【超略解シリーズ】 老子 -寵辱には驚くが若し-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

また、当該シリーズの老子道徳経編のバックナンバーは以下になります。
合わせてお読み頂ければ幸いです。

【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-
【超略解シリーズ】 老子 -天下みな美の美たるを知るも-
【超略解シリーズ】 老子 -賢を尚ばざれば-
【超略解シリーズ】 老子 -道は沖しきも-
【超略解シリーズ】 老子 -天地は仁ならず-
【超略解シリーズ】 老子 -谷神は死せず-
【超略解シリーズ】 老子 -天は長く地は久し-
【超略解シリーズ】 老子 -上善は水の若し-
【超略解シリーズ】 老子 -持してこれを盈たすは-
【超略解シリーズ】 老子 -営魄を載んじ-
【超略解シリーズ】 老子 -三十の輻-
【超略解シリーズ】 老子 -五色は人の目を-

それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 寵辱には驚くが若し ◇◆


【原文(書き下し)】

寵辱(ちょうじょく)には驚くが若(ごと)し。
大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身の若くなればなり。
何をか寵辱には驚くが若しと謂う。
寵を上と為し、辱を下と為し、これを得るに驚くが若く、これを失うに驚くが若し。
是れを寵辱には驚くが若しと謂う。
何をか大患を貴ぶこと身の若しと謂う。
吾れに大患有る所以(ゆえん)の者は、吾れに身有るが為めなり。
吾に身無きに及びては、吾れ何の患(わずら)い有らん。
故に身を以てするを為(おさ)むるよりも貴べば、若(すなわ)ち天下を托すべく、身を以てするを天下を為むるよりも愛すれば、若ち天下を寄すべし。


【超意訳】

寵愛を受けるのか、屈辱的な目にあるのか皆、戦々恐々として心を動揺させる。
まるで、それは、患った大きな病を自分の健康な身体よりも大切にしているようなものだ。
寵愛されることが素晴らしく、屈辱を受けるのは、良からぬことだとして、寵愛が得られれば心が乱れ、失えばこれまた、心が動揺する。
こういうのを「寵辱に踊らされて心を乱して本質が見えない状態」というのだ。
寵愛を得るか屈辱な目にあうかが気になっていて、本質が見えないのはどういうことか。
まるで、自分の身体よりも病気を大切にしているようなものだ。
病気になるのは、身体があってのことである。
身体が壊れてしまえば、病気になることすらなくなる。
この道理にあるように病気に対し、戦々恐々とすることよりも、その本質である身体の健康を貴び、意識する人が天下を治めるようにするべきであり、自分の身体をちゃんと労われる人にこそ天下をあずけることが出来る。



【超解説】

人は誰でも、褒められたり愛されれば嬉しいですし、屈辱的な目にあいたいとは思わないものです。
寵愛されるためには、何が必要か?恥を受けないためにどうあるべきか?と考えてしまいがちです。
でも、考えてみれば、寵愛も屈辱も人の目を曇らせてしまう働きをすることが多いものです。
現に人は、愛されたいと願うあまり浮き足立ち、屈辱に心を乱されがちです。
これは、自分の本質的なあり方から心が離れて、どうにもつかみようがないような幻を追いかけているようなものなのかも知れません。

寵愛も屈辱も一時のことで、すぐに失ったり形を変えてしまうことも多いものです。
老子は、寵愛や屈辱を病気に例えています。
健康な身体があることが本来の人の幸せであるわけですが、病気はそれをダメにする要因です。
暗に老子は、寵愛や屈辱という名誉や汚辱というものにとらわれることは、病気になるようなものだと指摘しているのかも知れません。

文中では、身体と病気を同一の価値のあるものとして見ることのバカバカしさを指摘しています。
身体があればこそ、病気にもかかる。
身体がなくなれば病気にかかることすらなくなるという表現でそれを表しています。
老子は、天下を治めるべき器を持つ人は、自分の身体を労わる者だといっています。

しかし、これは、額面通りの自分の身を可愛がる人という意味ではありません。
そのような表面的な意味としてとらえてしまうと、自分勝手な人が天下の君子であるという誤った咀嚼につながります。
そうではなく、ここで老子が言いたいのは、本質を見失い、実体のない幻想のような寵愛や屈辱といったものに囚われるような器の人間には、天下を治めることは出来ないという意味合いなのですね。

また、進んで病気になるようなこと(寵愛や屈辱などの実態のない幻影)に近づいて右往左往するようなことがないように戒めているのかも知れません。
私達も風評や他人から与えられる評価や愛されるということに惑わされることが多いといえます。
そう考えるならば、私達もまた、自らの身体を大事にするかのように本質を探究し、何が本当に大切なことなのかを理解することが必要なのかも知れません。





以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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