【体験記】守護霊交流よもやま話

今まで沢山の方のご意見などを伺ってまいりまして、結構、多いのが、「天心の守護霊交流の体験談」のようなものを聞いてみたいというご意見でした。

正直、あまり、個人的なことを語るのもどうかなと思うところではあるのですが、そうはいいつつも体験談的なものが多少の参考になるのであればということで、過去にも多少、ご紹介したエピソードなどがあります。

今回はちょっとしたシリーズとして再び、体験談的なものをお話してみたいなと思います。

ただ、体験談というものは得てして個人的なものであり、個人差やその人間の受け止め方という尺度が入るため誤解されやすいものでもあります。

ですから、これからお話していくことは、一つの体験談のサンプルとして受け止めて全ての方に完全に当てはまるかどうかは限らないということを念頭に聞いていただければと思います。

さて、私が守護霊を意識してお付き合いするようになったのは、10代の初めくらいからでありますが、それ以前からも、おそらく守護霊交流は無意識下で行われていたのではないかなと思っています。

私の幼少期は特段、霊的に鋭いとか、すごい霊感があるということはありませんでした。

父親は信心の深い性格ではありましたが、母親はどちらかというと現実主義といったところでした。

まあ、家庭の状況としては、当然の帰結として「目に見えざるものを支持」 VS 「あんたもっと現実を見なさいよ主義」なところはあったわけですね。(笑)

幸か不幸かそんな家庭環境で育った私は、目に見えざる世界というものを意識しつつも、現実もしっかりと見据えさせられるという右に左に揺さぶられることになったわけです。

思えば、これも私自身にとっては修行と学びの一環として与えられた環境だったのでしょう。

一方で神様を理屈抜きで信じるとはどういうことかを学ぶ一方で、現実の状況はどうなのかを透徹して観ていくということをさせられたわけです。

「もうどっちに行けばいいんだ~!」と(笑)叫びたくなるような状況なわけです。

おまけに喘息、アトピー持ちという持病で、他所の子供と同じようには遊んだり、活動したりできない状況でもありました。

そんな追い詰められた状況だと人は、深く人生を考えるようになるようです。

まだ、年端もいかない子供の頃から私は、いわゆる普通の子供とは違った視点でものを見るようになっていました。

さて、ここからが少しスピリチュアルなお話になりますが、私は実は、今思うと他の子供と違うなと思えるところがありました。

それは、異常な直感の強さです。

これはどういうことか少しお話してみたいと思います。

私は子供の頃、人見知りが強くて、人にあってもちゃんと挨拶ができないような性格だったと言われています。

言われていますとと他人事のように言っているのは、あくまで母親から見た私に対する印象に過ぎないからです。

確かに傍から見ると初めて合う人や他人に対して、ちょっともじもじするような、ちゃんと元気よく挨拶をする子供に比べると、グズグズした態度といいますか、そういったところはあったのかと思います。

それを見て母親をはじめとする大人たちは、「この子は恥ずかしがり屋で人見知り」というように感じたのは無理のないことかと思います。

しかし、実際は多少違うのです。

もちろん、若干は人見知りや恥ずかしがり屋なところはあったかと思いますが、本当は大人たちが知り得ることのない秘密がありました。

それは、私は子供の頃にして大人の思惑や考えていることを正確に読み取ることのできる直感力があったということです。

子供は無邪気で、大人の都合なんてわからないと考えられがちです。

実際にそうなのかもしれません。

しかし、私は違っていました。

例えば、母親が私に挨拶をきちんとさせたいとしていたのは、表面上は「ちゃんと礼節を教えなければならない」ということではあったはずですが、その心の裏には、「この子がちゃんとしないと私が恥をかく。だからちゃんとしなさい」という気持ちが隠れていたのです。

これは、わからない人から見たら「穿った見方ではないの?」「そんなことないよ、お母さんはちゃんと教育としてしつけていただけだよ」という意見が出ると思います。

もちろん、そういった意味合いも全くなかったわけではないでしょう。

しかし、あえて言えば、子供の頃の私は、そういった大人の都合や嘘を瞬時に見破るという直感がありました。

大人が「子供だからこんなことまだわからないだろう」と想っているようないわゆる大人の事情も察知していたのです。

妙な話に聞こえるかもしれないですが、私は子供の頃、周囲の同じ歳の子供たちがなんだかとても子供じみていると感じてすらいたのです。

他の子供からしたら「相当変わった子」です。

でも、私の察知していることをそれとなく親や大人に伝えても笑われるだけです。

子供が無邪気に大人の真似をして大人びたことをいっているだけ。

このように流されるのが落ちでした。

私が挨拶ができなかったのは、恥ずかしがり屋だったから、人見知りだったからというだけではないのです。

親の思惑が直感的に分かり、その霊波動の乱れというか、穢れている部分を感じ取ってしまうからだったのです。

「なぜ、そんな嘘をつくの?」「それはボクのために言っているんじゃないよね?」

やたらとそういうことがわかってしまうのです。

そもそも、この直感力の鋭さが後のスピリチュアル世界へ入っていく、発端となっていたのかなと思います。

ですが、まだ、この頃はそんな知識はありません。

なんとなく父親の影響で、「神様はいるのかな?」という程度の気持ちがあるだけです。

そんな気持ちも母親の「神様、神様とすがってたって現実はよくならないじゃないのよ!」という痛烈な批判で、スピリチュアルな芽は潰されかけるわけです。(笑)

守護霊との交流など意識しようもありません。

しかし、守護霊が傍に来るとあることが起こる傾向があるようです。

それは、直感力が磨かれるということです。

これは、当然、当時は知るべきもないことですが、今思うと、私に直感力を与えていたように感じます。

ある意味、余計なことをしてくれた!(苦笑)というように思わないわけではないのですが、たぶん、今の天心としての自分の活動に行き着くためには、必要な布石だったのかも知れません。

そんなわけで、まだ守護霊という言葉もわからない状況ではありましたが、その関わりは水面下で起こっていたといえるのではないかと思います。

・・・続く


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貴重なお話ありがとうございますv-353
うそを見透かす大人びた子供v-405大人から見れば、苦手な存在だったりするんですよねv-399
直観力ですか。今の状態を振り返って考えてみます。v-391
続きが楽しみですv-266
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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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