スピリチュアルライフについて考える(その5)

スピリチュアルライフについて考える(その4)からの続きになります。

前回は生活の基本となる衣食住「食べる」ことに関するスピリチュアリティについてお話ししました。

今回は三つのうちで「住」にあたるお話しをしてみたいと思います。

「住」というと現在、暮らしを営んでいる家や部屋、あるいは地域にあたります。

これらのものはスピリチュアルライフを送る上でどのように関わっていくでしょうか。

スピリチュアリティというと兎角、内面が重視されがちなところがあります。

霊性に直結しているのが心の働きであるがゆえに内面に注目が集まるのは当たり前のことなのかも知れません。

しかしながら、スピリチュアリティとは単なる人の内面に止まるものではありません。

私達は魂の向上として、その意志の表現をこの世で行うことを旨として生まれてきています。

表現の範囲はとても広いわけですが、生活の中で一番身近に表れるのは環境を整えるという表現ではないでしょうか。

住居である家の間取りや部屋の装飾、住環境が表しているのは、その人のスピリチュアリティを外部化したものであるケースが多いと言えます。

もちろん、内面の霊性=外部環境とは限りません。

とても、劣悪な環境に暮らしているからといって、その人の内面が劣悪であるとは限らないからです。

そのあたりのギャップはありますが、スピリチュアルライフにおいて、住環境を整える行為も大切な要素だといえるでしょう。



◇◇  環境を創りだす  ◇◇



環境というものが人間に及ぼす影響について着目した学問は実は古くから存在しています。

その筆頭を挙げれば風水です。

風水は占いと混同されたり、あるいはセットで開運ツールとして使われることもあるのですが、元々は古代の環境学とも言うべきものだと言えます。

西洋的な意味での環境学は科学的かつ論理的な解釈を旨としますが、風水で重要視されるのは気の流れです。

つまり、風水はどのような地形や色合い、向きや相性がもっとも気の巡りを良くするのか。

その結果、人間にプラスの働きをするのかを観ていくものです。

目に見えない気の流れを考慮して、ポジティブに活用していくという発想はスピリチュアリティにも通じるところがあります。

では、スピリチュアルライフとしては風水を取り入れれば良いということになるのでしょうか。

無論、それも一つの手かも知れません。

ただ、風水というものにこだわると汎用性に欠けるところも出てきます。

何より、専門的な知識を持たないと活用出来ません。

それでは、どうすればスピリチュアルライフに環境面を取り込むことが出来るのでしょうか。

風水という次元から一つ次元を上げて考えてみましょう。

風水の一つひとつの考え方や論理は別にして、一番重要なものは気の流れです。

気の流れというと何か特別な感じがするかも知れませんが、難しく考える必要はありません。

気とは感覚のことです。

感覚的なエネルギーの流れを気と呼び、自分にとって感覚的にポジティブであり気持ち良く感じるものを大事にすれば良いのです。

簡単に言えば、自分にとって気持ちの良い環境を創造していくことが理想的なスピリチュアルライフを送っていくことになります。

住環境を整えてスピリチュアルライフの環境を創りだす。

この行為そのものは生活の一部でもあり、大事なスピリチュアル的な行為であるといえるのです。


・・・スピリチュアルライフについて考える(その6)へ続く


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ジャンル : 心と身体

スピリチュアルライフについて考える(その4)

スピリチュアルライフについて考える(その3)からの続きになります。


私達の生活の基本は衣食住にあります。

その中でもとりわけ必要不可欠なものが「食べる」ということです。

人は食べるという行為を通して栄養を自らの身体に取り入れます。

何故ならば栄養素がなければ、私達の身体の骨格や健全性、あるいは活動のためのエネルギーを取り入れることが出来ないからです。

それ故に食べるという行為は人間にとって重要な要素だといえるでしょう。

では、スピリチュアルライフという観点に立った場合には、食事はどのような意味を持っているのでしょうか。


◇◇  「食」による取り込み  ◇◇


肉体的レベルにおいては、食べることとは、他者の持つ肉体的な要素を体内に取り入れるということです。

動物や魚介類、あるいは植物に至るまで、自分とは異なる存在の肉体を喰らい、栄養を補給します。

この行為をスピリチュアル的な観点で見た場合、一番身近な次元で見ると生命エネルギーを取り入れている行為だと言えます。

私達は生命のエネルギーを取り入れるために他者の生命を取り入れているのです。

食べる前に「頂きます」と唱えるのは単なる儀礼ではなく、これから生命を取り入れますという言霊を発して、目に見える物質以上のエネルギーを感じ取ることが本来の目的です。

如何なるものを食べる際にも「頂きます」と宣言し、生命エネルギーを取り入れるようにすれば、私達の現世での活力源として取り入れられるのですね。

単なる栄養素を取り入れるという観念を超えて、そこにあるエネルギーの取り込みに意識しながら食事をとることがスピリチュアルライフを送るにあたり一つのヒントになるかと思います。


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スピリチュアルライフについて考える(その3)

スピリチュアルライフについて考える(その2)からの続きになります。

私達の心には意志が宿っています。

生きようとする意志。

何かを表現したいという意志。

誰かを愛したい、育みたいという遺志。

様々な意志が交錯する世の中で私達は生きています。

しかし、私達の持つ意志は形を持たず目に見ることも触れることも出来ません。

スピリチュアリティを発揮するというのは、この目に見えざる意志の履行にあります。

誰もに宿る意志がスピリチュアリティの主体であるということも出来ます。

このことから私達のスピリチュアルライフを考えてみたいと思います。



◇◇  意志の具現化  ◇◇



「○○する」という意志はある方向性を持った存在です。

意志とは方向性や決してぶれることのない軸、全てを支える屋台骨のようなものといえるのかも知れません。

私達は一日の生活の中で様々な意志の具現化を試みます。

意志の方向性をどのように表現するのか。

私達はそれを想像し思い描きます。

この思い描くということ自体がとてもスピリチュアルな行為でもあるのです。

想像力。

私達に備わったスピリチュアル的な能力の一つです。

スピリチュアルライフを送るために欠くべからざる要素は想像することです。

私達はともすると自分自身の想像を否定してしまいます。

悪い想像を否定するのは良いとしても自分らしい素敵な想像まで否定する必要はありません。

どんどん想像して、意志の具現化を図る。

このプロセスが私達の日常でもあり、スピリチュアリティが発揮されている瞬間でもあるのです。



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スピリチュアルライフについて考える(その2)

スピリチュアルライフについて考えるからの続きになります。

スピリチュアルライフは一日の始まりにあり。

前回は一日の始まりにどのようにスピリチュアルを組み込んでいくのかについてお話ししました。

何事も始まりを正すことによって全ての方向性が決まってきます。

一日の生活をスピリチュアリティを意識した中味にしていくためには、一日の始まりにスピリチュアルを意識することが重要であることを述べました。

では、朝目覚めたら守護霊やスピリチュアルなものに意識を向けて、お祈りなどすればそれで良いのでしょうか。

無論、それだけではスピリチュアルライフを送っているとは言えませんね。

一日の生活を過ごすなかで如何なることに注意を向けると良いのでしょうか。



◇◇  生活の中で学ぶ  ◇◇



生活とは、単なる生命活動や社会活動を行うための時間ではありません。

しかし、私達は一日の多くの時間を仕事や家事、子育てや学校、それぞれの社会活動を通じて費やします。

何となく生きているだけでも時間は過ぎていきますし、命ある限り何かしらの活動を続けていくことになるのです。

これら活動そのものの中にすでにスピリチュアリティは潜んでいます。

潜んでいるという言い方をしましたが、殆どの方は表面的なかつ現実的なものの見方しかしないため、スピリチュアリティに気づきません。

私達は魂を向上させるために現世次元へと降誕しています。

ところが殆どの場合はそのことは忘れ去っているかのように表面をなぞるような日々を送ってしまうのです。

日々の生活の中に表れるスピリチュアリティに気づくだけでも、一日を生きる意味は大きく変化します。

その気づきを得るための一つのヒントを提示したいと思います。


「生活の中にあるサインに気づく」


私達の生活は魂の向上のためにあると言いましたが、そもそも魂の向上はどのようにして果たされるのでしょうか。

簡単に言えば、それは大いに学び、魂を発露させることによって果たされます。

では、大いに学ぶためにはどうすれば良いのでしょうか。

学ぶと聞いて多くの方は本を読む、話などを聞くということを想像したかも知れませんね。

確かに読書や他者の貴重な話に耳を傾けることも重要です。

しかしながら、それだけが学ぶということではありません。

スピリチュアル的な学びとは何か特定のことだけを通して行われるものではないのです。

思い切った言い方をすれば、私達の生活そのものが学びだと言えます。

職場で働いている時もお台所で料理やかたずけものをしている時もスピリチュアル的な学びの場は広がっています。

映画を見たり、友人と会食をする時も、散歩をしている時も電話やメールを打っている時も片時も休むことなくスピリチュアリティは私達に問いかけています。

別の言い方をすれば、生活のあらゆるシーンに教えがあり、何かに気づかせてくれるサインが現れているということです。

これらのことに気づいていくことがスピリチュアル的な意味における学びになるのですね。

ところが、中々、これに気づくことが出来ません。

では、どうすれば気づくことが出来るようになるのでしょうか。

答えは簡単です。

常に「問い」を発するということです。

「問い」を発するといっても必ずしも人に質問をすることだけを意味しません。

守護霊や神社の神様、仏閣の仏様、あるいは自らの魂に対して問いかけてみましょう。

「問い」を発することによって、私達は生活の中に表れるサインに気づきやすくなります。

問うことが学びの始まりであり、問いの答えは私達の生活の中で示されるということになるのです。



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スピリチュアルライフについて考える

私達の人生の中味は日々の生活にあります。

一日一日、私達は生活を積み重ねて人生を描いているのです。

素敵な人生を送りたいと考えるとするならば、それは素敵な生活を送りたいという願いにパラフレーズすることが出来ます。

如何なる人生を送るにせよ全ては生活の中にその本質があるということです。

では、スピリチュアルな人生を送ることを願う場合には如何なる生活を送る必要があるのでしょうか。

スピリチュアリティとは本来誰にでも備わっているもので、信じる信じない、意識するしないに拘わらず、人生そのものがスピリチュアリティの発揮される舞台となっています。

それ故に、生活自体もどんな生活であれスピリチュアリティから離れることはありません。

こう考えれば、スピリチュアルを意識しなくても人生はスピリチュアルそのものだと言えますし、いかなる生活もスピリチュアリティに満ちているといえるでしょう。

しかしながら、即物的な考え方、唯物論的な発想が当たり前の世の中になってくると元々、当たり前であるはずのスピリチュアリティが陽炎のように揺らめき薄らいできます。

結果、自分の本質がどこにあるのかすらわからなくなり、しまいには「人間など死ねば単なる肉の塊」だとみなすような殺伐とした発想にすら陥る昨今です。

今一度、誰にも当たり前にあるスピリチュアリティを見直してみてみたいと思い立ちました。

そこで今回、着眼点として選んだのは「生活」です。

私達は様々な生活を営んでいますが、そこにスピリチュアリティを見出すとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

あるいは、スピリチュアルを意識した生活を営むとしたらどのような心構えが考えられるでしょうか。

本来は意識しなくても誰もがスピリチュアルな生活を営んでいるとういう前提に対し、あえて、分かりやすい原則的なスピリチュアル的な向き合い方を述べてみたいと思います。

スピリチュアルライフを送るためにはどうすれば良いかに興味がある方にも参考になれば幸いです。



◇◇  始まりの意義を考える  ◇◇



物事には始まりがあります。

何事も生じるとは始まることでもあります。

この文章を読まれているあなたもオギャーと泣いて生まれた瞬間から人生が始まりました。

人生の始まりがオギャーと泣いて生まれた瞬間であるならば、生活の始まりはどこからになるのでしょうか。

それは朝目覚めて一日をスタートさせるところではないでしょうか。

「私は夜勤なので夕方目覚めます」

という方もいるかも知れませんが、いずれにせよ、生活の一日がスタートする始まりを持っているわけです。

何事も何をもって始めるか。

そこが大事です。

初発の一念が物事の方向性を決めるのです。

スピリチュアルライフはこの一日の始まりに意識カーソルを当てることから始まります。

一日の始まりに自分が一日どいういう生き方をするのか願い、誓い、祈りましょう。

祈るというと宗教的なとらえ方をする人が多いとは思いますが、別段、儀式めいた何かをしなくても大丈夫です。

私は守護霊にお祈りするということをブログで勧めていますが、ピンとこないならばお天道様でも神棚でも、なんでも構いません。

ともかく霊性を持った存在に意識を合わせて、自分がどうありたいのかを宣言する。

このことから一日をスタートさせることが最初にすべきスピリチュアルライフの最初の一歩となります。

難しく考えなくても良いのです。

始まりを正して今日の一日をスタートすれば良いのです。


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コケの一念岩をも通す

小学五年生の時のことである。

集合住宅地に住んでいた私はその敷地内にある小さな本屋に立ち寄った。

何かお目当ての本があるわけでもなく、なんとわなしに店内を歩く。

現在も続くこの習慣は、少年期も変わらなかった。

本棚をなめるように上へ下へと目線を動かし、何か面白い本はないかと物色する。

ふと奥まった場所にある本棚の棚差しになった本の背表紙を見て視線を止めた。

本を手に取ると仁王像らしき憤怒の形相をした仏像の写真が表紙を飾っていた。

タイトルはうろ覚えだが「呪術」とか「まじない」という言葉が並んでいたと記憶している。

流石に小学五年生が興味を持つような本ではない。

私自身もその本を見た時の感想は、「お祖母ちゃんが読むための本」という印象でした。

そんなことを感じながらも矛盾する行動に出る。

私は本を開いた。

内容は非常にマニアックな呪術やまじないが書かれている。

当時、まだ、スピリチュアルなことに対して、興味は持ち始めていたものの、立ち位置は非常にあいまいでした。

そのため、この時の本を読み進めた際の感想は、「何かすごいことが書かれている」ということと、「本当なのかな?」という疑問が薄っすらと混じり合っていた。

その本は基本的には呪術のお札の書き方と霊力の込め方、訓練法などが書かれていたのだが、その一節にこんな言葉を見つけた。


「コケの一念岩をも通す」


小学五年生の自分には聞きなれない言葉である。

本の説明によれば、信じて念じ切れば必ず成就するというものでした。

所謂、「念力」と呼ばれるものを言い表す表現だと本の著者は述べている。

「本当なのかな??」

再び、私の頭の中には疑問が浮かぶ。

幼少期にも不思議な体験をしたことはありましたが、それを完全にスピリチュアル的なものとして受け止めきれていない時期でもあったため、中々、「念力」などというものを簡単には受け止められなかったのです。

本当かどうかは試してみれば良い。

そう考えた私は一念を込めて、念じるみることにしました。

初めてのお使いならぬ、初めての念力である。

試したことは他愛もないことです。

丁度、一人で暇を持て余していた私は「友達が電話をかけてくる」と一心に念じました。

自分で電話すれば良いだけの話ではありますが、どうしても念力が本当に存在するのか実験してみたかったのです。

当時は携帯電話などない時代で一般家庭の電話は黒電話のダイヤル式。

こうしているうちに友達から電話が掛ってくるやも知れません。

私は急いで家に戻り、家事をこなす母親に訊ねた。

「ねえ、僕に友達から電話なかった?」

ドキドキしながら母親に訊ねたが、却って来た答えはにべもなく、誰からも電話などないという返事でした。

何だやっぱり念力なんて嘘じゃないか。

少しガッカリしつつ、部屋に入ろうとした瞬間、玄関口の靴箱の棚上に置かれた黒電話がけたたましい呼び鈴を鳴らした。

受話器を取るとそれは友達からの電話なのでした。

偶然といえば偶然です。

本当に念力が作用したかどうかを立証することは出来ません。

しかし、当時の私にある方向性への確信を深めた事実であることは間違ないのです。

その後、この小さな体験がより多くの体験に繋がっていくことになるとは思いもよらないことでした。


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成功するための究極の言霊

世の中には人が忌避する事柄が幾つかあります。

その中の一つが「失敗」であると言えます。

人間だれしも失敗を経験するものであり、避けられないものであると言えるでしょう。

しかしながら、それでも人は失敗を恐れ、忌避します。

それは、動物にとっての本能でもあるのかも知れません。

動物にとって失敗は即、死に直結する場合があります。

失敗を忌避するのは、死を恐れる動物の生得的な本能であるといえるのかも知れません。

ところが、人間が失敗から遠ざかるためには、小さな失敗を繰り返し、大きな失敗、即ち死に近づくような失敗をしない技量を身に着ける必要があるのです。

小さな失敗を繰り返した先に成功が待っています。

成功するためには、小さな失敗を繰り返すしかありません。

しかし、生得的な本能としての失敗を忌避する反応というものは、大小を選ばず、表れてしまうものです。

とりわけ、失敗した直後は、極度に失敗を恐れて、次の行動に移せなくなりがちです。

先ほども言いましたが、成功するためには、小さな失敗を繰り返しながら技量を身に着ける必要があります。

小さな失敗の後、恐れをなして、行動が止まれば、技量を身に着ける前に成長が止まります。

成長が止まれば、技量が身につかず、結果として大きな失敗に見舞われるリスクを高めることになるでしょう。

では、小さな失敗の後も果敢に次のトライアルへと進めるようになるためにはどうすれば良いのでしょうか。

今回は一つの提案として「成功するための究極の言霊」をご紹介してみたいと思います。


「次はきっと成功する」


どうでしょうか。

この言霊は、感覚的にはあまり力まず、ふんわりとした軽めのノリで唱えると良いと思います。

お気楽な感じで「次はきっと成功する」と唱えながら、肩の力を抜いていくのです。

肩の力が入りすぎて、力み過ぎている方は、この言霊に対してこんな風に思うかも知れません。


「そんなこと言って、次に成功するとは限らないじゃないか!」


はい、その通りです。

確かに次に成功するかどうかなど誰にも保証出来ません。

同時に失敗するかどうかもわかりません。

一切は空であり、可能性です。

成功するかもしれないし、失敗するかも知れません。

失敗が恐くて前に進めなくなる人は、「失敗」の可能性を強く意識しています。

ですから、この意識状態を「成功」の可能性に転じていくことが重要になります。

このように説明してみてもやはり、こんなことを思うかも知れませんね。


「成功すると信じて、次をやってみて失敗したら、先ほどの言霊は嘘になるのではないか?」


「次はきっと成功する」 ⇒ 結果:失敗した( ;∀;) となれば、信じたことが嘘になると言いたくなるでしょう。

しかし、この言霊を良く見てください。

「次は」という未来志向の枕詞がついています。

つまり、この言霊は前を向かせる働きが込められています。

失敗しても、常に「次は」と前を向く。

前を向いている限り、この言霊に矛盾は表れません。

後ろを向いた瞬間に過去に囚われるようになり、歩みを止めてしまう働きが出てきます。

「次はきっと成功する」の言霊を唱え続けている限り、意識は前へ前へと向かっていきます。

意識が前へ前へと向かっていく限りは、人を走らせてくれるエネルギーが与えられるということです。

「次はきっと成功する」という言霊を唱えながら、止まることがなければ、本当に言霊の示す通り、次という名の未来前方に成功が待っていることでしょう。

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霊視する女性・・その正体は?

とある山中にある神社に詣でた時のことである。

爽やかなミントの香りにも似た清らかな空気を肺に満たしながら境内を散策がてら歩きました。

参道脇の岩肌は苔むしていて、そんな光景も都心の人工の気で疲れた魂を癒してくれているようでした。

鬱蒼と茂る木々。葉と葉の間から木漏れ日が優しく差し込む。

歩きながら思わず腕を伸ばして深呼吸したくなります。

石段を登りいよいよ拝殿の前に進むと一人の女性が少し引いたところから遠い目をして空を眺めているのが見えた。

歳の頃は30代くらいだろうか。

早朝ではあったが、他の参詣客もチラホラみかける中、その女性だけちょっと雰囲気が違います。

私はまずは拝殿に向かい神社の神霊にご挨拶の祈りをささげた後、踵を返すとまだ、女性は空を見上げていた。

不思議に思われるかも知れないが女性が霊視をしているとその時、私は気づいた。

とは言え、普通に見れば、単なる拝殿をしばし、引いた場所から空を眺めて立ち尽くしているだけの姿です。

不審な行動というほどのことではない。

実際に普通に見たら、佇んでいるというだけに見えることだろう。

ところが、霊視をしている人はどこか、やはり異なるシグナルを出しているものなのだ。

神社という霊空間であれば特別、そういった方がいらっしゃるのは不自然なことではない。

ただ、何となく、何を霊視しているのか気になり、私も同じ方向の空を霊眼で見据えてみることにした。

拝殿の上部あたりには、ニコニコ顔の神霊の大きな顔だけが現れていました。

「ああ、これを見ていたのか」

何となくひとりごちて、ふと女性の方を振り返ったが姿が見えない。

忽然と煙のように消えてしまったようだ。

無論、帰ってしまったという可能性もあるだろうが、私が女性と同じ目線で霊眼を働かせてから視線を戻すまで数秒程度である。

その間に階段をくだり、私の視界から消えるのは忍者でもなければ無理だろう。

念のため(何のためにそのような行動をしたのかは不明)、神社の境内を回って何んとはなしに女性の姿を探してみたが見つからない。

そして、その瞬間、傍と気づいたのだ。

女性は肉体を持った人間ではなく、霊人だったということ。

あまりにも現世次元に近いため、霊人ではなく通常の生きている人だと誤認したのです。

あまり、こういうことはないのですが、時折、低次元層にまで降りている霊人は生きている人間と見間違うことがあります。

女性が何のためにそこに表れたのかは詳しいことはわからずじまいです。

しかし、死してもなお、崇敬する神社を詣でたい。

そういう気持ちを持つ霊人もいるということです。

ふと、最近、思い出したので、記録がてらつづっておこうと思います。

霊的世界観の一環として参考まで。


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心に残った守護霊からのメッセージ52

心に残った守護霊からのメッセージをご紹介してみたいと思います。


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泥臭さが足りぬ

未墾の地

拓く労苦

何事も泥まみれでよし

何事もそれなしには始まらぬゆえ


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どうしても人はカッコよくスタイリッシュに物事を進めたいと思ってしまいます。

しかし、どんなに壮大な夢や希望も、実現していくための作業は泥臭いものです。

泥臭さこそが、私達を夢や希望に近づけてくれる。

泥臭い作業の中にこそ、本当の幸せや充実感はあるのかも知れません。

頭の中でいくらカッコよくいこうと考えていても、泥の中に入り未開の地を開かなければ、人としての成長はないのです。

そのことをよくよく諭された時のお諭でもありました。


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感謝すると幸せになる?

感謝する心。

宗教やスピリチュアル、あるいは自己啓発においても感謝する心の重要性が解かれています。

感謝しなさいそうすれば幸せがやってきますよ。

分かりやすく言えば、こんな風なメッセージがこの考えには込められています。

実際には感謝の言葉を何度も発すると良いというようなワークを推奨されている方もいらっしゃいますね。

感謝の心を持てば、幸せが引き寄せられてくる。

確かに間違いではありません。

しかし、この考えには重要な誤謬が含まれています。

というより、あえて分かりやすく感謝の心の重要性を伝えるために誤謬を黙認しているといった方が良いのかも知れません。

かくいう私自身、今までもこのような○○すれば△△が起こるという論理でお話しをしてきた部分もあります。

実際問題として感謝の心がない人に幸せは訪れないのも事実なのです。

しかしながら、やはり、誤解を解いておかないと永遠に真実がわからぬままになってしまいます。

今回は、感謝すると幸せになるという法則の真実を解説してみたいと思います。

感謝すると幸せになる。

この言葉は二元的な構成で論理が成り立っています。

つまり、「感謝する」という行為と「幸せになる」という結果の二元論です。

前提条件である「感謝する」が満たされると「幸せになる」という帰結を得られるという理解になります。

ところが、ここに誤謬があります。

「感謝する」ことで「幸せになる」あるいは引き寄せられるというのは、ある意味、間違いではありません。

ただ、誤解があるのは、幸せが形ある何かだという思い込みにあります。

幸せとは本来、感覚であり事柄ではないのです。

簡単に言えば、幸せとは「幸せな気持ち」のことなのですね。

幸せな気持ちにさせてくれる事柄というものは確かに存在しますが、それは絶対的なものではありません。

例えば、一般的に幸せと紐づいていると認識されている「結婚」という事柄があります。

結婚をすると多くの人は幸せを感じると言います。

好きな人と一緒に新たな人生を築いていく。

誠に幸せなことだと言いたいところですが、誰にとっても幸せな事柄とは言えません。

あまり気に進まない結婚や親同士が勝手に決めた政略結婚のようなケースであれば、幸せな気持ちになれるとは限りません。

つまり、「結婚」という事柄は本質的に幸せとは無関係なのです。

結婚に限らず、あらゆる事柄は本来、幸せとは無関係です。

というより事柄に紐づく感情は幸せ以外にも苦しみもあれば、不安、悲しみ、嫌悪や恐怖など様々にありえます。

このことを鑑みれば、事柄で幸せが決まるわけでもなければ、事柄が幸せであるはずもないのです。

幸せとはどこまで行っても、幸せの感覚であり、気持ちに過ぎないのですね。

さて、感謝すると幸せになるというのは、感謝すると幸せが成就するという二元的な考えがベースになっています。

しかし、本当は感謝と幸せとは一元的なものなのです。

ちょっと想像してみてください。

心から感謝の念を覚える時、同時に幸せな気持ちではありませんか?

感謝の念が湧き出ているのに不幸な気持ちでいるということは本来はありえません。

「感謝はしてるけど・・」と何か含みがあるときは、大抵は心から感謝はしていません。

逆に言えば、感謝の念を心の奥から引っ張り出すことが出来れば、自動的に私達は何があろうと幸せであることが出来るのです。

感謝と幸せは不即不離だと言えます。

これは、感謝というものと幸せというものがくっついて離れないという意味ではありません。

感謝と幸せは同じものなのですね。

感謝すると幸せになるは、幸せと感謝を入れ替えても成立します。

幸せであれば、心には感謝しかないということです。

常に感謝の心を持ちましょうというのは、常に幸せ感覚を想起して満たされましょうという意味です。

そういう心地であれば、知らぬ間に幸せに紐づきやすい現象も顕現化してくるということです。

これが感謝すると幸せになるの本当の意味なのです。

感謝するから幸せになるのではない。

感謝を想起する癖をつけると幸せ感覚を醸成できますよ。

幸せ感覚が醸成できれば、幸せ霊界が醸成されて、顕現化の法則によって、幸せが形作られていきますよというのが、この言葉の真意だということです。


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【2017年5月度】神田明神への参拝

2017年5月度神田明神月参りをしてまいりました。

ゴールデンウィーク中ということもあり、多くの参詣客でにぎわう境内は、いつも以上の活気が満ちています。

見上げるほど大きな加茂能人形山車も展示されています。

とても気持ちのよい境内の神気を感じながら、FGSの会メンバーをはじめ、ブログ読者の方や関わり合った全ての方の幸せを祈念させて頂きました。

毎度のことながら、ご寄付の一部からお玉串をさせて頂きました。

もちろん、献灯の継続祈願串の奉納もさせて頂いております。

皆様に神様からの追い風の力が降り注ぐように祈念して参りました。

ここまではいつも通りの参拝です。

その後、時間があったので神保町の書店を物色した後、街並みを楽しむついでに東京駅に向けて散歩がてら歩きました。

東京駅までのルートは大体、把握していたので、迷うことはありません。

日差しを遮光してくれる並木道の陰を歩いているとほの暖かさと涼やかさが入り混じる心地よさがあります。

気分良く歩いているとふと、把握しているルートとは違う道を歩いてみたくなりました。

特に目的があってのことではありません。本当に気まぐれな寄り道です。

何とはなしに歩いていると、なんと平将門公の首塚に辿り着いていました。

奇遇というよりも、何か導きのようなものを感じ、首塚に立ち寄らせて頂きました。

以前、平将門公の霊的実相をFGSの会では開示したことがあります。

その際、首塚に何がいるのかも同時に開示したのです。

首塚にはある霊的な存在がいるのですが、そのことはFGSの会では詳しくお話ししました。

私がその頃、首塚に詣でた際にはもっと、荒々しく重い気が満ちていましたが、今回はかなり軽くなっています。

少しずつ状況も変化してきているのかな?と思ったりもしました。

あるいは、また、何かが開く前兆としてのサインであるのか。

今はまだなんともいえません。

とりあえず、よい参拝をさせて頂いた事や神田神社にはお世話になっていることなどをご報告申し上げて今回は、首塚を後にしました。

皆様方におかれましても、連休の最終日ではありますが、よい締めくくりとして素敵な一日を過ごして頂ければと願います。



天心 拝


kanda_2017_5mon.jpg
神田神社 加茂能人形山車


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【お知らせ】守護霊感謝祭のオプション送付について

こんにちは!

天心です。

今回の記事はFGS関連お知らせになります。

ゴールデンウィークの連休も段々と終わりに近づいてきていますね。

気づけばもう、5月5日。子供の日です。

お子様がいるご家庭では、鯉幟や鎧兜、あるいは、熊と相撲をとる金太郎像なんて飾っているのかと思います。

柏餅食べ過ぎた!なんていう方もいるのかも知れませんね。

我が家では、鎧兜や金太郎は飾っていませんが、ミニチュアの鯉幟を子供が握り締めて走り回っています。(笑)

それぞれのすごし方をされているとは思いますが、昨日はFGSの会としては、守護霊感謝祭の日です。

ご参加を表明された方は、式次第を実施されたことと思います。

ご参加、ご苦労様でした!、そして、ありがとうございます。m(_ _)m

一人ひとりにメールできないので、この場をかりて普段からのご参加に対する感謝をさせていただきます。

さまざまな催事も参加者あってのものなので、連休中であるにもかかわらず時間を割いていただいて本当にありがたく思っています。

さて、オプションを申し込まれた方に関しては別途、個別にてご報告メールをしていますが、こちらの方が少し遅れそうです。

おそらく連休明けになると思います。

お待たせして申し訳ないのですが、しばし、お待ちいただければと思います。

それでは、それぞれの方々の日々が健やかでありますことを願っています。


天心 拝

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プロフィール

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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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