【公開質疑応答】聖書の信憑性について

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、Paul様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


聖書の信憑性について質問させて下さい。

古事記・日本書紀についての過去記事を拝見しましたが、聖書については如何でしょうか?

愛と平和の教えと、復讐や戦争などの暴力的な教えとが同居しています。

霊格の高い人の書いた書物と、あまり高くない人の書いた書物が混在され、更に、複数回の編纂を経て作られたのが、今の聖書ではないかと思っていますが、そうなのでしょうか?


【回答】


Paul様

ご質問ありがとうございます。


>聖書の信憑性について質問させて下さい。
>古事記・日本書紀についての過去記事を拝見しましたが、聖書については如何でしょうか?


とのことですが、まずは聖書の意義ということに着目して考えてみたほうが良いかと思います。

もともと聖書には旧約と新約があるかと思いますが、どちらもとても古いもので、編纂されるまでに長きを経ているはずです。

当然、様々な人の手を経て、編纂される都合上、そこには編纂に携わった人の感性が入り込みます。

ある程度、権威付けられたり、誤謬や創作なども入り込む余地はあるでしょう。

新約聖書に関しては、イエス様が編纂したわけでもなく、12使徒などが残したそれぞれの福音書や述べたことをパウロが纏め上げていたり、それ以外にも様々な解釈が後に加えられていることかとも思います。

ですから、聖書に書かれている内容がそのまま寸分たがわず事実であったとするのは、やはり、無理があるのではないかと思います。

しかしながら、聖書の根本的な意義ということになるとスピリチュアル的にはそこに描かれる神聖なストーリー、そこから浮かび上がる聖書の持つ霊界の姿などを読み手が感じ取り、自分自身の霊界に取り入れていくということのために存在しているのかなと思います。

別の言い方をすれば、信仰の象徴としての聖書といえるかも知れません。

実際には、キリスト教やユダヤ教などの細かい宗派の違いよりも、その世界のかもす霊波動にふれていくことで、そこにこめられた世界を感得したり、イエス様の本当の愛の心に触れる機会とすることが聖書の本来の役割かとも思います。

もちろん、歴史研究や神学といった学問的見地からすれば、細かいところや歴史的な信憑性などが重視される場合もあるでしょう。

なので、どういったスタンスで聖書を受け入れるのかによって、聖書の意義も変わってくるのかと思います。

>霊格の高い人の書いた書物と、あまり高くない人の書いた書物が混在され、更に、複数回の編纂を経て作られたのが、今の聖書ではないかと思っていますが、そうなのでしょうか?

様々な思惑が編纂の途中でこめられていることは間違いないでしょう。

ですから、本来の霊的な読み方としては、審神(さにわ)をしながら読むということも必要なのかも知れません。

大事な点はやはり、信仰のシンボルとしての聖書という部分が基本になるのではないかなとも思います。


以上、回答となっておれば幸いです。


天心 拝


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No title

こんにちは。

聖書は、 予言の書物でもありますよ。

しかしながら  象徴的 比喩的な表現でしか記されていない為に、 それらを解読する事が人間では不可能です。

天宙に関わる啓示の書物である事は確かなのですが、 神霊からの教示がなければ解く事は叶わないのではないでしょうか。

人類に関わる重要な内容があるとは 感じます。
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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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