失敗を恐れない方法

人は理屈通りには動かないものとは良く言ったもので、どんなに理路整然とした思考に基づき、考えに考え抜いて計画を立ててみてもその通りには行かなかったりします。

つまり、計画に失敗はつきものであり、失敗しない計画というものは、稀有なものです。

何事にも失敗がつきものであるならば、失敗という結果とうまく付き合っていくことが私たちの人生を明るく前向きに生きているためには必要だということですね。

良く言われることに「失敗を恐れるな!」という言葉があります。

失敗を必要以上に恐れてしまうと、人生の歩みがどうしても鈍ることになります。

人生を豊かにしていくためには、失敗を恐れずに一歩ずつ前に進んでいく他はないのです。

だからこそ、失敗を恐れずに一歩、また一歩と歩みを進めていく必要があるわけです。

しかしながら、「失敗を恐れるな!」という言葉をよく耳にすることは、あっても、本当に失敗を恐れずに一歩進むことは中々難しいものでもあります。

「失敗を恐れるな!」と葉っぱをかけられても、どうしたって失敗が怖くて足がすくんでしまうことは多々あるかと思います。

ですから、ここで重要なことは、「失敗を恐れるな!」という言葉を単なるキャッチフレーズとして終わらせない智慧を身に着ける必要があるのです。

すなわち、失敗を恐れない方法について考えることが大切です。

さらに煎じ詰めれば、何故に私たちは失敗を恐れるのかという点について知る必要があるということです。

では、私たちは一体、何故に失敗を恐れるのでしょうか。

「失敗したら大きな財産的、物質的な損失をこうむるから」
「失敗したら名誉や面子を失うかも知れないから」
「失敗することで自信をますます喪失してしまうから」
「失敗して人に迷惑をかけるのが怖いから」
・・・


挙げていけば失敗を恐れる理由は沢山ありますが、これらをいちいち確認していくことは全く解決策にはなりません。

これら失敗を恐れる理由は、すべからく、後付けの理由に過ぎないからです。

失敗を恐れる理由とは何かと自分自身に問いかけた時に思い浮かぶものは、全て単なる言い訳にすぎません。

失敗が怖いということを人に(あるいは自分に)納得させようとして、あげつらっているだけにほかなりません。

このようにあげつらうだけでは、失敗の怖さから逃れることは出来ないものです。

それでは、どうしたら失敗を恐れない心を手に入れることが出来るのでしょうか。

それは、「無明」を捨てるということです。

無明とは、仏教の言葉で、物事の真理が良く分からない状態を指します。

仏教では、人が苦しむ根源的理由に無明であることを挙げています。

例えば、人が死を恐れる理由は、「死とは何か」ということが本質的に理解できていないことに原因があると考えます。

私たちは通常、死を恐れますが、本来的には死は恐ろしいものではありません。

なぜならば、死とは自然界のサイクルの一つにすぎず、常に生と死は繰り返されているものなのです。

正確に言えば、死が怖いのではなく、「死は怖いもの」と思っている情動が怖いのです。

ところが、こんな理屈を説いてみても、死を恐れている人が、急に死が怖くなくなるなんてことはないでしょう。

当たり前です。

本当の意味で死とは何かを理解していなければ理屈で理解しても意味がないからです。

ここでいう理解とは論理的にわかることではなく、実感的に腑に落ちることを言います。

なので、仏教者はとことんまで死とは何かを究明して、自分の中に落とし込めるまで、修行するわけです。

理屈を説かれて「はい。わかりました!」というのは大概はわかったつもりの幻想です。

このことを踏まえて、失敗を恐れない方法を考えてみましょう。

失敗がなぜ怖いのか、それは死=問答無用で恐ろしいことという図式を私たちは心に落とし込んでしまっているのと同じように、失敗=ネガティブという図式を心根に持ってしまっていることに理由があります。

ですから、この図式を打ちこわし、刷新することが大事なわけです。

では、どうやって失敗=ネガティブの図式を刷新したらよいのでしょうか。

そのポイントとなるのは、失敗を恐れることのリスクをきちんと理解し、心に落とし込むことです。

実は、失敗を恐れる人は、失敗することのリスクばかりに目がいくため、失敗を恐れることの大きなリスクに気が付かないものなのですね。

まず、失敗を恐れることで訪れるリスクとは何であるのかについて考えてみましょう。

例えば、身体が不調に見舞われたとしましょう。

本来ならば医療機関にて受診することが懸命なわけですが、あいにく医者にかかることに対し抵抗があるとします。

して欲しくもない注射をされるかも知れませんし、嫌な薬も飲まなければならないかも知れません。

大きな病気が見つかって入院だ手術だと大事になってしまうのではないかと気が気ではありません。

受診した担当医が藪医者で、妙な病気だと誤診されてしまうかもと妄想を膨らませていきます。

確かに好きで医療機関を訪問する人はまれですし、できれば、余計な治療などはしたくありませんよね。

大きな病院に行くとやたらと仰々しく検査だ入院だと進められて、重病人扱いされてしまうこともあったりします。

できればそんな面倒なことに巻き込まれるのは避けたいところです。

そんな思いを持っていると体調不良であっても中々、病院に行こうとは思わないことでしょう。

つまりは、病院に行くことで失敗したくないわけです。

しかし、色々と理由をつけて病院に行くことを躊躇しているうちに本当に大病になってしまうリスクがあるわけです。

また、一度、医者の受診をしておけば、少なくとも自分の健康不良の状態がいかなるものなのかがある程度、判然とします。

色々考えて躊躇している間は、「もしかしたら何か大変な病気かも知れない」「一体、何でこんなに調子が悪いのだろう」
というような気持から解放されることもなく、精神衛生上も良くない状態が続きます。

これが、言うなれば失敗を恐れることのリスクです。

また、失敗を恐れている心根は負のエネルギーを醸成し続けています。

失敗したらどうしようと思い続けている状態で、負のエネルギーを帯びて物事を対処しようとすると、その背後には思いマイナスの霊波動を背負いながらの実践となります。

そのような状態で取り組む物事がどのような方向性に向かうのか想像に難くないと思います。

絶対に失敗できないようなリスクの高い挑戦をしようとする時であればあるほど、失敗を恐れがちになりますが、失敗を恐れれば恐れるほど、失敗を恐れるリスクは高くなり、余計に恐ろしい目にあってしまう。

このことを深く深く、心の中に落とし込むことが出来れば、失敗を恐れる心は出てこなくなるはずです。

なぜならば、失敗を恐れることの方が、よほど、恐ろしいということが心の中にしっかりと鎮まるからですね。

失敗を恐れるな!

と声高に叫ぶよりも、失敗を恐れるリスクを知ることが大事だということなのです。


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