スピリチュアルを支えているもの

スピリチュアルが語られるようになりどのくらいの月日が流れたのでしょうか。

それこそ、古来よりの言い伝えも含めれば、途方もないくらいの時間になることと思います。

そのためかスピリチュアルに関する情報も溢れるほどに賑わうようになりました。

情報が増えるようになるとスピリチュアル的な知識を得る機会も自動的に増えてくるものでもあります。

そのこと自体は良いことなのかも知れませんが、同時に大きな誤解や混乱も広がってしまう傾向も出てきます。

情報過多になれば、どうしても複雑化して分けがわからなくなります。

そのような状況にある昨今、スピリチュアルを学ぶ上で気を付けた方が良い点についてお話してみたいと思います。

まず、スピリチュアルというものは、そもそも、それ程、複雑なものではありません。

情報は多岐に渡っていてもその根本は同じことを指しています。

その根本を一言で言えば、私達と私達の住む世界の本質はどこにあるのか?ということを探究していくことです。

実はこのことは、スピリチュアルに限らず、全ての学問、経済、社会、政治、宗教、他あらゆるものはそこに帰結していくものでもあります。

科学は科学的な実証主義における本質の探究、文学は物語を通して世界と人間の意味論を表します、社会においては人の繋がりと共存において、私達が社会に求める本質的な機能と意味が取りざたされます。

政治もまた常に国家や民族といったアイデンティなどを守り、生命と暮らしを守るために何が必要なのかを考えます。

一見、無関係に見える事柄も全て繋がっています。

スピリチュアルは人の持つ霊性を通して私達のあるべき姿と獲得している世界について考えます。

霊性を通して物事を見ていくとき、全てはスピリチュアル的であるといえます。

どこがスピリチュアルで何がスピリチュアルではないという区別は本来はないのです。

私達の生きている暮らしそのもの、世界の有り様そのものがスピリチュアルの対象です。

だから、ことさらスピリチュアルとは何かと情報を求め彷徨わなくても大丈夫なのです。

私達はいつでもどこでもスピリチュアルを探究できます。

特別なことは何もありません。

私達の霊性を支えているものは、全てです。

全てによって支えられている以上は、何が必要で何が不要であるかという議論はあり得ません。

何が正しくて何が間違っているかということも本質的な部分においてはあり得ません。
但し、枝葉と論理性、筋道、私達をどこへ導くのかという目的によっては正誤はあり得ます

だから、スピリチュアル的な情報過多に迷いそうになったら本質的な部分に回帰してみると良いでしょう。

そして、自分の魂の声に耳を傾けてみれば、進むべき道筋を見つけることが出来るのかも知れません。



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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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