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【公開質疑応答】新興宗教について

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、松井様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


質問は2つあります。

ひとつめは、いわゆる新興宗教には、神様が降りていらっしゃっているのか、ということ。

教団によって違うのでしょうか?

天心さんのブログを読んでいると、神社、そして川崎大師のような仏教のお寺にも神様がいらっしゃるのだとわかります。

仏教のお寺に神様が降りていらっしゃるということは、おそらく、キリスト教の教会にも降りていらっしゃるのでしょう。

キリスト教も仏教も、どの宗教も初めは新興宗教から始まりますよね。

ということは、近頃の新興宗教にも、神様はおりていらっしゃるのでしょうか?


ふたつめは、なぜ新興宗教ができるのか、ということ。

以前、「神様がお帰りになられている神社がある」と天心さんは書かれていらっしゃいました。

それを知り、「神様がお帰りになられて依代がなくなってしまったため、新しい依代として、新興宗教をおつくりになったのでは」と考えました。

でも、それなら、新しい教会やお寺、神社を建てればよいのでは?

そうなさらないのは、やはり時代とともに、霊界の様相が変わり、より時代に合った形の教えを広めたいからなのでしょうか?

そうだとすれば、過去の偉大な仏教的書物からだけではなく、新興宗教の書物も学ぶことで、より時代に合った神意を学ぶことができるのでしょうか?


質問は以上です。

よろしくお願いいたします!



【回答】


松井様

御質問お寄せいただきましてありがとうございます!

巷には新興宗教という枠組みで語られることの多い様々な霊的なグループが存在していますね。

一つ目の御質問の趣旨はこれらの霊的グループにも神霊は降りているのか?ということかと思います。

過去記事でも少しふれたことがあったかも知れませんが、神霊というものは、現世において私達を導くために様々な方法を用いておられます。

一つは守護霊というシステム、一つは神社・仏閣といった霊的フィールドや依代を通して、現世におりきたりて導くという手法、それから霊的グループを通して導くという方法があります。

もちろん、他にも方法はあると思いますが、代表的なもので私が理解しているものは、大きくはこの三つかと思います。

ですから、このことを踏まえれば、新興宗教と呼ばれる霊的グループにも神霊が降りているところはあるといえるでしょう。

もともと神霊が現世にて影響力を発揮する場合には、人を通じて行われることが多いのですね。

人の心がそもそも霊界を形造る種であり、その人が集まって同じ霊波動を共有するところから大きな霊界となり、ある程度の基盤ができてくるとそこに、その霊波動に見合った霊ないし霊団が降りることになります。

ですから、ある意味では新興宗教などの霊的グループとは限らず、会社や組織などにも同じように霊や霊団という形で霊的存在が降りてきているケースもあります。

なので、とりわけ霊的なことを扱っている新興宗教にももちろん、霊や霊団が関与していることは間違いないでしょう。

但し、いかなる教団にも神霊と呼ばれる高次元な存在が降りているかどうかは、審神する必要があるかと思います。

なぜならば、いかなるグループであれ、そのグループの理念とそれを運営する人達の心根から来る霊波動に見合ったもの、あるいは霊覚、霊格に見合った霊的存在しか降りてはこないからです。

愛と真心があり、気品があり、謙虚さや真善美を理解しようとする心を持った人たちが形成する教団ならば、神霊がおり来ることは十分に考えられます。

しかしながら、教団が単なる興味本位で霊的なことを知りたがるだけのグループだったり、お金儲けだけが目的(これはお金を取ることがダメということではなく、お金に気を取られ過ぎて、本来の学びや霊性開発という理念や愛や真心が次第になくなってしまうことが問題なのです)だったりする場合には、高次元な神霊ではなく、別の霊物が降りてきている場合も多いといえます。

あくまでその教団の持つ霊界の状態に見合わない神霊は降りてこれないからです。

逆に愛も真心もない単なる霊験だけを求める教団であったりすると力の強い霊物が、霊験あらたかなる霊力を発揮して願いをかなえたりもしている場合があります。

このようなことを踏まえると新興宗教にも神霊は降りる場合があるけれど、そうでないものがおりている場合もあるということがいえるかと思います。

大事なことは新興宗教だからダメとか神仏を祭っているのだから神霊が降りているということではないことを理解することかと思います。

一番大事なことは、神霊の依代たる人であり、人の心根がどれだけ神霊に近いものを持っているのかという点にあるのかと思います。

ここを見ていけば、神霊が降りているのか、そうでないものが降りているのかの一つの審神の基準になるのかと思います。


二つ目の御質問としては、なぜ新興宗教が起こるのかということですね。

>以前、「神様がお帰りになられている神社がある」と天心さんは書かれていらっしゃいました。
>それを知り、「神様がお帰りになられて依代がなくなってしまったため、新しい依代として、新興宗教をおつくりになったのでは」と考えました。


確かにそういった理由の場合もあるかと思います。

私が以前、守護霊を通じて教えていただいたこととしては、「失われた霊統を復活させる」という意味あいがあるようです。

古代には様々な信仰の対象となっていた霊的な系統があったようなのですが、途中で途絶えてしまった霊統も多いということです。

途絶えてしまった理由としては、継承する人がいなかった、あるいは民族間の争いなどで、霊統を守っていた民族が滅びてしまったなどが考えられます。

もちろん、これ以外にもいろいろな理由はあるかと思います。

全てを知っているわけではないので、他の理由もたくさんあるのかと思います。

一つ言えることは、使命を持った神霊が現世に何かしらの顕現をなさしめたいと望んだ時に、霊界より神霊の働きにより新興宗教を作らせるということが多いということです。

それぞれの教団に降りた神霊が帯びる使命によって、教団の方向性がそれぞれにあったりするわけですね。

しかし、これも、先ほどの一つ目の質問の回答でもお話したように、教団の運営者、教祖などの心根によって、霊、霊団の種類は異なってきます。

初めから何か悪意を持った霊物が、たまたま霊的に敏感で心根に穢れがある人を見つけて、霊感を与えて霊的グループを作らせるというケースもあるでしょう。

また、最初は素晴らしい神霊が降りていても、後から運営者の霊界が曇り、神霊が教団から去り、その代わりに別の霊物にすげ変わってしまうということもあるかと思います。

ですから、これも審神をしていかないといけないことかと思います。

>でも、それなら、新しい教会やお寺、神社を建てればよいのでは?

神霊は確かに依代として神社や仏閣、教会という場に降りてこられています。

しかし、それだけではないのです。

その場を維持する神主や僧侶、牧師や神父といった聖職者の心根が清くないと神霊にふさわしい霊界を維持できないのですね。

だから、単に建物を作ればよいというものではないのです。

形だけ立派な社殿を立てたとしても、そこに人の真心と信仰心がなければ、神霊は降りてきません。

単なる箱ものになってしまうのです。

もちろん、神社、仏閣などの神域が荒れているだけならば、神霊が人に降りて意識、無意識的にその神社、仏閣を修繕させるように仕向けることもあるでしょう。

でも、荒れている理由が単なる形だけのことではなく、神霊もお導きできないくらいに聖職者の心根が穢れてしまっている場合には、神域の復興も難しいところとなるのではないでしょうか。


>そうなさらないのは、やはり時代とともに、霊界の様相が変わり、より時代に合った形の教えを広めたいからなのでしょうか?

これに関してはそういうケースもあるかと思います。

>そうだとすれば、過去の偉大な仏教的書物からだけではなく、新興宗教の書物も学ぶことで、より時代に合った神意を学ぶことができるのでしょうか?

学ぶこともできるでしょう。

但し、審神をしながら学ぶという姿勢が出来上がっていない人には難しい部分もあるとは思います。

私は基本的には古典やイニシエからある教えから原理原則を学び、決して原理主義に陥らないように現代に見合う形でそれを応用するように心がけています。

なぜ、古典なのかといえば、古典は何千年もの月日を経て精査されて、なお残っている英知であるからです。

だから、歴史の中で価値あるものとみなされた先人達に英知は、比較的、安全なものだと考えています。

但し、時代が古いため現代にそのまま適用しようと考えてしまうと合わないことも出てくるかと思います。

ですから、私がお勧めするならば、原点である古典を大事にして、そこから原理原則を学び、現代に適用していくようにすること。

それから、その参考として、現代で起こってきている新興宗教などの意見も咀嚼してみる。

このようなスタンスでいるのが良いのではないかと考えています。

もちろん、人それぞれのスタンスがあるかと思いますが、私の考える最良のあり方を御紹介してみました。

御参考になれば幸いです。


天心 拝


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ジャンル : 心と身体

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No title

お答え頂き、ありがとうございます。
ずっと疑問に思っていたことだったので、嬉しいです。
そして、FGSの会の音声セミナー、とても勉強になりました。
私は二元論で考えがちなところがあります。
教団に入り、まさに教義から動けなくなり、人を裁いていました。
「裁き」をやめるように、とは、教団でも言われていましたが、その本当の意味を、私は理解していなかったのだと、教えていただきました。
今までの悩み、疑問の全ては、私の裁きの心が原因だったのだと、わかりました。
セミナーを聞き終わり、解放されたように楽になりました。
今まで読ませていただいたブログの理解が、より一層深まったように思います。
一歩ずつ、まずは裁きの心が沸き起こったら、その奥にある思い込みに気づくこと。
それが思い込みであると、気づくことから、始めたいと思います。
ありがとうございました。
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天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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