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念と気

「念」をコントロールすることが心根を変えてゆく一つの方法となるわけですが、実は「念」だけではなく「気」というものも非常に重要な意味を持っています。

「念」と「気」とは何が違うのでしょうか。

「念」は、想いであり、心の表層部分にあたります。

人間は誰でも何かを考えたり想ったりして日常を生きていますが、これは常に念を発しながら生活をしているというように言い換えることができます。

自分が今何を考えているかということは、自分が一番良く知っているはずですね。

だから、自分が今どんな念を発しているのかどうかは自分で理解することはできるわけです。

自分の心根を変えてゆくためには、まずは念をチェックして変えてゆくことで、実現することができるといえます。

しかし、実際には念のコントロールだけでは霊界を大きく変えてゆくことは難しいといえます。

霊界は念が凝結して構成されていますが、それ以外に「気」というものを帯びています。

では、「気」とは一体なんなのでしょうか。

一言でいえば、目に見えざる「感覚的なもの」という定義が出来るかもしれません。

多くの「気」と呼ばれているものは得てして実体を視覚的にとらえにくいものが多いと思います。

空気、熱気、冷気、元気、気分・・

上げていけばきりがないのですが、全て、感覚的なものを表していて、実体的にこれだ!と目に見えるものではありません。

このことから、「気」は「念」よりも自己把握が難しいところがあるといえるでしょう。

「気」は「念」のようにイメージや言葉で表現されることが少なく、感覚のみであることが多いので、「念」に比べると意識が向きずらいものであるといえます。

だから、「気」が枯れてきても、気付かないでそのまま放置してしまうことが多いのです。

気が枯れることを神道では穢れと認識していますので、気が枯れることを忌み嫌います。

気が枯れてくると段々と「念」も荒んだ状態に発展することが多く、逆にいえば「念」の歪みの初めは気が枯れることから始まっているともいえるでしょう。

最初は守護霊様と交流したり、神社参拝をしたり、良い気をもつ場所や良い気をもつ本を読んだりすることで、気は溌剌としている状態になりますが、段々と俗気が多くなり、現実の生活に押しつぶされてくると気も枯れてくることになります。

キラキラした心で守護霊に向かい、神仏や霊界のことに興味を持っていても、知らず知らずのうちに現実的なことばかりに向かいあい、俗気を多く浴びると段々と守護霊や神霊達も離れていくようになるのです。

「私は忙しいから」
「明日までに○○の仕事を終わらせなきゃいけないから、そんな暇ないわ」
「現実はそんなに甘くない。現実は辛いものなんだ」


こんな言葉や想いが出てき始めている時には、気が枯れている状態になっています。

俗気に負けて神気が不足している状態ですね。

俗気に負けない秘訣は、現実的な損得勘定から離れること、心からワクワクする理想にいつでも立ち返る時間を作ることです。

毎日、毎日が現実の大変で辛い、問題山積みの状態ばかりを眺めてため息をついていると、気は枯れてきます。

現実逃避を進めているわけではありませんが、時には現実から離れた時間を持つようにすることをお勧めします。


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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