【時事ネタ】ネパール首都、被災者の怒り噴出 機動隊が出動

今年に入り、何かと災害が続いています。

そのことにも関係して、今回はネパールの地震について状況の共有と考え方について触れてみたいなと思います。


★ネパール首都、被災者の怒り噴出 機動隊が出動
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6158395



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【AFP=時事】先週末に大地震に見舞われたネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)で29日、被災者の怒りの声を抑え込むため、機動隊が動員された。(AFP=時事)
[記事詳細]
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最近、日本でも地震の頻度が高くなっていますが、ネパールで大きな地震が発生してしまいました。

地震災害も大きな被害の要因ではありますが、ネパールの場合、現地の対応も混乱を極めているようで、救援活動、物資の運搬などが効率的に行われていないようです。

疲弊している被災者たちも暴動に発展しかねない状況であり、機動隊も出動中ということです。

そもそも、被災している被害者を抑えるための機動隊が出動してしまうこと自体、驚いてしまいます。

何かおかしなことになっているようです。

問題なのは、救援活動も物資運搬もしたいのにそれがうまく出来ていない状況にあることです。

なので、この記事を読み、心に何かを感じる方は、どうか、この現地の混乱がまずは治まるようにというお祈りと、非効率化している状況の改善をお祈りして頂きたいと思います。

どのような方法でお祈りするのかは問いませんので、皆さまで霊的な背景における後押しをして頂ければ幸いです。

救援活動も物資も届かなければ意味がありません。

かといってこれらのことは私達に直接どうすることも出来ないことでもあるので、出来ることは祈ること以外にはないと思います。

是非、心に何か感じる方は、お願いいたします。

また、お祈りする際は、出来るだけ状況を知ってからお祈りするのが良いと思います。

何となく、ネパールの地震の被災者が救援されますようにとか、助かりますようにということではなく、ニュースなどを見て状況に応じてお祈りの内容を具体的に変えていくのが良いでしょう。

今回、時事ネタで取り上げた記事なども参考になるかなと思います。

状況を知って、より何が問題点としてあり、何がどう改善することが望ましいのかを考えてお祈りしてみて欲しいと思います。


私も状況をウォッチしながらお祈りさせて頂いています。


天心 拝


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【超略解シリーズ】 老子 -寵辱には驚くが若し-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-
【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-
【超略解シリーズ】 老子 -営魄を載んじ-
【超略解シリーズ】 老子 -三十の輻-
【超略解シリーズ】 老子 -五色は人の目を-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 寵辱には驚くが若し ◇◆


【原文(書き下し)】

寵辱(ちょうじょく)には驚くが若(ごと)し。
大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身の若くなればなり。
何をか寵辱には驚くが若しと謂う。
寵を上と為し、辱を下と為し、これを得るに驚くが若く、これを失うに驚くが若し。
是れを寵辱には驚くが若しと謂う。
何をか大患を貴ぶこと身の若しと謂う。
吾れに大患有る所以(ゆえん)の者は、吾れに身有るが為めなり。
吾に身無きに及びては、吾れ何の患(わずら)い有らん。
故に身を以てするを為(おさ)むるよりも貴べば、若(すなわ)ち天下を托すべく、身を以てするを天下を為むるよりも愛すれば、若ち天下を寄すべし。


【超意訳】

寵愛を受けるのか、屈辱的な目にあるのか皆、戦々恐々として心を動揺させる。
まるで、それは、患った大きな病を自分の健康な身体よりも大切にしているようなものだ。
寵愛されることが素晴らしく、屈辱を受けるのは、良からぬことだとして、寵愛が得られれば心が乱れ、失えばこれまた、心が動揺する。
こういうのを「寵辱に踊らされて心を乱して本質が見えない状態」というのだ。
寵愛を得るか屈辱な目にあうかが気になっていて、本質が見えないのはどういうことか。
まるで、自分の身体よりも病気を大切にしているようなものだ。
病気になるのは、身体があってのことである。
身体が壊れてしまえば、病気になることすらなくなる。
この道理にあるように病気に対し、戦々恐々とすることよりも、その本質である身体の健康を貴び、意識する人が天下を治めるようにするべきであり、自分の身体をちゃんと労われる人にこそ天下をあずけることが出来る。



【超解説】

人は誰でも、褒められたり愛されれば嬉しいですし、屈辱的な目にあいたいとは思わないものです。
寵愛されるためには、何が必要か?恥を受けないためにどうあるべきか?と考えてしまいがちです。
でも、考えてみれば、寵愛も屈辱も人の目を曇らせてしまう働きをすることが多いものです。
現に人は、愛されたいと願うあまり浮き足立ち、屈辱に心を乱されがちです。
これは、自分の本質的なあり方から心が離れて、どうにもつかみようがないような幻を追いかけているようなものなのかも知れません。

寵愛も屈辱も一時のことで、すぐに失ったり形を変えてしまうことも多いものです。
老子は、寵愛や屈辱を病気に例えています。
健康な身体があることが本来の人の幸せであるわけですが、病気はそれをダメにする要因です。
暗に老子は、寵愛や屈辱という名誉や汚辱というものにとらわれることは、病気になるようなものだと指摘しているのかも知れません。

文中では、身体と病気を同一の価値のあるものとして見ることのバカバカしさを指摘しています。
身体があればこそ、病気にもかかる。
身体がなくなれば病気にかかることすらなくなるという表現でそれを表しています。
老子は、天下を治めるべき器を持つ人は、自分の身体を労わる者だといっています。

しかし、これは、額面通りの自分の身を可愛がる人という意味ではありません。
そのような表面的な意味としてとらえてしまうと、自分勝手な人が天下の君子であるという誤った咀嚼につながります。
そうではなく、ここで老子が言いたいのは、本質を見失い、実体のない幻想のような寵愛や屈辱といったものに囚われるような器の人間には、天下を治めることは出来ないという意味合いなのですね。

また、進んで病気になるようなこと(寵愛や屈辱などの実態のない幻影)に近づいて右往左往するようなことがないように戒めているのかも知れません。
私達も風評や他人から与えられる評価や愛されるということに惑わされることが多いといえます。
そう考えるならば、私達もまた、自らの身体を大事にするかのように本質を探究し、何が本当に大切なことなのかを理解することが必要なのかも知れません。





以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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心に残った守護霊からのメッセージ44

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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因果の種をまく

善因は善果を生み

悪因は悪果を生む

その実いずれは結ぶなり

今、撒かれている因果を恐れよ

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どんな結果にも必ず、その発端となる原因が存在しています。

その原因を覚えていないこともあるかも知れません。

しかし、撒かれた種は必ず、いつか芽吹きます。

良いものを撒けば良い実が結び、悪いものを撒けば悪い実が結ぶ。

守護霊様は、今、恐れるべきことがあるとするならば、今、撒いている種がどのような性質のものであるのかということだとおっしゃられていたことがあります。

良い種をまき、悪い種を撒かない。

単純ではありますが、私達の人生に現れる吉凶を分ける重要な分岐点は、今の心がけにあることを諭されています。


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【超略解シリーズ】 老子 -五色は人の目を-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-
【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-
【超略解シリーズ】 老子 -営魄を載んじ-
【超略解シリーズ】 老子 -三十の輻-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 五色は人の目を ◇◆


【原文(書き下し)】

五色は人の目をして盲(もう)ならしむ。
五音(ごいん)は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。
五味は人の口をして爽(たが)わしむ。
馳騁畋猟(ちていでんりょう)は、人の心をして狂を発せしむ。
得難きの貨は、人の行いをして妨げしむ。
是(ここ)を以て聖人は、腹を為して目を為さず。
故に彼を去(す)てて此れを取る。/span>

【超意訳】

煌びやかな色彩になれてしまうと人は本質的に良いものが見分けられない盲人のようになっていまう。
様々な音律で奏でられる音楽にふけると、本当に麗しい自然の織り成す音楽が聞こえない聾者のようになってしまう。
味わいがきつい食事ばかりをしていると口が肥えて、自然の中にある本当の味わいがわからなくなってしまう。
乗馬をしたり狩猟に明け暮れると興奮して自分の心を見失ってしまう。
貴重な品々に心を奪われると正しい行動を取ることの妨げとなってしまう。
これらの理由から聖人は、必要なだけ腹を満たすことを考えて、余計なものに関心を払わない。
それゆえに聖人は、煌びやかな贅沢を遠ざけて、本質的なことのみを得ようとするものだ。



【超解説】

私達は得てして、できるだけ美しい色彩のあるものやデザインを求めることが多いものです。
音楽も様々なリズムやビートを刻み、できるだけ心が揺れ動かされるものを求めようとします。
食べ物もなるべく美味で飽きてしまえば、新しい珍味に興味がわきます。
なるべく盛り上がって、楽しめるようなレジャーや遊びに興じて、わくわくドキドキする時間を楽しみます。
スマートフォンをはじめ新しい珍しいものには、敏感に反応して流行を追い求めることもあります。
はい♪殆ど、老子は全否定です。(笑)
本当に現代社会を振り返りながら老子を読むと苦笑いして出てきませんね。(苦笑)
老子は、単純に「贅沢は敵だ!」と戦中の日本人のようなスローガンを掲げているわけではありません。
共通していえるのは、目に見るもの、聞くもの、食べるもの、楽しむもの、身の回りにある品々も全ては、私達に大きな影響を与えているということを老子は指摘しています。
私達は知らず知らずのうちに目にしているものや聞いているもの、食べ物、遊び、道具など環境によって多大な影響を受けているわけです。
私達が何を嗜好し、何を思い、どこへ向かうのかも結局は外部の環境によって影響を受けます。
私達が欲しがるものは、テレビや雑誌、あるいはネットで流されている映像や情報を見て決まってしまいます。
私達がハンバーガー食べたいな♪と思ったりするのは、ハンバーガーのCMを見てるからです。
ハンバーガーのCMを見ていなければ、ハンバーガーの存在すら知ることはないので、欲しいとも思わないはずです。
私達の生きる社会は資本主義経済のもと、なるべく煌びやかに見せて、心躍らせる音楽で臨場感を盛り上げて、濃い味付けで食欲を喚起して、消費へと導かれていきます。
でも、私達に必要な栄養素や道具立てというものは、ある程度まで満たされれば十分でもあります。
衣食足りて礼節を知るといいますが、ある程度、生活に必要なものがあれば、私達が求めるものはもっと本質的なものへと向かうはずです。
消費欲求や単純に得たいと思う最低限のレベルからもっと高次元の境地で物事を見ていく方向に心が向かうはずなのです。
しかし、あまりにも過度な色彩や音律、味わいを追い続けると、私達が本来、求める高次元の喜びには意識が向かわなくなると老子は警鐘を鳴らしているわけですね。
老子道徳経の中で挙げられている例はあくまで、老子の生きた古い時代のものではありますが、実際のところ指摘されている警鐘は、現代を生きる私達にもそっくりそのまま当てはまってしまいます。
贅沢に身をゆだね、感覚がマヒしてくると本当に自分が求めていた魂の欲求が何であったのかわからなくなるものです。
それを古い時代にすでに喝破して指摘している老子は、ほとんど「神」ですね。(笑)



以上、老子道徳経の超略解になります。

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守護霊への接し方 -感謝を伝えたいとき編-

こんにちは!

天心です。

「守護霊への接し方 -感謝を伝えたいとき編-」をお送りしたいと思います。

なお、前回は、「守護霊への接し方 -良くないものを感じたとき編-」をお話しましたので、宜しければコチラもご参照くださいませ。

前回は良くない気配を感じて、自分がマイナスの方向にミスリードされているような違和感を覚える時に守護霊に加護をお願いする方法についてご紹介しました。

守護霊の基本的な使命の一つは守護をしている人間の魂の成長を阻害するものから守ることがあります。

守護霊に効果的に加護を得て霊的な防衛力を上げるためのヒントをお話させて頂きました。

今回は、少し趣を変えて、守護霊にダイレクトに動いてもらったり、何かを得ようとするのではなく、むしろ守護霊に喜びを受け取って頂く方法についてお話をしていきたいと思います。

「守護霊に喜びを受け取って頂く?そんなこと必要あるのですか??」

守護霊とは私たちに比べれば物理次元の存在でない分、栄養や睡眠をとったりする必要はありません。

物理次元に生きる私たちのように何かが欲しいと思うことはないのではないか。

こう思うかも知れませんが、守護霊も与えられると嬉しく感じるものはあるのです。

それは、一つには感謝の心です。

「ああ、なるほどね!感謝が大事というのは、何かの本で読んだことがある。大丈夫!いつも、ありがとうって伝えてるし」

こんな風に思う方もいるかも知れませんね。

確かにスピリチュアル系のお話では、感謝の心の大切さを伝えることは基本的な事柄であり、良く耳にすることもあることでしょう。

しかし、残念ながら本当の意味で感謝の心を理解して実践している方は多くはないような気がします。

ある時、こんな質問を受けたことがあります。

「私は毎日毎日、何百回も”ありがとう”と守護霊にお伝えしています。これって開運効果があるのでしょうか?」

”ありがとう”という言葉自体は言霊的にも良い響きを持っていますし、その言霊を口にすることは良いことだとは思います。

もしかすれと、毎日、その言霊を口にしていれば開運効果もあるのかも知れません。

しかしながら、それは、感謝とは言わないのです。

それは開運効果を得るためのワークかも知れませんが、感謝とは言わないのです。

なぜならば、それは自分が開運したいために実践している行者の行法みたいなものです。

それのどこに感謝の心があるというのでしょうか。

もちろん、開運を求めること自体を否定しているわけではありません。

それで開運出来るならばそれはそれで結構なことだと思います。

しかしながら、あくまで感謝の心とは無関係のものだと認識しておく必要はあるかと思います。

では、本当の感謝の心とは如何なるものなのでしょうか。

その答えを知るためには、感謝の本質を知らなければなりません。

感謝の本質とは実は「実践」ではなく、「湧き上がるもの」だということです。

良く使われる表現として「感謝する」という言葉がありますが、実際には感謝とは「する」ものではありません。

心の内から湧き上がってくるものが感謝なのですね。

心の内から湧き上がってきた「有難いな」という気持ちが衝動を与えて、そのしるしとして、感謝の気持ちを表す行動に出てしまう。

これが本来の感謝の本質であり、感謝する意味なのですね。

なので、心の内から湧き上がってくる有難さを感じずに「ありがとう!ありがとう!!」と繰り返しているだけでは、単なる感謝を表す言葉を口にしているだけになってしまいます。

もちろん、口にしないより、した方が良いとは思いますが、折角ならば本当の意味で感謝の言葉を放つ方が良いと思います。

何より守護霊は言葉を受け取るではなく、その言葉にこもる真心を受け止めてくださるものです。

感謝の言葉に込められた真心に接する時に守護霊は無上の喜びを受け取られるわけなのですね。

そして、真心のこもった感謝の言葉は本当の意味で、霊波動も清らかで高次元の感性にもつながっていくため、結果的に守護霊の加護も得られやすくなり、開運効果も得られやすくなります。(あくまで結果的にです)

ですから、守護霊に真の感謝を伝えることは、決して守護霊のためだけでなく、その人自身の魂の成長にも幸せにも貢献してくれるということです。

さて、それでは、前置きが長くなりましたが、今回のテーマである「感謝を伝えたいとき」の守護霊への接し方についてお話したいと思います。

まず、先ほどの話を踏まえるならば、単純に守護霊に「ありがとう」と伝えるだけでは、感謝を表すこととしては、少し足りないことは理解して頂けたと思います。

「ありがとう」と言葉で伝えるだけでは、しないよりは良いという最初のレベルの感謝にしかなりません。

そこで、本当の意味での感謝を伝えるために何が出来るのでしょうか。

以下のポイントを注意して感謝の心を伝えてみましょう。

1.今までで嬉しかったこと楽しかったことを思い起こす


本当の意味での感謝をするためには、有難いという気持ちを湧き上がらせる必要があります。

そのためには、まず、私達は守護霊に何を感謝した方が良いのかを知る必要があります。

たまに耳にするのが「別に感謝することなんか特にないけど」という感想です。

これは、大きな誤解をしています。

本当は私達は守護霊から多くの恩恵を授かっています。

しかし、それに気づくことは少ないものです。

恩恵を受けていても、それは「当たり前」「偶然の産物」「自分の手柄」とうい意識が働くため守護霊の働きに気付きにくいのですね。

なので、一度、恩恵の棚降ろしをしてみることをお勧めします。

一つひとつ日常の些細なことから大きな喜びまで、嬉しかったことを思い起こしてリストアップしてみましょう。

全ての事柄に守護霊が関与していたかどうかは、あまり気にする必要はありません。

兎に角、良かったことを具体的に思い起こしましょう。

すると自然とそのことに対する「有難いな」という気持ちが湧き上がってくるはずです。

この状態を作り出すことが肝要です。


2.守護霊に具体的に感謝の言葉を伝える


良かったこと嬉しかったことを思い起こして、感謝の心が沸き起こってくるのを感じたら、それを素直に守護霊に伝えていきましょう。

その時にポイントになるのは、具体的に伝えるということです。

単純に「ありがとう!」で終わりにするのではなく、良かったこと嬉しかったこと、ありがたいと思ったことなどを細かく具体的に上げながら感謝を伝えていくわけです。

これは守護霊のみならず、人間同士で感謝を伝える場合にも同じことが言えます。

単純に「ありがとう」「サンキュー!」という言葉だけでもうれしいものではありますが、それよりも「この間の○○の件で、あなたが△△してくれたおかげで、非常に助かりました。その後、○○の件は◇◇に落ち着いて、皆、喜んでいます。本当にありがとうございました!」と伝えるのでは、全く印象も嬉しさも異なります。

なので、守護霊には具体的な事柄を上げながら湧き上がる感謝の心を込めて伝えるのが良いわけですね。


以上、2点を踏まえて感謝の心を伝えていくとき、私達の守護霊もより一層、使命感に燃えて私達を守護してくださるようになることでしょう。



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守護霊への接し方 -良くないものを感じたとき編-

こんにちは!

天心です。

「守護霊への接し方 -良くないものを感じたとき編-」をお送りしたいと思います。

なお、前回は、「守護霊への接し方 -人間関係で動いてほしいとき編-」をお話しましたので、宜しければコチラもご参照くださいませ。

前回は守護霊の手助けを得て人間関係における円滑なコミュニケーションを霊界においても実現するというテーマでお話いたしました。

ここまで様々なケースで守護霊との接し方をご紹介してきましたが、ここで守護霊の基本的な使命の一つについて考えてみたいと思います。

守護霊とは文字通り私たちを守護する存在です。

魂の教育係りではあるわけですが、その教育対象が悪しき存在に攻撃されてマイナス方向に導かれないように守る役目があります。

しかし、守護霊も守護されている当人が協力的でないと力を存分には発揮できません。

多くの場合、守護霊は存在することすらも否定されてしまう風潮があります。

また、守護対象である人間が守護霊よりも自分をミスリードする存在やその存在が導いている現象、状況、環境に意識を囚われていると守護霊が介入しにくくなるという実情があるのですね。

守護霊がついているのになぜ、間違った方向や良くないことを行ってしまう人がいるのかとう疑問があるわけですが、これはこのような実情も理由としてあるわけです。

守護霊も万能でも完全でもないので、守護されている当人の協力をいつも切に願いながら守護を続けてくれているということです。

今回のテーマは、自分自身に降りかかってくるマイナス要因、良くないものの気配を感じたときにどのように守護霊に守護してもらうのかについてお話してみたいと思います。

良くないものには様々な種類があります。

霊障的なものから、心身的な偏り、邪気や穢れの類など様々です。

これらを本格的に狙い撃ちして浄化するためには浄霊の法を学ぶ必要がありますが、そこまでしなくても簡単に良くないものを退ける方法はあります。

言わずと知れた守護霊に加護をお願いする方法です。

単純に「守護霊様。何か良くない気配を感じるので、これを退けてください!」とお祈りするのも良いのですが、ここではもう一歩踏み込んだ方法をご紹介してみたいと思います。

まず、守護霊にしっかりと加護を頂きたければ、守護霊がしっかりと働ける霊的な環境を整える必要があります。

霊的な環境といいましてもそんなに難しく考える必要はありません。

守護霊は霊的な存在であるわけなので、その活動も霊界または霊空間によって制約されます。

「守護霊様!助けてください~」と叫んでみても、心のどこかで「そんなものいるの?」「本当に助けてくれるのかな?」なんて思っていたら霊界もそのような疑念に満ちたあやふやなフィールドが展開されることになります。

あやふやな疑念に満ちた霊界から出てくる守護霊という存在は、やっぱりあやふやで弱い力しか発揮できない守護霊なのです。

「守護霊って強い存在じゃないの?」と思われるかも知れませんが、先ほどもお話したように守護霊自身がいくら強い存在であっても、その活動フィールドの地盤がしっかりしていないとその力は発揮されないのですね。

ですから、守護霊に遺憾なく力を発揮してもらいたければ、それに相応しい霊界状況を作りだすために、まずは心から守護霊を信じることが必要なのです。

これが最低限の原則です。

さらに言えば、守護霊に対するイメージをしっかりと持つことです。

守護霊アドバイスなどを受けられて守護霊のお姿を知っている方は、そういったものを思い浮かべるのが良いかも知れません。

守護霊アドバイスを受けたことがなくてお姿がイマイチわからないという方も大丈夫です。

正確にイメージできなくても以下の点を抑えて守護霊をイメージすると守護霊にとって働きやすい状況が作られます。


1.出来るだけ大きなイメージを持つ


ちょっと想像してみて欲しいのですが、一寸法師のように小さい守護霊見上げるほど大きな守護霊だったらどっちが強そうですか?

大きい方が強そうですよね。

霊界は伸縮自在であるので、大きくも小さくもなれるわけですが、わざわざ小さいイメージをもって守護霊の力を弱くする霊界を作り出す必要はありません。

思いっきり大きなイメージで守護霊を想像してみましょう。

鉄人28号のような姿を描いてみても良いでしょう。

えっ?例えが古すぎるって?

では、エヴァンゲリオンの初号機とかでもいいですよ。

ん?それも微妙に古い?

それでは、進撃の巨人の超大型巨人を描いてみるのはどうでしょう!

それはどちらかというと敵方のキャラだろって?

細かいことは気にせず、とりあえず大きくて強そうなら何でもいいです。(笑)


2.ピッカピカに明るく輝いているイメージを持つ


いくら大きくて強そうでも、暗くて汚らしくて、マイナスな印象を受けるイメージだと守護霊も力を発揮しずらいです。

なので、できるだけ守護霊は光り輝き、明るい存在としてイメージしましょう。

ポケモンのぴかチューのように光っている姿をイメージするのも良いでしょうね。

あるいは仏像の後光のようなものでも良いでしょう。

大切な点は、一際、明るくて発展的な気持ちになるような感覚を込めてイメージすることです。


3.守護霊をアクティブにイメージする


守護霊はとても活動的な存在です。

守護霊の姿をイメージするときにやってしまいがちなのは、静止画のように思い描いてしまうことです。

どうしても私たちは日頃、お祈りするときに向かうのは、神棚、神社の御神前、お札や仏像のような静止した依代に対してです。

そのため、守護霊のイメージもまるで仏像のように静止画的に思い描いてしまいがちになります。

そこで、お祈りするときにちょっとした動きを守護霊に加えます。

守護霊を動かしてみましょう!

守護霊を動かすといわれても最初はどうしていいかわからないかも知れませんね。

そこで、参考になるのは、荒木 飛呂彦の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の第三部に出てくるスタンドという存在です。

何だか漫画やアニメの引用が多くて恐縮ですが、あくまでイメージしやすいかなと思いまして(笑)

さて、くだんの漫画に出てくるスタンドとは、別名「守護霊」とも呼ばれており、主人公をはじめ登場人物が操る半透明の存在です。

それぞれに特殊能力があったり、もはや人じゃないスタンドも登場しますが、ここでは主人公である空条承太郎の持つスタープラチナと名付けられたスタンドを参考にしてみましょう。

丁度、人型ですしイメージは合うかと思います。

さて、実際に守護霊を動かす際にどういった動きをイメージするかという点で、上記を参考にしつつ、今回は、良くないものを払いのけるためのバージョンで行ってみましょう。

良くない気配を感じた場合は、大きくて明るく光り輝く守護霊をイメージして、その守護霊を動かしながら(守護霊が生き生きと動くように)良くない気配を払いのけていく姿を思い浮かべます。

ジョジョの奇妙な冒険でスタープラチナは、よく敵方のスタンドをボコボコに殴り倒すシーンがありますが、そのイメージを利用しても良いと思います。

良くない気配が守護霊によってボコボコにされていくようにイメージする動きを思い描くことで、守護霊も霊界での自分の良からぬものを蹴散らすという働きに拍車がかかるのですね。

何となく受け身で守護霊に語り掛けるのと守護霊が動きやすい霊的空間を与える形でのお祈りとは、その霊験もまた異なるものだといえるでしょう。

とりあえず、参考にしてみてください。


関連記事 : 守護霊への接し方 -感謝を伝えたいとき編-コチラから!


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神田神社と成田山新勝寺

こんにちは!

天心です。

先日、コメント欄に以下のようなご質問コメントがありました。

コメント欄上でのご質問は原則受け付けていないのですが、内容が丁度、お話しておこうかと思っていた内容に合致していたので、今回は取り上げてみたいと思います。

コメントの内容は以下になります。

>平将門さまをお奉りしている神社を参拝する場合、成田山新勝寺は行ってはいけないと一般的には言われますが、気にする必要ないのでしょうか? よろしくお願いします。

結論から言うと両方の神社、仏閣を詣でたとしても全く問題はありません。

私は両方、詣でていますが、祟りや戒めにあったことは一度もありません。

しかしながら、この通説は広く伝わっているらしく、今年の初めごろにもツイッターなどで盛んにツイートされていて、Yahooの急上昇キーワードでも「成田山新勝寺」、「神田神社」、「平将門 祟り」などが取り上げられていました。

このような通説が広まっている理由としては、平将門公が敗北する原因となったのが、成田山の修法による調伏の祈祷によるとされていることがあります。

平将門公は戦において常に追い風に守られる形で連戦連勝を続けていたとされています。

しかし、成田山の調伏祈祷により風向きが向かい風に変わり、劣勢においやられた上、打ち取られたとされるお話もあります。

つまり、このことから平将門公は、成田山に対する恨みを抱き、成田山系の仏閣に参拝して神田神社など自分の御魂を祀る神社に詣でるものには神罰を与えるという通説が流れ始めたということです。

世間一般では、平将門公は祟り神のような存在として恐れられている節があり、そのため、畏敬の念というレベルを超えて「何だかおっかない存在」というとらえられ方をしているようです。

少し寂しい限りではありますが、ある意味、致し方ないのかなとも思います。

FGSの会においては、FGS会報メルマガESSの記事の中で「【霊界見聞録】平将門の霊的真相!」というタイトルでお話をさせて頂いたので、ある程度、平将門公に対する印象は変わった方もいらっしゃるかとは思います。

しかし、世間一般において、中々、印象を覆すのは難しいのかも知れません。

私が記事にすることによって、反発や異論が噴出しそうなので、迷っていましたが一応、私自身のスタンスを表明する意味でも一度、お話しておこうかと思います。

さて、繰り返しになりますが、私のスタンスとしては、神田神社、成田山新勝寺、どちらもありがたく参詣させて頂いております。

そして、そのことにより、重大な戒めや神罰の類を被ったことは一度としてありません。

さらに言えば、そもそもが、この通説の根拠である成田山の調伏祈祷が平将門公が打ち取られる原因を作ったからという考えがイマイチ、私的には納得が出来ない部分もあります。

それは何故かといえば、さかのぼれば、そもそも、日本国に仏教が伝来した頃のことを思い起こしてみます。

元々、日本には古来より神道がありましたが、仏教は外来から取り入れたものです。

仏教を日本に積極的に取り入れたのは、日本人ならば誰しも知っている聖徳太子です。

聖徳太子がいなければ、もしかしたら仏教は日本に定着しなかったかも知れません。

なぜならば、先ほども言いましたように日本には、古来より神道が盛んであったからです。

外来からの仏という名の神様を受け入れたくないとする勢力もいました。

代表的なのは物部氏ですね。

仏教を取り入れてより優れた国として成長していこうとする聖徳太子側の勢力と保守的で伝統を守ろうとうる物部氏が仏教を巡って対立します。

そして、事は戦に発展していきますが、結果としてこの闘争に勝利したのは聖徳太子側の勢力でありました。

結果、日本には仏教が取り入れられて日本の仏教文化が花開く端緒となったわけです。

さて、この闘いは、ある意味、仏教 VS 神道の闘いであるといえなくもないものでした。

神道を奉った物部氏は、仏教サイドの勢力に負けたわけですので、きっと恨みも凄まじいものに違いなかったと思います。

もしかしたら、仏教なんて信じたり、寺に参拝に行く人間なんて憎らしく思ったかも知れません。

どこかのお寺に参拝してから、どこかの神社に参拝しようものならば、物部氏に関連する霊統にある霊達から祟りの一つもありそうなものですね。

しかし、実際には、仏教が日本に取り入れられたのち、神道と仏教は習合していき蜜月関係になっていきます。

もはや神社か仏閣かという違いすらも意識されない時代がずっと続いていくのです。

この蜜月状態は明治政府から神仏分離令が出されるあたりくらいまで続いています。

それまでの間、日本人は神道も仏教も一緒に崇拝してきました。

誰かそのことで物部氏に祟られたという話を聞いたことはありません。

神仏分離令が出された後であったとしても、普通にお寺に行って護摩祈願を受けたり、神社にて昇殿参拝をする人はたくさんいらっしゃったと思います。

でも、このことで祟りを受けたという話は寡聞にして知りません。

日本の歴史の中では血なまぐさい戦いも多々あしましたし、その中でのいざこざや遺恨もあるかとは思いますが、きちんと神霊が鎮座する神社や仏閣を詣でたことで祟りがあるということは一切ないということです。

平将門公も単なる祟り神ではありません。

このことを理解して詣でれば何ら問題はないかと思います。

色々、お話してしまいましたが、あくまで私の一つの意見なので、受け入れるかどうかは、各人に任せたいとは思います。


では。


天心 拝


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守護霊への接し方 -人間関係で動いてほしいとき編-

こんにちは!

天心です。

「守護霊への接し方 -人間関係で動いてほしいとき編-」をお送りしたいと思います。

なお、前回は、「守護霊への接し方 -お願い事があるとき編-」をお話しましたので、宜しければコチラもご参照くださいませ。

前回はダイレクトに守護霊に動いて頂くための三つのポイントなどについてお話をしてきました。

守護霊が動く際の基本ポイントなので重要な内容でもあったわけですが、今回は、さらに話を進めて人間関係において人を動かしていくために守護霊にお力添えをいただく方法について言及していきたいと思います。

今までは自分と守護霊という間においてのやり取りであり、あくまで自分のことに限定した事柄でもありました。

しかし、私たちの人生においては、自分だけの問題ではかたずけられないことも多く存在します。

人と人とのかかわり合いが社会を形成している以上、人間関係がどのような影響を人生に働きかけてくるのかも私たちが人生を生きる上で決して無視できない要素でもあります。

つまりは、他人の存在とどう付き合っていくのかがポイントになるわけですね。

ところで守護霊はいつでも自分の味方であるわけですが、他人との関係には一切関知しないのでしょうか。

そんなことはありません。

自分自身にも守護霊がいるように他人にも守護霊がいるわけです。

守護霊は私たち人間同士の橋渡し的な役割もしてくださいます。

私たちは通常は現世において言葉を通してコミュニケーションします。

しかし、私たちは現世の肉体よりも高次の次元にあがれば霊的な存在でもあります。

霊的な存在である以上、霊的な次元におけるコミュニケーションも存在しているのです。

何だか不思議な感じがするかも知れませんね。

でも、私たちの現実的な体験として無意識のレベルで心と心が通じあったりすることがあることは周知の事実です。

何となくウマがあったり、ご縁が結ばれたりする機会が発生する裏側では、守護霊が霊界にて霊的なコミュニケーションを取っている可能性が高いといえます。

だからこの霊界におけるコミュニケーションを利用しないのは勿体ない話でもあるのですね。

では、どうやって守護霊に人間関係上のことで動いて頂くのが良いのでしょうか。

簡単に言えば、守護霊同士のコミュニケーションを促進することにポイントがあります。

例えば、ちょっと苦手な同僚がいたとします。

どうにも波長が合わなず、ぎくしゃくしてしまう関係だとすると現実的にこの関係を解消していくのは、中々難しいものです。

そんな時こそ守護霊に動いて頂くのが良いわけです。

自分自身の守護霊に「守護霊様。私の職場の同僚に苦手なタイプの○○という人がいます。私としてはこの同僚の××なところが苦手です。先方も私に対して腹に何かを持っているように感じます。人それぞれに考え方やタイプは異なるものですが、出来得るならば、双方気持ちよく仕事をしていきたく存じます。何卒、よろしくお願いいたします」

このようにお祈りしてみましょう。

この時点では、通常の守護霊への語り掛けと同じです。

しかし、ここからがちょっと違います。

自分の守護霊に祈ったならば今度は、苦手な同僚の守護霊にもお祈りしてみましょう。

守護霊への語り掛けやお祈りというと自分の守護霊だけにしかできないという思い込みを持ってらっしゃる方もいるようですが、そんなことはありません。

礼儀正しく節度をもって語り掛ければ他人の守護霊であっても動かすことは出来るのです。

もちろん、自分の守護霊とは違い、他人の守護霊は単純に意見を聞いてくれるわけではありません。

やはり、そこにはコツがあります。

どのようなコツかといいますと、相手の幸せや魂の成長を願う気持ちで接するということです。

今回の例題でいえば、同僚の幸せと魂の成長を願う気持ちで守護霊に接することが大事になります。

決して、憎ったらしいという気持ちで、語り掛けても相手の守護霊は当然、聞いてはくれません。

どんなに苦手な相手にも守護霊はいて、その人の魂の成長を願っているものです。

ですから、その守護霊の気持ちを汲んだ形での語り掛けでなければ意味がないのですね。

「○○様の守護霊様。私、△△は○○様とお仕事をさせて頂く関係です。いつもお世話になっています。でも、どうしても苦手意識があり、うまく関係性が築けません。私は○○様の××なところが苦手でして、もしかしたら○○様にとっても私のどこか苦手に感じているところがあるのかも知れません。私自身も○○様にとって苦手に思われている部分がありましたらなるべく改善したいと思います。何卒、○○様の守護霊様もできれば私の思いもくみ取って頂いた上で○○様にとっても幸せで魂の向上となるようなお導きを与えてあげて頂ければと願います。よろしくお願い申し上げます」

このような形で相手のことも考えながら相手の守護霊に語り掛けましょう。

するとお互いの守護霊が状況を踏まえた上で霊的なコミュニケーションを取り始めて、二人の霊界を調整するように動いてくださるのです。

お互いが嫌悪したり苦手意識を持つような方向に向かわせる霊界になっている状態を少しずつ改善されるように守護霊様方が動いてくださるわけです。

これが自分の守護霊だけでなく、相手の守護霊も動かすコツであり、このようにすることで人間関係を良い方向にしていくことが出来るということです。


関連記事 : 守護霊への接し方 -良くないものを感じたとき編-コチラから!

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【2015年4月度】神田明神への参拝

2015年4月度神田明神月参りをしてまいりました。

4月は桜花の綺麗な月ではありますが、ちょっと趣の異なる参拝をさせて頂きました。

いつもは、快晴の日を選んで参詣していたのですが、今回はあえて雨降る中の参拝を斎行いたしました。

しっとりとしたウェットな感じの中、神田神社に詣でたわけですが、雨にも負けず、まだ桜花は、全て落ちてしまうことなく、7割程度の花弁を残していました。

落ちた花弁はピンク色の輝きでもって道を舗装しています。

雨の日でなければ見られない光景でもありますね。

人は快晴の日ばかりを有難いと思い、雨の日を何となく忌避しがちではありますが、如何なる時にもそこには、神様が作られた世界の美しさを反映する何かがあるものです。

それを感じられなくさせているのは、人の思い込みという呪縛観念なのかも知れません。

そんなことを感じながらしっかりと参拝をさせて頂きました。

また、いつも通りではありますが、FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せを祈念させて頂きました。

平将門公の霊威も拓いて一層の力強さを感じる神田明神様でもありました。

また、毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂きました。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝


kanda_201504_sakura.jpg
神田神社 力強く咲き残る桜



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守護霊への接し方 -お願い事があるとき編-

こんにちは!

天心です。

「守護霊への接し方 -お願い事があるとき編-」をお送りしたいと思います。

なお、前回は、「守護霊への接し方 -質問があるとき編-」をお話しましたので、宜しければコチラもご参照くださいませ。

前回は守護霊への質問の仕方やどのように答えを受け取っていくのか等についてお話させて頂きました。

今回はダイレクトに守護霊に動いてもらいたい時にどうするのか考えてみたいと思います。

守護霊とは「守護」とあるように基本として守りの存在です。

私たち自身の魂の旅路を見守り、正しくこの世で魂の意志を全うしていくためのフォローをしてくれる存在だといえます。

なので、基本的にスタンスは守りや受け身なところがあります。

守護霊がいるならばもっと助けてくれてもいいじゃん!

と人生には泣き叫びたいような時もあるかと思いますが、守護霊というのは基本的には腰が重い存在なのです。

余計な干渉をして守護をしている当人の魂の成長を阻害してしまわないことを常に意識して活動しています。

だから、下手をするとほっといたら何もしてくれないことだってありえます。

とはいえ、その人の人生において天命にかかわるようなこと、緊急事態(守護霊目線で見た場合に限る)の場合は、そうはいっても動いてくださいますが、それ以外の至れり尽くせりなフォローを単に期待していても叶うことはありません。

なので、どんなに立派な守護霊が守護してくれていたとしても、それだけで人生がスムーズにいくわけではないということです。

では、殆ど守護霊の応援を頼んだり、有効的に動いて頂くことは不可能だということなのでしょうか。

いいえ、そうではありません。

守護霊だってもとは人間である場合が多いので、人情の機微を理解していますし、手を貸してくれることはありえます。

ただ、自分の立場をわきまえているからこそ、やたらと干渉しないだけであって、本当はすごく助けてあげたいと考えている場合も多いのです。

だから、守護霊に自分自身のためにどうにか動いてもらうためには、ちょっとしたコツをつかめば不可能ではないといえます。

そこで今回は守護霊が思わず積極的に動いてしまう基本ポイントをご紹介してみたいと思います。

1.まずは主体的に自分が動く

「守護霊様~お願いしま~す。今月はお小遣いがピンチです!給料も少ないのでアップしてください~!!」とお祈りだけしたとしましょう。

守護霊は一応は耳を傾けて聞いてはいますが、おそらく、右から左に聞き流すことでしょう。(笑)

それはちょっと言い過ぎですが、すぐに願いを叶えてくれるべく動いてくれるかといえば、結論はNoだといえるでしょう。

先ほども言いましたが、守護霊は守護する存在なので、多少の苦境では原則として動きません。

極端な話を言えば、無一文になって飢え死にしそうとかなら、動いてくれるかも知れませんが、単なる甘えのお願い事は、積極的には叶えようとはされないものです。

しかし、このようなお願い事でも守護霊に動いて頂く方法はあります。

それは、まずは、自分自身が積極的に動くという姿勢を見せることです。

お小遣いが足りないならば無駄使いをやめて節約する、給料が安いならば、仕事で成果を出せるべく努力を見せる、あるいはその結果として上司に交渉するなど、現実として当たり前の行動を自らとることも大事なことだといえます。

そのような姿勢を見せると守護霊も動こうとしてくださるわけですね。

2.誓いを立てる

単にお願い事だけをしてくる人を好む人はいませんよね。

守護霊も同じです。

お願い事ばかりでは、守護霊としても困ってしまいます。

人間の方にもお願い事があるように守護霊にも希望することがあるのですね。

守護霊の希望とは、私たちの魂の成長です。

だから、お願い事だけするのではなく、お願い事が叶うことを通じて自分自身の魂の成長を同時に願い誓うのです。

「守護霊様~今月、お小遣いがピンチです!給料も安いので厳しいです。今後、精一杯の無駄使いの引き締めや、仕事への精進をしてく所存です。そして願いが叶うための自助努力も欠かしません。そして、何より今回のお願い事が自分の魂の成長につながるようにしてまいりますので何卒、ご助力くださいますように!!」

という具合にしていくと守護霊としてもより動きやすくなるということです。


3.必ず叶うと確信する

お願い事をするときには中途半端な気持ちであっては難しいものです。

しっかりと「何としてでも叶えるんだ!」という強い信念を持っていることが望ましいといえます。

叶うかな?叶わないかな?なんていうフラフラした気持ちで守護霊にお願い事をしても守護霊としても「どうしたいの?」と眉をひそめてしまいます。

なので、お願い事をするときには「絶対に叶う、叶える!すでに成就している!!」と確信することが大切です。

自分自身の本気度合がそのまま守護霊の動く度合に比例してくるものでもあります。

守護霊が全然、動いてくれてないような気がする(泣)という方を時々、見かけますが、その場合は自分自身がどれほど真剣に取り組んでいるか、どれほどの信念をもって事にあたっているかを見直してみる必要があるとといえるでしょう。

以上、三つのポイントを踏まえて守護霊にお願い事をするとき今まで以上の加護を得ることが出来るのではないでしょうか。


関連記事 : 守護霊への接し方 -人間関係で動いてほしいとき編-コチラから!

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守護霊への接し方 -質問があるとき編-

こんにちは!

天心です。

「守護霊への接し方 -質問があるとき編-」をお送りしたいと思います。

なお、前回は、「守護霊への接し方 -不安で仕方がないとき編-」をお話しましたので、宜しければコチラもご参照くださいませ。

前回は不安で仕方がないという状況に陥って、落ち込みがちなときの守護霊との接し方についてお話させて頂きました。

今回はもっとアグレッシブに守護霊と関わっていく方法について触れてみたいと思います。

今までは守護霊との親和性を高めたり、交流を行っていく導入部分といったところにあたるお話でした。

やはり、もっと守護霊の存在を実感したり、より深くコミットしていくためには、もっと具体的なキャッチボールとなるやり取りを守護霊と行っていくのが良いかと思います。

守護霊とのキャッチボールとはすなわち「対話」です。

自らの意志と守護霊の意志とが交わることで、はじめて守護霊との交流をしているといえるのではないでしょうか。

しかし、このようなお話をすると急に難しいことのように感じてしまう方もいらっしゃることと思います。

つい最近までその存在すら認識していなかった相手に対して、対話をしていくというのは、非常に困難な印象を受けるのも無理はありません。

ですから、いきなり守護霊と対話をしようと意気込んだり、構えたりする必要はないのです。

最初の段階としては、まずは守護霊に対して質問をしてみるということをやってみることがおすすめです。

自分自身のことや、常に疑問に思っていることなどをどんどんと守護霊に質問として投げかけてみましょう。

遠慮はいりません。

質問の内容が大したことがないからといって守護霊は怒ったりすることはありません。

だから、疑問に思ったことはどんどんと守護霊に語り掛けて聞いてみましょう。

しかしながら、質問を投げかけてみても、その答えはどうやって受け取るの?と思われる方も多いと思います。

このことに関しては、過去記事のお話の中でも再三に渡り、取り上げていますが、守護霊は私たちが投げかけた質問などに対しては、サインという形で答えてくれることが多いといえます。

サインというのは、質問に対する象徴的な現象、事象を指しています。

具体例を挙げれば、「今好きな人がいるのですが、私はどのように振る舞っていくと良いのでしょうか!」というような質問を守護霊に投げかけたとしましょう。

守護霊が目の前に現れて、「それはね、・・・」という具合に答えてくれるならば一番良いのかも知れませんが、霊的感性が未発達な人に対しての場合には、その方法が使えません。

なので、守護霊は現象を起こすわけです。

現象を起こすというと何だかすごく特別な事が起こるかのような気がしますが、そうとは限りません。

例えば、たまたまテレビをつけた瞬間に映画か何かが放映されていて、その中の登場人物が「もっと素直になりなよ!考えてたって前に進めないよ!」というセリフをしゃべっていたとします。

もちろん、その時間帯にはテレビ局の都合で、番組表が組まれているわけですし、放映されている映画の登場人物がしゃべっているセリフは何らかの物語上で意味するものであるはずです。

なので、現実的に考えれば、そのこと自体は、単なるたまたまテレビをつけたら流れてきた言葉を聞いたというだけの話かも知れません。

しかしながら、守護霊への質問の後は、かなりの高確率で質問の回答になりえるキーワードを耳にする機会が増えてきます。

テレビ放映の内容や映画の登場人物のセリフはテレビ局の都合や脚本上のことであったとしても、なぜ、そのタイミングで耳にするのかという点が非常に大事なわけです。

一見、無関係に見えて、守護霊はそういった偶然的な事象を使って、サインを示してくれたりするのですね。

また、ダイレクトに言葉で表されるとは限りません。

答えになりうるような象徴的な場面に出くわしたり(例えば、街を歩いていたら、合コンの二次会に移動中と思しき男女の集団がいて、そこでさりげなくいい感じの男女二人がうまい具合に集団から抜けて二人っきりになっているのを目撃するなど)、実際の質問の答えとなりえるような出来事(好きな人と二人っきりになり話をするチャンスが出来るなど)が起こったりすることもあります。

サインの現れ方も様々なので、必ずこういったあり方で現れるというものではないのです。

また、サインは大抵、一度とは限らず、むしろ何度か繰り返されることが多いといえます。

逆に言えば、何度も繰り返される質問にまつわる共通点を持つ現象、事象は、守護霊からのサインである可能性が大だといえるでしょう。

守護霊に質問して、自分の周囲に現れるサインに注意することで、守護霊との間接的な対話が取れることになります。

最初は、「これは本当にサインなのかな?」「サインの意味が今一つわからない」といった印象を受けることも多いと思いますが、これは対話を続けていくうちに段々とコツがつかめてきます。

逆に言えば、やっていかないとよくわからないままなので、まずは何でも良いので質問をしてみることも大事かと思います。


関連記事 : 守護霊への接し方 -お願い事があるとき編-コチラから!


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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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