ホ・オポノポノと霊界(その3)

ホ・オポノポノと霊界(その2)の続きになります。

前回は、ホ・オポノポノと日本仏教の宗派である浄土宗、浄土真宗などに伝わる念仏信仰に対する解説、類似性などについてお話させていただきました。

一見、似ても似つかないように思えるこの二つのものにどのような類似点があるのか。

このあたりについては前回記事をご参照いただければと思います

今回は、前回の最後にお話しした、念仏させすれば極楽浄土に生まれ変わる、あるいはホ・オポノポノで推奨される四つの言葉を唱えさせすればクリーニングされて全ての問題が解決してしまうのかという疑問について進めて参りたいと思います。

まず、最初に申し上げておきたいのは、物事は表面的にだけ受け止めて解釈してしまうと真実の半分しか見えてこないということであります。

念仏信仰にしても、「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われますという部分だけを見てしまうと真実の半分しか見えていないことになります。

ホ・オポノポノにしても同様で、四つの言葉を唱えるだけという部分を持って理解を終えてしまうと片手落ちになる可能性があると思います。

では、実際にはもう半分は何が必要になるのでしょうか。

その答えを得るためには、念仏信仰またはホ・オポノポノを支える霊的なメカニズムを理解していくことが必要だと思います。

つまり、なぜ、念仏を唱えると極楽浄土に生まれ変わることができるのかというメカニズムです。

四つの言葉を唱えるとなぜ、クリーニングが行われるのかというメカニズムを知ることが大事なわけです。

まずは、念仏から考えてみましょう。

もともと、念仏信仰の元々の典拠は浄土三部経と呼ばれる経典にあります。

具体的には「仏説観無量寿経」「仏説無量寿経」「仏説阿弥陀経」のことですが、これらの経典の中で阿弥陀如来に帰依することで極楽浄土に生まれ変わると説かれているわけです。

しかしながら、これら経典をひも解いてみるとわかるのですが、単純に念仏することだけが説かれているわけではありません。

単純に「南無阿弥陀仏」と唱えろとだけ説いているでのはなく、いかに阿弥陀如来様と感応し、極楽浄土の世界に感応するかということが示唆されています。

もともと「南無」は帰依するという意味であります。

阿弥陀如来様に帰依しますという漢文が「南無阿弥陀仏」という言葉の意味するところなのであります。

本来は念仏とは仏を念じ、感応して動いていただくことであるわけです。

ただ単に「南無阿弥陀仏」と唱えてみても、仏様との感応がなければ、霊的には意味をなさないといえるでしょう。

実際に経典には水想観などの観想行についても説かれています。

その内容を追っていくと如何にありありと極楽浄土のありようを心に鎮めていく必要があるのかがわかります。

「南無阿弥陀仏」と唱えるのは、ただ一心に阿弥陀如来様と感応し動いていただき、極楽浄土という霊界に自らが霊籍を置いていくための修行であると言えるわけです。

行うべきことは単純でも、本当はその背後にあるメカニズムを理解して、実践するのは簡単とはいえないかも知れません。

親鸞上人なども一度でも念仏をすれば救われると説いていますが、それは単純に一回「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われるということではないと思います。

唱える回数ではなく、そのメカニズムに則って阿弥陀如来様に感応することが大事だということを示唆しているのではないかと思います。

ホ・オポノポノの四つの言葉も同じように単に唱えれば良しと理解してしまうと少し違うのではないかなと感じることがあります。

もちろん、四つの言葉を唱えるだけで良いんだ!という信念と信仰を持って唱えればそこに霊力は伴い、霊験が出てくることはあると思います。

しかしながら、本当にホ・オポノポノの霊力を引き出していこうと想ったならば、その背後にある霊界のメカニズムを知る必要があるのかと思います。

物事は分かりやすくすれば広く伝わっていきます。

但し、そうすることで失われていくものもあるということも覚えておくと良いかも知れません。



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