生霊について

霊障と一口に言っても色々ありますが、最近、一番厄介に感じるのは、生霊の存在です。

生霊とは、文字通り生きている人間から発せられる念が凝結して霊体形成している場合のことを言います。

人の想いを受けるだけでも念となって霊体を取り巻いてしまうことがありますが、それが極まると生霊になるわけです。

亡くなった霊に関しては、霊界に帰って頂ければ、そこで霊障からのフィードバックはなくなるので、そこで話は一度終わりになるわけですが、生霊の場合は、発信している本人が自覚して止めて頂かなければ、終わりがありません。

ここが一番厄介なんですよね。

今朝方私も大分、生霊や念を受けているために、息苦しくなり浄霊を致しました。

自分自信に対する浄霊は久しぶりだったので、かなりスッキリしましたが、そのことから、相当な生霊と念を受けていたのだなと実感致しました。

生霊というものは、何も恨みの念だけではありません。

例えば、恋愛とかでも執着を持って相手を想い続けていると念を飛ばし、生霊を発生させる原因になります。

例え「好きだ!」という念であっても、それが本当に相手の立場や心を考えて、見返りに対する執着を持たない念であれば、それは愛念であり、清々しい神霊のような生霊となりその相手を守ります。

しかし、「どうして自分を見てくれないの?」とか「私をもっと愛して欲しい」というような、エゴを中心とした想いの念は重く、相手を害する生霊となっていくわけです。

相手を慮り、軽やかな心地で発した念は、よいのですが、こうしてほしい、ああしてほしい、こうなってほしい、様々な自己都合の念を募らせると霊障となるわけです。

もちろん、生きていれば多かれ少なかれこういった念や生霊を受けることもあります。

あまり気にし過ぎるのはよくありませんが、私の場合は、多くの方を相手にしているため蓄積されやすい面があります。

ご相談のメールが沢山溜まってしまったり、あまりにも「助けて欲しい」という念が多く集まってくると耐えきれなくなってしまうわけです。

本日は久方ぶりに、我慢の限界に来たために時間をとって、自ら修祓と浄霊を行ったわけです。

生霊というのは、人類が存在している以上は、なくならない存在なのだろうなと感じています。

時折、修祓や魂のクリーニングを行うことは必要不可欠なのかも知れないと感じましたね。

また、生霊は善なる想いで執着せず発信する念は善なる生霊になるわけなんで、どうせ発信していくならば、善なる生霊を発信していきたいものですね。


天心 拝



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