集合知は救いの智慧となるか

こんにちは!

天心です。

2月9日に都知事選がありましたね。

結果は舛添要一氏が当選しましたが、ネット上では元々、組織票では舛添氏が優勢であるようなことをおっしゃられている方もいるようで、果たしてそのような結果になりました。

ただ、今回の選挙戦ではネットを効果的に活用した選挙活動なども目立ち、様々な意見を目にする機会も多かったように思います。

今までは何となく候補者の情報や政策などもポスター刷りのスローガン的なものなどを見る他は、あまり触れる機会もなく、誰が何を目指して立候補しているのかもよくわからない状況だったと思います。

なので、ネットメディアを利用した選挙活動が解禁になったのはある意味で良いことかなと考えています。

さて、つらつらと都知事選のことなど振り返っていますと「いつからこのブログは政治色を出すようになったんだ?」なんていうあらぬ疑惑を招いてしまいそうですね。(笑)

今回、都知事選のお話を持ちだしたのは、その時に、多くの人の意見を目にすることが増えたことに端を発しています。

多くの人が意見を表面することで、集合知が生まれるというような意見が生まれてくるというようなことをおっしゃられている方もいらっしゃいました。

確かに3人寄れば文殊の智慧という言葉もあるように多くの人が集まり意見を述べ合うことで新しい有用な智慧が生まれるということはあるように思います。

こういったことを集合知と呼んでいるのでしょう。

では、この集合知というものは、果たして本当に文殊の智慧となりうるのでしょうか。

集合知の有用性を考えてみる前に集合知のスピリチュアル的背景について考えてみましょう。

集合知とはいわば霊界共有によって現れる智慧であると言えます。

霊界は複数集まることでより大きな霊界が形作られることになります。

大きな霊界になれば、強い霊的作用が生まれます。

当然そこから生まれてくる意見というものにも大きな力を持ったものが生まれてきます。

つまり、集合知というものは、単なる智慧ではなく、力を伴った智慧だと言えるのです。

単に個人的に思っているだけの意見より、多くの霊界共有を経て生まれてくる意見は世間を動かすだけの力を持つということです。

なので、大きく世間や社会を動かすためには集合知というキーワードは今後、重要な意味を持つことは間違いないでしょう。

しかしながら、集合知にもひとつ限界点があります。

それは、集合知の次元の問題です。

どんなに力のある意見であっても、その意見が低次元層の極めて偏った意見であれば、私達の住む世界や社会をより良く変えていくことは難しいといえます。

集合知を生み出す母体となる個人個人の霊界が低次元のものであれば、そこから生み出される智慧もその次元に縛られてしまうということです。

身も蓋もない言い方をしてしまうと凡人が三人寄り集まっても文殊菩薩の智慧が生まれるわけではないということです。

文殊菩薩のごとき智慧を生み出そうとするならば、三人、あるいは集まった全ての人の霊界の次元を底上げする必要があるということです。

そうしない限り、力のある意見は次元の高い意見、智慧に昇華されることはないのですね。

この点をどのようにクリアしていくかが、集合知を活かしていくための課題になってくるのではないかと思います。


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