守護霊と審神

今回はブログにて、ご質問を頂いたことに対する回答を含めた内容をお話させて頂きたいと思います。

ご質問の趣旨を要約すると、「守護霊にフーチを使いコンタクトを取り、答えを得る方法」についてです。

フーチというものは、ペンタグラム(振り子)などを用いて、霊的な存在とコンタクトをとり、回答を得ようというものを指します。

ご質問の趣旨としては、どうしたらフーチをうまく使いこなし、守護霊とうまく交流して答えを引き出せるかということに主眼が置かれているのですが、私の立場から申し上げるとすれば、安易にフーチにより守護霊と交流を試みるのは、危険であるといわざるを得ません。

様々な方が今、スピリチュアルに興味を持ち、できれば、守護霊や霊的な存在と交流をはかりたいt願う方が増えてきています。

もちろん、関心、興味を持つことは悪ことではありませんし、できれば交流してみたいと考えるのは当然の流れかも知れません。

しかし、霊的な存在と交流する場合には、いくつかの原則を知らないと危険な場合が多いのです。

今回、質問の趣旨からは少しはずれてしまうかも知れませんが、重要なテーマかと思いますので、お話したいと思います。

まず、フーチの問題点ですが、実際にフーチによって、守護霊がおり下って道を示す場合もないことはありません。

しかし、実際のところ、神霊という存在は、やたらと降り下ってくるわけではありません。

神霊と同じくらいの霊覚レベルに達し、心の中に愛と真心を充満させている状態でなければ、決して降りてきたりはしないのです。

フーチの場合、大抵は、興味本位であったり、どうしても知りたいことをなんとか答えてもらおうという基本的に自分本位の気持ちが強い場合が多いでしょう。

そのような心根で、フーチを行えば、守護霊どころか、怪しい邪霊やおかしな霊的存在を呼び込んでしまう場合もあるのです。

私自身も守護霊と交流を行っていますが、私個人のことを我欲で祈ったり、楽をしたいから未来を教えて欲しいという気持ちで伺いを立てたりすることはありません。

ほとんどの場合は、他人のための祈りであり、伺いを立てるのは他人の悩みに関してがほとんどです。

私の個人のことは、本当に最小限にとどめ、人間としての努力をして、どうにも進むことができないと感じた時には、そっと守護霊に語りかけて意見を伺うことがあります。

そいういう場合には、個人的なことであったとしても、少しだけ守護霊も力を貸してくれることもあるのです。

常に自分の心をチェックして、魔物が入ってこないように審神(さにわ)しながら霊視・霊感鑑定を行っているわけです。

このことからフーチで安易に守護霊とコンタクトを取ろうとするのがなぜ危険なのかおわかり頂けたかと思います。

さらにフーチは、結果がYESかNOに限定されるため、守護霊アドバイスのように内容を吟味して、正邪を判別する審神がしずらいところがあります。

全てがYESかNOだけでは、かなり困難であります。

また守護霊などの神霊は、特に限定的、断定的な内容はあまり、教えてくれません。

必ず、本人にも考えさせ、あくまでポイントでありヒントとなるようなキーワードしか教えてくれません。

そういう意味でもフーチによる守護霊コンタクトは、なかなか困難であると言わざるを得ないのです。

これが、フーチによる守護霊とのコンタクトに対する私の回答となります。

少し、質問された方の求めているものとは異なった回答であるかとも思いますが、あえてこれを回答とさせていただきたいと思います。

さて、先ほどから、いえ、以前から時折、審神(さにわ)という言葉を使っておりましたが、これについて、きちんとお話をしていなかったことに最近気づきました。(汗)

ということで、折角なので、これから少しだけ審神(さには)についてお話したいと思います。

審神(さには)とは、一言でいえば、物事、あるいは霊的なものの真偽、正邪を判別して詳細を明らかにする行為のことであります。

古くは弓削道鏡の神託事件にも審神のことを学ぶことができます。

事件のあらましは、弓削道鏡が嘘の神託をもとに天皇の位につこうとしたことでありました。

当時、弓削道鏡はとても信頼されていたため、神託はそのまま採用されて、弓削道鏡が天皇につく流れができてしまっていました。

しかし、和気清麻呂が後から宇佐八幡宮に詣でて審神したところ、でたらめであったことが発覚。

このことで、弓削道鏡の皇位略奪を防ぐことができたというわけです。

細かいところは、かなり省略しましたが、ここでポイントとなるのは、弓削道鏡の神託の正邪を和気清麻呂が審神したというところです。

昔から神託の類は、間違ったものが流布される危険があることが認識されていたために、必ず審神という行為が行われたことを意味しています。

また、審神に関しては、神道家の本田親徳(ほんだちかあつ)なども詳しく研究し、本田霊学として体系だてています。

このように目に見えないものというものは、とてもデリケートで、時として誤った方向性に導いてしまう可能性を秘めています。

だからこそ、その善悪正邪を見極める目を養っていく必要があるのです。

今回の記事では、審神については、さわりしかお話できませんが、今後もおりをみて、少しずつお話してゆけたらいいなと考えています。

皆様の今後の学びとヒントにこのお話が寄与しますことを願っています。



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