西洋と東洋の思想の違い(その4)

西洋と東洋の思想の違い(その3)からの続きになります。

前回は西洋思想の潮流をたどりどのような考え方の変遷があったのかなどを三回の記事に渡りお話させて頂きました。

源流を遡ればプラトンのイデア論あり、アリストテレスの形而上学あり、そして、現代の利益主義にも繋がっていくであろう科学の発展やそれにともない私達の生活、人生に直接的に関わることにのみ注力がいくようになる流れを作った実存主義哲学などについてお話をして参りました。

今回から表側の思想としての西洋思想の流れを踏まえた上で、東洋思想の流れについてお話していきたいと思います。

まず、東洋思想についてお話を進めるにあたり、西洋思想とはいかなる特質を持っていたのかについて考えてみたいと思います。

おさらいすると西洋思想の哲学的な始まりはアリストテレスの形而上学にあることは過去三回の記事にてお話しましたのでおわかり頂けてると思います。

形而上学は魂や神々の世界の存在証明などを考えていく哲学であり学問体系です。

つまり、曖昧模糊とした神話の世界を論理的に証明して見せようとしたわけです。

このことを鑑みれば、西洋思想の特徴としては、「証明」ということに重きが置かれていることがわかると思います。

魂は本当に存在するのか。存在するならばどこにどのように存在しているのか。

そして、何ゆえに存在しているのか。存在を認識するためにはいかなる方法があるのかなどを考察していくことに哲学の本懐はあるかと思います。

どこまでも証明にこだわるという特質が西洋思想の根本にはあるのですね。

この証明にこだわるという姿勢が科学を初め様々な副産物を生みだし私達の生活に利用されたりするようになりました。

元々は魂や神々といった目に見えない、人間の手にはあまるであろう存在の証明のために始まった学問ではありましたが、その結果の恩恵を私達はしっかりと享受しているわけです。

こう考えると私達の生活そのものが実は西洋思想の潮流の中にあるということがわかります。

しかしながら、これはあくまでも表側のお話でもあります。

表面的な生活、法律や政治や経済といった目に見える仕組みにおいては西洋思想から来る流れは私達の生活に密着したものだと言えるでしょう。

但し、私達の裏側の部分はどうでしょうか。

すなわち心や習慣、何を大事にしているのか、何を矜持として生きているのか等については、必ずしも西洋思想の流れにあるとは限らないと思います。

例えば、典型的なものは、穢れの思想などがあります。

最近ではレストランに行くと使い捨ての割り箸ではなく、通常の木材やプラスチックで作られた複数回、洗って使うタイプのお箸が置かれている店も多くなってきました。

経済面、資源のリサイクル、効率などを考えると、使い捨ては非効率でもあり自然に優しくない部分もあるため、段々とリサイクル可能なお箸を採用するお店が増えてきています。

さて、西洋思想的な哲学的思想で考えれば、限りある資源を有効に使うということ、殺菌すれば衛生面でも問題はなく、自然にもおそらくは優しいことでもあり、経費削減にもつながるリサイクルのお箸です。

何も問題がないように見えますが、中にはとても嫌がる人が多いのもまた事実なのです。

西洋思想的に論理的に考えても問題がないリサイクル箸を嫌がるその内部には何があるのか。

それは、穢れの思想です。

穢れとは物理的な意味での汚れや不衛生とは違います。

もちろん、被っている部分もありますが、本質的には異なります。

汚れは物理的に不具合があり、見た目上の美意識に反するもの、および、肉体的な病理に関係性のあるものを指します。

物理的、肉体的に具合が悪いから、汚れを綺麗にしましょうというわけです。

しかしながら、穢れの場合は、主に物理面を含む、精神的、感覚的な歪みやねじれを意味しています。

穢れを言霊解釈すると「気枯れ」ともいわれるように「気」「枯れる」状態を指します。

「気」
とは感覚でもあり、瑞々しかった感覚が枯れ果てて、ぱさぱさした感受性になり下がってしまう状態を穢れというわけです。

リサイクル箸は論理的に考えれば、確かに衛生面や経済面、資源効率面などにおいて合理的かもしれません。

しかし、お箸というもっとも自分の手足の次くらいに活用しているものを自分が使うことによって穢れが生じてしまうという発想がリサイクル箸を嫌がる人の心の根底にあるのですね。

今回のお話ではリサイクル箸が良いか悪いかを論じるつもりはありません。

ただ、良いと感じる悪いと感じるその感性の奥には西洋思想の潮流と東洋思想の内面的な充実を重視する考えの違いがあるということを知って欲しいわけです。

これは表と裏が一体であると同じように西洋思想が優れていて、東洋思想は非効率ということではなく、また、西洋思想は人間の内部を理解しない論理だけの冷たい発想だということでもありません。

西洋思想と東洋思想は共に表側と裏側の関係であるということです。

最初にも言いましたが、西洋思想は私達の表面的な生活の豊かさや充実を与えてくれることになりました。

しかし、それだけでは片手落ちだということです。

真に豊かに、本当の充実を目指すならば東洋思想の裏側を理解していく必要があるということです。

次回はもう少し東洋思想の内容に踏み込んでいきたいと思います。


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