FC2ブログ

【呪縛観念シリーズ】もう一度起こるかも?という呪縛

人の成長や兆戦のための一歩を止めてしまうことのある、内的存在を私は呪縛観念と呼んでいます。

今までもいくつか呪縛観念についてお話をしてまいりました。

呪縛観念は本当に巧妙に私達の心の内部に入り込み、私達の言動、行動、態度、それから最終的には人生までもコントロールしてしまいます。

呪縛観念の性質としては、一番、やっかいなのは、自覚があまりないという点にあるかと思います。

私達は無自覚に様々な判断をして行動に移しています。

何をしようか、どれを選択しようか。

一つひとつを吟味して、あらゆる角度から検証して選択したり、行動したりすることは、実は日常の中においても、人生の途上においても、とても僅かなことではないかと思います。

大抵の場合は、無自覚、あるいは無意識に行動しているので、その行動を縛る呪縛観念に気づきません。

【呪縛観念シリーズ】はこの呪縛観念の存在に意識を当てることで、無意識レベルで私達の行動に影響を与えている存在に気づき、呪縛から逃れていくことが目的です。

さて、今回のテーマは、「もう一度起こるかも?という呪縛」です。

私達は、人生を歩む上で様々なことに遭遇します。

人生には素敵な出来事も嫌な出来事も含めて様々なことが起こります。

ただ、その出来事というものは得てして、いつどこで起こるのかというのはわかりません。

もちろん、ある程度、予測することや、法則性があるものもありますが、それでも、完全に何が起こるのかというのは、予測することは難しいでしょう。

未来の枠組みを決めている霊界の存在も常にそのあり方は変化していますので、絶対に変わらない未来像というものが存在しないことも、予測が難しいことを物語っています。

さて、しかしながら、この未来の予測は難しいという大前提を知りながら、人は時として、遭遇する出来事が「もう一度起こるのではないか?」という強い信念を抱いてしまうことがあります。

これだけだと少しわかりづらいと思うので、例をあげて見たいと思います。

今では、かなり落ち着きを取り戻した感がありますが、忘れもしない2011年3月11日、東日本大震災が発生しましたよね。

空前絶後の巨大地震を前に私達は恐怖し、不安におののく日々を当時、送っていました。

その結果、何が起こったのかといえば、様々なことが起こったわけなのですが、とりわけ、そこで注目してほしいのは、旅行を取りやめる人が続出したといことです。
(避難という意味で、別の国や地域に移動したことについては、旅行には含みません。)

特に東北地方への旅行が激減しました。

これは、原発事故などの影響もあったとは思いますが、その中でも、「東北地方にいったら、また地震に会うのではないか?」という認識が生まれてしまったことも大きな要因ではなかったかと思います。

あるいは東北に限らずとも、「いつ地震が起こってもおかしくない。だから、旅行先で地震にあったら大変だ」という意識も生まれたのではないかと推測します。

実際、テレビ、新聞などでも一斉に「地震が活動期に入った」とか、「5年以内に大地震が発生する確立は99%」とかいろんな情報が錯綜しました。

このような情報を受けて、益々、「地震怖い!(><)」となってしまった方も多かったかと思います。

しかし、これこそ、ある意味、呪縛観念の典型でもあります。

「いやいや、だってあれだけの地震が起こったのだから、警戒するのは当たり前でしょ?」

とおっしゃられる方もいると思います。

もちろん、衝撃的な出来事であることは認めますし、警戒すること自体が問題だと主張したいわけではありません。

問題なのは、大きな凶事を前に、正常な判断が下せない状態になることなのです。

例えば、東南海沖地震は近い将来99%いや100%の確率で起こると言われています。

これは、最近の話ではなく、もう大分、昔から言われていることであり、地質学や地震学的な検証としては間違いないようです。

しかしながら、相変わらずいつ起こるのか、どのタイミングで起こるのか、諸説は紛紛としながらも、はっきりしたことはわからないままです。

昔から言われていることなのだから、昔から私達はある意味でパニックになっていても不思議ではないわけですが、東日本大震災が起こる前までは、それほど気にしていませんでした。

というか忘れていたという言い方の方が正しいのかも知れません。

どんなに必ず巨大地震が起こると言われていても、私たちは普通に旅行していましたし、生業を営み、将来に希望を抱いて生きていました。

でも、一度、悲劇が襲うと、またその悲劇が起こるのではないかと思い込んでしまいます。

もちろん、未来のことは不確定であり、可能性自体は否定も肯定もできません。

私達は何が起こるかはわからない、誤解を恐れずに言えば、ある意味、不安定で恐ろしい世界に生きています。

しかし、そんな不確定で不安定な世界でも希望や良かれという想いを掲げて、生きていくのが人生です。

希望の灯火がある限りは例え不確定で不安定な世界であっても、必ず、明るい未来は開けてきます。

ところが悲劇や嫌なことが起こるとこれができなくなってしまうことが多々あります。

「また悲劇が襲うのではないか?」という不確定で不安定な気持ちが心を縛りつけてしまいます。

何が起ころうと私達の人生への向き合い方の原則は変わりません。

どんなに悲劇があっても嫌なことがあっても、それに引きずられる必要はありません。

引きずられているとすれば、それは呪縛観念なのです。

少し、大げさな例をあげての説明となってしまいましたが、個人の人生においても失敗して大変な目にあったり、嫌な出来事に遭遇したり、誰かに罵倒されたり、痛い目にあったりしたときに「また、こんなことが起こるかも?」と思ってしまったら呪縛観念になるということは覚えておいてほしいと思います。(私自身もよくよく自戒しています)


何が起こるか起こらないかではなく、ブレない主体的意志で希望を灯し続けて、歩き続けることが大事なことかと思います。

とりわけ、同じことがまた起こるかも?という意識が生まれたときには、これを注意して観察してみてほしいと思います。

本当にそんなことが言えるのか?

自問自答してみると、この呪縛観念は少しずつ消えてゆきます。

呪縛観念によって、魂を縛り付けてあらぬ方向に脱線しないでいられる自分になれるように精進していきたいものですね。


◎クリックご協力ください!

スポンサーサイト



テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

ツイッター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
閲覧者数
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Happy Search★ ~占いと癒しの検索ポータルサイト~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR