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【GW霊界開運講座】言祝ぎの心を持つ

人は皆、裁きの心を持っています。

このことは良いことなのか悪いことなのか。

あの人は良い人なのか悪い人なのか。

なんでも白黒つけたがる生き物だということもできるかもしれません。

ひとたび悪だと決まれば、誰も、その人やそのことを叩くことに躊躇がありません。

自分は正義だと言わんとばかりに、人を叩くのです。

最近、ネットで流れる情報にしても、ニュースのコメント欄などを見ていると本当にその傾向が強いなと感じることがあります。

体制に対する批判、誰かのなしたことに対する批判、一億総批評者といっても過言ではないのかも知れません。

皆裁きの心を捨てられないから、他人の批判を止められないのです。

どこまでも自分を正当化してどこまでも人を責め立てる。

赦しの愛が全く感じられない世の中にちょっと寒いものを感じてしまいます。

冷たい心を持つ人は、本当に冷ややかで殺伐とした霊界を背後に持っています。

だから益々、なんじゃかんじゃと物事を裁いたり、批判したりすることはあっても、自ら愛のこもった創造を行っていこうという気概もありません。

文句を言うだけなのです。

求めるばかりで、与えることを知らなくなった人の心はとても冷たいのです。

その反面、暖かい心根の方もいます。

言祝ぎ(ことほぎ)の心を持った人です。

言祝ぎとは、人を祝福して、人を誉めたたえる言葉や行動をとることです。

常に人の良いところに着目して、誉めたたえていこうという気持ちがあるので、とても暖かい心根であるといえます。

常に心に愛があるので、背後の霊界も暖かく愛の光に満たされているのです。

いつもいつも、罪人を探し、裁判官よろしく裁きを行おうとすれば、そこに愛などありません。

もちろん、社会制度を保つためには裁判制度や司法というものが必要な場合もあるでしょう。

しかし、それはあくまで、社会システムを維持するための方便であり、ある意味で必要悪というものに過ぎないのです。

幸せになれない原因の大きな要因の一つは裁きの心を捨てられないことにあります。

「浮気した旦那が赦せない」「同僚のあの発言は赦せない」「○○であるべきなのに!ゆるせない」

赦せない理由は沢山あるでしょうけれど、そもそも人間の尺度による判断は、公平ではありません。

なるべく公平に考えるようにしているというのが限界であり、どうしてもどこかに恣意的な思惑が絡んでしまうものです。

主観というものからは、誰も逃れられないからです。

善悪を決めているのは、いつでも自分自身の主観です。

どんなに論理的に善悪を決めているように見えても、その論理すらも前提は主観から発します。

その主観で事をまた人を裁くのは、本来的には正しいこととは言えません。

霊界的にもそうです。

だから、なるべく、人の良いところを言祝ぎしてあげましょう。

言祝ぎの心を持ち、沢山の愛ある言葉をかけるように心がけましょう。

裁きの心を捨てて、人を言祝ぐことを心がければ、自然と愛と真心が満ち溢れてきて、いつしか、霊層も上がってくるはずです。



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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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楽器の個人指導をしています。生徒さんの良いところを、褒めてあげたいと思っています。が、生徒さんが、基本的なことを何度言ってもできない場合、わたしの中に、生徒さんを責める気持ちが沸いてきます。だから、なかなか褒める気持ちを、自然に持ち続けるのは、難しいと感じます。それでも、相手を批判せず、自分が変わることで、打開できるのでしょう。
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こんにちは!天心と申します。
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