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孤独と人間関係

私が守護霊アドバイスなどの鑑定でよく御依頼を受ける内容に人間関係についてのお悩みというものがあります。

この世の中はいかなるシチュエーションにおいても人と人との関係において成り立っている以上は、どうしても避けて通れないのがこの人間関係というものでしょう。

職場にせよ、家庭にせよ、学校にせよ、どこに行っても人間関係は存在します。

悩みの詳細は人それぞれではありますが、その悩みの大部分にはある共通点があります。

それは、人間関係がうまくいっていないと感じるその問題の陰には、「孤独」というキーワードが浮上してくることが多いのです。

つまり、ある人間同士のコミュニティの中で自分が浮いてしまっていると感じる時、人は孤独を感じ、そして、人間関係がうまくいっていないと認識する傾向があるということです。

「孤独」といいますと何か無人島などで独りぼっちでいる状態を指しているかのように思えるかも知れませんが、現代に横たわる孤独とは、得てして、そのような状況を指してはいないようです。

確かに独りぼっちで無人の孤島におかれたら寂しく孤独に感じるかもしれません。

ところが、こういった孤独感とういうのはそのうち慣れてしまうもので、独りぼっちでも平気でいられるようになったりもするものです。

むしろ、人間関係に煩わしさを感じてしまう傾向の強い現代人の感覚からすると、孤独なスペースはむしろ必要である場合もあるのかも知れません。

ですから、大抵の場合、独りぼっちの孤独感はあまり問題にはなりません。

苦しみとして認識される孤独感とはむしろ、大勢いの人間に囲まれながらも自分がその中に溶け込めないことを認識した時に起こるものであるといえるのではないでしょうか。

職場においても、学校においても、趣味の集いにおいても、多くの人に囲まれながらも溶け込めないでいること。

これが一番、苦痛に感じる孤独な状態であると感じる次第です。

では、この孤独感を癒すためにはどのような解決策が考えらるのでしょうか。

様々な守護霊のご意見を取次する中、一つの共通する回答が浮上してきています。

その回答をご紹介する前に「醜いあひるの子現象」ということを少しお話してみたいと思います。

「醜いあひるの子」とは、皆さんもほとんどの方が一度は触れたことのある童話であるかと想います。

知らない人はいないのではないかと思われるくらいメジャーな童話でありますが、ざっとストーリーをおさらいしてみましょう。

ある時、アヒルの兄弟がいまして、その中に一匹の他の兄弟と毛色の違うアヒルの子がいました。

兄弟達は毛色の違うアヒルが大層醜く見えて、いじめたりします。

母親のアヒルもなんとか励ますものの、どうしてこの子だけ他の子と違うのかしら?といぶかしみます。

結果的にその醜いアヒルの子は、アヒルではなく白鳥の子どもであり、成長して最後は美しい白鳥となって飛びたってゆくというのがざっくりとした物語の筋書きですよね。

さて、このお話は、単純にアヒルの子が、実は美しい白鳥であったということで、メデタシ!ということを伝えたいのではありません。

もちろん、作者の意図は作者にしかわかりませんが、私は少なくともそうではないと受け止めています。

アヒルより白鳥の方が美しい。いじめられていたけれど、実は白鳥の子供でありハッピーエンドでよかったねというお話ではないと思うのです。

本来、アヒルと白鳥に差はありません。

生物上の個性とみる人の考え方認識によって、優劣を感じることはあっても、どちらが良くてどちらが醜いということをいえるものではないでしょう。

アヒルはアヒルの良さがあり、白鳥には白鳥の良さがあります。

この物語の肝となるのは、どんなに美しい白鳥も居場所を間違えると「醜いあひるの子」になってしまうというところにあります。

白鳥は白鳥の居場所があり、その良さを発揮できる群れの社会というものがあります。

アヒルにもアヒルの居場所があるものです。

そういう意味ではもし、アヒルの子が白鳥の群れに紛れ込んだならば、これは「醜い白鳥の子」になってしまうわけです。

この物語の肝となる居場所を選ぶというところに人間関係の解決の糸口があったりします。

私達は得てして今ある人間関係の中ですべてを判断してしまうとう癖があります。

会社の部署の仲間達、学校のクラスメイト、あるいはたまたま入った趣味の会合、近所の方々、人間関係といいますが、大抵は非常に狭い範疇でのお話になるわけです。

その狭い狭い範囲の人間関係で自分が溶け込めない、浮いていると認識した時に孤独を感じ、自分がダメな人間なんじゃないか、自分が未熟だから溶け込めないのではないかと考えてしまいがちなのです。

確かに、できるだけ、関わり合いのある方達とは仲良くした方がよいでしょうし、いらぬ軋轢を生まないようにはした方が無難であるとはいえます。

しかし、やはり、自分を無理やり合わないコミュニティに溶け込ませようとする行為は、本来は白鳥である子供が「醜いあひるの子」を演じることになってしまう可能性が高いといえます。

本来の居場所をみないで、目先の人間関係に囚われてしまえば、自分の本来の良さも忘れて「醜いあひるの子」になってしまうわけです。

これが「醜いあひるの子現象」です。

ですから、人間関係に悩み始めた時に一度、自問してほしいと思います。

今悩んでいる人達との関係は自分にとって必要なものなのかな?

このように自問をして、明らかに価値観や考えが合わない人であると思ったならば、どうか、忘れないで欲しいことがあります。

世界には70億人近い人がいて、日本人だけでも1億2千五百万人くらいの人がいます。

その中の数人、数十人がたとえ自分を認めてくれなかったとしても、潜在的にはものすごい多くの同士が世の中にはいるはずなのです。

だから、目先の人間関係よりも、もっと自分の同士となりえる人達との出会いを求めることに積極的になるべきですし、そうでない人との関係に心を砕き過ぎて、精神を病まないようにしてほしいと私は願っています。

人にはそれぞれの居場所があり、仲間が必ずいるものです。

そこに目を向ける時、人間関係の悩みは実は小さなことであると気づける日がくると信じています。

この記事がすべての人間関係と孤独に悩む人のヒントになれば幸いです。


天心 拝



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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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家族間ではーーーー

すごく腑に落ちた守護霊様方の
ご回答だと思いました
だとすれば
家族間(親子・兄弟・夫婦間)に置いても
当てはまるのでしょうか?
距離を置く事すら難しい状況や
間柄にある場合もあると思のですが
そこから学ぶべき事がまだあるんだよ
という事なんでしょうね

No title

感動しました
わかりやすい説明で心にすっと入りました
ありがとうございます
プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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