霊眼が開くとき

霊的ヴィジョンを見たり、霊的な存在を視覚的に捉えたりすることに関して、今までもいくつかの記事でお話したことがあります。

昔からの読者の方にはもう耳にタコができていることと思いますが、私はあまり霊能力というものについて語るのは好きではありません。

あまりにも霊能力のこだわり過ぎると百害はあっても一利もないからです。

とはいえ、それでも、興味を持たれる方も多く、あまり頑固に口を閉ざしているのも却って柔軟性に欠けるということもあります。

なので、少しだけバランスを取りながら許される範囲でお話しています。

今回は、冒頭でもお話したように霊眼(れいげん or れいがん)が開くときについてお話してみたいと思います。

実は霊眼なんていうと特別なことのように思えるかも知れませんが、それほど特別なことではないのです。

かくいう私自身、はじめから霊眼が開いていたわけではないからです。

霊能者と呼ばれる方達は幼少期より霊眼が開いているケースが多いようですが、私は毛色が違います。

というか私自身、自分を霊能者だと思ったことはありませんし、今でもそうではないと考えています。

そもそも、霊能者という言葉自体がおかしなものでもあります。

誰にだって視力や嗅覚、聴覚もあれば筋力もあります。(病気や障害などの理由で失ってしまった場合は除きますが)

肩書に「視力者」とか「嗅覚者」あるいは「力持ち」とか(笑)書かないですよね?

書いている人がいたらちょっと痛いですよね(笑)

これと同じで、霊能者とかそういう言葉はナンセンスなような気がするのです。

しかし、それでも、「いやいや、そういった能力とは違い、霊能力は特別でしょ?」と思われている方が圧倒的に多いと思います。

確かに一般的、社会通念上、そういった感覚能力は否定される傾向にあります。

だから、一般的、社会通念上はそんなものは存在しないということになっています。

このことから、霊能力なんてものがあるということ自体、特別だという考え方になりがちです。

しかしながら、私もブログやFGSの会などを通して、様々な方と接する中で、それは事実と違うという思いが強くなっていきました。

何が事実と違うのかといえば、霊的な感性を持っている方、極端な話を言えば、霊能力を持っているけれど、全くそれを自覚していない方などが、かなりの数、いらっしゃるのではないかということです。

意外と特別だと思われている霊能力ではありますが、多くの方を見ていると単に気づいていないだけというケースが多いように思います。

なので、真実はいわゆる霊能者は潜在的には多数いるということなのかな?と思っています。

ちょっと横道にそれましたので元に話を戻しますと霊眼が開いている人、開いているけど気づいていない人は潜在的に多数いると考えられます。

私が自身の霊眼が開いていることに気づいたのは、大学生の時でありました。(守護霊の姿を確認したのはもう少し先の社会人になってからですが)

大学1年生の夏休みのことです。

学友である友達10人ばかしと山中湖の山荘を貸し切りバーベキューを楽しんだ時のことです。

大学時代ということもあり、かなり無茶もしましたが、この時も飲めや歌えの大騒ぎです。(笑)

それはともかく、山中湖の山荘にて二日目の夜のこと、なんとなくの流れで、湖畔で花火をしようという話になりました。

花火といってもコンビニなどで売っている家庭用のものですが、沢山買い集めて、湖畔で花火大会です。

ひとしきり遊び倒してから、夜も遅いし、山荘に帰ろうと私達はぞろぞろと湖畔から山荘に向けて山道を歩き始めました。

私は、山荘に遊びに来ていたメンバーの一人と談笑しながら多分、行列の後方を歩いていました。

ただ、最後尾ではなく、まだ、メンバーの中の2名ほど、後から遅れてついて来ている状況でした。

そのうちの一人が私と談笑していた友達に合流する形でこちらに向かってくるのが見えます。

その時にふと、その向かってくるメンバーの一人の背後にうっすらと半透明の存在が近づいて来ているのが見えたのです。

私は、自分の勘違いか見間違えかな?と思い、隣の友人の顔を見ましたが、友人も私と同じく半透明の何かを見たようです。

二人で顔を合わせて、「アレは何だ?」とキョトンとした面持ちでもう一度、半透明の存在へと目線を向けました。

すると半透明の存在は横にそれて、近くのコテージに消えてゆきました。

コテージに入ったのではありません。

消えていったのです。。

しかし、少し距離もあったこともあり、半透明に見えたのも、消えたように見えたのも、外灯などの光の関係か気のせいではないかと考えなおしました。

少しすると後から向かってきていたメンバーの一人と合流を果たしたので、「なあ、さっき途中で人がいたよね?誰か他に客がいるのかな?」と聞いてみることにんしました。

すると「えっ?何言ってんの?誰もいねーよ。この時期誰もこんなとこ旅行先に選ばねーよ」という返事が返ってきました。

「いやいや、さっきいたじゃん!人が途中のコテージに入っていったろ?」となおも問い詰めます。

「おい、やめろよそういうの・・・誰もいなかったぞ・・?」、合流したメンバーの一人はちょっと不安気です。

私も隣の友人とまた顔を見合わせます。

「アレはなんだったの?」

そして、少しすると最後のメンバーが全力で駆け上がって私と隣の友人、そして合流したメンバーのもとへやってきました。

私と隣の友人は、きっとこいつのイタズラだ!こいつが犯人に違いない(←あまりの不気味さゆえ既に犯人扱い(笑))と思い、最後に駆け寄ってきたメンバーに詰め寄ります。

「お前、さっき途中のコテージに隠れてたろ?バレてるぞ!白状しろ!」

「ええっ!?しらねーよ。お前らが俺を置いていくから、全力で走って追いついて来たんだぞ!」と真っ向から否定します。

確かにその最後のメンバーがこちらに向かっている姿を確認したのは、半透明の存在が消えてからでした。

それに途中のコテージより少し手前から駆け上がってくる姿を確認しています。

結局、その後、議論はしたものの、結論を得ず、「見てはいけないものを見たかもね」という真夏の怪談話のようなオチでこの件は終わりを告げました。

この話のポイントは私だけでなく隣の友人も同じ物を見ていたという点にあるかと思います。

だからこそ、私の見間違えや勘違いではないということが担保されているわけです。

私はおそらくは、この件がある以前から何か捉えようのないものは見えていたように思います。

しかし、気づけなかったのです。

隣の友人も元々、霊眼が開いていたのか、あるいは、私と隣で歩いていたことにより、霊波長の同調作用が起こって見えたのかはわかりませんが、何か同じものを見ていたことになります。

他のメンバーは見ていないのでこの時は霊眼が閉じていたのかも知れません。

しかしながら、霊眼というものは、気づくか気づかないかの差で見えているか見えていないかに大きな差異があるように思います。

ピントが合っているか合っていないかという表現もできるかも知れません。

いずれにせよ、何かをきっかけに見えざる世界を垣間見ていることに気づく時、霊眼は自然と開くのかも知れません。


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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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