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価値観を築くための学び

鑑定依頼などで時々、ご相談を受けるのが、「自分が何をすればいいのかわからない」「自分の夢や目標が持てない」という内容のものがあります。

私は、単純に楽しいこと、自分が幸せに思えること、理想や希望を描いて幸せ霊界を作るようにお勧めしているのですが、これがなかなか難しいようです。

なぜならば、幸せ霊界の元となる理想や夢、自分にとっての幸せというものが見えなくなってしまっているからです。

これは、夢や目標があり、理想に向かって日々を努力している人からみると奇妙に映ることもあるかもしれません。

しかし、実際には、このように自分の向かってゆくべき方向性が見えないと悩まれている方は意外に多いのです。

かくいう私自身も若い時に一時、このような状態に陥ったことがあります。

20代の頃のお話ですが、毎日毎日、働きアリのように会社に通い、業務をこなし、大抵は残業しなければ終わらないほどの案件を抱えて、アフターファイブなんていう言葉は、なんだか自分とは無関係な世界の出来事のように感じる日々を送っていました。

もちろん、それなりに仕事をこなしていれば充実感もありましたし、特に若い頃は自分の社会的な実力をつけようと必死な面もありました。

若いのだから、働くのは当たり前。

仕事は大変なのが当たり前。

ともかく自分に与えられたミッションをこなすことが私にとって最重要な事柄になっていたのです。

大抵、真面目に働いていて、それなりの成果を上げていれば、周囲はそれなりには評価してくれます。(もちろんそうでない場合もありましたが)

概ね満足のいく日々を送っていました。

ところが、やはり時折、魂が悲鳴を上げるんですね。

自分は何のために生きているのだろう?自分は何がしたいのだろう?

時々、自問自答を繰り返してみても、答えはぼやけてわかりません。

夢や希望や理想、達成したら本当に自分が幸せに感じる目標など全く思い浮かばなくなっていたのです。

せっかく休日があっても何をしていいのかわからない。

そんな状態に陥ったことがありました。

時折、友人から「今の仕事にやりがいを持ってる?」と聞かれる時がありました。

私はなぜか自分の迷いを見透かされたような気持になりムキになって「やりがいとかそんなことじゃ食べていけない。生きてく為には働くしかないだろ!」とぶっきらぼうに返事をしてしまったこともあります。

おそらく、友人から観た私は、とても苦しんで、人生を楽しんでいるようには見えなかったことでしょう。

私は、自分は生きていくために必要だから、「楽しい楽しくないなんて問題じゃない」と言い聞かせ自分自身の魂の叫びとは向き合わずに目前のミッションをこなすことにのめりこんでいきました。

その結果、私は一時、体調を著しく崩し、精神の均衡も取れなくなってきてしまったのです。

この時の私の霊界は本当に重く、暗く冷たい波動に満ちていたことでしょう。

今考えるとゾッとしますが、現在は脱却できたのでよかったですが。(苦笑)

さて、私とは多少異なっているものの、結構、現代社会にはこの時の私のように自分の理想や夢や目標を持てない、幸せ感覚が持てないという方は多くいらっしゃるのではないかと想像しています。

その理由としては、私たちは、子供のころから、ある教育をされているからです。

それは、「自分の好きなこと楽しいことを放棄して、お金や成功を得ることが幸せである」という呪縛観念です。

例えば、学生の頃ならば、学校で授業を受けて勉強をするわけですが、私達は好きか嫌いか、興味があるかないかに関わらず、決められたテキストを受け入れるように教育を受けることになります。

もちろん、私達が社会に出て快適に過ごすためにはある程度の基礎知識や常識、ルールを身につけることは必要でしょう。

読み書きそろばんは、ある程度できないと社会に適応できないこともあるでしょうし、常識もわきまえないと人との関係性も築けません。

ですから、教育を受けられるということは素晴らしことでもあります。

しかし、同時にその教育の中には(というより教育の中での思い込み)、人の魂を呪縛してしまう要素があったりいたします。

どういうことかといいますと先ほども言いましたが、自分の自由な意思や楽しさ、理想、希望といったものを放棄することで、将来の自分の幸せが保証されるという錯覚があります。

例えば、「頑張って勉強して一流大学に合格すれば人生が約束されている。」

こんなふうに思われていた時代もありました。

そのため、一生懸命、頑張って受験を通り、一流大学を目指して教育がなされていました。

もちろん、それがいけないというつもりはありません。

本当にそれが自分の幸せだと感じて頑張るのであれば、全く問題はないのです。

確かにある程度、世の中の仕組みからすると学歴がある人の方が有利なのは確かです。

一流大学を卒業した人は、それだけ努力をしたわけですし、その努力は素晴らしとは思うのです。

ただ、あえて申し上げればそれでも、一流大学に入ることと人生を幸せに生きられることはイコールではありません。

どんな学校に入ろうとどんな一流企業に勤められようと、どんなにお金持ちになろうとそれは幸せとはいえないのです。

おそらく、多くの反論を持つ人はいることでしょう。

「お金が会った方が幸せでしょ?」「実際、有名学校を出た方が就職に有利です」「一流企業の方が福利厚生もしっかりしているし、絶対幸せだよ!」

どの意見もうなずけるものかも知れません。

でも、あえて言います。

それらは幸せのキッカケ、外見上のことに過ぎないのです。

過去記事でも何度も言っていますが、幸せとは感覚なのです。

それゆえに魂の叫びを無視した幸せの形は、本当の幸せには結びつかない場合が多いのです。

そして、何より、自分の魂からの発露である、自分にとって楽しいこと、幸せに感じることを放棄して、頑張って頑張って得た幸せの形(この場合は虚構)にたどり着いてしまうと、自分にとって何が幸せで何が楽しいことであったのかわからなくなってしまうのです。

私達は、知らぬ間に「人生楽しいことばかりじゃない、むしろ歯を食いしばって頑張ってやりたくないことでも定められたミッションをこなせる人間が素晴らしい人間だ」という一種の呪詛をかけられています。

そして、自分の夢や理想を語ろうものなら、「自分勝手」「そんなに世の中甘くない」と否定されてしまうことが多いのではないでしょうか。

私が会社勤めをしていた頃は、ほとんどの同僚は夢を語りませんでした。

ただ淡々と業務をこなし、時々、飲み会などで憂さ晴らしする程度です。

上司の悪口を言ってみたり、自分の抱えた案件の大変さ不満などをお互いにぶつけあったりしていました。

そこに夢や希望の入り込む余地はなかったのです。

このような日々を続けていれば、自分の方向性や夢や希望、自分にとっての幸せがわからなくなるのも当然でした。

もちろん、私と他の方とは状況も人生の歩みも違うので、すべてが一緒だとは言いません。

しかしながら、自分の幸せがわからない、楽しいことがわからない、理想を描けないという理由の本質は魂を無視した日々にあることは間違いありません。

ですから、自分の幸せがわからなくなってしまった場合には、今までの呪縛観念を打ち祓い、新しい価値観を築く学びを行っていく必要があるでしょう。

今回の記事は少し極端なお話をしているように感じる方もいらっしゃるかも知れません。

しかし、あえて、今回は、反論、異論もあることを重々承知の上で、お話をさせて頂くことに致しました。

新しい価値観を築いてゆくためには、まず、自分の中にある微かな幸せ感覚を否定しないこと。

常識や周囲の意見で魂の叫びを抑圧しないことから始めましょう。

このブログでも常識とういことはある程度は踏まえてお話していますが、時としてその常識が自分の魂を締め上げる呪縛となっていることに気づいてもらうための非・常識的なお話もしていきます。

このブログが皆様の呪縛から抜け出すキッカケとなることを願っています。


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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参考になりました。

いつもお世話になっております。本日も学びを有り難うございます。
私も自問自答します。お金がある、仕事で成功することが本当の幸せなのか、将来自分がそうなって満足しているところを想像してみます。でも、ある程度までは幸せを感じるけれど、それが本当の幸せかは疑問を感じるところです。
裕福でもそうでなくても、どんな状況でも、その時その瞬間の心の持ち方や発想が幸せを決めるのかとも感じています。
モチベーションを維持するために、自分のスキルを高めたり周辺環境を良くしていくこと必要だと思うけれど、天心さんの仰るように、自分の好きなことや幸せを感じることにも向き合っていくことは、本当の幸せを感じるために大切だと思います。
プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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