【あとがき】自己啓発とスピリチュアル

【第三章】自己啓発とスピリチュアルからの続きになります。

序章から始まり、本論としては第一章から第三章までの範囲で自己啓発とスピリチュアルの違いなどについてお話させて頂きました。

今回は最終回ということで、あとがきとして総括させて頂きます。

自己啓発にせよ、スピリチュアルにせよ、とても抽象性のある概念であり、本来はとても一言では表せないものだと思います。

今回、このシリーズでお話したことも、そういった意味では、まだ沢山の穴があると言えるでしょう。

ただ、昨今の状況を見ていると段々と自己啓発なのかスピリチュアルなのかという境界線はとても希薄になってきているなと感じています。

自己啓発も段々と現実における表層的な意味から、人の持つ精神性に焦点を当てたものが多くなっているように感じます。

例えば単純に技術的なノウハウの追求であったものから、マインド的なことの変革に主眼が置かれるようになってきているようにも思います。

というか、普通にチャネリングとかパワースポットだとか、本来はスピリチュアルな分野の専売特許的に思われていたことすらも、自己啓発書の中で見られるようになってきたように感じるのです。

ところが、自己啓発という分野においては、相変わらず、解決思考の範囲という掣肘を受けているようにも感じています。

自己啓発は基本的にはカタルシスを与えない。

その点は、あまり変わっていないように思います。

しかしながら、こうして自己啓発がスピリチュアル分野と呼ばれていたところにも進出してくると、スピリチュアルの本来持っていた、浄化思考の部分が埋もれてくるのではないかとも危惧しています。

全てを解決したい。

解決の向こう側に幸せがあると無条件に思ってしまい、その延長線上でスピリチュアルの門を叩く人が多くなってきているようにも思います。

守護霊も神仏も人の持つ霊性というものも、別に私達の問題や課題を解決するためだけに存在しているわけではないのです。

もちろん、立ち上がって問題に取り組むときには力添えはしてくださるはずですが、そのためだけに存在があるわけではありません。

それは、丁度、私達の周りにいる人たちが私達の願望や都合、問題や課題に必要かどうかというためだけに存在しているわけではないのと同じです。

私達はそれぞれに目的があり、夢を見たり、問題に悩まされて葛藤したりしながら生きています。

誰かの都合のために生きているわけでもなければ、単純に問題解決のために生きているわけでもないのです。

そのことを忘れるとき、スピリチュアルの本質的な現実への働きかけは失われてしまう一方であるのかも知れません。

正直に言えば、今回のシリーズもどれだけのひとに真意が伝わるのかは自信はありません。

誤解を受ける可能性もあるかと思います。

しかし、少なくとも、自己啓発やスピリチュアルが何を問いかけてきているのかということを考えてみる一つのきっかけにはなったのではないかと思います。

漫然と世の中に溢れる情報を受け入れていると時々、混乱したりわからなくなってりすることもあることでしょう。

そんな時には、どこに本質があるのか?という問を自分自身に発して見ることも良いのではないでしょうか。


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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