過程を楽しむ心

昨今の世の中の情勢は、スピード社会などと言われていまして、ともかく何でも早く実現することがよいことのようにもてはやされています。

どうやったら、目的地に早くつくことができるのか。

どうすれば、合理的に目標を達成することができるのか。

いつの間にか、いかに素早く合理的に事を進めるかばかりに目が行ってしまうような世の中になってきているように感じます。

目標を持つことやそこに至るためのプロセスの合理化や最速化、最適化を図ることはもちろん、悪いことではないのですが、あまりにも目標を達成すること(結果)を重視し過ぎると、肝心の人生そのものの妙味を失うことになってしまいます。

そもそも、人生の目的や目標とは何を指しているのでしょうか。

人は、裸で生まれて、そして、何も持たずに死んでゆきます。

目的や目標を持たずに人生は始まり、その執着点は死なのです。

こう考えると私達が目的、目標といっているものは、仮の目印のようなものだといえるのかも知れません。

スピリチュアル的な見解でいえば、人はある程度、天命や運命の基軸となる流れを持って生まれてきています。

その中には自分が生まれてくる前にこのようなことをしてみたいなという希望のようなものを持って生まれてきている人もいます。

このようなことを言うと「では、その使命のようなものを早く合理的に達成したほうが賢い生き方ではないか?」という発想を持つ人が出てくると思います。

しかし、守護霊も神仏も別に合理的にスピーディにこなすことを評価してくれるわけではありません。

一つの個性としては、合理的でスピーディな才覚というものは、必要であるとみなしてくれるけれど、実際のところ、そこはあまり重要ではないのです。

ですから、たとえ人生が長かろうが短かろうが、素早く目的を達成できようが、その過程の中でどれだけ魂を輝かせたかだけを守護霊や神仏は観てくれているわけですね。

評価の対象というものは、どれだけ自分の本性を発揮して、人生を味わえたのか。

そして、その証として人生における成果や目的達成というものが備わってくるわけです。

私達は、目的のためにプロセスがあると思っていますが、守護霊や神仏の見解は逆なのです。

プロセスが純一な魂からの発露に根ざしているものであれば、結果は喜びと幸せで満たされるはずなのです。

逆にいうと目的をどんなに素早く、達成できたとしても、プロセスの中の味わいを理解できないと意義が薄いものになってしまうわけです。

目的、目標とはあくまで方便であり、魂を磨く手段なのです。

そこをわきまえて、今生の人生を歩むことが実は、結果的に幸せをつかむ一番の近道になったりします。

早さを求めれば求めるほど、成果は遅くなり、着実に味わい深く過程を歩めば、どんどん早くに成果にたどり着き目標を達することができます。

物事は何でも裏側、反対側に真実が隠されているのかも知れません。


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テーマ : スピリチュアル
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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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