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魂の向上プロセス

私達は多かれ少なかれ目標目的を持って日々を生きています。

毎日、仕事をするのは、月々の家のローンを支払うためかもしれませんし、子供を養育するためかもしれません。

あるいは、仕事を通して出世して名誉を得たい、金銭的に豊かになりたい。

こんな理由かも知れません。

仕事に限らず家庭を築き、妻子、あるいは夫とともに幸せに過ごすことも目的の一つかもしれません。

趣味に興じたり、ある時には勉強したり、交友関係を深めたり、私達には選択子が沢山あります。

もちろん、事情によって選択子は制限されているように見えるかもしれませんが、選ぼうと思えば以外に選択子は見つかるものです。

その選択子から一つを選ぶ時に基準となるのが目標や目的であるわけですね。

だから、目標や目的を持たないと人は何を選択すべきかがわからなくなってしまうものです。

問題はどのような目標を持ち人生を生きるかということになるのですが、スピリチュアル的な観点から言えば、「魂の向上」が一つの目的であり、そのために目指す境地として、神様と人とが合一する状態になることが目標となるわけです。

合一については以前、ブログでもお話しましたが、神霊に近い次元まで霊格、霊覚が向上してくると、合体してしまうという現象です。

でも、これは、一足とびに出来ることではなく、長い年月と人生の経験と学びを通して段々と実現できるようになってきます。

では、なぜ、長い年月を必要としているのでしょうか。

神様と人との合一するためには、人として持つ様々な煩悩に打ち克ってゆかねばならないからです。

ここでもう少し詳しく、魂の向上のプロセスについてお話してみたいと思います。

私達は通常、欲望を持って生まれてきています。

この欲望が私達の生きる動機づけになっているわけです。

生命を維持するためには、「食欲」がないと食べるという行為に発展しないため生命活動を続けることができません。

また、疲れたら休息を取るということ、とりわけ「睡眠欲」も大事な欲望です。

これがないとどこまでも無理をして身体を壊します。

それから、子孫を残し人類の継承をしていくために「性欲」も必要です。

他にも欲望は沢山ありますが、まずは自分の生命を安全を確保し、生命の連鎖を継承していくことが基本にあるわけです。

でも、これらの欲望は最低限の本能にねざしたものであり、現世においては非常に重要な意味を持っていますが、霊界においてはあまり意味を持たないものばかりです。

なぜならば、基本的に霊界では食べる必要も、寝る必要も、自分の分魂を作るのにわざわざ性的な交渉をする必要がないからです。

現世ではとても重要な意義を持つこれら欲望も本来は霊性高き人間にとって、そこで満足することはありません。

欲望のレベルはもっと上昇していきます。

もっと住みやすい家が欲しい、かっこいいスポーツカーを所持したい、名誉や名声が欲しい等と欲望の次元は上層し続けます。

しかし、ある程度豊かになり、欲しいものも手に入ると、人間は虚しさを覚えるものです。

なぜならば、現世で手に入るものは、現世でしか通用せず、現世とはいずれ去らねばならない仮の世であることを魂は知っているからです。

一切は無常であり、いずれは失われてしまう。

このことを自ずと理解するようになります。

本当のなくならない永遠の喜びや幸せとはどこにあるのか。

ここを考えるようになるわけです。

スピリチュアルとは本来、このような境地に立ってはじめて意義をなします。

神社に参拝してお祈りをしたら、恋愛がうまくいったとか、仕事でチャンスが巡ってきたというのは、一つのおまけであり、本質ではありません。

いくら恋愛が成就したところで、いつかは別れが来るかもしれません。

当初は望んで結婚したはずなのに離婚をする人もいます。

離婚しなくても、いずれ死別という運命はまぬかれない事実です。

ちょっと暗い話になって恐縮ですが、物事を突き詰めてゆくと一切は無常であるという考え方にいきつくということです。

もちろん、誤解のないように申し上げておきたいのは、現世的な喜びや幸せを否定しているのではありません。

ただ、スピリチュアルを学ぶならば、本質を理解した上で、現世的な喜びや幸せを享受したほうが実りがあるといえます。

人間は無常であることを様々な欲望を満たし続けることでいつか気づくことになるのです。

逆説的にいうとスピリチュアル的な永遠に変わらぬ喜びに気づかせるために、現世的な欲望は用意されているともいえるかも知れません。

一つ一つの欲望を満たし、その欲望に満足したり、あるいは欲望のために傷ついたり、切ない想いをしたりする過程があればこそ、人間は自分を本当に幸福にするためには不完全な現世的な欲望からスピリチュアル的な欲望へと意識を変えなければと願うようになるからです。

人生で辛い目にあったり、苦境に立たされるのは、システマティックな霊的な仕組みから言えば、負のエネルギーの顕現化によるものです。

でも、なぜこのような仕組みが存在しているのかという答えがあるとするならば、それは、本当の幸せに意識を向かわせるためであるといえます。

だからこそ、人間は苦境にあればあるほど、祝福されているという見方もできるわけです。

少し長くなったので続きは次回にゆずりたいと思います。


・・・続く


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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守護霊の存在について

天心様

こんにちは。本日初めてブログを拝見しました。

現在守護霊やガイドに関する記事や本は結構見受けられますし、世界中で多くの人が体験しているものかと思います。

私もガイドの存在を信じているのですが、私が習っているヨーガの教えでは、守護霊は低級霊がなりすましている場合が多いと言われています。
天界の住人の場合もありますが、修行の過程で自分のステージが上がって守護霊を越えようとすると修行の邪魔をしてくるとのことです。

またガイドは自分の一部、一体となっているというのはありえないと言われました。


これに関して天心様の見解をお聞きしたいのですが。
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天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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