人生の景色を楽しもう


人生という道すがら

流れていく景色は様々です

好きな景色もあれば

苦手な景色もあるでしょう

でも、旅路を終えて振り返れば

どんな景色も懐かしさとともに

楽しく感じる日がきます

人生を評価するのは

人生を終えてからにしたらいい

それよりも

今流れていく景色を

今しか見ることが出来ない景色を

しっかりと心に残しておくことです

人生のどんな景色でも

いつかその景色が

懐かしく感じる日が来るものです

だからどんな景色も

かけがえのない

人生における

味わい深い

景色なのです

人生の景色を楽しもう


830b29127d94485634143da696e3b165_s.jpg


◎クリックご協力ください!

スポンサーサイト

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

【時事ネタ】日経「私の履歴書」呪いある?

今回はスピリチュアルということに一見そぐわなそうなビジネス・経済に関する記事に着目してみました。

ビジネス・経済という分野にしては、場違いな感じのする「呪い」という言葉に思わず反応してしまいました。(笑)


★日経「私の履歴書」呪いある?
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6164649



-----
日本経済新聞の朝刊最終面に載っている連載「私の履歴書」は、毎月1人を取り上げて月初から月末まで自伝風の文体で人生を紹介する名物連載だ。最終面の見やすい場所にあるので、この連載の読者は多いだろうし、この欄への登場は、「功成り名を遂げた人」の認定を受けたようなものだ。「将来はこの欄に登場するような人物になりたいものだ」と人生の目標を決めている人もいるのではないか。(ダイヤモンド・オンライン)
[記事詳細]
-----


記事の趣旨を掻い摘んでまとめてみましょう。

日経新聞といえば、ビジネスマンご用達の必須アイテムのような印象があるわけですが、その日経新聞の中の名物連載ともなっているものに「私の履歴書」という、成功している経営者の人物伝のようなものを紹介しているページがあるそうです。

もちろん、天下の日経新聞のページを割いて掲載される企画ですから、そこに取り上げられるのは経営者としてはとても名誉であり、ある意味ではステータスの一つともいえるわけです。

しかし、そんな栄誉ある「私の履歴書」には、呪いでもかけられているのではないか?と疑いたくなるある頂けないマイナス的傾向があるようです。

それは、「私の履歴書」に掲載されるとその経営者が携わる会社のROE(自己資本利益率)が下落するというものでした。

簡単に言えば、その会社の収益が傾き悪化するということです。

折角、栄えある「私の履歴書」に掲載されるほど、事業が上向いていたところ、掲載された途端に収益が傾くというのは、経営者からしたら悪夢といえるでしょうね。(汗)

しかしながら、この手の話は、「都市伝説的なものなのでは?」「偶々、業績が悪い時期に当たってしまったのでは?」という当然な疑問も浮かびます。

確かに「呪い」なんていう言葉が出てくるものは、大抵は噂話に尾ひれがついた、まさに都市伝説的なものが多く、結構、いい加減なものもあるのが現実です。

この記事もそんな事柄の一件に過ぎないのではないかと私も思いましたが、記事を読んでみるとそうでもないようなのです。

意外ときちんと数年を通して、統計を取り、掲載された経営者の会社の業績を分析してみると軒並み、ROEが下落しているということでした。

なぜ、このようなことが起こってしまうのか、記事の中でも分析されていますが、明確な回答は見いだせてはいないようです。

記事の筆者も「読者の皆さんも理由を考えてみてください!」と呼びかけていましたので、私も少し考えてみました。

と言っても、このブログはビジネス・経済ブログではありませんし、そういった専門的な分析をする場でもありません。

ということで、スピリチュアル的に要因を考えてみました。

まず、言えることは、全体の傾向として、「私の履歴書」に掲載されている経営者の会社の業績が悪化するわけですから、個々の経営者のスピリチュアル的なマイナス要因だけでは、説明は出来ないものと思います。

では、「私の履歴書」が呪われているのか?という記事にもある解釈が妥当なのかといえば、そうとは言えないような気がします。

例えば、日経新聞に掲載されたら、軒並み業績が悪化するとかであれば(そんな事実はありませんし、あったら怖いですが(恐))、ある種、日経新聞を所管しているところに何か因業があるのかと疑えるかも知れません。

しかし、実際には、そんなことはなく、「私の履歴書」という企画で掲載された場合にだけこのようなマイナス傾向が現れてくるわけです。

このような事実関係からすると単純に何かの呪いというような話ではないと思われます。

むしろ、日経新聞の「私の履歴書」というものに原因を見出すよりも、そこに掲載される経営者の傾向に目を向けるべきなのかも知れません。

先ほど、経営者個々人のスピリチュアル的なマイナス要因だけでは説明できないとお話しましたが、個々を見るのではなく、ここでは個々に共通するものを見ていくことが大事です。

「私の履歴書」に掲載される経営者の特徴で共通するものとは何であるのでしょうか。

それは、皆、一様に成功しているということです。

それもちょっと成功したというものではなく、第一人者とされる人であったり、スポットライトを浴びるほどの人だということです。

当たり前といえば、当たり前のことですが、ここに一つのヒントがあるような気がします。

大成功を収めるということは、正のエネルギーはマックスに顕現し、陰陽の働きで言えば、陽の極まりの状態です。

何事も極まると逆転するという変転の理がありますので、陽が極まると陰に転じます。

つまり正のエネルギーが極まると今度は負のエネルギーが出やすくなってくるのですね。

易経の大成卦の最初に記される卦に乾為天(けんいてん)があります。

乾為天(けんいてん)は、陽の極まりを意味してエネルギー全開の様相を表しています。

そして、卦の中にあらわされる爻(こう)の最も極まった上爻(じょうこう)の辞には、「抗龍悔いあり」という言葉があります。

意味としては、上り詰めた龍は下るしかなく、それ以上に上ることが出来ないから、上り詰めたことを龍は悔いるだろうということです。

「私の履歴書」に掲載されてしまうほど上り詰めている経営者は、次なるムーブメントを起こし、余程、現状に胡坐をかかぬように気を付けないとその先には下落が待っているということなのかも知れません。

実際、「私の履歴書」に掲載されるとROEが下落する事実は、経営者の間でもそれなりに知られているようでもあり、取り上げられることに難色を示す方もいるのだとか。

しかし、もし、原因が陽の極まりになるのであれば、そのことに気付く以外に転落を免れる方法はないのかも知れません。

あくまで一つの解釈であり、他にも要因があることかと思いますので、一つの意見として受け止めて頂ければと思います。


天心 拝


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

【超略解シリーズ】 老子 -古えの善く道を為す者-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-
【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-
【超略解シリーズ】 老子 -営魄を載んじ-
【超略解シリーズ】 老子 -三十の輻-
【超略解シリーズ】 老子 -五色は人の目を-
【超略解シリーズ】 老子 -寵辱には驚くが若し-
【超略解シリーズ】 老子 -これを視れども見えず-


それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 古えの善く道を為す者 ◇◆


【原文(書き下し)】

古(いにし)えの善く道を為す者は、微妙玄通、深くして識(し)るべからず。
夫(そ)れ唯(た)だ識るべからず。
故に強いてこれが容(よう)を為さん。
予として冬に川を渉るが若(ごと)く、猶(ゆう)として四隣(しりん)を畏れるが若く、儼(げん)として其(そ)れ客の若く、渙(かん)として冰(こおり)の将(まさ)に釈(と)けんとするが若く、敦(とん)として其れ樸(ぼく)の若く、曠(こう)として其れ谷の若く、混(こん)として其れ濁れるが若し。
たれか能(よ)く濁りて以(もっ)てこれを静かにして徐(おもむろ)に清(す)まん。
たれか能く安らかにして以てこれを動かして徐に生ぜん。
此の道を保つ者は、盈(み)つるを欲せず。
夫れ唯だ盈つるを欲せず、故に能く敝(やぶ)れて而(しか)も新たに成る。


【超意訳】

昔の道を心得た者は、とても神秘的で高次元であるためその働きや能力を深く推し量ることは出来ません。
推し量ることは出来ないのですが、あえて表現するならば以下のような感じです。
冬の冷たい川を渡る時のように慎重で、ゆっくりとあたりを観察し、厳粛な礼節をわきまえた客人のごとき気品があり、それでいて、氷のように溶けてしまえば綺麗さっぱりその形を止めることはない、削られる前の素朴な丸木のような飾り気もなく、広々として深い谷底のように懐深く、濁れる水のごとく混沌として複雑な有り様を持ちます。
濁れる水が透き通るまで静かに動かずに居られる者が他にいるものでしょうか。
ことさらに動かないで安らかな状態のまま何かを創造し続ける者が他にいるものでしょうか。
道に準じて生きる者は、満たされようとはしません。
満たされようとしないからこそ、例え滅びても新たに生まれ変わることが出来る。


【超解説】

道(タオ)を体得した人というものが如何なる人なのかということについて述べられています。
老子の特徴的な点として、「道(タオ)」は人智では推し量れないとしている点ですが、その言葉はそのまま老子道徳経という言葉がつづられたものをも否定してしまいます。
そのあたりの苦悩というか矛盾を承知の上で何かを紡ぎ出そうとする熱意のようなものをこの文からは感じますね。

あえて道を体得した聖人の特徴は、大きなくくりで言えば、とても消極的な人に見えるということです。
冷たい川は渡らないし、周囲に気を配って容易には動かない。
それでいて、素朴で派手さはなく、谷底のように懐が深い、そして混沌としている。
一見すると単なる臆病者で自分のことに無頓着な人という印象ですね。

でも、人は見かけにはよらないということでしょうか。
一見、消極的なように見えて、どこまでも物事を創造するエネルギーと働きを持っているというのです。
何もしなくても創造されていく、満たされようとしないけれど、いつでもエネルギーに満ちている。
そんな人が昔から言い伝えられている聖人というべき人だと老子は言っています。

満たされようとしないからこそ、そこに無限のエネルギーが湧いてくる。
丁度、引き寄せの法則のように無限のエネルギーそのものに自身がなってしまい、感じることが、創造における全ての原初であると言えるのかも知れません。


以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

心に残った守護霊からのメッセージ46

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


---------------------------------

罪を憎んで人を憎まず

罪があり

裁きがあるならば

最後は許しで締めくくるなり


---------------------------------

この世に生きていれば、罪なことは沢山あるのかも知れません。

人類の歴史には罪を暴いてつるし上げてきたものがあります。

現代においてもまだ、その傾向は色濃く残っています。

守護霊様がある時おっしゃったのは、罪というものを明らかにする本当の意義というのは、罪は最終的には許されなければならないものだからだということでした。

その時に頂いたメッセージになります。

どんな罪も最後には赦す心がなければ、終わりがないということなのかも知れません。


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

取次鑑定のご感想 Part11

守護霊アドバイス、天命・過去世調査、遠隔浄霊などの取次鑑定のフィードバック、ご感想などを日々いただいております。

なかなか、ご紹介できないものも多い中(プライバシーに関する部分も多いので)、いただいたものから、ご紹介可能なものを少し発表してみたいと思います。

今回は遠隔浄霊、守護霊アドバイスのフィードバックを集めてみました。


☆遠隔浄霊


~~~~~~~~~

霊的な処置をしていただいた霊道に対する感覚的なことは、最初の頃は夜寝入りばなとか朝方起掛けの意識が薄ら薄らしていた時、よく残り香的な感覚がありました。
そういう時はアドバイスの通りに初めはシカトしているのですが、どうしてもそれが難しくなった時には教えていただいた呪文を何度も唱えているうちに次第に消えてなくなっていく・・ということが2~3回くらいありました。
でも今はおかげさまでそういうこともなくなりましたしまた、夜は安心して眠れるようになりました。

そして、前回霊線で繋がっていた霊人様の浄霊後は自己との対峙がかなり楽にできるようになりましたが、今回の○○*1の浄霊後は感覚的なことに変化がでてきた感じがします。
自身の波動が下がってきたなと思うとき、気がついたら直に気分転換などを心がけることができるようになりました。
というのも、今までですとあまり気にしない、または気にはなってもそこに浸っていたいごとくそこから抜け出せないことがよくありましたので。

それにしてもここの差は心根を改善していくにあたっても、そして背後の霊界にも影響は大きく響いてくるところではないでしょうか。実感しています。

・・・中略・・・*1

おかげさまで霊的なことに対する考え方や携わり方が少しずつですが正常化してきました(笑)
以上がここ1ヶ月の経過です。
これからも心根改善、背後の霊界向上のためには、まだまだ修正していくところが出てくるとは思いますが、その都度内観しながら精進してまいりたいと思っています。

天心様、本当にありがとうございました。


40代 女性

~~~~~~~~~

先日の母の遠隔浄霊のフィードバックです。
その前に、実は母には天心様からお取次ぎをしていただくことは伝えていませんでした。
それと勝手ではありましたが母には一部私の言葉に変えて天心様のお取次ぎの報告を伝えました。
(母は霊的なものに対しては抵抗があまりないので説明はしやすかったのですけど、「生霊」に対してはちょっと説明がむずかしかったのでそこのところを省いて説明しました。)
すみませんでした。

まずはそのことのお詫びと、天心様へ「お世話になりました。ありがとうございました。」と母が申しておりましたことを伝えさせていただきます。
初めは母の具合から聞いたのですが、ここ2~3日くらい前から(浄霊していただいてから)とても調子が良いそうで息苦しいことへの心配がなく生活できているそうです。
また本人も心配が原因であることは知っていたためか「心配しかけたらすぐに気持ちを切り替えることにしている」と前向き発言までしていましたことには私もちょっと驚きました。

なので、もう大丈夫そうだから取次ぎの報告はしなくてもいいかな?と一瞬迷いましたが、やはり話はしといた方がいいなと思い直し、内緒で浄霊を依頼していたということと天心様からの報告の後半部分の貰い受けした霊障の話を伝えました。
それと「霊障によって息苦しくなるのではなく、息苦しくなる原因となる心配をすることから抜け出せなくなるようにすることが霊障なんだよ」と変に霊障を怖がらないようにと思い付け加えて説明しましたところ、それらのことは理解してもらえたようでした。
天心様にお取次ぎしていただく前は息切れや息苦しさといったものが酷かったようでして、本人も相当懲りていたようでしたが、それが急に調子よくなったことに本人は不思議に思っていたらしいのです。
この一連の話をしたことで理由が理解でき、本人も気持ちの切り替えを常々心がけていくことを強く心に誓ったようでした。

今回は電話で報告をしたのですが、浄霊していただく前としていただいた後の母の声が全然違っていたことには私も大変驚きました。
およそ4年半前に私がこちらに嫁ぐ前は母とは毎日一緒にいて、しかも私をとても頼りにしていたものですから、寂しく辛い思いをさせてしまっていることが気になっていましたので、母のとても前向きで明るい声を聞き私自身もすごく安心しましたし、私としましても母の力になれたことは喜ばしいことでした。
天心様から遠隔浄霊をしていただいて、母の身体の改善だけではなく母と私との絆も深めていただけたように思います。

あと私自身もこの心配性のところは母と似ているところではありますし、気がつくと無意識にしてしまっていますので、気をつけていこうかと思っています。

本当にありがとうございました。


40代 女性

~~~~~~~~~


☆守護霊アドバイス


~~~~~~~~~

守護霊様からのアドバイスを取り次いでいただきありがとうございました。

やっぱりという感じです。

・・・中略・・・*1

しかしその苦しさの反面、私自身最も成長させられた場であり
とても貴重な経験をさせてもらえたと感じている自分がいます。
今回の守護霊様からのアドバイスはそんな私の本心を指摘してくださって
いるように思います。

私の魂の修行の場は今いる場所であり、成長のためにはもっと深く
観察し考え、気づいていきなさいということなのですね。
私の家庭や身内は少し普通とは違い、また様々な問題が複雑に絡んでおり

所謂一般的な考え方では解決は見えてこないように思ってきました。
それでも今まで自分なりに悩み考えてきたつもりですが、まだまだ頑張って
いろいろな観点を得て、気づいていきたいと思います。

それが私の魂を磨くことになり、周りの幸せに繋がるのだと思いました。
私が今いる場所から離れ、個人的に何か新しいものを探すのはやはり
違うのでしょう。

今いるところで頑張ります。
たくさん考え、問題の裏側にある様々なところに気づいていけるよう頑張ります。

・・・中略・・・*1

今日、守護霊様からのアドバイスがあれば嬉しいなと思っていました。
思いが伝わった気がして嬉しいです。
感謝の気持ちでお参りさせていただきます。

貴重なアドバイスをいただきました。

本当にありがとうございました。


40代 女性


~~~~~~~~~


*1 天心註釈:プライバシーに関わる具体的な内容部分であったり、長めのご感想であるため省略いたしました。


他にも沢山のフィードバックをいただいておりますが、今後、折を見て発表できればと思います。


また、過去にご紹介したフィードバックをご覧になりたい場合は、「【一覧】取次鑑定・遠隔浄霊フィードバック」をご参照ください。



天心 拝


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

伝手(つて)を求める霊

先祖という言葉を聞くとどうしても亡くなってから長きの期間が経過した方々をイメージすることが多いような気がします。

しかし、実際には私達の一番身近な先祖というのは、両親です。

次に身近なのは祖父母ですね。

もちろん、まだ存命中の場合が多いので先祖という言い方をすることはありませんが、家系上、あるいは血脈的つながりとしては、先祖的なつながりがあるといえます。

実際、私達は、家系や血脈、その他もろもろの関係性の中でスピリチュアル的には霊線と呼んでいるものでつながりあっています。

スピリチュアル世界においては、霊線のつながりがあるものは、より大きな影響を受け合うという法則があります。

とは言え霊線にも濃いもの薄いもの、強いもの弱いものがありますので、単純に霊線としてのつながりがあるからと言って、多大な影響を受けるとは限りません。

ただ、その中でも家系的な霊線、血脈的な霊線というものは、比較的に濃いつながりがあるといえるでしょう。

霊線で濃いつながりを持つもの同士は互いに影響を与え合っています。

例えば、先祖系の霊人は、生きている私達にも影響を与えています。

その影響のことを因業、因縁と呼んだり、先祖の徳という言葉で表すこともあります。

言葉にすると何だか特別なもののように感じるかも知れませんが、実際には因業を実感することは珍しいことではないかと思います。

例えば、家系で同じような病気になったり、気性が似ていたり、人生の運命的な流れも同じような傾向があったりする場合があります。

これは、現世次元の現実思考で言えば、DNA的な情報を通して身体的な特徴として現れたりすることがわかっています。

DNAは現世次元における因業を解明する手がかりになるのかも知れません。

しかし、DNA的な側面でも解明出来ていない似通った傾向というものもあります。

例えば、一番身近な例を挙げれば、結婚して籍を移す、苗字が変わるということがありますが、そうすると不思議なことに籍を移した家系にある影響を受け始めたりすることがあります。

良く言われるには、夫婦になると顔が似てくるなんていう話もあります。

これは典型的な霊的背景における霊線の組み換えが起こっているためでもあるでしょう。

もちろん、単純に籍を移したら、その家系と同じものを受けるので、同じ運命的傾向が出てくるとは限りません。

何故ならば、元々、属していた家系の影響も決して無くなってしまうわけではないからです。

また、血脈上のDNAの問題は現世次元の法則に縛られているわけなので、籍を移したからといって無くなるわけではありません。

このように実際には、複雑な霊線の組み換えやつながりによって様々な霊界と濃い薄いは別にして、関係性を持っているのが私達の知られざる真実なのですね。

様々な霊界とつながりがあるということは、一見して無関係に見えるような霊ともかかわり合いが出来ている場合があるということなのです。

そして、つながり合いが出来てしまった霊というものは、その伝手を使って干渉して来たりする場合もあるということです。

このことがあまり一般的なスピリチュアル的な実相として伝えられていない傾向があるため、結構、誤解を受ける場合があります。

例えば、先祖供養といった場合、家系図上に出てくる人たちだけが供養の対象となっていると思われてしまうケースです。

先祖によっては供養が必要がないレベルの霊界にある方は、あえて供養をしても、その真心だけを受け取り、その真心に応じて子孫を応援しようと働きかけてくれます。

所謂、救済的な意味合いではない供養の姿ではあります。

一方で下部霊界に落ち込みそこから中々、這い上がれない霊人(霊物)というものは、何とか伝手を使って這い上がろうとするため、霊線を伝って移動を繰り返します。

そして、供養という霊的な救済のフィールドにたどり着くとそこから這い上がろうとしたりするのですね。

そこで上手く這い上がれれば良いのですが、実際には霊的な背景を理解した上で霊界を動かせるだけのメカニズムに対する働きかけが出来ていない場合には、這い上がれずに失敗します。

これが霊的実相を良く分からないで先祖供養を個人的にあまりにも熱心にやり過ぎることのリスクでもあります。

下部霊界のつながりのある霊人をむやみに呼び出して救済が出来ないと余計にマイナスの影響を受ける霊人との霊線を強化してしまうわけです。

もちろん、これはあくまで極端までにやり過ぎることと救済に至らせるための霊的知識や技量がない場合です。

普通に常識の範疇で供養していればリスクは殆どありません。

また、霊的知識や技量に基づいて行う供養であれば問題はないでしょう。

話が少しずれたので元に戻します。

結論を言えば、先祖供養をいていく中では、霊線のつながりが濃いと、遠縁の霊人であっても浮かびあがってくることがあるということです。

最近は従来の言葉の定義の枠内に収まらない霊的実相があるため、説明が難しくなってきています。

このことを一応、お話しておこうと思いましてブログ記事を書くことにしました。

まだまだ、説明が出来ていない部分が多々ありますが、また、いずれ補足説明をしていければと思っています。


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

ミスリードを誘う霊的存在

何をやっても上手くいかない。

成功に向けて計画を練ってもいつしか頓挫してしまう。

何だか見えざる手に邪魔をされているような、そんな状況に陥ってしまうことが時として人生にはあるかと思います。

多くの場合、その原因を物理的な要因に求めたり、単なる運が悪いとかたずけてしまいがちです。

しかし、どんなにこの世的な目線で失敗する物事の要因を究明しようとしてもいっこうにその原因が見えてこないことがあります。

何故ならば、本当の失敗の要因が私達が通常で考えているような部分にあるわけではないからです。

誤解のないようにお話をしておくと私は決して失敗には物理的要因がないといっているわけではありません。

むしろ、この世に起こる失敗の要因を分析すれば、大方は物理的かつ現実的な原因が判明することも多いでしょう。

しかしながら、私が問題にしたいのは、あくまで、真の原因についてなのです。

例えば新規事業を立ち上げて失敗してしまったとします。

その原因は、社長が放漫経営に陥り、資金繰りや売り上げが低迷したためというのが現実的な要因だといえるでしょう。

その要因を受けて現実的な対策を考えるならば、社長がしっかりと気を引き締めて事業に臨むという当たり前の方策が浮かび上がってくることでしょう。

一見すると失敗の原因もわかり解決策も得られたことで目出度く解決と相成りそうに見えます。

実際のところ解決する場合もあるでしょうが、何度も同じ失敗を繰り返してしまうケースも意外に多くあるものです。

これは何故かといえば、現実的な原因や解決策があっても、それを正しく実行できない霊的背景があるからに他なりません。

人は正しいと感じていても、その正しいあり方を実行に移せないことがあります。

実行に移そうとしても、抵抗感を覚えたり、面倒くさいと感じてしまったりすることで、実行を断念してしまうことがあります。

あるいは、根本的に正しい考えが受け入れられない状況になってしまうなんてケースもあるでしょう。

事業の経営に失敗して、心ある友人から「お前もっとしっかり取り組まなきゃダメだぞ!」と激励されても、「ふん!そんなのわかっている。俺は精一杯やっている!」と取り付く島がないような態度をしてしまうわけです。

要するに私達が何かを成功させたい、あるいは幸せな人生を歩みたいと願うならば、正しい真理を正しく理解しそれを素直に実行するという言葉にすると当たり前のことが必要なわけです。

しかし、それが何故か出来ない、間違ってしまう、正しいことを正しくないと感じてしまう、むしろ間違ったものを正しいと受け入れてしまうといった歪んだ状態になってしまうことが意外にあるのです。

実はそのような目に見えない部分での真の失敗要因に霊的な存在の干渉があります。

霊的な存在の干渉というと何か特別なことを想像するかも知れませんね。

昔ながらの怪談話や現代の心霊話に出てくるような霊に襲われたりとか、首絞められたとか、追いかけられたとか、真夏の怖い話の鉄板ストーリーなどを思い浮かべる人もいることでしょう。

確かに中にはそういったオドロオドロシイ体験というものをする方もいるかも知れませんが、実は霊的な存在の干渉というのは、そういったものとは少し違うものです。

怪談話に出てくる霊というのは、大概は、恨みを持っていたり、誰かに明確に悪意を持って害を及ぼそうとしていることが多いものです。

しかし、実際のところは、そういう霊以外にもマイナスの影響を与えてくる存在は沢山いるのです。

誤解を恐れずに言えば、特に害を与えようと思っていない存在であったとしても、結果的に私達にマイナスの影響を与えてしまう霊的な存在というものは多々いるのです。

例えば生前から愚痴が多く、怠惰な日々を送っていた方が亡くなって、その後、成仏もせず浮遊状態の霊人として幽界をさまよっていたとしましょう。

当然のことながらこういった霊人は、霊格も霊覚も低く、霊波動も低いわけです。

ある時、たまたま、霊波長が落ち込んでいる時にそういった不成仏霊と感応してしまった場合には、その方の霊界とその不成仏霊とのつながり(霊線)が出来てしまいます。

このようなケースでは霊縁は薄いのでほっとけば離れていくことも多いのですが、その後も霊波動が回復せず、落ち込んだままでいると段々とその不成仏霊との霊線は濃くなり、受ける影響も大きくなってきます。

そうなると何が起こるのかといえば、段々と不成仏霊の持っている性格や性質に憑かれている方が似てきます。

具体的に言えば、怠惰になり、愚痴っぽくなったりするのですね。

今まではそんなに愚痴っぽくもなかったし、それほど怠惰な生活を送っていたわけでもないのに気が付けば、生活が荒れているなんていうことになるわけです。

先ほども言いましたが、憑依レベルが低いうちならば、勝手にいつしか離れていくことが多いのですが、憑依レベルが高まってくると中々、離れていかなくなりますし、同化していくことになります。

ですから早いうちに自らの霊波動を改めるようにしていくことが大事なわけです。

憑依レベルが深くなった場合には、お祓いなどで浄化しないと中々、改善しない場合もあります。

私のところにおいても遠隔浄霊などで時々、霊的ケアをされていく方もいらっしゃいます。

ちょっと脱線してきたので、話を元に戻しますと、マイナスの波動を持つ霊的存在というものは、つながりを持つだけでマイナスの影響を与えてきます。

マイナスの影響はまずはメンタルに現れてきます。

良くある誤解は、霊に憑かれるといきなり物理的な障害があらわれてくるというものがあります。

もちろん、強い影響力を持つ霊的存在であれば、そのようなケースもあるかも知れません。

しかし、本来は霊的な影響というものはメンタルに現れてくるものです。

つまり憑かれた人のメンタリティや考え方、選択などにマイナスの影響を与えるわけです。

真剣に事業に打ち込まなければならないのに遊びたくなったり、すぐに思ったことを口にして人から不興を買って、折角のチャンスを失ったり、間違ったものが正しく見えて、ひどい目に合うような選択をしてしまったりということが起こるわけです。

霊的存在のミスリードは、あまり気にしすぎてもダメですが、実際のところ、意外なところで影響を及ぼしている場合も多くあります。

もし、失敗が続いたり、あまりにも気になる場合には、自らの霊波動を上げるべく心根を改善したり霊的なケアをしてみるのが良いのかも知れません。


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

【2015年6月度】神田明神への参拝

2015年6月度神田明神月参りをしてまいりました。

時期的には梅雨の季節ではありますが、雨も降られることなく快晴の中、参拝をさせて頂きました。

今年も思えばあっという間に上半期の終わりに来てしまいました。

今年の終わりには夏越しの大祓も待っていますが、そこまでは、上半期為すべきことをしっかりと為していければと思います。

また、いつも通りではありますが、FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せを祈念させて頂きました。

毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂いております。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

今月も元気に過ごして頂ければと思います。


天心 拝


kanda_mikoshi.jpg
神田神社 神輿




◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

【守護霊問答】手に入れたいのに手に入らない理由とは?

こんにちは!

天心です。

人は誰しもどうしても手に入れたいと願うものがあったりしますよね。

でも、手に入れたいと願えば願うほど手に入らなかったりします。

手に入らないから益々、欲しくなり、執着心も強くなり、必死になって手に入れようとするけれど、さらに手に入れたいと願うものが遠のいて行ったりもするものです。

欲しいと願えば願うほど、何故、手に入りにくくなるのでしょうか。

今回の守護霊問答では、そのあたりのことを守護霊様にお伺いを立ててみました。


天心:「一生懸命になって求めるのにそういうものに限って手に入れにくいのは何故なのでしょう?」

守護霊:「一寸の針の穴に矢を射抜き通すは至難の技なり。」

天心:「それはそうですが、それと欲求が叶えられない理由は何か関係があるのdしょうか?」

守護霊:「的を絞れば絞るほど、矢で真中を射抜くことは難しい。されど、的を広げれば変わるなり」

天心:「確かに的を広げれば当たる確率は高くなりますね。でも、何かを手に入れたい時に的を大きくするとは何を意味しているのでしょう?」

守護霊:「欲望に従い、点に執着すれば的が狭まるなり。点に拘らず大いなる的を見出すことが出来れば自然と点は己が傍にあることに気付く」

天心:「拘りが強いと他の機会や大事なポイントを見逃してしまうことはありますね。物事を俯瞰してみると今まで見えなかったものが見えてきますね。でも、それではやっぱり欲しいと思っているものは、中々手に入りにくいということですね。諦める他はないのでしょうか。。」

守護霊:「釈氏の手のひらを舞う妖猿(ようえん)のごとくなるべからず。木になる実を欲するならば、その枝ごと求めよ。その枝を求めんとするならば、その木を求めよ。実は枝無くして存せず、枝は木なくして存せず。その縁起を訪ね広くものを見る」

天心:「確かに枝を切り落としてしまえば、自動的に実が手に入りますね。あるいは木ごと伐り倒しても同じですね。実だけに注意を注いでいたらそのような発想は出てこないかも知れません。実に関連する気が付かなかった要素に目を向ければ、新しい視点も手に入るかも知れませんね!」

守護霊:「点を求め、心まで点のように細く小さく虚しいものにしてはならぬ」

天心:「あまりに一点だけを見つめすぎると心もそのように狭いものになりがちですね。」

守護霊:「心狭ければ求めても得られぬものなり」

天心:「確かに求めれば求めるほど視野は狭くなっているような気がします」

守護霊:「求めるものを見ず、求めるものを奉じるものを見よ」

天心:「わかりました。ありがとうございました!」


以上が、【守護霊問答】になります。

私達はどうしても手に入れたいと思うと周囲のものも見えなくなり、そればかりを求めてしまいます。

しかし、その求めるものは、必ず何かしらの縁起によって支えられているものです。

求めるそのもの直接的に求めると、正しくその求めるものを得る方法が見えなくなってしまうことがあります。

正しい方法は、的を絞らず、大きな視点で見ることで見えてくるということなのかも知れません。


◎クリックご協力ください!

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

ツイッター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
閲覧者数
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Happy Search★ ~占いと癒しの検索ポータルサイト~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR