尊いことのように感じています。

ですが、それもまた絶対的な価値ではない、と質問の答えから感じられます。


30代 女性

~~~~~~~~~


☆遠隔浄霊


~~~~~~~~~

昨年は遠隔浄霊を受けさせていただきました。
その後、確実に家庭内がうまく回っています。
職場の人間関係も辛い時もありますが、一時期ほど、嫌でなくなりました。
逃げずに仕事にも向かっていけたらなあと思っています。
本当にありがとうございます。


40代 女性


~~~~~~~~~


早速の遠隔浄霊ありがとうございました。

浄霊中は状態を起こしてられないほど身体のだるさに首の重み、凄い眠気がきて昼間の時間帯に珍しく身体を横にしていました。
ここ最近背中の痛みがどんどん増して酷かったのですが、浄霊が終わると急に痛みが柔らぎました。

年代家を祟って子孫を絶やそうとしていた女性がいたという事で、びっくりですが色々当てはまることがありました。

・・・中略・・・*1

前旦那の母親、やっぱり時々私の側にいましたかって感じでした(笑)
少し上の霊界に送り届けてくれたとの事で安心しました。

祖先の事ですが、旦那が長男の為にいずれは我が家が旦那の実家の仏壇を引き継ぐ形になる為に今は仏壇ありません。私の実家には仏壇はあります。
私も祖先の事少し気になっていました。
こちらの方も解決して下さり有難うございました。


遠隔浄霊の機会を与えて下さった私の守護霊様、遠隔浄霊をしてくれた天心様、もう涙が溢れる想いで本当に本当に感謝しています。
何度ありがとうございますと言っても言い足りないくらいです。

度々お世話になっておりますが、この度も有難うございました。
外も寒さ厳しくなっておりますので、天心様お体の方気をつけて下さい。


30代 女性


~~~~~~~~~


天心さん自分の中の見えない自分を処置していただけてとても嬉しいです。

どうもありがとうございました。不思議と涙が出てきました。

・・・中略・・・*1

何をされても復讐しないと決めている自分の心をからかわれているとも

受け取れていました。

まだまだ私の心の中は幼かったのかもしれません…

もっと心の努力していきたいと思います。


30代 女性

~~~~~~~~~


天心さま、遠隔浄霊、本当にありがとうございました。

天心さまのおっしゃる通り、私自身、次男のことで心配が絶えず思い詰める日々が続いておりました。それが結果、良くない方向に向いていたのですね。
天心さまに浄霊をお願いして、今朝から不思議なほど、ここ数ヵ月、重く辛かった気持ちの毎日でしたが、とても気持ちが軽くなり心が穏やかで明るい朝を迎えることが出来ました。

心配ごとがあっても、その不安にとらわれすぎず、今のこの前向きで明るくなれる気持ちを維持していけるように自分が強くならないといけないのですね。次男がかかえている恐喝されてる現状も、きっとよい方向に解決できることを信じて、思い込み過ぎないよう努力します。本当に的確なアドバイスをありがとうございました。本当にとても救われた気がしました。

これも浄霊いただいたお陰なのだと思います。神棚のほうも浄霊していただき本当にありがとうございました。

・・・後略・・・*1

40代 女性

~~~~~~~~~


遠隔浄霊のその後。
明るい普通の夢に変わったという旨はお伝えしましたが、先日は真っ青な海の上を船で航海している夢をみました。
こんなにも変わるなんて…と、自分で驚いています。
恐ろしくて暗い風景や得たいの知れない妖怪みたいなものなどは、全くなくなりました。

・・・中略・・・*1

まるで、今までの悪夢を書き換えて一掃するかのような夢でした!


30代 女性




*1 天心註釈:プライバシーに関わる具体的な内容部分であったり、長めのご感想であるため省略いたしました。



他にも沢山のフィードバックをいただいておりますが、今後、折を見て発表できればと思います。



天心 拝


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小さな訓練の繰り返し

アポロ13という映画をご存知でしょうか?

トム・ハンクスが主演した映画で実話が元になっています。

簡単にストーリーをご紹介すると、アポロ13号という名のロケットが宇宙に打ち上げられるわけですが、宇宙空間に入った時点で深刻なトラブルに見舞われます。

下手をすれば、アポロ13号の乗組員は全員命を落とすであろうという状況です。

絶対絶命の危機に瀕するわけですが、乗組員の冷静なリスク回避と対応、そして管制室でバックアップしている仲間たちの奮闘で無事事なきを得て、アポロ13号の乗組員達は、地球に帰還することができました。

映画としての物語はそこで終わるわけですが、実際の話としては、後日談があり、あるインタビュアーがアポロ13号の乗組員達に危機に貧していた時にどのような心境であったのかヒアリングしたのです。

当然、焦ったとか、怖くてしょうがなかったとかそういった感想を予想していたのですが、それに反して帰ってきた言葉は、「全く恐怖には思わなかった」というものでありました。

なぜ、全く恐怖はなく動じずにいられたのか不思議に思っていると次のように船長は答えます。

「いつもの訓練通りにしただけ」と。

宇宙飛行士は毎日、様々な宇宙で遭遇するであろうことに対して、訓練を行っています。

もちろん、訓練といっても宇宙空間に出て訓練できるわけではありません。

地上において模擬的に作られた空間や訓練装置などを使って訓練を行うわけです。

宇宙で実際に行うこととは一緒ではないかもしれませんが、それを想定して毎日訓練をしているわけです。

このことが実際の宇宙でのトラブルにも恐怖せずに対応できたことにつながるわけです。

これは、単なる宇宙飛行士だけのお話ではありません。

全てにおいて言えることとして、小さな訓練の積み重ねが、いざ本番を迎えた時の結果に結びついてくるわけです。

そう考えれば、私達も何の気なしに過ごしている日常という空間は小さな訓練を繰り返す絶好の時間だと言えると思います。

毎日毎日の繰り返しをただの繰り返しにしてしまうのか、何かしらの訓練の時間であり機会だとみなして、小さな挑戦を繰り返し、試行錯誤をしているのかで、いざ、正念場という時の行動につながっていくのかと思います。

大きな目標や大きな舞台に立つような機会にめぐまれた時、オロオロしたり、不安に思ったり感じないためには、日常からの繰り返しの訓練をしていくという習慣が大事なのかも知れません。


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【一日一言】ツイッターでも開始します!

こんにちは!

天心です。

土曜日の午前中から失礼します。(いつかも聞いたようなセリフ(笑))

アメーバ「なう」【一日一言】をつぶやいていますが、ツイッターでもやって欲しいとコメントがありました。

そこで、一応、ツイッターアカウントを取得して、アメーバなうでつぶやいた【一日一言】をコピーしていきます!

基本はアメーバなうのコピーなのですが、ツイッターの方が都合が良い方は、ツイッターアカウントをフォローして頂ければと思います。

ツイッターアカウントは「@TensinTweet」です。

プロフィール画像がアメブロのピグの写真をアップしているので、それが目印になるかと思います。

過去分の【一日一言】はコピー済みです。

基本的には管理アカウントをこれ以上増やして管理するのは回避したかったのですが、今回はツイッターの方が利用者も多く、使いやすいのかな?ということで急遽作成することにしました。

フォロワーの登録が伸び悩む場合、【一日一言】の閲覧者が誰もいない場合には廃止するかもしれませんが、とりあえず、運用していきたいと思います。

・・・皆フォローしてね~


以上、お知らせでした!



天心 拝


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【一日一言】2013.12.21~2014.01.16 過去ログ

こんにちは!

天心です。

昨年の12月21日より、アメーバなうの機能を利用して、短めのコメントを発信させて頂いております。

一日に一言ずつ何かコメントを発信していきます。

よろしければ、是非、アメーバなう、またはTwitterの天心のアカウントをフォローして頂ければと思います。

今回は初回から2014年1月16日までの【一日一言】をまとめた過去ログをご紹介させて頂きます。

通常のブログ記事と違い、短いものではありますが、ポイントを絞った一つのものの見方、考え方などを提示させて頂いております。

読者の方の何かの参考になれば幸いです。


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【一日一言】選択することは、何かを得ようとすることとは違う。選んだもの以外の選択子を捨てることにある。何も捨てることなく何かを選ぶことなどありえない。このことを理解しておかないと選んだつもりで、結局、何も選べてないことになりかねない。

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【一日一言】優しく甘い言葉で囁かなければ重い腰をあげない。そんなメンタルはいつか多大な後悔をもたらすだろうね。すっくと立ち上がり何も言わず立ち向かってゆく。鋼の刄のごとく磨かれた心は美しく強いものだね。そんな心を持つ人と出会えたらどれほど魂は震えるのだろうか。

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【一日一言】言葉に囚われ過ぎると本質が見えなくなる。とりわけ、愛や真心、感謝といった言葉は、美しい響きを持つがゆえに皆、それに酔いしれてしまい本質が見えなくなるなりがちだ。言葉を追うのではなく言葉に込められた本質を咀嚼する力を身につけよう。

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【一日一言】鏡の前に立ち今日の自分の在り方を宣言しよう!そこから一日始めよう!

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【一日一言】幸せになる一番簡単な方法は幸せの波動を持つ人の側にいること。不遇な人はなぜか不遇な人どうし集まりやすい。同じ波長は気持ちが良いからね。そこから脱するのは難しい。でも、勇気を持って一歩踏み出せば、波動は変わる。自分の殻を破るには、まず、環境を見直すこと。

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【一日一言】禊ぎとは、身を削ぐこと。不要な殻をそぎ落とし新生する。長年へばりついた殻を取るのは容易ではない。それを行うには勇気と決意がいる。逆に言えば、そんな殻をつけないようにいつも自分の状態をチェックすることが大事だとです。

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【一日一言】転ばぬ先の杖。起こってから対策すれば間に合わない。起こる前に察知して対策を講じるのが最良のあり方。

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【一日一言】目に見えている事実にばかり気を取られていると眼に見えない真実を見落とすことになる。何事も見えているもの以上に見えない世界は広がっているものです。

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【一日一言】言葉には気をつけよう。言葉は人を元気づけもするし、エネルギーも奪ってしまうこともある。一つ一つの言葉の使い方を気をつけることが、大きな力を使いこなすヒントとなる。

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【一日一言】馬鹿には二種類の馬鹿が存在する。愛おしい馬鹿と救いようのない馬鹿。前者は、自らの愚かさを自覚し補うよう努力する。後者は自らの愚かさを理由に努力を諦める。救いようのない馬鹿にだけはならないようにしたいものです。

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【一日一言】霊界は心の広がりにより大きくなる。大きな霊界はより大きな霊力を生む。霊界を広げるためには、より深くより広く学び、次元の高い発想をする必要がある。

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【一日一言】自分にとってかけがえのないものは何かを考えてみると良い。以外とどうでも良い事に自分がしがみついてることに気づくでしょう。かけがえのないものとは、代わりを立てることが不可能なもの。どんなものがあるかな?それが自分にとっては本当に大事なものなねかも知れないね。

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【一日一言】真剣になることとは、自分は真剣だと念じることではない。何物にもましてなし得たいことの優先順位を一番にすること。それができないなら真剣になどなれるわけはない。

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【一日一言】「私のような愚か者には到底できません」綺麗な謙遜の言葉。だけど、その裏には怠慢と臆病風に吹かれた自分が隠れていたりします。いっそ、「俺(私)がやらねば誰がやる!」とうそぶいてくれたほうが、よほど魂は輝き成長していくことは間違いないでしょう。謙虚さを装うミノを外そうよ。

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【一日一言】特別な日に特別な努力や行動をしようとしても無駄である。日常の心掛けが特別な日に力を表す。愚鈍な者は慌てて何かを成そうとし、賢人はただ日常を正すのみ。今日の幸せは日々の心掛けの賜物であり、今日の不遇は突然に表れたものではない。このことを良く理解すること。

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【一日一言】明けましておめでとうございます!新たな朝日子を迎え今年も一年間、物語を紡いでゆきましょう!

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【一日一言】行く年来る年。カウントダウン。百八の煩悩を蹴散らして来年へ!

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【一日一言】問うことやめれば道は廃る。学びの上手な人は問うことも的確であり、得るものも大きい。何も問わない人は何も学ぶことはないだろう。

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【一日一言】何を成したかは大事です。しかし、それ以上に大事なのはいかなる態度で生きたのか。成し遂げるかどうかは時の運もあるが、どう生きるかは自分の意識次第である。

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【一日一言】難しく考えなくていい。人と仲良くなる最初のキッカケは挨拶を交わすことから始まる。守護霊だって、神様だって同じなんだよ。

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【一日一言】仁は義を生み義には礼が付き従う。礼とは智の形であり、誠の智とは信を得る。信にて結ばれる社会は強固であり決して人々が不幸にならない。孔子の目指した社会がそこにはある。

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【一日一言】一念が想いを作り、想いが人格を作り、人格が言葉となって現れ、言葉が人の行動を作る。行動は状況を作り、状況の積み重ねが運命の流れを作る。全ては一念から始まる。一念を改めれば運命は変わるのはこの所以である。

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【一日一言】わかったと思うと人はそれ以上学ばなくなる。まだまだ、わからないと思うほどに学びは深くなる。本当に恐れるべきは、わからないことではなく、わかったつもりで学びを止めてしまうこと。

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【一日一言】自分にも言い分があるように他人にもまた言い分がある。このことがわかれば赦しあえるはず。皆が一緒という価値観を捨てたら争いはなくなるだろう。お互いの違いを認めあえることが調和の基本。僕らは皆、個性があり異なる存在だが手はつなぐ事はできるのだから。

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【一日一言】始めよければ終り良し。終わりよければ全て良し。一日をいかなる心根で始めるかによって、その日が曇るか輝くかが決まる。そして、どのような一日の締めくくり方をするかにより、その日がいかなる日であったのかが決まる。始めと終わりを整えることが輝く日を作るコツ。

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【一日一言】やれないことを考えない。やれることを見つけよう。やれることのやる。この積み重ねが大きな力となります。

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【一日一言】ジタバタしたってはじまらないというけれど。ジタバタした先にしか未来への道は続かない。もっとジタバタしよう。それが生きるということです。

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以上が一日一言の過去ログです。


アメーバなう、またはTwitterのフォローをお待ちしております!


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【2014年1月度】神田明神への参拝

2014年1月度神田明神月参りをしてまいりました。

本年の最初の月参りということなのですが、実は初詣にも来させて頂いておりますので、二回目の参拝になります。

初詣の時は参詣客がこれでもかと列をなし、とても落ち着いて参拝できる状況ではありませんでした。

ということで、今月度は日を改めての心機一転しての参拝をご奉仕させて頂きました。

毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

本当に今年も神田明神様にはお世話になることが必須のような気がいたします。

それぐらい今年は重要な転換点になる機運が出てきています。

いかなることがあろうとも負けずに乗り越えていけるように神田明神様と歩んでいく一年になることを願っています。


天心 拝

kanda_sekihi.jpg

神田神社 さざれ石 石碑


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あの山を超えて

あの山を超えていこう


できるだけ身軽になって


思い荷物はここにおろして


余計なものは何もいらない


あの山を超えてしまえば


紺碧のどこまでも広がる海が待っている


そこでは余計な荷物はいらない


でも、僕らは荷物を捨てられない


折角手に入れた荷物を


手放せない


愛着


執着


もしかしたら必要になるかも?という取り越し苦労


いろんな思惑が絡みついてきて


僕達は荷物を下ろせずにいる


あの山を超えれば


紺碧のどこまでも広がる海が待っている


だけど、僕らは捨てられない


なぜだろうね


僕らは山の向こうを見ることができないから


山の向こうに広がる紺碧の海を信じることができない


僕らはそれでもいずれ山を超えなければならない


そして


その時にはどんなに愛していても


どんなに執着していても


その荷物はおろしていかなければならない


悲しく思っても


辛く感じても


その荷物はおいてゆく


そして、山を超えたら気づく


随分と無意味な荷物を背負い込んでいたものだと


いつか気づくのだったら


今ここに荷物はおろしていこう


あの山を超えるために


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穢れの蓄積と霊障スパイラル

私達は生まれ持ってある宿命を背負っています。

それは現世に生まれ落ちた時から少しずつ穢れを受けて生きていくということです。

穢れというのは、気が枯れることも意味していますが、別の見方をするとほっておけば私達はどんどん穢れていくようにできています。

部屋を掃除せずにほったらかしにすれば、どんどん、埃がたまり汚くなってきます。

たとえ部屋を汚すようなことを決してしていないと思っていても、時間が経てば汚れてきます。

穢れも同じで、時間とともにほっておいても溜まってくるものなのです。

なので、穢れというのは何も特別なことではなく、誰でも穢れてくるものであり、穢れはいつでも私達のそばにあるものでもあります。

意外と忘れられがちなことでもありますが、真実でもあります。

「穢れがあるのはわかったけど、だとしても何か問題でもあるの?」

こんなふうに思う方もいるかと思います。

確かに少々の穢れはあまり意に介することはないと思います。

少し禊ぎ祓いするようなリフレッシュすることをどこかで心がけていれば、問題ないかと思います。

しかし、そういった表面的な穢れはともかく、普段のリフレッシュでは落としきれていない穢れというものも存在しています。

私達の家もカビが生えてしまったり、油汚れが長年こびり付いたもの、何度も使っている湯のみの底にたまった茶渋などは簡単には取れなかったりします。

こういう頑固な汚れを落とすには、合成洗剤や漂白剤などを使ったりして特別な処置をする必要があります。

同じように穢れも蓄積してくると簡単なリフレッシュでは取れないものへと変質していきます。

穢れの蓄積化は、簡単には落とせないのですね。

これを落とそうとするとそれなりに特別な工夫が必要となってきます。

例えば、浄霊などはこの特別なものに該当します。

実際のところリフレッシュして落とせたと思っている穢れも実際には取れていない場合もあります。

長年、こびり付いた汚れは、あまり汚れとして気にならなくなるのと同じように長年、連れ添ってきた穢れは、あまり気にならなくなっていることが多いものです。

なので、気にしなければ気にならないまま、日々を過ごすことになります。

「気にならないなら別にいいのでは?」という意見もあるかとは思います。

確かにそういう考えも良いかな?と思ってきたところもあります。

しかし、最近、思うにこういった穢れを放置していくと結果的に霊障を呼びこむ元になることがわかってきました。

穢れが蓄積してくるとその穢れの塊が新しい霊障を呼びこむことが多々あるということです。

今までは霊障から意識を乖離させることで霊障の影響を最小限に食い止めるという方策が一番だと考えてきました。

今でもその考えは基本として持ってはいます。

しかしながら、どうもそれだけでは対応しきれない霊界の現実があるように昨今では感じるようになってきました。

やはりどこかで根本的な解決につながっていく施策を講じていくことも大事なのかなと思います。

どうしていくのが一番良いのか今一度、見直しの必要性が出てきているように感じます。

まだ、結論は出ていませんが、決して軽んじるべきことではないので、今後、どうしていくべきなのか検討をしていきたいと思います。


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心に残った守護霊からのメッセージ27

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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賢しらを捨てるべし

手を走らせ

足を運ぶ

気血めぐりて

霊智おりきたるなり

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考えあぐねて、ようやく重い腰をあげるよりも、ともかく、手を動かしてみる。

パソコンで文章を打つのも、お裁縫をしたりするのも、食器洗いをしたりするのも良いようです。

どんな場所にも率先して足を運ぶことで何かが動き始めることもあります。

身体を動かしながら、アクティブに振る舞うことで良いアイデアや考えも浮かぶというものです。

身体を動かすことで気のめぐりもよくなります。

賢くかっこ良くあろうとしすぎて動けなくなってしまう時に与えられた守護霊様からのメッセージでした。


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慌てず騒がず毅然として

霊障に関する個人体験を交えて少しお話させて頂きます。

霊障というものは、結構、様々な方法で回避することは可能なのですが、時々、不意をついて攻撃を受ける場合があります。

特に就寝時に狙われることが多いのです。私の場合。

眠っている時にはある意味とても深いトランスに入っている状態でもあるので、余計な霊波長を拾ってしまう場合があるのです。

真夜中に枕元に貞子も真っ青な女性の霊が座り込んで狙ってきたこともあります。(汗)

玄関口から堂々と、血まみれの自殺者の女性が入ってきたこともあります。(冷や汗)

赤く光る蛇霊やら西洋の魔物系の霊物に金縛りと意識を縛り上げられる霊術をかけられたことも。

上げていくと重くなるし、暗くなるし、気持ち悪いのであまりこの手のマイナスのお話はしないようにしてきたのです。

ただ、昨今はトランスに入りやすい方も多くなってきて、霊障の直接攻撃を感得してしまうケースも多く耳に入るようになりました。

霊障は、一見それとはわかりにくい形で現れるケースが今までは多かったので、直接的な体験をお話する必要はあまりなかったこともあります。

しかし、深いトランスに入りやすい人は、霊障の攻撃をダイレクトに受け止めてしまうため、一種のパニックに陥る可能性があります。

パニックに陥ると実は、余計に霊障を起こしている霊物の術中にハマる可能性が高いので注意が必要なのです。

「怖い」「どうしよう!」という動揺した念がますます、自分をパニックに追い込み、霊物の作り出す霊的フィールドから抜け出せなくなるわけです。

だから、慌てず騒がず毅然として対応することが求められます。

要するに落ち着いて行動しましょうということです。


どうしてもパニックになってしまった場合は以下のまじないを試してみてください。

簡単な霊障ならば、ぶっ飛ばすことができます。


タケミカズチ ツルギナスカミ

このようにつぶやいてから、人差し指と中指を突き立てて、エイっと気合を入れて目の前の霊障に突き出すだけです。

簡単にできるので、緊急時には試してみてください。

では。


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型に当て嵌めない

最近、本当によく感じることなのですが、人は学ぼうとする時に一定の型にはめて考えてしまう傾向があるように思います。

私は時折、質問などのメールを個別に頂くことがあるのですが、その中で「それは○○と同じですか」とか「△△では◇◇と言われていますよね」とか何がしかの型にはめて考えているなと思しきことが書かれていることがあります。

何かの型にはめて考えた方が確かに理解する際には楽な側面は確かにあります。

しかしながら、本来、学びというものは型にはめて理解すれば良しというものではないのです。

例えば、Godという英単語がありますが、これを日本語訳すると「神」という言葉にあてはめられます。

だから、キリスト教のいうところの主なる神も日本の八百万の神も同じような印象で受け止められてしまいがちです。

実際には、キリスト教で言われているところのGodと日本で言うところの「神」は意味は異なるものです。

キリスト教の主なる神は、全知全能の神であり、完全なる無矛盾の存在です。

一方で神道で言われるところの八百万の神は、単なる複数いる神ということではなく、とりわけて優れたるものを持つ存在を意味しています。

漫画の神様と言えば手塚治、経営の神様と言えば松下幸之助、野球の神様と言えばイチローというところでしょうか。

これらの方々は、人間であっていわゆる全知全能のGodとは意味が違います。

しかしそれでも、私たちは敬意をこめて「神様」と呼んでいるわけです。

なぜならば、とりわけて優れたるものを持つ存在だからです。

もちろん、神様イコール優れた人間ということではなく、優れた畏敬するに値する自然現象なども神様の表れとして認められています。

山や川、林や森に何故に神が宿るのかと言えば、それは、とりわけて優れた自然の働きがそこにはあるからです。

また、神道においては、神はとりわけて優れたる存在であるわけですが、仏教などでは、神様は仏様よりも下位の存在として位置付けられています。

これを本地垂迹説といいますが、ここで言われている神も本来、神道で言われている神と異なるものでもあります。

もちろん、キリスト教で言うところのGodとも違います。

全てを「神」という型に当て嵌めてしまうと理解はしやすいかも知れませんが、本当の意味で何を示しているのかがわからなくなります。

結局、何が言いたいのかと言うと「シルバーバーチの霊訓ではこう言われていた」「日月神示ではこうあった」というように○○という何かに当て嵌めて、私がお話していることを理解してもおそらく間違うだけだと思うのです。

以前、捨己従人(しゃきじゅうじん)という言葉の意味をとりあげて、学ぶ時の姿勢についてお話した記事があったかと思います。

何かを学ぶということは、一切の先入観を捨てて、真綿が水を吸い込むようにしっかりと素直に受け止めていくことが大事だということです。

何かの型に嵌めて、一致するしないという部分的なことに拘泥するようだと決して本来の意味を理解することはできないからです。

本当に完全に学び体得したいと考えるならば、型を捨ててゼロになって受け止めていく他はないのですね。

自らの中に潜み学びを歪めてしまう型から自由になることも魂の向上には一つの大事なポイントになってくるかと思います。


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西洋と東洋の思想の違い(その5)

西洋と東洋の思想の違い(その4)からの続きになります。

前回は西洋思想の特質を総括しつつ、対比させながら東洋思想の特質についてお話させて頂きました。

西洋思想は論理と証明、そして目に見える明示性ということを非常に重要視することをお話いたしました。

一方で東洋思想は、論理や証明ではない感覚的なものを大切にする考え方であることもお話いたしました。

東洋思想は主に目に見えない部分に焦点を当てていると言えるかも知れません。

穢れの思想などはその典型であると言えます。

穢れとは通常の肉眼では見えない(もちろん見えている部分も問題にはするが)部分にそれを見出されることが多い。

他人が使ったリサイクル箸に抵抗を覚えることなどがその典型だと言えるかも知れません。

西洋思想的に考えると全く問題がないという結論になるリサイクル箸も穢れの思想で考えれば、問題があるということになります。

つまり東洋思想には論理性をあまり重要視しないという特質があると言えます。

論理性を重要視しないということは、そのまま西洋思想で最も重視されている証明の必要も重きを置かれていないということです。

形而上学では、魂や神の存在の証明をとことんこだわっているわけですが、東洋思想ではそれがありません。

例えば、日本古来から続く神道などは、まさに典型的です。

神道では山や川、様々な自然の中に神が降臨していると考えたりします。

しかし、ここで何を根拠に?ということは考えることはないのです。

ただ、そこに神なるものが存在することを感得していくことが重要なのです。

「これこれ、こういう理由でここには神がいるのです」なんていう理屈は存在しません。

ただただ、そこに神の存在を感じるか否かという問題なのです。

神とはどういう存在かということも、あまり重要視されません。

神道でも後期になり教派神道と呼ばれる宗教組織が営まれるようになったものは別にして、古来からある神道はとてもアバウトです。

言ってしまえば、「神道」という言葉すらも実は中国古典の四書五経の中の易経の風地観の卦の説明文の中で使われた文言を拝借して仮につけているような状態です。

日本古来からある神様とのお付き合いの在り方を何と呼ぶか、そんなことはどうでもいいと言わんとばかりです。

古事記や日本書紀などの神道を代表する古典も神道の起源とともにあったわけではありません。

名前すらも決まっていない神様とのお付き合いの習慣をなんとかまとめる必要性が生じたから作られたという経緯があります。

いわば古事記や日本書紀は、神道の公式ガイドブックといったところですね。

キリスト教、仏教、儒教いろんな宗教がある中で、神道だけが体系化されずに名前すらよくわからない感覚と習慣だけがある状態にあり、これはまずいと当時の天皇が稗田阿礼に命じて作らせたわけです。

だから、神道には教祖はおろか経典も教義も何もないのです。

あるのは目に見えざる真実と感応の世界だけです。

そのため伝承は文字よりも口伝、さらに大事なのは以心伝心による目に見えざる継承者を通しての系譜に頼らざるを得ません。

テキストも資料もなく、理解の手助けになる論理もない。

ただ、人から人へと脈々と続く、つながりを通してその実体は伝えられてきたわけですね。

理屈を超えた実体を感得するからこそ、神や魂の本質をとらえられていたと考えることができます。

西洋思想のように論理と証明に血道をあげていては、掴みようがない神と魂の世界の実体をより、掌握していたのが東洋思想であると言えるのではないでしょうか。

特に神や魂と言ったものの世界は理屈では測れない部分が多々あります。

それを理屈を通して証明することにこだわってしまったからこそ、西洋思想は神や魂の世界の探求から解離してしまったともいえるのかも知れません。

東洋思想は、ダイレクトに目に見えざる世界につながる感性を重視したからこそ、表面的な目に見える世界にからめ捕られることなく発展してきたと言えるのではないでしょうか。

そう考えると西洋思想よりも東洋思想の方が神や魂の世界にはより近い道が開けていると言えるかも知れません。

では、西洋思想よりも東洋思想の方が優れていると言えるのでしょうか。

いいえ、そう単純には言えません。

東洋思想にもやはり欠点があります。

先ほどもお話しましたが、東洋思想は目に見えざるものを論理や証明するということを越えて感性で捉える考え方をとります。

そのため、文字や言葉では表せない、否、表そうというムーブメントが起きにくかったと言えるのではないでしょうか。

口伝による伝承、以心伝心による伝承、ともに履歴として後世に伝えるには非常に心もとない方法です。

なぜならば、口伝は聞いたことを忘れたら終わりです。

以心伝心は伝授者にしか理解できませんし、後継者がいなくなれば、その内容は永遠に失われてしまいます。

西洋思想のようにしっかりとした証明に裏打ちされた論理と文字ベースのテキストで残されていれば、体現した思想を後世につなげていくことは比較的容易であったはずです。

しかしながら、東洋思想はそういった明示性、論理性、証明がなされぬまま継承されてきたため、断絶したり、過不足が出て伝わっているケースが多々あるように思います。

このことを考える時、私たちは、始めて西洋思想的、表側の論理性と明示性、東洋思想の感性、本質と体得重視の考え方の両輪が必要であることがわかると思います。

どちらが欠けても片手落ちになるのは間違いがありません。

このことを理解する時、どのような態度で私たちは世の中にある思想を受け止めればよいのかがわかるかと思います。

非常に長々としたお話になりましたが、このあたりでこのシリーズは完結させようと思います。

少し、お話が足りない部分がありますが、また、機会があれば違った角度でお話していけたらと思っています。

お付き合いありがとうございました。


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2014年からの方向性・体制について

こんにちは!

天心です。

2014年からの方向性・体制についてということでお知らせいたします。

色々と守護霊や指導霊にお伺いを立ててみたところ結論としては、現状体制を維持しつつ、随時、問題があった場合には改定していくスタイルになります。

ですから、引き続き、2013年からの方向性・体制で行って参りますので、宜しくお願いいたします。

一応、念のため、2013年からの方向性・体制の記事のURLを記載しておきますので、詳しくは以下URLリンクをクリックしてみてください。

http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-527.html

今年は方向性や体制を大きく変えるというよりも、内面的な充実やスローガンへの向かい方に注力しなさいということでした。

なので、現状維持と言っても、決して停滞していくわけではありません。

方向性や体制は変わらねど、常に成長し進化していくという姿勢は変わりはありません。

そのあたりを踏まえつつ、今後もお付き合い頂ければ幸いです。



天心 拝


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2014年度のスローガン

こんにちは!

天心です。

お正月モードもそろそろ終わりに向かってはいますが、少しブログ記事の更新などがスローダウンしているきらいがあります。

そろそろ馬力をかけて、今年のやるべき学びや修練に身を投じていきたいと思っているものの、中々、年初めというものは、沢山の為すべきことが集中するため動きが鈍ってきています。

先日はFGSの会メンバー向けに臨時増刊号10のメルマガを送信しました。

その前には旧年に頂いていてまだ返信できていないメールの対応などもさせて頂きました。
(まだ、昨年頂いた取次鑑定が残っているものもあり、すぐにでもとりかかりたいのですが、中々、時間がとれません。お待ちになられている方はもうしばし、お時間をくださいませ。)

そんなこんなある中で、今年は元旦に神田明神での初詣もさせて頂きました。

この件に関しては別途、ブログ記事でご報告させて頂いた通りです。

まだ、参拝しなければならない神社・仏閣もありますが、これから先に控えています。

FGSの会で現在、行われている霊法の伝授会の続きも行わなくてはなりませんし、今年度から始まる新しい試みと企画の準備、やるべきことを列挙し始めると冷や汗がでますね。(苦笑)

それはともかく、やらねばならぬという義務感だけで推し進めるのは霊界を曇らせるだけでなので、出来る限り、明るく前向きにそして、楽しんで行っていこうと思っています。

何事も、如何に受け止めるのか、如何なる態度で臨むのか。

これによって、全ての意味は変わってきます。

嫌々で進めば、全ては嫌々な灰色の景色を背景に人生が進んできます。

でも、喜び勇んで進めると、全ては赤誠のごとき熱意の色と輝く景色を背景に人生を歩むことになるのです。

だから、決して、重なる事柄に押しつぶされそうな想いに負けないで進むが吉なわけです。

ぐだぐだと前置きが長くなりましたが、まずは、今年のスローガンを発表してみたいと思います。


●今年度のスローガン

「広がり・つながり・深く根ざす」

今年のスローガンは三つのポイントがあります。

まず、発展していくことを示す「広がり」

できるだけ、多くの人にスピリチュアルや守護霊のこと、霊界の実相や魂の向上のことを理解して頂くために何ができるかということがテーマになります。

何事も小さくまとまらずに大きく広がっていくために何が必要なのかを探求していくことになります。

二番目は「つながり」です。

人も霊界も一つでは小さな存在であり、できることに限りがあります。

しかし、多くの人や物がつながりあい、手を取り合えば、必ずや大きな何かが生まれていくはずです。

ですから、如何につながりを強化していくのかが問われてきます。

そして、三番目は「深く根ざす」こと。

何かを学ぶにせよ、広がりを持つことにせよ、つながっていくにせよ、その一つひとつの軸が深く根を張っていなければ、全ては空中分解してしまいます。

何かを始めるならば、まず、深く根ざさねばなりません。

深く根ざさないものは、結局は枯れ果ててしまうしかありません。

だからこそ、深く根ざすことを念頭におかねばならないということです。

思えば、FGSの会も現時点では100名を越えるメンバーが所属していますが、深く根ざしている人は、あまり多いとは言えません。

もちろん、人それぞれのペースや考え、事情はあるので、その差異ばかりを問題視しても仕方はないでしょう。

しかしながら、やはり、折角、ご縁を頂いた方にはせめて何かをこのブログやFGSの会から得て欲しいという願いはあります。

そのためには、やはり、今まで以上に深く根ざした学びをしていく必要があることかと思います。

以上が今年のスローガンになります。

以下はスローガンのもとになったメッセージになります。


●メッセージ


広がりに広がりてゆく

そのための基盤を創る

大地に根ざし

数多の霊妙普遍なる世につながりゆく

その心積もりで事をなすべし



解説としては、何事も末広がりに広がっていく。

別の言い方をすれば、広がりを持っていくことを志す必要があるということです。

広がっていくためには、その軸となる基盤をしっかりと築き、沢山の価値観やあり方ともコミットしていくことも大事です。

そういった多様化した物事に触れていく機会が増えてくるので、その心積もりでいなさいということです。


それでは今年も宜しくお付き合い頂ければ幸いです。


天心 拝


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高級に触れることで次元を高めよう

今回の内容はどのカテゴリに当てはまるのかちょっと悩みましたが開運コラムでいきます。(笑)

新年早々、守護霊からのご褒美があったので、そのご紹介とそれに因んだお話をしてみたいと思います。

「お~い、2014年度の方向性と方針はどうした?」というツッコミに関しては黙秘させて頂きます。(笑)

・・・と冗談はさておき、方向性、方針、スローガンなどはまだ、明示できる状態にないので、もうしばらくお待ちくださいませ。(汗)

さて、守護霊からのご褒美の話ですが、まあ、大した話ではないのですが、ちょっとした小ネタとして聞いてください。

私は、最近、コーヒー豆を挽いて紙フィルターを通して飲む、いわゆるインスタントではないコーヒーにハマっています。

近くにコーヒー豆を売る店が出店されていて、たまたま、そこで試飲したコーヒーが美味しかったので、購入して愛飲するようになったのです。

正直、それまではコーヒー自体飲むことも少なく、どんな種類のコーヒーを飲もうと「大して変わらないよね?」という感じの味音痴なところがありました。

そんな私がたまたま、わりと本格的なコーヒーを飲むようになったわけです。

わざわざ、紙フィルターを使い、お湯を注ぐ時もコーヒー豆を挽いたものが周りにうまくフィットするように注ぎます。

見よう見まねですが、コーヒーの香りは良いし、香ばしい薫りに心も落ち着いてきます。

最初はそのお店のオリジナルブレンドをよく飲んでいたのですが、段々と他の種類も試してみたくなるのが人情というもの(笑)。

今では、お店で一番、お高いブルーマウンテンブレンドと呼ばれる豆に手を出しております。(苦笑)

お高いといっても、高級ワインなどのように一本何十万もするとかいうレベルではもちろんありません。

精々、グラムあたりで数百円といったところです。

私のような庶民でも多少、高級志向になってみても、たかが知れています。

なので、段々とコーヒー熱がエスカレートしつつあるということです。

そんな中で最近、愛飲しているブルーマウンテンブレンドではありますが、私には一つ納得がいかない点がありました。

お店で一番高級なコーヒー豆であるはずなのですが、「なぜブレンドなのだろう?」という疑問がムクムクと心に浮かんできます。

ブレンドということは、何か純正じゃないものが混ざっているということです。

一番高級なはずなのに何で純正ではないのか。

出典元は忘れましたが、コーヒー豆の品質について聞いたことがあります。

元々、コーヒー豆はとれた時の大きさや色合いなどを見れば、良い豆と然程良いとは言えない豆の違いは一目瞭然にわかるのだそうです。

そして、美味しいコーヒーを作ろうと思ったら、単純で良い豆だけを選りすぐり集めて挽けば良いわけです。

しかし、良い豆は全体の数量からすると少数であり、それをやってしまうとコーヒー豆による収益が出せないのだとか。

仕方なく、あまり良くない豆もブレンドして販売して帳尻を合わせているそうです。

つまり、ブレンドよりも純正のほうが美味しいということです。
(まあ、当たりまえですが)

ブレンドが一番高級であることに疑問を覚え、お店のホームページを調べてみると実際にはブルーマウンテンブレンドよりも高級なコーヒー豆が存在するではありませんか!?

ホームページによれば、ブレンドと純正はカテゴリが分けられており、純正のブルーマウンテンは、別に存在しているようなのです。

その名は「ブルーマウンテンNo1」

なんという自信に満ちた名前なのでしょう。(笑)

私もすべてのコーヒーの種類や品質に精通しているわけではないので、本当にNo1なのかどうなのかよくわかりませんが、少なくともお店ではNo1の品質のようです。

「これ飲んでみたい」

と当然のことならが思うわけです。(笑)

で、お店に行ってみるとガラスケースに入ったコーヒー豆が並んでいます。

1つずつ確認してみましたが、やはり一番お高いのはブルーマウンテンブレンドです。

他の系列店もチェックしてみましたが、やはり状況は同じです。

ちょっとガッカリして、諦めかけていたところ、本日、なんと「ブルーマウンテンNo1」をゲットすることができました!(祝)

たまたま、お店に顔を出してみると一個だけ売れ残った福袋がありました。

コーヒー豆のお店なので福袋もコーヒー豆の詰め合わせです。(笑)

なんとその福袋の中には、ブルーマウンテンNo1が入っているではありませんか。

しかも、通常では購入できないコーヒー豆なので、飛ぶように売れているようで、他のお店では売り切れてしまっているところも多いようです。

最後の一つが私を待っていてくれたようです。

ああ、守護霊が幸薄い私をかわいそうだと思って、コーヒー豆を与えてくださった!?(笑)

まるで井上陽水の「アラブの偉いお坊さんが貧しい男にコーヒー豆をあげた」とかいう歌のようです。(なんのこっちゃ)

ここまでダラダラとお話してきて、オチがその程度のはなしかい!というお叱りを受けそうなので、もう少し本質的なお話をさせて頂きます。(汗)

こっからが本題です。(前置き長っ)

私は、本格的なコーヒーを飲むようになってから、確実に自分が変わってしまったことを自覚しています。

それは、コーヒーに対する味覚が覚醒してしまったということです。

もちろん、もっと詳しい、味覚が精錬されたコーヒーマニアやファンはいるのでしょうが、それでも以前の私に比べて、全然違うのです。

ある時、安い値段でコーヒーが楽しめるというお店に入りました。

何の気なしにその安いコーヒーを頼み飲んでみると私の口の中に衝撃が走ります。

「うげっなんじゃこりゃーー」

本当にその安いコーヒーのお店には申し訳なく、かつ失礼な言い草になりますが、全くコーヒーとは思えなかったのです。

本当に申し訳ないのですが、泥水を沸騰させたような感じで、薫りも全然、コーヒーとは思えません。

なんだか、ひどいことを言っているようなのですが、率直に感じたことを言葉にするとそうなります。(汗)

もう一口、二口と飲んでみるのですが、どうやってもコーヒーには思えないのです。(苦笑)

以前なら、きっと嬉しそうに安いコーヒーを美味そうに飲んでいたことでしょう。。

さて、こんなお話をしたのは、別に私がコーヒーグルメに目覚めたことを自慢しようとか(笑)、安いコーヒーの批判をしたいからではありません。

私達は日々、様々なことに触れながら生きていますが、私達を高次元の繊細なものに引き上げてくれるものは、同じ、高次元の繊細なものに触れるという経験なのだということです。

たかがコーヒーの話と思うかも知れませんが、高級なものに触れれば、それだけ高級なものが理解できるようになると同時に如何に私達が低次元層にとらわれているかということも同時に理解できるようになるということです。

だからこそ、私達は常に意識して高次元層のものに触れていく機会を増やしていくことが大事だということなのです。

別に高級志向やグルメになって贅沢をしろということではなく、高次元に触れるということを心がけることが重要だと言いたいわけです。

コーヒー豆一つとっても、高次元な味わいもあれば低次元な品質もあります。

身近な体験の中にこうした学びがあるということもお伝えできればと思い、今回はこのお話をさせて頂きました。

小ネタなのに随分と長々お話してすいませんでしたが、ご参考になればと思います。


P.S

ブルーマウンテンNo1はまだ飲んでいません。

只今、消化中のブルーマウンテンブレンドを飲み終わった時点でトライしてみようと思います。

どんな体験が待っているのか楽しみです。(^皿^)グシシ


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2014年のご挨拶

謹賀新年


天心です。

旧年は大変お世話になりました。

読者の皆様やFGSの会のメンバーの皆様に支えられて、昨年はなんとか活動を続けていくことができました。

初頭の挨拶が遅れましたこと誠に恐縮でございます。

本年度の元旦は神田明神への初詣を実施いたしました。

大変、人で賑わう中での参拝となりました。

神域は清涼感よりも熱気と活気に満ちたエネルギーを感じました。

神田明神におわします神霊達もどこかニコニコと笑っておられるようでもありました。

神様にとっても初詣は年に一度のハレの日でもありますから、多くの人がこぞって集まるのは喜んでおられるのかと思います。

私は、昨年のご指導の感謝や今年の方向性を如何にすべきかなどをご相談し、お祈りをして参りました。

読者の皆様やFGSの会のメンバーが本年も良き幸わいに恵まれて、豊かに健やかに過ごされるように祈りを込めて参りました。

また、一人ひとりが持つ課題や問題をクリアしていく追い風を吹かせたまえと祈念をしてきたのです。

大行列の並ぶ中での参詣でしたので、やはり十二分にお祈りができたとは言えない部分があります。

なので、また頃合いをみて、今月中に再度、お参りをさせて頂こうと考えております。

祈願串や献灯も、あまりの混雑のため受付ができませんでしたので、その時にでもまたさせて頂きたいと思います。

さて、2014年に入りまして、新しい方向性を打ち出していかなければならないわけですが、まだ、はっきりと明示できる形にはなっておりません。

一応、方向性が明示されるまでは、旧年の方向性を維持していくこととなります。

守護霊アドバイスや天命・過去世調査、縁起過去世調査、遠隔浄霊、それから道名授与なども当面は方式も現状維持です。

新しい方向性が決まり次第、ご報告をさせて頂きたいと思います。


ブログ、FGSの会とともに本年もよろしくお付き合い頂ければ幸いです。



天心 拝

2014神田明神初詣


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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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