幸せのセオリー

幸せになりたいですか?

どんな方にお聞きしても大抵の方は「YES!」と応えられます。

「それはそうだろう。誰だって不幸になりたい奴なんていやしない」

こんな声が聞こえてきそうですよね。

でも、幸せになりたいという人は多いけれど、幸せってなんだろうと深く考えてみる人はどうでしょうか。

幸せって何?と問われて即答できる人もいれば、幸せってなんだろうと改めて深く考えこんでしまう人もいらっしゃるのではないでしょうか。

幸せと問われて即答できる人はどんな答えを持っているのでしょうか。

「健康で長生きが一番さ!病んだ体ではどんなことも味気なく感じてしまうからね」

と答える人もいれば、「優しくて想いやりのある良い人と結婚できれば幸せ!」という方もいるでしょう。

「何はともあれ先立つものはお金だよ。お金がなければ何も買えないし幸せにだってなれやしない」

こんな意見もあるかも知れません。

あるいは、「僕は自分の才能が如何なく発揮できて、世に認められれば幸せかな。」という方もいるでしょう。

「私は子供がすくすくと無事に育ってくれれば幸せ」というお母さんもいるかも知れません。

「おいしいケーキを山ほど食べられればそれだけで幸せ」なんていうのもあるかも知れませんね。

本当に幸せにはいろんな形があるのだと思います。

でも、これらの幸せってよくよく観察してみると一つの共通点が浮かんできます。

その共通点とは一体なんなのでしょうか。

それはどれもが個人の夢見る幸せの形であるということであります。

このようなことを指摘すると「個人の幸せで何か問題でもあるのか」といういぶかしむ声があがってきそうですね。

もちろん、個人の夢が悪いなんていうつもりは毛頭ありません。

でも、想像力の翼をもう少しだけ広げてみて欲しいのです。

私達の幸せと呼ぶものを支えてくれているものについてです。

私たちは個人というパーソナルなものを持ち合わせて日々を生きています。

私たちは自我を持ち、自分で考え、自分で感じ、自分の生活や人生を作り出してその上を歩んでいます。

しかし、私たちは個人的な存在であると同時に一つの大きな存在につつまれて存在しているともいえるのです。

私たちの暮らす地球は広大な宇宙空間に浮かぶ一戸の惑星として存在しています。

宇宙という土台があって初めて地球は存在できているわけですね。

また太陽系という星系に属することで太陽からのエネルギーの恩恵を受けて、地球上の生命体は活動をしていくことができています。

さらに私たち人類を初め、地球上の生きとし生けるもの全ては、母なる地球が存在することによって、それをベースに国を作り、社会を作って調和を目指しながら生きているわけです。

そして、私たちの個人という存在も国や都道府県や地域のコミュニティから会社や家族、親類という単位に至るまで必ず何かしらの母体を持って生きているという事実があります。

このことは私たち個人という存在は、母体である家族や会社やあるいは地域社会、都道府県、国、地球、太陽系、宇宙と全ての母体が健全であればこそ、幸せに生きることができるということを意味しています。

個人の幸せというものは、個人にとってイメージしやすいものになりやすいという傾向があります。

しかし、その個人の幸せというものも、実は母体が危うくなれば簡単に壊れてしまうものであることも同時に認識しておいた方がよいといえます。

例えば、健康第一をもっとうにして健全な日々を送るためには、衛生的な環境やあるいは適度な運動をしたりできる時間や空間を持つことが必要かも知れません。

おいしい栄養のある食事をとることも大事ですし、睡眠もしっかり取る必要があるかと思います。

これらの健康第一を実現するためには、家族の協力が必要かもしれませんし、適度な運動ができるようなスペースとして手近な公園などを作ってくれているのは、公的な機関であったりします。

毎日、仕事があるのは、きちんと運営されている会社組織があればこそかもしれません。

国家が経済活動をしやすいように行政などで指導したり、枠組みを決めたり、法案を通して国家のいや国民の生活が向上していくように調整するからこそ、会社組織もその中で活動できているといえるでしょう。

子供がすくすくと育ってほしいという願いも、常に戦争状態にあったり、内紛や混乱が国内で起これば、その幸せも実現は難しいといえます。

このように個人の幸せというものは、母体となるものが健全に調和されて成り立っている状態の時にはじめて存在できるということがおわかりいただけたかなと思います。

自分の幸せというものを考えるのが私的幸福と名付けるならば、そのベースにあるのは公的幸福であると名付けることができます。

先だって発生した東日本大震災においても、ひとたびあのような巨大地震が起これば、個人の幸せなど消し飛んでしまうことは疑いありません。

だからこそ、個人の幸福を守りたいと願うならば、個人の幸福を超えた公的幸福を願う心根を持つことが重要になってくるのです。

なぜ、長々とこのようなお話をしているのかといえば、「幸せになりたい」と人が想いを馳せる時、必ずはまる落とし穴があるからなのです。

それが、「個人の幸せ」ばかりに意識をフォーカスしてしまうということです。

先ほどもお話させて頂いていますが、幸せってなんだろう?と考え始めると得てして閃くものは個人的な幸せであることが多いのです。

まるで、自分の幸せを実現するためには、自分の幸せに全てを注がなくてはならないとでも言わんとばかりです。

このように申し上げると「だって、まず自分が幸せにならなきゃ他人どころじゃないでしょ?」という意見がおそらく却ってくると思います。

実はこれこそが、全ての間違いの発端であるといわざるを得ないのです。

先ほど、長々と私的幸福は公的幸福に立脚しているというお話をさせて頂いた理由は、ここにあります。

全ては逆なのです。

宇宙の調和があり太陽系の調和がうまれ、太陽系の調和があり、地球の調和が確立されます。

地球の調和が確立されて初めて国家の調和が成り立ちます。

国家の調和がなり、公的なコミュニティや属するコミュニティが安定してこそ個人の幸せは成り立つのです。

だから、「他人とか国家とか俺には関係ない!」というのは論理的にも間違っていることがわかると思います。

「自分の頭のハエも追えないものが、他人の頭のハエを追うな!」という表現があります。

これは自分の問題も解決できないものが、他人の問題を解決しようとするなという意味でつかわれることが多いですが、これは間違いです。

自分の頭の上のハエ、他人の頭の上のハエ、二つの状況を観て導き出される答えは、ハエが発生するような何かが発生してしまっているということです。

もしかしたら、住んでいる地域のごみ捨て場所がカラスに荒らされているのかも知れません。

分別を怠って、きちんとごみ袋が規則の通りに入れられておらず、ハエが大量発生してしまっているのかも知れません。

そうなると地域での問題であり、他人とか自分とかいう問題ではないということがわかります。

このような考えに至ってはじめて問題解決への糸口が見えてくることになるわけです。

地域という公的幸福を考えればこそ、はじめて自分の頭のハエの問題も解決されてくるというものですよね。

まずは、この幸せに至るセオリーである公的幸福を考えるという発想を是非持って頂きたいと思います。


◎クリックご協力ください!
スポンサーサイト

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

ツイッター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
閲覧者数
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Happy Search★ ~占いと癒しの検索ポータルサイト~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR