【公開質疑応答】気力は使ったら減るの?

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、カピバラ様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】


気力(エネルギー)は使えば、減っていくのでしょうか?

人間関係や組織で悩まされたとき、それを打開するために気を強く持つと、使われた気は減って、本来使うところにエネルギーが行かなくなりはしないでしょうか。

例えば、理不尽さを感じ、相手に怒るとき、私は「こんな相手に怒るエネルギーを使うのは勿体ないのではないか? もっと他にエネルギーを使ったほうが良いのではないか?」と思い、怒りの感情を出さずに終わることがあります。

ですが、後で思い返すと、あの時、気力を使って、反論反発していたら、別の局面が開けたのでは、という気もします。

また、組織などで、自分の思ったことを言おうとすると、気力がいると思います。

大多数の人は、その気力を、発言に使わず、自分に与えられた仕事をこなすことで、使っているように思えます。

それは、気力は、無駄に使えばすり減っていく、と皆、経験的に思っているからなのでしょうか?

また、いじめが放置されたり、多くのいじめられっ子が反発できなくなるのも、使う気力を惜しんでいるからでしょうか?

気力は使えば、鍛えられて増えるものなのか、すり減って早死にしてしまうものなのか、お聞きしたいです。


【回答】


カピバラ様

ご質問ありがとうございます。

>気力(エネルギー)は使えば、減っていくのでしょうか?

とのことですが、まず簡単に「気」についての説明をしてみたいと思います。

「気」とは主に感覚であり、感じている状態が「気」の正体でもあります。

暖かい暖炉のそばによれば「熱気」を感じます。

雪が降り積もると「冷気」を感じたりますね。

スピリチュアル的な「気」においても、「清々しい」「優しく柔かい」などと「霊気」「神気」を表現したりしますが、これもひとえに「気」が感覚的なものだということを表しています。

そのように考えると「気」は減少してなくなったりするものではないことがわかります。

しかしながら、「気を使ったり、気力を絞るとどっと疲れたりするではないか。やはり気は使うと減少するのではないか?」という疑問も浮かんできます。

確かに「気水が枯れる」といいまして、気力を果たしたり、気を使いすぎると消耗を感じることはあります。

その理由は、まず、「気」を張り巡らせることによって、その方の身体自身が消耗してしまっていることが考えられます。

「気」を使うとは、感覚を張り巡らせることでもあります。

人間関係や組織での悩みを打開いしようと気を強く持つと気が消耗したように感じるのは、自分自身の感覚を張り巡らせていることによって、身体が消耗しているのです。

また、問題のある相手と対峙することで、その相手のネガティブな気を受けて、また疲弊してしまうというパターンもあります。

そういった現象をイメージしやすくするために「気を消耗した」という表現をする場合は多々ありますが、実際に物量的な意味で消耗することはありません。

なので、いわゆる「気」が消耗したなというような感覚を覚える時には心身を休ませれば、また回復してきます。

休憩しても回復しないと感じる場合は、減少した気力が戻っていないのではなく、知らず知らずに「気」を張り巡らせて心身を疲弊させてしまっているのです。

ですから、気を節約しようとして感情を表さずにいたとしても、内面的に「気」を使っていれば、結局のところは、いわゆる「気を消耗した」という状態になってしまうこともあります。

但し、アクションを起こさなかったことにより、相手からのネガティブな気を受け取るという側面は回避できている可能性があるので、心身の疲弊は少なくて済んでいるのかもしれません。

いずれにせよ、「気」を使って減少したら戻らないということではないのは確かです。

さて、では、「気」は鍛えたりすることはできるのかというお話に入りたいと思います。

そもそも「気」は感覚的なものだとお話しましたが、感覚的なものが「気」である以上、「気」を鍛えるということは感覚を鍛えていくということになります。

例えば、人間関係で気力を使うと消耗を感じてしまうのは、一つには相手のネガティブな気を受け止めすぎてしまっているからだといえます。

相手の態度や言葉、想っている念などに意識カーソルを合わせすぎて、必要以上に相手の気を受けてしまうから、自分の心身が消耗してしまっているわけです。

ですから、一つには、相手の気を受けすぎないようにするために感覚を鈍らせるかあるいは、相手から発せられている気を転換してしまう方法があります。

何を言われても動じない気の強そうな人も得てして、感覚が鈍感になっているからというケースが多いです。

実際、何を言われても気にしない、空気読まない(笑)という人は、ある意味強いですよ。(笑)

何しろ気を使わないから「気を消耗した」という感覚もないし、相手が何を行ってきても受け取らないので、ダメージもないのです。(笑)

気を鍛えるというと何か気というものを大きくするかのようなイメージがありますが、「気」は感覚なので、大きく膨らませればより感覚を鋭くすることになります。

結果、余計な気を受けるようになるので、逆に気が弱くなったように感じることになるでしょう。

ですから、ある意味、鈍感ほど、いわゆる「気が強い」状態はないのかもしれません。(笑)

あともう一つは、相手のネガティブな気を自分で変えてしまうという方法です。

これは、相手の態度や言葉、発する気を自分が受け取る瞬間にポジティブ感覚に変えてしまうという方法です。

例えば、相手が罵倒してきたとしても、「ああ、あんなにムキになるのは、根が子供で甘えたいからなんだな。そして、自分に対してそれだけ感情を表してくれているということは、それだけ心を開いてくれているということ。つまり信頼してくれているってことだね」という具合に転換するのです。

もちろん、これは例に過ぎず、そんなに簡単にできる手法でもありません。

ある程度、訓練も必要でしょう。

ある意味その訓練がいわゆる「気を強く鍛える」ということになるのかもしれません。

それから、もう一つ、付け加えると「自分よりも偉大で力強い存在を背後に持つ」ということも上げておこうと思います。

これは、たとえば、信心深い人が「私には不動明王様がついている。だから絶対にくじけることはない」という深い信仰心を持ち、偉大な存在をいただいている(霊線をつないでいる)状態を維持すると自分の気も同調して強くなります。

これは、なぜかというと、偉大なる存在とつながると、自分の中の意識が変わってきます。

わかりやすくいえば、自信が湧いてくるのです。

自信がわいてくると些細なことに気持ちが向かなくなります。

それから、霊格も磨かれてくるので、受け止め方の咀嚼力も上がってきて、気の転換がスムーズにいくようになります。

結果的に相手からの気を受けにくくなるのでいわゆる「気が強くなる」というわけです。

「気」については、まだまだ、これだけで説明しきれているわけではありませんし、霊界との関係性、念、守護霊、神仏、いろいろな観点で観ていく必要があります。

ただ、いわゆる「気の消耗」や「気を強くする」という意味については、一つの参考にはなると思います。

以上、長々とお話してしまいましたが、回答になっておれば幸いです。


天心 拝


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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お答えありがとうございます

いつも使っている気なのに、全然分かっていなかった自分に驚きです。
気は減るものではない。消耗しているのは身体のほう。
あまり鈍感になるのには抵抗を感じますが、
気を消耗しないように鍛えるのも、訓練なのですね。
また、色んな観点からの気について、興味あるところです。

No title

こんばんは。
私も気を使うほうので、よく分かります。
確かに天心先生が言われるように、鈍感力や相手のネガティブな発言等を転換した時は、疲労感も違いますね。
ありがとうございます。
プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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