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愛と慈悲の違い

今回は慈悲についての違いについてお話してみたいと思います。

正直なところをいえば、あまり言葉の違いを説明したところで意味がどの程度あるのかはわかりません。

一緒くたに考えられているケースもあり、わざわざ分ける必要もないのかもしれませんが、一応、よく守護霊のコメントなどにも表れてくるキーワードでもあるので、あえて今回は定義してみたいと思います

愛も慈悲もどちらも美しい響きを持っていますね。

また、言葉の持つ概念も非常に次元の高いものがあり、その分、抽象的でもあります。

そこで、多少わかりやすくするために次元を少し落として定義していきたいと思います。

まず、とは何かということですが、ひとつわかりやすいキーワードをあげれば、それは「育む」というテーマがあるかと思います。

一番わかりやすいのは赤ちゃんに接する時の母親の心境かなと思います。

赤ちゃんは何もできない存在で、泣いたり叫んだり、うんちを漏らしたりと基本的にはしたい放題を行う存在です。(笑)

でも、母親という存在は、どんなに好き勝手に騒がれようとも常に赤ちゃんに対して気を配り、愛を注ぎます。

愛というものは非常に抽象的な言葉ではありますが、その存在は随所でみることができるのです。

どれだけ大変であっても、ひたすらに相手を育もうとする心、その心から発せられる言葉と行動はすべて愛だと言ってよいでしょう。

そして、愛はすべてのものを育みます。

赤ちゃんが健全に育つのは、愛が無条件に注がれているからです。

赤ちゃん以外でも、植物でも動物でも、あるいは自分の夢や理想という生き物ではないものだとしても、愛を注ぐものは必ず育まれていきます。

だから、愛というものの性質をあらわす一つのキーワードは「育む」なのですね。

さて、一方、慈悲とは何であるのでしょうか。

愛と何が違いのでしょうか。

もともと慈悲とは仏教などでよくつかわれている言葉であります。

釈尊の慈悲などという表現もよく使われていますが、これはお釈迦様が衆生に対して持っていた慈悲の心を指しています。

慈悲を一言で簡単に定義するならば、それは「かわいそう」と思う心であります。

私たちも不遇な人を見かければ同情したりしますね。

お腹をすかせた野良猫を見れば、かわいそうと思って餌をあげたくなったりします。

これも一つの慈悲の表れなんですね。

ではお釈迦様の慈悲とは何であったのかといいますと、苦しむ衆生に対する「かわいそう」という心だったのですね。

衆生が苦しむのは、無明(むみょう)すなわち、真理を知らず、蒙昧(もうまい)にとらわれているからであると理解していたお釈迦様は、無明であるがゆえに苦しむ衆生がかわいそうで仕方なかったわけです。

だからこそ、あえて、苦しい現世にとどまり続けて、仏法を説いて回られてわけです。

かわいそうと思う次元や事柄は、私たち一般人とお釈迦様では異なるかも知れませんが、その根底には同じような慈悲の心があったわけですね。

慈悲の心は主には苦しむものへの救済というマイナスからプラスへという働きかけがあるかと思います。

逆に愛というものは、その人、物の持つプラスを育んであげるためのさらなるプラスのエネルギーを注ぐという働きがあるのかも知れません。

愛も慈悲も人に備わった大切な要素でもあります。

それぞれに万人の魂の輝きとして発揮されんことを願います。


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まとめtyaiました【愛と慈悲の違い】

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