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幸魂を磨く

人生には理屈ではわりきれない様々な出来事と遭遇することが多々あります。

人を好きになったり、あるいは憎んだり、正しいと理解していることとは裏腹な行動をとってしまったり。

あるいは、理想とはかけ離れた選択をしなければならない状況におかれることもあるでしょう。

言ったり考えたりすること以上に人生というものは単純ではなく、複雑です。

とりわけ人生を複雑にしているのは、人間の感情の部分でもあります。

感情は魂でいうと幸魂(さちみたま)と呼ばれるものであり、人が人らしくあるために欠かすことのできない要素でもあるわけです。

理屈通り、論理的に正しい通りに動くだけならば、それはカラクリ人形のような機械仕掛けのような無機質な存在であり、そこに理屈に合わない情緒や感情があるからこそ、人間は面白みがあり暖かみもあるわけです。

平たい言い方をすれば人情の機微こそが、人を人たらしめる要素なのかも知れません。

別の言い方をすれば、この人情の機微を理解してこそ、人生は味わい深いものとなるといえるでしょう。

人情の機微を豊かにすることは幸魂を磨くことにつながります。

人生経験をある程度積んでくると幸魂はほのかに暖かく光を放つようになります。

ちょうど暖炉の火のようにその暖かさは人を幸せな気持ちにさせてくれるのです。

幸魂が発達していない人はどうしても理屈先行になったり、あるいは単に浅い情のつながりはあっても、深く人を愛したり物事に対する愛を向けることができません。

幸魂を磨くためには、一つには人情の機微を理解していくことが大切なわけですが、そのためには文学性を持つということも大切になってきます。

文学性とは、文字通り文学の世界にあるような人間関係の複雑な心理や機微に精通する性質のことです。

たとえば、レ・ミゼラブルという小説がありますね。

日本語の表題だと「ああ無情」と訳されることが多いようですが、軽く直訳してしまうと「ザ・悲惨!」みたいなタイトルになってしまいます。(笑)

日本語訳する人のセンスは大事ですね~(笑)

それはともかく、このお話は、本来なかなかの長編なのですが、簡単にあらすじの冒頭を説明してみますとジャンバルジャン(以下、ジャンと略します)という非常に貧しい男がいまして、職もなく、食うや食わずの状況におかれていました。

ジャンは、思いあまってパンを盗んでしまうわけですが、そのことが原因で逮捕されて19年も投獄されてしまうのです。

自業自得とはいえパン一個で19年です。

しかも思いあまって、やむにやまれぬ状況で、悪いこととは知りつつも、そうしなければ生きてゆけなかった。

こういう主人公の葛藤を慮ると人情の機微というものが少しずつわかってくるのかも知れません。

脱線したのでもとに話を小説にもどすとジャンは19年間、牢獄で非常にいじめられたり、きつい労役を受けたりしながら、段々と心が荒んでいくの感じていました。

パンを盗んだことはよくないことだけど、これほどの苦しみを受けるとは思いもよらず、19年の獄中の暮らしを終えて娑婆に出ることには、すっかりと荒んだ悪党になり変っていました。

牢獄から抜け出せたものの、働くあても、身寄りもありません。

さらに荒んだ心になってしまったジャンはもう、どんな悪いことだってしてやるぞという気持ちになっていました。

ジャンは途中ある教会に身を寄せてそこで食べ物と一宿一飯を得ることができました。

そこでミニエル司教という方と出会うわけですが、その方は良い方で、ジャンのことを本当によく面倒を見てくれたのですが、心が荒びきっているジャンにはその暖かさが理解できません。

ジャンは散々に良くしてもらったミニエル司教の館から銀でできた食器を盗んでいなくなろうとしたのです。

それほどまでに彼の身に起こった悲惨な出来事は彼を変えてしまっていたわけです。

理屈で考えれば彼のやっていることはとんでもない悪党と同じことであることは間違いないでしょう。

しかし、どうなのでしょうか。

理屈で考えれば、悪であることは明白ですが、彼の生い立ち、今までの経緯、いろんなことがあって、心が荒んでしまっているのです。

もちろん、だからと言って彼の行為が正当化できるわけでもありません。

ここで自分ならどう考えるのだろうか。

このように考えることで、人情の機微というものがわかってくるのですね。

さて、また脱線したので小説に戻ります。

ジャンは銀食器を手にするとそのまま教会を後にして逃走を図りますが途中で憲兵につかまり問い詰められます。

何しろ身なりの悪い、それでいて顔つきも悪党面になっているジャンが高級な銀食器などを手にしているわけです。

あきらかに怪しい男です。

ジャンは万事休すと思い、また投獄されてしまうことを観念しましたが、そこへミニエル司教が表れて彼をかばってくれたのです。

「その銀食器は私が彼にあげたものです」と。

それからミニエル司教はさらに銀の燭台を手にしていて、ジャンに渡します。

「銀の食器だけでは足りないだろうから」と。

憲兵はもうわけがわかりません。

ジャンもその出来事に呆然としています。

自分は、恩義のある司教を裏切り、あろうことか盗みまで働いたというのになぜかばってくれるのか。

ここで、ジャンは深く自分を振り返ることになったのですね。

誰も自分の苦しみをわかってくれない。どうせだれも助けてはくれないと思いこみ心が荒びきっていた自分を見つめなおすことができたのです。

ミニエル司教はわかっていたのかも知れません。

このまま、ジャンが投獄されてしまえば、一生、彼が立ち直る機会は失われてしまうであろうことを。

そして、ジャンもようやく司教のその深い愛に気づくことができたわけですね。

人は誰しも不遇の状況が続けば、社会を憎み人を憎み、自分の善良な心までも見失いかけてしまうものです。

でも、そんな中でも愛を持った人はいる。

このことにジャンが気づけるまでには、いろんな葛藤や迷いがあったわけですね。

理屈でわりきるだけでは決して理解できないのが人の心というものなのかも知れません。

この出来事をきっかけにジャンはもう一度立ち直り正直で善良な人間として生きていこうと心に誓ったということです。

この物語はその後のジャンの生涯を描いていますが、そのきっかけとなった重要なエビソードを紹介してみました。

人の心は複雑で、また感情があるがゆえに間違ったり失敗したりするけれど、人の愛に触れてまた立ち直ることもあるのだということが文学を通して知ることができます。

単純に悪いこといいこと、ああすべきこうすべきとうのは、理屈としては正しいかも知れないけれど、そこに血の通った人の迷いや悲しみや苦渋やずるさや誠実さいろんな感情が絡まって人生や人間関係を形作っているわけです。

そのような複雑極まりないことを本当に受け止めていくことができるかどうかは、幸魂の成長にかかっているのですね。

そのことを学ぶ機会として文学に触れるということも一つの方法としてあるのかも知れません。


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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No title

あまりにもタイムリーな記事でびっくりしています。
FGSの会報を拝見しながら、幸魂を詳しく知りたい!という持ちがわき
先ほど調べていたところでした。
幸魂の磨き方、とっても知りたかったことです。
人情の機微を豊かにすることが、幸魂磨きにつながるのですね。
「豊」と拝見して、おお~!!と思ってしまいました。
予習していてよかったです(*^^*)

自分の苦しかったりつらい経験や、人と関わる中で知るそれらのこと。
どうしても、未熟な私自身では、視野も知ることができるそれらも限られてしまいます。
文学を通して、ひとりの人間の生き方にふれるということが
人情の機微にふれることにつながるということをお聞きして
そのようにして磨く方法もあるのだなぁと、目から鱗でした。
人気がある文学も、映画も、マンガも
気付けばそのようなことを教えてくれる主人公が多い気がします。

たくさんそのようなものに触れる人がいるということは
誰もが自然と、無意識のうちに幸魂を磨くことを好んで行っているのかもしれない
そんなことを感じました。
ワンピースが人気なことをふと思い出して
人間って、自分が思っているよりもあたたかいのかもしれない!と
心がぽかぽかとあたたかくなりました。

いつも、自身を省みるきっかけになるような記事、ありがとうございます。
FGS会報も楽しみにしています。

こんばんは

天心さん、いつもありがたいお話をありがとうございます。

幸魂を磨けるように生きていきたいです。
人情を感じさせない人に、たまに施することがあり、
とても寂しく思います。

私も、愛と葛藤を織り交ぜて、幸魂を成長させていきたいと思います。
ありがとうございました。

うまく書けませんが記事を読んで涙がとまりません。
ちょっとリンクしてしまったのかも知れません。

ありがたいお話ありがとうございました
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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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