【超略解シリーズ】 老子 -五色は人の目を-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-
【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-
【超略解シリーズ】 老子 -営魄を載んじ-
【超略解シリーズ】 老子 -三十の輻-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 五色は人の目を ◇◆


【原文(書き下し)】

五色は人の目をして盲(もう)ならしむ。
五音(ごいん)は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。
五味は人の口をして爽(たが)わしむ。
馳騁畋猟(ちていでんりょう)は、人の心をして狂を発せしむ。
得難きの貨は、人の行いをして妨げしむ。
是(ここ)を以て聖人は、腹を為して目を為さず。
故に彼を去(す)てて此れを取る。/span>

【超意訳】

煌びやかな色彩になれてしまうと人は本質的に良いものが見分けられない盲人のようになっていまう。
様々な音律で奏でられる音楽にふけると、本当に麗しい自然の織り成す音楽が聞こえない聾者のようになってしまう。
味わいがきつい食事ばかりをしていると口が肥えて、自然の中にある本当の味わいがわからなくなってしまう。
乗馬をしたり狩猟に明け暮れると興奮して自分の心を見失ってしまう。
貴重な品々に心を奪われると正しい行動を取ることの妨げとなってしまう。
これらの理由から聖人は、必要なだけ腹を満たすことを考えて、余計なものに関心を払わない。
それゆえに聖人は、煌びやかな贅沢を遠ざけて、本質的なことのみを得ようとするものだ。



【超解説】

私達は得てして、できるだけ美しい色彩のあるものやデザインを求めることが多いものです。
音楽も様々なリズムやビートを刻み、できるだけ心が揺れ動かされるものを求めようとします。
食べ物もなるべく美味で飽きてしまえば、新しい珍味に興味がわきます。
なるべく盛り上がって、楽しめるようなレジャーや遊びに興じて、わくわくドキドキする時間を楽しみます。
スマートフォンをはじめ新しい珍しいものには、敏感に反応して流行を追い求めることもあります。
はい♪殆ど、老子は全否定です。(笑)
本当に現代社会を振り返りながら老子を読むと苦笑いして出てきませんね。(苦笑)
老子は、単純に「贅沢は敵だ!」と戦中の日本人のようなスローガンを掲げているわけではありません。
共通していえるのは、目に見るもの、聞くもの、食べるもの、楽しむもの、身の回りにある品々も全ては、私達に大きな影響を与えているということを老子は指摘しています。
私達は知らず知らずのうちに目にしているものや聞いているもの、食べ物、遊び、道具など環境によって多大な影響を受けているわけです。
私達が何を嗜好し、何を思い、どこへ向かうのかも結局は外部の環境によって影響を受けます。
私達が欲しがるものは、テレビや雑誌、あるいはネットで流されている映像や情報を見て決まってしまいます。
私達がハンバーガー食べたいな♪と思ったりするのは、ハンバーガーのCMを見てるからです。
ハンバーガーのCMを見ていなければ、ハンバーガーの存在すら知ることはないので、欲しいとも思わないはずです。
私達の生きる社会は資本主義経済のもと、なるべく煌びやかに見せて、心躍らせる音楽で臨場感を盛り上げて、濃い味付けで食欲を喚起して、消費へと導かれていきます。
でも、私達に必要な栄養素や道具立てというものは、ある程度まで満たされれば十分でもあります。
衣食足りて礼節を知るといいますが、ある程度、生活に必要なものがあれば、私達が求めるものはもっと本質的なものへと向かうはずです。
消費欲求や単純に得たいと思う最低限のレベルからもっと高次元の境地で物事を見ていく方向に心が向かうはずなのです。
しかし、あまりにも過度な色彩や音律、味わいを追い続けると、私達が本来、求める高次元の喜びには意識が向かわなくなると老子は警鐘を鳴らしているわけですね。
老子道徳経の中で挙げられている例はあくまで、老子の生きた古い時代のものではありますが、実際のところ指摘されている警鐘は、現代を生きる私達にもそっくりそのまま当てはまってしまいます。
贅沢に身をゆだね、感覚がマヒしてくると本当に自分が求めていた魂の欲求が何であったのかわからなくなるものです。
それを古い時代にすでに喝破して指摘している老子は、ほとんど「神」ですね。(笑)



以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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