博物館にて学ぶ?-美と調和-

こんにちは!

天心です。

最近は秋だというのになぜだか湿気が多くて困ってます。

今は梅雨か!というくらいに湿気を感じることが多いです。

そんなことを感じているのは、私だけでしょうか。

どうでもいい話から入ってしまいましたが、どうでもいい話ついでに私が以前、博物館に行った時のことをお話してみたいと思います。

以前より、よく上野にある東京国立博物館などに出向いていたことがありました。

出雲展とか国宝大神社展とかエジプト展とか気になるイベントがある時は、なんとか時間を作って出向いていくことにしています。

歴史などのお勉強も兼ねて行くわけですが、単なる知識的な学びと違い、古代から残されてきた遺物に実際に触れてみることで、見えてくるものもあります。

そういった空気のようなものに触れる機会というものは、結構、貴重だったりします。

どうしても座学でわかったつもりになってみても、実際の空気というか、その歴史から漂う気を正確にトレースすることは難しいものです。

なので、こういった博物館に出向くことも良い勉強になるのです。

後、これは個人的なことなのでどうでも良いのですが、最近は歴史的なものに触れているとなんだかホッとすることがあります。

身の回りのものがものすごいスピードで革新を遂げたり新しくなっていく世の中で、歴史というものは(特に古代の歴史は)、あいもかわらずそこに「居る」からです。

じっと動かずにいつでもおいでと言わんとばかり待っていてくれる。

そんな気がするのです。

なんでもかんでも早く進化を遂げるのがいいのかと、ふと疑問に思う時もあります。

もちろん、進化し成長していくことが魂の意志であることは間違いありません。

でも、それは単なる便利になるとか、新しい技術を追い求めるということだけを意味しているわけではありません。

時にはじっくりと魂と向き合い、熟成させるゆったりとした時間を持つことも大事なことでもあるのかも知れません。

もちろん、ゆったりしすぎて腐ってしまっては元も子もないわけですが(苦笑)

結局のところは中庸(ちゅうよう)なのかなと思います。

さて、博物館の話に戻りますが、東京国立博物館はとても広くて大きなところなので、展示品も多く、結構、見ごたえがあります。

常設展(年間を通じて展示されているもの)を含めてゆっくり見て回ると2、3時間くらいかかってしまうのではないでしょうか。

私は貧乏性なのか、時間が許すときは常設展を行くたびに何度も見て回ります。

結構、なかなか拝観できない仏像などが展示されていたりするので、何度もじっくり見てしまいます。(笑)

博物館の中には展示ルーム以外にもお約束として、お土産売り場があります。

ここも必ずと言って良いほど、立ち寄る場所になっています。

お土産売り場には、様々な展示会のテーマに即したグッズが並べられています。

例えばエジプト展であれば、ツタンカーメンの人形やら、スカベラをかたどったオブジェなどが並べられています。

展示品を見終わった後、いろんなエジプトグッズが並んでいるとテンションが上がるわけです。(笑)

そのテンションでもってお土産を買って帰ってもらおうというのが、博物館側の商売戦略なわけですね。

「なかなか、うまいやり方ですな」なんて、ひとりごちてみるわけですが、私もそのうまいやり方に乗せられて(笑)、気がつくと、なんだかわからないピラミッドのオブジェを購入しているのでした。(笑)

お土産売り場の様々なエジプトグッズと肩を並べているピラミッドがなんだかとても美しく見えてしまったわけです。

で、そんなにお値段も高いわけではなかったので、来館の記念に一つ購入。

記念といっても、結構な頻度で博物館に来館していた時期だったので、また、どうせ来るのだろうと思いつつ(笑)

さて、博物館を出て、そのまま真っ直ぐ家路につくと、早速、お土産袋に入ったピラミッドを取り出してみます。

小さなエジプトのピラミッドを机の上においてみます。

そして、じーっと眺めてみる。

な~んだかな~、違うのですよね。

何が?と思われるかも知れませんが、要するにあまり美しく感じないのです。(苦笑)

博物館のお土産売り場で見たときの感動や輝きは、私の机の上のピラミッドにはないのです。

どうしてしまったことなのでしょう。(笑)

そこで、私はハタと気づきました。

私が買った小さなピラミッドは、あのエジプト展という空間のさらには、多くのエジプトが調和するグッズの中に存在するとき、その美しさを発揮するということです。

スフィンクスやらツタンカーメンやら、他のエジプトという空間を創りだすグッズたち、もちろん、それ以外にもお土産売り場をエジプトっぽく内装していたりしてエジプトという一種の擬似的霊空間がそこには現れていたのです。

その中に調和したピラミッドのオブジェだからこそ、光輝いて見えたというわけですね。

つまり、美とは調和であり、調和なき美はありえないということなのです。

私の日常の細々としたものが散らかる雑然とした机の上にエジプトのピラミッドがポツンと寂しいそうに佇んでいる。

全く調和していないのです。

だから美しくもないし感慨もない。

そのことを悟った私は、人間のありようも同じかも知れないと思ったのです。

自分が今、何をすべきかという点においても、結局は全体を考えて調和をしていく、調和を考えていくしかないということです。

そのためには、美しさを感じることをするということが重要なキーポイントになるのではないかということです。

どんなに意義の深いピラミッドも調和していなければ、滑稽で寂しい存在でしかないのです。

自分という存在に意義があるとするならば、どのように調和していくのかを考える必要があるのではないでしょうか。

机の上に漠然と置かれた小さなピラミッドを見つめながら、そんなことを考えた思い出があります。

皆様に置かれましても一度、美と調和について考えてみられてはいかがかと思います。


P.S

その後、机の上の小さなピラミッドは、大怪獣(小さなピラミッドから見た場合)虎縞にゃんこの襲撃を受けて、右往左往と蹴散らされておりました。(苦笑)

その後のピラミッドの消息は不明です。(汗)

おしまい


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