再び成田山新勝寺の参拝(その2)

再び成田山新勝寺の参拝からの続きになります。

本堂にたどり着き荘厳な不動明王様のお姿を拝しつつお祈りをしているとメッセージを頂くことが出来ました。


国難にありては

その志を問う

己が情よりも

ただ民の行く末を想う

誠の君子あらば

力添えをする

吾は伽藍にあらず

像にもあらず

山林にありて

鎮まりたる龍王

結集(けつじゅう)したるものなり

龍玉極まりて悟る

悟りて今は明王の姿にて導くものなり

仏旨(ぶっし)を越えて

難儀を越え行く

道と技

誠の力を示すなり

よく知りて祈るべし



若干、長めのメッセージではありますが、少しだけ解説をすると以下のような趣旨になります。

この新勝寺に鎮座する不動明王様は、リーダーや指導者といった中心的な立場に立つ人たちを導こうとされているようです。

元々は日本のトップに立つような人、皇室の方とか首相とか政治経済、様々な影響力を持つような立場にあるリーダー的な人たちを導いているそうです。

そして、不動明王様にお導き頂ける条件としては、自分のことよりも国家とか大きな枠組みやそこに暮らす民のためにという義理堅い気質を持っていることがあるそうです。

単にお祈りしたからといってお働き頂けるわけではないようです。

とはいえ、全く手助けを頂けないということではなく、元々、新勝寺の霊場には、様々な霊的な眷属神もいらっしゃるようなので、そちらの方々が力添えをしてくださることはあります。

しかし、本当に本気で新勝寺にまします大日大聖不動明王様が動かれる場合には、そのくらいの志がないと難しいということみたいです。

また、仏像とかお寺の建物を有難がってもあまり意味がないそうです。

不動明王様は、仏像やお寺に鎮まっているわけではないとのことでした。

もちろん、これも先ほどと同じように仏像やお寺が全く無意味ということではありません。

それなりに依代としての意義がありますし、私たちにとっては、敬虔な気持ちを彷彿させるための道具立てにはなっているわけです。

あくまで本質的な意味において、形そのものを有難がるなということです。

そして、ここからが重要な秘密が開示されているのですが、こちらの不動明王様はやはりただの仏様ということではないようです。

元々は自然に存在していた龍王という霊格、霊覚の高い龍神が複数合一して、さらに霊格、霊覚が深まり、結果として明王様のお姿となり現れているということのようです。

なので、他のいわゆる不動明王様とは霊的背景が異なるということですね。

以上が簡単なメッセージの解説になります。

私も今回の参拝で知らされた内容も多いので、驚いています。

自分に参詣するだけの資格があるのか怪しいなと考えながらも、資格はなくとも少しでも新勝寺の不動明王様の良い気に触れさせて頂きたいという思いから、色々と許される範囲で探索させて頂くことにしました。

前回、訪れた時には、あまり敷地内をめぐることが出来なかったので、今回は出来る限り廻らせて頂きました。

その前に折角、参拝させて頂いたので護摩木を書かせて頂きました。

正直、寒かったので手がかじかんで上手く字が書けません(>_<)

ということで、字が汚いのはご勘弁を(←言い訳)

naritasan_sinsyouji_gomaki.jpg

護摩木を書き終えて、敷地内を散策していますと愛染明王様のお堂がありました。

naritasan_sinsyouji_aizenmyouou.jpg

寺院としての案内によれば、縁結びのご利益があるのだとか。
霊的な背景としてどうなのかは、わかりませんが、ご挨拶はさせて頂きまして、さらに散策が続きます。

新勝寺の敷地内には、成田山公園という山林があることを発見!
メッセージの中にも「山林にありて」という文言があったので、俄然、関心をそそられます。

naritasan_sinsyouji_kouen_funsui.jpg

果たしてこの成田山公園には一体、何があるのでしょうか。

どんな(霊的)出会いが待っているのでしょうか。

再び成田山新勝寺の参拝(その3)に続きます。


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再び成田山新勝寺の参拝

昨年の年の瀬(2014.12)頃に再びの成田山新勝寺の参拝をさせて頂きました!

ご報告が年明け後の現在になってしまいましたが、レポートしてみたいと思います。

成田山新勝寺は、2011年に参拝して以降、ご無沙汰をしていたので、実に三年ぶりくらいの参拝になりました。

丁度、3.11の東日本大震災が発生する前くらいのことで、思えば、あの出来事が一つの狼煙となり、FGSの会やブログ記事のアップなどの活動が活発になっていきました。

成田山新勝寺にまします不動明王様はひときわ大きく高い次元から働かれるところがあるようで、大きな動きがある時にその御膝元にお呼ばれする傾向があるような気がします。

そういうわけで、今回も少し緊張感を伴った参拝になりました。

京成成田駅を降りるとピリリとした緊張感を感じます。

丁度、寒さの厳しさが増していた時期でもあったので、余計にそう感じたのかも知れません。

道なりに新勝寺へ向かう途上、成田山薬師堂に立ち寄らせて頂きました。

naritasan_yakusidou_kanban.jpg

naritasan_yakusidou.jpg
薬師堂

軽くご挨拶をすますと再び、新勝寺への道を急ぎます。

中々、坂が急な道なので、自然と足早になりまして、様々な老舗っぽいお店の立ち並ぶ通りを抜けていくと新勝寺の山門へたどり着きました。

naritasan_sinsyouji_kanban.jpg

やっぱり大きいです。新勝寺。

仰ぎ見るような感じになり、何だかお寺全体の敷地内が不動明王様のお腹のあたりに抱かれているようなそんな感じがします。

兎に角、大きくどっしりと構えた感じがありますね。

不動明王様をお祀りする仏閣はほかにもありますが、ここの不動明王様は、とりわけ大きな志と自分を越えた大義に生きられるように働かれるようで、個人的なことももちろん受け止めてくださいますが、もっと広い範囲、大きな規模で動かれるようなのです。

ですから、個人の願いについても、ちまちました願いではなく、激変を余儀なくされるようなことが起こってくる可能性があるわけです。

山門を通り、階段を上ると本堂が見えてまいりました。

naritasan_sinsyouji_hondou.jpg
本堂

この時は、年明け前ではありましたが、すでに初詣に対する準備は万全といった感じに本堂がなっていますね。(笑)

本堂の中は広く、真ん中には大日大聖不動明王様の像が祀られています。

本堂の中は写真撮影はできませんので、お見せできませんが、不動尊の圧倒的な力強さを感じました。

ただ、目をつむり手を合わせるだけで、押し返されるような力を感じます。

そこで、メッセージも頂くことが出来ましたが、記事が長くなりましたので、それは次回にてお話させて頂こうと思います。

再び成田山新勝寺の参拝(その2)へ続く。


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心に残った守護霊からのメッセージ41

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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姿勢を正せ

全てはそこに現れておるぞ

暗い顔して俯き加減

胸を張り

自らの姿勢に心いたせよ

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ちょっと疲れて暗くなっているときに諌められた内容ですね。

疲れたり暗くなっているとついつい姿勢も悪くなります。

たかが姿勢のことと思ってしまいがちですが、姿勢にすべてが現れてくると守護霊様は警告していますね。

姿勢を正すというちょっとしたことで、自分自身の心のありようも正されていくことに気付かされたメッセージでもありました。


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【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-


それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 天は長く地は久し ◇◆


【原文(書き下し)】

天は長く地は久し。
天地の能(よ)く長く且つ久しき所以の者は、其の自らを生ぜらるを以て、故に能く長生す。
是(ここ)を以て聖人は、其の身を後にして而(しか)も身は先んじ、其の身を外にして而も身は存す。
其の無私なるを以てに非ずや、故に能く其の私(し)を成す。


【超意訳】

天はどこまでも広がり物事を包み込み、大地は決して途切れることはない。
天地というのもは、何も恣意的に働かないからこそ永遠の無限のエネルギーを生み出し続けていけるのだ。
聖人はこの真理をわきまえているから、天地を見習い、自ら先んじようと画策しない。その結果、天地のエネルギーの後押しを得ていつの間にか先んじている。
自分を蚊帳の外において、中心に入り自己を主張したりはしないのに、いつの間にか自らが中心となり和が出来ていく。
聖人は自分が自分がと自己を主張することがないからこそ、天地と一体であり、だからこそ、結果として自然な形で自己を実現している。


【超解説】

天地、すなわち私たちの生きる森羅万象、宇宙とういうものは、どこまでも限りないものですよね。
そして、いつ終わるともない活動をずっと続けているわけです。
でも、人間の作るものは不完全なのでいつか壊れてしまうものです。
人類の歴史をひも解けば、勃興、衰退の繰り返しです。
天地は無限なのになぜ人は不完全なのでしょうか。
この問いに老子は、「私」という概念で答えています。
人間にはあって、天地にはないもの。
それが「私」という概念なのですね。
これは、自分という言葉にも置き換えることが出来るかも知れませんね。
自分という認識が自我を生み、自我という枠組みが無限のエネルギーを有限の存在にしていると老子は考えていたようです。
だから、人がもし天地のように無限のエネルギーを受け入れたいと願うならば、この「私」という枠組みを無くすしかないと老子は考えています。
とはいえ、人は中々、「私」というものを手放すことが出来ません。
人が人として生まれた以上は、「私」という認識を守ろうと誰でも思います。
だから、誰よりも優秀であることをアピールして「私」という存在の価値を高めようとしたり、競争に打ち勝って「私」というものが先んじて利を得ようとするわけです。
人の集団の中で常に自分が中心になりたいと願ったりして、自己を主張したりもします。
このことからわかるように人は「私」を手放しつらい構造を持っているといえるでしょう。
しかし、老子は、これに対して、提言しています。
それは、「私」を守り実現したいならば、「私」を捨てなさいという提言です。
「何を言っているの?私を守りたいのに私を捨てろって矛盾してるではないか?」
このように思うかも知れませんが、老子の提言の根拠は天地の働きにあります。
究極的な「私」を守り、自己実現をしたいと思うならば、天地のありようを体現した人になる他ないと老子は考えました。
天地が誰からも壊されることなく、天地が天地で居続けるその理由は、ことさらな自己主張をしないからだと老子はいうわけです。
ならば、本当の意味で「私」を守り、誰よりも先んじ、いつでも物事、人の中心にありたいと願うならば、天地を見習う必要があるだろうといのが老子の言いたかったことではないかと思います。
一見矛盾しているように見えて、実は物事の真理は思惑とは反対側にあることを示唆している文脈です。




以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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2015年からの方向性・体制について

こんにちは!

天心です。

長らくお待たせしてしまいましたが、2015年からの方向性・体制についてということでお知らせいたします。

結論から言いますと体制という意味では、現状体制を維持して、随時、問題、課題が見つかり次第、対応、改定をしていくスタイルになります。

ということは、体制としては、昨年と同様になり、つまりは2013年から定まった体制が維持されるということになります。

一応、その時の記事URLは、以下になりますので、ご参照頂ければと思います。

http://syugorei.blog24.fc2.com/blog-entry-527.html

さて、体制としては、変更はありませんが、少しずつ状況は変わってきているものであもありますので、その都度、改変はしていきます。

今年度から現在、変わっている内容といえば、取次鑑定の条件を一部変更しました。

具体的には鑑定種別の天命・過去世調査の条件を2015年から変更させて頂きました。

昨年まで適用していた初回無償鑑定を行っていた天命・過去世調査(第一段階:天命調査)はなくなりまして、ご寄付の下限設定をさせて頂きました。

条件については、守護霊アドバイスなどの取次鑑定とのバランスを考えて調整させて頂きました。

また、元々、天命調査に関しては、様々な守護霊からの指摘などもありまして、随分前から改変すべきというメッセージを受け取ってもいました。

しかし、中々、条件のハードルを上げることに抵抗もあり、現在まで先延ばしにしていたのです。

結果、今年もその点を突っ込まれて、よくよく交流する中で「やはり改変すべきだろう」という結論に至ったので、改変する事に致しました。

何故、改変を決心したかといいますと、やはり己の天命について向き合うためには、それ相応の重みづけを自らに課さなければ本当の意味では向き合えないということがわかってきたからです。

初回のみとは言えば、何の重みづけもなく天命を知っても、やはり自分の心の深いところにはコミットできないものでもあります。

なので、ある程度、条件を課してもそれを乗り越えて、向き合おうという気持ちがある方のみ天命・過去世調査の取次鑑定は行うということになりました。

色々と人により思うところはあるかも知れませんが、色々、長い時間を経て考えて吟味して葛藤して決めた方針ですので、ご理解、ご了承頂ければと願います。

また、遠隔浄霊に関しても条件体系を変更することを考えています。

変更というよりは、今まで公にしていなかった(しっかりとページで説明できていなかった)メニューをわかりやすく改変するという感じになります。

まだ、メニュー自体の作成が出来ていないのですが、完成次第、アップしていきたいと思います。

簡単に概略だけ述べておくと、本人浄霊、代理浄霊、先祖供養としての浄霊、個別の先祖供養としての浄霊、他、あまり現状のページでは説明出来ていないものを補っていきたいと考えています。

もし、浄霊にご興味があり、説明が必要な場合は、メニューが出来るまでは、お問い合わせ頂ければ、回答をさせて頂いております。

また、FGSの会としての方向性は別途、メンバー向けのメルマガでお知らせできればと思っています。

以上、当面の2015年の方向性・体制ということで、お話をさせて頂きました。

今後もお付き合い頂ければ幸いです。


天心 拝


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取次鑑定のご感想 Part10

守護霊アドバイス、天命・過去世調査、遠隔浄霊などの取次鑑定のフィードバック、ご感想などを日々いただいております。

なかなか、ご紹介できないものも多い中(プライバシーに関する部分も多いので)、いただいたものから、ご紹介可能なものを少し発表してみたいと思います。

今回は遠隔浄霊のフィードバックを集めてみました。


☆遠隔浄霊


~~~~~~~~~

・・前略・・*1

申込した当時は

・4年くらい前に五十肩を左右の腕合わせて2年半くらい患っていましたが、その後はめまいや頭痛、疲労感が抜けないことが多くなりました。
・何故か意味もなく急に悲しい気持ちになったり怒りが湧いてきたりすることがあります。
・急に過去のイヤな出来事を思い出して思考がそちらに引きずり込まれることが多いです。
・最近は悪夢とまではいきませんが、寝起きが悪くなるような夢をみることが多いです。
・それと、これは習慣的なことかもしれませんが朝の目覚めが非常に悪くなかなか起れません。

上記のような気になるところがありましたので経過をみてまいりましたが、浄霊以後は体調もよくなり、めまいや頭痛も治まり通常の生活が送れるようになりました。
そしてとにかく一番強烈だった怒りの感情と直結していた憎しみの感情。

これが自分の中で以前のように怒りを感じるたびに湧くことがなくなったことの喜びはとても大きいです。
また感情に引き込まれることはあまりなくなりましたし、気持ちの切り替えもすぐにできるようになりました。

おかげ様で、ちょっとした問題があっても長く感情移入することがなく(いい意味であまり執着しなくなりました)建設的に物事を考え判断することがやりやすくなりました。

・・中略・・*1

浄霊を受ける前は生きづらささえ感じる時も多々あったのですが、今はこうして前向きに生きていこうと思う気持ちを持てることにとても喜びを感じています。

今回遠隔浄霊を受けて、霊線からの影響の大きさや作用がこういうものなのか!と、とても驚きました。このような体験をしたことは初めてです。

とてもいい勉強になりました。本当にありがとうございました。

・・後略・・*1

40代 女性


~~~~~~~~~

天心様。

母親の遠隔浄霊をして頂きまして、本当に有り難うございました。
母親は右目の視力が弱い為、自動車免許の取得を諦めたと、何回も残念そうに話していましたので、不憫に思っていました。

今からは免許は難しいですが、原因と思われる祖先霊をお救い頂き、母親の目も楽になるかもしれません。
○○*1もいたのですね。

全く想像出来ないことでした。
遠隔浄霊の申し込みをさせて頂いてからなのですが、夜に部屋にいると、胸に不快な違和感があり、息が少しし辛い状態が、連日続いていました。

心臓か肺が悪くなったのかと、気になっていました。
今は全くその症状はありません。

さきほど、風呂に入っている時、何故か○○○神社のことが浮かび、天心様のブログに書かれていた○○○神社の神様について、想い出していたところです。

風呂から上がって、このメールを読ませて頂いて、びっくりしています。
母親の健康について、不安があまりなくなりました。

天心様に御縁を頂いたお蔭をもちまして、こうして私も家族もお救い頂いております。
この度も、大変な浄霊のお取次をして下さいまして、誠に有り難うございました!

これからも、宜しくお願い申し上げます。


40代 男性


~~~~~~~~~

天心様

母と弟の浄霊本当にありがとうございました。
母には○○系の霊物、中年男性の不成仏霊が弟には祟りの霊団がついていたとのこと。

霊たちの怒りや苦しみ、恨みや悲しみが聞こえてくるようで、こちらも重苦しくなりました。
母や弟はなんらかの霊障の影響を受けていただろうな、と思います。

霊体を癒し、救済し、あるべき霊界へと送り届けていただいたとのこと。
本当にありがとうございます。


40代 女性

~~~~~~~~~

報告内容を読んで驚きと共に今までの自分の人生が納得できました。

私は今まで「武士」は自分の前世か?もしくは指導霊の方かも?と思うくらい何か感じるものがあり、きっと何かの係りがあるのだろうと思っていました。

そしてこの武士の方がいたという下部霊界、その現実版?みたいな世界こそ私が今まで生きていた世界だった、そう思うと今までの苦しみの理由がとても納得ができました。

そんな状況の中でもこうして無事に生きてこられたことは守護霊様のお陰だと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

また「左腕」というのも不思議なことに子供のころ鉄棒から落ちて左腕が曲げ伸びすることが出来なくなってしまったことがあったのですが、整形外科に行ってレントゲンをとっても異常がなく治療の施しもできずに困った両親がどこかの整体場を見つけてくれてそこで治療したことがありました。

五十肩も左腕から始まり完治まで3年半ほどかかりました。

それらのこともその関わりがあったことなのでしょう。
そして私自身、自己探求をしていく中で自分に対して思い悩んでいたことは人への強い恨みの思いでした。

何でこんなことで?と思うような出来事や過去の悔しい思いを思い出したりするだけで「子々孫々まで恨んでやる!」そんな思いを自然と思ってしまう自分がとても不浄な存在に思えて仕方なく生きていることがとても辛かったのですが、それは本来の自分ではなく背後の影響であったこと、また真っ黒なオーラが自身の中にあることがとても気になっていたのですが、それもその影響だったことを知ることができ、お陰様でとても心が楽になりました。

過去に私は「祖先の因縁を断ち切る役目がある」と何故かふと思ったことがあったのですが、今から考えてみればそれはきっと守護霊様からのメッセージだったのかもしれませんね。

そう思うと、過去の辛い人生から自己探求への道へ進み、今こうして天心様とご縁をいただき霊人の方々を救っていただいたこのプロセスはとても大きな学びであったことを深く感じ入りました。

でも天心様がおっしゃる通り肝心なのはこれからだと思います。
今まで身についてしまっていた心根を変えていく努力、それはこれからの私自身の人生を幸豊かにしていくためにもしていかなければいけないことだと思います。

・・中略・・*1

天心様、この度私の祖先から代々つながっていた霊人様たちを救済していただきありがとうございました。
またそのお導きをくださいました守護霊様に心から感謝をお伝えしたいと思います。

天心様、時節がら天気も気温も安定しない日々が続いていますのでどうぞお体に気をつけてくださいませ。
また今後のご活躍を心から応援しています。

40代 女性

~~~~~~~~~


*1 天心註釈:プライバシーに関わる具体的な内容部分であったり、長めのご感想であるため省略いたしました。


他にも沢山のフィードバックをいただいておりますが、今後、折を見て発表できればと思います。


また、過去にご紹介したフィードバックをご覧になりたい場合は、「【一覧】取次鑑定・遠隔浄霊フィードバック」をご参照ください。



天心 拝


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生まれ変わりたいですか?(その2)

生まれ変わりたいですか?からの続きになります。


「人生は変えることはできない。変えることができるのは汝自身なり」

守護霊からの教唆に衝撃を受けつつ、その真意を咀嚼するとそれは、人生という外部要因を変えようとする努力は報われないというものでありました。

変えることが出来るのは自分自身だけだという守護霊のメッセージを受けて自然と思いいたるのは、「自分自身を変えるためにはどうすればよいのか?」というテーマでもあったわけです。

自分が変われば全てが変わる。

そう信じて、少しずつ自分を変えるための努力を探究するようになりました。

しかし、早々にして壁にぶつかってしまいます。

生まれ変わりたいですか?の記事の冒頭部分でもお話しましたが、自分を変えるというのは中々、難しいものです。

一生懸命に自分を変えよう自分を変えよう。

もっと素晴らしい、理想の自分の姿に生まれ変わろうと頑張っても、その努力が報われないのです。

どうしてだろう?と本当に途方に暮れていたのを覚えています。

この頃の私は、ある重要なことに全く気付いていませんでした。

その重要な点に気付けないからこそ私の自分を変える努力は殆ど水泡に帰していたといっても過言ではありません。

それは一体、何であったのでしょうか。


◇◇ 自分とは何か ◇◇


理想の自分に変わりたい。

このように思う方は多いと思います。

特に人生に様々な禍根を残してきた場合は、より一層、この思いが強くなることが多いでしょう。

順風満帆な人生を歩んでいれば、あえて自分自身を否定するような考えに行き着くことはありません。

「別に自分を否定しているわけではない」

という反論もあるかも知れませんが、実際のところ自分自身を変えたいという願望は、その裏側に自分自身の否定が隠れているものでもあります。

今の自分が気に入らないという認識があればこそ、自分を変えたくなるわけです。

さて、少し話を元に戻して、自分を変えるために必要となる重要な気づきについてお話します。

それは、「自分とは何か」を知ることです。

自分を変えたい、自分を変えたいと念じているだけでは、自分を変えられるものではありません。

なぜならば、変えたいと願っている対象である自分とは一体、何であるのかが分からなければ、何をどう変えていけばよいのかもわかりません。

だからこそ、まずは、「自分とは何か」を知ることが大事なのです。

自分とは何かという問いを実際に考えてみると非常に回答することが難しいということがわかります。

「え?自分は自分でしょ??」

と思われるかも知れませんが、その「自分」というものが何かをハッキリと明示することは難しいものです。

自分とは何か。

私たちには肉体があり、顔や姿に特徴を持った存在であるわけですが、これら肉体を指して自分であると考える人もいるかも知れません。

しかし、肉体というものは常に変化していきます。

年を取れば段々と体つきは変わってきます。

誰しも生まれたばかりの時はシワシワで小さなお猿さんのような肉体です。

月日とともに身体が大きくなり、顔つきも体つきも変わってきたはずです。

では、ここで質問です。

一体、どの顔つき、どの体つきの時が本当の自分なのでしょうか。

「いやいや、どんな体つきの時でも自分は自分でしょ?」

きっとこう考えることでしょう。

このことは、肉体が自分自身を指しているわけではないということを表しています。

もし、肉体が自分自身を指しているものであるならば、成長して自分の顔つきや体つきが変わってしまった時点で、「これは自分ではない」と認識してしまうはずです。

しかしながら、顔が変わっても体つきが変わっても、私たちは自分は自分であると確信しています。

決して、自分が誰だかわからなくなったりはしないのです。

では、改めて考えると自分とは一体何であるのでしょうか。

それは、哲学者であるデカルトの言葉に、「我思う故に我あり」とあるように、自分は自分であると確信している主体が自分なのです。

この自分は自分であると確信している主体がある限り、体つきがどうであれ、顔つきがどうであれ、自分という存在は不滅であるといえます。

別の言い方をすれば、自分とは○○であると確信している状態であるといえるのかも知れません。

自分というものが、自分とは何かという定義を確信している存在であるとするならば、自分を変えるためには、自分の中の「自分とは何か」という問いに対する確信を持った回答を変えていく他はないということです。

自分の肉体的な何かを変えたとしても自分は変わりません。

自分の周囲の環境を変えたとしても自分を変えることはできないのです。

自分が変わるためには、自分とは何かを定義しているものを変える必要があるということです。

この自分とは何かを定義しているもののことを自我意識と呼びます。

自我意識の存在を突き止めることで初めて、自分を変えるための根本に気付くことが出来るといえるでしょう。

・・・続く

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【2015年1月度】神田明神への参拝

2015年1月度神田明神月参りをしてまいりました。

何とか松の内に間に合うように連休中に年の初めのご挨拶をすることが出来ました。

とはいえ、流石に江戸総鎮守の神田神社です。

松の内ギリギリでも初詣の参詣客が賑わいあまりゆっくりと落ち着いてお祈りする状況ではありませんでした。(苦笑)

kanda_2015_torii.jpeg

なので、今回はご挨拶程度にとどめ、再度、時間を作り今月中に再び参拝をしたいと考えています。

境内に足を進めると太鼓の音が聞こえてきます。

法被を着た子供が太鼓を叩いています。

kanda_2015_taiko.jpeg

そんなわけで、神田神社の神域は、普段よりひときわ賑やかでもあります。

本殿の前までは行列が出来ていて、近づくためにはしばしの時間がかかりました。

そんなわけで、FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せのゆっくりとした祈念は、また改めて仕切り直しで参拝の時にさせて頂きます。

また、これも毎度のことですが、取次鑑定などで頂いたご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

FGSの会メンバー、並びに読者の方々も今年も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝

kanda_2015_honden.jpeg
神田神社 拝殿 大黒天、戎天



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心に残った守護霊からのメッセージ40

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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未完であること

極めれば

廃れるなり

常に未完であれ

どこまでも伸び行く

魂とはそうあるものである

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完全であろうとするよりも、少し至らないくらいが良いそうです。

少し至らない部分があるから、よりそれを糧に頑張れるということを守護霊様がおっしゃられていたことがあります。

また、完全ではなく、自由に右に左に揺れることができる予備しろがあればこそ、物事に柔軟に対応できるという守護霊様からのお諭しでもあるようです。


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2015年の初詣

こんにちは!

天心です。

年明け後、今日は初七日ですね。

古来からの風習によれば、七草粥を頂く日ですね。

御粥に入れる七草は地方によっても異なるようですが、一般的にはセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七種類を使って作ります。

なぜ七草粥を食べるのかといえば、正月の祝い事で呑み過ぎた胃腸を休めるため、一年の無病息災を祈念した儀礼としてなどの説があるようです。

さて、今年の方向性についてですが、まだ、ハッキリとは定まっていません。

とはいえ、方向性が決まるまで、ブログ更新をしないのもご心配をおかけしそうなので、まずは、今年の元旦に詣でた箱根神社参拝についてお話してみたいと思います。

昨年の元旦は神田神社に初詣をさせて頂きましたが、今年は箱根神社です。

もちろん、月参りをさせて頂いている神田神社にも松の内に詣でたいと思っています。

元々、実は箱根神社にも月参りをしているのですが、特に正月の時期には、欠かさず詣でることにしています。

神田神社とはまた違った神域で、私にとっても非常に重要な場所でもあります。

そんなわけで、あしげく参詣するようにしているのです。

昨年の年末から元旦にかけて日本列島が寒波に覆われると天気予報でも報じていたので、山奥にある箱根神社への参拝が難しいのではないかと危ぶんでいましたが、ご加護もあり無事、初詣をすることが出来ました。

東海道本線にゆられ小田原へ到着。そこから箱根登山バスで揺られること約1時間、すがすがしい自然の気と年明け後の改まった一陽来復を感じさせる陽気の生じる時のかすかな気を感じさせる箱根神社にたどり着きました。

hakone2015.jpg

箱根神社は芦ノ湖の傍にある神域であり、山奥ではありますが、元旦ということもあり、結構な人数の参詣客がいらしておりました。

大きな鳥居をくぐると既に感覚は異界を思わせる気に包まれます。

一歩一歩、進むと手水舎にたどり着きます。

矢立の杉と呼ばれる立派なご神木があり、その前には、本殿へと続く階段の入り口を示す鳥居があります。

手水舎で手口を清めた後、軽く、ご神木にかかる龍神様にご挨拶をして、それから目の前の鳥居を仰ぎみながら一礼。

それから静かに踏みしめるように階段を上っていきました。

神社参拝というと本殿や拝殿の前で御祈願することだけが目的だと思われるかも知れませんが、こうして向かっていく最中にも神霊との対話は続いています。

私が箱根神社を詣でる時は、最初の大鳥居をくぐった時から対話が始まることが多いです。

そして、階段を上がる際にもずっと対話をし続けます。

そうしているとフワッとまろやかな風味と心地をお腹と胸のあたりに感じるのです。

そんな風に対話をしつつ、階段を上りきると本殿が正面に右側には九頭龍神様の新宮が鎮座しています。

私は、本殿には進まず、初祈祷の受付に向かいました。

受付をしている社務所の中には多くのご祈祷待ちの参詣客の方々が待っておられました。

中々の盛況ぶりです。

箱根神社の神霊もどこかしか、正月早々からの多くの人の真心ある参拝に喜ばれているように感じます。

初祈祷の受付をすますと待合室にて暖を取りながら、順番が来るのを待っていました。

もちろん、待っている間もずっと神霊との対話は続いています。

そうして待つこと20分くらいでしょうか。

いよいよ、順番が巡ってきて、巫女様のアテンドの元、忌衣(いみごろも)をまとい本殿の神前へと歩みを進めました。

一層充実した神気の漲る中、神前にて宮司による、降神の儀が執り行われ、修祓(しゅばつ)が行われます。

低頭しつつ清々しく空間が清められていくのを感じながら神霊との対話を続けていきます。

祝詞奏上、巫女による豊栄の舞の奉納、厳かに粛々と神事は進み最後は、玉串奉奠(たまぐしほうてん)をご神前に対して参詣客はいたします。

私も、榊の枝に紙垂と麻縄で作られた輪が施された玉串を心を込めて奉納させていただきました。

こうしてつつがなく昇殿参拝を終えることが出来、最後は、御札を授与していただき、お神酒にて直会(なおらい)をさせていただきました。

本当に良いご参拝をさせて頂けて感激していたわけですが、神霊からのメッセージはまだ、頂けていません。

まだ、自分の心が定まったお祈りができていないのだろうかと自問しつつ、神前参拝の記念に頂いた御下がりの入った手提げ袋を確認していると一つ目を引くものがあります。

お神酒、ミネラルウオーター、昆布の煮物、鰹節、・・・最後に目についたのは小さな封筒です。

その封筒には、牛玉宝印(ごおうほういん)と呼ばれる守り札が入っていました。

goouhouin.jpg

封筒の裏側に牛玉宝印に関する説明書きが記載されています。

以下、一部を引用してみたいと思います。

・・・前略

この時代には、何事にも事を起こす際には、守り札の牛玉宝印に起請文(きしょうもん)を付して御神前に誓願し、その後は起請文(誓約文)で誓った事柄を日々実践して誓願の成就を願う事が行われて参りました。

・・・後略


この説明書きを読んだ瞬間に以下のメッセージが私の心の中に降りてきました。


後生を願うが如き祈りは受け取らず

ただ、己が如何に生き、如何にふるまうのか

その心を定めて向かうならば

その志に応じて

威徳加護(いとくかご)を授くものなり



牛玉宝印とは、もともと、神様に自分がどのように生きるのかという誓いを立てて、ご参拝する時にその誓いを書いた手紙と一緒に添えて奉じるための守り札であるということです。

つまり、何となく持っていたら加護が頂けるとか、お祈りすれば神徳が頂けるというようなものではないということです。

このことを受けて、降りてきたメッセージの筆頭に現れている意味の趣旨としては、願い事をかなえてくれ!というようなお祈りは全く受け取りませんよというものです。

箱根神社でお祈りするならば、最低でも自分が何をするつもりなのか、どのような志で生きるつもりなのかを定めてから参詣せよというお諭でもあります。

確かに私の中にもどこか迷いのようなものがあったように思います。

焦って前に進むために何とか突破口がないかという気持ちもどこかにあったような気がするのです。

そのように困ったときの神頼み的な気持ちが少しでもあるとダメだと新年早々、釘を刺されたようです。

これは、心して今年は向かわねばと反省をさせられました。

新年の初七日にあたり、気を引き締めて、新たな気持ちで今後について詰めていくためにも、このことを忘れぬように書き留めておきたいと思います。

本年の初めての神社参拝の報告としては以上となります。

他にも色々と報告すべきことが山積みですが、頃合いを見て、報告できればと思っています。


天心 拝


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2015年度のスローガン

こんにちは!

天心です。

改めまして、新年おめでとうございます!

元旦のブログ記事更新よりまたまた、少し時間を経てからの更新となりました。

メールにて年賀の挨拶を頂いた方々、ありがとうございました!

わざわざ、ご丁寧に時間を割いて、私のことを気遣ってくださってとても嬉しく感じました。

そのお礼といっては何ですが、お返しのお年賀メールにあるオマケをつけて配信させて頂きました。

わざわざ、お年賀メールを頂いたことに対する、真心の返礼ということでお受取り頂ければ幸いです。

どんなオマケなのかはここでは言いません。

それは、受け取った方だけが知ることができるという趣向にしてみたいと思います。(笑)

さて、三が日が明けて、本日から休み明けでお仕事という方も多いことと思います。

正月ボケがまだまだ、抜けきれないところではありますが、少しずつ正月モードを解除していきましょう!(笑)

ところで、お正月といえば、どこまで正月なのか色々な考え方がありますね。

三が日までが正月という考え方、いやいや初七日までだよという方。

松の内までは正月という見方もあります。

因みにあしげく参拝をさせて頂いている神田明神では1月末まではお正月モードで対応しているようです。

ということで?しばらくお正月モードから抜け出しにくい予感がしますね。(笑)

それはともかく、昨年の年末において、パソコンが故障して、色々と私の活動のリズムも狂ってしまっているところもあります。

昨年末は、再びの成田山新勝寺の参拝や大阪の住吉大社への参拝などを結構いたしまして、そういった神域詣でのご報告などもしたかったわけなのですが、できていません。

その他も都内某所にある神社、神奈川県に鎮座するとある神社の参拝報告なども残っているのです。

つまり、発信するはずだった内容も現時点ではお蔵入り状態になっています。

また、昨年から発足宣言をしていたFGSの会向けの龍明会についても全然、どのようにしていくのかが詰められていません。

積み残しに積み残しが加わり、どうしたらいいのかわからない状態です。(汗)

パソコンが故障したことも少しなすべきことをきちんと整理しないさいというお諭でもあるかと思います。

そこで、しばらくあらゆる活動をスローダウンしつつ、じっくりとお祈りをしながら、守護霊や指導霊にもお伺いを立ててみました。

しかし、結論から言えば、まだ今年の方向性は具体的には定まってはいません。

ただ、スローガンだけは、確定できたので、ご紹介したいと思います。

●今年度のスローガン

「軸を定めて細やかなるべし」

昨年のスローがは、「ひろがる・つながる・深く根ざす」ということで、発展性や深いコミットを目指してきましたが、今年は少し求心的というか、何が大事で何が不要、あるいは改変させる必要があるのかを考えて、集約的に軸を定めていくことになっていきます。

いたずらにエネルギーを発散せず、コアなものを確立していくことを目指していきます。

また、今までは抽象性の高いテーマを原理原則に乗っ取り発信してきましたが、今年においては、もう少し次元下降して細かいところまでブレークダウンしていく予定です。

もちろん、次元の高い抽象的なテーマも取り上げていきますし、最終的には、次元上昇を目指していくわけですが、なるべく身近なものをメタファーとし、ひっかけ材料とすることで、多くの方に広くなじみやすいものを取り扱っていく予定だということです。

以上が今年のスローガンになります。

以下はスローガンのもとになったメッセージになります。


●メッセージ

細石(さざれいし)のごとく

凝結し

一枚岩のごとく

統べる精神を築く

仰ぎ見るは一点にして

その振る舞いは

多様なるかな



解説としては、どんなに細かい事柄や内容というものも一点の要約すべきテーマによって統合されるということです。

つまり、物事をバラバラに受け止めるのではなく、一見、バラバラに見えるものをうまく統合して、一つの要点を見極めれば、一枚岩のごとく、すべての物事は統合されるということです。

また、究極的にはあらゆるものを統合するための一点に向かってことを進めていくべきだが、一点に向かうためには、様々な道があり、導入としての入り口があります。

だから、一点を見失うことなく多様性をもって、物事に当たっていく精神を持たなければダメですよということです。

一応、このメッセージをもとにスローガンを確定しました。


今年も一年、よろしくお付き合い頂ければ幸いです。



天心 拝


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新春のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い致します。

無事年越しをして新たなる朝日を迎えることが出来ました。

毎年、同じように新年の挨拶から入り、心を新たにして、新たなる年を始められますことに感謝ですね。

正月とは、正す月と書きますが、私達が心根を正す月でもあります。

何気なく過ごすならば、単なるカレンダー上の区切りの月であり、十二ヶ月という一年間の周期を終えて最初の月になるというだけのお話です。

しかし、私達が正月という月を意識して、何か心新たに決意を固める時と定めるならば、とても意義のある月となることでしょう。

私自身も意義ある月とするべく、今年の方向性やテーマについて深く考えてみたいと思います。

もちろん、考えるといっても私達が独り考えるわけではなく、守護霊団や指導霊にもお伺いをしつつではあります。

ここが普通の正月の向き合い方とスピリチュアル的な向かい方の違いでもあります。

繰り返しお話してきた守護霊との交流やスピリチュアル的なあり方を踏まえた上で正月を過ごすことが出来るならば、より一層、充実した時となることでしょう。

今年の具体的な方向性などは、また改めて発表したいと思います。

それでは、今年も一年、読者の皆様におかれましては、お付き合い頂けるならば至上の幸いと存じます。

良い正月をお過ごしされますことお祈り申し上げます。


天心 拝



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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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