【時事ネタ】太陽の120億倍、説明不能な巨大ブラックホールが発見

久方ぶりに時事ネタについてお話してみたいと思います。

今回の時事ネタはこちら!


★太陽の120億倍、説明不能な巨大ブラックホールが発見
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6151111



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宇宙誕生から9億年で急成長、従来初期宇宙論の限界か
太陽120億個分の質量を持つ、超巨大なブラックホールが発見された。中国・北京大学の天文学者ウー・シュエビン氏らの国際研究チームが、2月25日付『Nature』誌に発表した。(ナショナル ジオグラフィック日本版)
[記事詳細]
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宇宙にはまだまだ未知なることが多くあるようですね。

今回、発見されたブラックホールは太陽の120億倍ということで、もはやイメージできない大きさですね。

太陽の大きさすらもイメージできないくらいなので、途方もない大きさであるのだなという程度の認識しかできません。

さらにこのブラックホールは通常と異なる点として、成長スピードが尋常じゃないのだそうです。

研究者によれば、今回発見されたブラックホールが生成された期間は、8億7千5百万年ほどになるようです。

その数字自体は途方もない文字通りの天文学的なものではありますが、それだけの期間をかけたとしても、従来の科学的な理論からは説明できない大きさなのだとか。

何だかこういう話が出てくるとワクワクしてしまいますね。(笑)

それはともかく、今回は折角なので、ブラックホールのスピリチュアル的な意味についてお話してみたいと思います。

ブラックホールというのは、周知のとおり、周囲にあるものを吸い込み無に帰してしまう存在です。

凄まじい重力を持ち光ですら、その影響化から逃れることは出来ないといわれています。

ブラックホールの科学的な意味合いとは別に霊界の働きにも物事を収束させて無の状態へと導く機能があります。

主に破壊の機能でもあり、破壊というよりもどちらかというとリセットでしょうか。

破壊とかリセットというと何だか恐ろし気ではありますが、物事には生成と滅落がつきものです。

というよりも、生成と滅落を繰り返しながら、進化していくのがこの世のありようです。

ですから、霊界においても生成だけが起こるわけではなく、滅落も起こっていくのです。

霊界というと永遠不滅だと思われるかもしれませんが、そうではないのです。

時には不要になった霊界が滅落していく場合があるのですね。

霊界滅落の現象が顕現化するときに起こるのがブラックホールでもあるのです。

もちろん、ブラックホールにまつわる意味合いはほかにもありますが、今回、注目したいのは、馬鹿でかいブラックホールの出現は、それだけ大きな霊界滅落のあったサインでもあるわけです。

一体、いかなる霊界の滅落があったのかは不明ですが、その大きさは尋常ではないということですね。

ですから、霊界環境にも大きな変動が起こってくる可能性があるということです。

天体、宇宙空間における現象の発見というサインを通し、霊界での変動を知らせてくる場合があるので、時には宇宙の動きに注目してみるのも興味深いことかと思います。


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心に残った守護霊からのメッセージ42

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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詩を吟じ

文をたしなむ

人心(ひとごころ)も

神心(かみごころ)も

調べにより出でて

表されるなり

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理屈や論理では人の心はわからない。

神様の心も理屈や論理ではわからないと守護霊様はおっしゃられていました。

ポエムや文学のように理屈ではない心情を表すものをたしなむ境地を理解することが、神様や人の心を理解する手掛かりがあるということです。


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【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 持してこれを盈たすは ◇◆


【原文(書き下し)】

持してこれを盈(み)たすは、其の已(や)むるに如(し)かず。
湍(きた)えてこれを鋭くするには、長く保つべからず。
金玉堂に満つるは、これを能(よ)く守る莫(な)し。
富貴にして驕るは、自ら其の咎(とが)を遺す。
功遂げて身の引くは、天の道なり


【超意訳】

どこまでも器いっぱいに満たそうとするのはやめた方が良い。
どこまでも鋭く研ぎ澄まそうとする刃物は長持ちしないものだ。
宝をどこまでも集めてみてもいずれは失ってしまうだろう。
豊かで富栄たとしても、おごりの心が出てきて、ろくなことにはならない。
だから、功績というものは、成し遂げても、それに執着しないで身を引くことが天に適う道というべきものである。


【超解説】

人は求め始めるとどこまでも貪欲になってしまうもので、人の欲望ほど底なしなものはないのかも知れません。
一つ手に入れれば、今一つ手に入れたい。
こう思ってしまうのが人の性というものです。
でも、そんな人の性質の中に私たちを貶める要因が眠っていることを老子は喝破しています。
老子のすごいところは、単なる欲望の話にとどまらず、自己を体現する能力についても言及している点です。
一見すれば、自分の能力を磨き向上させていくことは、素晴らしいことのように思えますが、やり過ぎれば、仇になるということです。
鍛えすぎた剣は以外と消耗しやすくもろいものです。
切れ味抜群でもすぐに刃こぼれしてしまうようでは、意味がありません。
長く使えてこそ意義があるもので、鍛えすぎずほどほどが良いということですね。
また、能力を高め、財産などが豊かになれば、人は油断するもので、まさに驕れる平家久しからずという意味で、隙が出来てしまいます。
豊かさというものは、ありがたいことかも知れませんが、同時に人をダメにしてしまう要素を含んでいます。
だからこそ、豊かさに執着せずに適当なところで、距離を置くことが天道の道理に沿っているというのが老子の主張であるわけですね。
豊さや能力を高めたいと一生懸命に努力することは以外と誰でもできるものですが、それに執着せず次のステップに自然なる形で移行していくことが出来るのは、並大抵の境地ではないのかも知れません。




以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天使霊統編8】

☆初めて読む方はコチラからお読みくださいね!
☆前回の新説・霊界ストーリーはコチラをクリックしてくださいね!


初めてこの記事を読まれる方は、一番上のリンクをクリックすれば、一番最初の記事を読むことができます。

前回記事は二番目のリンクをクリックでページが切り替わります。


<前回までのおさらい>

繰り返される無限ループかのように思えた光の柱の道に終わりをもたらすことが出来ました。

高らかになるファンファーレとともに新しい道が目の前に広がっています。

どうやら主なる神に連なる道を一歩進めることが出来たようです。

道はさらに続いていきます。

<続き>

水中深くに潜ったような静かな空間へと進みます。

先ほどのようなラメの輝きが舞う空間とは違った、薄いブルーの透明感のある感覚です。

とてもスッキリしていて、何もないような。

しかし、いわゆる無の感覚とは違います。

そこに闇はなく、透明感だけが広がっています。

透明な中にもシャボン玉のような気泡が一つ、二つと上へ上へと登っていくのが見えます。

フェイシェル大天使:「美しいでしょう?」

フェイシェル大天使は、優しく語り掛けてきます。

いつも微笑んでいらっしゃいますが、今の表情は、花をめでるときの愛らしい顔をしています。

天心:「はい。何といいますか今までに見たこともない光景です」

フェイシェル大天使:「美しさとは美しいものではないのですよ」

天心:「えっ!?どういうことなのでしょうか?美しいものが美しくない??」

何とも言えない、わかったようでわからないフェイシェル大天使の言葉にはじかれるように聞き返しました。

フェイシェル大天使:「あなたはここで美しさとは何かを知らなくてはなりません」

天心:「美しいさ・・?ですか・・??」

フェイシェル大天使の言葉にますます混乱をきたしてしまいます。

どうやらこの場所で吟味しなければいけないことのキーワードとしては、「美しさ」というものがあるようです。

フェイシェル大天使:「ここは美を生む場所。美を映す鏡の間なのです」

天心:「少し難しいです。一体どうすればよいのでしょうか?」

フェイシェル大天使:「どうすればよいのかは、あなたが求めなければなりません」

フェイシェル大天使はそう言うと再び、微笑み沈黙して私に優しいまなざしを向けています。

どうすればよいのかわからないまま、再び、途方に暮れています。

すると先ほどまで透明感のある空間であった状態が、渦潮のようにグルグルと回転を起こし、みるみると景色が変わっていきます。

その景色は、艶のない石のようなザラザラとした欠片が舞っている混沌としたものでした。

とても美しいものとは、言い難い、ごみごみとした感じです。

これからどこへと続いていくのか。

全く見当がつかない状態に再び途方に暮れるのでした。

続く。

☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天使霊統編9】へ続く


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平塚八幡宮の参拝記

昨年の秋口(2014.10頃)のお話であり、少し時間差が出来てしまっていますが、神奈川県平塚市に鎮座する平塚八幡宮を参詣させて頂いたレポートをさせて頂きたいと思います。

平塚八幡宮は、JR東海道線の平塚駅から徒歩10分程度の場所に鎮座する由緒ある相模国一国一社と呼ばれる神社でもあります。

ご祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)、武内宿禰(たけのうちのすくね)の三柱にあられます。

社史的な詳細は公式サイトを確認して頂くとして、早速、参拝したことでわかってきたことなどをレポートしてみたいと思います。

平塚八幡宮の神域は、市街の中にありますが、こんなに立派な神社があることは駅前からは想像できませんでした。

ひらけた市街を進んでいくと大きな鳥居を発見しました。

hiratsuka_ootorii.jpg
平塚八幡宮 正面鳥居

威風堂々たる大きな鳥居を前にして、自然と頭が下がるような気持ちになってきます。

正面鳥居の横には、自社名の石碑と鳥の絵柄の提燈がぶらさがっています。

hiratsuka_chouchin.jpg
平塚八幡宮 提灯


絵柄に鳥の絵が描かれているんだなと思いながら、一歩境内に入るとそこには、お出迎えしてくれる存在があります。

hiratsuka_kamo.jpg
平塚八幡宮 水鳥

境内の中に水鳥がいますね。

いきなり、ほんわかとした雰囲気が漂っています。

境内には池がありそこにもまた、水鳥が遊んでいます。

hiratsuka_ikesu.jpg
平塚八幡宮 池のほとりに白鳥

水鳥以外にも池には鯉が沢山泳いでいます。

hiratsuka_koi.jpg

こんなのほほんとした空気に呑まれてしまうと参拝に来たことを忘れてしまいそうです。(笑)

本来の目的を思い出し、再び、拝殿に向けて歩みを進めます。

少し歩くと手水舎が見えてきました。

hiratsuka_chozusya.jpg
平塚八幡宮 手水舎

手口を漱ぎ、禊祓いをして、いよいよ拝殿へと向かうために、緑の鳥居を通り抜けていきます。

hiratsuka_nakatorii.jpg

拝殿にて手を合わせお祈りをさせて頂いているとこの神社にて神域を守り、仲介をしてくださる、ご神霊がお姿を見せてくださいました。

その姿は、白無垢を着た女性のような姿のようでもありました。

しばらく交流させて頂いて、教えて頂いたことによるとこの神社にて詣でると自分自身の志が如何なるものなのかをハッキリとヴィジョンとして明確になっていくというものがあるそうです。

ぼんやりとしている目的やゴールをより明確にしていくための機能があるということですね。

それから、三つの言霊を頂くことが出来たので、ご紹介してみたいと思います。


白鳥(しらとり)の 遊ぶ水面に映りしは 神遊びたる 証たるなり

心だに 想うことある 人にこそ 手を差し伸べる 斎庭なりけり

祈り人 ねじけ曲がれる 願いをば 正しきものに 正す神かな



池で遊ぶ白鳥や鯉は、神様が斎庭で悠々と遊ばれているサインでもあるということのようです。

そして、しっかりと志を持つ人にだけ手を差し伸べるということです。

何もなくただ助けてほしいという気持ちだけでは、手は差し伸べませんよということのようです。

後は、間違った、考え違いをした願いごとというものは、本来の筋の通った形のものに軌道修正することもなさってくれるそうです。

ですから、全く思わぬ方向に導かれていくこともあるということですね。

そんなわけで、境内の中で佇んでいると色んな事を考えさせられて、ボーっと過ごすうちに自分の考えがまとまってきたり、良い思案が浮かんできたりしてきます。

ゆるゆると参拝するだけでも、自分の心がどこへ向いているのか再確認にもなって良いなと感じます。

平塚市近辺に立ち寄ることがあるならば、必ず詣でてみたい神域の一つでもありますね。


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天使霊統編7】

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<前回までのおさらい>

フェイシェル大天使に導かれるまま、進んでいくと三つの光の柱が見えてきました。

真ん中は金色に光輝き、少し奥まったところに立っています。

両脇にある柱はそれぞれ淡い桜色、青っぽい色に光り輝いています。

この光の柱がどうやら霊界と神様とをつなぐところであり、フェイシェル大天使によれば、入り口でもあるというのです。

光の柱に近づいていくと天使たちが上へ下へと柱を伝って上り下りしている姿が見えます。

そして、さらに観察をしていくと複雑な迷路のようなつくりになっていることに気付きました。

フェイシェル大天使に促されるように真ん中の光の柱へと進み、さらなる上を目指すのですが、そこには少年のような天使が待っているのでした。


<続き>

同じような景色。

永遠に続くのかと思えるほどの光の道筋。

金色に光る柱は優しくて、排他的な雰囲気は微塵もありません。

それなのにどれだけ繰り返したのでしょうか。

どれだけ道を進んでいこうと、気が付くと同じ場所に戻っているのです。

まるで双六遊びをしているような、それでいて、正しい出目を出さないと前へ進めない。

そんな感覚なのです。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

もう聞き飽きるほど聞いたセリフを少年のような天使は繰り返しています。

一体、何なのでしょうか。

これでは、まるで一生抜け出せない無限○獄のようなものではないかと毒づきたくなります。

でも、それと決定的に違うのは、苦しくはないという点です。

疲労感のようなものは、何故かあるのですが、それは、十分に体を活かし切った後の心地よい充実感のようなものを含んでいるのです。

そして、何より霊波動がここにいるだけで高められているのがわかります。

しかし、それでも、全然、前へ進めていないという焦燥感のようなものを感じてしまいます。

フェイシェル大天使に助けを求めても、ただ微笑んでいるだけです。

ザキエル天使長は、いつの間にかどこかへ行ってしまったのか姿を見せません。(どこへ行った!?)

途方にくれながらも、何度も何度も同じことを繰り返して、道なりに進み、また戻る。

時々、小道のような場所を通って迂回路を見つけようとしますが、結局、同じところに戻されるのです。

そんなことを繰り返しているある瞬間、ふと横切るような直観、うちなる声のようなものが浮かんできます。

なんだろう?耳を澄ませてみてもよく聞こえません。

あくまで、もっと繊細なうちなる声で、訴えかけてくるようなものがあります。

そして、私は気付くと祈っていました。

何を祈るというわけでありませんが、ただ、手を合わせ祈ったのです。

神様!神様!神様!

特定の何かに御祈願するというのとはまた違った感覚です。

もっと根源的なものに対する慕情。

内側から迸る、祈り、祈り、祈り。

そうして、ただひたすらに祈りを行っているといつの間にか光の柱の前へ進んでいました。

とても綺麗な透き通った光、そこに金色の淡い色彩が加わり、中には気泡のようなサイダーの粟みたいな(もっと繊細な気泡ですが)ものが浮かんでいます。

色々と複雑に入り組んでいた小道、グネグネにくねり曲がっていたらせん状の階段なども消えて、ただ、透き通った感覚の空間に私は佇んでいました。

すると再び、少年のような天使が目の前に現れました。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

お決まりのセリフを少年のような天使は言いますが、今度は少しだけ重みがあり慎重な問いかけに聞こえます。

私は、その問いに答える代りにただ、ひたすら祈りを続けました。

すると、大きな教会にあるような鐘の音がカーン、カーンと鳴り響きます。

幾層にも重なりある鐘の音が協調的なコントラストのような音色を奏でています。

そして、音色とともにラメ色の光のシャワーが天より降り注ぎ、そこから、天使たちが舞い降りてきます。

多くの色んな天使がくるくると円を描きながら降りてくるのです。

少年のような天使:「めでたくも、あなたの真意が今ここに打ち立てられました。」

少年のような天使が初めて、違う言葉を発しました。

その言葉に感応するように舞い降りてきた天使たちも鈴の音のような音を響かせます。

祝福してくれているような感じです。

少年のような天使:「めでたくも、今、主のもとへの門戸は開き、その階(きざはし)は降ろされました」

少年のような天使がそのように高らかに宣言すると上空から梯子のようなものが下りてきました。

フェイシェル大天使:「真意とは基礎。基礎とは主への祈り。祈りとは心をささげること」

今まで微笑むだけであったフェイシェル大天使が語り掛けてきました。

天心:「どういうことなのでしょうか?」

フェイシェル大天使:「主なる神はいつでも門戸を開き待っています。全ての力を手放して、委ねることが出来なければ、主なる神の御心を知ることはできないのです」

天心:「つまり、理屈で神様を知ろうとするなということでしょうか?」

フェイシェル大天使:「今、あなたの中に主なる神との接点が出来ました。あなたの中の賢しらが消えて、通い路が開いたのです。」

フェイシェル大天使は直接的には答えはしませんでしたが、おそらくは、神様と接するための境地が出来上がるのを試されていたということなのでしょう。

自分で何とか道を選んでどうにかして神様に近づこうとしているうちは、結局、何も変わっていくことはないということを示しているのかも知れません。

理屈を捨てて、祈るという行為に徹したときに自分の中にあった賢しらが消えたということなのかも知れません。

何はともあれ道は開かれました。

ここまで来たら先に進むしかありません。

一体、この先には何が待ち構えているのでしょうか。

続く。

☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天使霊統編8】へ続く


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新説・霊界ストーリー 【霊界探索-天使霊統編6】

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<前回までのおさらい>

フェイシェル大天使にこの霊界についてお話を聞いてみると小天使はこの霊界で遊ぶようにして学んでいるということでした。

そして、それは、神との順応を果たすために必要な学びだといいます。

霊界に神様はいないはずという疑問を持っているとまだ、私自身が主なる神についてわかっていないとフェイシェル大天使から指摘を受けました。

神様についてお話を詳しく教えてもらおうとしましたが、主なる神について教えるなどということはできないとフェイシェル大天使はいうのです。

さっぱりわからなくなってしまった私に対して、フェイシェル大天使は、この世界と神との接点を結ぶ場所に連れて行ってくれると申し出てくださったのでした。

果たしてその場所とは一体、どのようなところなのでしょうか。

<続き>

フェイシェル大天使に先導される形で霊界の街並みの上空を舞うように進んでいきます。

少しキラキラ輝くような丁度、ラメを空中に散布したら、そのような状態になるのかな?と想像できるような景色です。

そのラメの舞う下の方には、ハッキリとした近代的にも見える建物が立ち並んでいるのが見えます。

その景色が過ぎ去るとフェイシェル大天使の向かう先の視界には、大きな三本の光の柱が立っているのが見えます。

真ん中は黄金色と白色が混ざったような柱、向かって左側は少し淡い桜色に光る柱、右側には紫陽花の色を薄めたような青色を白色が包んでいるような光の柱です。

真ん中の金色の柱は少し奥まった場所に立っていて、三つの柱は三角形を描くようにそびえたっています。

ほのかな天然由来の蜜のような香りとミルクの甘い温かい味わいが口の中に広がってきます。

その三本の柱を見ているだけでも、穏やかで幸せな感じがします。

天心:「この光の柱は何でしょう?とても気持ちが良いですね」

フェイシェル大天使:「これは主なる神との通い路になっているのです」

そのように言われて、光の柱をよく観察してみると光の柱の周りには、様々な天使と思しき霊人たちが待っています。

柱を通じて上や下へと行き来しているようです。

天心:「ここが神様と霊界をつなげている場所なのでしょうか」

フェイシェル大天使:「そうともいえますが、ここは入り口に過ぎません」

天心:「入り口?ということは、さらに先に通じているということですね。」

フェイシェル大天使:「言葉で説明するよりも実際に体験してみるとよいでしょう」

そのように言うとフェイシェル大天使はさらに光の柱に近づいていきます。

近づけば近づくほど光度が増しているようで、まるで自分の中に光が流れ込んでくるかのような感覚になります。

フェイシェル大天使:「三つの光柱のどこから初めても構いません。どうするのです?」

急に促されて、三つの光の柱を見比べてみます。

色合いや輝きの違いはわかるのですが、この柱の意義がまだよくわかりません。

選べと言われても困るなと正直思いながら、ここは直観で選びます。

天心:「私は、真ん中の光の柱から始めたいと思います」

フェイシェル大天使:「わかりました。では参りましょう。」

そのように言うとぐんぐんと真ん中の金色に光る柱へと近づいていきます。

最初はただ光るだけの柱だというようにしか見えていませんでしが、実際に近づくともっと複雑な形をしています。

言葉では言い表しにくいのですが、あえていうならばハリーポッターに出てくる魔法使いの生徒たちが生活する寮のように階段や通路が沢山通っています。

時には上と下が逆転しているような通路もあります。

立体的な迷路のような感じです。

天心:「一体、これからどこへ進めばよいのでしょう・・?」

困ってしまった私はフェイシェル大天使の微笑む顔を覗き込むように見ましたが、大天使は微笑んでいるだけです。

先ほどと同じように好きな道を行けということなのでしょう。

とりあえず、複雑に枝分かれしている小道は避けて、光の柱の上部へと繋がっていそうな大きな通り道をまっすぐに進んでいきます。

するとそこには、またしても少年のような天使の姿がありました。

細い体つきで、翼は小さく折りたたんで背中にしまわれています。

顔つきは12~14歳くらいのあどけない表情をしています。

道の真ん中で道行く、霊人や精霊を迎えているようです。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

突然、少年のような天使が語り掛けてきました。

どういう意味だろう?ちょっと怖いなと思いながらも、とにかく進むしかないと腹を決めます。

天心:「私はこの道を進みたいと思います」

私はそう告げると少年をしり目にさらに先へと進みました。

その先はずっとずっと長い道が続いています。

途中でらせんのように上に登るようなくねった道もあります。

霊界なので現世のように体力的な消耗があるはずはないのですが、何だか疲労を感じます。

錯覚なのかも知れませんが、なんとなくハアハアと息切れをするような感じを覚えながら道なりに進むと目の前にまた少年のような天使が現れました。

よく見ると先ほどの天使とうり二つです。

というよりも、たぶん、先ほどの天使と同じ存在です。

気が付くと周囲の景色も先ほどの同じなのです。

これはどうなっているのだ!?

途方に暮れて、背後からついてきてくれていたフェイシェル大天使の方を振り返りました。

大天使は微笑んでいます。

そして、再び、少年のような天使の方を向き直すと、天使は言いました。

少年のような天使:「この道はあなたの真意を試されます。進まれますか?」

どうやら振り出しに戻ってしまったようです。

一体、どうなっているのでしょうか。

続く。

☆新説・霊界ストーリー【霊界探索-天使霊統編7】へ続く


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【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 上善は水の若し ◇◆


【原文(書き下し)】

上善は水の若し。
水は善く万物を利して而(しか)も争わず。
衆人の悪(にく)む所に処(お)る。
故に道に幾(ちか)し。
居には地を善しとし、正(政)には治を善しとし、事には能を善しとし、動には時を善しとす。
夫(そ)れ唯だ争わず、故にとがめ無し。


【超意訳】

最上に良い状態を目指すならば水のような己であるとよい。
この世には色んなものがあるけれど、水はどんな物よりも身を低くする場所に存在して、いかなる物とも争わない。
なぜ争わないで済むのかといえば、誰もが嫌がるような目立たないところに身を置いているからだ。
このような水の性質は森羅万象のあり方に近いといえる。
住みかとする地に恵まれ、政をしても良く治め、何か事を起こすにしても能力を発揮する、そして、何か動くときには時期を得ることができる。
このように何をやってもうまくいく状態というものは、水のようにあらゆるものと順応し、森羅万象に近い働きをするからこそ、誰からもとがめられたり、邪魔されたりすることがないのである。


【超解説】

私たちの生きる競争社会を皮肉っているかのようにも聞こえる内容です。
老子の生きた時代にも人間社会の様々な争いや競争があったことと思います。
時には血で血を洗うような争乱もあったことでしょう。
栄華を極めた王朝も時がたてば、また、新しい勢力にとってかわられます。
流血を伴って手に入れたものが、再び、流血を伴って失うわけです。
どんなに血眼になって争い、競争に勝ち抜いたとしても、勝ち取った栄誉は長続きしません。
では、どうしたら永遠に栄誉を得ることが出来るのでしょうか。
老子は水の性質に見習いなさいと言います。
水というのは、私たちの生活に欠かせないものでもありますが、ある特性があります。
それは、状況に応じてその身を変えるというものです。
最初は液体で冷やせば氷となり固体となります。
温めれば気体になり、様々な姿に身を変えるわけです。
そして、水は、どんなものとも親和性が高いので、様々なシーンで活用されます。
汚れを落としたり、何かを薄めたり、強い味があるわけでもなく、色合いも無色透明です。
これといって際立った主張のない物質であり、柔軟性があるため、あらゆる場面で活用されますが、取り立てて貴重なものともされず、地面を伝いただ流れるだけです。
良く「水と空気はタダ」なんて言われてしまうくらいに通常は、目をかけられません。
しかし、その働きは非常に重要であり、私たちの命をつなぐにあたり必要不可欠でもあります。
そんな水というもののあり方が道のあり方に似ていると老子は考えたようです。
本当に有能であり、真に貴重なる存在というものは、水のように目立たないし、これといって取り上げられないけれど、誰とも争うこともなく脈々とその真価を発揮している存在なのかも知れません。
「我こそは!」と自らのすごさ、貴重さを主張する姿は、水の持つ、何もせず争わない真の尊さにはかなわないということなのかも知れません。



以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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【2015年2月度】神田明神への参拝

2015年2月度神田明神月参りをしてまいりました。

2月といえば節分、立春と新しいもう一つの年越しの時期でもありますね。

元旦から続いていたお正月モードは流石に解かれていますが、また、違った神気が満ちていました。

この時期は神社でも追儺式といって鬼を撃ち祓う儀式を執り行うところもあります。

豆をまいて鬼を祓うわけですが、一番大事なことは心中の鬼を祓うことですね。

そして、心中の鬼がいなくなれば、心中は福で満たされることでしょう。

そんなことを思いながらも、FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せを祈念させて頂きました。

また、毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝


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神田神社 神馬



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再び成田山新勝寺の参拝(その3)

再び成田山新勝寺の参拝(その2)からの続きになります。

本堂にある不動明王様を拝し、成田山新勝寺の不動尊の具体的なお役割、お働きなどをメッセージにて教えて頂きました。

その後、感謝の気持ちも込めて護摩木も奉納し、よりよく新勝寺の霊場を知るためにも散策をさせて頂きました。

そして、新勝寺の敷地内にある成田山公園という領域に足を踏み入れることになったのです。

本当にお寺の中とは思えないような自然に恵まれた空間です。

林が立ち並ぶ中、小川のせせらぎが心を落ち着けてくれます。

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成田山公園 林道

清々しい気持ちで林道を歩いていくと小川の水源になっている場所にたどり着きました。

そこには洗心堂と呼ばれるお堂も佇んでいます。

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洗心堂

この場所には御滝不動尊が祀られているとのこと。

近くには、滝場があります。

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滝場近影

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滝場


一筋の滝が流れている姿にしばらく見とれていると再び、メッセージが降りてきました。

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まれひとを導く

真(まこと)のもの

偽のもの

つまびらかにす(る)

ふるいにふるい

真のみが残る



どうやらこの滝場には、龍神様がいらっしゃるようです。

しかも、中々、高貴な感じの龍神様であり(とはいえ龍神は龍神ですが)、神龍という位にあるようです。

この滝場に来て祈るならば、その人にとって貴重で得難い人を導いてくださるとのことでした。

後、本当の意味でよいご縁のある方が引き寄せられて、一見、良いご縁のように見えて、そうではない場合はふるいにかけられるように消えていくとのことでした。

メッセージを受け取りその内容をよく吟味しながら味わっていると再びメッセージが降りてきます。

しかし、今度は神龍様ではなく、違う龍神様です。

どちらかというと自然龍の色合いが濃く少しワイルドな雰囲気がある龍神様です。

この霊場には五徳あり

一つ、強き助人(たすけびと)得るなり

一つ、不動尊との結縁を助力す(る)

一つ、試練に負けぬ霊威を授く

一つ、稀有壮大なる志を得る

一つ、己の不備を補う

真に向かうものならば

得難き人徳、力徳を授くであろう


以上がメッセージです。

解説は必要ないかも知れませんが、一応しておくと、この霊場で祈るとこのワイルドな龍神様は、五つの手助けをしてくださるということのようです。

一つは助っ人が現れるように導いてくださるそうです。

二つ目は、成田山新勝寺の不動明王様とのご縁を強く結んでくださるそうです。

三つ目は、様々な試練に打ち勝つための霊力を授けてくださるそうです。

四つ目は、大きな志に目覚めるきっかけや目標が見つかるように導いてくださるそうです。

五つ目は、自分自身の足りないものを補ってくれるように導いてくださるそうです。

以上の五つの手助けをしてくださるとのことですが、あくまでそれなりの覚悟と真剣さがなければダメなようで、単純にここに来て祈ったから助けてくれるというわけではないようです。

でも、この場所は佇んでいるだけでもカタルシスを感じるので、折角、新勝寺に詣でたのであれば、立ち寄ってみたいポイントでもありますね。

ということで三回に渡り成田山新勝寺の参詣した内容をレポートさせて頂きました。

最後になりましたが、如何なる神域、霊域も感応して自ら味わってみることで見えてくるものが沢山あります。

なので、このレポートの内容にとどまらず読者の方自ら赴き、その神域、霊域の素晴らしさを感得して頂ければと思います。

この記事がそのためのきっかけ、または、足がかりになれば幸いです。


おしまい


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