供養の歴史と読経

先祖供養という言葉は結構、このスピリチュアルの界隈ではよく聞く言葉の一つだと思います。

それと同時に様々な意見や憶測、「ともかく供養せい!」みたいなことをいう方もいれば、「供養など不要だ!」と言い切る人がいて、結構、意見が分かれる要素があるのが、この供養という事柄のおかれた状況でもあります。

そこで、少し供養について歴史や意義を振り返りつつお話してみようかと思います。

その前に一応、天心の先祖供養などに対するスタンスを述べた過去記事があるので、天心の先祖供養に関する望み方については、そちらを参照してください。

供養について

他にも様々に語っている記事はありますが、ご興味がある方は、先祖供養カテゴリをご参照ください。

さて、供養を考える上で少し、歴史を遡りつつお話してまいりましょう。

昨今では、供養というと亡くなった人間を慰める行為といったニュアンスで捉えられていることが多いように思います。

しかしながら、本来の供養とは、元々は、僧侶などの聖職者に対してお世話をしたり、施しをしたりすることであったのです。

もちろん、これらは亡くなられた方ではなく、生きておられる方です。

供えて養うと書くことから、その有り様は想像ができると思います。

なぜ、僧侶などに対してお世話をしたり、養ったりするという行為が生まれたのかといえば、神や仏に一身と一命を捧げて生きるものをサポートすることは、大変功徳が高い行為であるとされていたからであります。

なぜ供養の功徳が高いのかと言えば、その理屈はおそらくこのようなことだと思います。

まず、相手に対する愛や慈悲、真心からの行為は正のエネルギーすわなち功徳になるということ。

それにもまして、この世に正のエネルギーを充填させるべく聖職としての行いをするものをサポートすることは、単純に慈善行為による正のエネルギーを蓄えることよりも、もっともっと正のエネルギーの醸成を助けることになります。

つまり、同じ供えて養うならば、僧侶のような聖職者が良いだろうという発想が生まれてきたのだろうと思います。

このように亡くなった方ではなく、当初は生きている尊い方をサポートするのが供養のあり方でありました。

ここでおそらく現代の供養と呼ばれる内容とのギャップに気づく方も多いと思います。

このギャップゆえに現代で行われている供養などに対して「あんなものは本来のものと違う。だから不要だ!」と感じてしまう方も多くなるのかな?と感じます。

しかしならが、供養の歴史をさらに進めていきますとこのギャップが生まれるキッカケを作ったあるエピソードに出会います。

そのエピソードとは以下のようなあらましです。

修行に励む仏法僧がある日、亡くなられました。

仏法修行の途上での涅槃への旅立ちです。

まだ、現世で修行を続ける僧達は、亡くなった仲間の修行僧がちゃんと涅槃に旅立てたであろうか?と心配になったといいます。

そこで生き残った僧たちは、亡くなった仲間の僧がちゃんと涅槃に旅立てるように何かできないものかと思案します。

「死んだってあいつは俺たちの仲間だ!」

「仲間がちゃんと成仏できるように俺たちも助けてやろうぜ!」

まるで漫画のルーキーズのような友情劇ではありませんが(笑)、仲間の僧達は一斉に釈尊の教えの説かれた経典を読み上げて、亡くなった僧侶が仏法から離れずにいられるようにサポートしたということです。

これが、亡くなった方への供養を行うことになるエピソードと思われます。

なぜ、葬式や供養の時にお経を読むのかといえば、それは、亡くなった方が仏法から離れないようにサポートしてあげているわけなんですね。

このことから、段々と供養というものが指す範囲が生きている聖職者限定であったものが、亡くなった方にまで拡張されることになったわけです。

今、現代で一般的に認識されている供養とはこのことが源流にあるということです。

でも、「現代の人はお経の意味なんかわからないから読経しても無意味じゃないか?」という意見もあります。

確かに古代パーリー語から漢文になり、日本語発音となった経典を読んだところで意味不明になるという論理は正しいかと思います。

なので、本当は分かりやすい意味で霊界法則などを語りかけて上げる方が良い場合もあるといえます。

しかしながら、そうはいっても読経が意味がないわけではないのです。

なぜならば、読経には、先ほどお話したような亡くなられた方を諭す意味としての顕教的な意味あいと字句の意味を超えた霊的メカニズムを含んだ密教的な意味合いがあるからです。

実はほとんどの読経は今や顕教的な意味合いから、密教的な意味合いに移行してしまっていると考えられます。

ですから、読経が無意味なのではなく、その意図するところが全く表面上で理解されていることと異なるという認識を持つ必要があります。

密教的な意味については、ここではお話できませんが、少なくとも供養というものを考えていく上で、歴史的な流れを追いかけて理解してみるとよくわかるかなと思います。

先祖供養といった場合はご先祖様の霊界での生活や学びを向上させるサポート及びねぎらいというように考えるとわかりやすいと思います。

以上、参考まで。


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