神様のドングリ- 村里のにぎわい -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- 変化 -からの続き。


山の道を川沿いに降りていく一匹の山猫の姿があります。

背中には籠を背負い、そこにはさっき採ったばかりの魚が沢山入っています。

村里に降りて、今日も取れたての魚と薬草を交換してもらおうとバリスは山を降りたのです。

村里の入り口付近まで来るとなんだかいつもより、村は活気があることに気づきました。

なんだか以前訪れた時にくらべて様子が違います。

気になったバリスは駆け足で村里へと入っていきました。

村里では何が行われているのでしょうか。


・・・ ◇◆ 村里のにぎわい ◆◇ ・・・


村里へ入ると、それはもう入りきれないくらいの動物たちが集まってきていました。

さながら祭りのような賑わいで、市場のようにさまざまなお店が出ています。

いろんな商品が並んでいて、見るだけでも時間がかかりそうです。

「一体、どうなってるんだ?」

村里は前に下りてきたときに比べて大きく様変わりしていました。

以前は、こんなに動物たちが集まることはなかったし、物々交換だって、こんなに大々的に行われていませんでした。

もっと、ほのぼのとした空気で、穏やかな雰囲気の中で地味に行われていたのです。

今、目の前にあるのは、まるで争うかのように、動物たちは盛んにやり取りをしています。

ずいぶん、変わってしまったものだとバリスは驚きながら、自分の今日降りてきたのは薬草を手に入れるためであったことを思いだし、騒然とする市場の中を動物たちの間をなんとかより分けながら、探します。

少しして市場の一角で薬草を並べているお店を見つけることができました。

「薬草が欲しいんだけど」

バリスは店番をしている丸めがねを掛けた初老くらいの兎に籠を傾け魚を見せていいました。

初老の兎は丸めがねを少し指先で調整しながら、魚を見ています。

「ああ、ダメじゃな」

「え?でも、新鮮な魚だよ。こないだは、これでハンモックと交換できたんだけどな。魚がダメなら木の実もある」

バリスはごそごそと今度は腰にぶら下げていた袋を取り出して、木の実を兎に見せます。

兎は一応、袋を覗き込んだもののすぐに首を横に振って腕を組みました。

「あのなお若いの」と兎はため息をついて「今はな魚や木の実では交換をできんのじゃ」

「そんな・・じゃあ、何とだったら交換してくれるのですか?」

バリスは困惑して訊ねました。

「何を交換するにも神様のドングリが必要なんじゃよ」

「神様のドングリ?」

バリスは兎が何を言っているのかわかりませんでした。

兎はヤレヤレという表情をして、バリスに一粒の神様のドングリを見せてくれました。

「どの店でどんな物を手に入れるにもこいつが必要なんじゃよ」

「何かキラキラ光ってきれいですね」

バリスははじめて見る神様のドングリに少し興奮しました。

「どうしたら手に入るんですか?」

「まあ、そうじゃな。山で掘り当てるか、さもなくば物と交換してもらうかじゃな。おっ!そうじゃ、おぬしの魚を神様のドングリ一個と交換というのはどうじゃ?」

兎はめがねの奥の瞳を光らせながら、バリスに交換を呼びかけました。

バリスは少し迷いましたが、目の前で光る神様のドングリを見ているうちに、それをたいそう欲しくなってしましました。

結局、バリスは魚を神様のドングリ一個と交換することに合意することにしたのです。

薬草は買えませんでしたが、キラキラ光る不思議なドングリにバリスはいつしか夢中になっていました。

山に行けばもっと神様のドングリを手に入れることができる。

そんな風に考えたバリスはこの興奮をドリにも伝えたいと急いで来た道を戻り、家路に向かうのでした。


・・・続く

神様のドングリ- タイラーの誤算 -へ続く

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神様のドングリ- 変化 -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- 孤独な狐 -からの続き。

ある晴れた日、日差しにも負けず、草をかき分け、泥を掘り起こす動物が三匹。

体中汗をかきながら、ドングリを探しています。

それはただのドングリではありません。

キラキラ美しく輝く神様のドングリです。

我先にと三匹は神様のドングリを探すことに夢中になっています。

さてさて、この狸、兎、犬の三匹の動物たち。

狐のタイラーに担がれて、腐って黄色くなったドングリにすっかり魅せられてしまっています。

どうなることやら。。

・・・ ◇◆ 変化 ◆◇ ・・・


「おい、そっちはどうだ?」

狸が兎と犬に声をかけます。

ドングリを採取した状況確認しているようです。

狸の両手には十粒の神様のドングリが輝いています。

「ここいらにはもうないみたいだよ(汗)」

兎は額の汗を拭いながら、自分の手の平にある神様のドングリの数を数えました。

手のひらには五粒だけ握られています。

「もう少し範囲を広げて探さないとダメじゃないのか?」

犬も少し疲れたようにつぶやきました。

犬は三粒だけしか神様のドングリを手に入れられていません。

狸や兎に負けていて、少し悔しい気持ちもあります。

「そろそろ、今日は止めにしとくか?」

狸は疲れたように野原に寝転がって言いました。

すると犬が「そんなこと言って、俺が帰った後、神様のドングリを独り占めするつもりだろ!」

とつっかかります。

どうやら一人だけ収穫が少ないことに苛立っているようです。

「バーカ!本当にもうクタクタなんだよ。これ以上もう動けねえっつーの」

狸はまたゴロゴロと転がりながら、手元の神様のドングリを見てニヤニヤしています。

「俺も狸に賛成。そろそろ疲れてきたな」

兎もどうやら狸の言葉と態度に弾かれるように自身の疲れを自覚したようです。

ぺたんと地べたに座り込み、狸と同じように自分の手にした神様のドングリを見てニヤついています。

そんな二匹を見ていて、犬も何か言う気を失ってため息をついたのでした。

犬自身も結構、疲れていることを自覚し始めたのです。

結局、三匹は地面に寝転がりながら、しばらく神様のドングリを鑑賞して楽しむ時間を過ごしました。

「お前はいいよな。神様のドングリを十個も手に入れて」

おもむろに犬は狸に言いました。

「羨ましいだろ?」

狸はこれみよがしに自分の採った神様のドングリを見せびらかしました。

「少しくらい俺にもよこせ!」

犬は狸をにらみ神様のドングリを分けるように要求しました。

「バカゆうな!これは俺が苦労して集めたんだから俺のもんだ!!」

狸はにべもなくことわります。

大事そうに神様のドングリをお腹の毛皮に隠すように包んでいます。

「そうだよ。俺だって五個しか採れなかったんだ。お前が1人で採りつくしちまったからじゃないのか!」

犬の言葉をかわぎりに今度は兎が狸に言い寄ります。

二匹から言い寄られて、少し狸は分が悪い様子です。

狸は弱った顔をしながら、後退りしています。

「まあ、待てお前ら(汗)。冷静になれ」

狸は二匹をなだめました。

それでも二匹はジリジリと狸に近づき、この瞬間にも取っ組みあいの喧嘩が起こりそうな空気です。

「わかった。落ち着け。お前らにも分けてやるから」

「本当か」

その言葉を聞くと兎と犬の顔色から険相がみるみるうちに消えていきました。

とりあえず、神様のドングリを奪われる危地を脱した狸は、少し体制を整えて、兎と犬に向き合いました。

「お前らに分けてやるのはいいだろう。だけど、この神様のドングリは俺が苦労して手に入れたのも事実だ」

狸はしかめつらしい真面目な顔をして言いました。

兎と犬は訝しげな顔をして狸の次の言葉を待っています。

「そこでだ。お前らが今日採取した森の植物や木の実と交換というのはどうだ?」

狸は、神様のドングリを分ける代わりに今日採取した食料となる木の実や植物をよこせと要求したのです。

兎と犬はお互い顔を見合わせた後、思案顔となりました。

結局、神様のドングリを手に入れたくて、神様のドングリ一個と今日の収穫した食料を交換することにしました。

こうして、兎と犬はそれぞれ、神様のドングリを一個ずつ手に入れることができました。

兎と犬は、何とか神様のドングリを増やすことができてとても満足気でした。

狸も神様のドングリを二個失ってしまいましたが、その分、食料を労せずして普段の倍以上手に入れることが出来たので、まあ良しとしているようでした。

こんなやりとりをする三匹の動物を草むらの茂みからそっと見据える一匹の動物の影がありました。

その眼光は鋭く、虎視眈々とした冷たいものでもありました。

一体、この眼光を放つ動物の正体は誰なのでしょうか。


・・・続く

神様のドングリ- 村里のにぎわい -へ続く


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神様のドングリ- コーヒーブレイク -

こんにちは!

天心です。

物語の途中ですが、ここで少し小休止を入れたいと思います。

「神様のドングリ」のお話はもちろんフィクションです。(当たり前か(笑))

動物だけが出てくる物語であり、私達の知っている動物とは違い言葉を話し、社会のようなものまで作っています。

なんとも不思議な話ではありますが、単なる童話ではありません。

この物語の中には様々なスピリチュアル的メッセージが込められています。

物語はフィクションでもそこに映しだされている物事は実はスピリチュアル的真実を含んでいます。

スピリチュアルブログなのになぜ童話なんだ?という思いの読者の方もいらっしゃるかも知れませんが、しばし、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

さて、物語はまだ始まったばかりです。

ある村祭りの夜に長老が語り始めた自分の過去犯したという罪の物語。

今よりももっと多くの動物たちが賑わっていたという世界で一体何があったのか。

村里から離れて暮らすバリスとドリは今後、どのようにお話に関わってくるのでしょうか。

そして、いよいよ物語の主題である「神様のドングリ」の正体が明らかになりました。(笑)

この記事から読まれた方は一体何のこっちゃ!?と思われることと思いますが、もし、ご興味があれば以下のリンクから物語を参照してみてください。


神様のドングリ- はじまり -

神様のドングリ- バリスとドリ -

神様のドングリ- 孤独な狐 -

神様のドングリ- 変化 -


以上、小休止でした。

次回からまた物語の続きをお話していきたいと思います。


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神様のドングリ- 孤独な狐 -

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神様のドングリ- バリスとドリ -からの続き。

バリスとドリが暗雲垂れ込める空を見上げていた頃から数日前のこと。

森の真ん中に大きくそびえ立つ太い大樹があるところ。

大樹の名前はマモリギという。

そのマモリギのある森の道すがら、ススキを加えた狐が一匹歩いています。

抜けるような青い空。とても気持ちの良い日のことでした。


・・・ ◇◆ 孤独な狐 ◆◇ ・・・

狐の名前はタイラー。

天涯孤独の身でいつもひとりぼっちで行動しています。

誰かと遊ぶことも、仲間に加わることもなく、自由気ままな生き方をしています。

今日も良い天気の中、森には動物たちが沢山、現れていて、なんだかとても楽しそうです。

「ふんっ」口に加えたススキをタイラーは上下に揺らしながら、鼻先でそんな動物たちを見て侮蔑したように笑います。

タイラーはいつも、どこか他の動物たちを馬鹿にしたような態度を取るのです。

だから、いつも他の動物たちはタイラーを嫌煙していました。

いつも孤独でいるタイラーを逆に軽蔑する動物もいました。

そんなことでタイラーはいつも一匹狼ならぬ一匹狐でいたのです。

タイラーはブラブラと森を散策しながらふと大樹であるマモリギの前で歩みを止めました。

マモリギの下に何か金色に光る小さな丸い玉を見つけたからです。

しゃがんで確認してみるとそれは、小さなドングリで黄色く腐食していて、食べられそうにはありません。

ただ、光にさらされると少し輝いて綺麗です。

「なんだ。腐ったドングリか」

タイラーは言い捨てると遠くへ投げ捨てようとドングリを握りしめ、その腕を振りかぶりました。

まさに投げようとしている瞬間、前方から三匹の動物がこちらに歩いてくるのが見えました。

タイラーは細い目でその動物たちを見据えながら、投げ捨てようとしていたドングリをお手玉のように空中に軽く投げて受け取るということをしながら弄んでいます。

何か思案をしているようです。

そして、何か閃いたのかニヤっと笑うと三匹の動物がこちらに来るのを待ち構えています。

三匹の動物は、狸、兎、犬でした。

三匹はそれぞれ森で手に入れた木の実や食べられる植物などを手に抱えています。

「いよー、ひとりぼっちのタイラー。今日も誰にも相手にされず寂しいことですな」

狸がタイラーの姿に気づくと露骨に馬鹿にしたような顔で挑発してきました。

「いやいや、お前らのようにいつもツルンでいるなんて考えられないな。ひとりは何もできないんだろ?」

タイラーも負けずに憎まれ口を叩きます。

「負け惜しみを言ってろ!」と兎が口喧嘩に加わります。

「そうだ!俺たちは三匹で協力してこんなに食料を手に入れたぞ?お前はどうだ?何も持ってないじゃないか」


今度は犬が応酬します。

「まあ、お前のようなロクデナシには仲間なんて出来るわけないよな」

狸がそう言うと三匹はタイラーを指さして大笑いしました。

「ふん、お前らは精々、森の木の実でも取っていればいいさ。俺はそんなものとは比べ物にならない宝物を見つけたからな」タイラーは不敵に笑い三匹の動物のそれぞれの顔を覗き込みます。

三匹の動物たちはそれぞれお互いの顔を見合わせて訝しげな表情でタイラーをにらみます。

「宝物?お前、いい加減なこというな」と狸。

「そうだ。宝物なんてお前が持っているはずがない」と兎。

「もし、本当なら見せてみろ!」と犬が言いました。

タイラーはシメシメという表情を内心浮かべながらもしかめつらしい真面目な顔をして、右手にあるものを掲げます。

それは先ほど、拾った黄色く腐食したドングリでした。

丁度、おひさまの光にさらされるようにドングリを掲げるとタイラーは高らかに宣言しました。

「これはなただのドングリじゃないぞ?神様のドングリだ」

三匹の動物たちはタイラーの右手の先でキラキラと輝くドングリを見て驚きを隠せません。

動物たちもドングリはよく知った木の実です。

しかし、金色に光るドングリなんて観たことがありません。

「神様のドングリ!?お前、そんなものどこで手に入れた!」と狸はタイラーに詰め寄ります。

「俺たちにも教えろ!」と兎と犬が交互に言います。

「う~ん?お前らさっき俺のことロクデナシとか言ってなかったけ?」

タイラーは意地悪く言いました。

そう言われると情けない顔をしてバツが悪そうに三匹は「悪かった。謝るから」と縮こまり平身低頭してタイラーに「お願いだから神様のドングリのありかを教えてくれ!」と懇願しました。

三匹はもう神様のドングリと名付けられた腐食したドングリに心を奪われています。

タイラーはその姿を見て、気分良さそうに三匹を上から見下ろしました。

「仕方がないな。教えてやるか」

そう言うとタイラーは、自分が腐食したドングリを見つけた森のマモリギの付近を指さしました。

三匹は急いで、マモリギのあたりを探して回ります。

「おおっ!神様のドングリを見つけたぞ!!」

兎がまず、一個、神様のドングリを見つけたようです。

「くそ!俺も探すぞ!」と狸も犬も懸命になって神様のドングリを探しています。

タイラーはそんな三匹の姿を見ながら、心の中ではお腹を抱えて大笑いしています。

「馬鹿な連中だ。ただの腐ったドングリをあんなに必死になって探してら」

タイラーは心の中でそうつぶやくと必死に探す三匹を尻目に口に加えたススキを上下に動かしながら森を後にしたのでした。


・・・しかし、この時、まだ、この一件が後に重大な事件を引き起こすとは夢にも思う動物はいませんでした。

神様のドングリ- 変化 -へ続く

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神様のドングリ- バリスとドリ -

神様のどんぐり- はじまり -からの続き。

村の長老は静かに薪の炎を見つめています。

動物たちは先程のお祭り騒ぎはどこへ言ったのかというくらいに静まり返って長老の言葉に耳を傾けています。

ただ、炎に炙られる薪がパチパチと弾ける音だけが周囲に木霊しています。

しばらくの沈黙の後、村の長老が語り始めたのは、今から百年以上も前のまだ、沢山の動物たちや植物が広がっていたとても穏やかな時間の流れる時代のことでした。


・・・ ◇◆ バリスとドリ ◆◇ ・・・


この村から少し離れたところに昔は豊かな水量を誇る川が流れていたほとり。

静かに暮らす二匹の山猫がいました。

オス猫のバリスとメス猫のドリです。

ふたりはとても仲の良い山猫でした。

村里にはあまり降りてくることはありませんでしたが、ふたりはとても幸せに暮らしていました。

川に入れば飲水には困らず、川魚を取って食べたり、近くの森を散策すれば、木の実を採取することもできます。

地味な暮らしではありましたが、ふたりはとても満足していました。

「ねえ、ドリ。今日も沢山の木の実を拾ってきたよ。」

バリスは藁で編んだ籠に沢山の森の木の実を入れて、ふたりの住む洞穴へと帰ってきました。

「まあ、そんなにふたりで食べきれないね」

ドリが籠一杯の木の実を抱え込んだバリスを見て微笑みかけます。

「食べきれなきゃ村里のものたちに何か他の品と交換してもらうさ」

バリスは言うと、木の実の入った籠を樫の木で作られたテーブルの上に置きます。

バリスは時々、村里へ降りて行き、森で手に入れた木の実や薬草、それから川でとれた魚などを他の品物と交換してもらっていたのです。

藁の籠もテーブルも皆、村里のものたちから交換してもらったものでありました。

「ねえ、バリス。あのね・・」

「わかってるって」

何かを言いかけるドリの言葉を遮るように笑顔を向けます。

ドリはバリスが村里に降りていくのをいつも心配していました。

バリスもドリが心配するので村里に降りていくのをなるべく控えていたのです。

バリスにとってはドリが自分の生きるためのかけがえのない存在であり、ドリもまたバリスを失うこと以上に怖れていることはありませんでした。

「わたしは今の生活でとても幸せ。だからね。あまり無理して欲しくはないの」

ドリはバリスの手を握って諭すように言いました。

「無理なんかしてないさ。村里に行くのは、たまたま、木の実を取り過ぎちゃったからさ」

バリスはそう言ってまたドリの心配を解こうと微笑みかけます。

ただ、その言葉とは裏腹にバリスには別の思いもありました。

ふたりの生活に十分に満足しているという点においてはバリスも同じ思いでもありました。

しかし、本当は出来ればもっとドリに良い暮らしをさせてあげたいという気持ちもあったのです。

ドリはいつもバリスの心配だけをしていましたが、バリスはドリにもっと幸せになって欲しいという願いを持っていました。

そして、その思いは日に日に大きなものへと変わっていきました。

今回の藁の籠一杯の木の実だって実を言えば、かなり苦労して集めたものでもあったのです。

村里に行けば、より豊かになるための品物を手に入れることができるのです。

バリスはドリに心配をかけてしまうという後ろめたさもありましたが、時々、無理をすることもありました。

それにしてもとバリスは思います。

なぜ、ドリはそこまで村里に降りていくことに反対するのだろう。。

そんなことを考えているとドリが何かを思い出したように

「あっ!そうだ。あのね、実は今日はバリスにプレゼントがあるの」

ドリの手のひらには小さな貝殻とそこに麻ひもを通して作られたネックレスが握られていました。

「川で拾った貝殻で作ってみたの」

ドリは嬉しそうに二つお揃いの貝殻を両手でぶら下げるようにしてバリスに見せました。

「すごいきれいだね」

「バリスと私のお揃いね♪」ドリは言うとバリスの首にネックレスをかけました。

「ありがとう」バリスは笑っていうとドリも釣られて笑顔になります。

その時です。今まで快晴を誇っていた青空に見る見る内に黒い雨雲が姿を表したのです。

「これはひと雨くるかな」バリスは曇天の空を洞穴から顔を出し見上げて言いました。

そして、ほとんど間を開けずにバリスの予想通り大雨が降り始めたのです。

空には稲光が走っています。

ゴロゴロと不穏な雷鳴を轟かせながら、一筋の稲妻がどこかに落ちていきました。

「どこかに落ちたな」とバリス。

「あれはマモリギのあるあたりね」ドリは不安そうな顔で荒れ狂う外の様子を洞穴の奥からじっと見据えています。

「すぐに通りすぎるさ」

「でも、何か嫌な感じがする」とドリはいつにも増して不安な表情を浮かべています。

バリスはそんなこと気のせいさと言おうとして、あることを思い出して口をつぐみました。

どこで聞いたのか、誰が言い出したのかわからないのだが、マモリギに災禍が及ぶときこの世界にも大きな厄災が及ぶという言い伝えがあることを思い出したのです。

バリス自身、そんな言い伝えを信じていたわけではないのですが、ドリの不安げな顔色を見ていて、どこか自分自身も理屈ではないところで何かが起こりそうな予感のようなものを感じたのでした。

「何も起こらないといいのだけど」

ドリの怖れと不安の入り混じったつぶやきが、これから起こることの予兆であったことなど、まだ、この時は誰も知り得るよしもありませんでした。


・・・続く

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神様のドングリ-はじまり-

遠い遠い、果てしなく遠い私達の知らない異次元の世界のお話。

動物たちと草花、自然が調和して仲良く暮らす世界がありました。

その世界の片隅に動物たちの集まる小さな村がありました。

その小さな村で今宵は村祭りが行われています。

村の中心には、村を象徴するかのような大きく太い樹齢1万年とも百万年とも謂れがあるとても立派な樹がどっしりとした巨躯を晒しています。

その樹木の周辺で村に住む動物たちが集まってどんちゃん騒ぎをして楽しそうです。

夜空には満点の星。

大きな薪に炎を灯して、それを囲むように動物たちが並んでいます。

その和の中心には他の動物たちよりも年老いた動物が座っています。

毛も大分、白髪となり、穏やかな表情で炎を見つめています。

時折、胸にぶら下げた貝殻のネックレスを大事そうに愛おしそうに手のひらでいじっています。

「ねえねえ、長老様。マモリギはどうしてこんなに大きいの?」

炎を囲む小さな子供のリスが年老いた動物に質問を投げかけてました。

年老いた動物はどうやら村の長老のようです。

「それはな。わしらを守ってくださるためじゃ。立派な方じゃから身体も立派なんじゃ」

静かに微笑みながら長老は答えました。

マモリギというのは、どうやら村の中心にそびえる大きな樹のことのようです。

「でも、マモリギはこんなの大きいのにどうして、この村はこんなに小さいの?」

今度は子供の兎が長老に問いかけます。

長老は少し寂しそうな顔をして言いました。

「本当はもっとこの世界にも今より沢山の動物たちが暮らしておったのじゃ。今は随分と少なくなってしまったからのう」

「村ももっと大きかった?」子供の兎が身を乗り出して訊きました。

「そうじゃな、もっともっと沢山の動物たちが暮らしておったし、村ももっと大きかった」

長老はどこか遠くの星を見つめるように目を細めて夜空を眺めながらつぶやくように言いました。

「どうしてこんなに小さな村になっちゃったの?」今度はいたずら好きそうな仔狸が横槍を入れます。

「どうして、昔より今は村が小さいのさ。それに村の外には絶対、出ちゃダメって母さんが言ってた。」

ちょっと不満気を漏らすように仔狸は長老に詰め寄ります。

「ポリー!長老様に失礼でしょ」慌てたように仔狸の母親が子供の生意気な口ぶりをたしなめました。

「良いのじゃ」長老は言いました。

それから、胸からぶら下げていた貝殻のネックレスを右の手のひらで弄りながら「今日は皆に聞いて欲しい話があるのじゃ」と集まっていた村の動物たちに呼びかけました。

どんちゃん騒ぎをしていた動物たちも長老の呼びかけにシンと静まり返り注目は長老へと集まります。

どれだけ羽目を外していても長老への敬意は、村の動物たちの共通の思いでもありました。

皆の注目が集まったところで長老は静かに語り始めました。

「今日は大切な村祭りの日じゃ。だからこそ、皆には知っておいて欲しいことがある」

村の動物たちは固唾を飲んで、長老の次の言葉を待っています。

「今宵、わしの犯した罪を話しておきたいと思う」

年老いてしまったとは思えないほど、力強い声と鋭い目をして長老は言い放ちました。

一瞬、周囲はざわざわとし始めます。

しかし、動物の一人が口に指を当てて、静止する仕草をとると皆また落ち着きを取り戻しました。

長老は皆が落ち着いたところを見計らって今度は穏やかな口調で語り始めました。

「あれは百年以上前のわしがまだ若かった頃のことじゃった・・・」

長老は貝殻のネックレスをいじりながら、大きなため息をついたのでした。

「わしは、わしのせいで大切な者たちを失ってしまった」

・・・続く

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【一日一言】2014.02.15~2014.03.13 過去ログ

こんにちは!

天心です。

昨年の12月21日より、アメーバなうの機能を利用して、短めのコメントを発信させて頂いております。


よろしければ、是非、アメーバなう、またはTwitterの天心のアカウントをフォローして頂ければと思います。

今回は2014年2月15日から2014年3月13日までの【一日一言】をまとめた過去ログをご紹介させて頂きます。

通常のブログ記事と違い、短いものではありますが、ポイントを絞った一つのものの見方、考え方などを提示させて頂いております。

読者の方の何かの参考になれば幸いです。


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【一日一言】一陽来復。どんな困窮が続いても陰極まれば陽となる。だからこそ苦しみの極致にある時は、雪解けの春がすぐそこに来ていることを悟ることができる。道理を理解していないといたずらに迷妄邪界に紛れ込んでしまう。学ぶことは自分の魂を護ることでもある。

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【一日一言】我慢するのではなく見方を変える。考え方を工夫する。でも、これが出来るのは本当の意味で賢い人だけです。だからこそ、本当の賢さを手に入れるために私達は学び続けるのです。学問の道他なしただその放心を求むるのみ。昔の人は学問の意味を心を諌めるものと心得ていました。

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【一日一言】東日本大震災。未だ避難状態が続く方が26万人いらっしゃるそうです。震災から三年、ボランティアで支援されてた方々も費用自己負担の限界からか継続を断念される方も増えているようです。まだまだ、問題は積み残しされている現実は忘れないでいたいと思います。祈りを込めて。

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【一日一言】なんでも単純に捉えて終わらせてしまうのが良いとは限らない。面倒なことにもしっかり向き合う胆力がないと愛や真心も空回りしてしまいます。すぐに飽きてしまうのは胆力がないからです。胆力を培うために世の中はあえてグチャグチャしているという見方もできるのかも知れません。

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【一日一言】思い込みという呪縛観念から抜け出る方法の一つとして、今迄の自分とは異なる選択をしてみるというものがある。繰り返される選択の裏側に私達を縛り続ける呪縛観念はある。それに気づくためには、今迄の自分の枠組みから一度抜け出る必要がある。

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【一日一言】意識の法則を理解しよう。意識を向けた先からの影響を私達は受けています。影響を受けたくないものには意識を向けず、影響を与えられたいものに意識を向ける。これが意識の法則を使いこなすコツです。しかし、世の中を見渡すと逆のことをしている場合が多く見受けられます。

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【一日一言】現象には全て原理原則があるものかも知れないが、その現象がなぜ、そのタイミングで自分の目の前に表されたのかは、きっと理屈では説明できない。人はそれを偶然と呼んで捨て置くけれど、スピリチュアルにおいては、そこにこそ霊界の働きを見る。

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【一日一言】念は言霊にすると顕現化しやすい。良い想いはどんどん言霊にして発していくと段々と現実へと近づいていく。悪い想いを口にすれば悪しき現実が形作られる。周りを見渡せば明暗のハッキリと分かれる人達を目の当たりにするでしょう。その時、言霊の力に気づくことでしょう。

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【一日一言】ブログ記事「守護霊メッセージ」より抜粋。「少し考えるとわかると思いますが、普段から礼儀正しく、感謝の心を持って接している人と、普段は、疎遠で、ろくに感謝もしないのに、困った時だけ頼ってくる人とどちらを、より強く助けたいと願うでしょうか。」

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【一日一言】どんな状況でも当てはまる魔法の知識などない。いかなる状況でも知識を活かせる智慧を磨こう!それしかない。

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【一日一言】人の心を動かすように守護霊の心を動かす。実はこれが守護霊との語らいのコツ。簡単なことだけど意外とわからないものです。人にも人格があるように守護霊にも霊格がある。このことがわかると自ずと守護霊交流の在り方が理解できるはず。

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【一日一言】ほっておけば埃をかぶり錆びてゆく。それがこの世の有り様です。だから常に穢れを祓い清々しさを保つ必要があるということです。

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【一日一言】これから頑張るより、今だけ頑張ろう。先行きを心配せずに今の楽しみを味わいましょう。今に生きるとは単なる時間の話ではありません。留守になった心を取り戻すということです。心を取り戻すとは常に本質について意識するということなのです。

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【一日一言】マニュアル通りにはいかないものです。生きること、仕事、家庭、育児、学業、恋愛、結婚、商売、事業、健康、治療etc.マニュアル通りにはいかないのだから何が起こるのも変じゃない。何が起こるにしてもそれを受け止めるだけの器量を磨いてゆくだけなんですよね。それしかない。

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【一日一言】適度なストレスは自身に耐性を作ってくれます。いつも楽しいことだけに触れていると耐性がつかないので、時にはストレスも必要な時もあります。大事なことはストレスが発生した時に如何に対処するかの在り方を鍛練しておくということです。

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【一日一言】息継ぎの仕方が重要。息継ぎのタイミングを間違えると何事も続かないものです。うまく呼吸を整えることも長く続けるコツなのです。

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【一日一言】窮屈な考えから抜け出そう。心を悩ませる考えは、どこかに呪縛観念が潜んでいる。呪縛観念が何かを探りあてると外すことができる。でも大概の呪縛観念は自覚することが難しい。その難しい呪縛観念を見破るポイントが窮屈さを感じる時なのです。

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【一日一言】守護霊との語らい。湯船につかりホッとしている時、夜眠る前、一日の始め、歩く道すがら、どんな時でも守護霊との語らいの場はある。固定観念を捨てされば、どんな場でも、どんな時でも守護霊との語らいはできるのです。

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【一日一言】没我没入。没頭すれば悩みは消える。悩みとな頭の生み出す幻想。没我没入して魂が輝けば悩みは自ずと消えるでしょう。

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【一日一言】読書しよう。本を読まないから咀嚼力がつかない。咀嚼力がないから浅はかな考えに拘泥してしまう。学ぶ力がないのは、学ぶための知識の不足によるものです。

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【一日一言】遠慮せず幸せになればいい。幸せになるのに理由も条件もいらない。でも、何故か頑なに生真面目に条件を満たすまでは幸せになるもんか!と頑張る人が多い。

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【一日一言】健康であるためには食事や休息、適度な運動が大事だと世間では思われるている。確かにそれも大切かも知れませんが、本当に重要なのは毎日、魂の輝くような実践ができているかどうかにあります。くすんだ魂になっている人に真に健康な人はいないのです。

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【一日一言】相応ずることでこの世は成り立っている。己と他。内と外。全てのことはこの二元性の中で生じている。だから何かが起こった時、その原因を単純に自分の中だけに求めたり、他の環境にのみ求めたりしても解は得られない。相関関係の中に浮かび上がる真実は呼応する二者を見る必要がある。

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【一日一言】余計な力を抜いて呼吸を楽に行う。これだけでも霊界転換しやすくなる。凝り固まった念を解いていくとっかかりにはなる。頑張れば良いというものではないし、単なる力を抜けというものではない。緩急つけて変化を促すコツを体得することが大事。アタマでっかちになるとこれが出来ないくなる

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【一日一言】旅には目的地が必要なのかも知れないけれど、旅の目的は目的地に辿り着くことではない。旅の目的は「旅する」ことであり、目的地はそのお膳立てに過ぎない。人生もまた旅であり、目的地を持つ方が良いがそこに本質があるわけではないことを忘れない方が良い。

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【一日一言】今日も守護霊と共に生きて、守護霊と共に学ぶ一日でありますよう。

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【一日一言】皆、公平に太陽は昇り、雨風は吹き、大地は支えてくれる。不公平とはいつも人が作りだす幻影。天の下では皆、公平である。

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以上が一日一言の過去ログです。


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守護霊と悟り

守護霊は毎度、様々なメッセージを私達に発信しているわけですが、そのメッセージの真意を受け取るタイミングというものについて少しお話してみたいと思います。

守護霊は様々な観点からメッセージを発しておられるわけですが、私達の方がそのメッセージの真意を受け取るタイミングではないことが時としてあります。

本当は深い意義のある内容なのですが、受け取る側の次元が低い位置にいるとその内容は低い次元での咀嚼が行われてしまいます。

結果、本来、気づいて欲しい内容とは異なるものを受け止めてしまう場合もあるということです。

ですから、守護霊からのメッセージと一口に言っても実は、自分自身の霊格、霊覚が向上していくと全く違った真意を受け止められるようになることがあります。

同じメッセージの言葉であっても、何度も何度も咀嚼して振り返っていくと、また違った角度からの意味合いが見て取れるようになるのです。

だから、守護霊からのメッセージを受け取って3年くらいしてから突然、ハッと気づく瞬間が訪れることもあるのです。

なんでもセッカチに結論を急ぐ心根だと守護霊からのメッセージは本当の意味で受け止めることができないものでもあるということです。

さて、この突然、ハッと気づく瞬間というのは禅僧などが見性成仏して悟る瞬間にも通じるものがあります。

禅僧は日々、学びながら座禅を組んだり、公案に取り組んだり、自らの悟りを確かめるために境地を偈(げ)という詩歌の形で読み上げたり、日々の雑事をこなすことを修行として行ったりしているわけです。

しかし、これらの行動をすれば悟りが得られるというオートマティックなものではありません。

見性成仏して悟るためにはタイミングがあるわけですが、そのタイミングは人それぞれ違います。

悟るタイミングという一部分だけ見据えていると、例えばお師匠様に喝を入れられた瞬間のこともあれば、木の葉が散るのを観た瞬間だったりもします。

すっ転んで坂道を転がり落ちている時に悟るなんていうケースもあります。

こうして見ていると「悟りってなんなんだ。。」と目を丸くしてしまうことと思います。

なので、禅の本を読んでいるととても不思議な気分になること請け合いです。(笑)

禅の本にはあえて説明はされていませんが、悟る瞬間の状況というのはあまり意味がありません。

だから、悟りを得ようとして坂から転げ落ちてみたところで悟れるわけではありません。(笑)

「お師匠様。ちょっと悟りたいと思いますので、喝を入れて下さい」とお願いしたところで悟れるわけでもないのです。

では、どのようなタイミングが悟る時なのかというと自分の魂が次元上昇した瞬間に悟るのです。

これが禅僧の悟る瞬間のおそらく本質的部分だと思います。

守護霊からのメッセージの真意を悟るというのも実はこれと全く同じことだと言えます。

自分の中の魂が次元上昇した時に始めて見えてくる真意があるということなのです。

この点を理解しておかないと守護霊からのメッセージを浅い次元で受け止めて、折角のお諭しが残念な扱いを受けてしまうことになります。

この点を特に注意しておきたいものです。


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震災に想う

本日は、3月11日。

忘れようにも忘れがたい東日本大震災が発生した日になりますね。

地震が発生したのは今から三年前のことですね。

まずは、あの震災でお亡くなりになった方々に対して鎮魂の意味を込めて黙祷してみたいと思います。


・・・・・

・・・・・



この日の出来事は、多くの人が亡くなられた悲劇であり、津波の恐ろしさを生々しく実感した出来事であり、原子力発電の危うさの議論が沸騰することになる原因ともなりました。

また、パニックになった時の人の脆さや浅ましさも浮き彫りになったりもしました。

しかし、その中での救いとして助け合いや人の強さ、優しさなどを垣間見ることもできました。

いろんな意味でショックの大きい出来事であり、大きな代償を支払っての日本人にとっての学びの機会ともなりました。

そして、今、時間の流れとともに記憶の風化ということに直面しつつあります。

震災直後は、これからの日本の将来が見えなくなるくらい混乱と不安に包まれていました。

現在は、そんな出来事が嘘のように何食わぬ顔して日常が回帰してきています。

もちろん、それは良いことであり、いつまでも不安と混乱が続いていては、負のエネルギーが醸成され続けるだけになります。

ですから、あの日の状態から今のように平常に戻れたことは喜ばしいことではあるのです。

とはいえ、別の問題として単なるあの日の出来事が遠い昔の思い出に変わってしまい、そこから何一つ学ばないのでは、あまりにも意義が薄いといえます。

東南海沖地震首都圏直下型地震などがまだ懸念されている昨今です。

決して危機が去っておしまいになったわけではないわけです。

脅かすつもりは毛頭ありませんが、私達がこのまま負のエネルギーを放出し続けると顕現化の力によって災禍厄難が訪れる仕組みが霊界にはあるのです。

その元を正せば、私達の心根が生んだものでもあるのです。

負のエネルギーを打ち消すだけの明るく楽しい未来に繋がる正のエネルギーをどれだけ打ち出していけるのかということもスピリチュアル的な意味としては考えて行かなければなりません。

災害や被害によってこれ以上、負のエネルギーが醸成されず、皆様の心根に暖かい正のエネルギーが灯ることを今日はお祈りさせて頂きたいと思います。


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考え方の訓練

私達は日々、様々なことを考えながら暮らしています。

何かを想い念じるということは、何かを考えるということと切り離すことはできません。

順番から言えば、念が生まれて想いができて、そこから思考が始まるというわけです。

そして、思考が心を作り、心の状態が確定してくると心根となり、霊界が形作られます。

このプロセスを鑑みれば、まず、第一に念というものに注意を払う必要があるということです。

良からぬ念は良からぬ想いを生み出します。

良からぬ思いは良からぬ思考を働かせ、良からぬ心を作ります。

良からぬ心が継続されると良からぬ心根が出来上がり、それが性格となって固定化します。

性格となって固定化されてしまうと霊界も中々変え難い存在になってしまいます。

ですから、良からぬ念をまずはストップさせることが大事なわけですね。

しかしながら、人間の念というのはあぶくのように次々に浮かんでは消えていくものでもあります。

良からぬ念を発生させないという水際作戦は時として難しい場合もあるのです。

水際で留めることができなかった良からぬ念は一体どこで浄化すれば良いのでしょうか。

念はいつしか想いになります。

この部分は止めがたいところがあります。

念が発生した時点であまりタイムラグが起こることなく想いへと発展してしまうものだからです。

では、どうしょうもないのかと言えば、そうではありません。

想いというものをうまく昇華することができるかどうかは次のステップの思考、すなわち考え方を工夫することにかかっています。

丁度、ヘドロのような汚れた水が湧き上がったとしても、蛇口を通り抜ける際にフィルターして綺麗にすれば、出てくる水は綺麗なものに変わってしまうわけです。

この蛇口のフィルターに当たるのが私達が日々、無意識、意識の別によらず行っている考えるという行為なのです。

念が沸き起こり想いが彷彿としてきたら、思考が出てきます。

その時に自分の考え方を工夫してみることが大事です。

大抵は、念や想いのままのネガティブな考え方のパターンで思考を進めていくことが多いかと思います。

しかし、そのままでは良からぬ念を現世に成就するアシストをしているのと変わらない行為になってしまいます。

例えば、会社の上司に怒鳴られてヘコまされてしまったとします。

その時にはどうしたって前向きな念など出てくるはずもありません。

それでも、ハッピーで軽やかな念が次々、湧き出てくるという方は、中々、強靭なハートを持っている方だと言えます。(笑)

そういう方はともかくとして、大抵の場合は、上司に怒鳴られたら気落ちするものです。

気落ちした念が沢山湧き出てくるはずなのです。

その時、気落ちした念のまま思考を進めれば「ああ、自分はなんて馬鹿なんだ」という自己不信の発想とか「あんなに怒鳴らなくなったいいじゃないか!」という憤りの発想が考え方として進められていきます。

しかし、そこで「怒鳴られたけど良い教訓になった」「あれほど怒られる謂れはないけど、部長も機嫌が悪かったのかな?」「怒ってくれるというのは本気で見ていてくれるからだよね」という具合に考え方を工夫していくことで、念は浄化されていくわけですね。

あくまで例としては以上になりますが、こういった考え方というのは何か模範解答があるわけではありません。

こう考えるべきというような通り一辺の方法論があるわけでもないのです。

ですから、一番大事なことは何かというと考え方の訓練を常にしていくという姿勢にあるのかと思います。

元々の根がポジティブに見える人も実はこういった考え方の訓練を日々積んでいく中で、自分の心根を修正している方がほとんどだと思います。

考え方の訓練をしていくことで、私達はいかなる念が沸き上がろうと恐れるには足りません。

良からぬ念が湧くことを怖れずにその念に思考を絡めとられることを恐れるべきなのかと思う次第です。


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先祖供養の考察

スピリチュアル的な意味における先祖供養についてお話してみたいと思います。

先祖供養というと昨今、様々に物議を醸している事柄でもあります。

現実思考、あるいは唯物史観的な見方をする方からは、先祖供養など生きている人間の感傷に過ぎず、昨今ではスピリチュアル的な見方をしている方の間ですらも先祖供養不要論が多く席巻されているように感じます。

人は亡くなったら霊界へ旅立つのだから供養などしても仕方がない。

現世の食べ物などを供えられても霊人になれば食べられないのだから不要である。

そもそもお経をあげてっもらったりしても嬉しくないし、意味がわからないなど様々な理由から先祖供養は意味がないという意見も多いように思います。

確かに現代に生きる人たちにとって先祖供養はあまりピンとこない儀礼のようなものになってしまっているのかも知れません。

段々と時代を経るにしたがって、私達の考え方も変わってきています。

先祖供養に対する考え方も様々に分かれていくのは当然の帰結であるとも言えます。

では、先祖供養は最早、無用の長物であり、意義のない儀礼的なものでしかないのでしょうか。

そうではありません。

では、今後、先祖供養というものについてどのような視点で見ていけばようのでしょうか。

スピリチュアル的な視点で観た場合の先祖供養について考えていきたいと思います。

まず、先祖というのは時代を遡ればそれこそ何千、何万というつながりがあるわけですが、時代ごとに思想的な考え方が異なります。

近代に入ると先祖供養というものが儀礼的な枠組みの範疇を出ないものとして考えられるようになってきましたが、それ以前は、子孫は先祖を供養し、手厚く祀るという慣習が当たり前のように続けられてきたわけです。

そのような慣習がある時代に生きたご先祖様というのは、とても先祖供養というものにこだわりがあるわけです。

現代に生きる私達とはそもそもの考え方、発想が違うわけです。

そうなるとお亡くなりになり霊界に旅立たれた近代に入る以前のご先祖様達と近現代に生きて亡くなられた方とでは、先祖供養に対するこだわりも違うということです。

このことは霊界に旅立ってからも尾を引く問題になっています。

つまり、近代以前に生きたご先祖様にとって先祖供養はやってもらって当たり前と思っているフシがあるということです。

現代の私達がいくら「先祖供養など無意味だ!」と考えていても、近代以前に亡くなられたご先祖様達はそうは思っていないことが多いわけです。

まず、先祖供養が無用と言い切れない理由の一つにはこのような事情があります。

では、現近代に生きた比較的、私達と近い時代を生きたご先祖様に対しては先祖供養は必要がないということなのでしょうか。

実はこれも必ずしもそうであるとは言えない部分があります。

なぜならば、生前は「先祖供養など無用!」と言い切っていた方でも、霊界についてよくわからずに亡くなったりしている場合、亡くなられてもすぐには自分の行くべき霊界に移行できずにいるケースがあるからです。

もちろん、生きている時も心根が清々しく、亡くなる時も執着無く穏やかに旅立って行かれれた方などはちゃんと守護霊の導き(あるいはご先祖系の背後霊団の導き)によって迷わずご自分が行かれる霊界へ移行される方もいらっしゃると思います。

しかし、中々、そのようにすんなりは生きにくく、すっぱりと穏やかに亡くなることができる環境にないのが現代という時代でもあるわけです。

スピリチュアル的な見方がナンセンスであるという受け止められ方をするようになっている分、むしろ、亡くなられた後もモヤモヤしている状態になることも多いといえるのです。

そのように考えると、先祖供養のあり方は現近代の方とそれ以前の方とで変わってくるかも知れませんが、先祖供養の本質でもある霊界での修行や学びのアシストという意味では今後も必要不可欠であるのかも知れません。

さて、ここまで先祖供養についてお話してきましたが、それでもなお疑問が残る方もいるかも知れません。

それは、「そもそも霊界に行ってまでなぜ現世における食べ物などを供えなければならないの?食べられるわけではないのに。。むしろ、執着心を煽って現世への思いを引き伸ばしてしまうのではないの?」という疑問です。

確かにこれは一厘あります。

私は以前の記事などでもお話していたかと思うのですが、私達は先祖供養するために生きているわけではありません。

とはいえ、私達とご先祖様は霊線で繋がっているので、スピリチュアル的には無視できない存在でもあります。

なぜならば、ご先祖様が霊的にマイナスな状況にあると私達にもそのしわ寄せが来るからでもあります。

しかし、そうは言っても私達の生きる意味は先祖供養をするためではなく、魂の向上にあるわけです。

まずは、自分自身の魂を向上させていくことが結果的に霊線で繋がるご先祖様の霊界霊層向上に寄与することにもなります。

なので、一生懸命、先祖供養だけしていれば良いというわけではないのですね。

そう考えると先祖供養でお供えなどをしてご先祖様をねぎらうなんて霊界での先祖の修行の邪魔をするだけになるし、自分の魂の向上のみ考えていればいいという発想になってしまうのもわかります。

しかしながら、ここでもまたご先祖様の霊界事情が絡んでくるのです。

例えばある程度の上部霊界で満たされた生活を送っているご先祖様というのは、ハッキリ言ってしまえばあまりお供え物や現世的な意味での供養は意味をなさない場合があります。

なぜならば、霊界で十分に欲しいものは手に入れることができます。

というよりも、現世で欲しかったものなどあまり欲しくなくなっていることが多いのです。

なので、こういった上部霊界に位置するご先祖様の場合は、お供え物を沢山あげても、その真心は受け取っていらっしゃいますが、あまり関心がないようでもあるのです。

例えるならばお金持ちで大きな広いお屋敷に住み、家庭での環境にも恵まれている人がいるとして、その人に美味しい食べ物や即物的な快楽を提供しても喜ばないのと一緒です。

もっと高次元な向上心を満たすようなものでないと喜ばないわけです。

上部霊界のご先祖様に対する供養は一般的な供物を捧げて行う方式だとあまり意義としては薄いのかも知れません。

しかし、下部霊界に位置するご先祖様は事情が異なります。

霊界においても自分自身の霊覚、霊格が低いため、あるいは現世に近い霊波動に絡め取られているために欲しいものを手に入れにくい状況にあったりもします。

というよりも、現世で欲しかったものが霊界にあっても欲しかったりするわけですね。

そのようなご先祖様達に「皆さん、もっと次元の高い境地に立ちましょう!」と言って聞かせても「そんなこと言われても困る。わしらは色々と欲しいものがあるんじゃ~」という反応がかえってくることになります。

たとえるならば、お腹の空いている人に「人はパンのみに生きるにあらず」と尊い教えを説いてみても、「いいからパンをくれ!」と聞く耳を持たないのと同じなのです。

ですから、こういった場合は、まず、欲求をある程度、満たしてあげながら、少しずつ次元の高い境地へと導いてあげないと難しいわけですね。

こういったご先祖様においても霊界事情があるので、一口に先祖供養が必要、不要ということは言えないということなのです。

先祖供養というものもよくよく考えてみると奥が深い意味があったりするわけですね。

何事も時代の流れや環境の変化によって影響を受けていきます。

その時代にあったあり方というものを探求していくことも大事な学びなのかと思います。

先祖供養についても色々と検討する必要があるのかなと思います。


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取次者に必要なこと

霊界現世との間の仲介役をすることを取次といいます。

守護霊アドバイス天命・過去世調査守護霊やその他神霊の御心の仲介役をする取次の一つであります。

こういった霊的な技術だけでなく、私達が生きていること、そして何かを成し遂げることもそこに守護霊や神霊の意志が介入しているならば、取次をしているのと同じことでもあります。

取次を意図して行う場合と意図はしないけれど、自然と守護霊や神霊に動かされる形で取次をしている場合とがありますが、実は取次とうのは何か特殊なことを言うのではなく、極めてありふれた現象でもあると言えます。

守護霊にしっかりと語りかけてから一緒に頑張るつもりで行う仕事や作業は全て取次であるとも言えます。

さて、このように考えると取次者といっても実は何か特別な存在だというわけではないことがわかると思います。

誰でも取次者足りうると言っても過言ではありません。

しかしながら、なんでもかんでも守護霊に語りかけ、神霊に祈りを捧げれば取次となるのかというとそうではありません。

取次者として必要不可欠な点がいくつかあります。

一つは素直な気持ちで委ねる基質があるかどうかです。

自我意識が強すぎるとその働きが強すぎて守護霊や神霊を受け入れる余地がなくなってしまいます。

なので、取次をする場合にはできるだけ素直な気持ちで委ねる気持ちで守護霊や神霊と接することが大事なことでもあります。

もう一つは、取次者の霊格です。

霊格というのは主に霊的な人格を指す場合と霊的な品格、教養や知性なども含む言葉でもあります。

霊格が充実していないと守護霊や神霊を適切に取次ことができなくなります。

なぜならば、取次者の霊格に応じてしか守護霊や神霊は現世にアウトプットできないからでもあります。

例えばどんなに優れた霊格を持つ神霊であっても、子供や赤ちゃんと合一して取次を行おうとしても、出てくるレベルは子供や赤ちゃんのレベルのものになってしまうということです。

つまり、高次元な神霊の取次を行おうと思うならば、それだけ取次者も霊格を磨く学びや修行を常にしておかないと実行は不可能であると言えるわけです。

なので、取次ということ自体はいかなる人も出来ることではあるのですが、その取次を十分に全うするためには常に努力と勉強が必要だということです。

このブログでは守護霊への語りかけを何度も推奨していますが、同時に行って欲しいのは守護霊のお心をしっかりと取次できる自分であるための霊格を磨くということでもあります。

霊格をしっかりと磨いておかないと守護霊が大きな力を振るいたいと思ったとしても不可能になってしまうということです。

この点を踏まえて守護霊との交流を行いつつ常日頃から学び続けていくことが肝要なことかと思います。



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【2014年3月度】神田明神への参拝

2014年3月度神田明神月参りをしてまいりました。

2月に続いて3月といえば桃の節句。

雛祭りですね。

雛祭りとは霊的には雛形を創る祭りという意味あいがありますね。

女の子はお嫁にいけるように雛人形で祝言の雛形を作り上げているわけです。

結婚ということに限らず3月は良い雛形を作り上げてゆける月になると良いですね♪


また、毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝

kanda_yuisyo.jpeg

神田神社 御由緒


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魂の旅路(魂魄生成編)

私達の魂の旅路は連綿と続いているわけですが、その一つのターニングポイントとなるのは、現世への出生にあることは間違いないでしょう。

魂の旅路は連続していても私達は様々な人生を歩みながら過去世を積み上げているとも言えます。

一つひとつの過去世を紐解いてみても一見すればそこに連続性は見いだせないものも多々あると思います。

ですから、厳密な意味においては私達はそれぞれの人生を不連続なものとして生きるように宿命付けられていると言えなくもありません。

そういう意味でも私達が現世に出生するということはとても意味深いものでもあります。

今回の魂の旅路は「魂魄生成編」と称して出生時にポイントを絞って見て行きたいと思います。

私達の出生を現世次元でトレースするとまずは、精子が卵子に着床し結合するところから始まります。

この時点ではまだ魂(たましい or こん)魄(はく)分離している状態にあります。

魂がおりきたるにはまだ、十分な土壌としての魄が出来上がっていないからです。

そこで、まずは魂がおりきたる土壌としての魄すなわち細胞が生成されていきます。

そして、最初に細胞がある程度出来上がるとそこに荒魂(あらみたま)が降りてきます。

荒魂は、骨肉そのものでもあり、また骨肉の生成を促す働きがある魂でもあります。

そして、荒魂が授かると段々と生成化育は進みます。

さて、ここでちょっとだけクイズです。

細胞が出来上がると次に人間は内臓器官を生成し始めます。

最初に出来る内臓器官は何でしょう?

とても重要な器官でもあります。

重要な器官ということは「大脳」とかかな?と思うかも知れませんが正解は「心臓」です。

心臓を司っている魂は幸魂(さちみたま)になります。

幸魂は愛情や育む力を持つ働きがある魂です。

荒魂の働きは勇気や骨肉ですが、幸魂はそれを育む力でもあるわけです。

これは、人間が現世に生まれてまず何が基本となる働きになるのかを如実にあらわしています。

まず現世で生き抜くためには勇気が必要です。

骨肉の発展や精神力などのパワーが不可欠なわけです。

どんなに頭が良くても愛情深くても協調性があっても、まずはその基盤となる勇気や精神力のパワーがないとそれらの働きも活かせないということなのですね。

そして、次に来るのは幸魂であるわけです。

愛を中心にして私達の骨肉は段々と育まれていきます。

そして統合するための器官として大脳が出来てきますので、ここで奇魂(くしみたま)が授かります。

同様に内蔵器官も充実してくると最後に和魂(にぎみたま)によって一個の個体として調和します。

和魂は、調和や協調性、それからマインド、自我などの部分を司りますが、内蔵器官としては主に胃腸あたりに該当します。

平たくいうとお腹のあたりのことですね。

そうやって順々に魂は降りいくことで一つの魂魄が生成されることになります。

ただ、出生した時点では、まだ全ての魂を統合する直霊(なおびのみたま)は完成しているとは言いがたい部分があります。

実際には自我意識が芽生え始めてようやく、直霊が形を整えられると見るのが合理的かも知れません。

出生するまでの間が先天の世界だとするならば、出生後の世界は後天の世界だと表現することができます。

直霊は後天の世界での様々な後天的エネルギーを外部から受けつつ、先天的エネルギーを醸成させながら、完成されていくということです。

いわゆる物心が付く頃というのが一つの直霊がすわった状態だと見ることもできるでしょう。

ただ、直霊が本当の意味で先天と後天が十分に熟した状態となるのは三十年くらいかかるという説もあります。

この辺は個人さがあると思われます。

あくまで一つの目安にはなるのかも知れません。


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霊界での姿とは

霊界というものは心の有り様が決める世界であります。

私達の心の有り様が霊界を如何なるものにするかを決めているわけですが、霊界での自分の姿というものも、実は私達の心が決めているのです。

霊界では現世のように物理的空間の制約や条件を受けない分、いろんな姿になりえます。

現世の思いに強く影響を受けている間は、霊界の姿も現世のそれに近いものになります。

背広を着ていたり、お洋服もその人が普段から召しているものを着ている場合もあります。

自分はどんな服装をしているかという観念にもとづいて霊界での姿も決められているわけです。

「ボロは着てても心は錦~♪」と演歌の歌詞にもありますが(笑)、本当にそのような心であれば、霊界では錦の着物を召しているわけですね。

ただ、霊界に順応してくると現世での感覚が段々と薄れて、変わってくるものでもあるので、そのお姿や着ている服装も変わってきます。

また、霊体の大きさも私達の常識から考えれば、人間は成人であれば、男女差や個人差はあるものの150cmから長身のケースを勘案しても200cmの範疇が一般的だと思います。

しかし、霊界では何十メートルとか(あまり数値に厳密な意味はありませんが)、そういった大きさになっている場合もあります。

それどころか、現世ではありえないようなファンタスティックな姿に変わっていく場合もあります。

上部霊界に近づけば近づくほど神々しい姿になっていきますし、逆に言えば下部霊界に近づけば近づくほど、禍々しい姿に変わっていくこともあります。

なので霊界での姿というものは、その人の霊界の一つの有り様を表しているとも言えます。

霊視によって見える存在は必ずしもこの世の有り様と一致するものとは限らないのは、このためです。

現実思考で考えれば、荒唐無稽なものでも霊界では普通にあり得るので、どんなに不可思議に思えても霊界に不思議はないのですね。

それでも、時には現世にマッチした形でしか霊界の有り様を見ることができない霊視のケースもあります。

非常に具体的で詳細なことが見て取れる霊視のケースは、その霊視者の霊覚が現世次元に近いものであるか、その霊視者にヴィジョンを見せている霊的存在が現世に近いほどの低次元層の存在である場合も考えられるでしょう。

それ以外には、その霊視者の観念が現世次元で固定化されていると見えてくるものが現世にマッチしたものだけになる可能性も高いと言えます。

いずれにせよ、霊界の有り様は様々なフィルターを通して感得されるので、姿も形もまた異なることが多いのですね。

例えば、お亡くなりになった方をある二人の霊視者がそれぞれ霊視してみたとしましょう。

一人は親族でそのお亡くなりになった方のご生前の姿や有り様を十分にご存知だったとします。

そうすると、その霊視者の知っているご生前の姿でそのお亡くなりになった方を感得する場合が多いです。

なぜならば、ご生前の姿で観念が出来上がってしまっているため、その姿で見えてしまうわけです。

しかし、一方の霊視者は全くその人を知らない第三者であるとします。

するとお亡くなりになった現在の霊界でのお姿で霊視することになるためそこで感得する姿もまた違ってくるということです。

このように前提が違うと見えてくるもの、その姿も異なってくる場合があるということなのです。

この前提を知らないと霊界の有り様を知れば知るほど、わけが分からなくなることになります。

なので、今一度、霊界の有り様を説明してみた次第です。

一番純なる霊界を見ていくためには、自分自身が純なる存在になっていく必要があります。

そのためには、正しい霊界に感応できる自分自身の霊格、霊覚を作りあげていく他はないということです。


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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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