【公開質疑応答】運命は存在するか?

こんにちは。

天心です。

公開質疑応答を行っていきたいと思います。

質問をお寄せくださったのは、ちこう様です。

全ての公開質疑応答は、御質問に回答するという形式をとっていますが、他の読者の皆さまにも共有できるような普遍的な内容となる回答を心がけています。

たとえ自分の質問ではなくても、大切なことをお話していることもありますので、是非、お読みいただければと思います。


【質問】

天心先生こんにちは。

質問ですが、運命というものは存在するのでしょうか?
産まれてから死ぬまでに起こる出来事は既に運命として最初から決まっているものなのかと思っていました。
よく運命の人、こういう運命だったんだ、などと言いますよね。
なので、運命があるのなら、私がこの先どのような人生を歩んでいつ死ぬのかも既に運命的に決まっていると言う事になりますよね。

ですが、今回の公開質問応募の一つに『寿命について』ありましたが、それによると、
命数はある程度は決まっていますが、やはり多少の変動はあるようです。
と、ありました。
となると、人間の死と言うものは生まれながらに命数と言うものはあるが、その人の生活次第、人生の選択次第で多少は変動するのであれば、何歳で必ず死ぬ事になっている、と言う運命的なものは無いと言うことになるのでしょうか?

うまく伝えられなくて申し訳ありません。

【回答】


ちこう様

ご質問ありがとうございます。

世の中には運命論と言いまして、私たちの生きて死ぬまではすべて決められているという考え方がありますよね。

全ては決められていて、それに逆らうことができないという考え方です。

しかし、それだと私達には自由意志や決断によって人生を切り開くことはできないという発想になってしまいます。

本当に私達には決められた運命によって決められたストーリーを踏襲するだけの人生しかないのでしょうか。

この点について考えていく際に少し、運命論についてみていくことにしましょう。

運命論については様々な方が様々な視点で言及されています。

その中でも今回は、フランスの数学者であるピエール・シモン・ラプラスが提唱したものを簡単にご紹介してみたいと思います。

「運命論なのに何で数学者が関係するの?」

と訝しく思うかも知れませんが、実は、彼の提唱した理論にその答えがあります。

簡単に言うと彼は以下のようなことを提唱したのです。

「あらゆる物事はその前提となる事が明らかになれば、全て数学的に計算することができる」

ちょっと意訳的な解釈ですが、概ね以上のようなことになります。

「それが運命論と何か関係があるのか?」と思われたかも知れませんが、実はこのことはあることを意味しています。

例えば、身近な例でいえばビリヤードがあります。

ビリヤードは自玉である白いボールをキューと呼ばれる棒状のものでつくことで転がし、番号の振られた色のついた玉にぶつけて、番号の玉を順番にボード上にある穴に入れていくゲームですね。

白い自玉が番号の玉に当たり、玉は様々な方角へ転がっていきます。

一見すると無秩序に転がっているように見えますが、実際には転がり方などは計算することが出来るといわれています。

玉を突く位置、勢い、スピード、角度や方向性など前提となる要素を踏まえれば、計算通りの動きをビリヤードの玉にさせることが出来るというわけです。

実際、プロのハスラーともなるとすべて計算して玉をはじき、見ている外野も目を見張るような、鮮やかな玉の動きを見せてくれることも多々あります。

これはラプラスが提唱した前提がわかれば、その後に起こることは計算することが出来るという理論に合致していることになります。

さて、では、今度は例をビリヤードからスケールアップして宇宙の創生にまで創造の翼を広げてみましょう。

私達が生きている宇宙はビッグバンが起こり、そこから創生が始まり現在に至るという説があります。

ビッグバン後も宇宙は拡大し、その時のエネルギーは今も作用し続けているといわれています。

ビッグバンの時に宇宙が創生されるために動いたエネルギー量とか、加わった力などの前提となる要素がわかるとするならばラプラスの理論で言えば、その後の宇宙で起こる全てのことは計算して予見することが出来るということになります。

「ビリヤードみたいに単純じゃないのだから、宇宙創成などの話には当てはまらないのでは?」

こう思われるかも知れませんね。

しかし、実際には全ての物質の変化は最終的には量子的な小さな粒のぶつかり合いによって生じています。

私たちが思考したり行動したりするのも、究極的な科学的見地で言えば、量子的なぶつかり合いによる影響によって生まれてきているといえるでしょう。

そう考えると宇宙創成から私達の思考、行動、感じることを経て、ビリヤードの玉の動きに至るまで、全て起こりうる前提を知ることが出来ればその後の起こりうることは計算できるということになるのですね。

「いやいや、ちょっと待って!理屈ではそうかも知れないけど、ビッグバンの起こった時に加わった前提要件を明らかにするなんて無理なんじゃないの?」

確かにビリヤードと違い、ビッグバンの時に加わった前提となる要件をすべて明らかにすることは難しいと思います。

しかし、実はそこはあまり問題ではありません。

なぜならば、計算して未来を予見するための情報は得られなくても、ビッグバンが起こった以上、その起こった時の前提は必ず存在したはずだからです。

何事も起こることにはその原因となる前提があるはずです。

であるならば、ビッグバンが発生した時にもその前提はあったはずなのです。

ここから導き出されることは、「ビッグバンが起こった瞬間にその後の起こりうる未来の現象は既に決まってしまっている」ということなのです。

つまり、どんなに私達が自分の意志で行動しているように見えても、その行動に結び付くための前提はすべてビッグバンの時点で決まっているということに行き着いてしまったのです。

これをラプラスの魔と言います。

この考えは非常に多くのインパクトを与えました。

取り分けSFやファンタジーなどの題材としても沢山、扱われることにもなりました。

所謂、占いや神秘学の言うところの理屈を飛び越えた運命論と異なり、数学的な論理性から導き出された結論であることから多くの注目が集められたのです。

では、ラプラスの魔がある以上、私達の未来も意志も実は決められて、自由意志は存在しないということなでしょうか。

そうではありません。

実は、ラプラスの魔を打ち砕く、別の真実が明らかになったからです。

それは量子論における不確定性原理という考え方にあります。

難しいので、詳細や正確性はとりあえず脇に置いて簡単に概略を説明します。

簡単に言えば、私達が前提だと信じている事柄は、実は絶対的に動かないものではないということが明らかになったということです。

例えば、目の前に綺麗な絵柄のチョコレート箱があったとしましょう。

見るからに高級そうなチョコレートの箱で、何となくカカオの香りも漂っています。

さて、このチョコレートの箱の中は何が入っているのでしょうか?

「そんなのチョコレートに決まってるだろ?」

と思うかもしれませんね。

しかし、本当にそうでしょうか?どうしてそう言い切れるのでしょうか?

もしかしたら、チョコレートではなくクッキーかも知れません。

あるいは、食べ物ではなくもらったハガキを入れておく箱として、チョコレートの空き箱を使っているだけかも知れません。

もちろん、本当にチョコレートが入っているかも知れませんよね。

「そんなもの開けてみればわかるじゃん?」

その通りです。

逆に言えば開けてみなければ真実はわからない。

開けてみることによって真実は確定する。

これが不確定性原理の簡単な概要なのです。

実際、量子というものは、通常はランダムに動き、私達が観察することで一つの事実を作り上げているという動きが発生することがわかってきているようです。

つまり、最初から物事の在り様は決まっているわけではなく、私達が観察したことによって形を作っているということが証明されたのです。

これはビッグバンに当てはめると「ビッグバンが発生して宇宙が生まれたわけではなく、私達が宇宙の創生は如何なることから生まれたのかと探究し観察していく過程でビッグバンは作り出された」ということになるのです。

何だか突飛な考えに思えるかも知れませんが、実際のところ量子の世界ではそのような動きをしているということです。

これを踏まえてラプラスの魔を検証してみましょう。

前提となる要素が明解になればその後の起こり得ることを予見できるというのがラプラスの提唱した理論でした。

しかし、その前提は観察されるまで確定されない要素だといえます。

つまり、前提は観察次第によっては常に変動する要素だといえます。

このことから言えるのは、前提は不変ではない。

ということは、未来もまた不確定であり、いくらでも変化する可能性を秘めているということになるわけです。

このことから、ラプラスの魔による運命論は打ち破られたことになります。

以上が数学的、量子論的な運命論になります。

さて、大分、簡略化して誤解を恐れずに大雑把な説明をしてみました。

その結果、「数学とか物理とかよくわからんけど、スピリチュアル的な運命論はどうなってんだ!」

というお叱りを受けそうなので、最後にスピリチュアル的な運命論についてお話いたします。

まず、スピリチュアル的においても運命は固定でありすでに決まった道筋を歩むものだと考えているわけではありません。

もちろん、人によっては「運命は決まっている」という提唱をされる方もいらっしゃると思います。

実は未来に起こりうる可能性としての道筋を映し出す霊界というものは存在しています。

私は未来霊界などと呼んでいますが、実際には未来の可能性世界がそこにはあるのです。

その未来霊界を垣間見ると未来の在り様が映し出されています。

しかし、この霊界というのは可能性世界を反映したものであり、常に霊界は変動しています。

霊界を現す世が「現世」なので、基本的には霊界が変われば現世の在り様も変わります。

ですから、いくら未来霊界を正確に読み取ったとしても、その通りの未来が訪れるとは限らないのですね。

むしろ、霊界を変えて現世の在り様も変えていくことが魂の向上にもつながることになります。

>よく運命の人、こういう運命だったんだ、などと言いますよね。

とありますが、これは、ある程度、グランドデザインとしての人生の枠組みやあり方というのは存在します。

それが未来霊界に反映されているわけです。

その中でご縁が組み込まれている人や人生の流れを指して運命と呼んでいるわけです。

ですから、全てが決まっているわけではないのです。

>となると、人間の死と言うものは生まれながらに命数と言うものはあるが、その人の生活次第、人生の選択次第で多少は変動するのであれば、何歳で必ず死ぬ事になっている、と言う運命的なものは無いと言うことになるのでしょうか?

命数がある以上、ある程度は亡くなられる時期というのは決まっています。

しかし、それは絶対的な変動不能なことではないということです。

ある程度の枠組みがあり、その枠組みの範疇に入ることが多いので決まっているといえるのですね。

運命的なものはないということではなく、絶対的なものはない。

ということです。



以上、回答とさせて頂きます。


天心 拝


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守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
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