【呪縛観念シリーズ】大事なことが見えなくなる呪縛

久方ぶりの呪縛観念シリーズをお話してみたいと思います。

呪縛観念について軽くおさらいしましょう。

私たちの自由な発想や行動を制約する心の縛りのことを呪縛観念と呼んでいます。

もう少し詳しい定義については過去記事「【呪縛観念シリーズ】呪縛観念とは何か」をご参照ください。

呪縛観念は、気づかず私たちを縛っている場合が多いので、まず、存在を知覚させてあげることが大事になります。

呪縛観念の存在を知覚することで、大分、呪縛が緩むからでもあります。

しかし、敵もさるもので、呪縛観念も対象者を縛り付けるという働きを全うするためにさらなる呪縛を作り上げてきます。

それは何かといえば、呪縛観念を解除しようとする情報を見えなくさせたり、きっかけに気付かなくさせるという呪縛が存在するのです。

いくら呪縛観念の存在を伝えても、その情報をしっかりと認識することができなければ、呪縛が緩むことはありません。

あるいは折角、呪縛観念を解除するタイミングが来ているのに気付かないとこれもまた意味がありません。

ですから、まず、自分自身の呪縛観念を解除していこうと願うならば、最初に克服すべき呪縛観念があることを認識することが必要だといえます。

では、その克服すべき呪縛観念とは何かというと「私はそれをすでに知っている」という呪縛です。

この呪縛観念について説明してみたいと思います。

たとえば私たちは、一度読んだ本をもう一度読んでみようと思わない傾向がないでしょうか。

では、私たちはなぜ、同じ本を何度も読もうと思わないのでしょうか。

それは、同じ内容の本を読むことに飽きてしまうからです。

人は飽きていることを続けるのは苦痛だからでもあります。

このことから、あまり一度読んだ本を読み返すことは少ないのです。

もちろん、全くないわけではないでしょうが、何百回も読み直すということは稀有なことではないでしょうか。

さて、今回の呪縛観念の本質は「私はすでにそれを知っている」であるわけですが、人は飽きてくると自分がすでに知っている思い込んでいるものに対する関心を失います。

というよりもそのもの自体が見えなくなるといった方が正確かも知れません。

先ほどの同じ本を何度も読むという例でいえば、本を最初に読んだ時と二回目に読んだ時の読書時間を比較してみるとこのことが良く理解できると思います。

初回よりも二回目の方が読書時間は短くなっているはずです。

そして、二回目よりも三回目、三回目よりも四回目の方が読書時間は短くなります。

読者の皆様も身に覚えがあることだと思うので、当たり前のこととして受け止めてしまうかも知れませんが、これは明らかにおかしなことです。

同じ本には同じだけの質量となる内容が記載されているはずです。

なので、本来は同じだけの読書時間を費やされなければ計算が合いません。

にもかかわらず、読むスピードが上がっているというのは、どういうことなのでしょうか。

これは、本の中に書かれている内容を「私はすでにそれを知っている」と思いこんでいることに起因します。

一度読んだのだから、内容は理解し、知っているのだというわけです。

しかしながら、本当にそうでしょうか。

一冊の本を私たちは一度読んだだけですべてを理解し、熟知し、自分のものに出来てしまうものなのでしょうか。

もしかしたら、天才的な頭脳を持っている人ならば、そういうこともあるかも知れません。

しかし、実際のところ一度、読んだだけの本の理解度、覚えている内容量などは、たかが知れているのが現実なのです。

だから、本当は二度目、三度目と読む場合にはもっと慎重にじっくりと読み直す必要があるわけですが、実際のところは読むスピードは上がっていきます。

すなわち、私たちは「私はすでにそれを知っている」と思いこむことで、本当は良く理解もできていないことをスルーしている可能性が高いのです。

「私はすでにそれを知っている」と思うことで、本来ならば見えていたはずの大事な要素を見逃している可能性が多々あるということなのです。

これは本に限らず、人から聞いたこと、見たこと、経験したこと、全てに当てはまることです。

「私はすでにそれを知っている」という呪縛観念が存在するがために、大事なことが見えなくなります。

大事なことが見えなければ、自分の中で新しいきっかけとなるはずだった事柄も気づかないままになってしまう可能性が高いといえます。

この呪縛観念をまず解除していくためには、常に「私はまだわかっていないかも知れない」と言い聞かせて何事にも取り組んでいく必要があります。

先ほども言いましたが、人は飽きる生き物であり、飽きてくるとそれを続けるのが苦痛になります。

飽きがくるのは、「私はすでにそれを知っている」と思いこんだことに理由があるのです。

まだ、知らぬものがそこにはあるかも知れない。

こう思うことで一つの呪縛観念が解除されていくことになるはずです。


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【守護霊問答】話下手を克服する方法?

こんにちは。

天心です。

一年半ぶりくらいになりますが、今回の記事では、【守護霊問答】をご紹介したいと思います。

テーマは、「話下手を克服する方法?」ということでお送りしたいと思います。

コミュニケーションということで、お悩みの方が多くいらっしゃいます。

特に話下手で中々、自分でうまく話ができないなんていう方もいらっしゃるかも知れませんね。

何かを話さねばと思えば思うほど、何も話せず、会話も弾まないので気まずい思いをした経験がある方もいらっしゃることと思います。

そこで、今回は守護霊に話下手はどうしたら克服できるのか尋ねてみました。


天心:「単刀直入にお伺いしますが、話下手は克服できるものなのでしょうか?性格というのもあると思いますが」

守護霊:「この世に話下手なものなどおらぬ」

天心:「いやいや、それはないと思いますが。私だって結構、話下手な方ですし、それで苦労することもありますし」

守護霊:「汝に聞こう。良く言葉を知るなるか」

天心:「言葉・・ですか?まあ、日本語ならそれなりに喋れるとは思ってますが」

守護霊:「ならば問題はなし」

天心:「いやいやいや、ちょっと待ってください。日本語喋れるといったって、それは日本人だから当然です。おたずねしている趣旨が全然違うと思います(・_・;)」

守護霊:「善いかな。誰しもが想いを持つ。興を持つものもあるだろう。話下手なるはこれが足りぬに過ぎぬ」

天心:「確かに色々思うところはあったり、興味のあることは沢山ありますが、それが足りないことが話下手の理由ということなのでしょうか?」

守護霊:「想い強ければいずれか言葉となろう。興を覚えれば話さずにはいられまい。人は皆、表し現す意志を持って生まれしもの。ゆえに話下手などおらぬというている」

天心:「よく考えてみれば、自分の興味のある話やどうしても話したいことがある時は、あまり考えずに話してしまいますね」

守護霊:「さもあろう」

天心:「しかし、それでも自分が話下手だと感じている人は沢山いると思うのですが、これはなぜなんでしょうか」

守護霊:「長いものに巻かれ、空気に流されるをよしとする生き方を止めるべし」

天心:「多数の意見を気にしたり、空気呼んで浮かないように気を使っていると確かに話ずらくなります」

守護霊:「話下手はおらぬ。ただ生き方の問題があるのみ」

天心:「わかりました。私も自分の生き方、あり方を内省してみたいと思います」


以上が、【守護霊問答】になります。

何を話していいのかわからなくなった時、どうやって話をしようかと考えあぐねるよりも守護霊が諭してくださったように気取ったり、周りを気にしすぎたりしないように自分が何に関心を寄せ、何を発して表現していきたいのかを考えていくことが一つの話下手と言われる欠点を改善していくヒントになるのかも知れません。



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神様のドングリ- マモリギ その4 -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- マモリギ その3 -からの続き。

ドリが住処を飛び出していった時から少し過ぎた頃、マモリギが丁度見下ろせる丘に、動物たちが集結しています。

見晴らしの良い丘です。

動物たちは何べんもこの光景を見てきたはずでしたが、今は思い思いの表情を浮かべて見下ろしています。

不安げな顔をするもの。

悲しそうな表情。

神妙な面持ちで横を向いて目をつむるもの。

そんな中、兎は高揚感を漂わせながらマモリギを見下ろしています。

・・・ ◇◆ マモリギ その4 ◆◇ ・・・

「あの邪魔な樹さえなくなれば、神様のドングリをたんまり手に入れることができるはずだ」


兎はニタニタ笑いながら、呟きました。

それを見ていた猿は薄気味悪いものを見るような顔をしています。

兎も以前はこんな性格ではなかったのです。

いつの間にか神様のドングリに魅せられてから変わってしまったのかも知れません。

「お前さん本当にやるのか?」


猪は静かにでも重い言葉で兎に語り掛けます。

「当然だ!それがメフィス様の望みでもある。そして、あの邪魔くさい樹をなぎ倒せば神様のドングリも取り放題なのだぞ?」


猪は兎の声色、表情からもう何を言っても無駄だと悟りました。

静かにかぶりをふって、後ろに下がります。

兎は鼻息を鳴らし、臆病者めという侮蔑した表情を浮かべました。

そして、後ろを振り返るとそこにそびえ立ついかつい巨大な体躯をしたものを一瞥しました。

それは、木々を組み合わせた櫓のような形をしていています。

他の動物たちもその巨大な櫓を見上げています。

櫓には車輪がついています。

さながら戦車のようです。

それは、駆り出された森の動物たちが兎の支持でつくらされたマモリギを打ち倒す秘策となる道具なのでした。

櫓の上には大きな岩が乗っています。

なんとも物々しい姿です。

「これさえあれば、どんな巨大なものでもなぎ倒すことができるだろう」


兎は道具の巨躯をたたきながら言いました。

「本当にこんなものであの巨木を倒せるのか?」


今度は猿が疑問を投げかけました。

「必ず倒せる!」


兎は不敵な笑みを浮かべながら断言しました。

しかし、そんな兎の自信のある言葉にもぴんとこない顔をした動物たちも多々います。

兎は舌打ちしました。

「頭の悪いお前たちにもわかるように説明してやろう」


そういうと兎は道具の説明を得意げに始めました。

「いいか。ここはお前らも知っての通り小高い丘になっている。見晴らしもいい。障害物がないからマモリギまで一直線だわかるな?」


兎の言葉は自明のことなので、動物たちで意義を唱えるものは誰もいません。

「そこで俺様が考案したこいつの出番というわけだ。」


兎は得意げに言うと巨躯をさらした戦車のような道具を指さします。

「お前らよく聞けよ!傾いたこの丘からこいつは真っ直ぐにマモリギに向かっていく。しかも、大岩をしょったままでだ!」


兎は自分の演説を盛り上げるように大きな声で叫びました。

「俺様の計算では、こいつの重さとマモリギに向かっていくスピードでとてつもない大きな衝撃を生み出すことができるだろう。そうすれば、さしものマモリギとて立ってはいられないはずだ!」


兎は説明し終わり動物たちの顔を見回します。

今一わからないといった、ぽかんとした表情をたたえる動物たちを見て兎はげんなりした顔をしました。

「あのよ。話はわかったけど、これって途中で障害がないことが前提だよな?」


猿は確認するように言いました。

「だから、障害などないと言っているだろう!」


兎はうんざりするような声色で言いましたが、猿はしらっとした表情で、マモリギのある途上の道を指さしています。

そこには、先ほどまでなかった何かの影が動いています。

「あれは一体なんだ!誰か確認してこい!!」


兎はヒステリックに叫びながら、頭をくしゃくしゃしています。

動物たちの中でリスが何匹か足早に影に近づいていきます。

影の少しずつ近づいていくるうちのその実体を確認することができました。

影の招待は一匹の山猫の姿でありました。


・・・続く

神様のドングリ- マモリギ その5 -へ続く

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守護霊はご縁をつなぐ

守護霊の働きは色々ありますが、その中でも顕著に表れているのは、ご縁をつなぐということです。

守護霊はどんな人に対してであれ、魂の成長を実現して欲しいと願っています。

しかしながら、一足飛びに魂が劇的成長を遂げるのは難しいことを守護霊もわきまえています。

だから、まず最初に守護霊が魂の成長のために打つ施策としては、様々なものと引き合わせ、ぶつけてみることで成長のきっかけを作るということです。

ぶつけてみるといっても、一つや二つではありません。

それこそ無数に出会いと関係性を結ばせるチャンスを用意しています。

もちろん、一つひとつのご縁には濃いもの薄いもの多岐に渡るわけですが、まるでビリヤードのボールがはじき合い、干渉しあいながら、ホールへと目指されるように私たちの魂も摩擦によって研磨され、次なるステージへと導かれるのです。

この時、注意したいのは、一つひとつのご縁の意味は良く分からないことも多いということです。

しかし、大きな視点で眺めてみたり、後々になり一つひとつのご縁が意味するところを悟ることも多々あるのです。

どうして意味の分かり難いご縁ばかりが現れるのかと思うかも知れませんね。

これは何故そうなのかと言えば、守護霊という存在は高次元の抽象性の高いところからものを見ているからでもあります。

守護霊が何か意地悪をして分かり難くしているわけではなく、私たち現世に生きる人間は、どうしても低次元層からの視座でものを見てしまうため、物事の本質がわからなくなりがちだということです。

目前の欲求や関心ごとに囚われてしまう私たちの意識とは異なり、守護霊は常に高い位置からのものの見方をしているということでもあるのですね。

では、私たちは守護霊の導いてくれるご縁をどのような心構えで受け止めていくことが良いのでしょうか。

それは、なにより守護霊のつないでくださる一つひとつのご縁をまず素直に味わってみるということがあります。

もちろん、ご縁にも色々あります。

全てが素直に歓迎できるものばかりではないかも知れません。

また、全てのご縁が長期的なものであるのかもわかりません。

しかし、守護霊によって繋がれたご縁には次に続く布石になっていることが多いのです。

その布石の意味はすぐには分からなくても最終的には必ず一つのテーマがまるですかし絵のように浮かんでくるものでもあるのです。

霊格、霊覚が向上してくるとすぐにでも絵が浮かんでくることもありますが、中々、そのようにうまくつかめないこともあるでしょう。

この時に大事なことはわからなくても、投げ出さず、ご縁を有難く受け止めていくことでもあります。

守護霊がつないでくれるご縁は時として、沢山のクエスチョンマークがつくことも多々ありますが、ひとまず、結論を急がず受け止めてみることも大切なのかなと思います。


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取次鑑定のご感想 Part7

守護霊アドバイス、天命・過去世調査などの取次鑑定のフィードバック、ご感想などを日々いただいております。

なかなか、ご紹介できないものも多い中(プライバシーに関する部分も多いので)、いただいたものから、ご紹介可能なものを少し発表してみたいと思います。

今回は守護霊アドバイスのフィードバックを集めてみました。


☆守護霊アドバイス



~~~~~~~~~

・・前略・・*1


守護霊アドバイス お取次ぎ 心より感謝申し上げます
正守護霊様 お姿を読ませて頂き 大事な時に諭して頂き 危険から守って頂く時に響くお方だなと
納得しました
とても 威厳を感じ  心に響く優しさを感じております

・・中略・・*1

精進をさせて頂く 習慣になって来ていると褒めて頂き 恐縮しております
嬉しいです
私が求めたいた 答え 
頑張るだけでは 本当の意味での魂の向上はない
そうだと思います
ただ ひたすら頑張るだけでは自分も疲れてしまい 此れだけやっているのだからだと傲慢にもなりますし
其処で止まってしまいますね
時々 何の為に学びを頂いているのか考えます
魂の向上とは解っていますが 何故 何の意味があるのかを考えます

此れから 考えた事もなかった 分野や発想ですか
中々 簡単には見つけられませんね・・・汗
ですが 「本当の脱皮とは他になし」との 強いお言葉が頂ける事は 逆に見つける事も修行
見つけられると言う意味かなと解釈をさせて頂きました
昨日から ずっと考えておりますが 頭が老化しているのか 考えが直ぐには浮かんできません
此れからの 課題ですね
命終わるまで 学ばさせて頂くと思っております

ありがとうございました。

此れからも どうぞご指導宜しく御願いいたします。


50代 女性


~~~~~~~~~

天心先生

いつもお世話になります。

アドバイスの頂いてから半月経ちました。

近況としては、いろいろ憶えることも多く一喜一憂してしまうこともあります。
あらためて狭いところしかみえてなかったなと思うところです。
詰め込み式でいろいろ体験させて頂いてます。

・・中略・・*1

自分から売り場を離れたいと上司や誰かに言ったことはないので、少しでも自身が成長できたのかもしれないと思っています。
昔、守護霊様からいただいたアドバイスの言葉が浮かんできます。

以上です。

お身体をご自愛くださいませ。


30代 女性

~~~~~~~~~


・・前略・・*1

鑑定いただき、ありがとうございます。

なんとなく近頃、勉強したいようなしなければいけないような気持ちになっていたところです。
一ヶ月前位から、無性に偉人の伝記が読みたくなり、数人の手記、伝記を読んでいました。
鑑定時にはちょうど、エジソンの伝記を読んでいたところで、彼が猛烈に勉強していたことを知り、現代用語の基礎知識を買ったばかりでした。

まだメッセージとして受け取れる段階ではないけれど、そのような行動をとるように、ご守護頂いていたのですね。
うれしいですね。

具体的なアドバイスなので、取り組みやすいです。

励みます。
ありがとうございます!


30代 女性

~~~~~~~~~


天心先生
いつもお世話になっております。
守護霊様からのコメント
お取り次ぎをして頂いて大変ありがとうごましました。

ああ、私はやはり自分のことばかり考えてしまっているなぁ
と思い反省しました。

・・中略・・*1

そして、その道にかける情熱があるかと問われれば
何も答えられない自分がいます。
勉強不足であるとこを感じました。

なんとかして生計を立てていきたいという焦りから
本当に大事なことを見失うところでした。

天心先生
本当にありがとうございました。
心から感謝いたします。


40代 女性

~~~~~~~~~

天心さん

お忙しいところ、ありがとうございました。
本当に守護霊様のアドバイスの通りなのですが、いろいろなことで行き詰まって、体調も良くなく、ネガティブな思考で凝り固まった状態でずっといました。
ありがとうございます。
少し冷静になって、今できるベストのことをやって、一歩ずつ前に進んで行きたいと思います。


40代 女性


~~~~~~~~~



*1 天心註釈:プライバシーに関わる具体的な内容部分であったり、長めのご感想であるため省略いたしました。


他にも沢山のフィードバックをいただいておりますが、今後、折を見て発表できればと思います。


また、過去にご紹介したフィードバックをご覧になりたい場合は、「【一覧】取次鑑定・遠隔浄霊フィードバック」をご参照ください。



天心 拝


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善なる気持ちを表そう

あなたの心に浮かんだ


あなたの素敵なアイデア


決して握りつぶさないでほしい


恥ずかしがったり


自分には大それたことなんて


思わないでほしい


あなたの心に浮かんだ


素敵な善なる想いは


きっと神様からの


プレゼントだと思うから


あなたは素直にその贈り物を


受け止めてしっかりと


表現することが大事なのです


善なる心は


善なる行いを呼び


善なる行いは


幸せを運ぶ


正のエネルギーを生み出します


こうして正のエネルギーを


生み出し続けることができれば


きっと私たちの世界は


今よりもさらに


輝きを増すことになるでしょう


あなたの心に浮かんだ


善なる気持ちを表そう


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心に残った守護霊からのメッセージ33

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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戯れに問う

おぬしはどこへ行くのか

行くべき場所はなく

来るべきところもなし

蒼天は常に頭上にあり

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どこか違う場所へ、何か違うものへ進歩することを急ぐ自分に守護霊が問いかけてきたことがあります。

何か違うところに素晴らしいものがあると考えてしますと道を迷ってしまうというお諭しでした。

いつでも、どこでも、頭上には青々とした空は広がり、いるべき場所は常に今、その場の中にあるということです。


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神様のドングリ- マモリギ その3 -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- マモリギ その2 -からの続き。

ドリは採取した食事の材料をテーブルに並べながらバリスの帰りを持っています。

今日はドリの大事な決断と自分の考えをバリスに伝えることを決めたのです。

村里でもどこでもバリスが良いというところについていこう。

今日はその前祝の日にしよう。

ドリはバリスが帰ってくるのが待ち遠しくて仕方がありません。


・・・ ◇◆ マモリギ その3 ◆◇ ・・・

ドリが食事の準備をしていると見慣れた背格好の影が住処の入口に差し掛かりました。

ドリはすぐに振り返ってにっこりと笑いました。

「お帰り!」

バリスはドリの笑顔に対して、軽く手を挙げて微笑みかけました。

少し疲れたような顔をしているようにも見えて、ドリは怪訝そうにバリスの顔を覗き込みました。

「どうかしたの?疲れているみたいね」

「いや、大丈夫。。それより少し話があるんだ。。」

バリスは口ごもった感じで言いました。

それを聞いてドリはくすりと笑いました。

「えっ?何?」

バリスは少し驚いてドリの顔を覗き込みます。

「なんだか奇遇だなって思ったの」

「どういうこと?」

「だって、私も丁度バリスに話たいことがあるのだもの」

ドリは、自分の考えを聞いた後のバリスの驚く顔を想像してまた、くすりと笑います。

「ねえ、バリスの話たいことって何?」

ドリは元の表情に戻ってバリスに尋ねました。

バリスは少し気勢をそがれたような感じになり、目線を少し泳がせています。

「いや、いいんだ。。それよりドリの話って何かな?」

バリスは例のマモリギの件を伝える契機を失ってしまったので話題を変えました。

「実はね。」

そう切り出すとドリは自分の決心と考えをバリスに話しました。

やはり、ドリの予想通り、バリスは目を真ん丸くして驚いています。

あれだけ二人だけの今の生活に拘っていたのです。

当然のリアクションと言えるかも知れません。

そんなバリスの驚く姿をドリはニコニコしながら見ていました。

「バリス、私ね思ったの。私にとって大切なものがあるように他の動物たちにだって同じくらい大切なものがあるはず。だったら、私と他の動物たちの少しくらいの違いなんてどうだっていいことなのよね。」

ドリは落ち着いた口調で語ります。

それはかつて、自分と他者との違いに苦しんだドリの心情に掉さすものでした。

絶対的な壁を感じていたドリの心に他者とのつながりを見出すための大事な発見でもありました。

バリスは静かに聞いています。

「私が大切なのはバリスとの日々の生活。でも、本当はその大切な生活を支えているのは、私たち二人だけじゃない。」

ドリは何か想いを馳せるように遠くを見ながら言いました。

「私ね。勘違いしてた。私の幸せを支えてくれているのは、バリスがいるおかげ。だから、バリスさえ近くにいて私を支えてくれていればいいと願っていたの」

言いながらドリは伏し目がちになりました。

「でも、そんなの自分勝手な思い込みだった。バリスの気持ちを全然考えていなかった。それに他の動物たちにも色々助けられていたのに全然、わかっていなかった。。」

ドリは住処のいたるところに置かれた道具をひとつ一つ目で確認するように追いました。

テーブルに寝床に使うハンモック、木の実を入れる籠。。

全てはバリスが村里などで交換してきたものです。

「皆、何かしらで誰かの役に立っている。なのに私は自分を守ることしか考えていなかったと思う。」

ドリはテーブルの表面を少し撫でるようにしながら呟きました。

「私は自分が受け入れられないことが怖くて怖くて仕方なかったの。でも、こう思うことにしたの。皆もきっと受け入れられないのは怖いと思う。だから私は、私を受け入れてくれなかった動物たちも含めて、私は全部受け入れることにする。」

そのように言い切ったドリの瞳は強い意志がみなぎっていました。

今までのようにどこか儚く弱弱しい感じのするドリとは変わっていたのです。

バリスは、どんなドリの姿を驚きとともにまぶしささえ、覚えながら見ています。

そして、まだ、自分がドリに言っていない事情がバリスの頭をかすめています。

「ドリ。。ごめん。。」

バリスはそうつぶやくとうつむいてしまいました。

「どうしたの?バリス、さっきから何か変。」

怪訝に思ったドリは、バリスの顔を覗き込みます。

もう、これ以上、事情を胸中に秘めておくことができなくなったバリスは咳をきったようにマモリギの件を話ました。

一瞬、時が凍ったかのように静かな空間が漂いました。

ドリは、しばらく固まったままでいました。

バリスもどう声をかけていいのかわからなくなり、じっとその様子を見守っています。

ドリは、ふらふらとした足取りで、歩き始めたかと思うと急に足早に住処の入口を飛び出していきました。

「ドリ!!」

バリスの声が空しく住処の壁に反響しています。

しかし、ドリにはその声は届かず、あっという間にドリの姿は消えてしまいました。


・・・続く

神様のドングリ- マモリギ その4 -へ続く

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人は他人にイエスの影を見る(その2)

人は他人にイエスの影を見るからの続きになります。

前回は、私たちの人生における人との関わりあいについてお話させて頂きました。

私たちはいつの間にか人を物として見てしまっているところがあることは前回のお話で明らかに致しました。

「素晴らしい人と出会いたい」という気持ちの裏側には自分自身に都合のよい人を求めているという心情が隠されていることを指摘したわけです。

人には人の立場や事情があり、物ではない以上、物格化して考えてしまうところに真っ当な人間関係など築きようもないことは明白です。

では、私たちが人との関わりあいを考えていく上でどのようなことを吟味していかなければならないのかについてお話していきたいと思います。


◇◇ 人は他人にイエスの影を見る ◇◇


さて、突然に話が飛躍しますが、皆様の多くはイエス・キリストをご存知かと思います。

日本においてはキリスト教徒の割合は多くはないかと思いますが、年間行事の慣習としてクリスマスがあります関係上、少なからずイエス様のことはご存知のことと思います。

流石に細かいキリスト教の教義はわからなくても、なんとなくのイメージとしてイエス様を見ていることと思います。

聖書にかかわる有名な一説を取り上げてみれば、「汝、右の頬を張られたら左の頬を差し出せ」「神の子、イエスは私たちの身代わりとなり血を流し罪を贖ってくださった」などの内容の言葉が出てきます。

つまりは、一般的なイメージとしてのイエス様はとんでもなく素晴らしく良い人だといえるでしょう。

何しろ、殴られるようなことがあっても、復讐したりせず、むしろ、相手の思うままに委ねるがごとき精神性、さらに、私たちに代わって血まで流して罪を贖ってくださるわけです。

なんて、素晴らしい人なんでしょうか。

多くのキリスト教に入信されている方は、イエス様のこれほどの良い人ぶりにほれ込んだという部分も多いのではないでしょうか。

もちろん、かなりデフォルメした解釈をしていますが、概ねの核心はついていることと思います。

イエス様はもはや人間を超越して神の子、いや神として崇められるようになっています。

しかし、もし、生身のイエス様が現在の自分の信者からの見られ方を知ったとしたらどう思われたでしょうか。

時々、夢想します。

私がもし、イエス様の立場だったらきっと「おいおい、ちょっと待ってくれよ。勝手なこと言わんでくれや」と思ったことでしょう。

イエス様といえど、この世で生きていらした時には、色々と思うところもあったでしょうし、立派な方であったはずですから、内省したり、自らを研鑽したりする日々を送っていたはずです。

決して、自分は超越した存在で、完璧な存在だから、皆の身代わりになるべく全てをなげうつために生まれてきたとは考えていなかったと思います。

結果的にイエス様は多くの人の信仰のシンボルとして沢山の希望を残してくださったわけですが、全ての人間を都合よく助けてあげようなんて考えていたとは到底思えません。

そうです。

イエス様に限らず、私たち人間は自身の不完全性を理解し、その中で内省し研鑽し、少しずつでも成長すべく努力しながら生きているのです。

そんな人間がひしめき合う世の中が現世というものなのです。

このような真実を理解してみると自分にとって百パーセント完全に都合のよい理想的な人間などいるはずがないということがわかるはずです。

「私の伴侶はだらしなくて困る」
「うちの上司はいつも部下に責任を擦り付ける卑怯な人です!」


こんな風に自分と関わる人間に対して不満を持つ方もいらっしゃることと思います。

しかしながら、自分にとって理想的で都合の良い人がいない以上、さもありなんなのです。

ここで以前、立ち読みしたある本に掲載していたことをご紹介してみたいと思います。

本のタイトル、細かい内容は忘れてしまいましたが、ある有識者に相談者が質問をして回答するというQA的な内容でありました。

その本の中である20代の女性がこのような質問をされていました。

かいつまんで内容を整理すると、その女性には親友がいたのですが、その親友がある時、陰で自分の悪口を言っていたことを知ってしまったというのです。相談者の女性は親友だと思っていたのにがっかりしてしまったそうです。

相談の趣旨としては、その親友について今後、どうすべきかということで、許すべきか、それとも付き合わないで縁を切るべきかを悩んでいるということでした。

残念ながら有識者の回答内容は忘れてしまいましたが、私はこの相談を読んでどのような回答があり得るだろうかと考えてみたのです。

そして、至った結論は以下になりました。

相談者の女性が親友を許すべきか、縁をを切るべきかということに関しては、実はどちらでもいいと思うのです。

悪口を言われたことが許せないならば、縁を切ってしまうという決断も決して間違いではないでしょう。

もちろん、許してあげるという判断も良いとは思います。

しかし、ここで大事なのは、その相談者の女性の今後の考え方にあるのです。

おそらく、この女性は親友を許した場合、二度と自分の期待を裏切らない、理想的な親友像であることを期待していることでしょう。

自分の悪口を人に言うなんてことは二度としないでほしいと思うことでしょう。

しかし、すごく残酷なことを言ってしまえば、きっと、親友はいつかは同じことを繰り返す可能性はあることと思います。

なぜならば、人間は皆、ほころびを持ち、至らないところ、傷を持つ存在だからです。

キリスト教の信者の方が敬虔な気持ちで祈り向かうイエス様のような人はいないのです。

嘘もつけば、時には悪態が口をつくこともあるのが人間なのです。

人は誰でも他人にイエス様のごとき理想的で完璧なものの影を追い求めてしまいがちです。

親友なんだから、私の悪口を言うなんておかしい。

親友なんだから、いつでもどこでも完璧に理想の友達でいてほしい。

こう思うものでもあるのです。

しかし、それはできない相談なのです。

では、この女性は親友に対してどうすべきなのか。

先にも言いましたが、親友と縁を切るのも許すのもどちらでもいいのです。

ただ、人と人との間柄というものは、不完全なもの同士が絡み合いながら織りなすものなのです。

つまり、人との関わり合いにおいて、大事な点は、相手の不完全さを受け入れることができるかどうかにあるのです。

私がもしこの相談者の女性に回答を返すとするならば、あなたが親友のいいところ悪いところを含めて受け入れることができるかどうかが、今後の対応のヒントになるのではないかと伝えたことでしょう。

この相談からも分かるように人は常に自分の理想とあるべき正義に当てはめて考えてしまいます。

当てはまらないと悩むわけです。

他人にイエス様のごとき人であってほしいという気持ちがある以上は、人間関係はより難しく実り難いものになってしまいます。

しかし、自分自身が他人に対してイエス様のごとき気持ちで許す愛で向き合う時、人間関係という悩みの多くは解決へと向かうのではないでしょうか。



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人は他人にイエスの影を見る

私たちは他人との関係性の中で人生を過ごしていきます。

人生の大半は人との関係性の中にあるといっても良いでしょう。

人間関係は苦手という人でも、買い物をすれば、お店のスタッフとの関わりが生まれますし、家に引きこもってみても家族とのコミュニケーションはどこかしらであると思います。

「いえ、私は部屋から一歩もでません」という方でも、ネットを通じて誰かと関わっていることが多いと思います。

「いや、そういったこともしません。一日中、部屋で瞑想だけしてます」という方も(苦笑)、お腹が空けば、やはり食料調達しなきゃいけませんよね。

どこかで人と関わるということが発生すると思います。

とりあえず、例外はおくとして、必ずどこかで人は人と関わるということです。

ですから、人生を充実して過ごしたいと願うならば、人との関係性をどうしても考えないわけにはいきません。

どうすれば人間関係を充実させて行けるのかについて、少しお話してみたいと思います。


◇◇ 人を物格化しない ◇◇


人というのは誰しも尊い霊性、スピリチュアリティを持っています。

現世における社会的な見方をすれば、様々な尊卑のような差別的な見方をすることも多々あるわけですが、本来的に人のスピリチュアリティは平等です。

もちろん、霊性の開拓度合や意識カーソルの次元など異なる部分はあるわけですが、それでも元を正せば、皆、尊い神性、霊性を持っているわけです。

現世の面白いところは、これらの落差があるものどうしが関わり合うことができる点でもあります。

落差がある存在どうしがその摩擦を利用いてさらに魂の向上をしていくわけです。

ところが、スピリチュアル的視点では面白いこの落差も現世的、社会的視点に置き換えると単に面白がっているわけにもいかないのも現実です。

人は人間関係を考える時、必ず、一つのキーワードを思い浮かべています。

それは、「素晴らしい人と出会いたい」ということです。

誰しも愚劣な人やレベルの低い人と関わりたいと思ってはいないものです。

例えば、会社の求人においても、できればより優れた能力を持ち、パーソナルな部分でも良くできた人、または素養のありそうな人を求めたりします。

これを人材とか時には人財などと呼び求めているわけです。

あるいは、会社の求人でなくても、ビジネスパーソンと呼ばれる人たちが良く口にされる人脈という言葉も同じです。

より素晴らしい人とご縁を得たい、繋がりを持ちたいと願ったりします。

会社やビジネス以外にもやはり、できれば「素晴らしい人と出会いたい」という願いを誰もが持っているものです。

「当たり前じゃないか!」そう思われる方も多くいると思います。

しかし、実はこの考え方が人間関係を根本的に履き違える原因になっているという真実をこれからお話します。

ちょっと横道にそれますが、私は人材とか人財という言葉が嫌いです。

「人材はともかく人財はより人に価値を置いているのだから良い言葉ではないの?」

そんな風に思う方もいらっしゃるかも知れませんが、私からすれば同じことです。

どっちも「物格化」して人を物として扱っているメンタリティが浮き彫りになっているからです。

もう一度いいますが、人はスピリチュアリティを持った尊い存在です。

物ではないのです。

この人材とか人財、とりわけ人財という言葉には多くのエゴイスティックな思いが込められているのです。

それは、人財とは自分にとって財産になるような人ということです。

煎じ詰めれば、自分にとって理想で都合のよい人が人財という言葉に込められているのです。

「素晴らしい人と出会いたい」というキーワードも実は同じです。

自分にとって理想的で素晴らしい人と出会いたいのです。

自分にとって都合よく動いてくれる人を求める心が誰にでもあります。

人脈を作るなんてよく言いますが、それは自分にとって都合のよい人たちの集まりを作る行為に他ならないのです。

自分の成功のためには都合のよい人たちを沢山作っておきたいというメンタリティなのです。

最早、人を人として見ていません。

そうなると本当の意味で充実した人間関係を築くことなどできるはずがありません。

ですから、まず、良いご縁を得たり、人間関係を築きたいと思うならば、人を物として見る習慣から抜け出さなければなりません。


次回は、より良い人間関係を築く上での処方箋となる考え方についてお話していきたいと思います。

そして、タイトルの「人は他人にイエスの影を見る」の意味も明らかになることと思います。


・・・続く


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石の上にも三年、ブログも三年(笑)

こんにちは!

天心です。

今年は大型とは言えないながらも、ゴールデンウィークを迎え、連休も終えたところですね。

春らしい暖かい陽気が続くと感じていたら沖縄は梅雨入りしたらしいですね。

なんとも早々と夏が到来しそうな予感です。

ジメジメした空気は苦手なところもありますが、心頭滅却すればなんとやらで頑張って参りたいと思います。

さて、最近はブログの更新もスローペースになりがちではありましたが、時にはガンガン前に進むよりも、振り返って自分の行ってきたことを棚卸してみるのも良いかなと感じています。

このブログは2011年1月から更新をスタートしました。

2011年と言えば、かの東日本大震災が発生した年でもあり、何かの合図かのようにブログ更新をスタートした2か月後に大きな変動が起こったわけです。

そして、今は2014年、あれから三年の月日が流れました。

早いものです。

試行錯誤を繰り返し、様々なメタファーを通してスピリチュアル世界や守護霊のことなどをお話してきました。

記事も今や800以上になってしまいました。

嬉しいこと、楽しいこと、残念なこと、苦しいこと、悲しいこと色んなこともありましたが、今日まで挫折せずこれたのは、何を置いても読者やFGSの会のメンバーからの励ましの声があったからだと思います。

とても、ありがたいことです。

ただ、それとは、反面で、ブログなど止めてしまおうか、こんなこと無駄なのじゃないかと思うこともありました。

今も時々、そう思うことがあります。

私のただの独りよがりなだけなのではないか。

そのような考えが心をよぎることがあります。

しかし、それでも私を信じておつきあい下さっている方々が一人でもいる限り、頑張りたいという気持ちもあるのです。

その気持ちの方が強いから、今日まで続けて来られたのだと思います。

私は、この活動を通じて私自身がどうなっていくのかについては、あまり興味を持っていないのです。

大事なことは私の持つ「想い」が次世代にでも細々とでも良いので、繋がっていけばいいなと考えているだけです。

いずれかこのブログもその更新の時を止め、天心というひとりの人間のことなど忘れ去られる時が来ることでしょう。

そのこと自体は全く問題ないと思っています。

ただ、灯が絶えないように受け渡していけたらと思っているだけです。

形に見えているものはいつか失われる時が来ます。

しかし、想いはどこまでも繋がっていく。

そう信じています。

そんなことを考えながら、三年間の歩みを振り返ってみると段々とブログの内容もカオスになりつつあるなと痛感しました。(苦笑)

色々、試行錯誤しながら様々な記事で表現を工夫してきたことで、ちょっとこのブログも分かり難くなってしまっているような気もします。

過去記事をすべて読めばわかって下さるとは思いますが、800の記事は中々、読むのも大変かなと思います。

そこで過去の記事をさかのぼって棚卸していると、自分が過去に小冊子をPDFファイルで作成し、無償公開していたことを思い出しました。(忘れていたんかい!)

この小冊子は約30ページの本当に短いものですが、それでも苦労して書き上げたものでもあります。


◎守護霊が導く!スピリチュアル世界~エッセンシャルガイド~


とりあえず、これを読んで頂ければ、ある程度のブログの骨子がつかめます。

PDFのダウンロードは過去記事の「【小冊子第一段完成!】エッセンシャルガイド」からできます。


折角、作ったものなので、是非、一読してみてほしいなと思います。


また、スピリチュアル世界にちょっとだけ興味を持っている方への読物としても適しているかも知れません。

もし、ご興味のある方がいらっしゃれば、ダウンロードしてプレゼントしてあげてもらっても構いません。

いきなり私のブログの最新記事から読むと「なんのこっちゃわからん!」となってしまいかねません。(苦笑)

そんな時にも役に立つかと思います。


一応、棚卸第一弾として、小冊子の発掘、紹介をさせて頂きました。


つたないブログではありますが、今後もご愛読いただければ幸いです。



天心 拝


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神様のドングリ- マモリギ その2 -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- マモリギ -からの続き。

森に集まった動物たちが兎の弁舌に耳を傾けていた頃、山猫のドリは、今日もマモリギの傍で、テーブルの上を飾る花々を集めたり、バリスと二人で食べられそうな草花の実を採ったりしています。

バリスと変な別れ方をしてしまったことをドリは気にしていました。

ドリはどうにか仲直りをしようと考えて、バリスが喜ぶような食事を作ろうと奮闘中です。

バリスは喜んでくれるかな?

そんなことを考えながら材料集めに夢中になるドリの姿がありました。


・・・ ◇◆ マモリギ その2 ◆◇ ・・・

ドリは、食事の材料集めに夢中になりながらも、とても充実しています。

普段はバリスにおんぶにだっこな状態で、こんなに本格的に材料探しを行ったのは久しぶりでした。

元々、身体もそれほど強くないドリを気遣ってバリスはいつも頑張ってくれていました。

その思いをドリは何となく理解できる気がしていました。

全てはドリを思いやる気持ちが、バリスを突き動かしていたのでしょう。

ドリもまた同じようにバリスのために奮闘しています。

「バリスもこんな気持ちで木の実を集めてくれていたのね」

ドリは呟くとますますにそんなバリスの気持ちを考えずにひどい言い方をしてしまった自分を悔やむのでした。

そして、同時にドリは、心の中に暖かい安堵と幸せな気持ちが満たされるのを感じるのでした。

誰かのために、一心に思って行う時間は本当に幸せなひと時だと。

ドリはマモリギが言ったことを思い返していました。

何が起ころうとも本当に大事なことを忘れてはいけないよ

本当に大切なこと。

ドリは最初、そのことが良くわかりませんでした。

ドリにとって、バリスとの暮らしがすべてであり、大切なことでありました。

その思いは今も変わっていません。

しかし、思えば、それも自分のひとりよがりではなかったか。

ドリはそんなことを考えるようになったのです。

本当に大切なことは、自分の大切な存在がどのような気持ちでいるのか考えてあげられること。

そして、自分以外のものたちにも大切な存在がいて、同じような気持ちでいること。

だから、すべての動物たちも実はバリスやドリと同じ想いを共有できるはずなのです。

そのことをドリは忘れていたような気がしたのです。

バリスとの暮らしが重要なのじゃない。

本当はお互いの気持ちが通じ合い、尊重しあえることが大事なのだとドリは思い至ったのでした。

村里で暮らしたり、他のものと関わり合うのが怖い気持ちがドリの心にはいつもありました。

それは、集団から排除され、理解されない苦しみを味わい、傷ついた心がそのような気持ちにさせるのでした。

しかし、ドリは思いなおしたのです。

きっと、皆にも大事な存在がいる。

そのために生きている。

そのことを皆で理解し合えれば、きっと皆で仲良く暮らせるはずだと思うのでした。

ドリは心を決めました。

バリスが望むらなら、村里でもどこへでも共に行こう。

そして、皆ともう一度、調和して生きていこう。

ドリは、積み終わったお花や木の実を籠に入れ背負うとバリスを迎えるため家路へと急ぐのでした。

・・・続く

神様のドングリ- マモリギ その3 -へ続く


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5月病の霊障の貰い受けに気を付けましょう

ゴールデンウィークも終わりに近づいてきましたね。

この時期は本当にある意味でキツイ時期でもあります。

何がキツイのかというと、丁度、気が抜けたり、やる気がドーンと落ちたりすることが多くなってくるのがこの五月に見受けられる特徴だと思います。

俗にいう五月病にかかってしまう人が多くでる時期でもあるかと思います。

五月病の原因は連休による休みボケだとか、気候のせいだとか、いろんな説があるわけですが、実は、その背景には霊的障害が蠢いている場合があります。

本来、霊障というものは意識を向けない方が良いわけなので、このようなお話もなるべくならしない方が良いのかも知れませんが、実際に五月に入り調子を狂わせる人が多いのも現実です。

なので、ある程度、注意を喚起しておく必要もあるのかと思います。

知らなければ対策の取りようもないので、あえてお話することにしました。

とりわけ、五月は五月病にて精神的に追い詰められて、命を絶った自殺者霊なども蠢き始めます。

そんな時期に自分の霊波動がそれらの霊人と波長があってしまうと貰い受けしてしまうこともあるのです。

同じ霊波動に霊界共有が起こるからです。

あるいは、自分自身は明るく前向きな霊波動であっても、それを上回る暗く陰鬱な霊波動を持つ霊との交わりを持ってしまうとやはり影響を受けて、自分自身も落ち込んでしまうケースもあります。

また、行楽シーズンでもあるので、観光地に行かれた方も多いかと思います。

観光地にもまた様々な低次元層の霊が集まってくるところでもありますので、貰い受けしやすいといえます。

旅行の後、不調になるのも良くあることかと思います。

なので、この時期に心身が不調になったりしている場合は、守護霊にもよくお祈りして、一層の守護をお願いしておくことが肝要かも知れません。

私も去年の今くらいの時期に倒れて救急車で運ばれたことを覚えています。(汗)

今年はそうはならないようにしっかりと霊的な方面でも万全を期していきたいと思います。

皆さまが健やかに今月度も過ごされますことを願っています。


天心 拝


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【2014年5月度】神田明神への参拝

2014年5月度神田明神月参りをしてまいりました。

5月度はゴールデンウィーク中ということもあってか、境内はいつもより賑わっていました!

行楽シーズンということもあり、遠出をされている方もいると思いますが、ゆっくり神社の神域で神気に触れる時間を過ごすというのもありだと思います。(笑)

また、毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝

献灯


神田神社 献灯



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神様のドングリ- マモリギ -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- 岩窟の王者 その3 -からの続き。

岩窟の王者メフィスと狐のタイラーが対峙している頃、森では大掛かりな神様のドングリ探しが始まっていました。
あちこちの木々は倒され、地面は穴ぼこだらけです。

森の方々をあらかた探しつくしてしまった感があります。

動物たちが一か所に集まり、何か話し合っているようです。

そこには、神様のドングリを最初に探し始めた三匹の動物の中の兎の姿がありました。

兎を中心にして、動物たちが集まっています。

その動物たちの中には山猫のバリスの姿もありました。


・・・ ◇◆ マモリギ ◆◇ ・・・

兎は大きな声を張り上げて、集まっている動物たちに演説をしています。

さながら現場監督が労働者に激を飛ばしているかのようです。

「いいか、お前ら!皆で力を合わせれば、もっともっと神様のドングリを手入れれることができるはずだ」


兎は熱っぽく語っています。

それを少し疲れた表情で、どこかギラつきある眼差しで見つめる動物たち。

その中にはバリスの姿もありました。

「お前ら一人ひとりは非力だが、このように協力することで多くの成果を上げることができているのだ」


兎は自分の語らう言葉に酔うように続けます。

「そもそも、こうして協力しあえるのはメフィス様の威光があってのことだ!しかも、成果の高いものにはそれ相応の分け前もくださるとのことだ!なんと有難いご慈悲ではないか!」


兎は今にも泣いて見せそうなほど、自分に酔っていましたが、聴いている動物たちはどこかで冷めた表情を浮かべています。

そもそも、メフィスに逆らえるものなどいないのです。

どちらにせよ協力するしかないのです。

そして、どうせ従うしかないのであれば、できるだけ自分の分け前を増やしたいと思っている動物たちがほとんどなのでした。

しかし、表立って、それを口にするものはいません。

よく喋る兎の態度に辟易しながらも、その背後にいるメフィスに怯えて、とりあえず、我慢しているわけです。

そんな動物たちの中でもバリスだけは、兎にもメフィスにも関心は向いていませんでした。

頭にあるのは、ドリのことだけです。

変な別れ方をしてしまい、気になって仕方ありません。

急に飛びだして来てしまったことを帰ったら謝ろう。

そう思うバリスでありました。

それに神様のドングリを沢山、手に入れて暮らしが豊かになればドリの考えだって変わるかも知れない。

そんな風に考えたりもしました。

ともかく、今は神様のドングリを多く集めることだけを考えよう。

そう心に誓っていると兎が再び、大きな声を張り上げて語る声に意識を現実に戻されました。

どうやら兎の演説はクライマックスに差し掛かっているようです。

「いいか!よく聞くのだ!」


兎は殊更に声を張り上げて言います。

「もう、ここら一帯の森には神様のドングリはないように思われる。そこで…」


兎は言いながら、身体を回れ右させながら、遠くにそびえ立つマモリギの樹を指さしました。

「やはり、神様のドングリはマモリギの近辺と樹下に大量に埋蔵しているように思われる」


兎がマモリギの名を出すと今まで黙って聞いていた動物たちも表情を変え、中には青ざめた感じになるものもいて、少し騒然となってきました。

それを見た兎は、静まれ!と両手を広げて動物たちに激を飛ばします。

「お前らが不安になるのもわかる。確かにマモリギには手を出してはならない。これが昔からの言い伝えだ」


動物たちはなおも不審な表情を浮かべながら兎に視線を注いでいます。

「だが、それはただの迷信だ!今までだって災厄など起こったことはない。今こそ我々は古い慣習を脱却すべき時なのだ!」


再び、熱っぽく兎は弁を振るいます。

そんな中で動物たちの中の猿が一匹、手を挙げています。

「なんだ?何か意見でもあるのか?」


「あんちゃんの言うこともわかるけんど、それは今までマモリギに手を出してこなかったからじゃろ?」


猿が言いました。

「それは結果論に過ぎん。そもそも、マモリギに害が及ぶとき災厄があるという根拠はなんだ?古臭い言い伝えだけではないか!」


兎は迷信に流される動物たちを侮蔑するかのような顔をして言いました。

すると今度は猪が手を挙げています。

「お前さんの意見はようわかった。だが、マモリギはこの森においても一番の巨木じゃぞ?どうやってあの下を掘り起し探すんじゃ?ワシも腕っぷしには自信があるが、あの巨木をなぎ倒す自信はさすがにないぞい」


猪は眠たそうな声で兎に言いました。

兎はそれを聞くと少し不敵な笑みを浮かべました。

「なるほどな。確かにあの巨木を倒すのは難儀なことだな。だが、心配はいらない。考えがある」


兎が言うと、猪はポカンとした表情をして、ならば最早言うべきことはないというふうに動物たちの後ろに下がっていきました。

「ともかくだ。よく考えろ!恐ろしいのは、ありもしない災厄の言い伝えか、それとも岩窟の王者メフィス様に逆らうことか!」


兎がそう言い放つと動物たちはシンと静まり、どうやら自分たちには選択の余地はないのだと悟ったのでした。

バリスは、この話の流れを黙って聞いていました。

「このことをドリが知ったら何というだろうか…」


バリスはドリの悲しむ姿は見たくはありませんでしたが、他の動物たちと同様で、今は、この流れに逆らえることもできないことも感じていました。

ともかく、神様のドングリを手に入れよう。

そのことだけを考えるように努めるバリスなのでした。

・・・続く

神様のドングリ- マモリギ その2 -へ続く


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どこへ繋がるのか

三輪の神域


太古から連なる異界へ


大いなる鳥居がその入り口


考えないで感じてみよう



miwa_dai_tori.jpeg

遠巻きに見る 三輪山 大鳥居


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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