【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-


それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 道の道とすべきは ◇◆


【原文(書き下し)】

道の道とすべきは、常の道に非ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名あるは万物の母。
故に常に無欲にして持ってその妙を観、常に有欲にして以てその徼(きょう)を観る。
此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。
同じきをこれ玄(げん)と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。


【超意訳】

万物普遍の真理はコレ!と指し示せるようなものは、真理ではありません。
真理に名前を付けようとしても、うまく表現できないものです。
あえて名前を付けて呼んだとしても、ある時は「道」と呼ばれたり、ある時は「深淵」と呼ばれたりします。
つまりは、色んな名前で呼ばれたりするので、名前というもので真理を縛りつけること出来ません。
本来、真理とは、そういうつかみどころのないものであり、理屈で示せるようなものではないのです。
そして、全ての物事はそのつかみどころのないものから生まれてきたのです。
でも、人間には欲望があり、純粋性が失われてしまったので、そのつかみどころのないものが何であるのかわからなくなってしまったのです。


【超解説】

さて、のっけから難しい表現が並んでしまい、原文を読むと「何言ってんだ?」となってしまう可能性が大ですね。
【超意訳】で漢文・古典の先生が読んだらぶっ飛ばされそうなくらい、意訳していみました。
それでも、ちょっと分かりずらい部分もあるかも知れませんね。
要するにですね。私達は普段から平然と言葉を使い、物事に名前を付けてわかったような気になることが多いことを老子道徳経の中では指摘しているということです。
例えば、守護霊とか霊界とかスピリチュアルとか愛とか真心とか色々と言葉を使ってブログではお話を進めています。
しかし、本当は守護霊とはどんな存在?と言われても言葉で表したからと言って、それは正確に表現できているわけではありません。
本当に守護霊がどんな存在であるかを知りたければ、深く交流し味わうしかありません。
こう考えると守護霊という言葉は、あくまで記号に過ぎず、本質的な部分では何も表せないということです。
それは、ある人を指して、「あの人はどんな人?」と一言で聞かれても、言葉でその人を説明しきることは不可能なことと一緒です。
人ひとり取り上げてみても言葉でこうだと表せないものなのに、ましてや真理などをおいそれと言葉で表すことはできないということですね。
だから、私達は本当に真理を知りたいと願うならば言葉を追いかけてもそれは得られませんよという老子の警鐘なのかなと思います。



以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-からの続きになります。

簡単に前回のおさらいをしておきます。

老子は中国の諸子百家(しょしひゃっか)と呼ばれる思想家の一人であります。

しかし、その人物像などは謎のベールに包まれています。

というか、判然とした資料がなく、諸説入り乱れているといったところでしょうか。

老子道徳経にも、あまり老子に関するパーソナルな記述はなく、淡々と森羅万象の真理が語られているだけです。

老子の思想は荘子とともに老荘思想などと呼ばれることもあり、その思想を理解する上で、孔子の打ち立てた儒教を知ることが一つの近道であることも前回、お話させて頂きました。

そして、儒教の超簡単な説明もさせて頂きました。

こちらもおさらいしておくと、孔子が目指したのは、徳によって治められる社会秩序と徳を極めた聖人君子の育成でありました。

このことを踏まえておかないと老子の思想を捉えていくのは難しいと思われます。

では、儒教を踏まえた上で老子の思想を理解した時、その内容は一体、如何なるものであったのでしょうか。

老子も目指していたのは、孔子と同じように社会秩序と聖人君子の育成にあります。

「なんだ。同じではないか」

と思うかも知れませんが、目的は同じでもそのアプローチは全く真逆のものであるのです。

孔子の聖人君子へ至る道とは如何なるものかと言えば、簡単に言えば以下のようなプロセスにあります。

学問を積みながら、知識や知恵を吸収し、賢くなり、常に学び続けて努力を積みあがていけば、必ずいつの日か聖人君子になることが出来るというものです。

だから、常に学びなさい、知識を吸収し、知恵を磨きなさいと教えているわけです。

そして、社会秩序に関しては、為政者が聖人君子になり、民衆も目上の者を敬い、親に孝行をして、聖人君子のような為政者に付き従うことで実現しようとする考え方です。

これに対して、老子は、真向からアンチテーゼを示します。

簡単に言えば、「学問などやめるべし」という立場を取ったのです。

「えっ?何それ。学ぶことをやめてどうするの?なんか変じゃない?」

とこう思われるかも知れませんね。

確かに普通は「もっと勉強しろ!」とか「一生懸命に努力しなさい。そうすれば報われるから」と説くことが多いものです。

儒教の教えも、そういう意味では、学んで努力して立派な聖人君子になりなさいと説いたので、何となく私達の通常の認識に合致するものです。

こう考えると何だか老子はトンデモナイことを説いている思想家だと思われるかも知れませんね。

実際、老子をひも解くと、本当にトンデモナイことに聞えることを淡々と説いている部分が多々あります。

なので、単純に受け止めると老子の思想はナンセンスと映ることでしょう。

しかしながら、本当はそうではありません。

老子は、極めて真理に精通した思想家だったと私は思っています。

物事の本質を常に捉えて、世の欺瞞を丸裸にしているように感じます。

それ故に単純には受け止められない深さがあるのです。

私が【超略解シリーズ】を取り上げているのも、実はこのことに理由があります。

前置きが長くなりましたが、以上を踏まえた上で次回からは、老子の内容の解説に入っていきたいと思います。


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【超略解シリーズ】 老子 -序章-

こんにちは!

天心です。

今回より【超略解シリーズ】というのを始めたいと思います。

「また、変なシリーズを始めたよ。。」と眉を顰められてしまいそうですが、興味があればお付き合い頂ければと思います。

さて、【超略解シリーズ】とは何かといいますと、古典を中心に読んでおいて損はないと天心が思う書物をひも解きながら、超意訳、超解釈をしていき、スピリチュアル的な観点も加えてお話していくものです。

正直、どれだけの需要がある記事になるか分かりませんが、ボチボチやっていきたいと思っています。

その一発目として、老子道徳経を取り上げてみたいと思います。

老子の思想というのは荘子と一対になって老荘思想などと呼ばれることがあります。

かなり過激で極端に聴こえる思想部分もありますが、実は深くスピリチュアルに根差した思想でもあるのです。

ただ、それゆえに中々、理解しにくいことも多々あります。

原文や書き下し分、訳文を読んでみても良くわからない部分も多いだろうということで、私が咀嚼できる範囲で咀嚼し、なるべく簡略に超意訳を行い、さらにスピリチュアル的な考え方をするとどうなるのか考えてみるのも良いのではないかなと考えます。

ちなみに老子を超略解していくにあたり、やはりいきなり解説から入るととっつきにくいかなと思います。

なので、少し前提となる部分をお話してみたいと思います。

まず、老子という人なのですが、正直、歴史的にはハッキリとしたことはわかっていないようです。

様々な説もあるようですが、パーソナルな部分が見えてこない人物でもあります。

例えば、儒教の祖である孔子に纏わる書物で有名なのは論語ですが、論語には孔子を初め、その弟子たちが登場してきます。

孔子が弟子に教えを説いたり、弟子が孔子に質問を投げかけてそれに答えたりという形で、論語は記されています。
登場する孔子も弟子たちもそれぞれに個性もあり、何となくはその人物像を想像することが出来ます。

しかし、老子は、それが見えてこない。

ただ、淡々とこの世の森羅万象の真理がつらつらと述べられているのです。

ちょっと一風変わった書物だといえるでしょう。

では、老子という、人物が浮かび上がってこない書物を如何に理解していけば大事なことを学び取ることが出来るのでしょうか。

まず、抑えておいて欲しいのは、老子は主に儒教的な考え方のアンチテーゼになっているという点です。

なので、老子を理解するためには、儒教的な考え方も同時に知る必要があるということです。

儒教とは先ほども言いましたが、孔子が提唱した春秋戦国時代に生まれた思想の一つです。

ものすごく簡単に説明すると孔子が目指したのは、徳によって治められる社会秩序であり、徳を極めることで聖人と呼ばれるもっとも優れた人格を持つ存在になっていくことでありました。

春秋戦国時代というのは、血で血を洗うという表現がまさにフィットするほどの動乱の時代です。

一つの国家が生まれたかと思えば、あっさりと打ち壊されて、新しい為政者が生まれて国も一新されます。

しかも、国が亡ぶ時にはそこに関わる一族郎党全てが処刑されて、何一つ残りません。

そんな風にして新しく生まれた国も騙し合い、殺し合いを続けて、また、滅び、同じようにまた一新することの繰り返しです。

つまり、最早際限のない無秩序が続いていたということです。

この無秩序をどうにかして収拾を付けるために様々な考え方が世の中に現れてきました。

こうした様々な思想を掲げて現れた者たちをひとくくりに諸子百家(しょしひゃっか)と呼びます。

孔子も老子も諸子百家の中の一人だといえます。

思想のあり方は様々ではありますが、その目指すところは共通していて、動乱の時代にどう対応していくべきかなのです。

そして、孔子の提唱した儒教も無秩序を治めていくために国を治める君主が聖人になることが大事だと考えたわけです。

なので、孔子の思想は個人的な徳目を磨くことを提唱しながらも、その目標は平和にあったと思うのです。

こいったことも理解しつつ老子の超略解を進めていきたいと思います。

・・・続く


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エネルギー不足にご用心?

こんにちは!

天心です。

今日は朝から雨模様かと思いきや、日中になると晴れ渡り、ねっとりとした暑さに調子が狂いますね。

読者の皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私は、体調的には問題ないのですが、なぜだから、パワーが湧いてきません。。

具合が悪いわけでもなく、至って元気で健康なのです。

他の雑事は全く問題なくこなしています。

しかし、スピリチュアルに関することを行おうとするとパワーがでないのです。

今回の記事もパソコンに向かいつつも一向にキーボードを叩く気になれず、ずっと真っ白な新しく記事を書くページをボーっと眺めながら、どこかでフワーッと力が抜けていくのです。

またまた、霊障か?なんて思ったりもするのですが、そうでもないようです。

特に攻撃的なものは感じません。

こんなことをお話するとスピリチュアルに対してやる気がなくなったのか?と誤解を受けそうですが、そういうことではありません。

やる気は十二分にあるのです。

でも、いざ、ブログ記事を書こうとか取次鑑定を行おうとするとガス欠の車のように力が抜けるのですね。

なんでかな?と思っていたのですが、先ほど、守護霊様が原因を教えてくださいました。

一言で言うとエネルギー不足なのだそうです。

エネルギー不足だと言われて、最初は、疑問に思いました。

だって、普通に元気ですし、やる気もあるし、エネルギーは十分にあるように思われます。

なので不思議に思っていたのですが、守護霊曰く、エネルギーにも沢山の種類があるようなのです。

つまり、自分自身を動かすための根本的な原動力となるエネルギーとは別に様々な霊界ごとに感応するための霊的エネルギーが別にあるというのです。

なので、普通に精神的にも体力的にも元気でエネルギーに満ちていたとしても、ある特定のことに対しての必要不可欠なエネルギーが不足するとその分野、あるいはその分野の関連する霊界に関することが出来なくなることがあるようなのです。

私の場合はスピリチュアル的な活動をするためのエネルギーが不足しているということでした。

今までは、あまりエネルギーということについて詳細なことは意識してこなかったのですが、私達が行動する際には、どの分野でも無制限に活動することが出来るわけではないようです。

どんなに他のエネルギーが有り余っていても、特定分野に対するエネルギーが不足するとその分野での力が湧いてこないということがあるようです。

そこで、守護霊様にどうしたらエネルギー不足を解消できますか?と尋ねてみると以下の回答があったのです。


一服の茶

忙しない時に喫す

その境地にて

霊的息吹

受けるべし



ざっと、説明すると以下のようなことになります。

すごく忙しくて、色々とあって暇がない。

そんな時を狙って、わざわざ、一杯のお茶をすするような、ゆったりとした時間を持ちなさい。

そのような時間を作り、じっくりと高貴な息吹を受けること。

これが私にとってのエネルギー不足解消のポイントなのだそうです。

つまり、今までは、ガンガンと力技で自身を鼓舞して進めていくところがありましたが、それが原因でエネルギーが枯渇している状態になっているということなのです。

エネルギーを充填するためには、単に神域などに詣でて神気を頂くという程度ではダメだというのです。

忙しいという煩雑な気に自分の境地が揺らいだ状態で、何かをしてもエネルギー不足は解消できないのです。

あえて、色々と忙しくっても、追いまくられるように事案を抱えていたとしても、ゆったりとお茶をすするがごとき空間を作っていきなさいという今後の新たな課題が示されたということです。

私の個人的なことではありますが、皆様におかれましても、何かパワー不足を感じる際には、その分野の固有のエネルギーが不足してきているのかも知れませんよ。

P.S

このような記事をアップしましたが、私自身は全く問題はありません。

リカバリー方法も守護霊様から教えて頂きましたので、ご心配には及びません。

心配してくださる方が必ずいらっしゃるので、一応、心配ご無用ということでお伝えしておきます。


天心 拝


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自分で出来るパワースポットの見つけ方

こんにちは!

天心です。

秋は行楽シーズンでもありますから、これから天気の良い日には旅行などお出かけになる方も多いと思います。

スピリチュアルに関心の深い読者の皆様であれば、どうせ旅するならばパワーをもらえる場所を旅したいなと考える方も多いかと思います。

俗にいうパワースポットですね。

パワースポットというと、スピリチュアル系の本や雑誌などで沢山、紹介されていたりするので、そういったメディアを参考にする方もいらっしゃるかと思います。

特に最近では、神社、仏閣も宗教的なこととは無関係に参詣される方も増えてきていますね。

メディアで取り上げられるということは、それだけ影響もあるということで、今まで陽の目を浴びなかった場所も著名になり地域活性化につながるという良い点もあるのかも知れません。

ただ、それと同時に反作用として、あまりに人が詰めかけすぎて、神域などが穢れてしまっているケースもあるようです。

ある程度、知名度が上がれば訪問者が増えて、穢れも増大するのは致し方ないことでもあります。

しかし、それでも上限を超えて穢れが蓄積されるとやはりパワースポットと言えど、段々と穢れスポットへと変わってしまいます。

なので、必ずしも有名なパワースポットがエネルギーチャージに適しているとは限らないということです。

では、どうすれば、穢れの少ない、より純度の高いパワースポットを探すことが出来るのでしょうか。

この点について少しお話してみたいと思います。

パワースポットというとこのブログでもいくつか紹介しているように神社・仏閣などが最たるものとして認識されていますが、必ずしも神社・仏閣などだけがパワースポットというわけではありません。

実は、パワースポットというのは結構、まだ発見されていない、というよりも認識されていない場所が多々あるものでもあります。

なぜ、発見されていないのかというと、多くの人がパワースポットには分かりやすい目印があると思いこんでいるからでもあります。

例えば、神社の社殿や鳥居があれば、そこは何となくパワースポットかな?と気が付くことが出来ます。

景観の良い有名な山林などであれば、行き方も地名もハッキリしているので、そこを目指すことが出来ます。

なので、多くの人がパワースポットと名付けられた場所を目指すわけです。

しかしながら、そもそもパワースポットとはパワーが集積している場所ならばどこでもパワースポットであるといえるのです。

そこは必ずしも分かりやすい地名や目印となる社殿などの建物があるような場所とは限らないのです。

そうなるとほとんどの方は、目印がないパワースポットなど見つけようもないので、スルーしてしまうわけですね。

では、本題に入りますが、どうしたらその目印のないパワースポットを探し出し見つけることが出来るのでしょうか。

今回はそのポイントをお話してみたいと思います。

まず、大事な点は皆さんの霊感をしっかりと働かせるということにあります。

霊感というと何か特別なもののような印象を受けるかも知れませんが、そんなことはありません。

誰にでもあるものです。

しかし、いつもはあまり意識されない方が多いため、自分の霊感に気づかないのです。

パワースポットを探し出し見つけていくための霊感の研ぎ澄ませ方をご紹介するとまず、土地の霊気を意識するようにしてみて欲しいと思います。

またまた、土地の霊気なんていうと不可思議で特別なことのように思うかも知れませんが、そんなに難しく構えなくても良いです。

読者の皆様におかれましても、色んな場所に出かけることは多々あるかと思います。

そして、行った場所ごとにそれぞれ「印象」を持っていることかと思います。

「いや別に感じないけど」という方もいらっしゃるかも知れませんが、ここは感覚的なことに集中してみてください。

例えば、同じローカル線内でも一駅過ぎると大分、印象が違ったりする場合があるはずです。

あるいは、同じ駅でも北口と南口、あるいは西口と東口では全然、感じが違うということ経験したことは結構あるのではないでしょうか。

こういった、普段はそんな大して気にしていない感覚的な違いというものがあるということを少し強く意識してみて欲しいのです。

この違いというものが実際には土地の持つ霊気の違いになります。

これらの違いが意識出来るようになれば、後はパワースポットを見つけ出すのは単純です。

ともかく、色んな場所に出向いていき、自分が気持ち良く感じる場所、清々しさを感じる場所を見つけていけばよいのです。

その場所は、単なる道すがらの小さな場所かも知れませんし、公園のような場所かも知れません。

決して有名な場所ではないかも知れませんが、確実に自分自身にエネルギーを与えてくれるパワースポットであることは間違いないでしょう。

もちろん、これを行っていくためには自分自身が常に穢れを祓ってクリーンな状態で霊感が冴えるような状態にしておく必要はあります。

雑誌やメディアをひも解いてゆくパワースポットも良いのですが、こうして自分だけのパワースポットを見つけ出してみることも楽しいですし、穢れの少ない穴場的なパワースポットを発見する機会に巡り合える分、得るものも大きいのではないでしょうか。


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心に残った守護霊からのメッセージ37

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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順風にゆく道には思わぬ穴があり

隠れたる道を探す

そのためには

切磋琢磨

これのみ

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順風満帆に行くと嬉しいものではありますが、実際にはその途上に落とし穴があるものです。

それはどんな落とし穴かというと、本当はもっと素晴らしい道があるはずなのにそこに気づけなくなるというものです。

順風に進めているうちは中々、このことに気づけず、後になって、もっと別の道があることに気づくわけですね。

この落とし穴にはまらないためには、順風満帆な状態に胡坐をかかないことが肝要だということです。


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体外離脱と表層意識

こんにちは!

天心です。

今回は「体外離脱と表層意識」というテーマでお話してみたいと思います。

体外離脱(幽体離脱)という言葉はスピリチュアルの世界では良く知られたものではあります。

昔は一部の人だけが体験するとされる特別なものとして認識されていましたが、昨今では、この経験自体をされる方が増えてきたことで、特別という意識がなくなってきたように思います。

その顕著な例として、比較的知られたものをご紹介するならばヘミシングなどがあります。

実際、ヘミシングの技術や機器を利用して体外離脱を経験された方がその時の体験をレポートされている情報なども結構、世の中に広まってきているように思います。

体外離脱経験をすると、大きな共通点として、この世で大事にこだわってきたものに対する意識が大きく変わることが多いようで、最たるものは死というものの恐怖から解放されるなどがあるようです。

今までは死というものを概念的には理解をしている方は多くいました。

しかし、実感として、実体験として死を受け止める経験をすることは中々、難しいことでもありました。

頭では理解していても実感がない分、やはり不安と恐怖を覚えるわけです。

でも、体外離脱体験をすると、死んで向こう側にいくということがどんな感じなのかを理屈抜きで理解します。

すると、不安や恐怖に思っていた未知なるものに光が当たり不安や恐怖が和らぐということです。

このような体外離脱体験にはメリットなどもあることから、これからはスピリチュアルというものを超えて、科学的にも検証しようという方向へ向かいつつあるように思います。

それは、ある意味で良いことだと思います。

ただ、一つだけ懸念があるとすれば、体外離脱経験で得られた情報があの世すなわち霊界のすべてだと誤解されてしまう可能性があるということです。

体外離脱時というのは、実は意識カーソルは極めて現世次元に近いところに位置しています。

なので、体外離脱時に現世の自分の肉体を上から眺めたり、色々と移動して様々な景色が見えたりするのは、このことを現しています。

そして、その次にあるのが、現世ではないところの表層意識の部分が織りなす幽界の部分です。

幽界というのは、現世と霊界のはざかいにある位置といえますが、現世次元から霊界次元への移行時に現れる世界でもあります。

この段階でもガイドと呼ばれる存在と遭遇したり、亡くなった親族と思しき存在が現れたりします。

しかし、厳密にいうと幽界も霊界の一部ではあるといえますが、まだ先には、霊界が沢山、無数に層をなして存在しているということなのです。

神界というとさらに奥の次元になります。

ということで、実際には本当に奥深いものが広がっているもので、単純に体外離脱をしたからといって、全てを探索できるわけではないというのが実情なのです。

では、どうすれば霊界の奥の実相に辿りつくことが出来るのでしょうか。

それは、新しい霊界次元に感応してアクセスするということなのです。

体外離脱体験を通して感得出来るものは限界として自己の背後に持つ霊界だけです。

その霊界を探索して見つかるものは自己の持つモノだけだといえます。

なので、大抵は体外離脱体験後にたどり着く結論は、全ては自己に帰一するという発想であることが多いのです。

ハイヤーセルフやすべての現象の根源を自己に見出す発想というのは、自己の霊界を見つめているならばこそ、現れるものなのですね。

だから、自分以外の霊界については、分からずじまいになってしまいがちなのです。

では、どうすれば自分以外の霊界について知ることが出来るのか。

それは、謙虚に学んでいくしかありません。

色んな霊界と感応することで、その違いが理解出来てくるものです。

そして、その結果、自分の霊界もまた変化して広がり大きくなっていくものでもあります。

なので、単純に自己の経験のみに頼ることなく、広く学ぶことも大事だということですね。

この点を理解した上で、様々な世の中に現れる情報を咀嚼していくことがこれからは肝要なことなのかも知れません。


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【一日一言】2014.05.27~2014.06.30 過去ログ

こんにちは!

天心です。

昨年の12月21日より、アメーバなうの機能を利用して、短めのコメントを発信させて頂いております。


よろしければ、是非、アメーバなう、またはTwitterの天心のアカウントをフォローして頂ければと思います。

今回は2014年5月27日から2014年6月30日までの【一日一言】をまとめた過去ログをご紹介させて頂きます。

通常のブログ記事と違い、短いものではありますが、ポイントを絞った一つのものの見方、考え方などを提示させて頂いております。

読者の方の何かの参考になれば幸いです。


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【一日一言】本当に大事なことを知りたければ、自分で作り出した自我意識の檻からでなければ難しい。だが自我意識の番人は、それを必死で阻止するように動く。結局、成長とは自我意識との闘いなのかも知れません。

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【一日一言】試練とは試して練ること。自分がどこまで練ることができたか試すことを試練という。ならば試練とは自分の状態を知る上でとても有難い存在なのかも知れません。

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【一日一言】幸せに対するねじれを持っていると結論を急ぐ心が出て来ます。結論を急ぐとまず心がけるべきことから気持ちが離れるため益々、ねじれが深まることになります。急がば回れ!は真理なのです。

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【一日一言】幸せになりたいならば、幸せでないという自分を捨てないとなれない。幸せでない自分を捨てたならば、幸せに執着することをやめることになる。このことを突き詰めると、幸せになるためには幸せを求めないことということに行き着く。この一見奇怪な真理をねじれという。

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【一日一言】今日も魂の向上と豊かな一日を送ります。こう唱えて一日をスタートしましょう。そうすると今日はそのような日になってゆきます。

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【一日一言】今日も一日、幸せでした。このような言葉で締めくくるとその日に何があったとしても、幸せな一日として締めくくることができます。単純ですが、効果的です。

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【一日一言】当たり前と思い込んでいることをもう一度、冷静に見直してみよう。視野を狭めるのは、いつでもこの当たり前という意識にあります。人は当たり前のことはスルーするように出来ています。当たり前を無くすと見えないものが見えてくるのは、このためです。

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【一日一言】どっぷりとその世界に浸かれば他の世界は見えない。ならば幸せが満ちている世界にどっぷり浸かれば不幸は見えてこなくなる。世の中、不幸なことばかりと感じてしまうようになったら、幸せなことを見つけてどっぷりと浸かり込めば良いのです。

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【一日一言】未来の成長した自分が何を望むのか。これを考えてみると自我意識に囚われず夢を描くことが出来ます。自我意識に成長した自分を現在の自分だと勘違いさせることで、自我意識の保守願望の働きを発動させないわけです。また、自我意識の作りだす成長を伴わない願望からも自由になれます。

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【一日一言】人はいつかこの世を去ります。その時に今、こだわることを思い起こすか考えて見ると良いでしょう。大抵のことは大したことではないと気づくはずです。人は人生の大半を本質と異なることに費やします。今、こだわることが忌の際にも思う人生の本質に根差した生き方だと言えるでしょう。

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【一日一言】どんなものでも突き詰めて研究すると面白いものです。起こる出来事を単なる良い悪いで判断せず、客観的に研究すると智恵を磨くことができます。まさに如何なる時でも学ぶことが出来るということです。

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【一日一言】成長とは変化のポジティブな解釈です。しかし、変化にはネガティブな解釈もあります。だから人は変化を恐れます。成長することへの抵抗の原因の一つです。

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【一日一言】今日は何もできそうもない。そんな時は発想を転換して、徹底的に静観する日と決めるのも良いと思います。アクティブなだけが精進ではありません。精進にもいろんな在り方があるものです。

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【一日一言】幸せを感じる言霊を沢山使いましょう!自我意識の中の定義を変えていく一番簡単な方法です。そして、誰でも、いつでも出来る私達に平等に与えられた能力なのです。

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【一日一言】いつも涼しい顔して日々を過ごせるわけではありません。守護霊は時にその人の暗部に直面させるために様々な現象に遭遇させます。自分の涼しい顔が維持できない出来事に遭遇した時には、守護霊の愛のムチである可能性もあるということです。

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【一日一言】自分の在り方を考えればいつでも道は開ける。でも、他人の在り方ばかりが気になると主体的な道は閉じてしまうでしょう。

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【一日一言】言葉は人を励ましますが、同時に傷つけもします。言葉は想いを伝えますが、歪んで伝わることもあります。とても有難くとても厄介なものが言葉というものです。それでも、私達は言葉を紡ぐしかない。勇気を持って。

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【一日一言】スピリチュアルに関する公開質疑応答の質問を募集しています。詳しくは以下URL参照してみてくださいね。http://urx.nu/8Nn0

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【一日一言】第六弾の公開質疑応答の質問募集を開始しました。詳しくはブログ記事参照ください。

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【一日一言】ノウハウではなく、自分の在り方を正す。するとノウハウも願望も結果として手に入る。順を間違えるとうまくいかないものです。

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【一日一言】梅雨空に 願う心は ただ一つ 罪穢れをば ともにながして

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【一日一言】どろどろの濁りを濾過して、本来の自分に戻ろう。そういう時間を惜しまないことが、結果的に何時も以上のパフォーマンスに繋がります。急がば回れです。

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【一日一言】自分が何者であるかを決めてしまう前に自分の見えている視野を広げてみることが大事です。視野の広さによって、自分という存在の位置付けも変わってくるからです。より次元の高い自分であろうとするならば、より高い位置からの景色を見てみる必要があります。

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【一日一言】今日もまた一歩進もう。それ以外は考えない。余計なことは考えない。自我意識は思考を介してブレーキを踏む。

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【一日一言】悲劇の一幕に留まり続ければ、ずっと人生は悲劇のままです。辛い時こそ、次の舞台に向けて動くのが良いのです。霊界転換も「今はそれどころじゃない」と言いたくなる状況の時こそ、本気で取り組むべきなのです。

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【一日一言】ちょっとだけ何時もの自分と違う自分を演じてみる。すると今迄は見えなかった景色が見えてきます。まずは、物事に対するいつも通りの反応をやめてみることです。

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【一日一言】貫井神社の一角。水蛇龍のみ確認。(神域探訪覚書) http://p.twipple.jp/oje8Y

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【一日一言】何をするにも目的を忘れなければブレることはありません。では、私たちの生まれて来た目的はなんでしょう。思いだしてください。

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【一日一言】何をするにも目的を忘れなければブレることはありません。では、私たちの生まれて来た目的はなんでしょう。思いだしてください。

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【一日一言】さあ、今日はどれだけ脱皮して成長できるのか。自分との勝負です。

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【一日一言】一人の念は小さなものかも知れませんが、その念が多くの人な共鳴を呼び、念を同じくする時、霊界共有が起きるのです。霊界共有が起こると最早、それは小さな力ではありません。だからこそ、あなどらず、良い念を持つことが大事なのです。

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【一日一言】自分の限界を超える経験をする。これ以外に本当の意味での魂の向上はありません。無難な選択は、衰退を呼びます。お釈迦様も人並み以上の苦行の末、中道を悟られました。苦行に本質はありませんが、そこまで極めたからこそ、けれんみなく苦行を捨て中道に入ることが出来たのです。

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以上が一日一言の過去ログです。


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天心 拝


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幸魂は劣化する?

こんにちは!

天心です。

秋に入ってくるとどこか物思いにふけるようになって参りました。

おそらく秋という季節は人を内面に向けさせる霊波長を持っているのかと思います。

最近は良く子供の頃のことを思い出すようになりました。

子供の頃の思い出といっても大した出来事ではないのですが、そこに紐づいている情感、空気感のようなものも同時に蘇ってくるので、とても懐かしい感じがいたします。

人というのは、段々と歳を取ると肉体が衰えてくるものではありますが、実はそれ以外にもほっておくと衰えていくものがあります。

それは、幸魂の働きである感情なのです。

しかし、感情も歳とともに劣化していくことを意識する人は、あまりいません。

目に見えない部分は中々、気づきにくいということなのかも知れませんね。

ところで、感情にはどんな種類があると思いいますか?

ここで単純に喜怒哀楽の四つだと思ってしまうようだと少し感情の劣化を気にした方が良いかも知れません。

かくいう私も少し前までは、感情は喜怒哀楽の四つだと思っていました。

でも、よく考えるとそんなことは全然ないのです。

感情とはもっと複雑で多様なものであるはずなのです。

私は子供の頃の出来事を思い出すたびにその時の言葉で表現しきれない湧き上がる感情も味わいます。

決して、喜怒哀楽という言葉だけで割り切れない情感というものを一杯、受け止めて味わっていたのが子供時代であったわけです。

しかし、大人になってくると感情も大味となり、段々と単なる喜怒哀楽で分けれれてしまうほどに幸魂が劣化してしまうことが多いのです。

大人になると瑞々しい感情を受け止める機会がなくなってきます。

感情よりも論理と社会規範で動くことを多く求められるようになります。

そうなると段々と感情の繊細さは消えて、単純化されてきます。

合理性だけを追求するならば、感情は最早、ノイズでしかなくなります。

しかしながら、私達が霊性豊かな人間として生きて、魂の意志を表現していくためには、幸魂の働きは重要なものでもあります。

もちろん、魂の意志を表現していくためには、しっかりとした論理性や社会規範も必要な要素ではあります。

でも、それだけでは、いずれ殺伐としたまるで、ロボットが計画通りに動き機能して間違わないというようは味気ない世の中になっていくことでしょう。

幸魂の劣化をどう防いでいくのかということも今後の社会を生きる私達の課題としてあるのかも知れません。


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ドラえもんとのび太と守護霊の関係

こんにちは!

天心です。

最近、関東でまたまた、少し大きめの地震がありましたね。

震度五弱だったようで、津波などの心配はないというレベルでしたが、私のところは、割と大きく揺れました(汗)

3.11以降、緊急地震速報などの警報を聴くと余計に動揺するので、あまりテレビを付けなくなりました。

その結果、緊急地震速報で動揺することはなくなりましたが、予告なく大きな揺れに遭遇することになるので、そちらで動揺してしまいます。(苦笑)

そんなことは、どうでもよいのですが、最近、「STAND BY ME ドラえもん」という映画の予告編を目にしました。

本編は見ていませんが、ドラえもんのストーリーの中では世代を超えて人気と支持のある、俗にいうコミックス六巻の最後の章の物語をリニューアルして映画化したものであることは分かります。

あらすじとしては、ドラえもんがのび太を残して未来に帰ってしまうというお話です。

非常に感動作であるわけなんですが、このお話は世代を超えて人気があるようで、以前、渡部升一氏が著作の中で自分の孫との会話で、孫はドラえもんのコミックス六巻が一番お気に入りだというお話をしていました。

渡部升一氏も同じくコミックス六巻のお話が好きだとおっしゃられていました。

世代は違っても良いものを良いと感じるところには共通点があり、その共通点があれば、世代を超えて分かり合うことも出来るのではないかという趣旨のこともお話されていました。

さて、そのドラえもんなのですが、私も子供の頃は、良くドラえもんを読みふけっておりましたが、最近、この藤子不二雄F氏が残してくれた物語は非常に守護霊と人間の関係を投影しているなと感じることが多くなりました。

私自身、ダメダメな小学生時代を過ごしましたので、のび太というキャラクターもとても親和性があるのです。

本を読むと気が遠くなる、勉強は机に向かうと頭痛してくる、運動音痴で特技もあやとりと射撃と一瞬でどこでも寝ることが出来るという、およそ社会の役には立ちそうもないことしかないという、のび太というキャラクターは、完全に一致するわけではありませんが、どこか、自分を見せられているような気分にさせられたものです。

ドラえもんのマンガのストーリーは、映画版は別にして、大抵、毎回読み切りの単発ものが多いです。

そして、ある意味、お約束のようなストーリー展開なのです。

のび太が問題に直面する⇒ドラえもんに泣きついて何とかしてもらう⇒ドラえもんの秘密道具の登場⇒秘密道具を使ってのび太は問題を解決⇒しかし、新たな問題が勃発⇒のび太が調子に乗って秘密道具を乱用⇒収集がつかなくなりのび太に再び難儀が降りかかる

多少のストーリー展開の違いはありますが、概ねこの繰り返しが多いと思います。

つぶさにドラえもんのストーリーを分析しているとのび太というキャラクターは持前のポテンシャルも低そうな設定であるばかりでなく、性格、行動にも問題があることがわかってきます。

ドラえもんの秘密道具という便利なものを手にするとすぐに調子に乗ってしまうのです。

後は、常にドラえもんに依存的なところも問題です。

良く耳にする意見として「のび太はドラえもんがついているからズルい、羨ましい」というものがありますが、実際のところ、どんなに素晴らしいドラえもんという助っ人がいても、優れた秘密道具を手に入れたとしても、結局は、のび太自身に問題が多いので、いつも物語の最後は収集がつけられなくなりバッドエンドになってしまうのです。

要するにのび太に足りないのは、道具や環境ではないといえます。

いつもダメダメなのび太ですが、先ほどもお話したコミックス六巻のお話では、のび太は初めてジャイアントいう、運動神経や腕力では絶対勝てない相手に、勝利します。

ストーリーの中では、のび太は、ドラえもんの力を借りず、秘密道具も使っていません。

ただ、ドラえもんが未来に帰らなければならないのに自分が不甲斐ないから安心して帰れないという状況を何とかしようと立ち上がっただけなのです。

そこにあるのは、ドラえもんとの友情と義の心だけです。

未来から来た知識や知恵を持つドラえもんがついていても、優れた秘密道具を使っても、状況を打破することが出来なかった、のび太が初めて、自分の運命の流れを変えた瞬間のストーリーでもあるのですね。

このコミックス六巻のストーリー以外にも映画版などでは、のび太が純粋に活躍するお話が沢山あります。

そのどれもが根底にあるのは、のび太の友情や義や小さな自分のエゴを超えた時に、ドラえもんの知識も秘密道具もうまくマッチして状況が改善されるというストーリーなのです。

これを現世に生きる人間(=のび太)と守護霊(=ドラえもん)に置き換えると不思議と一致するのです。

どんなに強く優れた守護霊がついていたとしても、現世に生きる人間がダメダメの状態だとその力は活かされないということなのですね。

でも、のび太が友情や義の心で立ち上がる時、全てがかみ合い始めるのと同じように現世に生きる人間と守護霊の関係も、人間がエゴを乗り越えて利他的、主体的な境地に立つ時に調和し始めるといえるでしょう。

ドラえもんのストーリーについてもう少し言及しておくと、ドラえもん自身を送り込んだのは当初、のび太の孫にあたるセワシ君という男の子でありました。

セワシ君の生きる未来では、野比家は貧乏であまり良い暮らしをしていません。

その悲惨な野比家の状況を嘆いて、何とかしようと過去の因果を調査していて、その発端がのび太にあることを突き止めたのです。

このあたりも過去の因業を探り、処置していくスピリチュアル的な意味合いのメタファーを感じたりします。

野比家の悲惨な因縁を解くべく、霊層の低いのび太という祖先の救済を試みたわけです。

そして、結果として、のび太は、ジャイ子という全く自分の趣味に合わない伴侶をもらい、就職できず会社を設立して、その会社が火事になって全てを失うという悲惨な未来を変えることに成功します。

ドラえもんを読んだことがある人はお分かりだと思いますが、のび太はしずかちゃんと結婚して、将来は環境庁というお役所に勤める真面目な青年に成長し、幸せな家庭を築くように未来は修正されたわけです。

「なんだ、結局、ドラえもんがのび太の未来を変えたんじゃないか。やっぱりドラえもんがいるのはズルい」

と考えた人もいるかも知れませんが、私は違うと思うのですよね。

確かにのび太の未来が変わったのは、ドラえもんが来たことが切っ掛けであったことは間違いないと思います。

でも、おそらく、本質的な部分としての理由は、のび太が紆余曲折を経て成長したからこそ、未来が変わったのだと思うのです。

これはやはり人間と守護霊の関係と全く同じです。

どんなに立派な守護霊がついていてもその人が成長しない限り、何も変わらないということなのです。

ドラえもんが傍にいても、のび太が成長しなければ、繰り返されるバッドエンドの後にやはり、規定通りの未来が訪れていた可能性だってあったはずです。

ドラえもんのストーリーにはこのように沢山のスピリチュアル的なメタファーが込められているような気がしてなりません。

長々とお話してしまいましたが、私達もいかなる状況や能力的な隔たりを感じるような人生を歩んでいたとしても、心根を入れ替え、守護霊とうまく連携することが出来れば、輝かしい人生へとシフトしていくことは十分に可能ではないかと思う次第です。


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【守護霊問答】アイデアを得る方法は?

こんにちは!

天心です。

読者の皆様も毎日のお仕事やお勉強、それから家事やプライベートな様々な事柄にお忙しいことと思います。

どんなことをするにしても色んな考えをもって行動していることと思いますが、時として、その考えが煮詰まってしまうことがあるかと思います。

そんな時は新しいアイデアを求めたくなる心境になりますが、このアイデアというものは、中々、自分でコントロールできない部分があります。

アイデアというものは、どこか上の方から降りてくるというイメージがあります。

では、アイデアを積極的に求めて得る方法はないのでしょうか。

その点について守護霊問答でお伺いを立ててみましたので、ご紹介してみたいと思います。


天心:「今回はアイデアを得る方法についてお聞きしたいと思います」

守護霊:「物を知るべし。物を知らずして天啓もなし」

天心:「つまりは、知識や情報をまずは勉強しなさいということでしょうか?」

守護霊:「学、貧なれば即ち、叡智もなし」

天心:「なるほど。でも、色々、本を読んだり、人の話を聞いたりして勉強をして知識を付けてもそれだけでは、中々、アイデアが閃かないこともあります。」

守護霊:「頭、心をからりとす。歩みを進め手を動かす」

天心:「頭、心を空っぽにするという意味ですか?あとは行動をしろということでしょうか?」

守護霊:「学びたることを元としあらん限りの実践、実行」

天心:「学んだことを全部出し切るということですね!」

守護霊:「如何にも」

天心:「でも、それだけではアイデアに結び付くイメージが持てないのですが。。」

守護霊:「捨てに捨てゆく。何もかもすっかりと無くすれば、真の天啓は訪れるなり」

天心:「自分の中にある知恵とか知識を全て出し切った時にアイデアが浮かぶということでしょうか」

守護霊:「濁りあれば良く見えぬ。雑念を捨てきるために学びたること実践、実行し断ち切る」

天心:「ちょっと難しいです。どのような意味なのでしょうか。。」

守護霊:「天啓を得られぬとする者。すべからく学びたものを活かさず。眠らせ腐らせる。このような者に天啓はなし」

天心:「学んだことすら実行できない人には、アイデアを与えてもそれを活かせないということですね」

守護霊:「実践、実行なき者は、学びたことが全て濁りとなって心を曇らせておる。まずは、学びたことを実践、実行することで濁りを取るべし」

天心:「なるほど。学んだのにやってないこと、活かしていないことが沢山あるとそれは濁りになってしまうといことなのですね」

守護霊:「濁りを取るに今一つの法あり」

天心:「濁りを取るもう一つの方法とは何でしょう?」

守護霊:「益々に新しきを学ぶこと。新しき水を注げば古き濁り水も浮かびあがってくるもの」

天心:「最初に勉強しなさいとおっしゃられていたのは、新しき水を入れて古き濁りを浮かび上がらせるためなのですね」

守護霊:「学び実践し濁りは去りて、天啓は降る」

天心:「要約するととにかく徹底的に勉強しながらも、それを実践していくとその先に新しいアイデアが浮かび上がってくるということですね」

守護霊:「如何にも」

天心:「良く分かりました。ご回答ありがとうございました。」


以上が、【守護霊問答】になります。

少し、込み入った感じの問答になったので、簡単に要約すると、ともかくアイデアを生むもとになる知識や情報のインプットは重要な点であり、ただ、その重要な学びも実践を通じてきちんと消化していくことが大事だということです。

しかしながら、実践ばかりに目を言ってしまうと今度は知識や情報不足になってしまいます。

だから、川が流れるようによどみなく、インプットとアウトプットを行い、その流れがある一定の状態で極まった時、アイデアは降りてくるということのようです。

何かの参考になれば幸いです。


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スピリチュアル的な日々のレッスン

こんにちは!

天心です。

スピリチュアルという言葉も大分、市民権を得てきた昨今ではありますが、それでも、まだまだ誤解されていることも多いのがこのスピリチュアルというものの実体であるかと思います。

スピリチュアルという言葉を聴くとどうしても何か特別なことを指しているように聞こえてしまう場合も多いかと思います。

しかし、スピリチュアルとは本当はごく身近で私達の日々の中でも知らず知らずに影響を与えられている事柄でもあります。

普段はあまり意識しないけれど、実はそこにスピリチュアル的な意味合いがあることなどは沢山あります。

なので、決して特別なことではないのです。

また、スピリチュアルな世界を実感する上でどのようなトレーニングを行えばよいのかという疑問を持つ方も多いようですが、これも特別なことはありません。

日々の中で霊性を高めていくトレーニングをしていくだけです。

トレーニングというとこれまた特別な修行のようなものを思い浮かべるかも知れませんが、そうではありません。

しかし、中々、スピリチュアルを特別視する観念から抜け出るのは理屈だけでは難しいとも思います。

そこで、今回は日々行えるスピリチュアルレッスンを少しご紹介してみたいと思います。

まず、一つ目のレッスンは「気」を受け止めるというトレーニングです。

気を受け止めるというトレーニングは、スピリチュアル的な世界を実感していくためいは、重要なことでもあります。

但し、最初に断わっておくと特別なことをしろというつもりはありません。

あくまで日々の生活の中で実践できることが大事になります。

それでは、気を受け止めるトレーニングを日々の生活の中で行っていくためにはどのような心構えでいればよいのでしょうか。

それは、「人を思いやる」ということです。

「なんだそれは!?それのどこがスピリチュアル的なレッスンだというのだ!」

と思われるかも知れませんが、とても重要なレッスンの一つです。

そもそも人を思いやるとは単に優しくするとか、額面通りのあり方で親切にすれば良いということではありません。

その人の置かれている環境、状況、心理状態、様々なものを読み取って、初めて本当の意味で「人を思いやる」ことが出来るのです。

そうでない思いやりは、単なる親切のお仕着せであったり、自己満足でしかありません。

人を思いやるためには、相当に気を使わなければ出来ませんし、気を回し、相手の気を読むことをしていかなければ難しいのです。

でも、その難しいことを日々、行っていくことで、気を受け止める能力が高まっていくことがなるのですね。

スピリチュアルというものは目に見えざる世界を相手にしていきます。

目に見える形に囚われて、本質を見つめていけない人には、決して理解できないものでもあります。

だから、スピリチュアルを理解したいと思うならば、どれだけ理屈を学んでも大きな意味はないのです。

理屈を超えて実践し体感していくことでしか本当の意味では理解できないものでもあります。

その理屈を超えて目に見えないものを捉えていくためには、目に見えない人の発する気をきちんと受け止めていくことが大事なのですね。

しかし、ここで誤解を受けやすいのが、「気」と聞いて「気功法」「瞑想」などをすればよいと思ってしまう場合があります。

確かに、気功法は「気」をつかむ方法としては良いと思いますし、瞑想することで「気」に敏感になる場合もあります。

でも、そこには大切なポイントが抜け落ちています。

それは、愛と真心なんですね。

いくら、「気」が受け止められるようになっても、どんな「気」を引き寄せるのかは、その人の意識の法則にしたがいます。

単に「気」だけ受け止められれば良いと考えているとそこに霊格を兼ね備えた次元の高いところから発せられる「気」を受け止められることは出来なくなってしまいます。

だからこそ、「人を思いやる」という何でもないような日々、誰でもどこでも実践可能な方法を推奨しているわけです。

スピリチュアル的な日々のレッスンとは本当は特別なことでもなく、難しいことでもないのです。

でも、この簡単なレッスンを日々続けていくのは、中々、難しいことではありますし、終わりのないレッスンだともいえます。

しかし、私達が霊性豊かな存在として進化していくためには、日々、心がける必要があることなのかと思います。


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魂の旅路(魂魄生成編2)

こんにちは!

天心です。

今回は霊的覚醒がどのように進んでいくのかをお話してみたいと思います。

ここで言う霊的覚醒とは、簡単に定義しておくと霊的存在としての自己の実感、あるいは現世次元から霊界次元への意識カーソルのシフトがどの程度、柔軟に行われるようになっているかということです。

霊的覚醒というと特別なイメージを持たれる方もいらっしゃるかも知れませんが、全く特別なことではなく、日常的に色んな方に起こっていることなのです。

しかし、実際にはそれに気づいていなかったり、現世次元に強く意識カーソルをからめとられている人にとっては、霊的覚醒が起こっている人が傍にいてもそのことが理解できない場合も多いといえます。

霊的覚醒は本来は個々に起こるものではありますが、ある時点で多くの人が同時に意識カーソルのシフトを経験し、社会構造そのものが革新されてしまうという現象が起こる場合もあるようです。

それは一部ではアセンションという言葉で表現されているものの実体なのですが、多少、歪んで伝わっているもの、部分的に伝わっているもの、単なる終末思想のような形で伝わっているもの、色々あるので、混乱しないようにした方が良いかも知れません。

いずれにせよ、私はあまりこの言葉は使いませんし、混乱を起こさせることも本意ではないので、詳しくは触れていません。

ただ、今回は霊的覚醒のレベルの進化度合についてお話することを決めた都合上、全く触れないわけにもいかないので、少しだけ言及した次第です。

さて、話題を今回の記事のテーマに戻します。

霊的覚醒なんですが、私達は生まれたときは限りなく霊界に近い意識カーソルをもっていることが多いです。

新生児の頃の記憶を明瞭に持っている人は少ないと思いますが、それは、私達の意識カーソルがどちらかというと現世よりも霊界に移行しているからだといえます。

しかし、新生児から段々と成長してくると意識カーソルはドンドン、現世に近づいてきています。

乳児から童子へと成長するとかなり意識カーソルは現世よりになり、個人差はありますが、霊界とのつながりである霊線は細く、薄くなっていきます。

それでも、童子の頃は、よく見えない友達と遊んだり、交流したりすることが多くみられる時期であることからも分かるように大人に比べると霊的に敏感な年頃だといえます。

童子から少年へ成長し始めると最早、霊界への繋がりは限りなく閉じられた状態になることが多いです。

もちろん、これも個人差はありますが、より現世次元へ意識カーソルが固定化されてくることに起因します。

なぜ、このように成長するたびに霊界とのつながりが希薄化していくのかと言えば、それは、現世次元を作りだすために発生している荒い霊波動に触れるからです。

もう少し具体的に言うと現世的なものの見方、考え方、情報、常識などを沢山インプットされるからだということです。

つまり、私達はこの世に生まれて、この世の在り様を学べば学ぶほど霊界とのつながりが希薄化していくということです。

これは、霊界のみの存在から霊界を背景に持ちつつ現世に生きる人間になっていくためには必要なことでもあります。

一時的には霊界とのつながりを断絶化されてしまうようなことになるのですが、新しい「自分」という存在になるためには必要不可欠なプロセスだといえるでしょう。

私達は生まれて成長するたびに霊界とのつながりが閉じられてくるとするならば、一体、いつ霊的覚醒が起こってくるのでしょうか。

私達は沢山のことを現世にて学びます。

社会のこと、人との関わり、経済のこと、歴史のこと、科学のこと、現世にあるありとあらゆる事柄を吸収していくと、最終的にターニングポイントが現れてきます。

それは、いろんな形で表れてくるのですが、良くあるパターンといては「行き詰りの壁」という形で現れることが多いのです。

人は行き詰まることで、初めてこの世の在り様だけでは超えられない壁があることを悟るのです。

ここから霊的覚醒が起こってくることが多いのです。

今までは表面的なことしか見ていなかった状態であったのが、自分の内面や霊性に目を向け始めるのです。

なので、行き詰まることは、大事な大事な霊的覚醒の最初の転換点であるといえるのです。

・・・続く


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【緊急速報】北海道・東北関東などを中心に大雨

こんにちは!

天心です。

本日から北海道、東北関東を中心に大雨が降っています。

昨今の天候状況の発展傾向からみると大きな災害へ繋がる可能性が高いといえます。

まだ、現時点での状況ではハッキリと大きな人的被害が確認されているわけではありませんが、被害の拡大を最小限度になりますことをお祈りさせて頂きたいと思います。

もし、お時間がある方、お心が向く方があれば、一緒に御祈願をして頂ければ幸いです。

情報源として、ニュースサイトのリンクを張っておきます。

☆北海道石狩・空知・胆振地方に大雨特別警報
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6130826

それから、お祈りの方法について、どうしたらよいかわからないという方のために以前、ご紹介した過去記事のリンクを張っておきます。

ご参考にしてください。


【救済の祈願】皆様へのお願い(九州・東海地方の大雨)


上記のリンクにてご紹介しているお祈りの内容などの具体的な部分は今回の大雨に関するものに変更してご使用ください。


以上、宜しくお願い致します。


天心 拝


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スピリチュアルにおける霊波動チェック

こんにちは!

天心です。

少し前まで微かに聴こえていた蝉の鳴き声も最近では、鈴虫の鳴き声が聴こえるように変わってきました。

自然界のオーケストラも蝉のパートから鈴虫のパートに曲の章が移り変わってきた模様です。(笑)

すっかり秋らしい雰囲気があたりを包んでいて、過ごしやすい落ち着いた日々が流れていますね。

私も少し前までは自分自身の毒抜きに苦しんでいたのですが、現在は少し落ち着いて参りました。

毒抜きの具体的な内容はFGSの会のメルマガの「よもやまコラム」でお話する予定なので、今回は割愛します。

さて、読者の皆様も夏場は非常にキツイ思いをされた方も多かったのではないでしょうか。

猛暑日が続いたこともその一因ではあると思いますが、それ以外にもスピリチュアル的な意味合いにおいて、色々と穢れが浮かび上がってくる時期でもあったのです。

お盆回りというのは、どうしても浮霊が起きやすいのですが、そのことに気づくと気づかないとに関わらず、体調やメンタル的な不調に陥る方が多いのも夏場の時期なのですね。

不思議なもので、7月、8月の頃は本当に方々から不調を訴える声が耳に届いてきていました。

でも、当人は単なる体調不良だと思っているわけなのですが、実際には浮霊が原因である場合が多いのです。

そんな浮霊が起こりやすい時期を超えてようやく落ち着く時期に入って参りましたが事は、少しだけホッといたしますね。

ただ、夏場が過ぎたとしてもやはり、霊波動が下がってきたり、マイナス的な要因に引っ張られるということは時期、季節に関わらず日常的に起こりえることです。

しかし、中々、自分の霊波動が下がってきていることを自覚することが難しい場合があります。

そこで、今回は簡単に自分の霊波動の状態をチェックする方法をご紹介してみたいと思います。

これを行うと簡単ではありますが、霊波動の状態がプラスかマイナスかを図ることが出来ます。

それでは早速、やり方をお話してみたいと思います。

1.鏡の前に立ちます。大きな鏡である必要はありませんが、顔が映るくらいの大きさが良いです。

2.パッと鏡に自分の顔を映します。その瞬間、自分の顔がどんな顔をしているか確認します。

3.どこか暗かったり、疲れた顔をしていたり、こわばっている場合は霊波動がマイナス状態にある傾向があります。

4.特にいつも通りで何の変哲も感じない、顔が笑っている、生き生きしている場合は問題はありません。

5.次に今日一日の予定について想いを巡らせてみてください。

6.どんな感情が胸の内に起こって来るか検証してみましょう。

7.めんどくさい、嫌だな、気分が悪くなるような感情の場合は霊波動がマイナス状態にある傾向があります。

8.わくわく感、充実感、良い意味での緊張感が沸き起こる場合はプラスの状態にあるといえるでしょう。



以上が簡単な霊波動チェック方法です。

霊波動の状態を内面だけ見つめているとわからないことも多々あります。

しかし、こうして何かの物理的な事柄と接触した時に起こる感覚、感情、そこに現れる態度などを検証していくと霊波動の状態が見えてくることがあります。

あくまで参考程度に活用して頂ければと思います。


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守護霊が見える人と見えない人の違い

こんにちは!

天心です。

先日は中秋の名月の日でしたが、あいにくの雨模様であまり良く拝めていません。

でも、雲の向こうには煌々と輝くお月様が優しく光を放っていると想像すると不思議と月のエネルギー感じます。

物理的には雲があったとしても、私たちはいつでも霊的にはどんなものとも繋がることが出来るものです。

現世の中で培われた先入観や固定観念が広大な霊界の在り様を固定的にしてしまうもので、どんな人でも本当は霊界感応は出来るものなのですね。

読者の皆様は中秋の名月、拝めましたか?

見逃した方も大丈夫です。

物理的には見ていなくても、いつだって想いを馳せれば霊界においては月と感応することは出来るのです。

ちょっと取り留めもない話をしてしまいましたね。(汗)

今回は、良くご質問として挙がってくるもので、「守護霊を見ることが出来ません」という内容に対して一つの回答となることをお話してみたいと思います。

守護霊とは霊界の存在であるわけですから、当然、肉眼で見えるわけではありません。

人によって表現は異なりますが、霊眼、心眼ともいうべきもので見えるわけです。

このようなことをお話すると必ず出てくるのが「守護霊が見える人と見えない人の違い」についての疑問です。

何故に守護霊が見える人と見えない人がいるのか。

当然の疑問だといえますね。

大概、ここで安易に結論づけようとすると才覚や能力の違い、特別な人間には見えて、普通の人間には見えないという結果に行き着いてしまうのです。

しかし、それは本来的には間違っています。

守護霊は本当は誰にでも見ることは可能であるし、見えることが特別な才能だというわけではありません。

おそらく、平安時代を含むそれ以前の時代の人々は結構、見えている人もいたのではないかと私は推察しています。

なぜ、平安時代なのかというと、このあたりの時代には御霊信仰(ごりょうしんこう)と言って、恨みの念を持つ人の生霊や不毛の死を頂いた人の祟りの霊などを鎮めるために祀り上げる風習などが非常に浸透していました。

実際にそういった霊に襲われたり、目撃した人が多かったりしたようです。

言い伝えなどもこの時代あたりからのものが多いように思います。

科学技術の万能感にさらされている現代を生きる人から見れば、単なる迷信であるか、この時代の人が嘘をついているように考えるかも知れませんね。

でも、それにしても霊的な現象や存在と遭遇したという内容のお話がこの時代には多いように思います。

私が思うにこの時代の人たちの多くの人は霊を見ていたはずです。

守護霊という呼び名はこの時代にはなかったかも知れませんが、少なくとも色んな霊界の存在を目の当たりにしていたからこそ、御霊信仰が隆盛したのではないでしょうか。

でも、私たちの生きる平成の時代はどうでしょうか。

霊を見た!などと言えば、少数派として差別的な扱いを受けるか、それならまだよい方で、最悪、頭がおかしいというレッテルを張られてしまいかねません。

そんな状態ですから、私たち現代人は無意識のうちに霊界の存在を否定するように仕向けられているのです。

霊なんて見えてはいけない。

見えてはいけないと思う無意識の働きが霊眼、心眼を封じているといえます。

私たちは本当はあらゆるものが見えている状態で生まれてきているはずなのですが、その時代を取り巻く状況に応じて、見えるものと見えない(あるいは見なくてもいいもの、そう判断されるもの)を切り分けて、不要と断じたものを封印してしまいます。

なぜならば、自分の生きている時代の状況に対して不適切な働きをする能力は混乱のもとになるからです。

そのため、科学技術の万能感にさらされている現代では、霊に感応する力や霊を見る能力が著しく退化しているといえるでしょう。

科学技術があれば霊界などは存在する必要はない(あるいは存在そのものがない)と無意識が思い込んでしまっているともいえます。

しかし、ここで疑問が生じますね。

現代において霊を見る人が減少してきた理由は説明できていますが、霊が見える人が未だに残っている理由がまだ判然としませんね。

科学技術の万能感にさらされつつもなぜ、霊が見える人が残っているのでしょうか。

それは、簡単です。

現代の科学技術に対する万能感は幻想に過ぎないからです。

幻想に過ぎないことを無意識のうちに察知している人は、さらなる真実の姿を見ようと能力の封印を外し始めます。

封印が外れると今までは見えなかったものが見えてきたりするのですね。

そして、これからはどんどん科学技術の万能感は失われてくる傾向にあります。

何でも科学的に正しければ、全て解決できるということが幻想であることに気づく人が多くなってくると思われます。

そうなると何が起こるのでしょうか。

おそらくは、無意識に封印されていた霊性の覚醒が起こってくるのではないかと推察されます。

今は守護霊が見える人、見えない人という違いが気になるかも知れませんが、時代の状況が変わってくる時、この違いは最早、あまり気にならなくなってくることになるのかも知れません。


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神様のドングリ- 予言の兆し その3 -

はじめて読む方は神様のどんぐり- はじまり -からお読みください。

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神様のドングリ- 予言の兆し その2 -からの続き。

マモリギから世界の終りが近づいていることを告げられるタイラー。

しかし、どうしても、マモリギが語る話をにわかには受け入れることが出来ません。

マモリギはテルメアの実が不足すると力を出すことが出来ず世界の調和を維持できないというのです。

そして、そのテルメアの実とはタイラーが神様のドングリと偽った、あの黄色く腐食したこの実であることを告げられて、またもやタイラーは自分自身の犯した罪を突きつけられるような気持ちになるのでした。

・・・ ◇◆ 予言の兆し その3 ◆◇ ・・・

タイラーはマモリギからテルメアの実の正体が神様のドングリであることを告げられて固まってしまいました。

こんなところでも、また、その名を聴くことになるとは思いもよらなかったのです。

マモリギの言い分によれば、神様のドングリことテルメアの実が失われた時にマモリギの力が失われて、世界の調和が崩れ去る時だということになります。

・・そうなれば、やはり、それも自分のせいなのか?

と予想以上の問題の発展に頭を抱えるタイラーなのでした。


タイラーよ

お前が神様のドングリと名付けたテルメアの実を取り戻しなさい

猶予はあまりありません

わたしにはもう大地を支え続けるだけの力が残されていません

急ぐのです


マモリギの声に再び我に返ったタイラーは、マモリギを見返して言いました。

「もう遅いさ。神様のドングリはメフィスが動物どもを牛耳って今頃、取りつくしているはずだ」


タイラーよ

諦めるのはまだ早い

多くの動物により奪われたテルメアの実は

多くの動物たちの手助けにより取り戻せばよいのです


マモリギは今度は優しくタイラーに語り掛けます。

「無理だって!森の動物どもは俺の言うことなんて聞きやしないさ。それに・・」

タイラーは吐き捨てるように言いながら、最後に何かを言いかけて、言葉を濁しました。

タイラーは、ずっと孤独で生きてきました。

天涯孤独です。

生まれたときから両親はおらず、仲間もいません。

だから、独りで生きるために知恵を磨き、誰に対しても屈しない姿勢を貫いてきたのです。

そのため、他の動物たちに協力を仰ぐとか、お願いするということが苦手でありました。

どうにも素直になれないのです。

素直になるということは、タイラーにとって自分を弱くさせ、遂には敗北を意味しています。

でも、心の中ではそんな風に感じてしまう自分が嫌いでした。

孤独でいることでしか自分の安寧を得られない。

なのに心の奥はいつもそんな自分の状況に騒めいているのです。

タイラーは自分の心と向き合うのが嫌でした。いえ、怖かったのです。

それを見透かしたようにマモリギはまた、語り掛けてきます。


タイラーよ

孤独な狐よ

お前は本当は孤独であることが辛いのだろう

今こそお前の孤独を解き放つ時です


タイラーはマモリギの言葉を聴いて、再び、胸中に自分の過去の記憶がよみがえって来るのがわかりました。

辛く寒い冬のこと、一人ぼっちで歩きさまよったこと。

いつも見る暗闇の中で自分だけが取り残されてしまう恐怖の夢。

タイラーの心にマモリギの言葉は入ってきません。

孤独が辛い・・?

マモリギの言葉はタイラーの矜持を傷つけていました。

孤独なんかに負けたくない。

タイラーはいつもそうやって虚勢を張って生きてきたのです。

それを否定されたら、自分のわずかな寄って立つところを失ってしまう。

そんな不安定な気持ちになったのです。

「お前なんかに・・・」

タイラーは呟くように言い放つとマモリギをにらんで言い放ちました。

「お前なんかに俺の何がわかる!」

その声は怒りと哀しみがないまぜになったように震えていました。

「世界の終わり?知ったことか!!こんな世界は滅んじゃえばいいさ」

タイラーは言い捨てると鬱蒼とする森の中へと逃げ込むように走っていってしまいました。

マモリギは、そのタイラーの後姿を遠巻きに眺めるように光り輝いていましたが、最早、何も言葉を発することはありませんでした。

そして、マモリギは一晩の奇跡を終えたかのように光っていた輝きは灯を落とし、いつもの物言わぬマモリギへと戻っていったのでした。


・・・続く


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人知れずに咲く

今日どれだけ頑張れたのかは


自分の心だけが知っていればいい


人生にどんな種を植えるのかは


自分で決めたらいい


残した足跡に


どんな花が咲くのかは


天に任せたらいい


実った果実は


後の人の生きる糧になればいい


何が正しいかではなくて


魂が何を望むのか


それに従って歩みを進めるのがいい


そして、最後は


人知れずに咲き


人知れずに散っていくのがいい


誰の目も気にせず


魂の意志に準じて


ただ進んでいけたらいいのにね


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【時事ネタ】デング熱、大丈夫なの?

久方ぶりに時事ネタについてお話してみたいと思います。

今回の時事ネタはこちら!


★デング熱、大丈夫なの? =70年ぶり国内で感染確認―ニュースを探るQ&A
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6129754



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発熱などの症状があり、重症化することもあるデング熱の国内感染が約70年ぶりに確認され、感染が広がっている。東京・代々木公園でウイルスを持った蚊が増殖したとみられ、厚生労働省が注意を呼び掛けている。(時事通信)
[記事全文]

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記事にあるように東京・代々木公園でてテング熱のウィルスを持った蚊が発生している模様です。

まだ、捕獲した蚊からはウィルスは検知されていないようですが、テング熱発症者は皆、代々木公園で蚊に刺されていたという状況証拠から、代々木公園は一斉い蚊の駆除作業が始まっているようです。

東京にお住まいの方はご存知の方も多いと思いますが、代々木公園は、都心であるにも関わらず広大な敷地内を誇る公園です。

多くの人が憩いの場として、利用しているので、まだまだ、感染しているけれど発覚していない方も多くいるような気がしますね(汗)

テング熱は、元々は、海外渡航されて、その土地で感染し国内に持ち込まれるケースがほとんどであったようですが、今回は発症者は皆、共通して海外渡航歴がない方ばかりです。

これは、何を示しているのかと言えば、本来は、テング熱のウィルスを持つ蚊は、亜熱帯性の地域にしかいないはずなのです。

しかし、今回のケースを鑑みると国内で繁殖するはずのないぃウィルスを持った蚊が発生しているということになります。

つまり、日本が亜熱帯化しつつあるという証左なのかも知れません。

地球温暖化と言われて月日が流れてきましたが、最近の異常な気候、天候などを鑑みると、日本の元来の持つ環境性が失われて、新しい問題が発生してくることを予見させます。

その一つが今回のテング熱騒動に表れているような気がいたします。

ということは、今後は日本では問題にならなかったことも気を付けていかないとならなくなるということです。

とりわけ、今、気になっているのはエボラ出血熱などが未だに猛威を振るい解決のめどが見えていない状況が続ていることです。

エボラは日本で流行することはありませんでしたが、こちらも、亜熱帯地域で流行するウィルスです。

ということは、亜熱帯化しつつある日本も今後、こういった強度の毒性を持つウィルスの危機にもさらされてくる可能性があるということです。

結局、なぜ、こんな状況になっているのかと元を正せば、自然環境を破壊しすぎて、地球が限界地に近づきつつあるということが言えるのかも知れません。

人間は生きていくためには多少なりとも自然を破壊する行為をしなければならない時はあります。

しかし、その限度を超えれば、そのリバウンドがやってきます。

スピリチュアリティを考える上でも自然との調和というテーマは重要な要素を持ってきています。

私たちは自然を超克することは出来ません。

なぜならば、私たちも自然の一部だからです。

全体としての自然環境が壊れていけば、私たちを支えている土壌も崩れてしまいます。

だからこそ、節度が必要なのですが、現状の社会体制を続けていく限りは、この自然環境の破壊を止めることは難しいようにも思います。

しかしながら、本当に今の状況が深刻であることに気づき、強く現状を変えてゆかねばならないという高い志を持つ人が増えてくれば、必ず変わっていくものではないかな?とも思っています。

なので、やはり、最後は私たちの心根のあり方にかかっているといえるのかも知れません。



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【2014年9月度】神田明神への参拝

2014年9月度神田明神月参りをしてまいりました。

9月の朔日より何となく秋らしい気候になって参りました。

しっとりと小雨の降る中、月参りをさせて頂きました。

神社参拝と言えば、晴天の中で参詣することが多かったのですが、今回は、潤いのある水気のみなぎる時期における実施となりまして、大変、趣がある参拝となりました。

FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せを祈念させて頂きました。

また、毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。

さて、ここまではいつも通りのご報告ですが、実は今回の参拝で新たに神田明神に纏わる秘密が開示されて参りました。

ずっと以前から謎であった平将門公に関する霊界事情です。

この件に関しては、ブログでは公開は出来ないので、また、改めてFGSの会の会報メルマガなどで機会を設けたいと思います。


天心 拝

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神田神社 石獅子



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プロフィール

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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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