夢があるだけで素晴らしい

「目標があるのだけど、なかなか到達できなくて」

「夢に向かって努力したいけど、まだまだ遠いです」


なんていうご相談を守護霊アドバイスなどを通して受けることがあります。

目標に向かって努力しようとしても遅々として進まず、夢は遠くで輝くばかり。

そんなため息混じりのご相談が時としてありますが、私は声を大にして言いたいことがあります。

それは、「夢があるだけで素晴らしい」ということです。

もちろん、夢を描いても実現しなければ絵に描いた餅ではないかと言われれば返す言葉もありません。

しかしながら、人生を輝かせる最初にして必要不可欠な第一歩というのは、夢を描くことにあるのです。

といいますのも、昨今、夢を語る人が少なくなってきたなと感じることがあります。

少し昔の話になりますが、私がとある会社に勤めていた時にたまたま取引先の会社のOLさんとお話する機会があった時のことです。

会話の流れで私は、「なぜ、今の仕事を選んだのですか?」というような趣旨のことをお尋ねしました。

私としては何か目標なり夢なり目指すところがあって、その仕事を選んだと見込んでいたので、その辺のことを聞いてみたくなったのです。

しかし、そのOLさんから返ってきた答えは、戸惑いの表情とともに「いや、流行の職種だったから・・」というものでした。

もちろん、どんな動機で仕事を選ぼうとその人の自由なのですが、その時は拍子抜けしてしまったのを覚えています。

最近、どこかで聞いた話によれば、一昔前の小学生の夢は、「宇宙飛行士になる」とか「会社の社長になる」とか「総理大臣になる」とか「プロ野球選手になる」とかそれなりに大きなものもあったようなのです。

しかし、時代が不況に傾き始めると小学生に夢を訪ねると「公務員になること」という答えが返ってくるようになったとか。(汗)

さらに最近では経済不況から失業率も上がり、デフレも深刻化する状況の中、小学生の夢は「正社員になること」なのだそうです。(涙)

もちろん、公務員や正社員になることが悪いとか、目標として不適切だとかいうつもりはありません。

そういったものにあこがれてもよい訳なんですが、しかし、それが夢だと小学生の頃から口にするようでは少し寂しい気がします。

夢とはもっと見果てぬ、できるかどうかわからないようなものが良いのです。

余計な御世話だと言われるのを承知でこのようなことを言っていますが、実は、単なる感傷的な理由だけでこのようなことを主張しているわけではありません。

それは、「夢の実現にはギャップがある」という法則があるからであります。

これは何かと言いますと夢というものは大抵そのまま描いた通りには実現しない場合が多いといえます。

身も蓋もない言い方になって恐縮ですが、小学生のころの夢をそのまま実現した方というのは非常に少ないのではないかと思います。

もちろん、メジャーリーガーのイチロー選手などは小学生から現在の状況を夢として語っていたと卒業作文にも残っているので例外はあるかと思います。

しかしながら、大抵の場合は、描いた夢がそのまま実現しているケースは稀かと思います。

では、夢を描いても実現されないので描くだけ無駄なのでしょうか?

そんなことはありません。

実は夢の実現の法則とは、以下のことがいえるのです。


夢は夢のスケールの一段、二段下の形で顕現される傾向がある。


これが夢の実現の法則の一つかと思います。

これはどういうことかといえば、わかりやすい例でいえば、「会社の社長になりたい」という夢があったとします。

そのために努力している人はどのような夢が実現されているのかといえば、大抵は課長か部長、せいぜい、役員の一員になれたならば良い方だという感じです。

社長には届かず一段、二段下のポストを実現するわけですね。

「小説家になりたい」という夢であれば、一生懸命に小説を書いて公募などをしてなんとか佳作を取ったりする程度か、細々と出版社の原稿書きの仕事を得るライターになれる程度かも知れません。

このように夢というのは自分の描くもののスケールが一段、二段下がったものになることが多いという傾向があるものです。

では、もし、本当に「社長になりたい」「小説家になりたい」という夢をそのまま実現したいならばどうすればよいのでしょうか。

それは、一段、二段あるいは見果てぬ夢といわれるくらいの大きな夢を描く必要があるとうことです。

社長になりたいならば、最低でもグループ会社の総帥になるとか、複数の会社や事業を起こして社会にとって大きな善なる影響を与えることができる存在になるという程度の夢を描かなければ難しいでしょう。

そんな大きな夢を描きながら経営を行う中小企業の社長さんは世の中に沢山いらっしゃることと思います。

そのくらい夢があってエネルギーがないと社長業は務まらない部分があるわけです。

小説家になりたいならば、芥川賞や直樹賞などの賞をそうなめにして、社会と人の心に感動を与え、その小説によって人生を変えてしまえるくらいのものを書きあげようと思えなければ、到底、小説家として独り立ちしてやっていくことなどできないはずなのです。

そのように考えると将来の夢が「公務員」といっている状態では、公務員にも成れない可能性があるわけです。

その夢が「正社員」だとどうなることか。。ましてや、夢がないとどうなってしまうことか。

もう一度、言います。

夢は見果てぬくらいの大きな夢が良いのです。

その夢がその通りに実現するかどうかは別にして、大きければ大きいほど力を生む私たちのエネルギーになってくれます。

遠慮する必要などはないのですね。

だから、夢などないという人は、最初から見果てぬ夢を描くというのは難しいならば、とりあえずの夢でもかまわないので描いてみてはと思います。

そして、夢があるという人ももっともっと大きく描いてみてはいかがかと思います。

遠慮はいりません。

もっともっと夢を描いて人生を輝かせて欲しいと思います。


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ジャンル : 心と身体

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励まされました。

近頃、理想を描いたはいいものの、「本当に可能なのか?」「無理なんじゃないか?」「それで現実問題生活していけるのか?」「このまま何もせずに死ぬのではないか」という思いがずっと離れず、落ち込み、音源を聞くことも、お祈りも、いい加減になっていました。また一歩ずつ頑張ってみます。

背中を押されました!

私の周りにも、「就職さえできればどこでもいい」とか「公務員や看護系は安定しているから」という理由で夢を目指す人達がたくさんいますが、私は、それで果たして「夢」と言えるのか、と、ずっと不思議に思っていました。
何かもっと本気でやりたいものはないのかと聞いてみても、「現実的に考えたらしょうがない」と割り切ってしまう人、または、「それしか夢が見つからない」と諦めてしまう人が多くて…
そういう話を聞く度に悲しくなりますし、夢をたくさん持っている私が楽天家すぎるのかと不安になったりもしていました。
私は決して勉強ができる方ではなく、常識のない生徒がたくさん集まる学校に通っていますが、そんな学校だからか、進路相談に行っても、「希望する大学はまず無理だから諦めなさい」と言われたり、ひどい先生になると、夢を語るだけでつまらなさそうな顔をしたり、自分(先生)の私情を挟んでくる始末。
き教師として、安定した職業や大学を勧めたい気持ちが大きいのかもしれませんが、それでも、生徒の夢を真っ向から否定するのはどうかと思います。
そんな教師の下で育つから希望のない生徒が生まれるのではないか、その夢のない生徒が今教師になっているのか、などと、つい色々と考えてしまいます。
皆の言う「安定した職業」は、教師や看護などの人の為に働く仕事が多いのに、その夢を持った理由が「人の為になりたい」などではなく、「安定しているから」なんて、あまりにも寂しすぎます。
こうした環境のせいもあり、夢を小さくひとつにまとめた方がいいのかなと考えていましたが、私はこのままたくさんの夢を大きく描き続けることに決めました!
つらくなったら、天心様から天命調査の際に頂いたお言葉を思い出してがんばります(*^_^*)
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天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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