霊界での姿とは

霊界というものは心の有り様が決める世界であります。

私達の心の有り様が霊界を如何なるものにするかを決めているわけですが、霊界での自分の姿というものも、実は私達の心が決めているのです。

霊界では現世のように物理的空間の制約や条件を受けない分、いろんな姿になりえます。

現世の思いに強く影響を受けている間は、霊界の姿も現世のそれに近いものになります。

背広を着ていたり、お洋服もその人が普段から召しているものを着ている場合もあります。

自分はどんな服装をしているかという観念にもとづいて霊界での姿も決められているわけです。

「ボロは着てても心は錦~♪」と演歌の歌詞にもありますが(笑)、本当にそのような心であれば、霊界では錦の着物を召しているわけですね。

ただ、霊界に順応してくると現世での感覚が段々と薄れて、変わってくるものでもあるので、そのお姿や着ている服装も変わってきます。

また、霊体の大きさも私達の常識から考えれば、人間は成人であれば、男女差や個人差はあるものの150cmから長身のケースを勘案しても200cmの範疇が一般的だと思います。

しかし、霊界では何十メートルとか(あまり数値に厳密な意味はありませんが)、そういった大きさになっている場合もあります。

それどころか、現世ではありえないようなファンタスティックな姿に変わっていく場合もあります。

上部霊界に近づけば近づくほど神々しい姿になっていきますし、逆に言えば下部霊界に近づけば近づくほど、禍々しい姿に変わっていくこともあります。

なので霊界での姿というものは、その人の霊界の一つの有り様を表しているとも言えます。

霊視によって見える存在は必ずしもこの世の有り様と一致するものとは限らないのは、このためです。

現実思考で考えれば、荒唐無稽なものでも霊界では普通にあり得るので、どんなに不可思議に思えても霊界に不思議はないのですね。

それでも、時には現世にマッチした形でしか霊界の有り様を見ることができない霊視のケースもあります。

非常に具体的で詳細なことが見て取れる霊視のケースは、その霊視者の霊覚が現世次元に近いものであるか、その霊視者にヴィジョンを見せている霊的存在が現世に近いほどの低次元層の存在である場合も考えられるでしょう。

それ以外には、その霊視者の観念が現世次元で固定化されていると見えてくるものが現世にマッチしたものだけになる可能性も高いと言えます。

いずれにせよ、霊界の有り様は様々なフィルターを通して感得されるので、姿も形もまた異なることが多いのですね。

例えば、お亡くなりになった方をある二人の霊視者がそれぞれ霊視してみたとしましょう。

一人は親族でそのお亡くなりになった方のご生前の姿や有り様を十分にご存知だったとします。

そうすると、その霊視者の知っているご生前の姿でそのお亡くなりになった方を感得する場合が多いです。

なぜならば、ご生前の姿で観念が出来上がってしまっているため、その姿で見えてしまうわけです。

しかし、一方の霊視者は全くその人を知らない第三者であるとします。

するとお亡くなりになった現在の霊界でのお姿で霊視することになるためそこで感得する姿もまた違ってくるということです。

このように前提が違うと見えてくるもの、その姿も異なってくる場合があるということなのです。

この前提を知らないと霊界の有り様を知れば知るほど、わけが分からなくなることになります。

なので、今一度、霊界の有り様を説明してみた次第です。

一番純なる霊界を見ていくためには、自分自身が純なる存在になっていく必要があります。

そのためには、正しい霊界に感応できる自分自身の霊格、霊覚を作りあげていく他はないということです。


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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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