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脱力瞑想

生きていく上で上手に苦しみと付き合っていくことは、人生を充実させるためにはとても大切なことです。

苦しみの原因の7割は自分の心が作り出していると思われます。

残りの3割は外部要因ということになりますが、それにしても、あくまで苦しみを感じる発端に過ぎず、実際に苦しみを感じさせているのは心です。

では、どうして心は苦しみを作り出したり、感じたりしてしまうのでしょうか。

原因の一つには心に余計な力が入っているからです。

心は形のないものですが、それでも筋肉と同じように力が入りすぎれば強張り、痛めてしまうことがあるのです。

その心の強張りをとっていくことが苦しみを解除していくためには必要なのです。

それでは、いかにして心の強張りを取るかということですが、今回は「脱力瞑想」という方法を紹介してみたいと思います。

本来、瞑想というものは、仏教においては世の理を理解し、体感することで悟りを得るために行うものです。

しかし、ここではあまり厳密に伝統的な瞑想法に照らして考えたり、身構えたりする必要はありません。

作法も決まりごともそれほど厳密に考えなくても結構です。

そもそも、脱力瞑想という言葉事態が造語ですから、結構、いいかげんなものです。(笑)

ですから、身構えずに気軽に挑戦してみてください。

さて、それでは、早速、脱力瞑想のやり方について説明をしていきたいと思います。

まず、自分が今、気になっていること、苦しいと感じていることに意識カーソルを当ててみてください。

意識カーソルを当てるといっても難しく考える必要はありません。

ただ、ぼんやりと思いをいたすということをすればいいだけです。

意識カーソルを当てるととても、嫌な気持ちになったり、複雑な感情が浮かび上がってくることでしょう。

その瞬間に間髪いれずにこう言い放ってください。

「くっだらない!」

え?なにこれ?とキョトンとされたかもしれませんが、ともかく、自分が苦しんでいること、悩んでいることを一刀両断に否定するのには、このくらい単純な言葉が良いと思います。

自分が悩んでいること苦しんでいることが、如何にくだらないかということを宣言するのです。

その後に物事の成り立ちの瞑想に入ります。

どのように行うかを説明する前にひとつだけ注意点があります。

これから、今までブログや様々な媒体でお話してきた内容が全否定されるかのような言葉が出てきますが、これはあくまで一つのメタファーであり、一つの側面を捉えたものなので、全てではありませんのでそれを踏まえた上で受け止めてください。

さて、物事の成り立ちを一つずつ考えてみましょう。

私達が地上に生まれて、私達にはいろんなことを学んできました。

主に大きなことは人間が作り出した社会に関することが多いと思います。

如何に生活していくのか。どのように社会の人たちと付き合っていかなければならないのか。

生きていく上でのルールとかですね。

それらの社会もルールも自然発生的に人類創世より存在していたわけではありません。

私達の祖先が時間をかけて紆余曲折を経て、何度も修正されたり、あるいは壊して新しいものを作ったりしながら現在のあり方、考え方が存在しているのです。

生きる意味も正しさも良くないとされるタブーも全ては最初から存在していたものではないということです。

少し窓の外をみてみましょう。

そこに見える建物や土地、あるいはモノは一体誰のものだと思いますか?

「それは○△さんのものでしょ?」
「不動産屋かな」
「あの建物は◇○会社が所有しているものです」


こんな風に思うかもしれませんが、これは一体誰が決めたのでしょうか?

「いや、誰が決めたって・・・あんた何言ってるの?」と思う方も多いと思いますが、私がここで考えて欲しいのは所有するという考え方も後から考えられたものだということです。

あれは私のモノ、これはアナタのもの。

当たり前のように思っていますが、よく考えてみるとこれって誰が決めたのでしょうね。

一応、政府などが所有権というもので所有していることを保証をしてくれたり、長年の所有するという習慣がありますから違和感を覚えることはありませんが、理屈上、本来、所有しているという状態はありえないのです。

別の言い方をすれば、全てのものは自分のモノでもあり、他人のモノでもある。

いや、本来は誰のモノでもなくこれを作った神様のモノなのかもしれません。

そう考えると私たちは所有しているかしていないかということで悩んだり苦しんだりするのは、本当は作り上げられた観念によるということが理解できると思います。

所有ということだけでなく、結婚できない、定職につけない、貧乏だ、病気がちだ、他にも苦しみや悩みのバリエーションは沢山あるとは思いますが、全て根源を考えていくと、苦しみの根拠というものは実は思い込みによるものが多いということに気づくようになるはずです。

これは一見すると私達の生きる社会を否定しているようにも見えますが、そうではありません。

私達が幸せに生きていくためには、ある程度、方便としての形が必要です。

だからこそ、幸せの形を求めるのは自然なことでもあります。

しかし、あまりにも形を求める心が強くなりすぎると心が強張ってきてしまうのです。

そんな時には脱力させて心の余計な力を抜いてあげる必要があると思うのです。

自分の思い描いている理想に向かい努力を続けることは大切なことだとは思うのですが、やりすぎると息が詰まります。

そんな時には、あえて、自分のこだわっているものを「くっだらない!」と一刀両断して、この世のいい加減さを存分に理解することが有効なのです。

真面目な方ほど一生懸命に生きるのですが、同時に息詰まることも多いのです。

そんな時には、「世の中結構いいかげん♪」くらいの脱力感を持つ時間を作ることが、苦しみから抜けるための方法となるかと思います。

あくまで、真面目すぎる方に向けての脱力瞑想なので、普段から無気力、適当過ぎると自覚のある人にはおすすめはしません(笑)

ちょっと、根詰める過ぎる傾向があるなという自覚があるかたは少しだけ試してみると良いかもしれません。


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