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霊格と霊覚

こんにちは!

天心です。

霊格霊覚について、ご質問を受けましたので、ブログにてお話してみたいと思います。

結構、頻繁に使っている言葉でありましたが、あまりしっかりと解説をしている記事がなかったようなので、改めてお話してみたいと思います。

さて、この二つの言葉ですが、それぞれ読み方はレイカクと読みます。

同じ発音なので、言葉に発しているとどっちの意味か混乱しますが(笑)、それぞれ一応、意味が異なります。

あくまで表現上の定義の違いに過ぎませんが、今後も頻繁に出てくる単語であると思いますので、ここで一つ定義しておきたいと思います。

まず、「霊格」の方でありますが、これは、一番、わかりやすのは「人格」との対比ですね。

霊格≒人格という図式は成り立つかと思います。

霊格とは、霊的存在のパーソナリティであるということもいえるでしょう。

但し、イコール(=)ではなくニアリーイコール(≒)として表現しているのは、通常、人格というと性格的なことを指す意味合いが強くなるためです。

霊格は性格という一面もありますが、それ以外にもどれだけ、自分の意志の統合がなされているか、振る舞いや想念の基となる魂の部分がどれだけ調和されているかということも意味しています。

俗にいう人格者も、自分の感情や振る舞いが倫理や道徳に照らして考えても、麗しく、謙虚であったり、懐が深かったりする人を指してそのように呼ばれることもあります。

霊格が高いということは、霊人としてのパーソナリティがしっかりとしていること。

学問や教養、芸術などもしっかりと統合、調和されている存在であることを指しているのです。

決して、摩訶不思議なことができるとか、霊力が強いことが霊格の高さには比例していません。

だから、霊格を磨きたいと想ったならば、何よりも、しっかりと自らの性質や意志を調和がとれた状態にしていくための学問を積んだり、教養を磨いたりしていくことが大切なのです。

昔の人は、論語を読んだり、孟子を読んだりして、人間とはどのような考えを持ち、振る舞いを正していくべきかについて学ぶことが多かったようです。

守護霊のお話などを聞いているかぎりでも、良き人格を形成していくためには、良き人格を持つ人のあり方を説いている書物を読んだり、あるいは、それが実践できている人(論語や孟子などの古典では聖人と呼ばれている)について学ぶことが重要なポイントになるといえるでしょう。

想えば、私たちの性格や人格が作られている過程を考えれば、よくわかります。

最初は親の影響を受けて、言葉を覚えたり、性質のようなものが後天的には定まってきます。

それから、親以外の他人とのかかわりあいや、本を読んだり、学校で教育を受けたりしながら、知識や教養を得て、少しずつ人格というものは陶冶されてくるものです。

誰でも生まれながらの人格者というのはいませんから、後天的な学びで人格は磨かれていきます。

霊格もまた同じで、現世で学んだこと全てが霊格を作り出していますし、霊界に旅立った後の様々な活動や学びを得て、さらに霊格は向上していくことになります。

最近の人は読書量が減少してきているということが、社会問題として、昔から言われてきていますが、これは少なからず霊格の高い霊人が、なかなか育たない、生まれにくいことも示唆しています。

いくら、霊的な事柄に鋭かったり、知識があるだけでは、霊格の研磨には足りません。

そこから人格的な悟りと立ち居振る舞い、言葉使い、風格などすべてが改善されることが霊格の本当の意味での研磨なのです。

だから、霊的な修行をして、霊格が高いということを称している人がいる場合は、まず、その人の人格を審神してみる必要があります。

常識性、マナー、教養、普段の振る舞い、言葉使い、社会性、知性などの聡明さ等ナド。

これらをしっかりと鑑みた上で、霊格の高低を見極めないと、本当の意味での霊格の高さは測れないはずです。

さて、霊格については、以上でなんとなくわかっていただけたのではないかと期待します。

次に霊覚についてです。

これは、霊的な覚醒度合いについて示す言葉であります。

つまり、霊界にどれだけ感応して、どれだけ霊界法則を自在に操ることができているか。

これが霊覚というものを定義するならば、一つの基準かなと思います。

単に感応するだけであるならば、それほど、霊覚が高いとはいえません。

霊界法則を知り、体得して、ある程度、霊界で自由自在に動いたり、顕現化する力、創造力を得るようになると霊覚は高まってきているといってよいでしょう。

現世に生きる私たちの場合も、一つの霊覚を図る尺度として、物事を顕現化する力が強い人は、霊覚が高いと表現することもできるでしょう。

ですから、必ずしも霊的に鋭敏な方でなくても、霊覚が高い方はいるものです。

同時に、霊的な感性の鋭いという方面で霊覚の高さを持つ人もいます。

つまり、霊覚を磨くということは、これらを総合的、複合的にみて、どれだけ霊界法則になじみ、体得しているかという点で図っていくことになるわけです。

しかし、霊覚が高いからといって必ずしも良いことに結びつくとはかぎりません。

なぜならば、いくら霊界法則を体得して、自由自在に操れたとしても、それを取り扱う人、または霊の霊格がしっかりとしていないと不幸、不運を呼ぶ場合もあります。

「キ○ガ○に刃物」なんていう表現がありますが、人格が備わっていない人に刃物を持たせるととんでもないことになってしまうことを意味しています。

しかし、板前さんが刃物を持てば、絶品料理を作り出す、素晴らし道具になりますし、しっかりと人格を備えた武士や侍が持てば、やたらと刃物を振り回すような真似はしないはずです。

このような理由から、霊格と霊覚は大抵、一対か、あるいは状況の説明に応じて使いわけてきたところがあります。

しっかりとした説明がなかったので、ピンとこなかった人もいらっしゃったかと思いますが、今回の記事が一つの参考になれば幸いです。


天心 拝


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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