FC2ブログ

母性の愛と父性の愛

愛には大きく分けると二つの種類があるかと思います。

母性の愛父性の愛です。

お母さんのどこまでも優しく、包み込むような育んでいくための愛と、お父さんのような厳しく、我が子を一皮向けさせて成長をさせようとする深淵なところから来る愛ですね。

一般的に愛というと母性の愛が取りざたされることが多いように感じます。

これは、母性の愛は普遍的で全てを育む基礎となる愛であるからに他なりません。

考えてみれば、愛を与えてあげなさいと言われて真っ先に思いつくのは、人に優しくすること、抱擁的な気持で受け止めてあげること、そういった暖かい感情をイメージすることが多いのではないでしょうか。

母性の愛がなければ人は育たないし、その愛があればこそ、人は安心を持って生きることができているということがいえるでしょう。

だから、人が最も多く、求めるのは、この母性の愛だったりします。

大抵の場合は、皆、優しくして欲しいと願うことが多いでしょうし、受け入れられたいという気持ちを持っている方が多いはずです。

しかし、母性の愛だけでは、人が魂を磨いていくためには不足が生じてくるのも事実です。

より向上しよう、より高い境地で物事をとらえていける自分に成長しようと思った場合には、父性の愛が必要になってきます。

この父性の愛というのは、ある意味とてもわかりずらい愛であるといえます。

そして、別の言い方をすると報われ難い愛であるとも言えるかも知れません。

父性の愛は、母性の愛のように人が喜んで受け入れてくれる愛の形とはかぎりません。

なぜならば、時には千尋の谷から突き落とされるようなことをされることが愛の形として父性の愛は表現されることがあるからです。

例えば大学進学の学費を我が子のためにコツコツと貯めて、将来に備えてあげるようなことをお母さんはしていたします。

これは母性の愛ですね。

お父さんはというと、「自分の将来のことだろ!自分でなんとかしなさい」と突き離したりします。

単純に考えればおそらく子供にとっては、お母さんは優しくて自分を愛してくれている、でも、お父さんは鬼のようだと感じるかも知れません。

しかし、お父さんも実は、我が子をかわいくないはずはありません。

なんでも親が用意して、道を調えてあげるのは、我が子の成長を阻害し、自ら考え、道を開く精神も気概もなくなってしまうことを怖れています。

だからこそ、あえて、突き放しているわけです。

しかし、その想いというのは、なかなか伝わりずらいものでもあります。

父性の愛とは、愛を与えたら感謝されたり、愛を返してもらえるようなわかりやすい愛ではないのです。

その分、本当の意味で見返りを求めない、あえて恨まれたり、誤解されたり、非難されたりすることを覚悟の上でなくてはできない愛の形であるといえます。

我が子に理解されず、誤解されてでも導いてあげようという気概がなければできないのが父性の愛なのです。

もちろん、単純に厳しくふるまうことが父性の愛ではありません。

単に思いやりに欠けて、ずさんで粗暴な態度が父性の愛だと思うのは大きな誤解です。

それゆえに父性の愛の表現はとても高度で、人生にて深く学び、人としての道も踏まえて、母性の愛も理解したうえでないとできないことです。

だから、母性の愛は、普遍的で基本の愛とするならば、父性の愛は高度で人を一段、脱皮して超えさせるための愛であるといえるのでしょう。

父性の愛を理解できるのは、我が子が成長し、様々な経験を経て悟り、人生を振り返ることができるようになった時です。

その時、はじめて、「ああ、あの時のお父さんの自分に対する仕打ちは自分のことを思ってのことだったのだな」と気づけるのです。

父性の愛に気づけるのは、その人の魂が脱皮し、成長を遂げた時だけなのです。

そのように考えると、必ずしも母性の愛ばかりを追い求めて、父性の愛を理解できないのでは、成長していないといえるのかも知れません。

守護霊神仏の与えてくれる愛も母性の愛と父性の愛があります。

母性の愛では、私達が生きている日常でヒントを与えて、道を調えてくれたりします。

いろんなサインも見せてくれて、楽しくて面白くてしょうがない時期というものもあります。

しかし、守護霊にも父性の愛があります。

守護する当人を脱皮させて、成長させるためには、あれこれと世話を焼いてあげることだけではダメであることを守護霊は知っているのです。

だからこそ、時として試練のようなものを与えたり(といっても試練が起こるのは負のエネルギーの顕現化によりますが)することもあるのです。

そんな時に「クソ!守護霊などいるものか!」とか「神も仏もないのか?誰も救ってくれないの?」と騒ぎ立てるのは、丁度、学費を出してくれないお父さんに噛みついているようなものなのです。

そんな時は、守護霊もどこかで心を痛めながらも、既然とした態度で守護する当人を突き放しています。

もちろん、怒っているわけではありません。

当人のためを思えばこそ、ひどい言われ方をしてもそれを受け止めて、脱皮のために心を鬼にしているのですね。

守護霊だって、感謝された方が嬉しいし、当人が喜ぶことをしている時の方が楽しいのです。

それでも、全く感謝されなくとも、恨まれようとも、報われぬ愛の形であると知っていても、本当に愛があるからこそ、それができるのです。

そして、父性の愛を実践できるほどの霊格と実力を備えているからこそ、守護霊として活動できているわけです。

私達も魂の向上のために現世にて学び研鑽する身です。

母性の愛のみならず、父性の愛を理解できるようになることで、はじめて本当の意味での愛を理解できるようになるのかも知れません。

母性の愛と父性の愛。

両方そろってはじめて本当の愛の形ができあがるといえるのかも知れません。



◎クリックご協力ください!

スポンサーサイト



テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

ツイッター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
閲覧者数
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Happy Search★ ~占いと癒しの検索ポータルサイト~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR